「話には聞いていたが、こりゃ随分とひでーな」
クリスと翼はゴミの山もとい翼の私室に立ち惚けていた。玄関の時点で嫌な予感はしていた、事前に緒川さんや内情を知る関係者達から話は聞いていた。だが自分の予想をはるかに上回る光景にクリスは開いた口が塞がらぬままになっていた。
「返す言葉もでない、自分でもわかっているのだがどうもすぐ散らかってしまってな」
「いやいやいやいや、これは散らかるとかいうレベルではないとおもうんだが!?」
やはりこの人は一般の感性とは少し違うところがあるのかもしれない。伊達に世界の歌姫と言われている訳ではないと改めて再確認させられた。
「いや口を動かす前にまず手だな、先輩取り合えずこれもっててくれ」
「ああ、このゴミ袋を持っていればいいんだな。それでどう片付けていく気だ雪音」
「決まってんだろ、こうするんだよぉ!!」
翼にゴミ袋を開いて持たせ、クリスはそこに一先ず見ただけで要らないものとわかるような空き缶や生ゴミを、片っ端から拾っては袋に投げ入れを繰り返した。
「おい雪音、ほんとにそんなやり方でいいのか?」
焦る翼を尻目に勢い止まらず投げ込んでいく。
「こういうのはなあ、勢いが大事なんだ、ぜっ!」
実に45ℓ入る袋が三つほどパンパンに膨れ上がり部屋の隅に置かれた。
と、同時にもはや足の踏み場もなかった一室が小奇麗になっていった。
「ふう。ま、こんなところかな」
大きなものが散らかっていただけで埃などの手で取りきれないものは案外少なかった、というより無しに等しい。こう言ってしまうと違和感しかない言葉だが翼は思ったよりも綺麗好きのようだ。
「さ、あとは散らばってる服とかだな、ほらさっさと洗濯しちまおうぜ」
あまりの手際の良さに見とれている翼の手を掴み残りを片していく。これじゃどっちが先輩なんだかわかんねーな、流石に口には出さなかったがそれはそれで少しいい気分になれていた。
今までクリスは翼に対して何かを受け取ることしかできていないと思っていたし実際そうだった。翼自身もそう思っていたが特にそれを気に止めることも病むこともなかった。
定期的に先輩の家を綺麗にしてやるか、クリスは今まですることのできなかった恩返しをようやく形にして表すことができ幸せを噛み締めていた。
遅くなってわりぃ、今までありがとな先輩。
思うだけでも恥ずかしいのにそれを言葉に、口にするなんてクリスには到底無理だった。一人羞恥に悶える姿を横で見ている翼には何が何だかわからずただただそれを見守っていた。
そう長い時間はかからず、部屋は綺麗になった。
椅子でぐったりしているクリスにコップを手渡す。中身は牛乳だ。
「お疲れ様雪音。ゆっくり休んでくれ」
「気が利くな先輩」
労働の後に飲むものとしては些か合っていないような気もしたが、彼女にとってもそうでもないみたいだ。むしろ喉を気持ちよく鳴らして飲み干してくれている。
「ついでにうちで昼食を食べてゆくか?せっかく綺麗にしてもらったのだ何か出すぞ」
「先輩が料理するのか!?」
思ったよりも驚きの反応を見せたクリス。普段からあまりこういうことをやるというのは口にしていなかった為の反応だろう。
「私とて日々の私生活を無駄にしているわけではない、炊事に勤しむ時もあるというものだ」
したり顔で言うが翼自身そこまで上質なものを出せるとは思っていない。なのにどうして大きくでたのか、なんとか後輩に握られている主導権を取り返したかったのかもしれない。
「ほう、御手並拝見だな」
ふんぞり返っている、わけではなく単純に体の力を抜いて座っているだけなのだが、やはり前者のように見えてしまうのはクリスに対して引け目を感じているからなのだろう。
そう思うと余計に力の入る翼だった。
クリスは掃除もできないような翼が料理できるのか、翼はクリスの満足いく料理が出せるのか、というお互い不安が募る元時間を過ごしたがそれは杞憂に終わる。
もとより掃除スキルがないだけで他の事をそつなくこなせる翼は料理できないはずがない。
「簡単なものだがパスタを拵えてみた、口に合うといいが」
「ミートソースか、見た感じ料理は大丈夫そうだな」
「なかなか失礼なことを言ってくれるな、まあ何はともあれ食べてみてくれ」
そこそこに動いた分空腹になっていたのだろう、茶化すのをやめて出された料理に手をつける。
「ん、けっこういけるじゃねえか」
「そうか、よかった」
「ゴミ屋敷みたいなのが出てきたらどうしようかと思ったぜ」
「なんだか今日は随分と口が回るようだが?」
夢中になっているせいか既に翼の声は耳に届いていなかった。
「うん。これうまいよ先輩、おかわりはあるのか?」
「あぁもちろん、たくさん食べて行ってくれ」
人の気などしれず無我夢中で食べ続けるクリスを見て翼はなんだか子犬の世話をしている気分になり口元が緩んでしまった。
「ほら雪音、ソースが付いてるぞ」
二皿目を軽く平らげた所であまりにも不格好なクリスに見かねてつい手が出てしまった。
彼女のこの食事の時のマナーの悪さというのはあまり知られていないが折り紙付きだ。
「袖にも付いてしまっているぞ」
「ん?おうありがとな先輩」
なんだか目の離せない奴だな。
翼は先程までと違いどこか恋人に対するような視線を送っていた。
「なんだかあれだな、先輩が先輩してる」
不意にそう言われドキッとする、少し前まで色々と考えていたのがバカみたいだ。
「食べながらしゃべるな雪音、はしたないぞ」
注意しているにも関わらず翼は自分が今どれだけにやけているのか心配になったが、クリスが特に変な反応を起こしていないことから平然を保てているのだろうと自己完結する。
「そわそわしてどうした先輩」
「いや、何でもないただ……いや、やめておこう」
「歯切れ悪いなぁ、落ち着かないときはだな」
そう言うと静かに立ち上がり翼に歩み寄る。
斯く言う翼はというとクリスの言動と行動にひどく心拍数を上げていた。
こういった感情は初めてだ、一体どうしてしまったのだろうか。
「雪音……」
何を望んでいるのか自分でも分からなかったが自然と名前を呼んでいた。
「ん?ちょっと待ってろ今ホットミルクを作ってやるからよ。こういう時は甘くて熱いのがいいんだよ」
「えっ、ああそうだな、きっとそれがいい」
横を通り抜け淡々と調理を始めていくクリスに対し呆然と座り尽くすハメとなった翼。あっけにとられた。
今私は何を求めていたんだろうか、何故にこうも落胆している……。
訳の分からないまま頭の中で考えがぐるぐるとなっていた。
気がつけば差し出せれていたマグカップを受け取る。やはり今日は雪音が一歩先を歩いているのだな。心身共に疲労してきた翼は納得のいく敗北感のようなものを味わっていた。
ただそれは苦痛ではなく幸福に包まれた何か、奏といた時を少し思い出す雰囲気だ。
「なあ雪音、また掃除を頼んでもいいだろうか?」
「おいおい汚すの前提になってないかそれ」
肘を付きながらの返事だったが翼はどこか確信していた。クリスの纏っている空気がそう思わせたのだろうか。
「先輩からの頼みだったらいつでもすっ飛んでいくぜ」
少しだけ顔を赤らめながら続いて
「だから、その……また飯作ってくれよな?」
相当気に入ったのだと一目でわかる様子だった。
「ああ宜しく頼む」
少し掃除をサボるか、あるいは雪音の家に作りに行ってやろうか、確かこういうのは通い妻と呼ぶのだったろうか。まあそんなことはどうでもいい、この後輩の為に何か尽くしてやろう。そう結論づけるのには充分すぎる一日の内容を翼はクリスと過ごしたのだった。
どうもつばクリというよりクリつばになっている気がする・・・まあいいかはやく二人共結婚してくれーo(^▽^)o