お天道様が見事な青空の下で輝く晴天日。今日は実に絶好の攻略日和な天候だと思う中、ボス部屋に向かう最中で森林に囲まれた獣道をボス攻略のメンバー達と歩きながらポツリと呟いた。
「なあ、キリト。コイツ落としていっても構わねえよな。さっきから耳元で呻き声やら髪を噛んできたりして非常に鬱陶しいんだが」
「そうなった原因はお前にあるんだから最後までユウキの面倒を見ろよ」
「うぅ、う~ん、気持ち悪ぃ……頭くらくらするゥゥ……」
「というかあなた達は何で昨日あれほど飲んで平気なのよ……」
俺等のパーティーは現状、死屍累々といった具合だった。
俺とキリトは何の問題もなかったが、昨日の宴会の影響かアスナじゃ僅かに青褪めて口元を押さえており、ユウキに至っては初めてアルコールを摂取した影響なのか頭をぐらぐら揺らしながら人生初の二日酔いを体験していたため俺が運ぶことになっていた。
「一応、この世界でアルコールを摂取しても脳にアルコールは回らないから酔わないはずなんだけど、きっとそこのところも茅場晶彦が再現しているんだろうな」
「おのれ、茅場晶彦許すまじィ……! あっ、ヴォルフもっと丁寧に運んで吐きそう……うっぷ」
「お前もし本当に吐いたら容赦なく地面とファーストキスさせてやるから覚悟しろよ? つーかいい加減自分で歩けや重めんだよ」
「無理限界世界が回ってる。そ、それに本当は女の子に抱き着かれて嬉しいんでしょ? 恥ずかしがらなくていいんだよ?」
ねぇ? と頬を赤く染めて魔性な雰囲気を醸しながらユウキはそっと自分の匂いを擦り付けるように俺の身体を弄ってくる。その様子を横から見ていたキリトは顔を赤くし、その少年特有の反応にアスナは冷たい視線を向けていた事にキリトは気づかなかった。
それはともかく、耳元でそっと呟くユウキに対し、
「そいっと」
「ウガァッ!? あ、頭があああああァァッ!?」
俺は迷う事なく支えていたユウキの太股を腕で掴み吊り上げて、彼女のバランスを崩しそのまま後頭部を地面に直撃させた。
「鎧のせいで背中がゴリゴリ削れて痛ぇし、つーかガキ相手に欲情するかよバーカ。俺をその気にさせたかったらもっとナイスバディになってから出直すんだな。あと個人的にお前が年上っぽい仕草をしたのが一番ムカついた」
「星が飛び出てスタァ―!? あ、謝るから起こしてヴォルフ! ってイタタタた!? ちょ、ちょっとそのまま引き摺らないで後頭部擦れてる擦れてる! ボクハゲちゃうというかHP減ってるから止めてよ―――!?」
「おうおう頑張れ頑張れお前ならきっと出来るだから最後まで諦めるなさあ頑張って起き上がれー」
「鬼―! 悪魔―! 蛮族―! チンピラー! ヴォルフー!」
「あいよ」
ゴリゴリと背後から地面を削る音と共に喧しい悲鳴が聞こえてくるがそれを無視して前進する。するとその様子を見ていたアスナがフードに隠された顔の僅かに伺える口元を動かしてポツリと呟いた。
「……まるで遠足ね。本当に勝つ気があるの?」
それは決して誰かに聞かせるものではなかったのだろう。その呟きは何処か自虐染みた、現状に諦観した念が込められていた。
それに対し口を開くか少しの間悩む。だが結局口を閉ざすことにした。そもそも、そういうのは適任がいた。
「あれはあいつらにとって日常だから大丈夫さ。それよりも、アスナも少しは肩の力を抜いたらどうだ?」
「どういう、意味かしら」
まるで普段通りのように水筒に含んだ水を飲みながら告げるキリトに対し、アスナが眉を潜める。今の彼女からしてもれば侮蔑以外のなにものでもないだろう。
「言葉通りの意味さ。さっきから肩が力んで強張っている。そんな様子じゃいざという時に動けないぞ?」
「わたしは、あなた達の様に脳天気じゃないだけよ。ボス戦前だって言うのに―――」
「それは単にうまく
アスナの不満気な返答にキリトは呆れるように応える。
「……がわ?」
「そう、夏は涼しい服装に変えたり礼節のある会場ではスーツやドレスを着たりするだろ? あれと同じだ。ようするに時と場所によって服装は変えるけど、
キリトの目がスゥっと細まる。まるで、触れたら壊れてしまうものでも見ているような憐憫さを目に宿して。
「アスナ。アンタはずっとその側を着て生きるつもりなのか? 違うだろ。俺達は確かに日常へ帰るために戦っている。けれどそれは決して今を蔑ろにしていい訳じゃないんだ。戦う剣士である俺と日常にいる一般人の俺、どっちの俺であることには変わらない。だからアスナ、無理に慣れろとは言わない。けれど少しずつでいいから日常の側にも着替えてくれ。じゃないと、壊れちまうぞ」
その言葉にアスナは目を見開いた。その反応から察するに少なからず自覚はあったのだろう。
アスナは現実世界に帰るために全身全霊この世界に適合して剣士となろうとしていたのだろう。だが、そんな鍍金では所詮簡単に剥がれてしまう。仮に剥がれず最後まで持ったとしても待っているのは剣士に成り果ててしまった仮面だけだ。
戦争でも、心優しかった兵士が生き残るために心を鋼に変えて戦争を生き抜いた結果、本当に心が凍ってしまった前例も存在する。アスナもそれに近い状態に陥っていた。
キリトの言葉にアスナはまるで時間が止まってしまったようにジッとキリトの方を見つめ、見つめられている彼は何処か居心地の悪そうに頬を掻く。その仕草が何かツボに入ったのか、少女の口元が僅かに釣り上がった。
「……そうね、少し考えてみるわ」
それは、少なからず少女が僅かに見せた日常の側だったのだろう。
キリトはその微笑みに衝撃を受けたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめながらあらぬ方向を向いた。
「ハハハ、出来立てホヤホヤのカップルかよこいつら。お前もそう思わねえか?」
「うん、そうだねー。それで、何か言うことはないの?」
ガシィッ! と足で腰を強引に力強く締め付けられ、振り返ればユウキが満面の笑顔で抱き着いてきていた。その表情に何処か鬼の形相を連想したが、気のせいだろう。実際の話、コイツが怒ってもチワワみたいなものだし。
「別に?」
「あはははは。…………本気で言ってんの?」
「ハハハ、冗談だっての。分かったからガチで首絞めんの止めろ若干極まってんだよ」
ギリギリと首元で嫌な音が鳴る中、ユウキは先ほどよりも強く抱き締めながら間接を極めてくる。それを無視して歩いていると、ユウキはやれやれと嘆息しながら呟く。
「ヴォルフ、ボクにだけ何か冷たい……」
「師匠の愛のムチだと思って有りがたく受け取りな」
「解せぬ……」
笑って空を見上げれば、木々の茂みに隠れていた日差しが風の揺らぎによって時々姿を見せる。その美しさはVR世界だからこそ実現できる美しさでもある。
それを眺めて、しばらく経った後。ふと思い出したようにポツリと呟いた。
「―――それで、もう大丈夫なのか?」
もう、酔ったふりしなくても。
「――――」
その言葉にユウキは一瞬驚愕したように目を見開いて、それから諦めたように首裏に額を擦り付けてきた。
「どうして、分かったの?」
「重心、体重移動、あと経験則ってところか。酔ったにしちゃ力んでいたし、重心もあちこち移動していたのにも関わらず規則性があったしな。本当に酔っ払った奴はもっと不規則な動きをするもんだ。これキリトを酔い潰した時の経験談な」
「そっかー。ボクお酒初めて飲んだからそれっぽく演じて見たけど全然駄目だったんだね。でもそれで良くボクが本当は酔ってないって分かったね?」
「そりゃあ、なんつったって俺様はお前の師匠様だからな。馬鹿弟子の考えていることぐらいお見通しさ」
「……なら、当ててみてよ。今ボクが何を思っているのか」
そう言うと、更に力を籠めて抱き締めてくる。
正直こういうのは俺ではなくキリトのポジションだと思うのだが、やれやれと嘆息して気分転換に煙草を吸おうとして抱き締められて懐を探れない事を思い出して仕方なくそのまま続きを口にする。
「怖いんだろ?」
「…………」
「今までは自分の身さえ守っていればよかった。けれど昨日の会談でボス戦を前にして、誰かが死ぬかもしれないという事実に気付いて興奮が覚めちまった。死ぬかもしれないという恐怖が離れない、違うか?」
「……ホント、ヴォルフは凄いね」
「俺が昨日何のためにお前に酒を飲ませてやったと思ってやがる。そういう時は変な事考えて悪循環に嵌るから酒飲んでぐっすり眠るのが一番なんだよ」
「いやあれは絶対酔ってたよね? ……それに、それだけじゃないんだ」
「あん?」
ギュッと抱き締める腕は微かに震えていて、何処か暗闇の部屋の隅で朝が来るのを怯えながら待つ子供の姿を連想した。
まるで、一人ぼっちは嫌だというような。
「死ぬのは怖くない。けれど、何も残せず死ぬのが怖い。無価値なまま、何一つ証を残せないまま死ぬのは嫌だ。ボクは、ボクが生きた証を証明したい。例え、紺野木綿季には何の価値が無かったとしても、ユウキには価値があったんだって―――」
それはもはや俺に語っているのではなく、自分に言い聞かせるものだった。
彼女が現実でどんな人物だったのか、どういう生活を送ってきたのか。それに対してある程度予測は立てられるものの、そんなものに微塵も興味などなかった。
そういう弱点を直してやるのは英雄の役目だ。俺の出番ではない。俺が出来るのは精々怪物らしく狂気を伝染させることぐらいだ。それにそもそも、そんな小細工は彼女には必要ない。
何故なら、コイツも俺と同じなのだから。恐怖を狂気で塗り潰す修羅なのだから―――
「だったら、証明してみせろ」
「……えっ?」
笑って告げた言葉に思わずユウキは面を上げてアホ顔でこちらを見る。不安げな表情を浮かべたその顔を飲み込むように自信満々に言ってやる。
「ここにいる全員、ボス攻略に来たプレイヤー共に見せつけてやれ。
お前の師匠を、誰だと思っている。
俺の弟子を、誰だと思っている。
少なくとも、お前の価値を認めてやっている人物がここにいるのだから。
「出来るだろ? 俺の弟子のお前ならな」
その言葉に何を感じたのか。だが確かに何かが変わっていた。
恐怖に歪んでいた瞳が狂気に染まる。
不安げに歪んでいた口端はいつものように自信あり気な軌道に吊り上がる。
それでこそ、俺が認めた修羅だ。
それでこそ、俺を殺すに相応しい英雄だ。
最後にユウキはもう一度力強く抱き締めると、元気よく飛び降りると満面な笑顔と共にVサインで応えた。
「もっちろん! なんたって、ボクはヴォルフの弟子だからね! 楽勝だよッ!!」
「あっ、ユウキもう体調は大丈夫なの?」
「うん、もうパー璧の完全復活だよ! というか、ヴォルフもよくそんなセリフ恥ずかしげなく言えるよね」
「当然だろ、なんたって俺は最強だからな。俺を倒せるのは精々キリトぐらいだろうよ。まっ、結局俺が勝つけどな」
「……と言われてますけど?」
「ノーコメントで、というか俺を巻き込むな」
ユウキは頭の後ろに両手を組んで笑い、アスナもそれに吊られて微笑み、キリトもやれやれと言った様子で嘆息付きながらもその口端は嬉しそうに釣り上がっていた。
その様子を見ながら、自由になった手で懐から煙草を取り出して火をつけながらふと思う。
嗚呼、この光景を俺はあと何度見れるのだろう。
あんな眩しい彼らを裏切った時、彼らはどんな表情を浮かべるのだろうと―――
そんな、つまらないことをぼんやり思った。
「ほらテメェ等、ふざけんのも良いがそろそろ側を着替えとけよ」
そう言いながら先ほどまでユウキが背中にいたせいで背負えなかった大剣を背中に装備しながら告げると、皆の視線が前方に向けられる。
そこにあったのは、荘厳な扉。そこだけまるで空間から切り離されたように威圧感を発する扉は、正しく番人の門と呼ぶに相応しい雰囲気を持っていた。
それを見た途端、彼らの気配が変貌する。そこにいたのは先ほどまで温和に過ごしていた少年少女ではない。そこにいたのは、紛れもなく戦いを渇望する修羅だった。
「……なるほど、これが側を着替えるってことなのね」
ポツリと呟いたアスナの声などもはや眼中にない。俺達が待っていたのは真実ただ一つだった。
皆の代表で出るように、一番先頭を歩いていたリーダー格である
「どうせここで長く語っても意味なんてないだろう。だから俺が言うことはただ一つだ」
騎士は閉じていた瞳を開き、皆に聞えるように声を張り上げ宣告する。
「行くぞ―――勝って、生きて帰るぞッ!!」
『オオオオオオオオォォォッッ!!』
戦いの宣誓が告げられるのと同時に、今まで閉じられていた門が荘厳と開く。
ここに―――ソードアート・オンライン第一層ボス攻略の幕が切って落とされた。