「……それでは、試験の結果をお伝えします。」
ゴクリ……
誰かが息を飲む音が聞こえた。
「基本教養試験…500点満点中486点、専門教養試験…100点満点中96点。二次試験である模擬授業…50点満点中46点。そして、最終試験である実技試験…『ファング・クエイク』のSEを496まで減らすことによって条件をクリアしました。…………よって、御波 凪さんを合格とします。」
「やったぁぁ!!」
「あれ?刀奈ちゃ……ぐふぅ!?」
「凪ぃぃぃぃ!?」
麻耶から試験合格の旨が伝えられた直後、扉が勢いよく開かれ(自動ドアのはずだが…)刀奈が飛び込んでくる。そのままの勢いで凪に抱き着いたため、二人共々後ろに転倒し……凪が後頭部を思い切り床にぶつけてしまった。
「う……うぅ…か、刀奈ちゃん何故此処に……?」
「扉の前でスタンバイしてました。試験が終わったと聞いて、待っていられなかったので………来ちゃった♪………な、なんて言ってみたり…。」
照れた顔をしながら、そう話す刀奈。……ちなみに、凪の上に乗ったまま…である。
「あー……ごほん!」
千冬がわざとらしく咳き込む。………理由に気づかないのは、男一人。
「千冬さん、風邪ですか?」
「違う。……更識はその勝ち誇ったような顔を止めろ。此処には、山田先生とイーリスも居るんだぞ?」
刀奈はサッと後ろを振り返る。そこには、顔を天井に向けて下手くそな口笛を吹きながらも、チラチラと横目でこちらを見ている真耶とニヤニヤと楽しそうな顔をしているイーリスが居た。
「わ、私は何も見てませんよ?御波さんの上に乗っている更識さんとか……」
「それにヤキモチ焼いてるチフユとかな。」
誤魔化す気があるようには全く思えない真耶と反応を楽しむイーリス。二人の言葉に、刀奈は凪から素早く離れ、千冬は否定する。どちらの顔も真っ赤になっていた。
「こ、これはただのスキンシップで……」
「私は、別にヤキモチなど……」
「おーい、ミナミ。」
「「聞けぇぇぇ!」」
「ど、どうどう。」
「「誰が馬だ(ですか)!」」
二人の抗議を無視し凪に話しかけるイーリス。
「あ、イーリスさん。」
「そんな畏まらずイーリって呼んでくれ。……しかし、さっきのはやられたぜ。最後の最後であんなことしてくるなんてな。」
「いえ、無我夢中だっただけで自分でも何やったか覚えてないんです。」
そうなのか?と訝しむイーリスだが、嘘は言っていないのだろう。いきなり、音声認識なしで武装を展開したことなど、気になることはあるが……この際、放っておくことにした。
「……ま、いいか。それ抜きにしても操縦技術は相当なものだったし………どうだ、アメリカに来ないか?好待遇で迎えるよう言っとくぜ?」
「遠慮しておきます。ここまでしてくれた皆さんに悪いですから。」
申し訳ないといった顔でそう答える凪。
「そうかい。………ついでに聞きたいんだが、その『皆さん』の中にはそこの二人もいるわけだよな?」
「ええまあ。」
そう言って千冬と刀奈を指さすイーリス。その顔は悪知恵を思いついた子供のようだ。
「じゃあよ、お前は二人のことをどう思ってるんだ?」
「「!?」」
「……どう、ですか?」
少し離れて話をしていた千冬と刀奈は聞き耳を立てる。
(こ、ここここ此処でか!?…ど、どうせなら夕焼けの教室とか100万ドルの夜景が見えるレストランとかで……。)
(織斑先生、意外とロマンチックな妄想ですね……。で、でも……部屋とかだったら、いきなり押し倒されたり……。)
(だ、駄目ですよ、更識さん。そんな…え、えっちなのは!)
(き、聞いちゃ駄目です!山田先生は耳塞いでください~!)
若干二名ほど妄想が爆発しているが……気にしてはいけない。
「そんなの決まってます。二人は大切な………」
「「「「大切な!?」」」」
「恩人です。」
「「「「………………。」」」」
空気が……凍った。
「まぁ、なんだ。その……頑張れよ、お二人さん。アタシ、帰るわ。」
「わ、私も仕事が残ってるので……。それでは御波さん、また後日……。」
部屋を出る(逃げたとも言う)イーリスと真耶。入れ替わるように十蔵と芳恵が部屋に入る。
「御波さん、本日はお疲れ様で……どうしました?」
「……さあ?」
「改めて御波さん、合格おめでとうございます。」
「ありがとうございます、十蔵さん。」
凪の放った一言のせいで凍った場の空気を元に戻したのは、試験を終えて見事に合格を果たした凪を賞賛するために訪れた芳恵と十蔵だった。それにより千冬と刀奈は話に参加するようになったが、不貞腐れてはいた。芳恵の提案で、凪が手料理を振る舞う形で決着することになったが。
「……そういえば、山田先生が我々の訓練を知っていたようなのですが……。」
話を変えるため、気になっていた疑問を投げかける千冬。それに答えたのは十蔵であった。
「ああ、そのことですか。それは、御波さんの訓練風景を学園の皆さんに見てもらったからですよ。」
「「「はあ?」」」
何を言っているのか。そう思い、聞き返す三人組。
「ですから、訓練風景を…です。ちょうど1年前からの訓練をダイジェスト版で。」
「何故、そんなことを?」
「これから御波さんは教師として学園に在籍します。彼がどんな人なのか、知ってもらえていれば混乱も少ないでしょう?………どうしました、更識さんに御波さん?」
芳恵に名前を呼ばれた二人は頭を抱えていた。何故か?
刀奈の場合、彼女自身の行動にあった。凪を励ます(『あの日』以降は、彼にアピールするため)目的で行った行為の数々。今思い返せば、かなり大胆なものもあった。この少女、それらの行為を思いのほか(恋敵?に見せつける意味でも)ノリノリでやっていたのだが……。先程の麻耶たちへの反応からも分かるように、他人に見られるのは恥ずかしいことなのである。とてつもなく、恥ずかしい。友人であり従者でもある彼女やクラスメイトが時々、変な顔―――というよりニヤケ顔―――をしていたのはこれが原因だったのだ。恨むべきは教えてくれなかった薄情な友人たちか、目の前で明らかに愉しんでいる雇い主か。原因の8割くらいは確実に自分なのは分かっているが。
凪の場合は……勘の良い…いや、勘に頼る必要すらないだろう。彼は、現在でも男性用が存在しないものを着用している。つまり、『ISスーツを着用している』のだ。これを分かりやすく言い換えてみると、成人男性がスクール水着(のようなもの)を着て(施設内ではあるが)外を歩いているということになってしまう。その光景を常識を持った人間が見れば、即座に110番へ通報することだろう。教師として学園に行ってみれば、そこにはお巡りさんが……。なんてオチになりかねない。
「………織斑先生は良いのですか?」
「私は、二人のようなことはしていませんから。」
そう余裕を持って話す千冬。確かに彼女はそこで頭を悩ませている二人と違って、余りそういった事態にはなっていない。
調子が戻った凪が芳恵に話しかける。
「……ごほん。学園長、少しお話が……」
「もうよろしいのですか、3年B組変態先生?……冗談ですから、膝を抱えないでください。」
芳恵によると、教師や生徒からISスーツを着ていることに関しての文句は出なかったため、通報の心配はないらしい。既に多くの人に見られている以上、ジタバタしても無駄なだけなのかもしれないが。
「と、ともかく……私はこうして試験に合格できたわけなんですが……」
「ええ、そうですよ。何か問題が?」
「……私は良いんですが、この結果に
「……………なるほど、御波さんはその人たちが今後、何らかの形で干渉してくるのではないか。そう考えているのですね?」
御波 凪……男性操縦者というのは世界に一人しか居ない、貴重な実験サンプルになる存在だ。それを、
「そういうことです。もし、そうなら学園にまた迷惑をかけてしまうと思いまして。……それで、実際どうなんです?」
「……実を言うと、今回の試験実施には反対意見のほうが多かったのです。賛成派にも、御波さんを引き入れて実験を行い、自国だけに男性がISを動かせる秘密を握らせるつもりでいる輩もいると思われます。」
十蔵がそう答える。彼にとっては、賛成派の中に女性が多かったことも気掛かりだ。解剖も研究もさせず、後々にでも排除しよう。そんな魂胆があるのだろう。
「やはり、そうですか……。…そのことで、一つ提案があるのですが。」
「ほう、何でしょうか?」
「それは―――――――」
「では……イタリアは今回の試験の結果に納得出来ない…と?」
「当然だ!そもそも、世界に一人しかいない貴重な男性操縦者だ。『検査』しないわけにもいかんだろう!」
「検査と言いながら、人体実験でも行う気でしょう?…そのような非人道的な行為が、国際的に認められるとでも?」
「人道主義を振りかざそうとも無駄だ!中国とて何を考えているか分かったものではない!」
ジュネーブにあるIS委員会本部では現在、議論と言えない話し合いがなされている。議題は男性操縦者…御波 凪についてだ。彼は本日行われた試験で、委員会が提示した条件をクリアし、晴れてIS学園の所属となったのだが……当然のごとく反発するものが現れた。反対派のイタリアと賛成派の中国。この二国を筆頭に、先程のような内容をもう何度も繰り返しており、結論は未だに出ないままだ。賛成派は倫理観に基づいて実験を認められない……という建て前を持ち出している。実際は御波 凪に恩を売り近付き、自国優先にさせるため。もしくは御波 凪の排除を目的としている。反対派はそれら賛成派の独占を防ぐために委員会による実験を要求する立場をそれぞれ取っている。
(……また、連日会議になるか…。)
そう考え、億劫になるのは委員長に任じられている
中国はごく最近、女尊男卑社会の波に押されて共産党の一党独裁が存続の危機にまで陥った。イタリアは現在の大統領が女性ということだが……そういったことは余りないようだ。
それらに対し日本といえば、ISを生んだ天災、篠ノ之 束がいたこともあり、IS関連では他国から多く牽制されている。「実はいくつものコアを隠し持っている」だの、「実は篠ノ之博士の居場所を知っており、IS技術は一歩先を行っている」と言った疑いまでかけられる。実際、数ヵ月前には博士の妹が連れ去られる事件まで発生している。「日本の要人保護プログラムは当てにならない」という文句も出る始末だ。
…それはともかく、ISに関しては日本の立場は弱いということだ。今回も独占するつもりが無いことを示すため、賛成派…つまり、公開実験を支持する立場に立っている。委員長であり議会の進行役でもあるため、発言権は無いに等しいのだが。
コンコンッ
会議室の扉が叩かれ、相澤の秘書である男が部屋に入ってくる。そして、相澤の所まで行き耳打ちで何かを伝える。
「実は………」
「…………では、通信をこの部屋に?」
「はい、そのようにして欲しい……と。」
「分かった。君は準備を頼む。」
分かりましたと言って秘書は会議室のモニターに映像を映し出す。
そこに映るのは轡木 十蔵。この委員会にも独自の権力を持つ、IS学園の裏の代表と呼べる男だった。
「お久しぶりですね、轡木君。用件を聞いても?」
「……会議中のところ、申し訳ありません。相澤委員長、そして委員会の皆様。今回、委員会のほうに提案したい事柄があり、こちらに通信を送らせていただきました。」
「ふんっ、今度は何をする気かね?」
たいそう機嫌を悪くしているのは、イタリアの代表委員だ。1年前の十蔵の提案のために、今また面倒な会議になっているのだ…と文句を言いたげな顔をしている。
「今回の提案は私ではありません。……委員長、話はこちらに居る人間にしてもらいますが、よろしいですか?」
「……それは、構いませんが…」
「ありがとうございます。……それでは、後はお任せします。」
あの轡木 十蔵に「任せる」と言わせた人物は誰なのか?会議室にいる全員が固唾を呑んで見守る。
そこに現れたのは―――――――
「皆様、お初にお目にかかります。……御波 凪と申します。」
今まさに議題として挙げられていた、男性操縦者だった。
「……それで、その男性操縦者様が何用かね?アメリカ代表から逃げ切り、合格したお祝いでもすれば良いのか?」
「確かに、内心喜んではいますが…今回は十蔵氏が仰ったように、皆様に一つご提案をさせていただきたく思い、会議にお邪魔させてもらったのです。」
イタリア代表の嫌みを含んだ言葉を綺麗に受け流し、凪はそう話す。未だ不機嫌な彼を鎮め、相澤が尋ねる。
「では、その提案を聞かせてもらえますか?」
「はい。……私は、IS委員会お抱えの研究部門にDNA情報などのデータを提供し、そして、その代わりに……私に関することでの学園への干渉がないように要請したい。そのように考えています。」
…会議室内が静まり返る。賛成派も反対派も、凪の言葉に固まってしまっている。
「…どういうことでしょう?」
真っ先に口を開いたのは、相澤だった。凪はその疑問に答える。
「……私は学園及び委員会より出された条件をクリアし、学園所属という立場になることとなりました。これに賛同してくださった国々もあれば、反対する国も多かったと十蔵氏より聞き及んでおります。恐らく、今回の決着に納得のいかない方もいらっしゃるのではないでしょうか?」
凪の質問に答えたのは、反対派で最も声を張り上げていたイタリア代表だった。
「その通りだ。君は、世界に貢献する義務がある。そうは思わんかね?」
「……確かに、私は男性がISを使えるようになる鍵なのでしょう。しかし、個人の感情で申し訳ありませんが……やはり、身体を弄られるというのはご勘弁願いたい。そこで、妥協案として先程の提案をさせていただいたのです。」
(……なるほど、良い考えだ。)
そう相澤は思う。人間誰しも、自分が解剖される…なんてことは避けたいと考える。だが、拒否したところで狙われる可能性は消えたりはしない。なら、全身とはいかないまでもDNAだけでも提供してしまえば……その可能性はさらに少なくなる。今回の場合はそれ以上に可能性は減るだろう。なぜなら………
「………ふむ。委員会の研究部門に提供するというのなら、我々が文句をつける必要はないな。どうだろう、彼の提案を受け入れるというのも良いと思うのだが?」
「い、イタリア代表!?」
そう言ったのは先程と同じくイタリア代表であり、驚きの声を挙げたのは
「おや、中国代表は確か……彼を実験材料にすることには反対だったはずでは?人道に反すると言っておられましたような……」
「そ、それは………その通りですが。」
「ならば、よろしいではありませんか。他の賛成派の方も…反対派だった方々も彼の提案は良いものだと思いませんか?」
拍手は、本来は反対派だったはずの委員から大きく聞こえ、賛成派であるはずの人間からは殆ど聞こえない。何故なのか?
つまりは、こういうことだ。御波 凪の学園の所属に関して反対派の最低目標は公平な情報共有であり、それ以上は可能ならあやかりたいという程度だ。賛成派は
(…よく考えられている。轡木君が提案したのだろうか?いや、それならば自分の口で言うだろう。)
面白い青年だ。そう思う気持ちを心の中に一旦押し込め、今行われている議題を終わらせるために相澤は立ち上がる。
「それでは、皆様。御波氏の提案に賛成の方はご起立下さい。」
結果は、一目瞭然だった。
「しかし、お前には驚かされるな。」
「全くです。まさか、あんな提案をするなんて…。」
「でも上手くいったでしょう?」
地下の勉強部屋で凪と千冬、刀奈はお茶を飲んでいた。時刻は23時をまわったものの、採用試験終了から3時間ほどしか経っていない。その3時間の間に委員会の会議にも乱入したのだから驚きだ。
「……DNA等の研究材料を送ることを条件に、自分は正式に学園の所属として認められる。研究が成功しようがしまいが、関係無くなり…」
「元々が賛成派、反対派に関わらず実験結果は委員会により公開される。これで、凪さんに手出しする理由も殆どありませんね。」
「寧ろ、各国それぞれが監視し合うから、手出しすればその国の立場が悪くなる。…………何というか、意地の悪い作戦を考えたものだな?」
ジト目で凪を見る千冬と刀奈。
千冬の言った通り、凪の処遇については学園所属ということで決着が着いた。賛成派も、凪と接触しようとする国は現在のところ無い。結果的に味方(とは言えないが)を増やすことにも成功したのだ。
「意地が悪いではなく、よく考えられた緻密な作戦……と言って欲しいものです。」
ふふんっ。と何故かドヤ顔をしている凪だが……その表情には疲れが見える。
「………もう、休んだらどうだ?学園長から、明日は休暇で良いと言われていることだしな。」
「うーん…。じゃあ、お言葉に甘えて、もう寝ることにします。」
そう言ってベットに入る凪。
「おやすみなさい、凪さん。」
「うん、千冬さんと刀奈ちゃんも今日はお疲れ様でした。」
言うが早いか、凪はすぐに寝息をたててしまう。その様子を見ていた二人は、声を潜めて話し合う。
「『お疲れ様』……か。今日一番疲れているのは凪さんでしょうに…。」
「全くだな。…明日には合格祝いでもしてやるとするか。」
「一杯やります?」
「お前は駄目だぞ、未成年?………さて……。」
「…………ええ。」
ニヤリと妖しく笑う二人。その手には一眼レフカメラ。フラッシュを使い撮影し、起こしてしまうような愚行を犯しなどしない。
「………フフフ」
「………フフフ」
ちなみに、勉強部屋に監視カメラが設置されていることを忘れる、という愚行は犯していた。
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