「では、紹介を…。御波 凪さんです。」
「御波です。本日より、このIS学園の教師として勤務します。……よろしくお願いします。」
ここはIS学園の職員室。現在、凪はこれから同僚となる各教員の前で自己紹介を行っている。
………のだが……
「「「「「……………。」」」」」
「え、えーと………よろしくお願いします。」
無言。………ただ、無言。唯一、反応してくれたのは真耶だけだった。
「皆さんも知っての通り、御波さんの教師としての能力は十二分にあります。ですが経験は少なく、不慣れなこともあるでしょう。ですから、その辺りのサポートもお願いします。ま、基本は織斑先生にお任せしていますが。」
「「「「「………。」」」」」
全員、無視しているわけではない。こちらを見て耳を傾けてはいる。無言なのが妙な恐ろしさを醸し出している。
「…それでは、私も仕事ですので。」
そそくさと職員室を出る芳恵。……逃げたのではなかろうか。そう疑わざるを得ない凪であった。
「えー……。……そ、それでは、私も…。」
そう言って用意された自分の机に向かおうとする凪。
その時、ガタガタと椅子が引かれる音が職員室中に鳴り響き真耶と千冬を除いた全員が立ち上がる。凪が呆気にとられていると、目配せの後に携帯電話を取り出した彼女たちは大きく息を吸い、声を揃えてこう言った。
「「「「「もしもし、警察ですか?」」」」」
膝から崩れ落ちた
「ドッキリ大成功」と書かれたプラカードが現れなければ、アメリカに亡命していただろう
「……それでは、こちらの書類に目を通して必要な項目に記入をお願いします。提出は…三日後で構いませんので。」
各教師は何事もなかったかのように仕事に戻っていたため、凪も同じく、用意された机に向かい、教頭に渡された山のように積まれた書類を読み進める。
「ふぇぇ…。凄く多いですね。」
そう話しかけてきたのは、試験官でもあった麻耶だった。
「……たしか、山田 真耶さん…じゃなくて、山田先生でよろしかったでしょうか?」
「はい、あの試験以来ですね。改めまして、山田 真耶です。合格、本当におめでとうございます。」
「ありがとうございます。……………本当に、教師だったとは……。」
「?」
凪が最後に小さく呟いた言葉は、聞かれなかったらしい。初めて会ったあの日から、頭の片隅に残っていた疑問が解消されたことは、どうでもいい話である。
「……この書類、三日で終わるのかな…。」
チラ…と横目で凪の机に積まれた書類たちを見ながら思う真耶。先程、山のように、と例えたが山は一つではない。机に積まれているものと椅子の隣に置かれている二つがある。全て一つに纏めてしまえば、真耶の身長以上の高さはあるかもしれない。
これを三日で終わらせろと言われれば、真耶なら丸三日徹夜した後の休みの日に、ヤケ酒としてビールに日本酒、ワイン、テキーラを朝まで飲んじゃいますよ、このやろー!となること間違いなしだ。過去にその結果、先輩である千冬にたいそう絡んだらしく、苦い思い出となっていたりする。けれども止められない止まらない。だって、大人だもん。……とりあえず、新しくできた後輩が自分の二の舞を踏むことがないよう、忠告だけはしっかりしておこう。そう思う真耶であった。
「……あれ?」
うんうん、と一つの決心をした真耶が再び凪の机に意識を向けると……先程まで大きな山となっていた書類が、三分の一ほどの高さと三分の二の高さに分けられていた。あれだけ高く積み上げられていれば、圧迫感も凄まじいだろう。だが、二つに分けて圧迫感を減らすにしても、分け方が中途半端だ。そう考えた麻耶だが、見れば、一方の面は最初に積まれていたときと変わらず、文字が書かれているため表紙なのだろう。なら、もう一方は?……見えている面は白紙。つまり、裏表紙と考えられる。
「あ、あのー……御波さ…御波先生?」
「はい、どうしました?」
「そっちの、裏表紙のほうって……」
「ん?…ああ、こっちは終わったものですよ。……どうかしました?」
「……終わった?渡されてから30分しか経ってないのに?」
「え、ええ。」
何を言っているんだとでも言いたい風な凪の顔を見て、真耶は寧ろ、こっちのセリフだ!とツッコミたくなってしまった。勿論、心の中で。真耶(とその会話をこっそり聞いていた、他の教師)の驚きをよそに、凪は常人の3倍くらいのスピードで書類を読み進め、記入していく。
そこに近付くのは懐疑的な目をした教頭先生。恐らく、凪のスピードを見て「ちゃんと読んで理解しているのか」と疑問に思ったのだろう。……余談だが、真耶や千冬を含めた何人かの教師はこの女性を苦手としている。嫌いではないが、なにせ小言が多い。真面目で、時にはノリが良い人でもあるのだが……。
閑話休題
教頭は裏向きで積み重なっていた書類の一部を持ち、凪に話しかける。
「御波先生。」
「はい、どうされました?教頭先生。」
「……この資料はちゃんと読んだのですか?」
「勿論です。」
「では……この書類の13ページに書かれていたことは何でしたか?」
ピンポイント過ぎだろ!と心の中でツッコミをいれる教師陣
「学園における、緊急時のIS使用に関する項目だったはずです。」
お前も答えるのかよ!
教頭は満足そうな顔をして離れていった。教頭の、教師陣に対するハードルが上がった瞬間でもある。
夜。
全書類の三分の二以上が既に終わり、凪は残りを自室(元勉強部屋)で仕上げている最中だ。……三日どころか一日かからないなんて……と凪以外の全員が驚愕していたが、本人は気付いていなかった。
そんな凪は、終わった書類の山を少しずつ崩しながら何かを探している。
「……んー?」
「御波先生、どうした?」
「いえ、専用機候補のカタログが……あ、あった。」
深く思案しながら、凪はその資料を読み進める。そこに千冬が話しかけてくる。
「候補は何機だ?」
「4機です。アメリカとイタリア、スイスに日本……自分で言うのもなんですが、意外と少ないですね。」
「まあ、大半の国が合格できると思っていなかった……そういうところだろ。」
「そう思うのは当然かもしれませんが…。新型を自分に預けるってどうなんでしょうか。」
資料に載っている機体は、どれも各国の研究所で最近開発されたものばかりだ。実験用か、量産を前提とされている試作機かの違いはあるが…。妙な立場にいる男に渡すより、自国の優秀な人材に託したほうが良いのではないか、というのが凪の考えだった。
「向こうにとっては宣伝になる上機体のデータ取りもできる…まさに一石二鳥状態なんだろう。それに、お前には自衛のために必要だろう?相手を倒す必要はなく、逃げ切るだけでも十分だ。」
「そういうものですかね……。」
凪は悩む。彼が悩んでいることは、専用機を受け取るということだけではない。自由に選んで構わないと芳恵からは言われているが、気に入った機体が問題だった。
果たして、
「……そんなに、悩むことではないさ。」
「そうですか?」
「そうさ。お前には、専用機を与えられる資格がある。勿論、立場を抜きにしてもな。……私や更識が1年かけて教え、あのイーリスに認められるほどにまでなった。お前は、もっと自信を持つべきだと思うが?」
「おやすみ」そう言って千冬は部屋を出る。
「『自信を持て』……か。」
一人になった部屋で凪は呟く。
周りの女性は自分よりも強い人ばかり。だから持っている自信も、ちっぽけなものでしかない。……けれども、あそこまで言ってくれるのなら……少しだけ調子に乗ってみるのも良いかもしれない。駄目なら、また鍛えてもらうとしよう。
最後の書類を終わらせて、凪は眠りに就く。
机の上に置かれた一枚の書類には、こう書かれていた。
専用機受領
開発:倉持技術研究所
機体名:第3世代型インフィニットストラトス≪白桜≫
「お待ちしておりました。御波 凪様ですね?」
「はい。」
「では、此方へ。所長より説明がありますので。」
凪は白衣を着た男性の案内を受け、開発室に入る。
学園での初仕事(書類作成のみ)から二日後、凪は専用機の受領のために倉持技研を訪れていた。
「……部屋の中、真っ暗ですね。」
「…すみません。篝火所長、どこですか?」
真っ暗な部屋で、男性が名前を呼ぶ。所長という辺り、責任者なのだろうか…。
突然、部屋の照明が灯る。すると………
「ハァーハッハァッ!!よく来たな、若者よ!私もまだ20代だけど。」
名前入り(平仮名で『かがりび』と書かれている)スクール水着を着用し、その上に白衣を羽織っている成人女性が現れた。机の上で腕を組み仁王立ちしている姿は、とてもシュールだ。
「私の名前は篝火 ヒカルノ。……驚いているな、若者よ!しかし、人生とは驚きの連続だということを理解しておくのだ!では、どうしてこの格好をしているのか教えてあげよう!それは…」
「篝火所長、どうでもいいですから机から降りて下さい。」
「『どうでもいい』とは心外だな、助手の田中君!「山本です」………田中君!まだセリフの途中なんだ。もう少し待って…ひ、引っ張らない!落ちる!危ない!白衣が
「開けても、水着を着ているから大丈夫でしょう?お客様の前なんですから、キッチリして下さい!」
助手である男と篝火という女性が白衣の引っ張り合いをしている。………面白い人たちだな、と凪は思った(目を逸らして)。
「さて、お立会い!これが君の機体だ、若者よ!」
「御波です。白衣、皺だらけですけど大丈夫ですか?」
「本人が大丈夫らしいので………お見苦しいところを見せてしまい、すみません。」
「そこ、話を聞く!あと、山田君は「山本です」……『見苦しい』とか言わない!」
どうあっても助手を山本と呼びたくないのだろうか。そして放置されるのは嫌いらしい。
「折角のプランが台無しになってしまったじゃないか!…もういい、これだ!」
そう言って篝火所長は手元のリモコンを操作する。
機械音と謎の煙とともに現れたのは……灰色のISだった。
「見よ!これぞ第3世代型インフィニットストラトス『白桜』!」
「……これが…『白桜』…?」
外見は、『暮桜』から
「何というか……ISの基本的な部分しかありませんね。肩部のユニット以外、目ぼしい物も無いですし…。本当に、これで『暮桜』のスピードの7割も出せるのですか?」
凪の疑問に、山本が答える。
「勿論です。二次移行を果たした『暮桜』のデータを応用し、小型ながらも高出力を維持することに成功しました。確かに、非固定浮遊部位はありませんが…その分、後付装備のための容量は十二分に余裕があり、パッケージの開発予定もありますので問題はありませんよ。」
無駄を出来るだけ排した、ということだろうか。と、ここで篝火が言葉を挟む。
「聞こえは良いけど、予算が微妙だっただけなんだよ、実のところ。コアも実験機の使い回しみたいなものだし。」
篝火の言葉に、どういうことだ、と疑惑の目で山本を見る凪。目をそらす助手に対して、篝火はその理由を明かす。
「いやぁ、数ヵ月前にウチの第一研究所の所長が、君のためにISを用意しようって話をし始めたんだよ。」
「数ヵ月前って…俺の扱い、まだ決まってませんでしたよ?」
試験が行われたのは、つい数日前である。つまり、その所長は凪の合格を予想したということだろうか。
「ま、自分の地位を確保するためだろうけど。男性操縦者が実験体送りにされてたら、そのまま何事もなかったかのように代表候補に渡されていたはずだよ。」
「……それでは、何が問題だったんですか?」
「あんまり詳しくは知らないけど、渡そうとした機体が問題だったらしい。『打鉄』の後継機になる予定だったその機体は、最終的に別の所に行ったって話だ。発案兼製作者と一緒にね。」
「ちなみに、予算が削られたのは篝火所長が変な武器や装備を作り過ぎたせいであって、今の話は殆ど関係ありません。精々、妙なプレッシャーが上から掛けられただけです。他人に押し付けるのはいけませんよ?」
「ちょっ……」
オチは随分と自業自得な話だった。
「こほん……取り敢えず、最適化処理と一次移行まで済ませるからさ、乗ってくれ。データは貰ってるから、10分くらいで終わるよ。」
山本による愚痴が始まることを恐れた篝火は話を戻し、作業に入ろうとする。
「分かりました。それでは…」
ISスーツ(なんと、男性用!!)に着替えた凪は篝火に促され、『白桜』に乗り込む。すると、直ぐにチキチキ…と音が鳴り、最適化処理が始まった。篝火もそれに合わせてコンソールを操作し………ようとしたところで、急に音が鳴り止む。
「……あり?」
「所長、どうしました?」
「いや、最適化処理が…あ、一次移行」
「………へ?」
機体が光に包まれる。
「うおっまぶし!」
篝火のイマイチ緊張感がない声が聞こえたが……それこそ、どうでもいいことだ。
光が収まり、目を開く。すると、そこには………名の通り、純白となった『白桜』の姿があった。
「早いですね……10分くらいって言ってませんでした?」
「普通、そのはずですが………所長?」
顎に手を当て、考えている篝火に山本が尋ねる。
「うーん………多分、ISの方が先に準備してたんだろうね。だからこそ、最適化処理がさっさと終わって一次移行に移った……てことかな?」
「そんなことが…」
あり得るのか。そう尋ねようとした凪に、山本が答える。
「そもそも、ISに意思があると提唱したのは篠ノ之博士ですが…直接、意思と接触したことがあると言われているのは二次移行に至った操縦者のみ。しかし、コアに武器との相性というものが存在する時点であり得ない話ではないのかもしれません。」
「色々と気になるけど………ま、今はいいや。」
そう言って『白桜』の周りをグルグルと回る篝火。
『白桜』は色が変わった他には腰部装甲にブレードが鞘と共に装着され、胸部や腹部に装甲が追加されただけだ。やはり、見てきたISの中でも特に「細い」イメージがある。
「それで、機体の様子はどうだい?」
「問題ないみたいです。パワーアシストやハイパーセンサーも機能しています。……この刀が基本装備ですか?」
凪は腰のブレードを指さす。
「そ。それこそが『暮桜』に装備されている《雪片》の後継武器…その名も、《雪片弐型》!」
「……《雪片弐型》……。」
ブレードを抜き、見つめる凪。多少、機械的なギミックが見られるものの、形状は日本刀のものだ。
「おっと、振り回さないでくれよ?ここの機材が壊されては堪らんからね。眺めるだけなら良いけど。」
「……気を付けます。」
「さて、資料で読んだだろうが…もう一度説明しよう。先ずは機体解説から。山田君が言ったように、この機体は非固定浮遊部位が無い。確かに色々と便利だけど予算が少なかったからね。なくても、その分はカバー出来てるし。……で、基本装備は腰の《雪片弐型》と両肩の小型レーザー砲兼スラスター。レーザー砲は一回転するから後ろに相手が居ても、逃げながらでもほぼノーモーションで撃てる。スラスターは背中にもあって、しかも超低燃費!『瞬時加速』耐久マラソン大会があったら1位になれる自信があるね、私は。」
随分と限定的な大会である。
「で、目玉になるのが《雪片弐型》。こいつは何と、あの『零落白夜』が……。」
「ま、まさか!」
「……使えません。」
山本の言葉に、ガクッ…と雛壇芸人の如く転びそうになる凪。なんでやねん!?と心の中でツッコミを入れる。
「元々、一次移行の状態でワンオフ・アビリティを使えるようにしようって研究用のコアだったんだよ。で、上手くいかなくて倉庫で眠ってたのを引っ張り出したわけ。代わりに刀身の変形機構にプラズマブレードを付けといたから、好きな方を使ってくれ給え。一応、柄が壊れてないなら、刀身が折れてもそっちは使えるし。」
「は、はぁ…。」
篝火の補足の通りなら、一撃必殺の最強から普通の武器へと降格した……ということになる。仮に実装されても、使いこなせる気はしないが。
「後は、後付装備だね。ハンドガンにアサルトライフル、サブマシンガン、ショットガン、更には携帯用ミサイルランチャーが入る………………………予定。」
「予定……つまり、入ってないんですね?」
「ただでさえ微妙な予算の大半が、小型スラスターとレーザー砲の開発費に持って行かれて……」
「いえ、なんかもう…良いです。」
「予算が足りない」と聞くと、なぜだか悲しくなってしまう。
「だ、だけど容量を弄らなくてもこれだけ入るなら、かなりお得だと思うよ?」
「それは、そうかもしれませんけど…。」
通常のISでも後付装備は(スペックによるが)最低でも二つ以上。弾倉も含めれば試験で使った武器数を超えるほどになる。自衛用と考えても、過剰戦力と言って良いだろう。
「パッケージを入れるとなると、ちょっと減らさないと駄目だけどね。今、考えても意味ないけど。」
「…そのパッケージは?」
「………さて機体の動きをチェックするから、一旦待機状態にして実験場まで来てくれ。」
「………はぁ…。分かりました。では……」
光が機体を包み、凪は地面に降り立つ。
だが………
「………あれ?」
凪は違和感に気付く。通常、ISを待機状態にした場合は何かしらのアクセサリーになるのが基本だ。どんな形になるのかは分からないが、流石に外せないようなものにはならないはずだ。だが、その待機状態の姿になっているISが何処にもないのだ。ひょっとして、へそピアスにでもなっているのではないか。そう思い腹をさすってみるも、感触はない。
………と、そこで篝火が携帯のカメラを向けていることと、山本は自身の首を指さしていることに気付く。何事かと凪も自分の首に触れてみる。
…………………………………。
「………俺、こんなのばっかり……。」
第三世代型インフィニットストラトス『白桜』。待機状態:白い
所変わって、IS学園の学園長室
「………ええ。では、
受話器を置き、ため息をつく彼女。その傍らにいた夫…十蔵がタブレットを操作しながら話しかける。
「………どうやら、情報はきっちり抑えているらしい。去年のような逃走劇には、ならなかったようだ。」
「それは、そうでしょう。御波さんとは
今回の件は、御波 凪のような一般人とはまるで違う。世界有数の超大物……その関係者が渦中の人物となる。手を出すことにメリットどころか、デメリットしかない。
「一人はともかく、他の二人には、試験を実施する必要があるな……。私が手続きをしてこよう。……先方から資料が送られてきたな。此方は任せる。」
十蔵はタブレットを芳恵に渡し、部屋を出る。芳恵は画面に目を通した。
「………………今年は、どうなることやら………ですね。」
送られてきた資料には、一人の少年の顔が映っており……『入学届』と書かれていた。
キャラ設定や機体設定も投稿しておきます。
誤字脱字等のご指摘やご感想、お待ちしております。