汝、修羅で在れ   作:宇佐木時麻

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修羅の本気

 ボス部屋の扉を開けた瞬間、暗闇に包まれていた部屋の壁に掛けられていた灯台に次々に明かりが灯り、部屋の全貌が明らかになっていく。

 まるで光を乱反射しているように虹色に包まれた部屋の規模は対軍用に想定されているのか、複数のパーティーが戦闘しても何の支障に来たさないほど壮大だった。

 その中で、最後まで暗闇に飲まれていた奥場で紅い双眸が開かれるのが見えた。まるで地響きのような震脚が振動させるのと同時に、空から巨岩が落下してきた。

 否、それは巨岩ではなかった。巨岩と見間違えたそれは天よ呪えよと吼えるが如く咆哮を轟きさせると、その姿を露わにした。

 青灰色の毛皮を纏い、血のような赤金色の隻眼を爛々と輝かせ、右手にはその巨体に相応しい人間などそのまま押し潰してしまいそうな骨斧を持ち、逆の手には革を貼り付けたバックラー、そして腰の裏には一メートルは超える湾刀を差している。

 その姿、間違いない。これこそがソードアート・オンライン第一層ボス、獣人の王―――《イルファング・ザ・コボルドロード》だ。

 

「久しぶりだな、獣人王」

 

 嘗てベータ版で見た姿に感慨を覚え誰にも聞かせる事なく呟き、周囲を見渡す。戦気はある、しかし誰もが先のコボルドロードの気迫に気押されていた。

 今までのモンスターとはかけ離れた重圧に、プレイヤー達の間に緊張が奔っていくのが感じ取れる。正直このまま戦っても勝てるとは思うが、何人かは手足が縮こみ足手纏となるだろう。

 それは非常に目障りで鬱陶しい。なので、

 

「発破かけるか」

「……え? ヴォルフ、何でいきなりボクの腕を掴むの?」

 

 ガシッと外れないようにきっちり腕を掴む。イイ笑顔で笑い掛けてやれば、何故かユウキは冷や汗を流し必死に逃げ出そうともがき始めた。

 

「い、嫌だよ!? ヴォルフがそういう面するときは十中八九とんでもない目に合う時だもん! だ、誰かー! ヘルプミィィッ!!」

「言ったよな? 証明してみせろって」

「……ま、まさかッ」

 

 彼女が最後まで言い終わる前に身体を強引に一回転させる。ほぼSTRに全振りな俺の腕力にユウキの小柄な身体が耐え切れるはずがなくそれに吊られて足が地から離れる。そして遠心力を加えたまま、俺は容赦なくぶん投げた。

 

「戦士の誉れだ、一番槍を決めてこいや」

「お、鬼ィィいいいいいい―――ッ!!」

 

 ユウキは悲鳴を上げながら、固まる前衛達の頭上を超えてボス部屋に突入しコボルドロードに向けて一直線に突撃する。誰もがその突然の奇行に止める間も無くユウキの小柄な体躯がコボルド王の目前に踊り出てしまう。

 空中という無防備な状態を見逃すはずがなく、インファングが捧げられた生け贄に歓喜するかのように咆哮を上げながら骨斧をユウキの頭部目掛けて振り下ろしていく。

 間に合わないと、その場にいた誰もが思い悲痛な叫びを漏らす。そんな彼らを嘲笑いながら、俺はポツリと呟いた。

 

「―――魅せつけてやれ、お前の輝きを」

 

 この場にいる誰もがに、ユウキ(おまえ)の価値を証明してみせろ。

 

 誰もが攻撃を喰らうと思い目の前の光景を見たくないと悲痛に顔を歪める中、ユウキの体躯が空中でブレた。目をただ一点に集中して神経を研ぎ澄ます。そして、誰もが頭に思い描いた未来予想を否定するように骨斧がユウキに振り下ろされた瞬間、彼女の身体が加速した。

 それは俺が教えた防御の一つ。受け止めるのでも躱すのでもなく、衝撃を吸収するという一つ間違えれば尋常ではない被害を引き起こす諸刃の剣。相手の攻撃を受けた瞬間に身体を捻り衝撃総てを遠心力に変えるというあまりに馬鹿げた曲芸技だった。

 遠心力が加えられ加速したユウキの剣が迷うことなく放たれる。必殺を誓ったはずの一撃を躱されたインファングにはもはや躱すことも受け止める間も無く、その一撃を受け入れるしか術はなかった。

 そして、その突きが向けられたのは人体に置いて最も重要な箇所。五感の一つであり、常人ならば攻撃するのを躊躇ってしまう隻眼のコボルド王にとっては最悪の場所―――眼球だった。

 

「ヒュー、クリティカルヒット」

 

 自分より強い敵が相手なら隙を付け。ないなら作り出せ。そして突くなら微塵も容赦をするな。

 教えた事があまなく実践されているのを見て口端が吊り上がる。その一撃は部位破壊と認定されたのか、インファングは刺された目元を抑えながら悲痛な雄叫びを上げてのた打ち回る。

 直後、ボスの部屋に突入すれば出現するように設定されていたのか三体の取り巻きである《ルインコボルド・センチネル》が王に無礼を働いた侵入者を討滅さんと背後から己の得物を振り被り襲い掛かるが、王と向き直るユウキの背後を突くという事は即ち俺達に背中を見せるという事でもあり、

 

「取り巻き風情が、無粋な真似してんじゃねえよ」

 

 誰もがたった一人のプレイヤーによって引き起こされた状況に硬直した間を通って一気に背後から迫り、ユウキに攻撃せんと無防備な背中に向けて大剣を一気に振り抜く。野球のフルスイングの要領で振られた大剣は衛兵コボルドを纏めて壁際に吹き飛ばすと、空中で放った突きの衝撃で後方へ飛んできたユウキの体躯を左腕で受け止めた。

 

「よぉ、ナイスファイト」

「ナイスファイト、じゃないよ! いきなりボスの所へ投げる普通!? びっくりして心臓止まるかと思ったじゃんッ!」

「あーはいはい、俺が悪ぅーございました」

 

 全然謝ってなーい!! と腕の中でジタバタ暴れるユウキを無視して背後へ振り返る。後方を見れば突然の事態に思考が追いついていないのか口を開けてアホ面を晒しているプレイヤー達に、俺はこれでもかと言わんばかりの嘲笑を浮かべて起爆剤を口にした。

 

「それで? テメェ等はいつまで隅っこで固まってんだよ。こんな女餓鬼が戦ってんのにまだ怖ぇか? なら隅っこでガタガタ震えてな。何ならこの俺様が全部纏めて片付けてやるからよぉ」

 

 餓鬼にここまで言われて怒らなければ男ではない。

 それを証明するかのように、プレイヤー達の表情から恐怖は消え、代わりに憤怒が、狂気が笑みとなって現れる。

 

「は――! 言うじゃねえかガキんちょがァ!」

「せやせや! だいたい勝手に先走ったのはジブン等やないかい! わい等がいつ怯えてたっちゅうねん!!」

「行くぞお前らァ! あんな小僧に好き勝手言われて我慢出来るかァッ!!」

「「「オオオオオオオオォォォッッ!!」」」

 

 先ほどとは打って変わって皆闘気に燃えて戦闘を開始した。

 もうこれ以上ここで居残り組がすることはないだろう。俺は前線に突撃しようとするユウキの首の付け根を掴むとズルズル引き摺りながら後退し、反対の手で懐から煙草を取り出すと火を付ける。

 その時、前方から苦笑いしながら歩いてくる騎士の姿が目に写った。

 

「よぉ、騎士様。悪いな好き勝手に暴れちまって。文句はこれが終わった後で頼むわ」

「いや、こっちこそ損な役を押し付けてしまって済まない。オレも皆の緊張を解そうとはしてたんだけど、オレ自身も今回は初めてで緊張しててね。君の発破のお陰で皆の緊張もいい具合に解けて実に良いコンディションになってこれなら問題なく終わらせる事が出来そうだ。むしろ礼を言いたい」

「そうかい、ならさっきの命令違反は無かった事にしといてくれや」

 

 お互い軽く会話しながら前線と後線へ別れようとすれ違う刹那、

 

「ああ、それと、やるならバレないようにしろよ? LA」

 

 その言葉に、僅かにディアベルの身体が強張った。

 

「……何のことだい?」

「ダウト。せめて嘘吐くならもう少しマシな反応することをおすすめしとくぜ? まあ俺としちゃどっちでもいいけどな。精々頑張りな、応援はしといてやるぜ」

「…………?」

 

 何のことか解らずユウキが頭に疑問符を浮べている雰囲気が背後から感じるが、それを無視して引き摺り歩く。立ち止まってしまっていたディアベルは振り返らずそのまま話す。

 

「……一応聞いておくけど、どうしてそう思ったんだい?」

「それもうほとんど正解を口にしているようなもんだと思うが、まあいいか。―――匂うんだよ、俺と同じ匂いがな。騎士面に隠しているつもりだろうが、滲み出てるぜ? どうしようもなく餓えてるってな」

 

 足りない。

 こんなものじゃ足りない。

 もっと、もっともっともっともっとも力を―――。

 そういった餓狼の匂いが、出逢ったその時からずっと彼からしたのだ。

 

「―――ああ、やはり、オレは君が嫌いだよ、()()

「呵々、俺は好きだぜ? さっきまでのナイト面より今のお前さんの面の方がよぉ」

 

 僅かに振り返ったディアベル表情は、それは普段の誇り高い騎士のような面ではなく、どこまでも力を求めて蹂躙する飢えた獣のような鋭い眼光を放っていた。

 視線が交わったのは一瞬だけ、再び顔を前方へ向けた時には先ほどまでの雰囲気が嘘のように消え、騎士ディアベルがそこにいた。

 

「行こう皆! 勝利をこの手に掴むために!!」

 

 オオオォォ!! とディアベルの言葉を受けてプレイヤー達の士気が高まる。そのカリスマ性は間違いなく素晴らしいものだろう。その厚面にどれだけ黒いもん詰め込んでんだと笑みが溢れるが、ふと背後からユウキが訪ねてきた。

 

「ねえヴォルフ、剣鬼ってなに?」

「んぁ? ああ、それは俺のベータテストの時の二つ名らしいぜ。何でも碌に情報収集せず敵に嬉々と突っ込む所から名付けられたとか」

「うわぁ……その様子が頭に鮮明に浮かぶ……うん? あれ、じゃあなんでそのベータテストのヴォルフの二つ名をディアベルさんは知ってたんだろ?」

「そりゃあいつがベータテスターだったからだろ」

「え? でもディアベルさんのグループって初心者(ニュービー)だけなんじゃ……」

「隠してたってだけの話だろ。このベータテスターとニュービーが対立し掛けているこの時期なら聡明な判断だと思うぜ? 馬鹿正直に自分がベータテスターと名乗る需要も無えしな」

「そういう……もんなのかなぁ……?」

 

 納得がいかないのか首を傾げながら疑問符を浮かべるユウキにそれはまだお前が若いからだよと笑って、俺達は指定されたポジションに足を進めるのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 果たしてボス攻略戦闘が開始してからどのくらい経過しただろうか。俺達は衛兵コボルドのおこぼれを処理しながら暇となった合間にコボルド王と対峙する団体を眺めていた。

 

「どうやら、このまま何事もなく終わりそうね」

 

 アスナの呟きはフロアボスのHPバーを見てのものだろう。五つあった緑バーは既に残り二つにまで削られており、プレイヤー達の表情にも笑みが見え始めている。ここまでは確かに何事もなく成功している。

 

「うーん……でも、本当にこのままうまく行くのかなぁ……」

 

 だが、ユウキはそれに違和感を覚えたように首を傾げた。まるで、歯車が噛み合っていないように。ズレたまま回る歯車が、いつか決定的に外れてしまうのではないかと。

 その予想に笑みを浮かべる。そういう勘は天性のものだ。そしてそういう嫌な勘ほど良く当たるものだ。

 

「ああ、ユウキの予想は正しいと思う。ここまで何度もベータテストとは変更された場面があった」

「まあ、フロアボスなんて一番重要な出発点を変更しないワケねえよな」

 

 キリトは勘で、俺は確信でこの先起こるだろう異常事態(イレギュラー)に備える。

 ここは第一層、プレイヤー達にとってこの巨大な鉄の城への第一歩。その一歩目もあの人が生温くするはずがない。あの人にとってこの世界は異世界なのだ。つまり現実―――ならば予測不可能の事態が発生するのが現実だろう。

 その疑問が確信に変わる前に、ボスのHPバーがついに一つを切った。直後、ボスが一際大きく咆哮を上げ最終モーションを取る。本来ならばこの後得物である斧と盾を捨てて背中の湾刀を取り出すはずだ。

 しかし―――

 

「下がれ! ここはオレが出る!!」

 

 そのモーションが終わる前に、ディアベルは皆の反応を見る前に一人盾を構えながらコボルド王に突撃した。

 

「何故だ? ここはパーティーで囲んで攻めるのがセオリーなはずなのに……」

 

 展開を知っているキリトは不思議そうに顎に手を当てて思案していたが、その表情が驚愕に染まる。同様にその様子を見ていた俺も未知の光景に思わず笑みを浮かべていた。

 コボルドロードが取り出した武器は湾刀ではなく、浮遊城の十回層に存在する強敵なモンスター達が使用していた曲刀だった。

 ボスの武器変更―――情報とは違う光景に、皆の動きが硬直する。それは単身でボスに挑もうとしていたディアベルも例外ではなく、そしてその隙を見逃すほどコボルドの王は甘くはなかった。

 

『ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッ!!』

 

 ボスは天へ轟くような咆哮を上げると、今までの動きが嘘だったように俊敏な動きで壁や天井を足場とする三次元な軌道を見せ、一瞬でディアベルの背後へと回った。当然、突然の事態にディアベルが反応できるワケもなくその身に必殺の曲刀が牙を向く。

 カタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《旋車》。

 迸ったエフェクトが容赦なくディアベルの身体を斬り裂き、彼の身体が宙を浮かぶ。斬られた衝撃で悲鳴を上げる声だけが、信じられない光景に完全に硬直してしまっているプレイヤー達の中に木霊した。

 

「死んだな、ありゃ」

 

 まだHPバーは尽きていないが、あともう一撃無防備な状況で受ければ死は免れないだろう。そして最悪な事に現在ディアベルの頭に回転する朧気な黄色い光が取り巻いている。即ち一時行動不能―――スタン状態に陥っていた。

 食らっても十秒経てば解けるが、今の状況で掛かるのは最悪の一言だろう。あれでは次の攻撃を受け止めるところか、躱すことも不可能だ。

 元々、あれの死因は自分勝手な行動が原因だ。あれが一人で突撃しなければこの隙に他の者がタゲを取り回復を待ち再び戦線に復帰できたかもしれない。だがあればLAというレアアイテムに惹かれて自滅した。これはそれだけの、自業自得といえばそれだけの話だ。

 これを機に、ボス攻略は更に激戦となるだろう。これは言わば必要な犠牲。あの人風に言うならばゲームであって遊びではないという事を証明する為のもの。彼が死のうが正直楽しめるならどっちでも良かった。

 だが、

 

「駄目ェええええええ――――ッッ!!」

 

 隣で少女の涙目の悲鳴が木霊する。嫌だと、誰よりも真摯に生きてきた少女の叫びが鼓膜を震わせる。

 何故だろう。本当にどっちでも良かったのに。

 

 こいつがこんなくだらない事で涙を流すところを見るのは嫌だと、そう思った。

 

「……俺も随分と甘くなったもんだ」

 

 自嘲して、重みとなる大剣を手放す。誰もが悲鳴か声にならない絶叫を上げて傍観する中、迷うことなく足の爪先に力を籠めて地面を掴む。

 

「それによぉ」

 

 ―――こいつはいつもみたいにヘラヘラアホ面晒してんのがお似合いなんだよ。

 

「ヴォルフ!?」

 

 踏み込んだ足は、背後から聞こえてきた声すらも置き去りにして疾走を開始した。

 VR空間において、走るのに必要なのは脚力ではなくイメージだ。現実世界ならば速く走るにはそれ相応の脚力が必要となる。しかしこの世界では筋肉は必要ではなく、その行動を実行させるための神経速度が重要だった。

 わざわざ手で頭を掻く時にいちいちどの部分を動かして頭を掻くなど考える者はいない。それと同じで、VR空間では意識して出来ないことは実現不可能なのだ。そしてそれは逆説的に、想像できる範囲ならば可能という事。

 故に、ここで重要なのは疾走というイメージ。ただ走るイメージをするのではなく、それを更に加速させるためにイメージを固めるという事。

 なに、難しい事ではない。簡単に言えば人力から車力に切り替えるようなもの。エンジンならば常にアレドナリンは沸騰中、ブレーキは既に故障中、現在進行形でノウストップフルエンジンで人生を駆け抜けている最中なのだから―――!

 

「オラァッ!」

 

 一歩で十の間合いを詰め、二歩で懐まで潜り込み、三歩で跳んでディアベルを蹴り飛ばす。圏外で且つ決闘を申し込んでいないのにも関わらず他のプレイヤーを傷つけた事で俺のカーソルが犯罪者を表すグリーンからイエローに変化するが、そんな事は後回しだ。

 直撃するはずだったディアベルを間に割り込んだという事は、当然その刃の矛先は俺になる。空中では回避不可、己の得物も置いてきてしまった事で無手状態。その光景に下のプレイヤー達はもう無理だと思ったのだろうか、皆の表情が悲痛に歪んでいた。

 

「ヴォルフ―――ッ!?」

 

 聞き慣れた少女の悲痛な叫びが木霊する。その叫びに対し、俺は笑みを浮かべる。

 

「―――この程度で、俺が死ぬだと?」

 

 こんな、殺意も憎悪も込められていない剣で。

 こんな、機械的に振るわれた一撃で。

 こんな、木偶の剣で。

 こんな、こんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんな―――

 

「こんなチャチな技で―――この俺が殺せるかよォォおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、迫り来る曲刀を前にして、

 

 俺は渾身の力を籠めて曲刀の両側を挟み込んだ。

 

 即ち、真剣白刃取り。ダメージエフェクトで掌が焼けるような痛みが奔るが、歯を食いしばって死ぬ気で踏ん張る。ギチギチと、一瞬でも気を抜けば間違いなく刀はこの身を引き裂くだろう。

 急速な加速に視界の景色が反転する。刀の振るわれた勢いに合わせて身体も移動するのだから当然だろう。その中で、刀の遠心力が最も高まり且つ刀よりも速く動ける瞬間に手を離す。

 遠心力に加速した身体が何処か天地なのか判断できない。だが今はそんな事はどうでもいい。最初から見ている部分などただ一つ。ただそこだけ判ればいい。その場所目掛けて全体重足す加速を叩き込む。

 即ち―――

 

「ぶっ飛びやがれこの犬野郎ォォおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 コボルドロードの後頭部に渾身のドロップキックをぶちかました。

 

『ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

 ボスからしてみれば、斬ったはずの相手が忽然と姿を消して直後後頭部を直撃されたようなものだろう。予測不可能な事態にまるで生きているかのように驚愕の悲鳴を上げながら前のめりで倒れ、その前方に転がるように着地する。

 熱くなった掌を冷ますように服で擦っていると、コボルドロードはゆっくりと起き上がり上がらその視線を俺に固定した。どうやら自分の後頭部に攻撃を与えた者が俺だと判断したらしい。その唸り声はAIにも関わらず確かに怒気を感じた。

 

「ハッ! 少しはやる気出たかよ犬っころ。いいぜ、遊んでやるよ」

『ウォ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 果たして俺の言葉を理解したのか、コボルドロードは起き上がると一際大きな咆哮を迸った。それを境に周囲にも変化が訪れる。今まで十数体しか現れなかった衛兵コボルド達が同時に出現し始めた。

 その数―――およそ三十数体。

 即ち、プレイヤーを上回る数の大軍が姿を表した。

 

「はっはっはっ……性格悪いぜ、茅場おじさん」

 

 これを考えたであろう人物に思わず悪態を吐く。ボスの装備が変更した事で混乱するプレイヤー達にこの後出し。本来ならば尋常ではない被害を出し一気にプレイヤー達の心を折りに掛かるだろう。

 俺の前方には構えを取りなおしたコボルドロードの他、四体のセンチネル。対する俺は孤立無援。得物はなく無手のみ。面倒なことになった。

 俺の悪態を笑うように、四体のセンチネルは同時に襲い掛かる。それに対し反撃の構えと取り、直後、白と黒の剣戟が四体のコボルドを吹き飛ばした。

 

「全く、無茶するんだから」

「まあ、それが師匠らしいってところだけどね」

 

 降り立つのは二人の少女。それを見たコボルドロードが襲いかかろうと飛び上がるが、直後頭上から落ちてくる何かに反応して距離を取る。俺の目前に落ちてきたそれは、見間違えようもなく俺の得物である大剣だった。

 

「ほら、忘れ物だ。だいたい自分の得物を置いていくか普通?」

「……ハッ! そこは俺様のファインプレーに感銘するとこだろうがよぉ」

 

 軽口を叩き返して目前の大剣を引き抜き肩に背負う。隣に誰かが立ったがいちいち確認するまでもない。そもそも、俺がこいつの気配を感じ間違えるはずがない。

 

「ユウキ」

「了解、まかしといて」

「アスナ、周りのセンチネルを頼む」

「分かったわ。あなたも、気を付けて」

 

 一瞬で意思疎通を交わし、前へ出る。その時ふと思い出し、背後で倒れているだろう男に向かって声を掛けておく。

 

「悪いなディアベル、こうなりゃ優先順位だ。お前らは周りのセンチネル共を頼んだ」

「……君達は、どうするんだい?」

 

 その、僅かに嫉妬の籠もった声に振り返る。そんな事は言わずとも分かっているだろう。だからこそ敢てその答えを口にする。

 

「決まってんだろ。倒しに行くんだよ、ボスをよ」

 

 恐らくボスを倒さない以上、このポップは終わらないだろう。犠牲者を出さない為にも今一番ボスに近い俺達のグループがボスを倒すのが一番合理的だ。それが解っていたからこそ声に嫉妬が籠もっていたのだろう。

 さてと、と意識を切り替えて前を見る。前方には曲刀を構えて唸るコボルドロード。そのタゲは俺になっているが、戦いが始まればそんなものどうでもよくなるだろう。

 首の骨をコキコキと鳴らし、口に含んでいた煙草を吐き出して大剣を構える。隣の男も同様に臨戦態勢に入っていた。

 その様子に思わず笑みが浮かぶ。正直、もうこの男と肩を並べるとは思っていなかった。するとすれば面と面を向き合って剣を交えるのみだと思っていたのだが、中々酔狂な事が起こるものだ。

 ならば今はこの限りない奇跡を祝福しよう。

 このもう二度と起こることはなかろう奇跡を。

 

 

 

「こうして肩並べんのは久しぶりだな。邪魔になるなら容赦無く切り捨てるから覚悟しとけよ―――キリト」

 

「そっちこそ。足手纏いにならないよう精々気張るんだな―――ヴォルフ」

 

 

 

 互いに軽口を叩き合って獰猛な笑みを浮かべる。

 ああ、負ける気がしない。お前が隣にいて、負けるはずがないだろ。

 その反応が気に食わないのか、第一層ボスでありコボルドの王は曲刀を構えながら全てを薙ぎ払うかのようにボス部屋全体に響き渡るような咆哮を迸った。

 

「さあ、始めようぜ。こっからは―――俺の喧嘩だァ―――!!」

「いいや、ここから―――俺達の戦いだ―――ッ!!」

 

 コボルドロードの咆哮に負けじと天へ轟き、己の得物を構える。

 第一層攻略、最終章の幕が上がった。




なんかキリトが正ヒロインみたいになってる。本来ならここで師弟絆を発揮する予定だったのに、どうしてこうなった。

ちなみに私が一番好きなSAOのヒロインはキリトちゃん(GGO)です。……え? それは女じゃなくて男?

――――わたしは一向に構わん!!(おい
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