【テスト】「サトミタダシ」の店員さん【お試し】 作:秋野よなか
「いらっしゃいませ。ようこそ薬局サトミタダシへ」
サマナーとなってから、大抵の事には驚かないくらいには「常識? 何それ美味しいの?」と蹴飛ばしていたつもりだが、まだまだ足りて無かったらしく、動揺が残る俺は頭二つ背の低いこの子に対し、なんとか引き攣った顔を笑みに変え、馬鹿みたいに丁寧にどこぞの国産RPGの村人のように、反射的に答えるのが精いっぱいだ。
こっそり深呼吸をして、ついでにゴクリと唾を呑み込む。
(小さいのにずいぶんと確りした子だな。ここじゃ随分と弱者には厳しいようだし)
先程の光景を思い出し、感心とも哀愁とも言える感想を覚えたが、その子は口を閉じたまま眼鏡の奥から見上げて来るので、何か対応を間違えたかと先程聞いた「ピエモンの秘薬屋」と言う名に聞き覚えがないか、一寸思考を巡らす。
「……ピエモンの、秘薬屋」
(ピエモン、ピエモンねぇ? ……まさかボケっとして“フィレモンさん”と聞き間違えた!? あの華蝶仮面、色々な場所をフラフラして“自我の導き手”とか名乗り、夢の中に引き籠ってたかと思えば、こんな所で実は開業していたのか、道理で探してもみつからんわけだ)
ひょんな事から意外な事実を知った訳だが、「秘薬屋」と言う単語からサトミタダシでも扱っていたような、“特殊な品物”を売買していた店だろうと予測。
品揃えに関しては、とてもあの人外と比べるのも烏滸がましいだろうけど、もしかすると少しは役に立てるかと今の在庫を思い浮かべる。
「…………」
(何とかしてあげたいけど、この子の強さも分からないし。それ以前に単に家のお使いで買い物に来ただけかもしれない。少し様子を窺うか……って、なんだかこの子、若干怒った表情に見えるのは俺だけか?)
改めて見分すると不釣合いに大きい杖と引き摺るようなマントを纏い、それでいて白いシャツに短めなスカート、極めつけは膝上より高いハイソックス。そんな学生服擬きな恰好は見るからにアンバランスだが、通りを歩いてきても誰も注目しては居なかった。
サトミタダシに勤めて奇抜な姿の客には慣れっこなので気後れする事は無い。
寧ろまだ可愛い方だろう。訪れる中には返り血が付いたままの完全武装で、武器を携帯したままなんてのもざらだ。
偶々それを目撃したバイトの子に何か勘違いされ、かと言って本当の事は言えもせず、目が合うたびに逸らされたのは悲しい過去だ。
素早く客の求める物を提供するべく頭を切り替え、浮かんだ疑問には一時蓋を閉めて鍵を掛けるのがベストだろう。
この見慣れない場所も異界化した戦場に比べれば、悪魔も居らず命の危険が無いだけで十分マシだと割り切れば済む事だ。
先ずは客をジロジロと見つめ、身なりを確認した事を誤魔化す為に咳払いを一つして肩の力を抜き、改めて話し掛けるのに勤める。
「残念だけどフィレモンさんの秘薬屋は無くなったみたいでね、うちの店もそれなりの品揃えを持っているつもりだから、試しに覗いてみてはいかがかな?」
(大方、また何処かに導くべき者が意識と無意識の狭間に現れた。とか言いながら、建物セットでフラフラ出掛けたんだろう)
喋る事で調子を取り戻し、チラッと表情を窺うが別段不躾に見たことに気を悪くした様子も無く、少しの間を置いて開いていた本を閉じると、話に納得したのかコクッと頷いた。
「……ポーションや魔法薬の触媒を見せて」
「おっと、ポーションって指定するって事は、やっぱり間違いは無さそうだ。……けど流石に触媒に関しては守秘義務って奴があるから、初見のお客さんには悪いけど売れないんだ」
一般客では無いと分かり、気が抜け少々口調が砕けたものになってしまって不味ったと思う。
俺が改めて“特殊な品物”の事を口にしたのには理由がある。今も流れているこの“洗脳ソング”を聞いても、普通の客はポーションを買い求める事は無い。
ただのお客さんはこの歌詞の表層はとても覚え易いとしても、その本当の意味が扱う商品には結びつけず“知覚できない”のだ。
何故ならあの歌は日本語でなく、直接“魂に擦りこんでいるから”だと聞いた事がある。だから表向き慣れ親しんだ母国語に聞こえていても、実は全くの謎言語術式体系で組込まれた呪歌とも言えるそうで、その素質や資格を持っている人物には、機械の歯車が噛合うように理解するそうな。
……三番までソラで歌える俺には判別できんし、本当かどうかは知らん。
「まあ取りあえず用意するから中へ入ってくれるかな」と促し、箒で自分の肩をトントンと叩きながら背中を向け、カウンターへと案内しようとして……何かが引っかかった。
そうして自動扉が閉まり、後ろに続く気配が突然停止した事に気付き振り向くと、先程まで眠たげな様子だったこの子の表情が、心なしか驚いて固まっているように見える。
「えっと、どうかしたのかな?」
今、この子から伝わって来る感覚は一つ、それは“困惑”だろう。
思い当たる事が在るとすれば、間違い無く店内に流れているアレだが、どうもそれだけでは無さそうだと感じ、似たような既視感に俺もこめかみを叩く。
「……この店は変、どう見ても大きさが合わない」
「いや、店が変なのは今更だが、大きさって言われてもピンとこないし、至って普通の……あっ」
言われて気付いたが、昨日までは隣の建物まで距離が在ったのに、ついさっき外に出た時は左右の建物の間に存在するのは、本来サトミタダシの出入り口分のスペースに、奥行きを少し足したくらいしか敷地面積が無い筈なのだ。
つまり大凡畳二枚くらいの横幅と八畳分の奥行きの中に、一般的なドラッグストアよりは小さいが、医薬品や化粧品を始め、生活用品に健康食品や菓子類、サプリメントも置いて居る為、カウンターを含め売り場面積はだいたい90㎡なので、パッと入っただけでもその違和感は拭えず相当なものと言えるだろう。照明のお蔭で気にも留めなかったが、実際正面の窓から外は見えず暗い空間が映っている。
これ、何かの拍子に割れたりでもしたら問題ありそうだな。
今迄外の光景の疑問に蓋をしていたが、店内も比例したように充分異常過ぎだ。これではまるで、うちの店舗自体が異界化した空間に飲み込まれたと言っても過言では無いだろう。
過去に無限ループのある異界化ビル内で彷徨い、「いっそ悪魔が食えたら……」と飢えて遭難しかけた事を思い出し冷汗が流れる。
「うん、今日はもう臨時休業。お互い少しばかり情報の交換を行う必要があると思うんだ。お客さん、昼にはちょっとばかり早いが、お茶に付き合って貰っていいかな?」
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はっきり言って俺の誘い方は胡散臭さMAXだったが、大した逡巡もみられずに了承の意を受け、この小柄な少女である「タバサさん」の話を聞くに、当店舗サトミタダシ三十六号店は、トリステインと言う国の王都トリスタニアの裏通り、チクトンネ街と言う場所にあるらしいと分かった。
初めて聞く国名と地名だったので、一言断って事務所で世界地図を印刷して持ってきて、知っている場所が無いか示して貰おうとした所、再度固まるタバサさん。
何故固まるのかいまいちさっぱりだったが、これ幸いとお茶の用意を済ませカウンターに湯呑でなくマグカップを二つ置く。
コーヒーよりも安っぽい缶に入った、顆粒タイプのお湯で溶かす緑茶を愛飲する俺は、それを飲みながらタバサさんが再起動するのを待つ。
次に出てきた言葉は「……知らない文字、私には読めない」と来たもんだ。
なるほど、所変われば品変わる。使う文字も違って当然かと、じゃあと指をさしながら国名を上げていくが一向にヒットする名は無いらしく、お互いマグカップを持ち上げ口に運び再び沈黙。
……何となく気まずいので茶菓子に商品棚から、ソフト塩煎餅を開けて出すと「……変わった素材」とか小さく聞こえたが、直ぐにポリポリと齧る音が店内に響く。
どうやら御気に召したようで、味覚に差は無さそうだと心に留める。
そこでふと思ったのは、もしかして地名も文字のように違う名で伝わっている可能性があるのではと閃き、色々と名を連ねて行く。
暫くして反応の在った名前はゲルマニア(現ドイツ)で、地図の位置関係からタバサさんがピンと来たらしく、彼女の知る名を上げて貰いガリア(現フランス)、アルビオン(現イギリス)までは似たような位置関係らしいと分かる。
他にロマリアやサハラと言う地域が在るそうだが、そこは現在イタリアとなっている場所とウクライナやロシア方面らしい。
トリステインはガリアとゲルマニアに挟まれた、フランスとベルギーを跨ぐ様な大きさの小国(北海道くらいの大きさ?)だそうだ。
……縮尺や形はかなり違うようだが、もう笑いすら出てこんよ。
空の袋と期待の籠った瞳を見て、少し考える時間も欲しいので茶菓子とお茶の追加する為、電気ポットに水を補給。柿の種とひねり揚げ、更にエビせんの封を開けながら、この子案外遠慮が無いぞと、既に手が皿に伸びているのを見て思う。
文字は別なのになぜか言葉は通じるので、意思の疎通には困らないが、その困らない事に返って悩む。
今の所予想できる最悪は、ここが大規模に異界化した場所で、実は世界の中でもほんの一握りの人間のみが知る事を許される、“本当に”ハ○―・ポッターの世界のような法則の理が支配する、昔から存在する地域だとしたら? このまま一歩店の外に踏み出せば、ある意味俺は身分証さえ持たずに国境を無断で越えた、後ろ盾さえ一切ない野蛮人以下家畜以上の扱いかも知れん。
気休めでしかないが、異界化を攻略した際に手に入れた、空間を維持しているコアとなった魔導書に手を振れ、知識が流れ込み多少魔界魔法を使えるのが救いだろうか?
こりゃ直ぐにシャッターを下ろして正解だったな。
こんな事になった理由を余り深く考えたくないが、現実逃避しても始まらないので“何故”とか“どうして”はこの際飲み込む。
いつぞやのように勘違いして「俺TUEEEEE」なんてやったら、即座に身の破滅が待ち受けていたとしても不思議じゃないないし、常に謙虚で「人の振り見て我が振り直せ」の精神で居ようと心に誓う。茶菓子でホイホイ話が聞けるなら安い情報料だーって! もう空かよ! 俺一つも口にしてないぞ! これが現地人の消費量だとしたら……。
これは何としても早急に社長、もしくは本店と連絡を取り相談せねばならない。
「顔色が悪い、平気?」
「あ、ああ、問題ない。それでタバサさんにお願いがあるんだけど……」
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その後も、タバサさんが割と自由の利く学生さんと言う事と、本日は“虚無の曜日”と呼ばれる休日だとの話だったので、少々心苦しいが昼食に誘い簡単ながらこの地域の風習や風俗などを、困らない程度に勉強させて貰った。いやー女性のお菓子は本当に別腹なんだと肝に銘じ記憶する。
彼女の説明は簡潔だが俺にも分かり易く、最初に学と良識の在る人物に出会った幸運にとても感謝している。
食事をとって貰っている間に現状を調べたところ、予想通りポケットに入れていた携帯電話は通じなくなっていたが、何故か店内の電気や水道にガス、それとネットが繋がったままなので、本社と文章でのやり取りはできた。
ただし発注は問題ないとしても、当然商品の輸送に普通の運送会社は使えないので、まあ無理だろうなと本社の受注部門からの連絡待ちをしていたら、全て“生体エナジー協会”経由で届く事になったらしい。……うち(サトミタダシ)と提携か合併の話なんてあったか?
「らしい」と曖昧な理由は、詳しいことは専門じゃないので分からないが、無い物を新たに見つけるのは非常に困難だけど、起点があれば何処にでも届けられるので構わないそうだ。
随分と曖昧な話しだったが、他企業の技術だし懇切丁寧になんか教えて貰えないのだろう。
俺の知っている範囲じゃ「生体エナジー協会」の会長、確か名前が“ルクス・G・R・フォカレ”とかって言う海外の人だった筈だが、ミドルネームが変わっていて覚えていた。後はうちの健康食品コーナーに数点そこの商品が陳列してあったからだな。じゃなけりゃ興味がないと知らんだろう。
でも、おかしいのが態々その会長御本人様から、直々に礼状が本社に俺宛てで届いたとか……意味が分からん。
新たな市場を求める事には貪欲だけど、その後は地域に溶け込み低価格で健康食品を販売する外国資本の企業だとしても、荷物の輸送料無料には吃驚だ、オイオイ太っ腹すぎるだろ。
うちの社長が「深く考えるな。元の店の事も心配いらん、後の細かい事はこっちで処理するから、今日は酒でも飲んで忘れろと伝えろ」って随分憔悴した様子で言っていたって文章が届いたけど、本当に大丈夫だろうか? 裏がありそうだし不安で胃が軋む。
そうこうしてる内に話も終え、帰り際に顔色が優れない俺に、タバサさんは「ヒーリング」の魔法とやらを実践して掛けてくれた。お礼に「きずぐすり」を渡し、お近づきの印と今日の事を黙って貰う契約を交わし、対価として「状態異常系回復薬四種詰め合わせ」を進呈、お蔭で胃の痛みは消えた。
渡した商品の内容はディス系四種に、オマケの「ガラガラドリンク」を足した計五種、彼女には悪いけどこの手の薬って、案外仲魔(契約した悪魔)の回復系魔法や装備品で対策できるから、ビギナーにしか数は売れないんだよね。
名残惜しそうに「……また来る」って言ってたから、近いうちに来てくれると思う、俺も是非来てくださいと言っておいた。
この地域の人にも効果があるのかとか、実はこっそりモニターも兼ねているのは俺だけの秘密だ。
最後に良く分からないが、各種薬の使用法と簡単な説明をしていた時の彼女の喰いつき様は、少々というかかなり異様で怖かったけど、フィレモンの秘薬屋への本来の用事と、必要としていたポーションや触媒の補充は良かったのだろうか? まあ、次回でいいだろう。
それよりも明日からこの辺を散策して、何を販売しても問題ないのかの確認や、タバサさんに教えて貰った通貨単位を覚えたりと、やること満載で頭がパンクしそうだ。
今日は社長の言った通り酒でも飲んで寝るつもりだが、とても酔えるような気分じゃないので、気分転換がてら店の裏口から少しだけ外に出て大きく深呼吸をすると、頭上には満点の星空と“赤と青に輝く二つの月”が視界に映ると不意に歪む。
「あれっ、なんでだ? 月が……二つもある」
悲しくも無いのに、涙が零れ頬を伝って地面へ落ちた。
誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしておりますが、余り心臓が強くないので、使用後のトイレの蓋を戻しておくくらいの優しさで、どうぞお手柔らかに……。
作中で出てきた魔界魔法とは、真・女神転生等のゲーム内で使用される魔法全般の別称で、アギやブフと言った攻撃系などの他様々です。
また洗脳ソングの話と、生体エナジー協会の設定は本作品独自の物です。