“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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戦王の使者Ⅲ

 アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーのクルーズ船は、港湾地区(アイランド・イースト)に停泊する豪華客船にも負けず劣らずのメガヨットだ。

 船上パーティーの開始時刻は午後十時。古城たちは少し余裕を持って港に訪れていた。二人とも獅子王機関から送られてきた正装を身に纏っている。

 招待客がタラップを上って、船の中へと乗り込んでいく姿が見える。

 

洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)……か。趣味が悪いんだか良いんだか」

 

 船体に刻まれた船名を呟いて、古城は呆れたように溜め息を吐く。

 古城の格好はスリーピースのタキシードだ。一般的な高校生が着るには上等すぎる代物ではあるが、古城が着ると妙な風格のようなものが感じられる。服に着られることなく、着こなしているのだ。

 

「なんだか、先輩はあまり緊張してないみたいですね」

 

 古城の立ち居姿から漂う風格めいたものに気後れしながら雪菜が言う。

 そんな雪菜の格好は、白地に紺色のパーティードレス。胸元の露出こそ控えめだが、その分肩から背中にかけては大胆に晒している。薄い布地と華やかなフリルがまるで妖精のように雪菜を飾り立てていた。

 ただ、雪菜的には露出が多いのが気になるらしく、ここに来るまでも随分と落ち着きがなかった。今も、もじもじと短いスカートやら開けた背中を気にしている。

 

「あの、この格好、変じゃないですか?」

 

 上目遣いで雪菜が尋ねてくる。古城は頭の頂点から爪先まで見下ろして、

 

「そんなことないと思うぞ。姫柊の魅力がちゃんと引き立てられてるし、よく似合ってるよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 古城の偽りない褒め言葉に雪菜は面食らってしまう。マンションでの一件のことも相まって、古城の顔を見ることができない。

 そんな雪菜に微笑しながら、古城は彼女の髪飾りがずれていることに気づく。

 

「姫柊、髪飾りがずれてるぞ」

 

「えっ……あ、本当です」

 

 慌てて髪飾りを直す雪菜。十字架を模した銀色のヘアクリップ。私物を持たない雪菜にしては珍しい、数少ない雪菜所有のアクセサリだ。

 古城がじっと見つめていることに気づいて、雪菜が少しはにかみながら口を開く。

 

「高神の杜にいた頃のルームメイトから貰ったんです」

 

「へえ、その子も剣巫なのか?」

 

「いえ、違いますが、紗矢華さんも獅子王機関の攻魔師です」

 

 少し得意げに雪菜が語る。彼女にとってそのルームメイトは大切な人なのだろう。

 

「仲が良かったんだな」

 

「そうですね。本当の姉のように慕っていました。美人で可愛くて、性格も良くて、優しい、自慢のルームメイトです」

 

「そうか。なら俺も一度挨拶してみたいな」

 

「それは……」

 

 古城の何気ない発言に雪菜が少し表情を翳らせる。髪飾りに手を触れて、少し悩む素振り見せてから雪菜はぼそりと呟く。

 

「先輩なら、大丈夫かもしれませんけど……会わないほうがいいかもしれません」

 

 風に乗って微かに聞こえてきた呟きに古城は苦笑いを浮かべ、すっと目の前の船を見上げる。甲板の上で人影が動いたように見えた。

 

 

 ▼

 

 

 今回の船上パーティーに招待された客の殆どが大物政治家や経済界の重鎮ばかり。中にはテレビで見かけた顔ぶれなども揃っていた。

 そんな中に平然と交じることができる古城は相当な胆力の持ち主だろう。

 古城は豪華に飾り付けられた船内を見回して、

 

「さて、主催者はどこにいるのやら……」

 

 と言いつつ、古城は彼の居場所が既に分かっていた。それは原作知識であり、そして吸血鬼の血の昂りが教えてくれた。

 

「上です。アルデアル公は恐らく外のアッパーデッキにいます」

 

 雪菜もまた、持ち前の霊視能力によってディミトリエ・ヴァトラーの居場所を感知していた。

 

「アッパーデッキか。階段は……あそこか」

 

 会場となっている広間の隅に階段見つけ、古城は真っ直ぐ歩き出す。そのあとを雪菜も付かず離れずの距離で追う。

 だが如何せん客が多く、どうしても逸れそうになってしまう。仕方なく雪菜が古城に密着するようについていこうと近づいて、

 

「私の雪菜から離れなさい!」

 

 次の瞬間、古城を鋭い銀閃が襲った。

 

「ちょっ、なんでここで!?」

 

 珍しく動揺を露わにしながら古城が咄嗟に身を引く。銀閃は古城の鼻先を紙一重で通過していった。

 銀閃の正体はフォーク。本来食事に用いられるはずの食器が、古城に向けて振り下ろされたのだ。そして古城に襲いかかったのは若い女だった。

 チャイナドレス風の装いをしたすらりと背の高い少女。年の頃は古城とそう大差なさそうだ。

 非常に優美で人目を惹きつける顔立ちをしているのだが、しかしその表情は今、古城に対する殺意で歪んでいる。折角の美人も台無しだ。

 

「失礼。つい、手が滑ってしまったわ」

 

 特に悪びれた様子もなく少女が言った。古城は呆れ返って、

 

「どこをどう滑らせたら人に向けてフォークを振り下ろすんだ……というか、どうして襲われたんだよ俺は……」

 

 姫柊の手を握ろうとしたわけでもないのに、と内心で呟く古城。原作では古城が雪菜の伸ばす手を掴もうとして襲われたが、今回はなにもしていなかったはずである。それなのにどうして襲われたのかが古城には理解不能であった。

 事実は雪菜から接近したのだが、如何に古城といえど背中に目が付いているわけではないので真相は分からず終いだ。

 眉間に皺を寄せて頭を悩ませる古城の背後にいた雪菜は、襲いかかってきた少女の姿を一目見ると唖然と目を見開く。

 

「──紗矢華さん!?」

 

「雪菜!」

 

 名前を呼ばれた瞬間、少女の纏う雰囲気が一変する。それまでの殺気や殺意は引っ込み、代わりに溢れ出したのは優しい愛情の気配。

 紗矢華と呼ばれた少女は勢いよく雪菜に飛びつくと、思う存分むしゃぶりつくように抱きしめた。その光景は長年会えなかった仲の良い姉妹の再会のようで、古城は蚊帳の外から眺めていることしかできなかった。

 

「久しぶりね、雪菜。元気だった?変なことされてない?」

 

「は、はい。一応……」

 

 吸血されたことが変なことに当たるか微妙で、雪菜は少し目を逸らして答えた。しかし運のいいことに抱きついていた紗矢華はそれに気づかない。雪菜が拒絶しないのをいいことに頬ずりしたりと好き放題している。

 

「ああ、私の雪菜。私がいない間に、第四真祖の監視だなんて危険な任務を押し付けられて、可哀想に!でも、大丈夫。この危険人物は私がきっちり抹殺してあげるから!」

 

 恐ろしいことを宣う紗矢華に、身の危険を感じた古城はさり気なく距離を取る。紗矢華の手には銀のフォークが握られたままだ。

 

「あの、紗矢華さん……それはちょっと……やりすぎ……あっ、待ってくださ……」

 

 なにやら紗矢華の手つきが怪しくなり、さすがの雪菜も押し返そうとする。しかし体格差のせいかなかなか退けられない。どうしようもなくて古城に助けを求めようとして視線を彷徨わせるが、

 

「あれ……先輩?」

 

 ついさっきまで近くにいたはずの古城の姿はどこにもなかった。

 

 

 ▼

 

 

 雪菜と紗矢華が感動の再会を果たしている間に、古城はその場を抜け出し一人で上を目指していた。少女たちの再会の場面に水を差すのも悪いし、二人を危険に巻き込みたくない一心での単独行動だ。

 大勢いるパーティー参加客の間を縫うように移動して階段まで辿り着き、古城はアッパーデッキへと上がっていく。

 一段一段階段を上るにつれて、息が詰まるような重圧に襲われる。上にいる強大な存在がとてつもないプレッシャーを放っているのだ。

 古城は意識を切り替える。いつ何時、どこから襲われても対処できるように神経を尖らせ、内側で眷獣を即座に呼び出せるようにしておく。

 緊張感を滲ませて古城は船の上甲板に出る。

 月明かりに煌めく闇色の海と星空を背にして一人の青年が立っていた。

 純白のコートに身を包んだ金髪碧眼の青年だ。背丈は高いが華奢で、とても“旧き世代”の吸血鬼とは思えない。

 海風に金髪を靡かせながら青年が振り返る。好青年然とした美しい微笑みが浮かんでいた。相対する古城も同質の笑みだ。

 次の瞬間、古城と青年の体をそれぞれ雷光と灼光が包んだ。

 呼び出されたのは吸血鬼の眷獣。どちらも都市一つ滅ぼしかねない力を内包する化け物だ。

 灼熱の蛇の眷獣と雷光の獅子が広いデッキの上で激しく衝突する。巨大な魔力と魔力の激突に伴う衝撃波が船を揺らし、漆黒の海を波立たせた。

 だがそれも一瞬、二体の眷獣はまるで示し合わせたかのように霞の如く霧散した。あとに残るのは船内から聞こえてくる喧騒と古城と青年が放つ痛い程の沈黙だけだ。

 睨み合うかのように互いを見据える両者。先に沈黙を破ったのは古城だ。

 

「随分と手厚い歓迎だな、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー」

 

 皮肉をたっぷり込めて古城が言う。眷獣を嗾ける程の手荒い歓迎を手厚いと言うあたり、古城もなかなかに肝が据わっている。

 古城の応答に青年は愉快げに笑みを深める。

 

「喜んでもらえたのなら、次は今回を上回るご挨拶を用意しようかな」

 

「悪いが、俺は慎ましやかな挨拶が好きなんでな。次回はもっと穏やかに頼む」

 

「それは残念」

 

 少し不満げに青年が唇を尖らせる。無邪気な子供同然の仕草なのに、この青年がするとそれさえも絵になるから不思議だ。

 先の眷獣衝突などなかったかのように会話を始めた古城とヴァトラー。そんな彼らのもとに船内から慌ただしく二人の少女が飛び出してきた。

 

「先輩!?」

 

「アルデアル公!?」

 

 船を揺らす程の衝撃と莫大な魔力の衝突を感知して上甲板に出た雪菜と紗矢華。二人が目にしたのは焼け焦げ所々が捲れ上がった甲板と、熱せられた空気を物ともせず会話を交わす男たちの姿だった。

 

「御身の武威を検するが如き非礼、心よりお詫びいたします。我が名はディミトリエ・ヴァトラー。第一真祖・“忘却の戦王(ロストウォーロード)”よりアルデアル公を賜りし者。今宵は御身の参上をいただき恐悦の極み──」

 

 見事なヴァトラーの口上。気品めいたものを漂わせる今の彼は紛うことなき貴族だ。

 そんな青年貴族に対して、古城は微苦笑を湛えて応じた。

 

「暁古城。一応第四真祖をやってる。今宵は船上パーティーにお招きいただきありがとう、と言っておこうか」

 

 平然と自己紹介を交わす男たちに、雪菜と紗矢華は思わず互いの顔を見合わせた。

 

 

 ▼

 

 

 男たちの穏便とは言えない挨拶が終わったあと、古城は一度応接室に通され、ヴァトラーは招待客たちの対応に向かった。主催者なだけにそのあたりの対応はきちんとしているようだ。

 ヴァトラーが戻ってくるまでの間、手持ち無沙汰になった古城は豪華なソファでゆったりと寛いでいる、なんてことはない。あとから駆けつけた雪菜に事の次第の説明をして、そして現在はソファではなく絨毯の上に正座をして説教を受けている真っ只中であった。

 

「分かってるんですか。先輩がどれだけ危険な存在で、一つ間違えれば船の一つや二つ簡単に沈められるということを。それなのにどうして一人でアルデアル公のもとに行ったりしたんですか?」

 

「いや、折角の感動の再会を邪魔するのも悪いと思って……ルームメイトなんだろ?」

 

「そうですけど……それとこれとは話が別です」

 

 キッパリ言い切って雪菜が見下ろしてくる。

 確かに、今回の非は古城とヴァトラーの二人にある。一つ間違えれば船が沈んでいたのも事実。もしも二人の眷獣の破壊がパーティー会場に及んでいたら、それだけで多くの要人や著名人が危険に曝されていたのだ。古城もヴァトラーもさすがに手加減はしていたが、それを言ったところで雪菜の怒りの矛先が収まることはないだろう。

 今回ばかりは分が悪いと判断して古城は大人しくその場に平伏した。

 

「すいませんでした。以降、気をつけます」

 

「反省してくださいよ」

 

「はい、反省します」

 

 中学生に土下座して謝る高校生の図。傍目に見るとかなり情けない構図であるはずだが、古城と雪菜だとあまり違和感がなく見えてしまう。

 古城にきちんと反省の色を確認して、雪菜はとりあえず今回の軽率な行動に関しての説教は終わりにした。

 

「そういえば、ルームメイトの子はどこに行ったんだ?」

 

 絨毯の上から柔らかいソファの上に座って古城が尋ねる。

 

「紗矢華さんはアルデアル公の監視役ですから。今頃一緒にパーティー会場にいると思いますよ」

 

「つまり、俺にとっての姫柊みたいなもんか」

 

「そんなところですね」

 

 説明しつつ雪菜は古城の後ろに回ろうとする。どうやらソファに座るつもりはないようだ。きちんと自分の身分を弁えているというか、別にそれぐらい気にしなくともいいだろうにと古城は思うが、生真面目な雪菜は譲らないだろう。

 女の子を立たせて自分だけ座るのも悪いと考えて古城が立ち上がろうとしたところで、間の悪いことにヴァトラーが戻ってきた。その背後には監視役らしく紗矢華が控えている。

 

「やあやあ、待たせたね。ちょっと監視役からこっ酷くお説教を食らってしまってね」

 

「奇遇だな、こっちもだよ」

 

 互いに微苦笑を交わして、ヴァトラーが古城の向かい側のソファに身を沈める。そして雪菜同様、紗矢華はその後ろに立つ。

 

「さて、なにから語らおうか。ボクとしては、第四真祖との邂逅を祝福したいところだね」

 

 妙に芝居がかった口調で言ってヴァトラーが指を鳴らす。するとグラスを二つとワインボトルを盆に載せた執事風の男が部屋に入ってくる。

 頬に大きな傷を残した強面の老人。威圧感すら纏う執事はグラスにワインを注ぎ、ヴァトラーと古城に手渡してくる。

 古城は執事の男を無表情で見つめながらワイングラスを受け取り、

 

「愛しき第四真祖との再会に、乾杯」

 

「生憎、俺に男色の趣味はないが、乾杯」

 

 二人揃ってワイングラスを掲げ、当然のように一口呷る。

 

「って、先輩!?未成年ですよ!?」

 

 あまりにも自然な流れで飲んでいたため、雪菜の突っ込みが遅れた。しかし古城は背後からの叱咤を聞き流してグラスを弄ぶ。妙に飲み慣れている仕草だ。

 

「随分と年代物だな。こんな代物、普通は子供に飲ませないだろ」

 

「へえ、なかなかに話が通じるじゃないか、古城」

 

「先輩!」

 

 普通に無視されて雪菜が怒る。そんな雪菜を振り返って古城は、

 

「大丈夫、大丈夫。治外法権だから」

 

「その通り、この船の中なら問題ないよ」

 

 古城の言い訳をヴァトラーが補足する。

 確かに、ヴァトラー所有の船内ならば外交的要因で治外法権が適応される。だが古城もヴァトラーも治外法権を自分に都合良く解釈しすぎである。しかしそれを突っ込むには相手が悪い。古城だけならまだしも、ヴァトラーまでもが擁護に回っては止めようがなかった。

 帰ったら覚悟してください、と背後からの呟きが聞こえて古城は少し遠い目をする。ちょっと悪ふざけの度が過ぎたらしい。しかし古城少年に転生してもう三年。その間、一度も酒を飲むことができなかったのだ。今日くらいいいじゃないの、とちょっと我慢ができなかった古城くんであった。

 

「それで、あんたが絃神島(ここ)に来た目的はなんだ?」

 

「一つに、第四真祖であるキミと縁を結ぶため。ぜひとも、古城とは良好な関係を築きたいね」

 

「そっちはいいだろ。また暇な時にでも絃神島を案内でもしてやるよ」

 

「古城自ら案内してくれるだなんて、嬉しいね」

 

 にこやかに笑うヴァトラーに古城も微笑みを以って応える。

 非常に和やかな会話であるが、しかし二人が浮かべる表情はどこか作りものめいている。どちらもこの会話をただの社交辞令としか考えていないのだ。そのためか二人を取り巻く空気はどこか空々しい。

 

「それよりも、“戦王領域”の貴族がわざわざこんな島まで来訪した魂胆を話せ」

 

 すっと双眸を細めて古城が問い質す。いつもの穏やかな雰囲気ではない、刺々しさすら感じる態度に背後の雪菜が微かに驚きをみせる。

 ヴァトラーは軽く肩を竦めて口を開く。

 

「ちょっとした根回しだよ。ここ絃神島・魔族特区が第四真祖の領地だというのなら、先に挨拶をしておこうと思ってね。もしかしたら迷惑をかけることになるかもしれないからサ」

 

「へえ、迷惑ね。そいつは今頃現在進行形で暴れてる戦王領域のテロリストと関係があるのか?」

 

「驚いたな。黒死皇派のことを知っていたのか」

 

 感心したようにヴァトラーが言う。古城は戯けるように肩を竦めると、

 

「素直じゃないけど生徒思いな先生がいてな。その人が教えてくれたんだよ」

 

 勿論、那月のことである。本人が聞けば容赦なく扇子を振り下ろすだろうが。

 

「じゃあ、クリストフ・ガルドシュという名に聞き覚えはあるかな」

 

「あるにはある。確か、欧州ではそれなりに有名なテロリストじゃなかったか」

 

「その通り。元軍人であり現在テロリストの彼はこれまでに幾つものテロを行ってきた。そして今、彼は黒死皇派の一員としてこの島に乗り込んでいる」

 

「そいつはまた、ご苦労なことで」

 

 そう言いつつ古城はワイングラスを傾ける。芳醇な香りが鼻腔を通り抜けてとても心地が良い。

 

「それで、あんたはそのガルドシュを抹殺するために遠路遥々船に乗ってやってきたわけか?」

 

「まさか。そんな面倒なことはしないさ。ただ──」

 

 怖気が走る程に酷薄な笑みと魔力を僅かに放出してヴァトラーは言う。

 

「──あっちからちょっかいを出してきたのなら、応じないわけにはいかないよねェ」

 

 ふふっ、とさぞ愉しげに笑うヴァトラー。無意識か意図的かは知れないが彼の放つ威圧は物理的な重圧すら伴って部屋を支配している。

 その重みに古城と同じく対面に立っていた雪菜は酷い息苦しさを覚えるが、古城が対抗するように魔力を放出し始めたことですぐに楽になった。

 

「そんなこと言われて、はいそうですかって認めると思うか。ここは俺のシマだ。余所者はすっこんでろ」

 

「なかなか言うじゃないか。でも、そうなるとガルドシュは誰が相手するのかな」

 

「俺がやる」

 

 臆面もなく古城が宣言する。その様子にヴァトラーはますます笑みを深め、そして雪菜が慌てて待ったをかけた。

 

「なにを言っているんですか、先輩。あなたが下手に戦えばどれだけの被害が出るか、分かってますよね?さっき反省すると言ったのは嘘ですか!?」

 

「そうだねェ。第四真祖の眷獣よりもボクの眷獣のほうがまだ大人しいだろうし、ここはボクに任せてしまったほうがいいんじゃないかな」

 

「馬鹿言うな。眷獣が大人しくても宿主が自重皆無の戦闘狂じゃ意味がないだろ。それに、俺の眷獣たちはあんたが言う程我儘じゃないんでな」

 

「確かに先の眷獣の扱いはよくできていた。余程霊媒の血が良かったのかな?」

 

 顎に手をやってヴァトラーは視線を古城の後ろに立つ雪菜に向ける。視線を向けられた雪菜は身に覚えがありすぎてあからさまに目を逸らす。その頰が若干朱色に染まっていた。

 

「そんな……私の雪菜が……穢された……」

 

 ヴァトラーの背後ではこの世の終わりとばかりに紗矢華が真っ白になっている。

 唐突に訪れた混沌な空気に古城は頭を抱える。しかしこれでは話が進まない。古城は一度咳払いして気を取り直す。

 

「ともかく。そのテロリスト共の相手は俺がする。あんたは余計な手出しをするな。少なくとも、俺がくたばるまではな」

 

「ふむ、この島が第四真祖の領地である以上、ボクが出しゃばるのはお門違いか。いいだろう、直接的な被害が出ない限りボクは手を出さないと誓おう」

 

直接的な被害(、、、、、、)、ね……」

 

「あァ、そうサ」

 

 意味深に呟き合い古城とヴァトラーは互いに笑みを深める。明らかに友好的なものではない、威嚇的な意味合いが込められた笑いだ。

 そんな二人のやり取りに雪菜は言い知れぬ不安と恐怖を覚えたのだった。

 

 

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