“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ちょっとぶりです。幾らか書けたので投稿します。感想でのご指摘を踏まえ、変えられるところは変えていきますので、よろしくお願いします。


戦王の使者
戦王の使者Ⅰ


 月光が照らす深夜の絃神島を、一つの人影が疾走していた。

 暗闇に紛れる黒い毛並みの豹頭の獣人。L種と呼ばれる、獣人族の中でも身軽さと敏捷性に優れた種だ。

 男はある組織のメンバーであり、今夜は同志と共に武器の取引が行われるはずだった。しかしどこからか情報が漏れていたらしく、取引は特区警備隊(アイランド・ガード)の突入により中止。彼以外の仲間は全員無力化され、彼自身も銃撃を受けて手傷を負ってしまった。

 前もって仕掛けてあった爆弾を使って辛くもその場からは逃走できたものの、取引は潰され、同志を失った。取り返しがつかない程の失態ではないが、組織内での立場は確実に悪くなるだろう。

 

「くそっ、くそっ!許さん、許さんぞ、やつらめ……」

 

 炎に包まれる倉庫を睨みつけ、男は痛みに呻く。

 

「ぐっ……まだだ、まだ終わらんぞ……!」

 

 夜の帳が下りた絃神島に憎悪のこもった眼差しを向ける。

 太平洋上に浮かぶ巨大な人工島。人類と魔族が共存する“魔族特区”だ。

 豹頭の男が所属する組織は過激なテロ組織。差別的な獣人優位主義を謳い、聖域条約の完全破棄と戦王領域の支配権を第一真祖から奪うことを目的とする。それが彼の所属するテロ組織、黒死皇派だ。

 つまり、彼にとって“魔族特区”は忌まわしき存在であり、憎悪の対象なのである。叶うならば今すぐにでも滅ぼしてしまいたい。

 しかし、今はまだその時ではない。故に男はまず、今回の取引を台無しにしてくれた特区警備隊(アイランド・ガード)への報復を優先した。

 男の手には爆弾の起爆装置があった。倉庫を爆発させたのとは違う、港湾地区の地下通路に仕掛けたものだ。

 一つ目の爆弾で負傷者を生み出し、その負傷者の救助に向かう増援を二つ目の爆弾で始末する。戦場では使い古された手である。

 

「同志の仇だ。思い知れ──」

 

 頬まで裂けた唇を醜悪に吊り上げ、男がリモコンのボタンを押そうと手に力を入れた。

 しかし、返ってくるはずの手応えはなく、男の行動はただ自分の手を握り締めるだけに終わった。

 跡形もなく消えたリモコンに男が目を剥いていると、

 

「ほんと人使い荒いよなぁ、那月先生は……」

 

 随分と若い少年の声が響いた。

 

「誰だ!?」

 

 突如として正面に現れた気配に男が身構える。

 男の前に雲霞のように現れたのは、夜に溶け込む黒いパーカーを羽織りフードを目深に被った、どこにでもいそうな少年だった。

 

「貴様、攻魔師か」

 

 男が警戒も露わに問う。少年がどこか面倒くさげに手を振った。

 

「違う違う。俺は攻魔師じゃなくてただの一般市民、って言ったら信じてくれるか?」

 

「馬鹿にするなよ、小僧が。ただの一般市民が、どうやって俺の感覚をすり抜けてここまで接近できるというのだ!」

 

 獣人の感覚器官は人間の数百倍の精度を有する。相手の心臓の鼓動、息遣い、体温、匂いまでもを獣人は感知することができるのだ。そんな獣人に気づかれず接近できる人間がただの一般市民なわけがない。

 だが少年は、それこそさっきよりも強く否定する。

 

「いや、そこに関しては俺の力じゃないから。それは全部、あっちの人の仕業だからな」

 

 言って少年は隣のビルの給水塔あたりを指差す。

 少年の指差す先。これまた若い女が給水塔の上に優雅に佇んでいた。

 幼い子供のように小柄な体躯。無駄に装飾の多いゴスロリ風の黒いドレスを着こなし、真夜中にも関わらず日傘を差している。精緻な人形のように整った顔立ちはとても愛らしい。

 そして少女の手には、先程男が起爆させようとした爆弾のリモコンが握られていた。

 

「馬鹿な……いつの間に!?」

 

 驚愕の声を上げる男。少年に続いて少女までもが、己の感覚に引っかかることなくリモコンを奪い取っていた。その事実が男に大きなショックを与えた。

 この二人は只者ではない。直感的に判断して男は即座に臨戦態勢を取る。計画の障害になりうる存在はこの場で排除しなければならない。

 まず潰すべきは目の前の少年だろう。立ち姿や振る舞いから武術の類とは無縁であることが分かる。距離的な問題も加味すれば少女よりも遥かに与し易い相手だ。

 

「死ね、小僧──!」

 

 ダン!と地を蹴って男が飛びかかる。その姿はまるで獲物に襲いかかるチーターのようだ。

 一瞬で彼我の距離を詰めた男は、その鋭利な爪で少年の喉笛を搔っ切らんと振り下ろそうとして、

 

馳せ参ぜよ(ぶちかませ)、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”」

 

「なっ、これは!?」

 

 少年を中心に放出された雷光が男の攻撃を阻む。

 溢れ出した雷撃が少年の意に従い、破壊を撒き散らすこともなく、真っ直ぐ獣人の男に向かっていく。

 如何に感覚器官に優れる獣人でも、接近した近距離から放たれる稲妻を避けることは不可能。男は雷撃をもろに食らい、ピクピクと痙攣しながら倒れた。

 

「一丁上がりと。これでいいかな、那月先生?」

 

「おまえにしては上出来だ、暁古城」

 

 少年──暁古城の隣に音もなく少女が出現した。空間制御の魔術。古城を男の前に転移させたのも、リモコンを気づかれずに奪い取ったのもこの魔術によるものだ。

 黒いドレスの少女こと南宮那月は倒れ伏す獣人を一瞥する。男はまだ意識が残っていた。古城が手加減したのもあるが、獣人特有の打たれ強さで耐えたのだろう。

 那月は掌の上でリモコンを弄びながら、わざと男に聞こえるように話し始める。

 

「しかしこのご時勢に暗号化処理もされていないアナログ無線式起爆装置とは。これを用意したヤツはよほどの金欠だったか、あるいは無能だったのだろうな」

 

 あからさまな挑発に男がビクッと体を跳ねさせる。だが、雷撃によって筋肉が痙攣しているためそれ以上はなにもできない。

 

「哀れだな。あのクリストフ・ガルドシュも、おまえのことなど、使い捨ての下っ端程度にしか見てないだろう」

 

 容赦なく責め立てる那月に、隣に立つ古城は戦慄する。まともに話すこともできない相手を精神的に追い詰めるとは。これが本場の尋問のやり方なのか、と古城は少しだけちゃん呼びを控えようかなと思った。

 

「まあいいさ。あとの尋問は特区警備隊(アイランド・ガード)の連中に任せるとしよう」

 

 今までのは尋問じゃなかったのか、と内心で突っ込む古城。口には出さない。出せば扇子の一撃が来るのが分かっているからだ。

 動けない男を手早く鎖で拘束し、適当な高台に引っ掛けると那月は一仕事終えたように息を吐いた。

 

「で、那月先生。生徒をこんな夜遅くに呼び出して、あまつさえテロリストの相手させた理由はなんですか」

 

 ぷらぷらと宙で揺れる獣人を一瞥して、古城が那月に尋ねる。普段の穏やかな微笑みも今日はない。真剣な表情に僅かばかりの不機嫌さを滲ませて那月を見つめていた。

 今日ここに来るにあたって古城は、まず監視役である雪菜に気づかれないように動かなければならなかった。それは非常に難しい話である。なにせ雪菜は隣の部屋にいながらも古城の外出の気配を察知できるのだ。そんな相手に気づかれずに家を抜け出すのは容易なことではない。

 なので古城はみんなが寝静まったのを見計らい、素人なりに気配を消しながら家を出てきたのだ。その時の緊張は筆舌に尽くしがたい。

 そうやって気苦労を重ねながらも家を出た古城を待っていたのが血塗れの獣人という。さすがの古城もこれには物申したくなったのだ。

 那月はつまらなげに鼻を鳴らし、

 

「察せ」

 

「鬼か、あんたは……」

 

 思わず突っ込むが、実のところ古城は那月の思惑を八割方は理解していた。

 まず一つとして、古城に眷獣を扱う機会を与えて制御をより確実にさせること。これはここ最近忙しくて眷獣との対話の機会を作れていないからその分の埋め合わせとして計らってくれたのだろう。

 二つ目に、今この島を襲おうとしている存在がいるということを教えること。これは那月なりの警告の仕方なのだろう。黒死皇派という過激テロリストが蠢いている。だからせいぜい気をつけろ。那月はそう言っているのだ。

 傲岸不遜な態度と偉そうな物言いで誤解しそうだが、那月は生徒を大切にする教師だ。性格故に捻くれたやり方になってしまうことは多々あるが、その言動には確かに古城を慮る気持ちが込められている。古城はそれをよく理解していた。

 

「いつも助かるよ、那月ちゃん」

 

「教師をちゃん付けで呼ぶな」

 

「おっと、危な──」

 

 いつもの要領で頭を庇おうとした古城だったが、予想外にも衝撃は腹部、しかもいつもの倍以上の威力だった。

 想定外の威力に古城は情けない声を洩らし、その場に蹲る。

 

「ちょっ、学校じゃないからっていつもより強くありませんかね……」

 

「嫌なら普通に呼ぶんだな」

 

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、那月は海上へと目を向ける。

 水平線の先に船の灯が見えた。まだまだ遠いがかなり大きい船だろう。そして行く先はここ、絃神島だ。

 那月はしばしその船を眺めていたが、やがて興味を失ったように視線を切る。

 

「そろそろ帰るぞ。私も明日の授業の支度をしなければならないからな」

 

「ん、ああ……了解」

 

 生返事をして古城は那月のあとについていく。その瞳が、那月と同じく洋上の船を捉えていたことには、彼女も気づかなかった。

 

 

 ▼

 

 

 絃神島“魔族特区”を終着地に定めて航行する船があった。

 大型のクルーザーを、豪華客船以上に絢爛に飾り立てた美しい船だ。その威容はまさしく洋上の宮殿。なかなかお目にかかれる代物ではない。

 船名は“オシアナス・グレイヴ”。洋上の墓場という、船に付けるにしては悪趣味な名前だ。そんな船の持ち主、船主(オーナー)はたった一人。

 アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー。“戦王領域”の貴族が一人だ。

 貴族(ノーブルズ)、つまり彼は吸血鬼の中でも破格の力を有する“旧き世代”。その権能は単独で大都市を壊滅させることも不可能ではない程で、彼自身が既に軍隊と同等の扱いを受けている。要するに、彼は真祖に届かずとも劣らぬ存在なのだ。

 ヴァトラーは愛船のデッキで優雅にカシス酒を煽りながら、徐々に近づいてくる島影に微笑みを浮かべる。

 金色を溶かし込んだかのような金の御髪と碧い瞳。一見すると好青年にも見える容姿であるが、その内には狂気にも似た昂りが秘められていた。

 デッキの手すりに背を預ける青年の傍に、一人の少女が近づいていく。

 すらりとした高身長のモデル体型。可愛いや愛らしいではない、華やかさと優美さを兼ね備えた顔立ち。色白で、色素の薄い長髪を上で束ねている。どこか咲き誇る桜花を連想させる少女だ。

 彼女の服装は関西地区にある名門女子高の制服だ。そしてその手にはキーボードケースと一通の書状。

 

「お待たせしました、閣下。日本政府からの回答書をお持ちいたしました」

 

 恭しく礼を取りながら、少女が書状を差し出す。

 青年貴族は書状を受け取ると早速目を通し、その内容に満足がいったのか愉しげに頷く。

 

「ボクを“戦王領域”からの外交特使と扱い、絃神島“魔族特区”の訪問を承認。うん、まあ妥当なところかな。来るなと言われてもこっちは勝手に上がり込むつもりだったけどサ」

 

 ふはっ、と無邪気に笑う青年貴族。

 そんな彼に水を差すように、少女が補足する。

 

「ただし条件が一つ。日本政府が派遣した監視者の帯同を受け入れていただき、その勧告に従ってもらいます」

 

「へぇ。それで、その監視者は誰なのかな?」

 

「僭越ながら、私がその役目を務めさせていただきます」

 

 慇懃無礼とも取れる静かな挑発を込めて少女が言った。

 青年はスッとその双眸を細めると瞳を妖しく光らせる。

 

「そう、キミが。確かに、実力としては申し分なさそうだね」

 

 監視者、それはただヴァトラーの動向を見張るだけが仕事ではない。もしもヴァトラーが日本政府の脅威と見なされたならば、その身を以ってして彼を抹殺しなければならないのだ。

 少女には、“旧き世代”の吸血鬼を滅ぼすだけの力がある。故に彼女は青年の監視者を任されたのだ

 獅子王機関の育てた上げた舞威媛が一人、煌坂紗矢華。六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)の所有を許可された攻魔師だ。

 ヴァトラーは己の監視者である少女を一瞥し、次いでその視線を輪郭をぼやかせる絃神島に向けた。

 

「それで、ボクのもう一つのお願いはどうなったのかなァ?」

 

「お願いごと……ですか」

 

 ゾッとするような怖気を放つヴァトラーに、紗矢華が表情を強張らせる。

 しかし彼はそんなこと気にも留めず、口元から牙を剥き出して笑う。

 

「キミたちが匿う、あの世界最強の吸血鬼(、、、、、、、、)のことだよ。ぜひ紹介してもらいたいね」

 

「第四真祖のことでしたら、匿っているわけではありません。そもそも、私たちに彼を庇う理由などありませんから」

 

 そう言って紗矢華は一枚の写真を取り出す。

 写真にはクラスメイトに囲まれる暁古城の姿が映っていた。人の中心に立って、いつもと同じ穏やかな微笑みを浮かべている。

 

「第四真祖・暁古城は私たちの敵ですから──」

 

 忌々しげに呟いて、紗矢華が手の中の写真を握り締めた。

 水平線から太陽が顔を覗かせていた。朝焼けの波に呑まれて、絃神島が目覚める。

 

 

 ▼

 

 

 九月中旬の水曜日。時刻にして六時を少し回った頃。

 珍しいことに、暁古城は目覚まし時計が鳴り出す前に目覚めた。

 昨夜は那月に振り回されて眠るのが遅くなったが、それでも早起きができたのには理由がある。隣の部屋から聞こえてくる賑やかな少女たちの話し声だ。それが目覚ましの代わりになったらしい。

 ぼんやりとした顔で身を起こし、ベッドから抜け出す。例によって鈍い痛みが頭に走っているが、いつものことなので気にしないようにしながらリビングに出る。

 リビングには誰もいなかった。代わりに食卓には三人分の朝食が用意されている。古城と凪沙、そしてもう一人は──

 

「そうか、今朝だったな……」

 

 昨晩、古城が狸寝入りする前に凪沙が捲し立てていた。明日の朝、雪菜が家にチアリーダーの衣装のサイズを合わせに来るから、よろしくと。寝起きで半ば忘れかけていたが、なんとか思い出せた。

 今は部屋で着替えてるか、と寝ぼけた頭で考えつつ古城は眠気覚ましのコーヒーを淹れる。いつもならコーヒーを飲む前に顔を洗うが、今日はなんとなく先にコーヒーが飲みたい気分だった。

 濃い目に淹れたコーヒーを古城が飲んでいると、がちゃりと音がしてリビングのドアが開いた。

 

「凪沙か?」

 

 てっきり妹の凪沙が顔を出したのかと思って見やれば、そこにいたのはきょとんとした表情の雪菜だった。

 

「姫柊か」

 

「はい、先輩。起きていらっしゃったんですね」

 

「ああ、ついさっきな。そっちはまだ服の採寸の途中か?」

 

「いえ、今終わりました。凪沙ちゃんもすぐに……」

 

 雪菜が言い終える前にリビングへと飛び込んでくる小柄な少女。朝から元気一杯にポニーテールを揺らしているのは古城の妹、凪沙だ。

 

「おっはよー、古城くん。今日も今日とて凄い寝癖だね」

 

 開口一番に古城の寝癖を面白おかしく指差す凪沙。その指先に釣られて雪菜も古城の頭を見て、クスリと可愛らしく噴き出す。

 妹と隣人に朝から笑われるとはこれ如何に……、と古城はコーヒーを飲みつつ、

 

「終わったなら、二人とも席に着きなよ。飲み物は俺が用意するから」

 

「うん、分かった。雪菜ちゃん、先に座っとこ。あ、凪沙は牛乳ね」

 

「はいはい。姫柊はなにがいい?といっても、牛乳と野菜ジュース、それとコーヒーしかないけどな」

 

 いつもよりも気の抜けた笑みを浮かべて古城が訊く。そんな顔がおかしかったのか、雪菜は笑いを堪えながら凪沙と同じく牛乳を注文した。

 二人分の牛乳を用意しながら古城は何気ない仕草で雪菜を窺う。凪沙の隣の席できちっと背筋を立てて待つ姿はいつもと変わりない。昨夜古城が抜け出したことにも気づいていないようだ。

 監視役としてそれはどうなのかと思わなくないが、雪菜も人間であり学生の身だ。毎晩毎晩古城が目を覚ますのに反応していてはいくら鍛えていようと保たない。だから彼女を責めるのは酷である。

 食卓に二人の牛乳を運び古城も席に着く。

 

「いただきます」

 

 声を揃えて合掌し、三人は朝食にありついた。

 メニューは凪沙特製のベーグルサンドとイタリアンサラダ。いつもより少しばかり手が込んでいるのは雪菜がいるからだろう。

 黙々と食べながら一段落ついたところで古城はコーヒーを飲み干す。

 

「それで、衣装の大きさは合ってたのか」

 

「うん、ばっちし。あたしも雪菜ちゃんもぴったりだったよ。それに、雪菜ちゃん凄く似合ってて可愛かったんだ。クラスの男子たち、涙を流して喜ぶんじゃないかなあ」

 

 まるで自分のことのように得意げに語る凪沙。その隣では少し複雑そうな表情をする雪菜がいた。

 彩海学園では近くに球技大会が開催される。その際に、凪沙と雪菜は応援としてチアリーダーをやることになった。いや、正確には彼女たちのクラスの男子全員が土下座して頼み込んだそうだ。

 別段、球技大会は女子が仮装して応援しなければならない規定はない。現役チア部の凪沙に関しては自主的に応援するのはおかしくないが、部活に入ってない雪菜が応援に駆り出されるのは少し妙な話ではある。だが、さすがに男子全員から土下座して頼まれては雪菜も無下にできなかったのだ。

 

「わたしはそんな似合ってないと思うんですけど……」

 

 謙遜気味に雪菜は言う。しかし隣の凪沙が即座に否定した。

 

「もう、恥ずかしがっちゃって。とっても似合ってるのに。ねえねえ、どうせならチア部入らない?雪菜ちゃんなら歓迎するよ」

 

「いえ、わたしは……」

 

 ぐいぐい押してくる凪沙に困ったような表情を浮かべ、雪菜が古城に視線で助けを求める。

 古城は苦笑いしつつ凪沙を諌めた。

 

「そのへんにしとけ。姫柊が困ってるぞ」

 

「そうだね、無理に入部させるのも悪いもんね。でも気が向いたら言ってね」

 

「はい、分かりました」

 

 生真面目に答える雪菜に、凪沙は特に気を悪くした様子もなく朗らかに笑う。二人のやり取りに問題なさそうだと判断して古城が気を抜くと、

 

「あ、そうだ。古城くんはなんの種目に出るの?やっぱりバスケ?それとも他の競技?」

 

「俺か?俺はまだ決めてないけど……」

 

 凪沙に問われて古城は少し悩む。

 原作古城は子供の頃からバスケに打ち込んでいた。中学でもその運動神経を活かし、バスケに熱意を燃やしていた。しかしある時、部活内で孤立してしまいそれ以降はバスケを辞め、加えて第四真祖になったことで尚更バスケから遠ざかっていた。

 しかしこの古城はそもそもバスケにそこまで熱中していない。一応原作をなぞる意味合いでバスケ部には所属していたが、それだけだ。別段バスケに特別な感情を抱いているわけでもない。そのためか、当時は凪沙にどうしたのかと少し心配されたこともあったが、今では特に突っ込まれることもなく普通に過ごしている。

 なので、古城としてはどの競技に出ても構わなかった。経験者としてバスケに駆り出されてもいいし、原作通りバドミントンでも良かった。

 

「まあ、人数足りない所に入ろうかな」

 

 結局、古城は無難な返答をした。

 古城の答えに凪沙は少し不満げな表情をするが、ふと良いことを思いついたとばかりに顔を綻ばせた。

 

「じゃあ今度の球技大会で、古城くんのこと応援してあげよっか。雪菜ちゃんも一緒に」

 

「えっ、わたしもですか……」

 

 蚊帳の外にいたと思ったら話に巻き込まれて、驚きに雪菜が硬直する。

 雪菜にとってチアガールの衣装で応援するのはそれだけでかなりハードルが高い。そこへまさかの古城の応援を付け加えられては、如何な雪菜も羞恥心というものが頭を擡げる。

 そんな雪菜の内心を察して、古城は穏やかに笑いながら、

 

「嫌なら俺の応援なんかしなくていいさ。無理しなくていい」

 

「いえ、その……嫌ではなくて、ちょっと恥ずかしくて……」

 

「じゃあ、気が向いたらでいいよ。凪沙も、強引に連れて来るなよ」

 

「分かってるって〜」

 

「どうだか……」

 

 呆れ混じりの溜め息を吐いて古城は雪菜を見る。

 雪菜はやはり古城にチアガール姿を見せるのが恥ずかしいのか、眉間に皺を寄せつつ悩んでいる。頬が若干赤くなっているのは羞恥のせいだろう。

 キッパリ断ったほうが良かったかな、と思いつつ古城は二人の食事が終わるのを静かに待った。

 

 

 

 

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