IS 千の冬の物語   作:smsm

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第6話

凪が警察に追われる羽目になった原因は数刻前にまで遡る。

彼の勤める会社では定期に、ある実験が行われていた。10年前に突如として現れ、迫るミサイルや戦闘機を叩き落し圧倒的な力を世界に知らしめたにもかかわらず、女性にしか扱えないという欠点を持つパワードスーツ……『インフィニット・ストラトス』の起動実験である。実験対象は世界各国の男性たち。それこそ、軍人からサラリーマン、小学生までもが対象となっている。『ISは女性にしか動かせない』という事実を覆そうと、IS委員会が義務付けた恒例行事である。勿論、凪も中学生の頃から行っているが、現在の世界を見れば分かる通り、結果は無駄に終わっている。

 

(……あの資料、あと少しなんだがなぁ……)

 

そう心の中で呟く彼。朝、上司に押し付けられた大量の資料作成……自分なりにテキパキと作業した結果、今日中には終わりそうなほど進んでいる。周りの同僚や上司が、目を丸くしていたが…本人は全く気付いていない。素早く終わらせて、自分の仕事に集中しよう。彼はそんなことしか考えていなかった。

 

(今日の夕食はどうするかな……。昨日の残りで良いか。)

 

既に夕飯の献立を考え出している彼だが、ISに全く興味がないわけではない。少なくとも、初の起動実験の際には当時の友人たちと共に、様々な妄想をしたものであった。………結局、起動はせず、直後に両親の事故死や引っ越しのこともあって、考えている余裕などなかったのだが。それでもIS関連のこの企業(事務職だが)に就職しようと思ったのは……気持ちが落ち着いた頃に見た初代ブリュンヒルデの訓練風景や、ブリュンヒルデ本人(合格したときは知らなかったが)に出会ったことが理由だろう。

 

(今日も電話しよう)

 

きっかけをくれた彼女……織斑千冬に今日のことでも話そうと思っていると、

 

「御波 凪さん、どうぞ。」

 

名前を呼ばれ、ハッとする。ぼうっとしている内に、順番が来たらしい。「はい」と返事をして前に進む。チラッと監査役の女性の顔を見ると疲れが浮かんで見える。ただ座って結果を書くだけの単調な作業でも、これだけの人数が相手では大変なようだ。

 

(さっさと仕事に戻ろう)

 

世界中の男性も女性も、いつもと変わらない結果だろう、そう思っていた。彼自身もそう思い、ISに触れた。

 

 

 

しかし………その時、世界は変わった。

 

 

 

(何、だ……?この…感覚。まるで………)

 

まるで………『歓迎されている』みたいだ。そんな奇妙な感覚に彼が陥ったと同時に、

 

 

 

ブォン……

 

 

 

その音は、彼も何度か耳にしたことがあった。

研究部の女性がISに乗り込んだとき、ISを操作するときに聞こえる音だ。

………つまり

 

ISが『起動した』音だ

 

「………嘘………世界初の、男性操縦者?」

 

誰かがそう言った。

 

………その言葉が聞こえたときには、既に彼は走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(不味い。本当に不味い。)

 

凪がISを動かした瞬間に会社から逃げ出してから、既に2時間ほど経過しているが………捜索する人間がかなり増えてきている。最初はたったの数人であったのだが、今では警察やIS委員会だけでなく、メディアにも知られてしまっている。彼は一時的に落ち着こうと自分の家の前にまで行ったのだけれど……既に報道陣が詰め掛けていたため、手近なところにあったダンボール箱に身を隠してもう1時間になる。とにかく、この先を考える必要があった。

 

(俺を追いかけているのは、警察・委員会・メディアの3つ。………捕まれば行き着く先はどれも同じだよな……。モルモットか、実験用のネズミか……。……同じ意味だった。)

 

つまり彼には今のところ、『逃げる』という選択肢以外は存在しない。この状況を打破するには、外部からの助けしかないのだ。だが…

 

(それを頼むのは……流石に酷だよなぁ。)

 

ツテはあることにはある。だが…いくら彼女……織斑 千冬でも、今はただの一教師だ。学園側にメリットどころかデメリットしかない以上、動かないだろう。つまり……

 

(………詰んだな。………いや、本当にどうしよう?)

 

ああでもない、こうでもないと碌な考えも浮かばず唸っていると………

 

「………今、あのダンボール動いたよな?」

 

バレそうになっていた。男性の声だ。足音からして、二人いる。

 

「………ああ。絶対、動いた」

「……………………………………………にゃー…………。」

 

御波 凪、渾身の猫マネであった。

 

「何だ、猫か。」

「まぎらわしいよな。はっはっはっは…………。」

 

 

「「騙されるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

作戦失敗である。仕方ない。

 

凪はダンボールから出て(何故か手に持ったままである)、警官とは逆の方へ走り出す。

しかし、

 

「やばっ!」

「目標発見しました!」

 

大通りに出てしまい、女性(制服を着ていないあたり、委員会の人間だろうか)や、ヘリコプターにまで発見されることになった。

 

「ああもうっ!…って誰だ、こんな時に!」

 

追手から逃げている最中に携帯電話に着信が入る。走りながら確認すると……千冬からだった。

 

「はい、もしもし!?」

『凪……お前は、何をやってるんだ!?』

「うわっ!?」

 

いきなり千冬に、電話越しに大声で叫ばれた。耳がキンキンする。

 

「大声を出さないでくださいよ。速度落ちるじゃないですか!」

『逃げながら電話に出なくても良いだろう!?……いや、今は良い。とりあえず、落ち着いて話がしたい!私の家まで来れるか!?』

「今、逆方向を走ってますけど、何とかしてみます!」

 

千冬に家へ来るように言われた凪は、大きな川を流れる、橋の柵を跨いでそう答え…

 

「……これから、たぶん連絡出来なくなりますけど、他には何かありますか!?」

『いや、ないが……。』

「それなら、また後で!」

『え?お前、何する気』

 

ピッとボタンを押し、通話を切る。

そして、凪は

 

「男は度胸!飛っべぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

空へ向かって勢いよく地面を蹴り、飛んだ。

 

 

 

 

ドッボォォォォォォォォン!!

 

 

 

 

「「「「「落ちたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

現在の水温、10℃を大きく下回っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、彼を学園で保護するべきだと?」

「はい。その通りです、学園長。」

 

凪が川に飛び込む10分前、千冬は報道を聞いて直ぐに学園長である女性……轡木 芳恵の下へ向かい、交渉していた。内容はもちろん、世界初の男性操縦者についてだった。

 

「………確かに、IS学園は他国の干渉を受けません。しかし、それはあくまで基本的には、というだけであり…今回は委員会も絡んでいます。そう簡単にはいきませんよ?」

「ですが、このまま確保されてしまえば、彼の人生は人体実験によって身体を解剖され、調査されるだけになってしまいます!それに……『団体』も動き出しているのでしょう?」

 

『団体』とは、女性権利団体という組織のことであり、ISの登場によって広まった女尊男卑主義の考えを良しとする女性で構成されている。中には権力者もいるため、男性が理不尽な扱いを受けることも少なくない。

 

「彼女らに捕まれば……私刑の末に死亡することもあり得ますね。……表向きは、事故死かもしれませんが。…………分かりました。では一時的に身柄を預かる、という形にしましょう。」

「では、私が、」

「……ですが、その前に一つ聞かせてもらいます。何故、貴女はそうまでして彼を救おうとするのですか?……貴女の個人的な理由もあるのでしょう?」

 

「誤魔化しは認めない」……芳恵は、そんな目で千冬を見ていた。

 

「……彼は、私の恩人で……それに、私にとって『大切な人』だからです。」

「…………ふふっ。」

 

芳恵は思わず笑みを浮かべていた。それを、からかわれている、と同時に許可が下りたと捉えた千冬は素早く携帯を取り出して電話をかける。

 

(いや、しかし……まさか織斑先生が、ね……。)

 

目の前で件の男性と電話で話す千冬を見て、芳恵は物思いに耽っていた。

 

教職に就いていても、自分に与えられた仕事を淡々とこなすような態度で生徒と接しているような先生であった。仕事は完璧でも、そこには生徒を思っての行動はない。それで、一部の生徒や先生方から不満の声を聞くこともあったほどだ。しかし、第2回モンドグロッソとその後の彼女に起きた、とある事件。それによって彼女は酷い、とても生徒の前でして良いような顔ではない表情をするようになっていた。医者にも診させたが………職場復帰どころか、今後の生活そのものが危ぶまれるかもしれない。そう言われたときは、どうしたものか…と悩んだ時期もあったのだが。

1ヵ月で彼女は帰ってきた。しかも、ニコニコとした顔で、生徒たちに接するようになって。このときばかりは、学園中で広まっていた噂を信じてしまいそうだった。ちなみに、「クローン人間説」のほうだ。

 

それはともかく

 

そんな噂が出てしまうくらい、彼女は変わったのだ。しかも、まさか……。

 

(恋愛までするようになっていたとは……。いえ、恋をしたから変わった、ということなのでしょうね。)

 

緊迫した状況のはずなのに、そんな思いが出てきてしまう。まるで、娘か孫の成長を見た気分に、芳恵はなっていた。

 

「え?お前、何する気だ!?………凪の奴、電話を切ったな?」

 

……と、千冬の様子が変わった

 

「…どうしたのですか?」

「いえ、私の家で合流するよう伝えたら一方的に電話を切られまして。」

「もしかすると、電話を落としたのかもしれませんね。ともかく、織斑先生は至急、向かって…………」

「……?どうされました?」

 

芳恵は自分のデスクの上にあるパソコンに目を向け、固まっている。千冬は「失礼します」と言い、パソコンの画面が見える位置に移動した。

すると………

 

『えー、現在、御波 凪さんは橋の柵を越えてしまっています。まさか、飛び込むようなことはないと思いたいのですが…………って、ああっ!と、飛び込みました!今、真冬の川へ御波さんが飛び込んでしまいました!』

 

アナウンサーが早口でそう報告していた。

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

「……織斑先生。暮桜の展開を許可します。ここからで構いませんから、急いで向かってください……。」

「……そうさせていただきます。」

 

千冬は学園長室の窓枠に足を掛け、勢いよく飛び出してISを展開し、空へ舞い上がった。

 

「お前は、アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

そんな叫びと共に。

 




豆知識
真冬の川に飛び込むのは危険です。


今回の文字数は、多すぎず少なすぎず、といったところでしょうか。
また、今回は地の文を変えてみました。上手く出来ているでしょうかね?

誤字脱字等がございましたら、ご指摘よろしくお願いします。
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