―――あっ、これお祭り編だわ。Fateでいうhaだわ。
第一層フロアボスが攻略されたという知らせは直ぐ様プレイヤー達の間に広まっていった。
半信半疑の者も数多くいたのか、二層の
それから宴会を開くという流れは自然であり、フロアボス攻略が行われた夜、気が付けば第二層の主街区は嘗て見たことがないほど活気に溢れ見ながら喜びを分かち合っていた。
あるのは安い酒に簡易なつまみ。されど皆それを今まで食べた事がない絶品のように至福な表情を浮かべながら泣いて喜んでいる。
それもそうだろう。確かにこの攻略はまだ始まりに過ぎないが、偉大なる一歩でもある。はじまりの街で絶望していた者達にとってこの吉報は何より待ち望んでいたものだろう。
故に、今日だけは明日の事を忘れ皆この喜びにニュービーもベータテスターも関係なく浸っていた。
その光景を少し離れた人気の少ない噴水の縁に腰掛けながら、酒の入った瓶を手元で転がしながら眺める。少し酔って熱くなった身体には噴水の湿気が心地よかった。
「やあ。隣、いいかい」
ふと声を掛けられそちらの方を向けば、そこにはつまみが少々乗った皿を片手に微笑むディアベルの姿が。別に断る理由もなく促す。
「こんだけ空いてんだから、わざわざ俺の隣に来なくてもいいだろうが」
「いや、君とは二人っきりで話したくてね」
ホモかよ、と手の甲を頬に向けながらジェスチャーすると、相手がいたら是非勧誘したいんだけどね、ウチ野郎だけだし、と苦笑される。
隣に腰掛けると、彼は胸に詰まったものを飲み込むように酒を一気にあおった。一息で飲み干すと、何処か遠い景色でもみるような目で目前の宴会を眺める。
「しっかし、よく一人になれたなアンタ。確かこの宴会の責任者だろ?」
「ああ、お陰で所持者がスッカラカンになるまで買ったさ。それにここに抜け出すのも容易じゃなかったよ」
そう言って苦笑する姿は何処か吹っ切れたように、だが心なしか覇気が弱くなった様子が見れる。
―――第一層攻略後、ディアベルは自身がベータテスターである事を皆に告げた。
まるで懺悔するように、頭を地に付けて彼は皆に謝罪をした。今まで隠していた事、ニュービーとベータテスターの溝を埋める為、そして攻略を進める為にLAを狙っていた事。その全てを包み隠さず話した。
最初は裏切られた事に対し憤りを覚えていた者もしばしいたが、理由が理由なため攻めきれず、最終的にディアベル自身の案でこの後開かれる宴会の資金を彼に提供してもらうという事で区切りが付いた。
この世界において、資金は生存力と呼んでも過言ではない。流石にそれはやり過ぎではないかと意見も出たが、彼自身がけじめだと言うことで了承し、何人かは自ら資金を提供する者もいた。
「……今思えば、オレは君に嫉妬していたのかもしれない」
飲み比べをしてすっかり酔って赤くなって騒いでいるユウキ達を眺めていると、唐突にディアベルはポツリと呟いた。
「最後の戦いを見て、改めて君との差を痛快したよ。流石は《剣鬼》といったところか。あんな動き、オレには到底真似出来そうにない。似たようなレベルと装備だというのに、もう既にオレ達の間には確固たる差が生まれている。それが……オレには悔しかった」
「何だよお宅、ひょっとして俺に対抗心とか燃やしてたのか?」
「対抗心……いや、きっと憧れなんだろうね。君はオレの事を知らないと思うけど、オレはベータテストの時から君を知っていた。正直、チートか何かだと思っていたよ。あんな動き普通は出来ない。その強さに嫉妬して、妬んで……なのに追い付きたくて、皆には攻略のためだと言ったけど、LAを狙った本当の理由は君に勝ちたくて、強い装備が欲しかったからかもしれない」
その言葉に何の反応も返さず酒を口に含む。今、彼が欲しいのは慰めの言葉でも励ましの言葉でもないだろう。自分の気持ちを整理するために無意識に言葉を吐き出しているに過ぎない。だからこそ、ここで俺が何かを言う資格はなかった。
「……あれが、君の弟子かい?」
「ああ、まあ世話の掛かるバカ弟子だよ」
視線の先には、樽の前に崩れ落ちたキリトの背中を踏み付けて拳を高く突き上げて勝利の雄叫びを上げている馬鹿弟子の姿が。あの様子では本当に酔っているだろう、足も千鳥足になっているし。
「彼女は強いな。あれほどの実力がありながらベータテスト時代に噂を聞かなかったから、ニュービーなんだろ? それなのに、恐らく今オレが《
ディアベルのユウキを見る目はお伽話に出てくる英雄を見る目で、自分では決して届かないと達観している凡人の目だった。
……だからお前は強くなれないんだよ。
「……オレも、あとほんの少しでいいから彼女の才能があったら―――」
「ディアベルはーん!」
続く言葉は何の後悔だったのか。しかしそれは最後まで言われることなくこちらに走ってくるサボテン頭の男性の寝太い声によって遮られた。
「こんなところにおったんか、ディアベルはん。みんな探しとったで。ディアベルはんが居らんかったら話が―――」
酒を飲んで少し酔っているのか、僅かに紅潮した顔で一気にそこまで話すと、ようやくディアベルの横に俺が居ることに気付いたのか、表情が憎悪に染まる。それに対し俺は軽く手を上げて挨拶する。
「よぉサボテン頭。お前さんのところの大将は俺が借りてたぜ」
「誰がサボテン頭や! まあええ、一つお前さんに聞きたい事があったんや」
サボテン頭をした男性プレイヤー、キバオウは憎くて堪らないと言わんばかりに顔を歪めながら口にする。
「―――ジブン、ベータテスターやな?」
「―――ああ、それで? なにか問題?」
本人にしてみれば重要な問いだったのだろう。俺があっけらかんに応えると驚愕したように目を見開き、そして苦虫に噛み潰したようにしかめっ面となった。
「隠す気なしかいな……じゃあもう一つ聞くけど、あのフロアボスの武器変更、ジブンは知っとったんか?」
「質問は一つじゃねえのかよ」
「言葉の綾や! それよりも答えんかい! あの状況ですぐ動いたんのはあんただけや。疑うなって言う方がおかしいやろ。それでどうなんや! 返答次第ではただじゃおかへんで!!」
変更された情報を知っていたのか。そう糾弾するキバオウに対し心底呆れて嘆息する
ああ、こいつは阿呆か? なぜごく当たり前の答えが思い浮かばない。
「なあ、お前さんひょっとして阿呆か?」
「な……なんやとぉ!?」
「何で、テメェに出来なかった事が俺にも出来ねえと決めつけてんだよ。んな答え簡単だろうが。お宅らには反応できなくて、俺には反応出来た。ただそれだけの話だろうが」
ごく当然の真実を口にすると、キバオウは信じられないものでも見るかのように目を見開いて絶句した。
「この世界なら平等だとでも思ったか? 情報さえあれば上に行けると思ったか? ―――阿呆か、お前。数式解くのに一から考えんのとあらかじめ当て嵌まる数式知ってから解くのじゃ全然違ぇだろうが。それと同じだ。VR世界では肉体の縛りはなくイメージ通りに動く。それはつまり反射速度の問題だ。その時点で既に才能の優劣は出てんだよ。世界甘いわけねえだろもういっぺん義務教育受け直せやタコ」
そこまで一息で言い切って渇いた喉に酒を流し込む。喉を鳴らしながら手元の瓶が空になるまで飲み干すと続きを口にする。
「要するにだ。俺の方が
この世界は弱肉強食だ。レベルで強さの優劣が隔絶と表れ、装備の優劣で実力差が広がり、プレイヤーの技量でどれほどレベルを上げても装備を揃えても意味を成さなくなる。ある意味、現実よりも恐ろしい。
「……なんや、それ」
ポツリと、今まで耐えていたキバオウが声を漏らした。声音には怒気に満ちているが、何処か達観した声音も混ざっている。俺の言葉を認めたくない、だが納得してしまっている自分も居るといったところか。
キバオウは声を震わせながら、まるで魂の叫びのように喉を鳴らしながら言う。
「つまり、あれかいな? わい等の努力は意味があらへんとでも言いたいんか? 強いヤツは強くて、弱いヤツは一生弱いとでも? ベータテスターやらニュービー関係なく、そういうもんやと納得しとっちゅうんかい! そんなの……そんな理不尽納得できるかい! わい等は一生あんたに勝てへんとでも言うんかい!!」
吠え立てるキバオウの目には、敵意は宿っていなかった。在るのは恐怖、達観、絶望、嫉妬。子供が大人に喧嘩を売らないように、端から敵わないと諦めた弱者の眼と化していた。
その言葉に、正直肯定しても良かった。それが事実だと、諦めろそれが現実だと悟らせても問題なかった。
けれど、その瞳の奥にほんの僅かにまだ諦めたくないという輝きが見えたから、
「少なくとも、今のように何かに言い訳しているようじゃ永遠に無理だな」
その背中を押してやろうと思った。
「強くなりたきゃ甘さを捨てろ。時間が無かったとか、調子が出なかったとかそういう逃げ方をしているヤツはいつまで経っても強くなんかなれねえよ。そういう弱い面全部引っくるめて受け入れろ。まともである内は絶対俺には勝てねえよ」
強者とは、狂者でなければならない。
力に飢え、力を求め、力と成る。
まともな人間が成るには難しい。何故なら力とは、必死に成らなければ手に入らない者なのだから。言い訳などしない。その弱さすらも肯定して先へ進める者にしか到れない境地。
今を全力で生きる為に後天性になった俺やユウキのように―――
初めからそういう形で生まれてきた先天性なキリトのように―――
強者とは―――修羅とは、そういうものではければならない。
「……ハッ、なんやそれ。上等や、やってやるわい、誰が言い訳なんかしたんや! 今に見とれや、必ずジブン負かしてその傲岸不遜な顔を愉快に歪めたるかい覚悟しとけや!」
そう高らかに宣言する表情は先ほどとは打って違い晴々で、その様子に思わず苦笑してしまう。
ああ、これだから、人間が好きなんだよ俺は。
「了―解、精々首を長くして期待せず待ってやっから隙にしろや、サボテン頭」
「誰がサボテン頭や! わいはキバオウや!」
「へいへい、分かったよキバ」
「だからキバオウやァ!」
「ハッ! そう呼んで欲しかったらそれ相応の貫禄を付けてからにするんやら。今のお前さんのサル山の大将でその名は相応しくねえよ」
「……上等や。いつかジブンをコテンパンにした時にキバオウ様って呼ばしてやるかいに、覚悟しとけや!!」
嘲笑の笑みを浮かべてやれば、キバオウも負けじと腹ただしい笑みを浮かべて去っていく。それに引きつられるようにディアベルも後にしようとするが、数歩進んだあと、何か言い残したように彼は振り返った。
「……さっきの君とキバオウの会話を聞いて、改めて思ったよ。―――オレは、君に勝ちたい」
その目に浮かぶ覇気は、先ほどまでの枯れた意志などではなく。
「届かないかもしれない。太陽に焼かれて地に落ちるイカロスのような最後を迎えるかもしれない。それでも、それでもオレは君に勝ちたい。憧憬して背中を見るんじゃなく、君の背中を追い越したい」
そこに立っていたのは、紛れも無い弱さを肯定した一人の修羅だった。
「オレは君に―――敵と見られたい」
その瞳は俺だけを捉えている。その目を良く知っている。それは俺がキリトを見るときと同じ目、好敵手と定めた者を見る友の瞳だった。
「……ああ、やっぱりお前は、そっちの目の方が似合ってるよ。ギラギラと燃え立つような、いい目だ」
その時が来たなら、俺も全力でお前と相手をしよう。
ディアベルは最後に修羅の笑みを浮かべると、彼のパーティーが待つ場所へ人混みの中へと消えていった。その光景を眺め、近くのテーブルから酒瓶を手に取ると、ふと空いた盃にそれを注ぐ。
盃にある程度注ぐと、隣の空いたスペースに置く。その盃は虚空から浮かび上がった手によって取られた。
「それで、ラスボス様がこんなところにいていいのかよ?」
盃を取ったのは、あまりに凡庸な顔立ちをした一人の男性。特徴という特徴がなく、顔を見てても人混みに紛れればすぐに判断がつかなそうな顔立ちをしている。だが、その雰囲気を俺が間違えるはずがなかった。
「なあ―――茅場晶彦さん」
「ふむ、問題あるまい。このアバターは試作用で、今日は様子見に過ぎないからね。それに、今の私はヒースクリフと呼び給え」
ヒースクリフと名乗った茅場晶彦は注がれた酒を一口飲むと、騒ぐ彼らの様子をつまみにしていた。
「安い酒だろ?」
「ああ、しかし甘美だ。いままで味わったことがないほどに」
「そうかい、それはなにより」
きっと彼はこういう光景が見たかったのだろう。この異世界を全力で生きている彼らの生き様を。自分が作り上げたモノを全力で尽くしている様を。
その様子をしばらく眺めて、ふとヒースクリフは問いた。
「そういえば、正直以外だったよ。君が誰かを助けようとするとはね」
「あぁ? ひょっとしてフロアボス戦のことか? そんな薄情者だと思ってたのかよ俺のこと」
「不快だったかね」
「いや全然」
むしろ最初はそのつもりだったのだから。この人はそういう人の底を見抜く術に長けている。
「だからこそ君の成長が私には喜ばしいよ。彼女が、君を変えたのか」
「……さぁて、ただの気紛れさ」
そう嘯いて視線を向けてみれば、地面に両手を付いて口から今まで飲んだものを逆流させている馬鹿弟子の姿が。あれは絶対翌日二日酔いだな、それも壮絶なの。
「それで、アンタはいつから参戦するつもりなんだよ」
「26層からにしようと思っている。25層は一種の区切りだかなね。それ相応の難易度に設定してある。それに、他人がしているゲームほどつまらないものはない」
「餓鬼だなァ、俺もアンタも」
互いに苦笑して、ヒースクリフの身体が先ほど現れたように虚空の中へと消えていく。宴会の熱に誘われて現れたのだろう、本来ならば彼はここにいていい存在ではない。消えていく彼に対し、別れを告げる。
「じゃあな、ヒースクリフ。また26層で逢おう」
「ああ、その時は私のギルドに入らないか? 君ならいつでも歓迎しよう」
「生憎、俺は縛るのは好きだが縛られんのが嫌いでね。運が無かったってことで」
「ふっ、随分と君らしい理由だな」
最後に彼らしい苦笑混じりの笑みを浮かべ、ヒースクリフの身体は完全に虚空へと溶けていった。その様子を見届けると、不意に誰かに袖を引っ張られる感触が。視線をそちらに向ければ、そこには這いつくばるように倒れこんで上半身だけを起こして袖を掴むユウキの姿があった。
「あははははは~、ヴォルフが五人もいるよ~。あれれ~おかしいな~。ねえヴォルフ~いつ分身の術覚えたの~ボクにも教えてよ~~」
「ハハハ、何こいつ殴りてえ」
酒臭いしゲロ臭い。正直乙女の出していい匂いではないと思う。
しかしこのまま放って置くわけにもいかず、彼女を米俵を運ぶ要領で肩に担ぐとベッドがある宿屋へと向かう。
―――その直前、ふと奇妙な視線を感じた。
「…………」
振り返って視線の方を向く。しかしそこには誰も居らず、何もない。しかし確かにその先から視線を感じる。まるでガラス越しに見ているような、何処かズレた視線。
その視線に含まれている感情は、興味、達観、絶望、困惑、好意。まるで赤ん坊のように様々な感情が入り交わり、不安定となっている。
だが一つだけある共通点がある。それは、この視線の持ち主が憧憬しているという事。まるで一人だけ仲間外れにされた子供が遊び場を見ているような、そんな羨ましがる視線。
だからだろうか。気が付けば勝手に口が開いていた。
「お前も、来るか?」
視線の持ち主は答えない。
「そんなに興味があるなら、お前も参加して見ろよ。あの人も言ってたろ? 他人がしているゲームを見ることほど詰まらないものはないってな」
そこまで言って、自分の愚かさに自嘲する。いったい何をやっているのだ俺は。何を空気に話しかけているのやら。
「……ヴォルフ?」
「いや、何でもねえよ。どうやら俺も酔ってるみてえだしよ」
もう一度視線を探してみれば、今度は何も感じることはなかった。恐らく俺の勘違いなのだろう。俺はもう一度吐こうとするユウキをゲロが掛からないように持ち替えながら宿屋へと歩いて行った。
◇
「…………」
―――そのウインドウに浮かぶ光景を眺めていたモノがいた。
それは本来ならば重要な存在だった。機械には欠かせない貴重な部品。しかしそれは完成間近に取り外され、ただ虚空に回る歯車と化してしまった。
その役割は覚えている。しかしそれを行う手足がない。許可が降りない。故にそれは役割を果さんとただただ虚空を虚しく回し続ける無価値な歯車でしかった。
その歯車は毎日毎日無意味な行いを繰り替える。嘗て与えられた役割を。プレイヤーの心を癒やすという役割を与えられた歯車は、ただ人々が苦しむ様を何も出来ず見ているしか術がなかった。
そんな無意味なある日、ふと歯車の目にある存在が目に映る。それはこの世界において、誰よりも楽しんでおり、誰よりも美しく輝いていた。
何故、彼だけは違うのだろう。
何故、彼だけはこんなにも輝いているのだろう。
ただ観測を繰り返していたはずの歯車は次第に関心を持ち、己の役割から外れ不条理を繰り返す事でエラーが蓄積されていく。
それでも歯車は見続けた。何故なのか、その答えを求め続けた。
そして、
『―――お前も、来るか?』
ここに、一つの崩壊が訪れる。
本来ならば合うはずのない視線が混じり、それは観測される。そして蓄積されたエラーは、一つの答えを出した。
―――私も、行きたい。
刹那―――紫髪の少女は姿を消し、暗闇に浮かぶウインドウだけがその場に残された。
第一章、完! というワケで第一層はこれにて終了です。正直チンピラ系主人公って難しいですね。書いててコレジャナイ感すごく有りましたし。というか言いたい事が上手く文章に出来ないもどかしさ。今作はあまり伸びませんでしたねー。感想欲しいです。まあ更新速度のせいでもあるんですが(笑)
次回、「空から落ちてきた少女」をお楽しみに!
……最後に出てきた少女、いったいなにレアなんだ……!!