≪side千冬≫
一夏が誘拐された。
私がそのことを聞いたのは、第2回モンドグロッソの授賞式が終わった後だった。
私はすぐにでも会おうとしたのだが、ドイツ軍からの報告で既に一夏は日本に帰った後だった。どうやら軍と天王寺グループの人間が救出に当たり、万全を期すために先に日本へ帰ったらしい。一夏に電話をすると、すぐに出てくれた。ご丁寧に五反田さんの家へ送ってくれたらしい。私はと言えば、ドイツへの借りを返すために半年の間、軍で教官をすることになった。教師が教官の真似事などして良いものか…。だが、引き受けた以上はやり遂げるしかないだろう。基地へ行った際に、気になる奴も居たことだしな。学園長にも認められたことだし、こういう経験をしてみるのも良いだろう。一夏には悪いが…偶に連絡を取るようにはしておこう。
一夏の誘拐事件から半年が過ぎた。つまり、ドイツ軍との契約も同時に終了した、ということだ。あの少女…ラウラも最初に見かけたときよりも自信と実力を持ち、所属する部隊の中でも1,2を争うほどに強くなった。ドイツの空港での別れの際に、泣きつかれるくらいには懐かれたが…ま、悪い気はしない。ラウラや部隊の者たちと再び会うことを約束し、今は日本に着いて家へ帰ってきたところだ。ドイツ土産も買ってきてある。一夏にも、五反田さんにも当然渡さねばならないし、今日の夜には学園にも帰らなければならない。手早く済ませる必要があるな。
「一夏?今、帰ったぞ。」
…………………………………………
………返事がない。寝ているのか?夕方くらいには帰れると言ってあったのだがな……。
「まったく、あいつは…………。」
そう独り言ちて、一夏の部屋へ向かう。もしかしたら五反田さんの家にいるのかもしれない。部屋にいなければ、そちらに行こう。土産も一緒に持っていくのを忘れないようにしなければ。そう思って、私は一夏の部屋の扉を開ける。しかし……
「おーい、一夏。いるの……か……?」
何もかもが無くなっていた。
勉強机も本棚もベッドも、クローゼットにしまってあった服でさえ。一夏が此処にいた証の全てが、消え去っていた。
「はぁ……はぁ…。」
「おう、来たか…千冬ちゃん。」
息も絶え絶えな様子で走ってきた私を、まるで来るのが分かっていたかのように、五反田食堂の大将で大黒柱である五反田 厳さんが出迎えた。
「厳さん……一夏は何処ですか」
「店ん中だ。……っておい。ちょっと待ちな!」
私の問いに答え、制止しようとする厳さんを無視して私は五反田食堂の引き戸を開ける。
……いた。厳さんの孫である弾君と蘭と一緒に、食堂の椅子に座っている。
「おい、一夏! あれはどういうことだ!」
「……」
返事はない。
「このっ!」
「はぁーい。ストップ、ストップ。」
一夏に詰め寄ろうとした私の前に、知らない奴が現れた。
「何だ、貴様は!?」
「決勝で戦った相手のこと忘れてるのかい?こっちはずっと覚えてるってのに、ひどく一方通行だなぁ。」
決勝?……第2回モンドグロッソではないな。なら…………………第1回の?
「まさか、セレナ・ホープか?」
「正解。ようやく思い出したんだ。」
セレナ・ホープ。私と第1回モンドグロッソで優勝を争った相手だ。だが、第2回には出場していなかったし、第一、こいつが何故ここに?
「なんで私がここにいるのか、かい?まどろっこしいのは嫌いだし、さっさと言わせてもらうね?………こほん。簡単に言えば、織斑千冬は織斑一夏の保護監督者に相応しくないから、天王寺家で引き取ることになったってだけ。」
「………………………………は?」
何だと?
「ろくに帰ってこないことと、他人に一夏を預けてばっかりってことが主な要因。あとは…まあ、一夏のことをほとんど気にも留めてないってことかな?」
「………確かに、前者に関しては私とて、仕方がないとはいえ、悪かったと思っている。一夏にも、五反田さんにも、だ。だが、後のは何だ?私が一夏のことを気に留めていないだと?急に横から現れた貴様に、そんなことを言う資格も、そして証拠も無いだろう!」
食堂に私の声が怒号のように響く。だが……
「…………なら、関係ある奴ならいいんだよな?」
一夏は乱暴に立ち上がり、怒気の混じった声でそう呟いた。見れば、弾君も彼の妹の蘭も、こちらを睨みつけている。
「一夏、何を言って」
「あんたは何回、俺の誕生日に帰ってきてくれた?何回、授業参観に来てくれた?誕生日も授業参観も、来ないどころか、忘れていたことすらあったじゃないか!」
「…………っ。そ、それは、仕事が忙しくて、」
「IS学園での仕事のことか!?俺は知らなかったんだぞ、あんたが何処で働いているのかも!」
「お前には関係ない!」
「関係ないわけがあるかよ!……もういい。あんたはどうせ、俺のことなんて気にしちゃいないんだ。」
「だから、何故そうなるのだ!?」
「………それに関しても、ちゃんと証拠があるんだよ。音声記録も、一夏と五反田さん一家の証言も。」
私と一夏の話し合いの最中、それまで黙っていたホープが口を開いた。
「証拠……だと?」
「そ。織斑千冬、君は普段、一夏からどう呼ばれていたか、覚えているかい?」
「『千冬姉』だ。小さい頃から一夏が私を呼ぶときは、いつもそう読んでいた。だが、それが何だというのだ?」
「なるほど。………気付いていたかい?織斑千冬。君がドイツに行っていた間、一夏との電話の会話の中で、彼が一度たりとも君を『千冬姉』とは呼ばず、『姉さん』としか呼んでないことに。」
………気づかなかった。呼び方が変わっていた?1年前から、ずっと?そんな、そんなことは、
「嘘だ!」
「嘘じゃねえ!」
一夏ではなく、弾君がそう叫んでいた。
「あんたは、電話を横で聞いてただけの俺たちでも気づけた変化に、全く気付いてなかったんだ!なにが、世界最強だ。なにが、ブリュンヒルデだ!たった1人の家族のことすら分かってない奴が、偉そうにするんじゃねえよ!」
…………………………………………。
「ま、そういうわけだよ。理解出来たなら……って聞いてるのかい?」
私はホープの言葉を無視し、一夏を見る。……一夏は目も合わせようとしない。
「……一夏、お前はそちらのほうが良いのか?私と居るよりも?」
「当たり前だ。天王寺の皆は、俺を見てくれる。血も繋がってない、赤の他人なのに…だ。」
「…そうか…」
その言葉を聞いた私は身を翻して、引き戸へ歩き出す。
「おい、あんた何処に、」
「帰ります。明日も仕事がありますから、今日中には学園へ戻らないと。」
「……なっ……!?」
私は戸を開き、
「五反田さん。今までご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。それと、一夏。」
五反田家の人たちと一夏に言葉を掛ける。背を向けたままのため、彼らがどんな顔をしているかは分からない。そのまま言葉を続ける。
「元気でな。」
食堂の外へ出た私は、そっとその戸を閉じた。
「大丈夫ですか?先輩。」
ん?どうした、真耶?
「いえ、先輩の雰囲気が少し変わったなと思って……。」
気のせいだろう。私は何も変わってないぞ?それより、大会とドイツの件でお前と生徒たちには迷惑を掛けてしまったからな。その分、働かなくては。
「そ、そうですよね!気のせいですよね…。」
まったく、心配のし過ぎだ。さ、教室へ行くぞ。
「はいっ!」
「織班先生。大丈夫ですか?」
学園長?どうされたのです?
「山田先生や他の先生方、生徒たちからも織班先生の様子がおかしいと報告があったものですから。気になってしまいまして。」
生徒たちからも?……まったく、失礼な。見れば分かるでしょう?いたって健康体ですよ、私は。
「いえ、様子がおかしいと感じた人があまりにも多かったもので……。それに、ISの調子も悪いのでしょう?」
ええ。倉持技研でも調査中ですが、零落白夜…ワンオフ・アビリティが使えない状態です。
「原因は精神的なものかもしれないのでしょう?ドイツから帰られてすぐに復職されていたのですから、休暇を取られては?というか、取りなさい。検診も忘れずに。」
むぅ……。分かりました。3日くらいで……
「ダメです。先生の指示に従いなさい。」
…………分かりました。とりあえず、検診に行くことにしておきます。
「織班さん、すぐに休暇を取ってもらってください。」
何故です?
「……疲労やストレスが蓄積されているからです。とにかく、仕事は休職してもらって、薬を毎日飲んで、通院して、ゆっくり休んでください。いいですね?」
しかし、また教職を離れるわけには……
「い い で す ね ?!」
は、はい……。失礼します……。
まったく、真耶も学園長たちも、先生も心配のし過ぎだ。確かに、疲れはあるかもしれんが、そんな大事にするようなことでもないだろうに。……まあ、この家には私以外いないのだし、教職を忘れてゆっくり休ませてもらうとしよう。
そうだ。この家にはもう、誰もいない。
私が
私が、此処にいる意味も、もうないんだ。
「あの………大丈夫ですか?」
この作品の千冬はメンタルフルボッコ状態
あと、一夏は少しの間、登場しない予定です。
全体的に長い(気がする)のに、文字数は3500字ちょっと。
改行、使いすぎですかね?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘よろしくお願いします。
2016年2月2日
千冬のドイツにおける指導期間を1年→半年に訂正