【テスト】「サトミタダシ」の店員さん【お試し】 作:秋野よなか
実は
何かもう書いてて色々と「大変だなぁ」とか思った。
彼女の瞳の輝きに期待を感じたと言う事に嘘偽りはないが、それでももし彼女が焦りから立ち止まり迷うようなら、大人が教えてあげよう「利益が無ければ、逆に作ればいいんだ」とね。
それでじゃあ不利益の幅が酷かった場合を思い浮かべた瞬間、頭の隅に引っ掛かっていた事にピンと来た。
(あっ! そうだ! 不利益で思い出した。モンモランシ伯! ギーシュ君と仲良さげにしていたあの女の子、同じ家名だったけど親戚かな? 夜会の席でやたらとどうでも良い自慢話ばかりする貴族の中で、珍しく自分で行った事業の失敗した話を語った人だから覚えていたんだっけ。ただそれを聞いている最中、物凄く良い笑顔を浮かべていたバスンのおっさんの目は、間違い無く得物を見つけた捕食者だったけどな)
確か領地近くにある大きな湖に住む精霊と、トリステイン王家の交わした盟約の交渉役を先祖代々受け継いできたらしいけど、その精霊を何故か怒らせたとかでその御役目を格下の分家に移され、今はその時の失敗した事業に投資して焦げ付いた資金の回収と、領民の生活の保障に使った金の返済に苦労していると言う、聞いていて何とも返答に困る内容の話だった。
しかも返済計画はあまり上手く回ってないようで、クルデンホルフ大公国と言う金貸しで有名な独立国に、近々追加の借金の申し入れを行うとかって噂話も流れていたそうで(バスンさん談)、どうも借金も二度目ともなると当然借り入れ条件が厳しいらしく、その為には抵当にしていた王都にある屋敷を手放す必要があるとかないとか。
そこを賺さず「差し出がましいようですが、もし御困りでしたら私共が……」と、資金援助の話をバスンのおっさんがモンモランシ伯に持ちかけ、代わりに伯爵の領地に「エネ恊商会」を“特別優遇”で誘致する事に承諾して貰い、速乾性コンクリートと言うこの地にはない革命的資材と、堤防と水門を利用した埋め立て技術を用いた干拓事業も新規で行い、貴族籍ではない市井
何気に思い出した事を脳裏で反芻していると、覚悟を決めたようで愈々その重たい口を開き、此方を見つめたままタバサさんは語り出した。
普段口数少ない風に思っていた彼女が、こんな堰を切ったように喋りだすのを見て、スチールデスクの下で軽く太腿を抓ったのは秘密だ。
それほど驚いたのだけど、そんな事で驚くのはまだ序の口だったと話が落ち着いた後で思い知る事になる。
その口から語られた話は俺が予想していた内容と比べ、元居た日本でも金持ちの遺産相続によくある様な、お家騒動的な極身内で起きた、骨肉の争いに巻き込まれた不憫な女の子くらいの問題だと考えていた。
だがしかし、この地は異界であり、日常的に魔法が飛び交う現代社会よりも幾分危険度の高い場所なので、起きる陰謀も格段に上がっていた為に起きた悲劇だろうと踏んでいたが、まさかその“お家騒動”が一親族内、大きくても一門くらいだと想像していたのに、それを遥かに越える範疇の大きさを持ったレベルだとは思いもしなかった。
(利益はそこから金銭でとか言う話だと思っていたら、不利益の方が先に出て来て、俺の力と知識じゃはっきり言って利益は回収不能。その前に生き残れるか怪しいレベル。万に一つ、億に一つで予想しうる手に入る利益もはっきり言ってデカいんだけど、情報が足り無くてそれに至る道筋が見えんわ)
聞いた後で、本気で聞くんじゃ無かったと後悔したのは何回目だろうか? そんな諦めにも似た感情で黄昏ていると、事務所の部屋の扉をノックなしで開き入って来た人物と一瞬目が合う。
途中で飽きたキュルケさん達の内の誰かが、心配して探しに来たのかと思えば、何時だったか敵として現れた最悪の悪魔を前にして、思わず出た言葉と共に体が反応する。
「……。っ! ドッペルゲンガー!?」
慌てて懐に隠し持った銃を抜き≪ゴッドスピード≫を発動し先手を取ると、≪トリプル・タップ≫を併用し即座に敵に四発発砲。
が、動揺していたのが響き
一連の動きに反応の遅れたタバサさんは、辛うじて床に身を投げ出し射線からは逸れていたけど、元々当てる気は無かったのにその素早い身のこなしを目にして、少しだけ魔法学院の学生に対して警戒度を上昇させる。
中々に良い反応速度だったし、授業のカリキュラム内で教わっているのだとしたら、ただの学校では無い侮れない場所と認識しなおす。
取りあえず倒れた敵が動く前に止めを刺そうと、魔界魔法を使おうとしたところで若干楽し気な雰囲気を感じさせる、場にそぐわない呑気な声が聞こえてきた。
「おやおや、これは手厳しい。やはりご自身を物真似る人形は御気に召しませんでしたか。中々に便利で使い勝手の良い身代わりだったのですが、会長がそれ程気分を害すようでしたら、これからの夜会の席にはやはり会長自らが出席なさるのが宜しいかと……」
ひょいと開いた扉の陰から顔を出し床に倒れ伏す“俺の偽物”を、何事もなかったかのように跨いで事務所に入って来たのは、バスンさんその人であった。
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「……“スキルニル”」
床に伏せた際、体についた誇りを払い除けながら立ち上がったタバサさんはそう呟いた。どうやら先程倒したモノに心当たりがあるようで、その固有名称らしき名を教えてくれるが、聞いた事のない名前だけど、その「スキルニル」とか言う物を持ち込んだバスンさんには既知の事で、恭しく返事をする。
「左様、これは会長から頂いた血をスキルニルとモニアの分れ……いえ偏在を合体させ、より貴族好みな会長を作ったモノでしたが、いやはや所詮紛い物、あっけなく潰れてしまいました。やはり少々調整不足のようですし、戦闘面での強化にはもう一手間二手間必要ですな」
そう言って床に転がり物言わぬ死体に見える“外見俺の人形”を持ち上げ「ふむ、完全に人形にまで戻って無いところを見ると、案外地返しの玉でも直せるかもしれません。さっそく持ち帰り試してみましょう」と言って、脇に抱える。
どうでも良いが血濡れの俺そっくりな人形を、楽しそうに治験しようと声に出すのはやめて欲しい。と言うかこの間の採血の意味はこの為だったのか。確か健康状態のチェックって名目でだったけど、安易に採血して提供に協力するの止めようかな? いやしかし、俺も少し興味あるな。
所で「スキルニル」ってなんだ? これも彼女は知っているようだし、ここじゃメジャーな呪いの
「ところで会長、そちらのお嬢さんとはどのような御関係で? この間隣に侍らせていた女性とは、また違った体系の属性ですな? 中々に成人男性として健全で宜しい事ですが。しかし、どうせ連れ込むなら御自分の部屋をお勧めしますぞ。それとも
「全っ然そうじゃないし、そう言う類の趣味も嗜好も持って無いから! それにこの子とはそう言った関係じゃ無く、お客さんであって――俺の性癖なんでどうでもいいから、そんな話でなくて丁度いい! 少し聞きたい事もあれこれと増えた訳だし“お話し”しようか? その人形についても色々と確認しないとね?」
「いやはや、これは手厳しい。少々口が滑りましたな。まあ隠しておきたいご趣味に関しては“要相談置”と言う事で、先ずは本題に入りましょうか。私も会長にお伺いしたい事と、ご相談しなければなら無いことができま「ちょっと! さっきの音は何なのっ? タバサだけを奥に連れ込んでいったい……人殺しっ!?」……会長?」
会話の途中で乱入して来たキュルケさんを見て、バスンさんの目が雄弁に“何人女性を連れ込んでるんですか?”的な色を持ってみて来る。しかも先程よりも変に真面目な表情を作っているけど、喜色の感情が漏れてるのは誤魔化しきれてないのバレてんだかんね! したり顔でうんうん頷くな!
「そんな目で見んな! と言うかこんな事になるなんて思っちゃ居なかったよ! 何でこう次々とややこしい事態になるんだーーーー!!」
幾ら防音加工をしていたとしても、当然ながら扉が開いていてはその効果も発揮されず。あの銃声を聞きつけたキュルケさんが、タバサさんを心配してか部屋をでて来て、床に残る血溜まりとバスンさんの脇に抱えた俺の死体擬きを見て声を上げたのは、至極当たり前の出来事と言ってよいだろう。全く持って歓迎したくない状況だけど。
「えっ? えっと。あなた実はふ、双子?」
「「違う(から!)」」
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「――このままでは少々いや、我々の得る筈だった利益を大きく損なう問題なのではありませんかな?」
十分に明かりは行きわたって居る筈なのに、何処か陰気さが伴い必ず部屋の隅の一角には濃い影が出来てしまうのは、何も壁や天井の建築様式からなる訳ではなく、単にここに集った貴族や裕福な商人等合わせ十数人の纏う雰囲気が、そう感じさせているだけなのかもしれぬ。
如何にも“貴方の事を思って”とでも言いたげな表情で語られてはいるが、私が黙って聞いていた他の者の提案や忠告、賛同する様に頷いている話を纏めると、結局“苦情”でしかないと言うつまらん愚痴の語り合いだ。
「全く商人の風上にも置けぬ奴らだ! 自分達が誰を敵に回したのかも分からぬに輩に違いない。ここは慈悲を見せずに徹底的に叩くべし!」
「そうだ! 余所者に大きな顔をさせてはならぬ。今こそ我等で正さねばならない!」
「落ち着き給え、まだ会議は始まったばかり。こうして全員が久々に集まったのだから、他にも意見を聞こうではないか」
それとなくテーブルに着く顔を見渡し告げる。
興奮して立ち上がった物も、私の方を見て「これはお恥ずかしい所を」等と言って恐縮した風に席に着く。
(愚痴を吐き出したいだけなら、気の合う者と一緒に酒でも呷っていた方が幾分気は楽になるであろうに、こやつ等は本当に救えん奴だな)
それも仕方のない事だと分かっては居ても、既にそれこそ今更言ってどうなるのかという段階にも拘らず、こうして王都にある商会の主な顔触れが集まり、額を突き合わせて一室に詰めより皆苦虫を噛みつぶしたような面で話し合っているのは、普段は他を蹴落とし己の利益に貪欲な面々であるが、今だけは異様な協調性と言う名の情けなさを醸し出していて、酷く無様だ。
声は出さず鷹揚に頷き話の続きを促しながら、明りに照らされ精緻な模様が浮かび上がる硝子の杯を持ち、その琥珀色の液体をゆっくりと眺める。
(ふん、本気でそう思っているなら何と愚かな連中か。しかし、口に入れる前から微かに香るこの香は……)
侮蔑の思いを隠しつつ、ふと感じた匂いに気を取られその芳しい香りに興味を引かれながら、職人の技巧を凝らした硝子の杯の中身。その琥珀色の飲み物を少し口に含む。
途端に広がるより強い香りが口腔と鼻を通り過ぎ、驚きに目を開く。
思わず続けて嚥下した液体は、舌と喉を焼き臓腑から体を熱くさせる。
(……美味い。くだらん集まりだが、これだけでも少しは着た甲斐はあったか)
コレに合うつまみは無いかと探すが、どれを取って良いか分からない。
テーブルにある物はどれも珍しく、綺麗に包装がされている為中身が何か開けてみるまでは分らなかった。
下手な物を食べ、酒の味と香りを台無しにするのは勿体無い。仕方なく諦め杯に残こるこの強い酒を味わいその余韻を楽しむ。
が、まだ続いている話に幾分酒の美味さを邪魔された気分だ。
仕方なく耳を傾けていると、その者らの共通の話題となっているのが、つい最近現れた聞き覚えのある「生体エナジー協会
今テーブルの上に並べられている品物や食材の数々は一通り確かめられ、そのどれも素晴らしく値の張る物ばかりに見えるが、出所は件の連中が販売している物だそうだ。
どうやら“
(この様な品を、平民が手を出せるような値段とは到底思えぬ。きっとこやつ等は殊更話を大袈裟にして怒りを掻き立てたいのだろうな)
こんな小細工までして馬鹿な連中だと思いながら、食べ物らしいその中の一つを手に取り、包まれていた紙らしき物を取り去って、そのまま口に含む。
(この絶妙な塩加減と、噛む毎に広がる凝縮された肉の旨味は!? いったいどれだけ私を驚かせると言うのだ!)
この者達は理解しているのか? 先程から睨むこの並べられた食べ物の美味さを?
これを知りもせずに気に入らないからと、ただ貶しているのだとすれば、途轍もない馬鹿者の集まりに見えて鼻で笑う。
私の笑いに何故か相槌を返し「全くですな」「左様、所詮は卑しい身の出に違いない」等好き勝手に勘違いしている。
いい加減付き合うのにも忍耐力がガリガリ削られ、脱力し変な疲労まで感じてしまう始末。
詰まる所、簡潔に言うと今までに無い品質の高さの商材に、このまま放置すれば“利益の一極集中”が起こる事が容易に想像でき、自分達の商品は売れ残り縄張りが荒らされると不安で仕方が無い訳だ。
これだけの美味さをもった商品を扱うのだ、ただ売り付けるだけの物と比べれば当然だろう? 態々比較するのも馬鹿馬鹿しくて呆れる。
まあ顔には出さないが、考えるまでもなくここに居る者の大半は、腹の中で何とか「エネ恊商会」に上手く取り入って手を組みたいと考えているのは分かり切った事。
しかし最初に彼方の手を振り払ったのはこやつ等だったらしいので、今更失敗したと言って嘆き、かと言って頭を下げるには遅すぎる。
それでいて相手が予想よりもかなり上手で、個人だけの力ではどうにも対抗できず悔しく腹立たしいのが本音であろう。
(こいつ等とこれから先も付き合うかは、再考の余地が多分にあるな)
確かに今迄の常識では、新参の余所者にまともな商売など土台無理な話しで、一応金さえ出すなら王都の商人組合の商会として参入は認めたものの、国内の貴族等の後ろ盾も無しにやってきた外国人に、いったい何ができようと高を括り、王都内での取引を出来ないように話しを通し、ある程弱った所で手を貸し上手い事取り込んでやろうとしたが、今回はその様子見の期間が仇となり、思わぬ所で手を打たれた形となった訳だ。
根回しは大事だが、それすら拒否されたのでは当然の対応であろう。
目立ち過ぎては当然叩かれるが、既に叩かれた後では効果はない。
しかも既に相手は容易に叩ける位置にはおらず、その背後には有力な味方まで用意して来たのだから、仕掛けるのが遅いと言うよりは、相手が何倍も上だっただけと言う何ともお粗末な話。
その背後に付いた有力者が、ただの貴族ならまた違った話になるのだろうが、商人達だけで相手をするには流石に荷が勝つ仕事だ。
まさか何の役にも立たん一番金にがめついブリミル教の腐れ坊主共を味方につけ、堅物真面目を塗り固め人の形を成した様な、宰相の真似事をしているマザリーニの奴を介して、我等貴族ではなくアンリエッタ姫やマリアンヌ王妃までをも後ろ盾にする等、一介の商人どころか何処の誰が思い付いたからと言って実行できようか? だが、奴らは短期間の間にそれを遣って退けたのだ。
外国、それもサハラを越えた先に在るロバ・アル・カリイエから来た者達だと噂されているのに、その溢れんばかりの資金力は決して侮れないと言えよう。
それにしてもまるで最初から出来上がる絵図が分かっていたかのような、そんな動きに思えてならない。まさに心の隙間に侵入するが如くのやり口だ。
丸め込まれたらしいマザリーニに多少疑問も湧くが、あのマリアンヌ様を交渉の場に引き出したとの噂なので、余程雄弁な者なのだろうそんな相手に、こやつ等が束になろうと最初から勝てる訳が無い。
(あの話を聞いた時は、私も流石に聞き間違えたかと暫し呆けてしまったから、己ならどうにか出来るなど口が裂けても言えん。しかしマリアンヌ様の心境に、いったいどのような変化があったのやら)
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いつからこんな国になってしまったのか、皮肉にもその一助は私の働きに寄るのだが、思い返してみれば若かりし頃、父の後を継ぎ親の七光り等と言われながらも先代のヘンリー様を我が主君と仰ぎ、忠誠を誓ってこの国の発展に力を入れていたのは何時だったか。
……あの頃はまだ周辺諸国もキナ臭く、特に次代のロマリア教皇の座の争いが飛び火し、我が国の新教徒を殲滅せよと言う、王には知らせられない闇があった。
今考えればこの国だけでなく、何もかもがそれから少しずつ狂い始めたのだ。
商人であれば誰もが自分の扱った商品で富を築いて店を持ち、財を成したいと考えるだろうが、ここ数年はトリステイン王国の国境はピクリとも動かず、各国との間との関係も大きな戦乱が無く安定している。
過去に戦上手な先々代王であるフィリップ三世が領地を増やしたが、結局それも維持できずにある意味売り払い、今の国境線を新たな境とし綺麗に納めたのだから、まだ減って無いだけマシなのであろうが、その莫大な戦費のツケは全て次代の王であるヘンリー様へと押し付けられた。
若くしてお亡くなりになった原因も、その激務が在ったからだと当時否定できる宮廷貴族は居ない筈だ。
ここ最近で一番記憶に新しい他国との争いと言えば、ゲルマニアのツェルプストー領と我が国のヴァリエール領の間での、国境を挟んでの小競り合いが精々。
次の戦までの準備期間だと考えれば安定は望む所なのだが、それも長引けば市場も徐々に停滞し、ブリミル教の坊主共が騒げばやれ寄付だのなんだの言って金を毟って発展も遅れ直ぐに頭打ちとなる。
その為代々続く貴族や商会のみが、蓄えた財で幅を利かせる力を持ち。新たに商人を志し起業したとしても儲けをだすには、金とコネの両方が無ければ中々に厳しく、成功し難いと言うやっかいな慣習を育むには十分であった。
その上王領でもなければ納める税が一定せず、その額は土地を治める領主の匙加減次第なので、住む土地によっては貴族にツテやコネでも無ければ、超が着くほど難関なのである。
(まさに自らの首を絞めているのにも関わらず、未だそれに気付く事なく「また税を上げねば」等とほざき、危機感を覚えず笑いながら夜会に興じる貴族のなんと多いことか。王が居た頃はもう少しマシだった筈、そう、マリアンヌ様が喪に服したままでなく、女王としてこの国に立って頂けていればまだ私も……)
我が国の
代々盟約の交渉の橋渡しをしていたモンモランシ伯が、水精霊を怒らせその任を解かれて他の周辺に住む分家の貴族へと、その役目が移ったのである。
気になるのは、その後水精霊との盟約がどうなったのか明確に示されて無いままの現状、水精霊の怒りは本当に解けたのか? それとも交渉役が変わった事で盟約の内容も変化したのか? 契約が履行されない時の責任は誰が取るのか? 全て曖昧のままで、下手にモンモランシ伯を罰せば、その理由を明らかにしない訳には行かず甘い裁定だが、水精霊の怒りを買った際に伯の領地が水浸しになり、相当な被害が出た為それを治める事が結果的に罰となった。
その後交渉役の役目を継いだモンモランシ伯の分家に、盟約はどうなっているのか問いただすものらりくらりと躱され、最終的に秘密裏に王宮に召喚してみれば「返事がないのは治まったから」と言い逃れ、まさか水精霊に問いただす事も出来ずそれ以上確認も取れないまま、事態の推移の情報は全く得られてはいない。
宮廷に伝手のある貴族は別として、緘口令が敷かれこんな不安定な状態を
収穫高が安定した小麦や農作物の輸出で外貨を稼いでいる我が国としては、水不足での不作や飢饉などの経験は
こんな話が農業を営む平民や、それらを扱った取引を行っている商人の耳にでも入れば、それだけで先物取引の場は恐慌を来たし、市場は混乱に陥るであろうことは予想するに容易い。
現に最近では水精霊から齎される水の秘薬の供給量が、減ってきているのではないかと言う報告が上がっているのだ。
だからこそこの様な情報は厳重に閉ざされているが、財政が思わしくない宮廷では今ある金の工面や使いみちばかりが議論され、次第に話題に乗る事もなくなり追跡調査もされず放置されたままに近い。
お蔭で目先のみの欲に気を囚われる者か、真に国を支えようと考えている者だけが宮廷に残り、先を見通せるヴァリエール公などはさっさと宮廷から姿を消し、自領に籠り領地の運営に力を注いでいる。
……ようにも見えるが、実際は跡継ぎ問題でそれどころでは無いらしい。
幾ら傑物と名高い公爵とは言っても、
現に三人居る娘の内、長女は見合いまでは進んでも毎回婚約を一方的に破棄されているそうな。
この国最大の権勢を誇る貴族であるヴァリエール公でさえ、今のトリステイン王国内の貴族を纏め上げる手腕はなく、もう取り返しのつかない所まで来ている事に気付けている者は、それこそ片手に数える人数程度であろう。
過去の栄光ばかり目が行き、若手で功績を上げ名を轟かすような者も居なければ、逆にその芽を潰す事に躍起になっている老害まで居る。
(既に
思わず拳に力が入り、握り締めていた掌に爪が食い込み軽く出血していた。
懐から出した布で手汗を拭くように誤魔化しながら、部屋の中では如何にして「エネ恊商会」から、その扱う商品を奪い利益を吸い尽そうかと言う話に白熱し盛り上がり、その利益の分配の仕方まで決めようとしている始末。
実に愚かな話しだ。
こやつ等は出来上がったばかりの美味そうなパイを横から盗み取り、それを如何に多く自分に振り分けることしか念頭になく、今迄の人生で自らパイを作る事を少しは学んだはずなのに、作り方を忘却どころかこれでは強盗と何ら変わりない。
……だが私もそれらと同じく、パイを貪る側の人間だと言う皮肉に笑いが零れる。
味わっても無いパイの美味さを競う戯事を、右から左へ聞き流しながら更に己の思考に沈んでいく。
トリステインの国土面積を他と比べれば、ガリアやゲルマニアの10分の1ほどでしかなく、その狭い土地でさえ開発を進めるにもメイジの数が足りず、人とは相容れないオークや亜人、幻獣等の住む深い森等も障害となって阻んでいるのも事実。
だから新規開発も中々出来る筈もなく、またそれを出来る程の人材的余裕もないのが現状、魔法を使える貴族は上辺だけの名誉や、如何に税を集め私腹を肥やし贅の限りを尽くすかしか頭になく、更に国王が不在で俸給を捻出するにも国の財政も中々に厳しいと言うそんな時、どこからともなくやってきた連中がそれを全面的に支援したのだ。
最初にその報告を受けた時は何の冗談だと腹を抱えて笑ったが、その内容を確認するに冗談で済むような話では終わらないと、最近やっと旨味が出てきた“空の上の謀”で知り得た友人の話の
(まさに始祖ブリミルのお導きに違いない……等と、腐れ糞坊主共は金の卵を産む雌鶏が手に入ったと狂喜しただろうな。あの生きた亡者共に組する者が、ただの一介の商会風情の筈がない、ロバ・アル・カリイエから来たと嘯くが、その背後に居るのは何処の国だ? ロマリアは除外するとして、大国ガリアか? それとも領土拡大を狙うゲルマニアか?)
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どうやらまだ話は続いているらしいが、商会の長と言う役割は実は貴族以上に暇な人間が座る席なのかもしれん。
この中の誰もが“取るに足らない場所”として放置し、国の行政機関でさえ知らんとばかりに目を背け、居ない者として扱われてきた区域で新たな利益を得られる場所に変えようと、奴らは好き勝手に弄りまわし今迄の秩序を破壊しようとしている。
幾ら金を出そうと、こんな勝手を王都商人組合は許せるはずがない!
……集まっている者の概ねがそう憤慨し、私にどうにかしろと言いたいらしい。
ようは自分達の尻に火が点きそうだと言う理由だが、それでも中々面白い話でもある。
数日前から面談の手紙まで寄越し、態々屋敷に馬車を呼び招かれては来たが、最近財務大臣が何をトチ狂ったのか、城の廊下で鼻歌を歌い踊るように飛び跳ねていたと言う噂の裏は、これで取れた訳だ。
(確かその「エネ恊商会」の会長補佐とやらから、私も御丁寧に“手紙と
そんな事を考えながら「我等トリステイン王国で秩序を乱す賊に罰を!」と周りが盛り上がる中、黙って先程の杯を指で示し例の酒を注がせると徐に立ち上がり、一同をゆっくりと見回し硝子の杯を掲げて一息に飲み干す。
馬鹿どもは口々に声を上げ喜び興奮し熱に浮かされた表情を浮かべ、私と同じように杯を掲げ真似る。そうして「これで我等は安泰だ」と勘違いしたまま各々帰途についた。
今回は此処まで。楽しんで頂ければ幸いです。
誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしておりますが、余り心臓が強くないのでどうぞお手柔らかに……。
スキルニル:血を与えるとその者そっくりになるらしい。外見や記憶に仕草、身につけた技術まで再現できると言う売りの素敵アイテム。色々な使い道を想像できて妄想が捗る。
……どこのコピー○ボットだ?
ゴッドスピード:真・女神転生TRPGに登場する銃器を扱う際に行使できる技能で、戦闘ターン開始時に行動順番の決定値に+20出来る技。
成功すれば銃器を使った技のみを使えるが、判定に失敗すると何の効果も得られない。まさに「成功を祈る」技である。
トリプル・タップ:同上読んで字のごとく、通常射撃に+二回射撃を可能とする技能。
シングルショットの銃で三発、セミオートの銃だと四発撃てる。
だが十秒もあれば本来もっと撃てそうなもんだよね?
えっ? 銃撃の際の反動? 知らない子ですね。