もしかしたらあったかもしれない物語   作:メイプルシロップ

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プロローグ2

 あの除霊騒動から一週間が過ぎた。あの後、鬼の形相で追いかけてくる女子高生たちから必死の思いで何とか逃げ延び、それから二日間はおとなしく家で過ごしていた。

 三日目、迸る下心を抑えつけるのもそろそろ限界に達しつつあったので、当初立てた夏休みの計画通りに再び覗きに出かけた彼が見たのは信じられない光景だった。

 

「な、なぜだ……!」

 

 この夏休みは小学生最後の夏休みということで、綿密に覗きの計画を立てていた。除霊騒動でスケジュールが狂っても、家にいる間にしっかりとその立て直しも済ませていた。

 しかし、彼が家にいた二日間の間に、彼が思いもしないくらい事態は大きな変化を見せていた。

 

「何で警備員がいるんだ⁉」

 

 下見をしたときはもとより、普段から警備員を配置していないことを確認していたはずなのに正門やその周りにある侵入スポットにも警備員が配置されていた。さすがの横島も小学生が鍛えられている警備員に勝てるはずもなく、泣く泣く諦めてその場を去って次の標的に向かった。

 

「ここも!」

「ここも!」

「うがぁー! ここもぉ‼」

 

 目的の場所には悉く警備員が配置されており、せっかくの覗きスポットは全部しっかりと潰されていた

 

「な、何故だぁ⁉ 何故なんやぁ‼」

 

 物陰に隠れながらがっくりと肩を落としながら、横島は怨嗟の言葉を呟いていた。

 

 二日間家にいた横島は知らなかったが、あの騒動のすぐ後で女子高生たちの友達ネットワークによって横島のことはすぐに近隣の学校に次々と伝わった。以前にも覗き騒動があったことを知っていた彼女たちは先生に告げ口して、そして同じくその騒動を知っていた先生もすぐに対策を打って警備員を配置していた。

 

「ああ……揺れるチチ、張りのある尻……」

 

 夏休みの計画が完全にとん挫したことを悟った横島は、がっくりと肩を落として仕方なく家に向かって歩いていた。

 

「せっかく……せっかくの夏休み、何処にも連れて行ってもらえへん男の子の些細な愉しみを奪うことないやんか……」

 

 同年代の少年たちも性に少しは興味を持ち始める年頃ではあるが、間違っても横島が平均的な小学六年生男子というわけではない。これが平均的な小学六年生男子のとる行動なら、今頃もっと厳重な警備が日常化しているはずである。

 

 行く当てもなく適当に歩いていると公園が目に入ったので、空いているベンチに腰掛けると大きくため息を吐いた。

 

「はぁ……これからどうしよう……。ん?」

 

 ベンチに座ってこれからの夏休みをどう過ごそうかと悩んでいた横島の目に一人の少女が映った。

 

(いや、あの子は……)

 

 見た目は小学一年生ぐらいの少女だったが、彼女は実体がなくその姿は酷く朧げになっていた。それはあの時見たあの女幽霊と同じだった。

 

「幽霊……」

 

 すると、横島を見ていた少女は自分が彼に見えていることに気づいたのか、にこっと笑顔を見せた。笑顔を向けられた横島は「お、おおっ」と言葉に詰まりながらも笑顔を見せて片手を上げて見せた。

 

 少女の幽霊は横島に笑いかけていたが、それ以上近づいてくることはしなかった。ただ笑いかけているだけで近寄ってこない彼女に訝し気に思い、横島が近寄ろうとしたその時だった。

 

「やっぱり……霊が見えているんだな」

 

 横島の後ろから男の声がした。振り返ってみると、そこにいたのはあの除霊をしていたGSだった。

 

「あ、GSのおっちゃん」

「おっちゃんじゃない。お兄さんだ……ってまあいい。捜したぞ、ボウズ」

「捜した?」

 

 横島はGSの男が自分を探していたと聞いて首を傾げたが、すぐにはっとした表情になって男と距離を取った。

 

「ん? どうしたんだ?」

「おっちゃん……まさか……!」

 

 横島は何かに怯えるような張りつめた表情を見せたので、男は何が横島を怖がらせているのかがわからなかったのでどう言っていいかわからなくなって、言葉に詰まった。

 

「俺を捜してたって……まさか……」

「ん? ああ、そうだな。ちょっと用があったからな」

「ひぃっ⁉」

 

 男がそう言うと横島は更に後ろへ下がり、両手を後ろに回して徐々に後ずさり始めた。

 

「お、おい……?」

 

 男は横島がどうしてここまで怖がっているのかがわからず、どうしたものかと悩み始めていた。顔が少し強面だから怖がらせたか、と思ったが少し前までは普通に会話をしていたのでその可能性は極めて低い。気になるのは自分が発した捜していたという言葉、その言葉を聞いてから横島の態度が一変したのだが、その言葉のどこに怖がらせる要素があるのかはさっぱりわからなかった。

 

「お、おっちゃん……」

「……な、何だ?」

 

 二人の間に緊迫した空気が流れ、知らず知らずのうちに男の頬を一筋の汗が流れていた。

 

「お、俺に用があるって言うたよね?」

「あ、ああ。ちょっと気になって……」

「や、やっぱり⁉ お、おっちゃんは……俺が目当てやったんやな!」

「は?」

「へ、変態中年がいたいけな小学生の尻に欲情してるー! お、俺の尻はやらん!」

「なっ……⁉」

 

 いきなり騒ぎ出した横島を言動で、男はようやく横島が何に怯えていたのかを理解し、それを理解したがゆえに慌てた。

 

「ば、馬鹿野郎! 俺は……!」

「小学生の尻を狙う変質者やぁ! お巡りさはーん‼」

「だから、そうじゃなくて……!」

「お巡りさん! あそこです‼」

 

 先程から小学生と中年男の睨み合いで知らず知らずのうちに二人は周囲の注目を集め、そして両手で尻を抑えながら騒ぎまくる横島を見て公園に来ていた同じく小学生の男の子を連れた母親が偶然通りがかった警察官を呼び止め、男を指さしてはっきりと言った。

 

「おいお前! 何をしている!」

「な、何をって……おい! いい加減にしろ……って……」

 

 明らかに疑わしい目つきでこちらを睨んでくる警察官を見て、面倒ごとにならないように横島を黙らせようと彼に視線をやったが、その騒いでいた本人はいつの間にかその場から姿を消していた。

 

「お前か! 小学生男子の尻に欲情していたという変態は!」

「ち、違う! 俺はただ……!」

「ただ……? 魔が差したって言えば許されると思うなよ! 被害者はなぁ、ずっと泣いているんだ!」

「だから違う! そもそも、男に興味はない‼」

「男に興味はない? じゃあ、最近この辺りに出没する小学生から中学生の女児を狙った痴漢はお前だな‼」

「それも違う!」

「とにかく、お前が小学生の男の子を相手に尻がどうとか言っていたのを周りの人が聞いているんだ! 話は署で聞かせてもらおうか!」

「ああっ⁉ 警官の横暴反対‼」

 

 GSの男と警官が言い争いをしている最中、横島はそのまま自宅まで逃げ帰っていた。

 

「いや~、世の中には変態がいるもんだな。気をつけないと」

 

 変態から逃げきれたことに安堵してベッドの上に横になると、全速力で逃げ帰ってきた疲れが出てすぐに寝入ってしまった。横島が目を覚ましたのはそれから数時間ほど経った頃で、部屋から見える空は夕焼けに染まっていた。

 

「ん? もう夕方か。腹減った~」

 

 腹の虫が鳴り、部屋の外からは夕飯のいい匂いが漂ってきているので横島はすぐに部屋を出て、台所へ向かった

 

「ゴーストスウィーパー……ですか?」

「はい」

 

 自分の部屋から廊下に出ると、母親の百合子が玄関で誰かと話しているのが見えた。

 

「あの、それでそのGSの方がうちの息子に何の御用でしょうか?」

「ええ。実は先日ある女子高の除霊現場に息子さんが居合わせまして、その際に……」

「あー‼ さっきの変態‼」

 

 横島は母親の陰で見えなかった相手の姿を確認すると、その相手が先程警官につかまっていた男だったので思わず声を上げていた。

 

「しょ、性懲りもなく俺の尻を狙ってきたのか⁉」

「だから違うと言っているだろうが!」

「お、おふくろ! こ、このおっちゃん、俺の体を……いてててて!」

 

 百合子の陰に隠れて男のことを告げ口していた横島だったが、その頬を百合子は思いっ切りつねり上げていた。

 

「忠夫! あんた女子高にいたってどういうことだい!」

「げえっ‼」

 

「また覗きに行ったんだね! あんた、この間、覗きに行かないって約束したよね⁉」

「堪忍やー! 仕方なかったんや! 若い男だから女の子への興味を抑えられなくても仕方ないんやー!」

「まだろくに生えそろっていないガキが言うんじゃないよ! まったく、父さんの悪い所ばっかりよく似てるんだから……」

「あ、あの……」

 

 目の前で繰り広げられている母から息子への折檻が始まり、自分のことが完全に蚊帳の外に置かれてしまったので男は慌てて声をかけた。忠夫の頬を引っ張りながら百合子は男に視線を戻し、横島の頬を抓っていた手を頭の上に載せると深々とその頭を下げさせた。

 

「本当にすいませんでした! この子には私と父親からきつく言い聞かせますので、どうか学校側には問題にしないよう取り計らって……!」

「ああ、その……別に学校側は覗きについては特に問題にはしないと……。まあ、女子生徒たちが自分たちで防衛しているから、下手に近寄ったら何されるかわかりませんけど……」

 

 学校が息子のことを問題にしないと聞いて、百合子はほっと胸を撫で下ろした。ただ、その隣にいる横島は男に訊ねた。

 

「じゃあおっちゃん、何で俺のことを捜してたんだよ?」

「それは……」

「何をしてるんだ?」

 

 すると、そこへ横島の父親である大樹が帰宅してきた。百合子から一通りの話を聞くと、彼は男を部屋の中に通した。全員が一緒に席に座れる食卓へ向かい、男の話を聞くことにした。

 

「では、お聞かせください。なぜ、GSのあなたがうちの息子を捜していたその理由を」

「はい。では、忠夫君だったね?」

「うん」

「これを見てくれ」

 

 男は懐から小さな瓶を取り出して机の上に置いた。大樹と百合子は何も入っていない瓶を見て訝しげな表情を浮かべていたが、横島はじっと瓶を凝視していた。

 

「忠夫君、何が見える?」

「……なんて言うか、小さい炎みたいなのがあちこち動いてる?」

 

 横島のその言葉を聞いた両親は改めて瓶の中を凝視してみたが、彼らにはやはり何も見えず、男は三人に言った。

 

「やはりな……。まあ、今日公園で会った時から何となくそうだと思ってはいたが、予想以上だな」

「あの……いったい何が?」

 

 男が何を言っているのかさっぱりわからない両親は、男に訊ねた。男は机の上に置いた瓶を手にして言った。

 

「この瓶の中には低級霊が入っています。もちろん、害はありません」

「そ、そうですか……」

 

 いくら低級霊とはいえ、オカルトの知識がない素人には霊というだけで危険であるというイメージが強いため、あまり安心はできなかった。

 

「この瓶の中に入っているのは低級霊の中でも更に格が落ちるもの。我々GSでも、よほど霊感が強く、霊視能力が優れていないと見えません」

「忠夫、お前はそれが見えたのか?」

「うん。見えた」

 

 横島は瓶の中が見えていない両親の方を不思議に思ったが、両親は息子に霊能力があることに驚きを隠せなかった。瓶を懐にしまっている男に百合子が訊ねた。

 

「あの、息子がそういう能力を持っていることはわかりましたが、もしかしてGSにしようと考えてるのでしょうか?」

「いいえ」

 

 男は両親の目を見据えながら言った。

 

「本日、私がご子息を訊ねた理由はこのままだと彼が危険だからです」

「……どういうことでしょうか?」

 

 男が息子に危険が迫っていると聞かされると、両親はさっきよりもさらに険しい顔つきで男を見据えた。男はその視線を真っ向から受け止めて話し始めた。

 

「忠夫君は今、霊視過敏と言われている状態になっています」

「霊視過敏症?」

「簡単に言うなら、霊が見えすぎてしまう状態です。霊能力に目覚めた直後の霊能者がよくかかるものです」

「はあ……。それで、その霊視過敏だと忠夫にどんな危険が迫るというのですか?」

 

 霊が見える、ただそれだけなら見えすぎてしまって日常生活に困ることはあるかもしれないが差し当たってこれと言ったほどの危険があるようには思えなかった。

 

「現在の忠夫君は無意識のうちに霊にピントを合わせてしまいます。それに、どうやらもともとそう言った素養も高いようで並みのGSでは見えないような低級霊にさえピントを合わせてしまうほどです。そこまではよろしいでしょうか?」

 

 男の問いに、両親は頷いたが横島はあまりよくわかっておらず、ただ黙って話を聞いていたが、既に夕食の時間を過ぎているので腹の虫が鳴った。

 

「ああ、すまなかったね。食事をしながら聞いていてくれればいい」

「どうもすいません。母さん」

「ええ」

 

 百合子は腹を空かせている横島に食事を用意すると、腹を空かせていた彼はすぐにそれを食べ始め、その様子を見た三人の間の空気が少しだけ和らいだ。

 

「えっと……どこまで話したでしょうか?」

「霊視過敏症についてお話しいただいたところまでです」

「ああそうでした。霊視過敏症は先程も申しました通り、無意識のうちに霊にピントを合わせてしまうことです。ここで問題になってくるのが、霊にも自分が見えていることを悟られてしまうことです」

「霊に悟られる?」

「はい。通常、普通の人間には霊は見えないし、霊もまた人間に干渉するほどの力はありません。普通の人間でも見えるほどになると強力な悪霊ということになります。但し、霊が見えていた場合は別です」

「と申しますと?」

「霊は基本的には何らかの未練を残して成仏できない存在です。まあ、理由は様々ですが。その霊の中には悪霊にはならずとも強い怨みの念や生への執着を持っている者もいます。普段は人間に手出しができない彼らも、自分が見えている相手なら話は別です。自分が見えている相手ならその相手に手出しすることが可能です。相手に乗り移って自殺させたり、あるいは何か悪事を働かせてその人間の人生を狂わせたり……」

「では、このままだと忠夫は、私たちの息子はそういう目に遭わされてしまうと……そう仰りたいのですか?」

「……可能性はあります」

「そんな⁉」

 

 机を叩いて百合子が立ち上がったので、食事に夢中になっていた横島は驚いて箸を止めていた。

 

「あ、あの! 何とかならないのでしょうか⁉」

「母さん、落ち着きなさい」

 

 取り乱した百合子を落ち着かせたのは大樹だった。大樹に諭された百合子はおとなしく椅子に座り、大樹が話を続けた。

 

「えっと、まだお名前を伺っていませんでしたね?」

「はい。私は獅戸廻(シシドカイ)と言います」

「獅戸さん、貴方はわざわざ忠夫のことを気にかけて捜してくださった。その理由をお聞かせいただいてもよろしいですか?」

「一つは、私の除霊現場に居合わせたことで彼を危険な目に遭わせてしまったことに対する負い目でしょうか。もう一つは、プロとしてご両親に彼の状態をきちんと説明する義務があると思ったからです」

 

 大樹はそう説明する獅戸の表情をじっと見つめた。彼の言葉に嘘がないかどうか、その真贋を判断しようとしていた。

 

「……なるほど。わかりました」

「では、私はこれで失礼します」

「待ってください」

 

 席を立とうとした獅戸を止めたのは大樹だった。

 

「貴方が忠夫に対して負い目があって、またプロとしての義務を果たそうとしたことは理解しました。ですので、その上であなたにお願いがあります」

「……何でしょうか?」

「貴方はオカルトのプロだ。それを見込んで忠夫の霊視過敏症の治療をお願いしたい」

「……生憎と私は慈善事業を行っているわけではないので」

「無論、それ相応の報酬はお支払いします。むしろ、その方が私達にとっても望ましい」

「……その理由は?」

「一つは、私たちはまだあなたをそこまで信用できないから。もう一つは、私たちにオカルトのプロの伝手など貴方以外に存在しないからです。金銭が絡む正式な契約となれば私たちは貴方の依頼人ということになり、また貴方がもし私たちに対して不誠実な行動を取ったらGS協会にあなたのことを報告することもでき、それを理由に優秀なGSや霊能者を紹介してもらえます」

 

 大樹が述べた理由を獅戸は黙って聞き、それを聞いて彼は笑みを浮かべた。

 

「なるほど。そういうことなら、私に異論はないです。幸い、これといった依頼もないので今ならばご子息に集中出来ますし」

「では、報酬については後程……でよろしいですかな? 今はご一緒に食事をするということで」

 

 大樹がそう言って差し伸べた手を獅戸も手を差し伸べて握手を交わした。百合子はその様子を見ると、すぐに獅戸の分の食事の用意を始めた。

 

「えっと……結局、俺はどうなるの?」

 

 途中からすっかり話に置いて行かれた横島は、話がどうなったのかがよくわからなかった。

 

「忠夫、明日からはこの獅戸さんがお前の霊能力の先生になる」

「明日から毎日みっちりと稽古をつけてやるからな。忠夫君」

「えー! 毎日ぃ⁉ 俺にだって予定はあるのに‼」

 

 不満そうに言う横島に、獅戸は笑いながら言った。

 

「また覗きか? だったら諦めろ。君はなかなか有名人のようだな、あの辺りの小学校から大学まで厳戒態勢が敷かれている。覗きなんてできるわけがないんだ」

「忠夫! あんたのためなんだからちゃんとしな!」

「そんなご無体なー‼」

 

 こうして横島は、GS獅戸の許でその第一歩を踏み出した。

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