時間が一気に飛びました。
訓練篇……かと思いきや、刀奈篇です。
≪side刀奈≫
私が御波 凪という男性を知ったのは、学園長に依頼された織斑先生の身辺警護…その指揮を執っていたときのことだった。当時、先生は目に光が灯らない、死人のような顔で過ごしていた。勿論、一般の生徒や先生にはその原因は知る由もない。本気で心配する声もあれば……あまり興味がなさそうな生徒もいた。
そんな生徒がいたのは、彼女が教師としては及第点以下だと呼べる人間であったからだろう。勘違いして欲しくないのは、仕事が出来なかったというわけではないということだ。寧ろ、仕事に関しては有能であった。教員の仕事も…稀に起きる『裏』の仕事も、彼女はしっかりと仕事をしていた。そういう点では、ブリュンヒルデという肩書きではなく、彼女という人間に対して私は一種の敬意を持っていた。
しかし問題なのは、その心だった。生徒からの質問にも、指導して欲しいという要望にもしっかりと応えていた。けれど、どこか機械的…と言えば良いのだろうか。授業で生徒に教えることも、質問に答えることも……一つの『作業』と考えている。私は、そう思っていた。
そんなことを思った生徒は私一人だけではなかったのか…ブリュンヒルデという肩書きの割に、彼女の周りには驚くほど人が少なかった。その人たちにも「千冬様だからこれでいい」という信仰者と、「有能ならばそれでいい」という合理的な考えを持つ人間とで分かれていた。私は信仰者にも、人間性を考慮しない考え方の人間にもなれず、かといって彼女を嫌う人間にもなれない中途半端な立ち位置にいた。織斑先生といえば、そんなことに気付いていないのか、気にも留めていないのかは分からないが………日本政府に懇願され、モンドグロッソ出場のために休職するまでの間、彼女は変わらず仕事に専念していた。
彼女の様子が変わったのは、今年に開かれたモンドグロッソ………それが終わった後だった。先程も言った通り、彼女は死人のような顔で学園に戻ってきたのだ。関心のあるなしに関わらず、気味が悪いと思う生徒が大半だった。原因を部下に調べさせると……。
唯一の家族からの一方的な絶縁。それが原因だった。忙しさのためか、弟を知り合いの家に預け、ずっと仕事ばかりで会える時間を殆ど取れなかったらしい。それで、見限られ絶縁にまで至ったということだった。復帰して間もなく、医師の判断により再び休職を余儀なくされた彼女。
しかし、傷心の彼女に一つの出会いが訪れた。
その相手が……御波 凪だったのだ。
私が彼に抱いた印象は、『不審者』だった。織斑先生とは面識があるようだったが……なんせ、毎日のように彼女の家を訪れるのだ。様子見に徹していた私たちも、何度、彼を捕らえようかと思ったか分からない。そうしなかったのは、織斑先生が嫌そうな顔をしていなかったからだ。毎日訪れる彼に「帰れ」とはいうものの、結局は世間話をしてしまう。そんなことを、彼女は習慣のように受け入れていた。ただ、話をするだけで家にも入らず家の前に突っ立ってる男を見れば子を持つお母様方は気が気でなく、その町では特徴が彼そっくりな不審者情報が載っているビラがすぐに配られることになった。当然だろう。しかしまさか、自分が該当者であることに気付いた上で弁解し、何事もなかったかのように再び通い続け、その結果、家の中に招き入れられることになろうとは……。この一連の流れが作戦ならば、なんという策士だろう。絶対に違うと思うけど。あれは天然だ。
その出会いが良い方向へ向かったのだろう。織斑先生は一ヵ月ほどで職場復帰した。凄いニコニコとした顔で(偶に顔を真っ赤にもしていた)。恐らく、彼と電話でやり取りするようになったからなのだろうが(ちなみに、本人は隠せていると思っているらしい)。生徒の質問や要望に笑顔で応え、上手く出来れば「よくやったな」と褒める彼女………他の先生や生徒はたいそう困惑したことだろう。反織斑派(敵対しているわけではない)も常時頭にクエッションマークを浮かべ、織斑派は「こんなの千冬様じゃないぃぃぃぃ!でも、可愛いぃぃぃぃ!」と言った叫びをあげ……ることはせず、悶絶していた。まあ、男性云々で差別をするような生徒はいないが……その変化の原因を知られた場合、どんな事態が起こるか予測出来ず戦々恐々としていた教師陣と生徒会であった。
うん…まあ、思わないわよね。普通、その原因の男性が、まさか世界初の男性操縦者になって学園に来ることになるなんて。いやぁ……お姉さん、予想外だったぞっ!
………………………………………………。
どういうことよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
分かるわけないでしょ!?分かるわけないわよね!?みんな、分かってくれるわよねってみんなって誰よぉぉぉぉぉぉぉぉ!
こほん。落ち着いたわ。
大変だったのよ?報告聞いた直後に慌てて更識の者を警察に変装させて追いかけさせたの。学園長がどう動くかは不明瞭だったけど、取り敢えず身柄を抑えるべきだと思ってね。最終的に学園に迎えることになったから結果オーライだったし。
………警察に変装させたのは不味かったとは思っているわ。彼、警戒心バリバリで、逃げ回ることになったもの。でも、女性権利団体が追いかけてもいたから仕方なかったのよ?黒服で追いかけさせたら、もっと警戒されていたと思うの。怖かったのも、なんとなく分かるわ。
誰が信用出来るか、なんて分からないものね?
でも……でもね?
真冬の川に、橋の上から飛び込むのはどうかと思うのよ、私は。
真冬の川ってだけでも十分な危険ワードになり得るのに、『橋の上』『飛び込む』なんてワードが入ったら完全な危険ワードよ?
アホなの?え、超名門高校出身で元大企業の人間?……学力だけで人は測れないものなのよ!
………うん、止めよう。これ以上長くなっても、既に終わったことですし。
ともかく、彼はIS学園に来て、もう8ヵ月になるだろうか。私は2年生へ進級し生徒会長にまでなっていた。
………彼は、本当に凄いと思う。期間が少ない中で質の高すぎる訓練を行っている。更識で私がしていた訓練と同等か、それ以上だ。まあ、訓練メニューを考えているのは、私と織斑先生なのだけれど。
彼は愚痴を………漏らしてたわね、そういえば。弱音も………よく吐いている。でも、途中で止めたりはしなかった。限界はあるようで、ISの訓練の苛烈さ故に嘔吐してしまうことも少なくない。けれど、愚痴や弱音も、どちらかというと冗談を言うような感じで、本気で言ってるのではないのだろう。そんな彼だから、疲れで酷い顔になっているときは応援したくなる。元気付けるために、ちょっとだけからかってみたり。あ、休憩中はしてないわよ?始まる直前に、リラックスさせる目的で、よ!?勿論、迷惑そうな顔をしていたり、そっとしてあげておいたほうが良いと思ったら自重はしてるわよ!?
………どうか、合格して欲しいと思う。こんなにも頑張っているのだから、報われたって良いはずだ。
「さて、と。そろそろ行きましょうか。」
今日は土曜日。織斑先生が別件で忙しいため生徒会の仕事が終わり次第、地下に行くよう言われている。基本科目にしろ、ISの授業にしろ、私は他の子を教える立場にいるのだ。専用機持ちの肩書きは伊達ではない。
「………お嬢様。」
「ん?どうしたの、虚。それに、此処では会長って呼んでって言ってるでしょう?」
地下へ向かおうとした私を従者であり、幼い頃からの友人である布仏 虚が呼び止める。
「申し訳ありません。………ですが、その…。」
「?」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。私を『お嬢様』と呼んだあたり、更識絡みなのだろう。
………それほど話し辛いことなのだろうか?
「はっ!も、もしかして、春が来たの!?」
眼鏡に三つ編みという、どこかの真面目系学級委員長……そんな印象を与える彼女だ。見た目通り、性格もまさにそのまま。ちなみに、彼女の妹は正反対に今話題のゆるキャラみたいな…癒し系の女の子だ。虚もコンタクトに変えれば、もっと人気になるだろうに。……まあ、女子校でそんなことをしても、寄ってくるのは女子ばかりなのだが。
「来てません!そうではなく……簪様のことです。」
「簪ちゃんが……どうしたの?」
更識 簪。更識家の次女にして、私の妹。布仏姉妹と同じく、姉妹といっても性格は正反対だけれど。(自分で言うのもなんだが)私は活発な人間で簪ちゃんは気弱でおとなしい感じの女の子だ。彼女も専用機持ちではないが、そのくらいの実力と知識を持っている。……私が下手にISをほぼ自力で作ってしまったため、ただでさえあった溝がさらに深くなってしまい、最近は口も聞いてくれなくなった。元々、溝を作ったのは私なのだが。でも、頑張ればなんだってできる子だと信じている。いつか、私をあっと驚かせるようなことをしてくれるだろう。少なくとも、今はまだ……それをしてもらうわけにはいかないが。
「簪様が…………簪様が、更識家と縁を切りました。」
「……は?う、虚、エイプリルフールはまだ先よ?それに、冗談でも言っていいことと悪いことが…」
「事実です。……残念ながら。」
訳が分からなかった。あの子が一人で生きていけるはずが……。…一人?
「そうよ。後見人がいないと暮らせないでしょう!?」
「……天王寺グループの会長、天王寺 縁(えにし)です。彼が後見人になりました。」
「……っ!?………なんで、そんな大物がっ!?」
「理由は不明です。ご頭首さまも、それに納得していらっしゃるようです。………その理由は、私たちなら分かるだろう、と。」
………父の言いたいことは分かる。恐らくは、『あれ』が原因なのだろう。けれど、そんなの……。
不意に、ピピピッと携帯のアラームが鳴り響く。……そうだ、そろそろ地下へ行かなければならない時間だ。頭が混乱していて、気付かなかった。
「………。」
どうしたらいい?御波さんの今日行う範囲はIS座学の中でも難しい部類に入る。そのために、今日はISの授業をわざわざ多く取ったのだ。此処で私が教えられなければ、彼も夜の復習のときに困るだろう。そうなれば、一日の遅れが生じてしまう。彼に残された時間は少ないのだから、私が抜けるわけにはいかなかった。
けれど、簪ちゃんのことが気にならないわけではない。寧ろ、今すぐ彼女の下に行き話がしたい。
「……………。」
「お嬢様……。」
虚が私を見ている。………判断を待っているのだろう。
「………虚、外出許可証と縁会長のアポ、それと車の準備を。」
「はいっ!」
そして私は、妹を選んだ。御波さんの状況を分かっているはずなのに。………一応、織斑先生には連絡して早く来てもらうようにしよう。帰ってきたら、謝りに行かないと。
私は、後ろ髪を引かれるような思いをしながらも虚と共に生徒会室を出た。
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