各話の並び順の変更方法がよく分からなかったので、一旦削除させて頂きました(機械音痴)。
内容は変わってません。
「……どうしよう」
本宅から少し遠出し、簪はとある駅に来ていた。
倉持技研のツテで、ある企業を紹介して貰い、そこの社員と合流するためだ。
しかし、駅の大きさに比例するように人も多い。
現在進行形で人波に流され、簪は合流予定の場所から離されている。
――なんとか戻らないと。
そう思って人を掻き分けて戻ろうとしても、勢いに敗けてしまっていた。
一週間ほど前。
夢破れ、『ただ生きているだけ』と言えてしまうような精神状態だった簪に、一本の電話が掛かってきた。
それは倉持技研で共に打鉄弐式の開発に携わっていた男性スタッフの一人からだった。
『簪さんに、話が聞きたいという企業を見つけた』
スタッフからの話は、簪にとって耳を疑うような情報だった。
倉持技研ですら、幾つかの研究所を渡り歩いた後に、条件を飲むことでやっと参加できたことだったのだ。
そのスタッフは、
『簪さんの、倉持での今までの努力と成果を伝えたからだ』
と言っていた。
しかし、倉持を辞めてそれほど日が経っていないにも関わらず、こんな話があっさり出てくるとは思えなかった。
余計な時間を取らせてしまったのではないかと簪が尋ねると、彼は
『余計な時間なんてことがあるものか。これは、君が今まで頑張ってきたことへのご褒美と、それに報いることが出来なかった僕らの、せめてもの罪滅ぼしだ。有効に使ってくれ』
そう、言ってくれたのだ。
今回の機会は、自分のために作ってくれたチャンスだ。
だから、人だかり程度にひるんではいられない。
いられないのだが…
(お…押し流される…)
まさしく数の暴力とでも言ってしまえそうなほどの、人の大波。このまま流れに沿ってしまえば、何処に着くか分かったものでもないし、待ち合わせ時間に遅れることになるだろう。今日に限っては電車の遅延まで発生してしまっていた。一応、先方に連絡は取ったとはいえ、遅れすぎるのは良くないだろう。
せめて人の波から抜け出そうと、今度は横道に出るつもりで進む。
しかし、
「――きゃっ!?」
当然ながら人波に体を押し返され、バランスを崩す。
そんな状態でなお押し退けられれば、容易に転んでしまうだろう。
「―――おっと、大丈夫か?」
地面に倒れる前に、誰かに体を支えられ、なんとか体勢を立て直す。
顔を上げると、簪より背の高い男の子。
おそらく年は簪と変わらないくらいだろう。
「あ、ありがとう…。えっと…」
一先ず礼を言おうとするが、人の流れは全く変わっていない。
『早く進めよ』と、周囲の人々に無言のまま言われている気がしてくる。
「とりあえず、今は外に出ようぜ。他の人の迷惑になるからな」
「う、うん」
少年と手を繋いで歩き出す。
簪は少しだけ、気恥ずかしさを感じていた。
「ふう…。とりあえず、ここでいいか」
少年はそう言ってベンチに座り、パタパタと手で扇ぐ。
人の熱気のせいか、冬場だというのに蒸し暑さを感じるほどだ。
(……手、大きかったな)
ぼぅっとしながら、何となしに自分の手を見つめる。
目の前の少年の手と繋いでいた右手には、先程の温もりが未だに残っている。
同年代の男の子どころか、父以外の男性と手を繋いだ経験なんて殆どなかった。
だからなのか、未だに頬が仄かに赤く染まっている。
(でもこの人、何処かで見たような……)
少年の顔にどこか既視感を感じて、じっと見る。
何時だったかは忘れたが、確かに見たことがある顔だ。しかし思い出せない。
何処で見たんだったかな…。
思い出そうと一層少年の顔を見てみる。
「……どうしたんだ?」
その視線に気づいたらしい彼も此方を向き、そして目が合う。
呼びかけられて、やっと気付く。
他人様の顔をまじまじと見るなんてはしたない。
コホン、と咳払いをして自分を正す。
…というのは表向き。実際は照れと気恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。
「な、なんでもない…。その、ありがとう。助けてくれて。私、更識簪」
「気にしなくていいぜ。困ってるときはお互いさま……ん?『更識』?」
少年に感謝(&誤魔化しを)して、簪は名を名乗る。
今度は逆に、少年の方がなにか引っ掛かったのか、携帯を取りだして操作し始める。
「……お、あった。うん…うん…」
「……なに?」
少年は画面と簪の顔を見比べて、一人で何度も頷いて納得していた。
画面を消した少年が、笑顔で手を差し出してくる。
「初めてまして、だな。俺は天王寺夏人」
単なる自己紹介だが、その名字に聞き覚えがあった。
「……『天王寺』?」
世界的な大企業グループであり、様々な業績を残している。その名を知らない人は、おそらくいないだろうと言える。
そして何より………その名は、紹介された企業の名前だったからだ。
「ああ。その『天王寺』で合ってるぜ。話は倉持技研の人から聞いてる。よろしくな、更識簪さん」
「さ、着いたぜ更識さん。ここが天王寺グループのIS研究・開発部門だ」
「………」
「どうした?」
夏人に連れられ、目的地までは辿り着いた。
そこは、倉持技と同じくらいの面積を持つ研究所。意外にもそれほど広くなく、幅広い分野で海外展開している天王寺グループであっても、IS事業自体がトップクラスの展開を見せているわけではないようだ。
その代わり、一つのIS事業で得られる利益は大きい。量産機開発で大成した倉持技研やデュノア社には、さすがに殆どの企業が敵わないが、そうでなくともある程度の利益が(国としても)見込めているのがIS事業というものだった。
その企業の規模自体は問題ではない。
しかし…
「……私、部外者…」
「気にしなくていいって。ほら、早く入ろうぜ。寒いだろ?」
「……そうだけど」
簪に屈託のない笑顔を向け、再び手を繋いで招いてくる夏人。
確かに冬真っ只中なこの季節では、幾ら厚着をしても、使い捨てカイロを持っていても完全には遮断出来ない寒さに襲われる。
だからすぐさま屋内に入ることには諸手を挙げて賛成したい。
しかし、この場所がどういった場所なのか忘れているのではなかろうか。
自分でも言ったが、簪は紛うことなき部外者である。そして、ISの研究部は機密中の機密。
紹介があった(しかも、一度会っただけの他人かららしい)とはいえ初対面で完全な部外者を、こうも簡単に入れていい筈がない。というか、キッチリと『関係者以外立ち入り禁止』と赤字で書かれた看板が分かりやすい位置に設置されている。
この場所に到着する前に受付も通ったのだが、本当に目の前を通り過ぎただけである。
……その筈なのだが、夏人曰く責任者の許可も取ったという。それどころか責任者が嬉々として招いてるとか。
不用心過ぎやしないか、と簪は考える。
もし企業スパイだったらどうするのだろうか。
「とにかく、行こうぜ」
「わ、分かったから…。自分で…歩くから」
そんなことはまるで気にも留めず、夏人は簪の手を掴んで歩き始める。
ズルズルと引き摺られる形で、簪は建物へ入っていった。
「ようこそ~。私の名前はセレナ・ホープ。更識簪ちゃんだね?夏人から話は聞いてるよ。さあ、入った入った」
「…………え?『セレナ・ホープ』って
夏人と建物に入り(連れ込まれたとも言う)、最初に出迎えたのが目の前の女性、セレナ・ホープ。
元国家代表で、第一回モンド・グロッソで準優勝を勝ち取った女性。まさかこんな所で会うとは思いもしない。
「今は此処の一社員……テストパイロットなんかもやってる身なのさ。サインでも一枚どう?」
「そ、そうなんですか。えっとじゃあサインを……いやそうじゃなくて…」
サインを書いてもらうための色紙がないことに気付き……ではなく、自分があくまでも『お願い』をする立場であることを思い出し、踏みとどまる。
サインを書く側が貰う側に勧めるなど聞いたことがない。………でも貰えるなら欲しかったりする。
「あっはっは、正直な子だねぇ。別に採用に響いたりしないから、今度、色紙でも持っておいで」
軽快に笑う彼女。
正直な話、こんな性格の女性だとは思ってはいなかった。メディアへの露出が少なかったということもあるが、インタビューを受けても殆ど喋らず、私生活が全く見えてこないような人物だったからだ。
そういう所が
「セレナのインタビューって、ホントに喋らなかったからなー。ずっと口、閉じてるし。…でもあれって、実は喋りたいのを我慢してたんだろ?」
夏人が思い返したように言う。
彼も当時はテレビを見ていたようだ。
「そーなんだよ!でも当時の上官がさ、『貴様は余計なこともマスコミに話しかねん。だから、インタビューには答えるな!番組に出るのも、……特に部屋なんぞ絶対見せるんじゃないぞ!』って。酷くないかい!?」
「『一見散らかってるように見えるけど、実は凄い機能美が~』とか言ってる内は一生無理だろ」
「ちょっと!?」
日本だと、よく『有名人のお宅訪問!』みたいな企画が放送されるが、そういったオファーはすべて断らされたらしい。
……どんな部屋なのか、少しだけ見てみたいような、見たくないような。
簪の中の、『セレナ・ホープ』という女性像が完膚なきまでに砕け散るのは確実だろうが。
「この前だって、俺が片付けてから2時間足らずでごちゃごちゃになってたな?…大体、いくら何着もビジネススーツ持っているからって、そこらに放置してたらシワになっちまうだろ?それに、ビール缶も片付けようとしないし、あと仕事で大事な資料も、順番バラバラな状態で放置されてた。…そういや俺がこっちに来て初めて部屋に掃除したときも…」
「……えー…」
見事に砕け散った。
身内からの大暴露である。
これができてない、あれの管理が雑だ、女性としてうんたらかんたらetc……。
いつのまにか、お説教に変わっている。
「う…うぅ…」
いっそかわいそうになるくらいにお説教を受けて、涙目になるセレナ。
(……お母さんと子供みたいだなぁ。…失礼か)
年齢的には逆(であるべき)なのだが。
二人の輪に入れないまま、簪は目の前のやり取りを眺める。
見下ろして洗濯の仕方やら部屋の片付け方やらを教える夏人に、いつの間にか正座の姿勢で俯いて聞かされるセレナ。確かに、母(男なのに)と子のような関係だ。
けれど、簪にとっては微笑ましく感じられるものだった。
30分後。
通りかかったスタッフの1人の、
「お客さん放っといて何やってんの?」
という言葉で気が付いた夏人とセレナ。
とりあえず両者共に土下座を済ませて本題に入った。
「ど、どうですか?」
今、セレナたちが眺めているのはISの設計図。簪が持ってきたもので、倉持技研の指示が入った打鉄弐式とはまた異なる、彼女自身が一から考えていたISである。
「…ふぅむ……」
「近接武器は薙刀だけ、それに6機のミサイルコンテナと荷電粒子砲……。中~遠距離戦用か?」
「う、うん。一応、火力重視で…ラファールの『クァッド・ファランクス』を小型化したみたいな感じ」
「クァッド・ファランクス…ラファール・リヴァイブのパッケージか。あれはあれで火力重視……過剰か……な機体な割に動けないのが弱点だしな。多少は火力が低くなるけど、物量だけならあのレベルだし移動可能な分、こっちの方が良いんじゃないか」
「でもまー、アレって拠点防衛用だし?運用の仕方次第じゃないかね?…それに、この大量のミサイルだけど、ただ乱雑にブッ放すのも勿体無い気もするなー」
「それは…えっと一応、ハイパーセンサーや視線誘導式のマルチロックオンシステムとミサイルを同期させて使用することを考えてます」
「「視線誘導!」」
おおっ、と小さく感嘆の声が上がる。
ハイパーセンサーは自分や相手の位置の把握などに使われ、それを応用して使用するのは従来の射撃管制くらいのもの。
そして現在、研究・開発中の最新鋭機である第3世代型ISは専ら、イメージ・インターフェース―つまり脳波を利用した特殊兵装の運用がメインとなっている。しかし集中を乱されると使えないこともあるため、まだまだ実践的ではない。視線誘導式ならば、端的に言えば『相手を見る』だけでいい。あとは、ミサイルを発射するのみ。
プログラム式だけでなく人間の直感力も合わせて運用すれば、相手のフェイント等にも対応できる、というわけだ。
「じゃあ、開発に入るとすればそのプログラムから始めるかい?」
「未完成ですけど、雛型だけは出来ているので…」
「んー?なら、別にここじゃなくても倉持技研で続けられるんじゃないの?アイディア自体は凄いし、その元まで出来ているなら、研究所が手放すとは思わないけど?」
「えっと…その、倉持技研は打鉄の後継機開発に集中してて…。私があそこに入れたのも、それの開発が条件だったので…」
「打鉄か…。確かに、あれの評価は高いからな。……因みに、弐式はどんな感じになる予定だったんだ?」
「え、ええっと…」
夏人に訊ねられたものの、既に解雇された身とはいえ、他の研究所のことをぺらぺらと話してよいものなのか。
少しだけ躊躇したが、簪は最低限のことだけを話すことをした。
「ラファールに負けていた拡張性の拡大化…かな。打鉄って積める武器数が少ない代わりに、対応できるパッケージ数は多いけど、それもほとんど別の所のものだし、最近はデュノア社にも押され気味だから…」
「そのデュノア社も第3世代型の開発で苦労してるみたいだけどな。…長距離射撃用の『撃鉄』くらいか?倉持製の第2世代用パッケージって。初期ならともかく、最近のパッケージは互換性があるもんだし、素直に第3世代型の開発でいいと思うんだがなぁ」
「第2研究所だとそれっぽいのを造ってるみたい。…でも、今の所長は打鉄を造った時の人とは違ってて、同じような過程で、それ以上の実績が欲しいんだって」
「つまるところ、大人の都合ってことか。…それで納得できるわけないよな」
「え?…あ、う、うん」
夏人の発する静かな怒気に、簪は戸惑いながらも相づちを返す。
どうしてそんなに怒っているのか、そう訊ねようとしたときにセレナが口を挟む。
「はいはい、愚痴大会は後にしておくとして…とりあえず、総評に入らせてもらうよ?」
「あ…はい!」
「機体のアイディアは悪くない。視線誘導でのミサイル操作って点もね。強いて言えば手持ち武装か殆どなくて、攻撃手段がアンロックユニット一辺倒なのが気になるけど、まあ世の中には剣一本、ナイフ振り回して戦うやつもいるし……うん、良いか、別に」
「い、良いんですか?」
「良いんじゃないかな?多少は仕様が変わるかもしれないけどね。君自体を此処で雇うのも問題なし」
あっけらかんと答えるセレナ。簪はほっ、と安堵の溜息を吐く。
とりあえず、目標の第一歩は乗り切った。
しかし、
「…で、一番の問題は、もう一つの方……『テストパイロットとして
「…はい」
「……正直言って、両方やる必要はあるのかいって話だと私は思う。開発と実働テスト両立するのは、君に掛かる負担が大きいし、責任もその分増える。第一、既に此処のテストパイロットは既に決まっていて……まあ私なんだけど……、君を別に雇う必要はないんだよ。あ、もちろんテストパイロットとして、ってだけだよ?で、ウチはあんまり軍事や競技関係には手を出してなくて、IS用の災害救助装備なんかが多めなんだ。……知ってる?」
こくん、と首を縦に振る。
世界各国に支社を持っている天王寺グループは、災害時には社間で自社のISを共有して、(限界はあるが)どこの国にもISの派遣と救助・復興支援活動を行うことで有名だ。
今年のインドで起きた地震でも支援活動をし、国から感謝の言葉を贈られていた。現在ではかなりのレベルで復興が進んだため、細々ながら支援を続けている。……活動後にこっそり、自社商品の販売も政府相手にやっているらしく、ネット上では時に非難の対象となっているようではあるが。
「まあ、会長的には競技の方に展開するのは案外乗り気らしくてね。私も新設する予定の部署に異動させるつもりみたいだし、そういう意味では競技部門に、開発者として君に来てもらえると嬉しい。…さて、ここまでがこちらの要望なわけだけど、それでもテストパイロットも兼任したいかい?」
「はい!やらせてください!」
簪は力強く答える。
「………分かった。じゃあ試験をしよう。私に勝てば、君は晴れて自分の機体のテストパイロットに、負けたら大人しく開発者としての仕事だけをやってもらう。それでいいかい?」
「わ、分かりました」
元代表に勝てば、という厳しい条件に、少しだけたじろぐ。だが、本来なら通らなかったであろう要求に、セレナはチャンスを与えてくれたのだ。これを活用しない手はないだろう。
「よし、いい返事だね。じゃあ試験アリーナまで案内するよ。夏人は他のスタッフに言って、先に準備させといて。打鉄とラファール、2機共空いてるはずだから」
「分かった。装備も何個か揃えとく」
「よろしく。よし、まずはISスーツに着替えようか。…んふふ~」
ニカッと笑い、楽しそうな様子のセレナに対して、簪は強張った表情になっている。
だが…
(負けられない…。絶対、勝ってみせる…!)
決意を改める。
機体の開発と操縦者となること。
そのどちらもが自らの目標であり、夢なのだから。
誤字脱字等のご指摘やご感想があれば、感想欄まで。
よろしくお願いします。