話数的には、長くはならないと思います。
御波 凪の朝早い
朝5時には千冬が迎えに来る予定のため、最低でも30分前に起きて早朝の準備をしなければならない。歯を磨き、寝ぼけている顔を洗い、寝癖でボサボサだった髪を整え、ジャージに着替える。それを終えた直後に千冬が部屋を訪れる。
地上に出て向かう先は、学園の敷地内にあるドーム状の施設…アリーナだ。此処では本来、ISの実技授業や訓練、模擬戦等が行われる。しかし、流石にこんな時間では開放されていないため、生徒どころか教師もいない。だからこそ、彼の訓練にはもってこいの場所なのだ。
「さて、今日はまず最初に軽いトレーニングからだ。」
「よろしくお願いしますね。千冬さん……いや、この場合は織斑先生、かな?」
「この際、どっちでも構わんさ。」
「サー、イエッサー!」
「マム、な。というか、それだと私は教官になるぞ?」
「教官のほうが厳しいですか?」
「まあ、身は引き締まるがな。」
「よろしくお願いします!織斑先生っ!」
「うむうむ、よろしく頼むぞ?御波一年生。よし、では手始めにアリーナ内を10周走り込みと筋トレ各種100回ずつ、5セットだ!」
「優しくなかった!?アリーナ、凄く広いんですけど!?」
「当然だ。ISの訓練に使われる場所だからな。」
ノリは良かったが、メニューは甘くなかった。訓練開始直後から凪に戦慄が走る。
「ISの操縦では体力が必要になる。筋肉もな。しかも期間は一年間しかない。出来るだけ鍛えていくしかないんだ。さて、8時半にはこちらに来る生徒もいることだ。さっさと始めるぞ。」
「りょ、了解です…。」
そう呟いた凪は、潔く走り出した。
「あ、言っておくが……」と思い出したように千冬が言う。
「慣れてきたら、もっと増やしていくからな?」
「なん……ですと……?」
The・鬼教師。
眼鏡を掛けて、指示棒を鞭みたいに持ってたら似合いそうだ。凪がそう思ったのは、完全に余談である。
「ハァ、ハァ……。筋トレ…終了しました…。」
「うむ。……と、時間ギリギリだな。では地下に戻って15分の休憩の後、座学に入る。」
「は、はい。」
地下の勉強部屋に戻った後
「………。」
「………。」
カリカリとシャープペンシルを動かす音だけが響いていた。
「…意外と覚えているものなんですね。こういうの、高校卒業したらほとんど使わなくなったのに。」
「そうかもしれんな。……というか、早すぎないか?数学の参考書、半分は終わっているではないか。」
「高校では、成績上位者に入り続けるよう言われてましたから。その辺の参考書を片っ端からやってました。」
「親戚に…か?」
「遠縁でしたけど。紹介されるまで、名前も知りませんでした。」
「…そうなのか?」
「ええ。随分なお金持ちの家で、引き取ったのは大人の事情だったそうですよ。一家総出で俺のこと毛嫌いしてたみたいで、全寮制の高校に入れさせたのも関わりたくなかっただけみたいです。今となっては、感謝していますけど。」
「………そろそろ休憩にするか。コーヒーでも入れてくるとしよう。ミルクはいるか?」
「はい。あ、砂糖もお願いします。」
「分かった。解き方などは思い出せるなら、出来るだけ早いほうが良いだろう。他の教科に時間を割けるからな。」
「英語なんかは最近も使ってましたから、大丈夫ですよ。………物理化学は、少し不安かもしれません。」
「物理はISの授業でも使われるからな……。また、時間を調節しておくさ。」
そう言って千冬は部屋を出る。
(……あと2,3問はやれるかな?)
凪は再びペンを動かし始めた。
座学を終えた凪たちは、地下の武道場へ向かっていた。
「しかし、この地下施設って本当に何でもありますよね。」
「地上の施設は、殆どが生徒に開放されているからな。教師にも訓練する人間がいる上、お前も鉢合わせするわけにもいかん。」
「それもそうですね。………ん?」
自動ドアが反応し、扉が開かれる。
そこに居たのは……
「どうも、こんにちは御波さん。」
凪のもう一人の教師役である刀奈が柔道着で待っていた。手に持っている扇子には『待ち人来たる!』と書かれている。
なにそのデザイン?そう思った凪だが、口には出さなかった。
「もう授業は終わったのかい、刀奈ちゃん?」
「『ちゃん』って…。まあ良いですけど。授業も生徒会の仕事も終わったので、合流したんですよ。」
「一年生なのに副会長で専用機持ちだっけ?凄いなあ。」
「そ、そんなことありませんよ。」
少し照れている。褒められるのに慣れていないらしい。
「話はそこまでだ。凪、お前も着替えてこい。」
「ん、分かりました。」
千冬の指示に従い、別室で着替える彼。
着替えを終え、武道場へ戻ってきたのだが…
「あ、相手って刀奈ちゃんになるんですか?」
「……なんだ、気付いてなかったのか。何か問題あるか?」
「いえ、自分より年下の女の子に怪我させたりしないか…。俺、柔道したことないですし。」
「そんな心配は無用だから早く行け。」
「?」
とりあえず、刀奈の前へ行き向かい合う凪。
すると、
「とりあえず、思いっきり襲いかかってきても良いですよ?か弱い女の子相手に、男性の全力で。」
開かれた扇子には『欲望爆発?』と書かれていた。……先ほどの扇子と同じ物のはずなのに、どんな仕組みになっているのだろうか。いや、重要なのはそこではない。
「なんでわざわざ倒置法で強調したの?!それと『欲望爆発』って何?しないよ?!どっちも!」
「え?しないんですか?…こう、私の柔道着の襟を掴んでバッとはだけさせたり、わざと倒れて私の胸に顔を埋めたり……。」
「なんでそんなに具体的な例を出してくるの?!」
「さて、早く始めましょう。無駄話している暇は無いんですよ?」
「最初にふざけたのは、刀奈ちゃんだけどね!」
そんな漫才のような会話を二人でしていると……。
「……………ハヤク、ヤレ。」
鬼のような形相で二人を見ている千冬がいた。
振り返り、「ひぃっ」と小さな悲鳴を洩らした凪は慌ててもう一度刀奈と向かい合う。
「で、では行くよ?う、うおおおお…」
「ほいっと」
「あらっ?…痛い!?」
多少の気合いを入れ、果敢に襲……向かって行った凪だが、あっさりと投げられてしまう。まさか、女子高生に簡単に投げられるとは思ってもいなかったようで困惑している。
「も、もう一回!」
「け、結局投げられっぱなしだった……。」
その後、一時間ほど柔道をやっていたのだが……凪は最後まで刀奈に投げられるのみで終わってしまった。一応の成果を挙げておくならば、受け身が上手くなったということだろうか。挑んでばかりだったため、投げの練習は殆ど出来なかったが。
「お前の諦めが悪いからだぞ?」
「ま、まあムキになった自覚はありますけど…。次は一回くらい、ぽいっと投げてみたいなぁ。」
「ふふっ。じゃあ、その時は私、投げに膝蹴りでも加えてみましょうか?」
「なら、私も参加してやろう。手加減はまあ……気が向いたらしてやる。」
「鬼と悪魔が恐い……。」
「誰が鬼だって?……とりあえず、明日の訓練メニューは増やしておくとして……休憩後、アリーナに行くぞ。」
「私も明日はもっと厳しくしますね?」
「……つ、次は何をするんですか?」
口は災いの元ということわざの通りになり、明日の災いの宣告をされて冷や汗をダラダラと流す凪は一刻も早く話題を変えようとする(「メモしておいたから無駄だぞ」と言われてしまったが)。
「ISの操縦訓練だ。」
千冬がそう告げる。
(遂に…かぁ。)
『ISの操縦』と聞いて奇妙な気分になる凪。ISを動かせるようになる男性。そんな特異な存在に、自分がなろうとはつい数日前は思いもよらない事態であった。まさか、かつて友人たちと語り合った空想が実現するとは…。嬉しいような、それとも違う思いか。そんな感情が凪の心に渦巻いていた。
「凪。アリーナに着いたらこれに着替えろ。」
そう言って千冬が手渡したのは、紙袋だった。
「中身は?」
「ISスーツだ。先程、授業でも教えただろう?学園長が取り寄せてくれたものだ。」
「なるほど…。こんな物まで用意してくれるとは、轡さんたちには本当に感謝しないと。…?どうしたんですか?」
「い、いや…な、何でもない。……くくっ。」
「き、気にしないでください。…ふふっ。」
肩を震わせ俯く二人に首をかしげる凪であったが、気にすることでもないだろうと思い部屋に戻る。
何故、二人が肩を震わせていたのか……。
それが分かったところで、彼の運命は変わらなかったであろう………。
「………さて、凪の奴はどう出てくるか……。」
「私もさっき笑ってましたけど、流石にそんなことはないと思いますよ?」
アリーナのIS整備室にて、ISスーツ姿の千冬と刀奈が話をしていた。
「ふっ、甘いな更識。あいつは時折、奇想天外な行動に出ることがある…。それは、お前も見ただろう?」
「まあ……逃げるためとはいえ、川に飛び込むのはビックリしましたけど…だからって、素直にそうなりますか?」
「なんなら賭けるか?教師だから金も食券も賭けるわけにはいかんが……。勝者は優越感に浸れる、でどうだ?」
「当たっても魅力ないですね……。」
そんな他愛もない会話をしていると
「な、なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
突如、アリーナに凪の声が響きわたる。
そして五分後…。
「ま、まさか……本当に?」
「言っただろう?賭けは私の勝ちだな。ふふんっ。」
「ホントに優越感に浸ってる……。ていうか…なんでそれで来ちゃうんですか?」
「寧ろ、なんで『これ』なのかは俺が聞きたいっ!」
凪が再び叫ぶ。
別に、彼自身に問題があるわけではない。……いや、一割くらいはあるかもしれない。
残りの九割は、彼の『格好』に問題があった。
なぜならば……。
「なんで…なんで、女性用のISスーツなんですかぁ?!」
そう。彼の着ているISスーツは千冬たちと同じ、袖すら無い、まるでスクール水着のようなレオタードと膝上サポーターでセットになっているタイプだ。それを、御波 凪(成人男性)が着ている。
それはつまり何を意味するか……。
「「うわっ『変態』だ。」」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
女性二人から告げられる残酷な真実を前に、凪はただ叫ぶことしか出来なかった。
「いや、まあ…着てくるとは思っていたが、こんなにも破壊力があるとは…。」
「誰のせいだっ!」
「お前だろ。着る前に確認して、抗議に来れば良かったんだぞ?」
「じゃ、じゃあスーツのチェンジが!?」
「悪いがそれしか無い。諦めろ。」
「何故!?」
「何時現れるかも分からない男性操縦者のために、企業がスーツを作ると思うか?さっきの発言を訂正するなら、現時点でISスーツに『女性用』『男性用』という区別は無い。全て、女性が着ることのみを想定されて作られているからな。」
「そ……そんな…。」
当然と言えば当然のことなのだが、少なくとも、このスーツを見た時の凪には絶望しか無かったのだ。わざわざ着て現れた理由は、彼にも分からない。
「さ、今日はまず歩行からだ。上手くいけば飛行訓練にも入るぞ、『変態』。」
「あれ!?この話もう終わり!?っていうか織斑先生、今、」
「頑張りましょうね、み……『変態』さん。」
「今、なんで言い直した!答えろ、刀奈ちゃん!答えろぉ!…あ、待って。無視しないで、二人とも!」
ほぼスク水姿の男が同じ格好の女性を追いかけるという、よく考えなくとも異常な光景が、そこにはあった。
凪は現在、学園所有の訓練機…『打鉄(うちがね)』への搭乗の仕方をレクチャーされていたのだが
「ほら、座るような感じで…そうだ。後はシステムが勝手にしてくれるからな。」
「……はーい……。……せんせー出来ました。」
「露骨にテンション下がってますね、御波さん……。」
『変態』事件により、精神的に大きなダメージを負った凪の目には光がなかった。
「過ぎたことだ。気合いを入れなおせ。」
「現在進行形で『変態』なんですけどね。……ははは。」
「御波さん、遂に自虐ネタに……。」
全くもって不憫である。
「…これは普通の格好だ。これは普通これは普通これは普通これは普通これは普通…。」
「自己暗示まで……。」
凪は自らの現状を誤魔化そうと自己暗示を始めた。
それが功を制したのだろう、
「……この格好は普通…よし、歩行訓練を始めましょう!」
奇跡の復活を遂げた。
「やる気だな、『変態』。」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ああっ!折角、戻ったのに!?」
撃沈。復活に一分ほどかかった。
「いやぁ、しかし凄いですねえ。」
「…何がだ?」
「?」
凪の感嘆の声に、千冬と刀奈が不思議そうに首をかしげる。
歩行訓練は少し前に始めており、そのサポートのために二人は各々の専用機を纏っていた。
「いえ、あの『暮桜』が目の前にあるっていうのが、ね。それに刀奈ちゃんの…『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』だっけ?それも綺麗だし。」
「そういうものなのか?…まあ、更識の機体は確かに綺麗だな。水のヴェールも相まって、よく映えている。」
「そ、そうですか?あ、ありがとうございます?」
「そこは疑問形じゃなくても良いんじゃないかな?……うわっと!」
「わっ!大丈夫ですか?」
談笑しながら歩いていたため、危うく転んでしまうところだった凪だが、刀奈に直前で支えられる。
「助かったよ、刀奈ちゃん。あれ、顔が赤いよ?」
「い、いえ……。その、顔が…。」
「顔?」
『打鉄』は『霧纏の淑女』にもたれかかるような体勢になっていた。
そのため……二人の顔の距離が、『本気で鱚する5ミリ前』状態なのだった。
「ああ、ごめんごめん。顔近いの嫌だよね?すぐ離れるよ。……よっこらせっと。」
そう言って凪は何とか元の体勢へと自力で戻っていった。
すると……
「更識……変われ。」
「は、はい。」
千冬の一言で講師が変更となった。……凪は頭の上にクエッションマークを浮かべていたが。
「うむ。凪、転びそうになっても任せておけ!私が支えてやるからなっ!」
「あ、いえ。さっきまでの歩行でコツは掴みましたから、油断せずに行こうと思います。」
「そ、そうか……。」
凪の発言に、急にしゅんとする千冬であった。
「どうだ?空に浮くというのは?」
「……不思議な感覚ですね。というか、維持するのに精一杯です…。」
「慣れない内はそんなものだ。……と、こんな時間か。今日の全授業は終了だ。この感覚を忘れるなよ?」
時刻は既に午後10時を過ぎていた。歩行訓練は順調に進んだものの、凪は浮遊する感覚をどうしても掴めず苦労していた。最初は千冬の手を借り、一緒になって浮遊することで少しずつ慣れるよう訓練していた。刀奈は明日も授業があるため早めに寮に戻っていた。
訓練を終えた凪たちもまた、地下へ戻っていく。
「織斑先生、今日はありがとうございました。」
「ああ。…疲れたか?」
「ええ。一日の内にやることが多すぎて…。」
「そうかもしれんな。だが、朝も言った通り、時間は少ない。出来るところはさっさと終わらせて、他に時間をかける必要がある。」
「分かってますよ。さて、俺もそろそろ休みますかね。」
「ああ。おやすみ。…なあ、凪。」
「はい、どうしました?」
「…………私が、必ずお前を助けてやるからな。」
「……なら、俺も頑張りますよ。絶対に。」
「そうか…………。また、明日な。」
「ええ。また明日。」
そう言葉を交わした二人は別れる。
凪はというと…
(もう一時間くらいは復習出来るだろうな。)
そんなことを考えていた。
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