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街を出て、数十分が経過した。俺の周りには広大な草原が広がっている。いくら歩いても、街や村の外の風景は変わる事なく、俺の視界には、いつも同じ風景が映り込んでいる。それを一年以上も見続けているのだから、いい加減飽きてきた。
しばらく歩くと、大きな川が見える。そのすぐ側に、小さな宿があった。
「こんな所に宿があるなんて、珍しいな。」
俺は宿を見て、そう呟く。まだ休むのには早すぎる。そんな事は、自分でも十分分かっている。分かってはいるが、こんな草原のど真ん中に宿があるのは、とても珍しい光景だった。俺は欲望に負け、今日はもう、宿で休む事にした。
「うお!この宿のベッド、めっちゃふかふかだ‼︎これはいいぞ‼︎」
俺はベッドに潜り込み、一人ではしゃぐ。日頃の疲れが溜まっていたせいか、俺はいつの間にか、深い眠りについていた。
目が覚めたのは、何と夜の二時頃だった。俺は、はっとして跳ね起き、周りを見回す。
「しまったー……つい寝すぎちまった。」
俺は頭を掻きながら、階段を下りていく。暗闇の中、俺は風呂場へと向かう。今から入るのもあれだが、こんな真夜中なら誰もいないだろう。それに、一人の方が入りやすいはず。そんな事を考えながら、俺は服を脱ぐ。そして、風呂の扉を開く。次の瞬間、俺は自分の目を疑った。その視線の先には、風呂おけに浸かっている一人の女性の姿があったのだ。
俺と女性は、数秒の間、互いに固まっていた。直後、女性は叫び声を上げ、首から下を風呂おけの中に隠す。
「あっ……!す、すみません‼︎」
俺は咄嗟に目をそらし、謝る。急いで扉を閉め、扉にもたれかかる。
「あ、危なかった……って、見ちゃったから、もうアウトか⁉︎」
そんな事を呟きつつ、俺は反省する。まさか、こんな時間に人がいるなんて。勝手に開けるのはまずかったか。そんな事を考えていると、扉の奥から声がした。
「もしかして……優君?優君なの?」
その声に、俺は咄嗟に振り返る。あの優しそうな女性らしい声は、もしかして……。
「美鈴……さんか?」
「うん!私よ!待って、すぐに上がるから!」
美鈴はそう言うと、風呂おけから出る。水の滴る音が聞こえ、俺は再び前を向く。
(こっちに来るな。当然、ここから出た方がいいよな。)
俺はそう判断し、素早く服を着ると、部屋から出ようとした。直後、風呂場の扉が開く音がする。同時に、美鈴の声も聞こえてきた。
「あっ、わざわざ出なくてもいいよ。すぐに服着ちゃうから、前向いてて。」
「あ、あぁ……分かった……」
俺は、小さな声で返事をすると、じっと前だけを見つめた。
数十秒後、俺の背後から声が聞こえる。
「よし!こっち向いてもいいよ!」
俺は後ろを向く。そこには、女の子らしい服を纏った美鈴の姿があった。
「久しぶり!優君!」
「うん、美鈴さんこそ!」
俺達は互いにそう言うと、風呂場の外にあるベンチに腰掛ける。
「はぁー……びっくりした!まさか、男の人に裸を見られるなんて……」
「う……ごめん……」
深く溜め息を吐く美鈴に、俺は頭を下げて謝罪する。確かに、これは何の確認もなく扉を開けた俺の方に責任がある。謝罪は苦手だが、ここはしっかりと謝っておこうと思った。
「でも、優君でよかった。優君なら、まだ純粋そうだから。」
俺はそう言われ、少し照れる。だが、それと同時に別の感情も込み上げてきた。純粋。それはつまり、俺が幼い子供に見えると言っているのだろうか。いや、きっと違う。恐らく美鈴は、俺の事を、変な事を考えない純粋な心の持ち主と言ったのだろう。きっとそうだ。
ふと、俺は横を向く。そこには、とても不安な表情の美鈴がいた。
「どうした?」
美鈴の顔を覗き込み、聞く。数秒の沈黙の後、美鈴は口を開く。
「一年前、優君と別れた後、優君の言葉を信じて、勇気を持って戦う事にしたの。そしたらね、私、この一年の間に、十人も殺しちゃった……確かに、その人達を殺さないと、死んでたのは私。でも、いざその人達を殺したら、急に胸が痛くなって……」
「美鈴さん……大丈夫だって!俺なんか、もう二十人は殺してるぞ。それに比べたら、全然マシさ。だから、大丈夫。美鈴さんは優しい人だからさ。」
「優君……ありがとう。」
俺の言葉を聞き、美鈴は次第に笑顔になる。だが、ほんの数秒の間を置くと、その笑顔は、再び深刻な表情へと変わる。
「優君は、知らないかな?実はね……」
美鈴は一瞬、俺の方に目をやる。しかし、またすぐに、下を向く。
「もうすぐ、《ガルダスク》の街で、戦争が起こるの。」
「え?《ガルダスク》で?」
ガルダスク。それは、この世界で一番大きな街だ。俺も何度か訪れた事がある。だが、その街で戦争をするなど、そんな話は聞いた事がない。
「この情報は、この先の街で聞いた情報なの。この話は一週間の間に、今生き残っている全ての人に伝えられるらしいんだけどね。」
「でも、何でだ⁉︎何で戦争なんかが⁉︎軍なんてないはずだろ⁉︎」
声を荒げて問い詰める俺に、美鈴は優しい声で答える。
「そうじゃない。この戦争は、団体と団体による戦いじゃない。個人別の戦い……つまり、《バトルロイヤル》よ。」
バトルロイヤル。つまり、それぞれの人間による真の殺し合いだ。だが、なぜ今更そんな事が起きるのか、俺には分からなかった。そんな俺の心の中を読み取ったかの様に、美鈴は口を開く。
「ほら、ここ最近、死者の数が減ってるでしょ?つまり、皆の心から、戦意が喪失しつつある事を示しているの。もうデスゲームなんてどうでもいい。この世界で生きていければ、それでいいってね。でも、一秒でも早く現実世界に帰りたい人にとっては、そんな事は許されなかった。」
「何だよそれ……それで戦争をやるってのか⁉︎」
「うん。恐らくこれが、最後の戦いになるでしょうね。」
俺達は、しばらくの間黙り込んだ。夜の静寂が、俺達のいる空間を包み込む。その時、俺の手に、何かが触れた。俺は手元を見る。美鈴が、俺の右手に指を添えていた。
「ねぇ優君。もし、私と優君が最後まで生き残ったら……私を殺す?」
その質問に、俺は即答できなかった。現実世界に戻り、瑠奈に会いたい気持ちもある。だが、美鈴さんを殺したくはない。そんな感情が、心の中で葛藤していた。
「私は嫌。優君を殺すなんて……何故かは分からない。でも、優君だけは絶対に殺したくないの……!」
次の瞬間、美鈴の手が、俺の手を握り締めた。俺は顔を上げる。見ると、美鈴は涙を流していた。
「美鈴さん、大丈夫だ。もしそんな状況になったら、俺も美鈴さんは殺さない。約束するよ。」
俺はそう言い、美鈴の手を持ち上げる。そして、その手を両手で握り締める。
「本当に……?」
「あぁ、本当だ!」
「なら……約束だからね?」
暗闇の中、俺達は約束を交わす。
(ごめん、瑠奈姉ちゃん。もし美鈴さんと生き残ったら、俺、そっちに戻れそうにないよ。その時は、本当にごめん。)
心の中で、そう呟く。どちらにせよ、その戦争で死ぬ事は許されない。俺は、強く目を閉じる。
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