……いや、ほんと投稿期間空いてマジすいませんでした!
確かに、強くなりたいと私は言った。
そのためならどんな苦難も乗り越えるつもりでいたし、覚悟も意志も在る自負があった。
……だが、正直に言ってこんな事は想定の範囲外である。
「眼が、眼がァァァあああああああ!!」
「さぁ、覚悟は決まったかシノのん? 次 は 貴 様 だ !!」
眼前には眼球にもう刺さる箇所がないほどナイフが突き刺さって悶え苦しむユウキと、両手の指に無数のナイフを挟んで嬉々と笑みを浮かべながら変な渾名で呼んでくるヴォルフの姿が。
私はその光景に引き攣った笑みを浮かべながら、どういう経緯でこのような阿鼻叫喚な状況になったのかを回帰していた。
◇◇◇
「さて、とりあえずはシノのんの実力を測るところから始めっか」
「待って。シノのんって何? もしかして私のことなの」
自己紹介をした後、いきなり変な呼び方をされて思わず顔を顰める。初対面の、しかも男性にそんな変な渾名を付けられて嬉しい訳がない。
「何だ不服か? 言っとくが拒否権はねえ。俺が法だ黙して従え」
「横暴だ!?」
「まあ嫌がらせに付けた訳じゃねえよ。だってお前、見るからに友達いなさそうじゃん? こう、私に近づくと火傷するぜ的な? だからこうして渾名で呼ぶことでスキンシップで心の距離感を縮めようっていう俺なりの配慮だよ、アンダースタン?」
「別に、記憶がないんだから不安でそうなっても仕方がないでしょ。私だって記憶が戻れば友達の一人や二人……」
いた……わよね……? あれ、どうしてだろう。自分の事ながら何故か不安になってきた……!
「ヴォルフー! それならボクにも何か渾名付けてよ! 出来ればカッコイイの!」
「はぁー? お前にもぉ?」
ヴォルフは嫌そうに顔を顰めながらユウキの身体を上から下へ何度か視線を往復させた後、地面に向かって唾を吐いてから私の方へ向き直った。
「さて、話は戻すがまずはお前の実力を測るか」
「え、今なんでボク見て唾吐いたの?」
「ええ、分かったわ。まず何をすればいいの?」
「シノのんまでボクを無視した!?」
「まあお前の反応が面白くて特に理由はないんだが」
「だと思ったよ!?」
横でユウキがショックを受けたように驚愕の表情で私達を見てくるが、無視する。とりあえずこの人達との付き合いでスルースキルが必須なのは理解できたし、何より弄る側に回った方が被害が少ない事に気付いたからだ。
「嫌だー! ボクの渾名が決まるまで断固拒否するー!」
「ああ面倒臭ぇな、クロとかそんなんでいいだろ。ほいお手」
「ワンッ!」
「そんな適当なのでいいのね……」
ムフーっと満足気な笑みを浮かべながら喉仏辺りをコロコロされて小動物のような可愛らしい反応をするユウキを無視してヴォルフは辟易といった様子でこちらを見てくる。呆れているのはこっちだ、いつまで茶番を続けるつもりなのか。
「いい加減話が進まねえからそろそろ本題に入るぞ。これからお前には俺の攻撃に対して回避に専念して貰う。一応盾も渡してやるから好きに使えばいい。その反応を見て武器を選ぶ」
「普通、最初に武器を選ぶものじゃないの?」
「というか、ボクの時はいきなりモンスターのところへ放り込まれた気がするんだけど……」
「ユウキの場合は既に実力を判断できていたからだ。大抵動きを見ればどういう得物が得意か分かるし、何よりあの時は適当に戦い方を教えたら別れるつもりだったしな。こいつの場合、戦えるかも怪しいし」
「……それは、私が戦えないって言ってる?」
馬鹿にされていると思って、思わず低い声で睨み付ける。それに対しヴォルフは飄々とした軽薄な笑みを浮かべながら否定した。
「そういう意味じゃねえよ。じゃあ一つ聞くが、VRゲームと通常のゲームで違うことはなんだと思う?」
「違うこと? それは……」
VRゲームと通常ゲームの違い。上げるとすればそれは、
「動作の精密さの違い……?」
「まあそれも在るが、強いて上げるとすれば実際にそこに居るか居ないかだ」
「えっと、それってどういう事?」
話す内容の意味が分からず疑問を問い掛けるユウキと同じように首を傾げる私に対し、ヴォルフは口を開いた。
「今までのゲームは画面越しのキャラクターを操作するのが基本だった。だけどVRゲームになってからは実際にプレイヤーが身体を動かす必要性が出てきたんだよ。一つ聞くが、お前ら熊や猪と遭遇して冷静な判断が取れるか? 自分と同じ、もしくはそれ以上の巨体が襲ってきて立ち向かえるかって話だ」
「限りなく
「じゃあヴォルフの言っていた戦えるかどうかっていう話は……」
「まあ、意志を持って殺しに来る奴と相手をするのは結構来るぜ? ベータテストの時でさえビビってる奴は多かったし、ましてや今はデスゲームだ。慣れれば問題ねえかもしれねえが、そんな事で一々驚いている奴が攻略に乗り出したら生命が幾つ在っても足らねえよ。そういう意味で戦えるかどうかって話だ」
彼の言葉に息を飲む。そうだ、もし私が最前線で戦うなら一々驚いていたら切りが無い。そんな足手纏いがいれば周りにも被害を来すだろう。
それを理解して、それでもヴォルフを見る。覚悟は出来ている。立ち止まるつもりなどさらさら無い。そんなに信じられないのなら、試せばいい……!
「へぇ、覚悟はできてるみてえだな。言っておくが俺が無理だと判断したら問答無用で置いていくから覚悟しとけよ?」
「上等……!」
挑発的な笑みを浮かべる彼に対してこちらも負けじと不遜な態度で嗤ってやる。元より覚悟はとっくに決まってる。
「オーケー、じゃあまずはユウキ。お前が実験……モルモッ……見本としてやるぞー」
「待ってヴォルフ、今なんて言い掛けたの!?」
「さっさと準備しろよ。後が詰まってんぞー」
「ううっ、なんか最近どんどんボクの扱いが酷くなってる気がする……」
「元からだろ」
ブツブツの文句を垂れ流しながらデュエルの申請に許可し、左手に盾を構えるのを見て、ヴォルフは腰の裏に隠していた得物を取り出した。
親指と人差し指を除く全指の間に挟まれた、合計六本の投げナイフを。
「……えっ?」
「さぁ行くぜ―――」
今まで見たことがない得物に呆然と声を上げるユウキに対し、ヴォルフはそれはさぞ愉快そうな嘲笑の笑みを浮かべて、
「―――豚のような悲鳴をあげろ」
振り放たれた六つのナイフが、容赦無くユウキの眼球に突き刺さった。
◇◇◇
……その後、悲鳴を上げてのた打ち回りながらも何度も回避しようとして、最終的に再度ナイフが眼球に突き刺さり。また悲鳴を上げてのた打ち回るという作業を幾度か繰り返した後、とうとうユウキは反抗する気概を見せずうつ伏せで顔に両手を覆うことで眼球への完全防御の姿勢で終了となった。
「ううっ、眼が痛い、痛いよぅ……なんか今も刺さってるような違和感があるよぅ……」
「お前な、少しは反射神経に頼らず自分で考えて避けろっての。そんなんだから簡単に追い込まれて詰むんだよ」
指でクルクルとナイフを回しながらアドバイスをするヴォルフだが、その声は恐らくユウキには届いていないだろう。それを本人も理解したのかやれやれとこちらに向くと、再度ナイフを両手に装填する。
「さて、じゃあ今度はシノのんの番だが覚悟はいいな?」
「……え、ええ。いつでも大丈夫よ」
訂正、少々待って欲しい。流石に容赦無く眼球狙いなのは驚きだった。下手をすれば今からあの地面で眼球を押さえながら倒れているあれの仲間入りと考えると少しだけ気が引ける。
だが、時は待ってくれない。既にヴォルフとのデュエルに申請許可は出してある。ヴォルフは笑みを浮かべると、
「それじゃあ……レディ、ゴォウッ!!」
開始を告げる短い声と共に、一切合切容赦なく両手を振るいナイフを放って来た。
「――――ッッ!!」
狙いは当然、眼球。目標が分かっている以上、躱すのは容易い――ワケではない。
尻が地面に付いて、頭上をナイフが通り過ぎる。しかしその動作は回避ではなく、条件反射のもの。顔面に凶器が迫ってきたから思わず腰が引けて奇跡的に避けられただけに過ぎない。
これが彼の言っていたこと。理解していても行動できるかは定かでない。頭で分かっていても身体がその通りに動くとは限らないのだ。
「オラ、ぼさっとしてんじゃねえぞォッッ!!」
「ッッ、アァッ!!」
そして、戦いにおいて相手が待ってくれるはずなどない。続く第二、第三の連撃に考える余裕もなく横へ跳んで回避する。地上数十センチの横スレスレの飛行。当然着地すれば身体を引き摺るように停止するしかなく、続く連撃は回避できない。
それを証明するかのように、既にヴォルフは次のナイフをこちらに放っているのが見えた。
このままだと回避は不可、一度でもナイフを眼球に受けようものならきっとそのまま嬲り殺しにされる。
ならば脱出する方法は一つ―――身体を引き摺る以外の回避を取るしかない。
”―――無理に決まってる。”
頭の中で気弱な声がする。不可能だと、出来るはずがないと否定する。それは私の心の代弁。今もなお近づく地面を見て弱い自分が悲鳴を上げる。
分かっている、そんなことは出来ないと理解している。それでも、
「うっさいのよ!!」
強くなりたいと、思ったのだ。
変わりたいと、願ったのだ。
この思いが何処からきたのか分からない。それでも、その思いだけは嘘じゃないと信じている。
ならば、今までと同じワケにはいかないだろう。
不可能を可能に。
奇跡を必然に。
この世界は本物ではない。この世界に必要なのはイメージ。出来るという強い意志。ならば、出来ない通りはない―――!
「ァ、あああああああッッ!!」
声を荒げて、地面に垂直に掌を叩きつける。そこから捻り、体重の負担を肘に集中させる。気持ち悪い違和感が肘に集中するがそれを無視して力の限り伸ばす。
溜まった力は一箇所で爆発的に解放され、身体が宙に浮かぶ。捻り、反転させて足を地面に向けると、その下を無数のナイフが通過した。
着地し、思わず歓喜の声が溢れる。
「出来た……!!」
「―――そいつは重畳。けど油断はいけねえな?」
達成感に浸る間もなく真横から聞こえてきた声に反射的に盾を構える。革で出来た盾から伝わる軽いが無視できない複数の衝撃。
最高の気分を一瞬で台無しにされて、思わず叫ぶ。
「少しくらい余韻に浸らさなさいよ!!」
「残念、それは終わってからにとっときな」
前方に居るであろう彼に投げ掛けた叫びに対し、聞こえてきたのは何故か背後から。それに疑問を挟む時間すらなく反射的に前方へローリングする。視界がでんぐり返しで上下回る中、頭上をナイフが、そして後方で笑みを浮かべるヴォルフの姿を捉える。
いったいいつの間にと、着地を決めて振り返りながら盾を構えて、ふと盾に違和感を憶える。
何処で彼の姿を見逃したのか。盾の役割は。何故彼が盾を許可したのか。それらの理由を考えて―――最悪の結論が脳裏に浮かぶ。
ハッと顔を上げた私の顔を見て、答えは飄々と笑う彼の笑み。それはつまり、
「あ、あんた性格悪すぎんでしょうがァァああああああッッ!!」
「ハハハハ! 俺にとっちゃ最高の褒め言葉だな!」
声を荒げながら盾をぶん投げた私に対し、ヴォルフは出来の悪い教え子がようやく正解に至ったかのような清々しい笑みを浮かべながら盾を躱した。
詰まる話、逆だったのだ。盾は決して私にとって利点ではなく欠点へと成り得る装備だったのだ。
盾とは防御、即ち”受け”の体勢の装備である。相手の多くの攻撃を受け止める事が可能だが、その代わりに絶対的に相手の行動より一手遅くなってしまう。足運びにおいても、回避を重点を置くならば踵を上げ動きやすい姿勢となるが、盾を構えた場合、盾から伝わる衝撃に耐える分どうしても踵が地面に付き行動までワンテンポ遅れてしまう。
そして、ヴォルフの眼球狙い。これは彼の趣味なのかもしれないが、それに関しても非常に厄介な狙い場所である。狙う箇所が分かっている以上、どうしても反射的に盾を顔の前に構えてしまいがちになる。そうすることでその攻撃と受け止める事は安易だが、問題はその次。
防御のために構えた眼前の盾。それは即ち相手の場所を見えなくなってしまう欠点でもあった。更に言えば、相手が見えない以上いつ盾を降ろしていいのかも分からない。しかもヴォルフは足跡を立てずに移動しているためいつ左右後ろからナイフが飛んでくるかも分からない。
最悪だ、と敢えて盾を許可してこれを企んでいた男に思わず頬が引き攣る。この男、顔に違わぬ悪童だ……!
「……しっかし、まさかこんな早く気づくとはなぁ」
ヴォルフは何やら小さく呟くが、距離が開いているせいで聞き取れない。訝しげに睨む私に対して、先の盾の仕返しと言わんばかりにナイフが同時に複数放たれる。
先ず二本眼球に向かって放たれたナイフを横に跳ぶことで回避し、続く回避先である低く狙われたナイフをサイドステップの用法で逆方向へ転換、にも関わらず先読みされていたナイフをしゃがんで回避し―――
「ナイス回避っと。ならそろそろ次の段階に行くとするか」
「えっ―――」
眼前から聞こえてきた声に疑問を抱くのと同時に、胸ぐらを強く掴まれ無理矢理持ち上げられる。急な勢いで負担が首に集中し思わず顔を顰める中、眼下で笑うヴォルフの姿に思考は混乱したままだった。
確かに、私はちゃんと彼を視界に収め続けていたはずだ。ついさっきまで彼は確かに離れた位置に立っていたのを覚えている。ならばいつ近づいてきたというのか。走ってくれば嫌でも分かるし、まさか忍者みたいに意識の隙間を掻い潜ってきたとでも―――
「ほら、よっとォッ!!」
「へ? ぇえキャァァァあああああああッッ!?」
疑問が正解に行き着く前に、足裏から大地の感触が消え視界が前後逆になる。見下ろす下には青い空が、見上げた上には何やらぶん投げた姿勢のヴォルフの姿が。
いや、違う。この場合、逆なのは視界じゃなくて、私自身だ。
「バ―――!」
馬鹿じゃないの!? という私の心からの叫びは最後まで言われる事なく、代わりに吐き出されたのは背中に激突した衝撃で吐き出された空気だった。
計測するために投擲されるソフトボールの気持ちが分かった気がすると、自分でも何思っているんだろうと曖昧な思考を頭を振ることで正気に戻しながら現在地を把握する。
見たところ、此処はどうやら先程のところから数十メートル離れた場所に在った雑木林のようらしい。それを幾らVRとはいえ人一人ぶん投げるなんてどんな怪力をしているのだろう。
ここで、投げられたことよりも現実だったら絶対服が破けていただろうと考えている私も、だいぶ彼等に毒されている気がする。
「さて、それじゃここからは第二ラウンドと行きますか」
「あんたね……」
人の事をぶん投げておきながら悪びもせず飄々と笑うヴォルフを見て、この男にはどんな文句も意味ないのだろうと理解して嘆息する。だからとりあえず訊いて起きたかった事を訪ねた。
「ねえ、このゲームはどうやったら終わるの? まさかとは思うけど、あんたが終了と思うまでとかじゃないでしょうね?」
「ああ、そういや勝利条件を言うのを忘れてたか。簡単な話だ、俺の持ってるナイフが全部無くなればお前の勝ちだ」
そう、それは良かった―――とでも言うと思ったか。
冷や汗がドッと流れる。嫌な予感が脳裏を横切る。
持っているナイフの総数。その数は、
「喜べよ、ユウキの分含めてあと三分の二―――六十六本だ」
「ふざけんなァァァああああああああああああああッッッ!!」
―――この日、私は人が本気でブチ切れた時は本当に叫ぶ事を知った。
◇◇◇
ナイフを投擲する。躱される。
仕掛けを動かす。避けられる。
モンスターと遭遇した隙を付く。回避される。
「へぇ……?」
雑木林の中心。最も見晴らしのよい木の頂点に立ちながら走り回るシノンを見つめる。時々仕掛けを動かしてあらぬ方向からナイフを発射させてあたかも傍にいるように演出しながらその行動を観察していた。
正直に言って、予想外だった。本当ならば彼女が盾の不必要性に勘付いたところで終了にするつもりだったのだが、予想以上の観察眼に思わず興が乗ってしまった。
VR空間において、大切なのはイメージの力だ。それは追いつめられた時にこそ真価を発揮する。だからこそイメージし易い凶器で追い詰める事で彼女の可能性を確かめるつもりだったのだが、彼女はすぐにVRの住人と呼ぶに相応しいアクロバティックな動きを見せてくれた。
この時点でほぼ合格。あとはユウキと違って戦いを有利に進める戦術を立てられるかどうか判断するだけだったが、まさか二発目で気付かれるとは。本来ならばナイフの投擲が二桁行くと想定していたからこそ驚きだった。
そして何より驚愕なのが、
「――――」
右手で弄んでいたナイフを投擲する。狙いは彼女の後頭部。そのまま進路上を進めば間違いなく直撃するであろう狙いを、シノンは寸前で方向を変換した。
ナイフは彼女に当たらず木に刺さる。この光景だけを見たならば偶然だと思うだろう。だがこの光景が既に
間違いなく彼女には見えている。それは稀に現れる才能。司令塔などの空間を立体的に捉える者が見える視界。
「俯瞰視点……か?」
視界を平面ではなく空間的に捉えられる視界。恐らく無意識だろう、だがその片鱗が確かに顔を覗かしている。
間違いない。彼女はきっと強くなる。その才能を理解して自在に操れるようになれば、きっと誰よりも強くなれる。
ただ一つ、惜しいとすれば、
「ああ、この世界が剣の世界じゃなかったらなー」
ソードアート・オンラインは、接近戦の武器を重点に置いたゲームだ。故に遠距離の攻撃をする武器のダメージ量は限りなく低く、とてもじゃないがそれをベースに戦術を組み立てるなど不可能だ。
だが、もしも仮に。彼女の才能を最大限に引き出せる武器が存在すれば、
―――俺を殺せるほど、強くなる。
「ああ、楽しみだ。本当に、楽しみだなぁ」
思わず覆い隠した口元。その口端は、自分でも分かるほど歪に咼んでいた。
◇◇◇
「……や、やっと終わった……」
あの後。どれだけ死に物狂いで逃げたかもはや思い出せないほどの逃亡劇を繰り広げたあと、いきなりヴォルフが現れて「ナイフ尽きたから終了な」と言われるまでずっと走り回っていた気がする。
お陰でこの世界がゲームの中だと分かっていても足がパンパンになってる気がする。なので、彼等が利用している宿屋に着いてから無言で傍の机に崩れ落ちた。武器の決定は明日にするとか言っていた気がするが、そんな事より休みたい。
「ダラシねえな、もうくたばっちまったのかよ情けねえ」
「……あん、たが……それを、言うか……!」
いつどこからナイフが眼球目掛けて飛んでくる緊張を永遠と続けさせられてみなさい、絶対同じこと言えないから。
「あーはいはい、分かったからお前はそこで大人しくしてろ。仕方がねえからお前の代わりに俺が宿取ってきてやるから」
私の疲れきった様子を見て仕方がないとでも思ったのか、ヴォルフは辟易としながら宿屋のカウンターに立つNPCに声を掛ける。
その後ろ姿を見て、思わず心の声を溢した。
「……師事する人、絶対間違えた気がするわ」
その誰にも聞こえないよう呟いた声に、トントンと肩を叩かれる。振り向けば、満面の笑みで親指を立てたユウキの姿が。
「ボクと一緒だね!!」
「…………」
何故だろう。何も間違えた事は言っていないと思うのに……気が付けば、ユウキの眼球に人差し指と中指を突き刺していた。
「ッて痛ァァァあああああああ!? 目がァ、目がァァァあああああああ!!」
「……あっ、ごめんなさい。つい無意識で」
「無意識に!? いま無意識にって言った!?」
「今疲れてるの。静かにして頂戴」
「イエス、マム!」
ビシッ!! と敬礼の姿勢を取るユウキを無視して椅子にもたれ掛かる。何かしていないとこのまま疲労で眠気に誘われる気がして暇つぶしにヴォルフ達から習ったウインドウ画面を項目に目を通す。
『―――儂の昔の頃はそれはもう見るからに巨大な鳥が空を舞っておってのう。あの頃の儂はどうにか捕まえられんか思案したものじゃったわ――』
……正直に言えば机の向かいの椅子に座ってずっと独り言を呟いている老人のNPCにも黙って欲しかったのだが、聞くはずがないし、立って別の席に移動するのも億劫だ。なのでBGMのように聞き流しながら項目を弄っていると、宿が取れたのかヴォルフが戻ってきた。
だが、ヴォルフは私達のところに向かう直前で足が止まった。顔を上げてヴォルフの顔を見れば、ジッとこちらを――いや、私の後ろにいる老人を見ている?
横を見れば、ユウキもまた難しい表情で老人を見ていた。
「ちょっと、どうしたのよ二人共」
「……おいユウキ、今の話訊いたこと在ったか?」
「ううん、幾度かループして話を訊いてた事があったけど、あの話は初めてだよ」
訪ねても答えは帰ってこなく、仕方なく老人の方を見る。ずっと独り言を呟いていた老人はまた誰かに聞かせるように告げた。
『惜しいのう。材料さえあれば、今の若いもん等にも見せることが出来たのじゃがのう。見せてやりたかったのう、あの天を舞う天鳥を射抜いた一矢を』
「おいシノのん、その材料について訪ねてみろ」
「何で私が? 気になるならあんたが聞けばいいじゃない」
「いや、これは恐らく俺達じゃ駄目だ。お前しか意味がない」
意味の分からない返答。しかしそれにしてはあまりに真剣な表情で言われたため、仕方なく尋ねる。
「あの、その材料って何なんですか?」
NPCに対して、こんな質問を投げ掛ける事に意味があるのだろうか。私のその疑問は、今まで誰も視界に捉えずずっと宙を捉えていた老人がこちらに向き直り、口を開いた事で解決した。
『お嬢ちゃん、儂の弓矢に興味があるのかい?』
言い終えるのと同時に、老人の頭に”?”のマークが浮かぶ。それと同時にウインドウ画面に新たな表示が張り出された。
「―――呵々、なるほどな。特定のスキルを持った者だけが受けられるユニーククエストっていうところか」
クエスト名は、《忘れ去れし幻想の一筋》。
「喜べよシノのん、どうやらお前の得物が見つかったようだぜ?」
その下の画面には、選んだ覚えのない《射撃》というスキルの文字が浮かんでいた。