汝、修羅で在れ   作:宇佐木時麻

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前日の宴会

「突撃! 隣のお家の知られざる事態!? の時間だオラァッ!!」

「イッエーィッ!!」

「うわっ、こんなに広いのに私のところとたった三十コル差なの……? 差別じゃない」

「ハハッ、まあ探せば此処より良い所もあるさ。それからそこの馬鹿師弟共、ひとの家来ていきなり家を燃やそうとするな」

「これから毎日家焼こうぜ! というかキリトがこんな良い家に住んでるのが気に入らねえ! お前はホームレスがお似合いなんだよザマァッ!」

「ヴォルフ! こんな事もあろうかと油持ってきたよ!」

「でかした馬鹿弟子!」

「馬鹿はお前だ世紀末共」

 

 第一層フロアボス攻略会議が終了した現在、俺達は《トールバーナ》で宿を取っていたキリトの部屋に転がり込んでいた。部屋に入って結構な広さに癪に障ったので床に油をぶち撒けて点火するが、破壊不可オブジェクトなので傷一つ付かない。

 まあ正直分かってノリでやっただけなので特に気にする事無く近くにあったソファに座り込む。迷宮区では味わえない柔らかい背凭れの感触に両足を机に乗せてだらける。横を見ればユウキも今まで地べた寝だったのでベッドという魔精の魅力には敵わず迷うこと無くベッドにダイビングをかまして至福の笑みを浮かべていた。

 とりあえずポケットから煙草を取り出して火を付ける。此処が現実だったら吸っても良いか訪ねてから問答無益で吸っていたが、ここは仮想空間なので他者に迷惑を掛ける必要もないので安心して一服する。

 

「おらキリト、俺は客なんだからとっとと茶の一つ出せや。あっ、茶菓子は《逆襲の雌牛》のクリームオンリーな! 無いならさっさとクエスト行ってこいよ五分以内な」

「悪いが此処の飲み物はミルクのセルフだけだ。嫌なら向かいの宿屋に行ってこいよ。ちなみにヴォルフはミルクでも一杯百コル取るから」

「はぁ? お前俺を誰だと思ってやがる? お客様だぞお客様、お客様は神様だって習わなかったのかよ」

「生憎俺に眼は神様なんかじゃなくて蛮族にしか見えないからな。ああ悪い、蛮族には高等すぎて何言ってるのか理解できないよなぁ?」

「なんであなた達いきなり喧嘩腰なのよ……」

「うへへへ……きもちいなぁ~」

 

 むしろこれが俺達の普段通りな会話のデッドボールなのだから仕方が無い。言葉ではそう言いつつも全員分の飲み物を準備しているところとかキリトちゃんマジツンデレ。あと無断でベッドで寝ているユウキが身体をベッドに擦りつけて入るのが非常にあれな光景だ。恐らく久しぶりの寝具に感動しているだけだと思うが、男のベッドに少女が身体を擦りつけて入る光景は実に犯罪的である。

 

「キリト、一応言っておくが後でベッドに潜り込んでクンカクンカすんなよ? 流石に友人がそんな匂いフェチなのはちょっと……」

「―――死ね」

 

 投擲スキルを発動したミルク入りコップが容赦なく飛んでくるが、投げる角度が解っていたので危うげなく受け止める。受け止めた際にミルクが沸騰していたので少し火傷してしまう。

 流石は我が友、露骨に地味な嫌がらせをしてきやがる……!

 

「……あなた、まさか」

「違うからな。ああったく、ヴォルフが絡むと面倒事になる。風呂場はあっちだから好きに使ってくれ」

「え、ええ。分かったわ」

「……ほう」

 

 風呂。俺らが来なかったら二人っきりの環境。若い男女。それらの単語が脳裏で重なり合い、ある答えが浮かび上がる。

 

「そうかそうか、悪ぃな邪魔して。そんなら俺らは一時間くらい席を外してやるから安心してギッシンバッコンするといい。ああでもキリトどうせ早漏だろうだから三十分、いや十分あれば充分か?」

「―――死になさい」

「―――くたばりやがれ」

 

 直後、キリトがテーブルを蹴り上げアスナがぶん殴り、それを華麗に躱す。

 

「おお、ナイスコンビネーション。実におまえら弄り甲斐があって萌えるな」

「あなた、友達は選んだらどうなの?」

「少なくとも一人(ソロ)なあんたに言われたくない」

 

 息ぴったりと疲れたように嘆息する二人に飄々と笑っていると、くいくいっと袖を引かれる感触が。視線をそちらに向けると、そこには信じられないものでも見るかのように眼を見開いたユウキがいた。

 

「…………お風呂、あるの?」

「はぁ? 何だって?」

「…………この世界って、お風呂に入れるの?」

「おいちょっと待てヴォルフ、おまえまさか……!」

 

 若干瞳孔の開いた眼で呟くユウキの言葉に何かを悟ったように青褪めるキリトに対し、俺は右腕をサムズアップして満面の笑みを浮かべて、

 

「タオル、川、全装備解除……後は分かるな?」

「アホかぁああああ―――ッ!?」

「川ってね……夜に入るとすっごく寒いんだよ……?」

「あぁ、ユウキさんがガタガタ震えながら遠い目になってる―――!?」

 

 何やらトラウマでも思い出したように膝を抱えながらボソボソ呟くユウキにそれを励ますアスナ、爆笑する俺に道徳やらモラルやら、女の子に対してそれはないと説教するキリト。

 うん、俺が引き起こした事ながら混沌(カオス)の一観だな。

 

「ねえ、ユウキさん。もし良かったら一緒に入らない?」

「……え? で、でもアスナさんお風呂を凄く楽しみにしてたって……」

「そんなことは気にしなくていいわよ。一緒に入った方が愉しいでしょ? それに、私と同じくらいの歳の娘って中々見ないからもし良ければ私と友達になってくれない?」

「あ、アスナさん……! うん、ボクで良かったら是非! ボクの事はユウキでいいよ!」

「ふふっ、なら私もアスナでいいわ、ユウキ」

「アスナ……!」

 

 背後に百合百合しい花を咲かせつつ抱き合う二人に満足気に頷きつつ口を開く。

 

「こうして、俺様のお陰で友情を深め合う二人でありましたとさっ、おら感謝の言葉を述べても良いんだぞ? この俺を称えるがいい。んぅ?」

「「なわけないでしょ!」」

 

 ユウキは可愛らしく枕を、アスナに至ってはフォークやらナイフを容赦なく眼球目掛けて投擲してくる始末。それら全てを受け止め、家の主にキャッチアンドリリースしてやると何気なく受け止められたのが腹に立ちテーブルを蹴り高速で平行移動させて脛に角をぶつける。声にも成らない悲鳴を上げて蹲るキリトの姿を見て少しだけ溜飲が下がった。

 

「おぉ怖怖、んなガチになるなよちょっとしたジョークじゃねえの」

「フンッ! 行こうユウキ」

「ベェ―だ!」

 

 フンスっと可愛らしい擬音を残しつつお風呂場へ向かう二人を見送り、視線を先程から蹲っている男に向ける。当たりどころが悪かったのか涙目でプルプル震えている。

 

「男の涙目とか誰得なんだよ。いや男の娘だったら需要有りか?」

「てめぇ……! いつか絶対泣かす……!」

「はいはーい、覚えてたらな。三秒くらいで忘れると思うけど」

 

 とりあえず出されたホットミルクを一気飲みして空となったコップを台所に投げ込む。そしてアイテム欄から酒とつまみをオブジェクト化してテーブルに並べる。衝撃はあっても痛みは持続しない仮想空間なのでしばらくするとキリトは立ち上がり椅子に腰掛けると、テーブルに並べられている物を見て顔を顰めた。

 

「……一応聞くけど、これ何だよ」

「あぁ? んなもん酒に決まってんだろ、見て解かんねえのか?」

「そりゃあオブジェクト名見れば分かるけど、俺達一応未成年だろ?」

「そう言いつつ飲もうとしでんじゃねえよ」

 

 席に付いてコップを差し出してくるキリトに苦笑しつつ酒を注ぐ。二人分注ぐとコップを手に取りお互いのコップを当てガラス細工特有の心地よい音が響いた。

 

「じゃあ、乾杯っという訳で」

「乾杯って、何にだよ?」

「ん~っ、それじゃあ明日の成功を祈って、か?」

「それじゃあフラグ立ってね?」

 

 軽口を叩いて苦笑し、酒を一気に飲み込む。喉を通り抜ける酒特有の身体が熱くなっていく感覚に酔いながら空となったコップをテーブルに叩きつける。

 

「―――プハァ! マジィ!!」

「まあ、幾ら酒だと言っても仮想だしな。酔った感覚を再現するだけで実際現実ではアルコールは取ってないんだからしょうがないだろ。というか本当に未成年が飲んでも大丈夫なのか?」

「俺が買った時は未成年だからって禁じられなかったし、ここはSAOなんだからつまり茅場晶彦こそが法律、そしてそれが問題ないという事はオールオッケーという事に他ならない……!」

「あっ、これ駄目な奴だ」

 

 もっとも、あの人なら現実感を敢えて出すために規制しなかっただけなのかもしれないが。《論理コード解除設定》なんてものを作るぐらいだし。もしこのゲームがログアウト不可能のデスゲームではなかったら即刻規制が入ってゲーム終了していただろうし。

 文句を言いつつ酒を飲むキリトに対抗して一気飲みをし、それに対抗してキリトも一気飲みするという悪循環に陥りながらもある程度酔い始める。だからこそ俺はこの世界から来て思っていた事を口にした。

 こんな話、素面で言えるわけがない。

 

「……なあキリト。おまえ、この世界に来てどう思った?」

「どうって、例えば?」

「色々あんだろうが。デスゲームになった事とか、ダンジョンで出会いを求めてみたとかよぉ」

「別に出会いは求めてねえよ!?」

 

 怒鳴りつつ酔いが回って来たのであろう頭を冷やすためにお冷を飲み、一息付く。それからキリトは考えるように腕を組んでから、口を開いた。

 

「……とりあえず茅場晶彦を一発ぶん殴る。そしてさっさとゲームクリアして母さんやスグの所に帰る。お前と一緒にな」

「――――」

 

 キリトの発言に思わず息を飲んだ。

 それはつまり、日常へ帰るという決意。たとえ非日常に染まろうとも日常に戻るというキリトの覚悟。そして何より凄いのが、この男はそれを微塵も疑ってはいない。必ず果たすと己自身に決めている。この覚悟は決して揺るぐことはないだろう。

 だから、その姿に俺は目元を解す動作をしながらそっと遮った。俺には、あまりに眩しすぎるから。その信頼しきった眼が何より苦しめる。

 

「―――ああ、やっぱりお前は俺の英雄だよ、キリト」

「ん? なんか言ったかヴォルフ」

「べっつにー? つーかその言い方だと難聴型鈍感主人公みてぇだよな」

「だれが難聴型鈍感主人公だ!? つーかヴォルフはどうなんだよ」

「俺か? んなもん決まってんだろ」

 

 この世界に来てどう思ったかだと? そんな答えは一つしかない。

 

「―――最高に愉しいに決まってんだろうが。こんな異常、普通味わえるかよ」

 

 笑う。獲物を見つけた餓獣のように。どこまでも救いようのない愚者のように。

 この世界は未知な出来事ばかりだ。自分の知らない物、経験できない出来事。生命の危機に脅かされ全霊を掛けて生きている。本当に楽しくて愉しくて、断崖の果てを飛翔するかのように―――

 

 楽し過ぎて―――今までの日常が、無意味なモノに感じてしまう。

 

 大切だったはずだ。物足りなさを埋めるために頭捻って考えて、時にはキリト―――桐ヶ谷和人や妹の直葉も巻き込んで刺激を得ようとしていた。それが迷惑だと知っていたし、そんな物足りない日常を楽しもうとしていた。

 だけどこの世界に来て決定的にズレてしまった。今までの退屈が嘘のようなまるでびっくり箱みたいな世界。その世界が素晴らしければ素晴らしいほど、俺の日常への想いが薄れていく。

 それはつまり、簡単な話。人間ならば当然あり得るジャンル違いだっただけという話。

 

キリト―――いや、桐ヶ谷和人にとっての非日常こそが、

ヴォルフ―――いや、黒鉄司狼にとっての日常だった。

 

 これは、ただそれだけの決まりきった話。いつか決定的に別れてしまう道が今別れただけの話。

 だから、本当に良かった。俺がこいつらを引き返しの付かない所にまで巻き込む前に別れる事ができて。ブレーキが壊れたアクセル全開の暴走車に付き合う必要もないだろう。

 

「ああ、ホントイカれてんなぁー俺」

「はぁ? いきなり何言ってんだお前、そんなの今更だろ」

「なんだとコラ、喧嘩売ってんなら買うぞ女顔、ついでにその顔に相応しいように金玉切り落としてやらァッ!!」

「上等だこの腐れヤンキーが! お前に”姉妹でアイドルやりませんか?”ってスカウトされた男の気持ちが分かんのかテメェっ!!」

「ふぅ、さっぱりしたぁ~……って何でいきなり二人共喧嘩腰!? ボク達が風呂に入ってる間に何があったの!?」

ボール()相手(ユウキ)ゴール()にシュゥゥゥトッ!! 超エキサイティングッ!!」

「えっ、ヴォルフ何でビン掴んでボクの方へ―――もぐぅッ!?」

「ああ、ユウキの顔色が一気に肌色から真っ赤に!?」

「アスナァァああああ!! 明日の攻略のための宴会だァ! あんたも飲めぇぇええ!!」

「えっ、ちょっと、私は未成年だからやめ―――きゅう」

「キー坊、ちょっと話が―――邪魔したな、オレっちは何も見てないからナ。それじゃあ―――」

「「逃がすかァァあああああああ!!」」

「ちょっ、早ッ!? こういう時だけ無駄に高いステータスを駆使して追い掛けて来るなよナ!? オレっちには色々と用事があるんだからその蛮族ノリで迫って来るな!?」

「「ヒャーッハハハハハハハハハハ!!」」

 

 笑いながらふと思う。確かにこの瞬間は物足りない。だが決して満ち足りない物ではないのだ。だから願うのだ、それが邪法の祈りだと知りながら。

 

 ああ、どうか時よ―――この無謬の刹那を止めてくれ。このかけがえない今が永遠に続いてくれと。




正直に言えばシノのんを出したかったが、一層では無理と判断。
あと煽りを勉強したいです、はい。
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