“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ちょっと短くなってしまいました。


戦王の使者Ⅴ

 暁古城の目覚めは基本的に目覚まし時計のアラームか瞼を焼く朝日のどちらかだ。たまに凪沙の手を煩わせることもあるが、それは前日に遅くまで起きていたなどの理由がある時だけだ。

 しかしその朝はいずれにも当てはまらない起床と相成った。

 

「もう、古城ったら。早く起きないと寝坊しちゃうゾ!」

 

 いつものサバサバした口調とは違う気味が悪い程甘ったるい声音と違和感しかない笑顔。無理をしているのが丸分かりな態度で、藍羽浅葱が古城の頬を指で突いてくる。

 目が覚めたら眼前にクラスメイトの女の子の顔があるなどという突拍子のない状況に、さすがの古城も思考に空白が生まれる。起き抜けの頭ではまともに考えを纏めることもできやしない。要するに内心では軽くパニックになっていた。

 落ち着け、まだ慌てる時間ではない、素数を数えろ。そう言い聞かせて古城は脳裏で素数を数えつつ、表面上は平静を取り繕って浅葱に訊く。

 

「なにをしてるんだ、浅葱……?」

 

「なにって、決まってるじゃない。古城が寝坊しないように起こしてあげてるのよ」

 

 うふふ、と常には絶対に浮かべない愛想笑いを交えて浅葱が言った。だが慣れないことをしているせいか、その表情はぎこちない事この上ない。

 そんな違和感バリバリの浅葱の姿を見て、ようやく頭が回り始めた古城は事の次第を察した。というか、原作でもこの展開はあった。ただし思いっきり忘れていたが。

 ぎこちない笑みを浮かべて見下ろしてくる浅葱に、古城はいつもより若干力なく苦笑いする。

 

「矢瀬あたりになんか吹き込まれたのか?」

 

「な、なんのことかしら?」

 

「言っとくけど、こういうのを喜ぶ男は一部だけだからな」

 

「うっ……やっぱりそうよね。古城相手に媚びても意味ないわよね……」

 

 がっくりと肩を落とす浅葱。彼女のかなり捨て身な体当たりは古城を幾らか驚かせるだけに終わった。無念である。

 軽く気落ちしながら浅葱は古城から離れようとした浅葱。その手が不意に古城によって掴まれた。

 え、と浅葱は戸惑いに声を洩らして古城を見やる。どこか悪戯っぽく目を細めた古城が浅葱を見上げていた。

 

「なあ、浅葱。矢瀬に妙な入れ知恵をされたのは分かるけど、それでも男のベッドに上がり込むのはおいたが過ぎるんじゃないのか?」

 

「まあ、ちょっとダメかなとは思ったけど……」

 

 古城の笑みに言い知れぬ不安を覚えて浅葱は逃げようとする。しかし古城にがっしりと手を掴まれていて離脱できない。それどころかもう片方の手が浅葱の耳元に伸びてくる。

 

「ちょ……古城、やめっ……」

 

 耳裏を撫ぜられるように触られて浅葱が身を強張らす。いつもの紳士的な古城からは考えられない行動に浅葱は混乱してしまう。まるで目の前の少年が別人に変わってしまったみたいだ。

 

「あんまり軽々しく男のベッドに上がるのは止めろよ。でないと──」

 

 混乱する浅葱をそっと引き寄せて、薄い藍色のピアスが輝く耳元に唇を近づけると、

 

「──食われちまうぞ」

 

 蠱惑的な声音で囁いた。

 

「へ、あ、うぁ……」

 

 浅葱は何か言葉を発しようとするものの、唇から洩れ出るのは意味を成さない声だけ。それどころかボン!と音がしそうな勢いで浅葱の顔が真っ赤に染まり、ぐるぐると目を回し始めた。

 予想外の反撃に脳内処理容量を超えてオーバーフローしてしまった浅葱は、くらくらと逆上せたように古城に倒れ込んでくる。

 

「おっと」

 

 古城はちゃっかりベッドから抜け出して浅葱を躱す。避けられた浅葱は憐れ、古城の温もり残るベッドに突っ伏す形になった。いや、もしかしたら僥倖かもしれないが。

 枕に顔を埋めてなにやら悶絶し始めた浅葱を呆れ混じりに一瞥して、古城はさっさと自分の着替えを始める。すぐ側に浅葱がいるとは言え、当人は暫く再起動に時間がかかりそうなのでその間に着替えを済ませてしまう。

 制服に着替え、いつもの黒いパーカーに腕を通したところで部屋のドアがノックもなしに開けられる。

 

「浅葱ちゃん、古城くんは起きた?あたしそろそろ、チア部の朝練行かなくちゃだから、って……どうしたの、浅葱ちゃん?」

 

 部屋のドアを開けて中に入った凪沙が見たのは、ベッドの上で頭から湯気を上げる浅葱と既に着替え終えた古城の姿だった。

 カオスな部屋の状況に立ち尽くす妹を見て、古城はふっと笑みを洩らす。

 

「無茶苦茶な起こし方をしようとしたから、ちょっとお仕置きをした」

 

「お仕置きって……浅葱ちゃん、悶えてるんだけど。一体なにをしたの、古城くん」

 

 ベッドに突っ伏して悶え転がっている浅葱の姿に凪沙は軽く引く。当の悶えている本人は未だ再起動に時間がかかるらしく、理解不能な謎言語を発しては頭を抱えている。

 そんな浅葱を一瞥して、古城は少し悪戯が過ぎたかと思う。だが、これくらいしておかなければ二度目が起きかねない。そうなった時、困るのは古城だ。

 吸血鬼にとって、吸血衝動が引き起こされる原因は端的に言えば性的興奮だ。要するに他人に欲情することである。

 これが非常に厄介で、吸血衝動というのは理性で御せる程に易いものではない。その衝動は容易く理性を奪い去り、ただ血を貪るだけの怪物へと変貌させる。たとえ精神年齢が高く鋼の理性を持つ古城でも、一度完全に呑まれてしまえば我を失ってしまう。

 平時であればそもそも余程のことがない限り周囲の人間に欲情するなんてことはない。だが先のように寝起きなどの状況では古城自身、どうなるか分からない。だからこそ、二度目がないようにと釘を刺したのだが。

 

「うあ〜〜……」

 

 古城の枕で顔を隠しつつごろごろベッドの上で転がる浅葱を見ると、ちょっと釘の刺し所を間違えたかと思わなくもない。

 古城は困ったように頭を掻きながら、

 

「ともかく、凪沙は早く朝練に行け。遅れるぞ」

 

「あ、うん。でも、浅葱ちゃんは……」

 

「その内再起動するから心配するな。それと、凪沙も勝手に人の部屋に他人を入れるなよ」

 

「うっ、じゃあ凪沙は行ってきまーす」

 

 バツが悪くなったと見るや凪沙はさっさと逃げ出す。ドタドタと騒がしく去っていく妹に古城が苦笑していると、入れ替わりで新たな影が現れた。

 

「先輩、なにかあったんです……か?」

 

 部屋の入り口に新たに現れたのはギターケースを背負った雪菜だった。

 雪菜は部屋の惨状を見て、凪沙と同じように目を丸くする。

 

「あの、先輩。藍羽先輩は一体どうしたんですか……?」

 

「うん……まあ、気にするな。その内復活するから」

 

 言って古城は雪菜の肩を叩きつつリビングへと出る。テーブルの上には一人分の朝食が置かれていた。どうやら準備が終わっていないのは古城一人だけのようだ。

 さっさと食事を終わらせるか、と古城が席に座ると部屋のほうから浅葱の珍妙な叫び声と騒々しい足音、そして玄関のドアが閉まる音が響いてきた。

 朝から元気だなー、とコーヒーを啜りながら古城が他人事のように考えていると、摩訶不思議なものを見たような顔をした雪菜がリビングに戻ってくる。

 

「本当になにをしたんですか、先輩。藍羽先輩、物凄い勢いで飛び出してしまいましたよ?」

 

「あー、そうだな。ちょっとした意趣返しだよ。予想以上に効果抜群だったらしいけど」

 

 男のベッドの上には危機感なく乗り込んできたくせに、ちょっと耳元で囁いたくらいであそこまで過剰反応するものなのか。自分でやったことながら古城は少し浅葱の反応が理解できていなかった。

 雪菜はイマイチ納得できなかったが、とりあえず浅葱のことは横に置いておくことにしたらしい。トーストを頬張る古城の対面に座ると真剣な顔つきになり、雪菜は昨夜の話を持ち出してきた。

 

「昨日のアルデアル公との対談、先輩は前々から黒死皇派の動向をご存知だったそうですね」

 

「ああ、まあな。もう分かってると思うけど、情報源は那月先生だからな」

 

 絶妙な焼き加減のトーストをコーヒーで飲み下しつつ古城が答えた。雪菜もそれは理解していたので、特に突っ込むこともなく流す。

 

「なら、どうしてわたしに黙っていたんですか」

 

 少しだけ頬を膨らませて雪菜が問うてくる。やはり古城に隠し事をされていたことが不満らしい。

 

「俺もつい最近教えてもらったばっかりだったんだ。まさかヴァトラーとの話で出てくるとは思わなくてさ」

 

 確かにその通りではあるが、その真意は違う。本当は夜中に抜け出していたことを雪菜に悟られたくないから話せなかっただけだ。さすがに監視役である雪菜を置いてテロリストと戦っていたなんて知れたら、説教どころでは済まない。きっと雪菜は烈火の如く怒るだろう。

 昨晩の時点で飲酒と勝手な行動とでこっ酷く説教されたのだ。これ以上の説教はもう懲り懲りであった。

 素知らぬ顔でコーヒーを啜る古城に、雪菜もこれ以上の追及は意味がないと悟って薄く溜め息を吐く。ここ最近、古城に気苦労を増やされる監視役であった。

 

「それで、黒死皇派のことはどうするんですか」

 

「止めないのか?」

 

「止めても無駄なのは監視役になってから身に染みて実感しましたから」

 

 疲れたようにこめかみを抑える雪菜に、古城はちょっぴり罪悪感を抱かされる。苦労をかけている自覚があるだけに今度何かしらの形で労ってあげないとなと思ってしまう。苦労を減らす方向性に行かないのがある意味古城らしい。

 

「それよりも、情報の一切ない現状でどう動くつもりですか」

 

「確かに、殲教師の時と違って今回は人相もなにも分かりやしない」

 

 そう言った古城の双眸が一瞬だけ鋭く細められる。しかし雪菜は特別気には留めなかった。

 

「だから、まずは情報を持っている人の元へ行く」

 

「情報を持っている人……」

 

 小さく呟いて雪菜がはっと顔を上げる。古城はコーヒーに口をつけながらニヤリと口角を釣り上げた。

 

「さて、とりあえずは授業に遅れないように登校するとしようか」

 

 古城の言葉に雪菜が頷いた。

 

 

 

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