君に残したもの。   作:きつねうどん。

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#2 - 残された者。

咄嗟に動いたコナンに、ジンは何も興味を示さなかった。

 

目的が違ったのだ。

 

窓が割れ、破片と共にコナンの胸近くに弾は撃ち込まれた。暗闇で、コナンが倒れ、何か言った。そしてジンが喋らなくなる、奇異な感触だけが残された。

 

 

 

「あんた、何も分かってへんねな」

服部は侮蔑した目で灰原を見ていた。

 

キッチン。

博士宅で、あの事件から一年。

ようやく落ち着いた日常生活。

 

蘭はコナンの死と、新一の消息不明で声を失い、コナンが初恋だった歩美はというと喋らなくなった。探偵団はバラバラ。光彦は図鑑をよく以前のように学校で見ているが、その目は虚ろ。活気はなくなった。元太すらも、窓の外ばかりを眺めている。

 

それこもこれも自分のせいだ。

 

よく見ていた、ジンの夢。

現実になったようだ。

 

「何で、哀ちゃんの手、治らないの?」

 

数日前、学校で机に向かってきて歩美が、元気の失せた顔で訊いてきた。コナンの葬儀以来、包帯の取れない灰原の様子を感づいていたのだ。

光彦だけは知っているようだった。振り向きもしなかったのだ。

灰原の包帯を巻いた左手。灰原が毎日、自分で傷つけていることを、あれは知っている、という態度だったのだろうか。

彼はこちらを見ようとはしなかった。

 

朝方、キッチンで自分の左手の甲にカッターを刺す灰原のその手を叩くと、服部は睨みつけてきた。

ザー

流し場の水が静かに流れている。

 

「…分かってないんか、ホンマに」

 

彼の意図する“分かってない”が解らない。

灰原は蔑んだ目で服部を見上げた。

 

「あなたのカッカした思考回路なんて解るわけないじゃない。それより、何でここにいるのよ、もう帰ったんじゃなかったの」

 

「飛行機一本遅らせたんや、あんたが気になってな…」

 

言って、服部は水道の水を止めた。

 

ポチャッ

 

最期の滴が落ちて、音を立てる。

 

「…私が気になった?」

 

彼と再会したのは、一年ぶりのことだった。

土日を挟んで、わざわざ、様子を見にやってきたと、言っていた。コナンの葬儀、自分のせいでコナンが死んだと、独り建物の外で泣いていた灰原の頭に、彼はただ、手を置いていた。

 

服部はしゃがむと、「こんな」と呟き、カッターを拾うと、近くのごみ箱に捨てた。

 

カラカラ。

 

ゴミ箱でカッターの刃は音を立てた。

 

「こんなもんで自分の身ぃ傷つけるようなあんたの為に工藤は死んだんとちゃう」

「あなたに何が分かるのよ…」

 

服部は立ち上がると目を細めた。

 

「あなたに…」

 

目を合わすことなく呟く灰原を目の前に、彼はポケットに手を入れるとため息をついて、また見下ろした。

 

「…ホンマに何にも分かってへんねな」

 

そう言い残すと、服部は踵を返して玄関へと向かった。ギィと開けた玄関から、冷気が差し込む。雪が積もっているのが見えた。

積もる、牡丹雪だ。

 

――あの日と、同じ。

 

 

「自分だけが辛いんちゃうで、周りをよう、見てみ。あんたの為に泣いてくれる人間が、他にも…お前のことを大事に思ってくれとる人間が、工藤以外にもおるっちゅうことを、忘れたらあかん」

 

 

その背中を睨むと、灰原はうつむいた。

 

――悔しい。

 

「何で…何であなたに――」

「何でそないなこと言われるんか、か?」

 

聞こえたのか、それとも――。

 

服部は振り向かなかった。

「あの事件で傷ついたんは、“あんた”だけちゃう、いうことや。よう覚えとき、ネェちゃん」

 

彼は出て行った。

 

うつむいたまま、涙だけが、頬を伝う。

「……っ」

歯を食いしばって、うつむいた。

悔しくて。憤ろしくて。

「…っ…何であんたに…そんなこと言われなきゃならないのよ…」

 

――分かっている。そんなこと。

 

食いしばるようにしてこぼれ出た言葉。

 

蘭も、歩美も、少年探偵団も、そうして彼も。コナンの両親だって、傷ついたのだ。

私だけではない。知っている。

だが、違う。そんなことではない。

 

――ただ、虚しい。哀しいと、一言では片付けてはいけない、申し訳なさが、胸を圧迫して苦しい。

 

――私がこの街に来なかったなら、みんなどうしていただろう。

 

 

――傷ついたんは、あんただけやないっちゅうことを、忘れたらアカン。…――

 

 

「…牡丹雪、か」

服部は博士の家の玄関を出ると、灰原の微かな泣き声を耳にしながら呟いた。空を見上げると、雪が頬に落ちてくる。やがてそれは滴となって、服部の頬を流れて行った。

 

「…泣いてるんか?工藤…」

 

「あの…」

 

その時だった。小さなコナンと同じくらいの年頃の少年が、博士の玄関の前で立つ服部に声をかけた。気づいた服部は振り返って見下ろした。

 

「ん?…あぁ、お前か」

 




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