IS 千の冬の物語   作:smsm

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なかなか筆が進まず、申し訳ございません。

感想への返事は、次話が書けたらということにしたいと思います。
エタる可能性もありますから。

お待たせした分、文字数を多くしてお送り致します。


第20話

「―――では、この問題の答えを…」

 

凪は教室を見渡す。殆どの生徒は黒板を真っ直ぐ見て、ノートに書き写していた。この学園には最新の設備が備わっており、ノートを写さなくても後で自室のパソコンから授業内容を復習出来るようになっている。だが、写した方が覚えやすいという生徒は昔と変わらずいるため、黒板の内容を写す時間は設けてあるのだ。

また、此方も昔から授業を受ける生徒の中には必ずと言ってよいほど一定数は紛れている。…授業中に居眠りをしてしまう生徒だ。

たいていはこっくりこっくりと舟を漕ぐだけで、注意すれば気を持ち直して授業に臨む生徒たち。しかし稀に……本当に稀だが、揺すった程度では起きない生徒もいる。そういう時には、千冬の出席簿アタックが炸裂する。

因みに、記念すべき最初の犠牲者は、しっかり者だがその時に限って油断のあった鷹月 静寐である。彼女はそれ以来決して眠ることはなく、出席簿にトラウマを植え付けられることとなった。

 

「ぐぅ…ぐぅ…」

「ちょ、ちょっとヤバいってセシリア」

 

そして現在、約1ヶ月振りにその一撃が振り下ろされようとしている。被害者は意外にも代表候補生、セシリア・オルコット。

 

「オルコットさーん、起きてますかー?」

「……起きてます…起きてますわぁ…むにゃむにゃ」

 

最後通告として少し大きな声で呼びかけるも、返ってきたのは、ベタな寝言だった。隣に座る生徒が必死になって、彼女の体を揺する。…しかし、返事が無い。

そこに、ゆっくりと近寄る千冬。手には当然のように出席簿。

――――合掌

ドゴンッと出席簿から鳴ってはいけない音と、悲鳴が一つ、教室に響いた。

 

 

 

 

 

「セッシー、だいじょうぶ~?」

「うぅ…。角…角で殴られましたわ!」

休み時間。次の授業の準備をさっさと終え、1人だけで少し早めに教室にやって来る。すると、本音に頭を撫でてもらっているセシリアがいた。

「痛い気持ちはよお~く分かりますが、擁護はしないからね?」

「分かっておりますわ…。くぅ…オルコット家の者が、とんだ失態です…」

痛みに顔を歪めながらも、自分が寝てしまったということを悔しそうにする彼女。今までに授業態度で怒られたことが無かったらしい。

「でも、まだ音が()()で良かったよ」

「「「「「なにぃ!?」」」」」

クラスに居た生徒全員が一斉に此方を見る。…『アレ以上があるのか!?』と軽く絶望したような顔で。

出席簿アタックは音の大きさによって威力が大きく違うらしく、かつては、丸めた新聞紙でドカン!と明らかな爆発音がしたこともある。…直前の数分の記憶が飛んだため、何故そうなったかは依然分からないままだ。

「でも、珍しいね~?セッシーが居眠りしてるなんて」

「いえ…。最近、朝の訓練が日に日に厳しくなって…」

「そうなんだ。でも、その辺りは更識さん、気を付けているはずだけど?」

今日まで、セシリアが授業中に寝てしまうようなことは一度も無かったし、刀奈は凪の訓練期間でも体調管理はしっかりとしていた。もっとも、期間が限られるため、訓練後の勉強が疎かにならないギリギリの調整だったが。

「以前は、そうだったのですが…。御波先生、ちょっとよろしいですの?」

「どうしました?」

セシリアが顔を近づけてくる。

「…更識先輩、最近なんだか様子が変というか、何処となくイライラなさっている気がしますの。御波先生、何かご存知ありませんか?」

「……心当たりはある。でも、多分プライベートなことだと思うよ」

正確には多分などという曖昧なものではなく、確実に、というのが正解であるが。

「そうですの…。更識先輩にはあまり無理をして欲しくないのですが、せっかく訓練に付き合っていただいている身としは、言い出し辛く…」

「……分かった。今度、話してみるよ」

「…では、お願いしますわ。……ひぃ!?」

 

凪の後ろに目を向けて、突然の小さな悲鳴。血の気が引き、真っ青な顔になるセシリア。

「?」

凪自身、後ろに気配を感じていた。しかし何故だろうか、振り向いたら恐ろしいことになりそうだ。主に生命の危機的な意味で。しかし、時には困難に立ち向かう勇気も必要となるのだ。

「…生徒と、何を、やっている?」

「……お、織斑先生…?その出席簿は…?」

意を決して振り返れば、目の前には出席簿と千冬。出席簿は鼻先ギリギリのところで制止しており、セシリアを除いた1組の生徒は全員、教室の端まで避難していた。

「…分からんか?」

「ま、全く分かりません…。あと、どうしてそんなに怖い顔を…」

「そうかそうか。……全く分からんか。ふふふ…」

「あ、あははは…」

怖い。

全く笑っているように見えない千冬の様子に、乾いた笑いで返すしかない。何をどうすればいいのか分からない二人の状況に、セシリアが割って入った。

「お、お待ちくださいな。織斑先生は何か勘違いしていませんか?」

「してないぞ」

「いえ、しかし……」

「し て な い ぞ」

「ええと……し、してない……ですの?」

「いや、そこで先生に振られても…」

耳打ちをしていただけで何故、このような修羅場(のようなもの)になっているのか。千冬は明らかに何かを勘違いしているはずなのに、放たれる威圧感で気圧されてしまったセシリアは凪に助けを求める。しかし、凪の方も困り果てて(ついでに言えば原因も分かっていない)おり、事態の収拾には役立ちそうにない。

すると、いつの間にかセシリアたちから離れ、他のクラスメイトとともに避難していた本音が手を挙げて尋ねる。

「ええっと~、織斑先生はセッシーと凪っち先生が何をしていたと思っているんですか~?」

「………」

その質問に、千冬の動きが止まる。しかし、出席簿は突きつけられたままだ。

 

(ナイスですわ、本音さん!………でも、どうしてそこまで離れているのでしょう?)

(ご、ごめんね~?だって織斑先生、とっても怖かったから…)

(…まあ、私も逆の立場だったら……と考えると、怒るに怒れませんわね)

(ところで、二人は織斑先生が怒ってる理由が分かった?)

(御波先生、出刃包丁でよろしいでしょうか?)

(サバイバルナイフもあるよ~)

(え、急にどうしたの?料理?狩り?)

(………織斑先生、固まったままですわね)

(そだね~、なんか悪い事聞いちゃったのかな?)

(あれ、無視されてる?)

(そんな事より、御波先生、織斑先生に話しかけてくださいな。話が進みませんわ)

(…あ、先生が聞くんだ?)

((当然))

千冬に気づかれないように、アイコンタクトで会話する三人。それを切り上げた凪は渋々ながら俯いた千冬の顔を窺おうとする。しかし、その表情は分からない。

「お、織斑先生?そろそろ授業も始まる時間ですし、話はまた後ほど…」

 

ガシッ

 

「えー…っと、織斑先生?」

両肩を万力のような力で思い切り掴まれる凪。女性の身体の何処にそんな力があるのか、と疑問に思うが、とにかく離してもらわなければ自分の肩がどうなったものか分かったものではない。

「その、手を離して貰えると嬉しいのですが…」

痛みに耐えながらも、千冬に話しかける。すると突然、千冬が顔を挙げる。その顔は真っ赤になっていた。

「お、お前は!……オルコットと…その」

「何ですか?」

「……ふ、不純異性交友だぞ、ああいうのは!」

「…はぁ……?」

いまいち要領を得ない彼女の答えに、自分が分かっていないだけなのかと凪はやり取りを見ていた生徒たちの方を振り返る。

しかし、どの生徒も首を傾げており、やはり千冬の発言の意味が分かっていないようだった。

―――なるほど

四十院神楽――『千冬様大好きっ娘クラブ(非公式)』の日本支部会員ナンバー410――が小さく呟く。

「何か分かったの!?」

「…ええ」

どこからか茶色のハットとおもちゃのパイプを取り出して装着する。

「あの時の御波先生とオルコットさんの顔は互いに近い状態にあった。そして、織斑先生は何故か後ろのドアから入り、二人に近づいた。…教室のドアは自動で開く。そうすれば中の様子は丸見えね。後ろから二人を見る角度によっては…どう見えるかしら?」

コツコツと右に左に歩いて、本人は名探偵のようにカッコ良くキメているつもりのようだが、別に大したことは言っていない。

真横で聞いていた岸原理子がはっと何かに感づく。

「見る角度…?そ、そうか!近くに居た私たちには『耳打ち』にしか見えなかったけど、織斑先生には不純異性交遊…いえ、『ほっぺにちゅー』に見えていた!?」

「その通りよ」

―――んなわけない。

ドヤ顔で熱く語りあう二人に対して、他の生徒たち(ファンクラブメンバー含む)と凪は冷めた目で見ている。

確かに、耳打ち程度でも教師と生徒。距離感というものは大事である。そこを指摘されれば凪もセシリアもぐうの音も出ない。

だが、流石に生徒に『ほっぺにちゅー』されたと勘違いして怒ったなどということがあるわけが……

 

「わ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ、忘れろおおお!」

「ぐええええ、ちょ、首を絞めるのは…ヘルプ、ミー!」

「……ありましたわね」

「あったんだね~」

「「「でもそこも可愛い!」」」

「そこは同意ですけど」

「ちょっと、見てないで助け……ガクッ」

「…あ、落ちましたわね。保健室の熊谷先生を呼んできますわ」

「じゃあ、織斑先生を落ち着かせとくね~。どーどー」

「「「お姉さま~!」」」

 

次の授業は無事、自習になった。

 

 

 

 

 

「―――か、かまぼこ!?‥‥なんだ、夢か」

「いや、何の夢なんですか。かまぼこって」

目覚めた凪はいつの間にか保健室のベッドに横たわっていた。何故こうなっているのかは、イマイチ覚えていない。‥‥が、思い出そうとすると冷や汗が出てくるので、思い出さないことにした。

「織斑先生なら、今はお説教されてますよ。痴話喧嘩は放課後にやれーって」

こちらも何時から居たのか、刀奈が椅子に座って凪の様子を見ていたようだ。膝の上には少し大きめの袋を乗せている。

「‥‥痴話喧嘩?いや、それはともかく、どうしたの?刀奈ちゃん」

「倒れた‥というか、倒された?って聞いてお見舞いに来たんです。でも、良いんですか?仕事中なのに、その呼び方」

「ん、二人きりみたいだし、大丈夫だよ」

「‥そうですか?じゃあこれ、お弁当、職員室から持ってきましたよ」

はい、と凪がカバンに入れておいた、白い弁当袋を手渡す。壁に掛かった時計を見ると、ちょうど昼休みに入ったところだった。

―――4限目まるまる寝てたのか

悪いことをした、と額を押さえる凪。皆にどう謝ろうか考えていると、刀奈が口を挟んだ。

「1組の4限目は一応、途中まで自習してから授業に入ったそうですから」

「そう?なら、とりあえず昼食にしようか。あれ、熊谷先生は?」

「熊谷先生なら昼食食べに行きました。鍵は開けといてって。私は――もう食べ終わりましたから」

「早弁したな」

「ギクッ」

昼休みに入ったばかりだというのに、昼食は終えている―――ということは、量が少ないか食べるのが早いか。もしくは、昼休み前に食べてしまったか 。刀奈の普段の食事量を知っている凪はそれをあっさりと見抜いていた。

「‥‥ちょっと、小腹が空いちゃって‥テヘッ」

「テヘッ、じゃないだろうに。まったく‥‥」

可愛らしく舌を小さく出している姿に呆れて苦笑しているが、本気で怒ってはいない。少なくとも、授業中に食べるようなことはしないと信用しているからだ。

凪は起き上がり、弁当を受け取った。しかし、袋を開かずにそのまま枕元に置く。

「‥‥食べないんですか?あ、このままだとベッドが汚れちゃいますもんね」

立ち上がり、備品のベッドテーブルを持って来ようとする刀奈を制止する。

「もちろん、それもあるけど‥‥それよりも先に用事を済ませないとね」

「用事?後でじゃダメなんですか?」

「本当は、放課後にしようと思ってたんだけどね。ちょうと二人きりだから」

ゴソゴソと内ポケットを探る凪。やがて何かを取り出し、見せる。

「‥‥凪さん、それ‥」

1円玉よりも小さなサイズの機械が2つ。刀奈はそれが何かを知っている。自分の持ち物だったのだから、当然だ。

「君が、天王寺君の部屋に仕掛けた盗聴器だ」

「‥‥何を言って、」

「クラス代表戦の前くらいかな。君が忍び込んだところ、見てたんだよ」

「‥そうですか」

「天王寺君たちへの過剰な干渉は、学園長や轡木さんから言われていたことだ。知らないとは言わせないよ」

刀奈は、学園内において更識家を纏める立場の人間である。故に、重要事項――特に学園の防衛に関して――を伝えられないなどということはあり得ない。

「‥‥覚えてますよ。でも、彼らに何もしないままで良いと思いますか?裏があるかもしれないのに」

「だから、盗聴したと?学園長たちがバレるリスクを考慮した上での方針を、無駄にするところだったのに?」

「バレるとは限らないじゃないですか」

「バレないとも限らないさ。元サラリーマンなんかに見破られてちゃ世話ないよ」

「それは‥」

自分が教えたからじゃないか、と言おうとして止める。

刀奈は猶予期間に、単なる勉強やIS訓練だけでなく、盗聴の危険を察知する(すべ)や更識流の護身術を教えていた。だがそれは、たとえ合格したとしても立場が危ういことに変わりのない、彼の身を案じてのことであった。よもや、こんなところで役立てられるとは思いもよらなかったのだ。

「それに、彼らの‥いや、天王寺君と篠ノ之さんのことは、どうでもよかったんじゃないか?本命は、天王寺さんの方だったんだろう?」

「‥‥どうして、そう思うんですか?」

「だって、そっくりじゃないか、君たち」

「―――ふふっ、それもそうですね」

小さく笑った彼女は椅子に座り直す。

 

 

「‥凪さんは、あの子のこと、どう思いますか?」

「天王寺さんかい?‥‥クラスが違うから詳しくはないけれど、優秀で良い子だと思うよ。噂だと、彼女一人で専用機を造り上げたんだろ?」

「優秀‥‥そうですね。()()、そうなんですよね」

「『今は』?」

「昔のあの子は、勉強も運動もダメで、私の後ろを付いてくるだけでした。あの子が私より出来ることなんて、お裁縫くらいで、私はあの子が出来ないことも、頑張って出来るようになったことも、最初から出来ていたんです。周りの大人たちも、私のことを褒めていました。‥‥両親だけは、あの子のことも褒めていたんですけど、それでも、私たちの間には自然と溝ができていました」

「両親ってことは‥」

「はい。私と天王寺簪は正真正銘、血の繋がった姉妹です。‥‥『元』ですけど、ね」

自嘲的に笑う彼女。

「更識家って意外と後継者争いみたいなこともあるんですよ?今は本家筋の人間‥一応、暫定的に私が後継者で決まってるんですけど、それまでに色んなことで比べられてました。それこそ勉学から、ISまで。自分で言うのも何ですけど、元々何でも出来た私は、後継に一番近かったんです。でも、あの子は‥」

「‥‥」

後継者争いには様々な人間の思惑が関わってくる。刀奈が優秀だからといって、簡単に決まるわけではない。凪は当事者になったことはない。だから、そういったことはあくまでも創作でのイメージをくらいしか持っていなかった。

「実際、最近まであの子を擁立する人間は居ました。私はこんな性格ですけど、あの子は気弱で自分の意見を言えない子でしたから、色々と都合もいいんだと思います」

更識家は単なる名家ではない。今でこそIS学園所属の機関であるが、かつては日本の対暗部用暗部として活動していた。そのような立場だからこそ得られる権力もあるのだろう。

更識簪にとって不幸だったのは、そういった家庭環境――無理にでも後継者にしようとした大人たちからのプレッシャーと、否応なしに比べられてしまう優秀すぎる姉を持ったことだろう。

「見てられなかったんです。段々と余裕が無くなっていくあの子を」

―――無能なままでいなさいな

もちろん、刀奈が簪を無能だと思ったことなど一度もない。いつかは、妹も自分と同じくらいになるだろう。今だけは、自分は優秀なままで、妹が頑張ることを止めてしまえば、大人たちも諦めるだろう。そう思っての言葉だった。

だが、その思いとは裏腹に、彼女は立ち止まることはなかった。優秀な姉になんとか喰らい付こうとし、引き離される。それを何度も繰り返した。

「無能…」

「……そして、中でもIS関係は、機体の開発を任されるようにまでなりました」

「でも、刀奈ちゃんの方が先に完成させたんだろう?」

「はい。そして、『打鉄弐式』――打鉄の後継機に()()()()だったISは、あの子の下を離れ、あの子自身も」

「打鉄弐式‥‥か」

凪自身、打鉄と倉持技研については篝火から聞いていた。あの時の話に出てきた代表候補が更識簪であり、不当な過程を経て自分のために用意されそうになった機体が、打鉄弐式だったのだ。篝火は、製作者とともに『別の所に行った』と言っていた。最終的に、更識簪は天王寺簪へ、打鉄弐式は緋菫へと変わったということなのだろう。

結果、姉妹は(たもと)を分かつことになってしまう。どちらが悪いというわけではない。自分を含めた、大人たちの都合に巻き込まれてしまっただけに過ぎない。

――もし、自分が学園に来ることがなかったなら。姉妹は別れることも、こうして、少女を問い質さなければならないような事態にもならなかったのではないか。

そんなIFを考える凪に、刀奈はふるふると首を左右に振って否定する。

「凪さんが学園に来れないということは、実験に使われてしまうということ。私も、織斑先生もそんなことは望んでません。それに、もし凪さんがISを動かさなかったとしても‥‥きっと、私たち姉妹の関係は変わらなかったでしょう」

「そんなことは――」

「ありますよ。こうして、話してみて分かったんです」

「何を?」

「私が、どれだけ浅ましい人間なのかって」

 

 

刀奈は自問自答する。

 

 

 

 

私は何でも出来た

 あの子は?

 

私よりも出来ることが少ないだけ

  お裁縫くらいだものね

 

無能だなんて思ってない

  私には劣るけれど

 

いつかは、私と同じくらいに

  ()()()()。すぐには?

 

ISだって

  私から離れてすぐ、半年足らずで

 

凄いことだわ

  どうして驚いたの?

 

びっくりしただけよ

  認められなかっただけ

 

‥‥違う

  違わない。天王寺夏人の言う通り

 

‥‥‥違う!

  なら、どうして盗聴を?

 

取り戻したかった

  私が望んだのに?

 

望んでない!

  あの子が去れば後継者は優秀な私。これ以上、あの子を辛い目に遭わせなくていい

 

帰ってきて欲しい

  戻ればまた大人たちに比べられる

 

それはダメ!

  なら諦めましょう

 

それは嫌!

  なら、目の前の彼に頼みましょう

 

‥‥‥それは、

  彼なら力になってくれる

 

‥‥‥‥‥

  さあ、私のこれまでの、その思いを、すべて彼に吐き出してしまいましょう?

 

‥‥‥‥‥それは、嫌

  でしょうね

 

‥‥‥‥‥

  『天王寺簪』に、『更識家の簪』に帰ってきて欲しいんじゃない。私は『更識刀奈の妹』に帰ってきて欲しいだけ

 

‥‥‥違わない

  恋敵の――織斑千冬の前で大胆になるのは、彼を独占してる様を見せつけたいから

 

‥違わない

  その思いを話さないのは、嫌われたくないから

 

嫌われたくない

  もう遅い

 

嫌よ

  私が話した、今までの行動だけで十分

 

嫌よ!

  きっとドン引きね

 

そんなことない!

  私自身でも思ってる癖に

 

そんな‥こと、

  彼はきっとこう言うわ。『そんな子だとは思わなかった』って

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥嫌よ

 

  『最低な人間だ』って

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

 

 

「酷いことを言ったものだね」

「‥‥‥」 

「『無能なままでいなさい』なんて、天王寺さんだって、怒るのが当然だ」

「最低‥ですよね」

「分かってるじゃないか」

 

「学園長の指示ならともかく、自分勝手な理由で盗聴するのは、俺は賛成できない。正直言って、そんな子だとは思わなかった」

「‥‥」

 

「学園長からはきっちりと処罰を言い渡されるだろうし、俺も助けない。天王寺さんのことも、どうするかは自分で考えなさい」

「‥はい」

 

「…………」

「…………」 

 

「‥‥‥てい」

「えっ‥‥‥きゃあ!?」

沈黙を破るように、刀奈は身体を引き寄せられ、ベッドに押し倒される。一瞬、何をされたか分からず、刀奈は呆気にとられてしまう。

「‥‥‥」

「な、何を‥?」

体重をかけないようにしながらも、凪はそのまま馬乗りの体勢になる。

「‥‥‥」

「‥‥‥」

無言のまま、じっと見下ろす凪の姿に、刀奈は少しだけ怖くなり、ぎゅっと目を閉じた。

「‥‥‥」

「‥‥‥ぷっ」

「‥‥え?」

「あは、あははははっ!」

「‥‥‥」

ポカンとしている刀奈をよそに、何が面白いのか彼女の上で笑っている。

「あのっ」

「くっ‥ふふっ‥。いや、ごめんね。キョトンってしてるのが何か面白くって」

「‥‥人の顔を見てからかわないでください」

「‥君だってやってたじゃないか」

「え…あっ」

そう言われて、気づく。今の構図はまさしく、刀奈自身が凪に対して行っていたことだ。違うのは、服装と二人の位置だけ。

 

 

「ねえ、刀奈ちゃん?」

「………あっ…」

そっと頬を撫でられる。

「刀奈ちゃんは、確かに『出来る子』だ。けれど、本心はどうあれ、無神経に酷いことを言ってしまう、そんな子なのかもしれない」

「………」

ぎゅうっと身体を抱きしめる。

「…でも、俺にとって君は、人のことをからかうのが好きなだけの…素敵な女の子だよ。だから……」

 

「笑っていて欲しい…かな?」

刀奈を安心させるためか、にっこりと笑顔を見せる。

「わ、私………ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…」

 

 

 

 

 

 

「……で、何を不貞腐れたお顔をしてるんですか?織斑先生」

「そんな顔はしてません」

保健室前の廊下の壁に背中を預けている千冬に、十蔵が話しかける。

「やれやれ、いつから聞いてらしたんですか?」

「……さっきからです。十蔵さんこそ、いつから?」

「私も、さっきから、ですよ」

「そうですか」

実を言えば、千冬も十蔵も、ほとんど最初から中の様子を窺っていたのだ。…が、凪が刀奈を押し倒したのを見て、千冬は大慌てで、十蔵はその姿を見かけて内心ほくそ笑みながら、こうして保健室の前までは来たということである。

「…十蔵さんは、いえ、学園長もこの件をご存知だったのですね?」

ええ、と小さく(うなず)く。

しかし、学園が盗聴器の件を知ったのは、刀奈が仕掛けた盗聴器を、凪が夏人の部屋から回収したことがきっかけだった。

「元々は御波先生を問い詰めた際に知ったことでした。無人機の件のついで…というわけではありませんでしたが、その時に」

「今日まで何もしてこなかった…と?」

「まあ、それ以降、更識さんは行動せず、幸か不幸か、天王寺家からの反応もありませんでしたから。御波先生は当初、更識さんへの追及も含めて、こっそり終わらせてしまうつもりだったようで。……なので、別に織斑先生を頼りにしていないとか、そういうつもりではなかったんですよ?」

「別に、そんなことは聞いてません」

先程の2割増しでむすっとした顔になった千冬。

「ただ、相談くらいあっても……。いえ、報連相くらいはするべきだと思っただけです。社会人として」

―――それをしてもらえなかったから、不貞腐れてるんでしょうに

そう思いはしたが心の中に留めておき、そうですかと相槌だけを返す。

「…それで、更識の処分はどうするのですか?」

「……そうですね。とりあえず公に処罰はできませんし…。減給と…用務員の雑務でも手伝わせましょうか?」

今回の件は更識家――実行したのは刀奈一人だが――が関わっている上に、一応の被害者になるはずの夏人自身が被害を受けないまま片付いてしまっている。何かしらの処分は下さなければならないのだが、反省文の提出先もなければ、本人に謝罪に行かせて、わざわざ火をつけさせるのも学園としてはマズいのである。

「なるほ…思いっきり私情挟んでいませんか?」

「では雑務の一部を生徒会に回してしまいましょうか」

「まったく変わっていないような…。良いのですか、それで」

「今、更識家の協力が無くなるのはこちらとしても痛いですしね。winwinな関係というものですよ」

更識家には学園の裏事情を担当してもらっていることもある。その為、あまり重い処分を下して、致命的な失策に繋がるようなことは避けたい。…()()()、大目に見ることに決定したのだ。

ニヤリと笑う十蔵。その顔には年相応の老獪さが表れていた。

その時、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴る。

「……さ、業務に戻りましょうか。では織斑先生、御波先生や更識さん共々、授業に遅れないようにお願いしますね」

そそくさと保健室を後にする十蔵。どさくさに紛れて、室内の二人のことまで押し付けられたことに千冬が気付いたのは、完全に十蔵の姿が見えなくなった後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ……!もう少し。もう少しだ…!」

蛍光灯の小さな光の下、2つの影が映っている。どちらも人の形をしており、1つは女性型のマネキン人形。もう1つは生身の女性。マネキンには服は着せられておらず、胸の部分はぽっかりと空いている。加えていえば、どこかの女生徒に非常にそっくりな顔をしており、生身のような肉感も再現されている。女性の方はといえば、ウサミミにエプロンドレス(しかも胸元が大きく開いている)という、少々個性的な服装をしていた。

女性は弾力性のある、怪しげな物体を両手で2つ持っている。彼女は今まさに、物体Xを胸の部分に取り付けようとしているのだ。

「苦節1、2か月!27号が壊されちゃったときは、どうしたもんかと考えてたけど、さっすが私。こっそり送り付けた『盗撮ラビット君』のデータだけでこれほどの完成度を誇るなんて!…いや、()に恐ろしきはあの子のおっぱいか。まさかこの短期間でこんなにも大きくなるなんて。お姉ちゃんは感動した!…なっくんが揉んでるのかなぁ?いいなぁっ、羨ましいなぁ!」

一人だけなのにも関わらずハイテンションで喋り、一人の男子の社会的地位を著しく貶めそうな発言をする女性。とりあえず、マネキンでヤろうとしていることは、大変けしからんことなのだろうと容易に想像できてしまう。

ちなみに、27号はモデルとなった女生徒が木刀で叩き壊してしまった挙句、家族会議一歩手前にまで発展したこともあった。

「ガッチャン…と付けて、学園の制服も着せて…完成~。その名も『()()()()ロボ28号』!リモコン操作にしようかな~?」

胸のパーツを取り付け、IS学園の制服を着せたその姿は、近くで見ても彼女の妹であり、マネキンであることを忘れさせるほどだ。

辛抱堪らず飛びつく彼女。最も苦労したのは胸。日に日に大きくなる妹の胸を再現しようと、血と汗と涙を心の中で流しながら、試作しては廃棄を何度も繰り返したのだ。

「首の後ろのボタンを~スイッチオン!」

『あんっ…姉さ、んん!』

「ふへへへへ~」

マネキンから発せられる艶やかな声。当然、編集したものなのだが、それを組み込む辺りが女性の変態性を更に高めている。

「ぬふふふ。いや~、惚れ惚れするね、この揉み心地!なっくんの誕プレに『ご利用(意味深)券』でも作って、貸してあげようかな?なっくん泣いて喜んじゃうかも!」

名誉毀損で訴えられそうな、失礼極まりない妄想を垂れ流しながら、女性はマネキンの胸に顔をうずめて堪能している。

 

もみもみ

 

もみもみ

 

もみもみ

 

もみも

 

 

 

「失礼しま」

「にゃああああああ!?」

自動ドアが開き、一人の少女が入ってくる音を、瞬時に聞き取った彼女。驚いた拍子にマネキンの腰を力いっぱい抱き締めてしまい、ベキべキと音を立てて半分に折ってしまう。

「ど、どうしたのですか!?今、凄い音が…」

大慌てで駆け寄ろうとする少女を滝のような汗を流しながら制止する。

「だだだ大丈夫だよ!心配しないで!ワタシ、キョウモ、ゲンキ!」

「なぜカタコトなのですか。絶対、何かありましたよね!?」

「な、何もないよ?気のせいじゃないかな!?」

全力で目を逸らしながら、銀髪の少女に見つからないように残骸を机の下に蹴り飛ばす。…これで簡単には見つからないだろう。後は如何に気づかれないかだ。

 

 

「そ…それで、どうしたのかな、くーちゃん?」

「……話を逸らされた気がしますが、まあいいでしょう。学園からの書類が届きました。ですので、記入して提出するように、とのことです」

「えー、めーんどくさーい」

バンザイしながら心底嫌そうな顔をする女性に、くーちゃんと呼ばれた少女は瞳を開くことなく話を続ける。

「しかし、それだと箒さまに会えるのは夏休みにまで延びてしまいますね」

「それもやだー!…あ、そこに置いといて」

「分かりました。……む、散らかってますね」

抱えていた書類を女性に渡し、別の書類やらお菓子の箱やらで乱雑になっている机を掃除し始める。女性はといえば、渡された書類の束をペラペラと捲っては苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ありがとー。…うー…書くこと多いし。あー、証明写真もいるんだ。くーちゃん、変装グッズって何処に置いたっけ?」

「それなら自宅の方に…。でも、本当にあれで行くのですか?」

『くーちゃん』は女性が変装した姿を思い出して苦笑する。変装という意味では完璧なのだが、如何せん見た目が酷いことになるのだ。しかも何故か設定が男性であるため、女性の豊満な胸を強引に抑えなければならない。胸が苦しいと愚痴っていたのはどこの誰だったか。

「だって、新しく考えるの面倒なんだもん」

「胸が苦しくなるよりはいいと思うのですが。…あれ?」

『最後までチョコたっぷり』が宣伝文句のチョコレート菓子の箱をどけると、2枚の写真が現れる。水色の髪の少女と青年がそれぞれに映っている。

「この写真…そういえば、よろしかったのですか?()()()()()()()は」

「ん~?…あー、忘れてた。なっくんたちに手出ししようとしてたから、滅茶苦茶にしてやろうと思ってたんだよね、そういえば」

書類をぽいっと、机の上に放り投げて大きく伸びをする。どうやら、本格的に面倒になってきたようだ。

「まあ、実害はなかったしね。さっさと処理した『彼』に免じて、何よりも大・天・才なこの私の、海よりも広い心で許してやろうかってわけなんだよ。…『彼』の方は、くーちゃんのことでたっぷりとO・HA・NA・SHIしないといけないけどねぇ?」

ニタァ…と妖しく笑いながら、バキバキと拳を鳴らす女性。対して『くーちゃん』は顔を真っ赤にして首を左右に振っている。

「わ、私が感じているのは、恋愛感情だとかそういうものではないと、そう言ったではありませんか!」

「いいや許さないよ、あんな男!くーちゃんは永遠に私のものだー!…お腹も空いたー!」

叫んでいる途中でぐぅ…とお腹がなり、一旦怒りをおさめる。時刻は既に9時をまわっており、昼食以降、何も食べていなかったのだ。

「…あ、そういえばお母様が『たまには家で食べなさい』と」

「遅い、遅いよ、くーちゃん!もう結構な時間、話し込んじゃってたよ!?…まあいいや、今日は本宅で食べようか。ダーッシュ!」

「お、お待ちください、()()()ー!」

ドタドタと大急ぎで部屋を後にする二人。

 

 

すっかり忘れ去られてしまったマネキンの顔が、酷く哀愁を漂わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




兎さん登場


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