カノウ・アルケミカル・インダストリー社のデータベースに侵入するためにはネットワークに繋がったコンピュータが必要だった。しかし今は授業中で教室には戻れない。よって浅葱が目を付けたのは生徒会室のパソコンだ。
生徒会室には学校サイトの運営や事務作業に使われているパソコンが何台かあった。浅葱はそれを利用しようというのだ。
電子ロックされている生徒会室のドアを鼻歌混じりにハックして解錠すると、浅葱は躊躇いなく室内に踏み込んでいく。その後に続いて古城と雪菜も侵入する。
「確かナラクヴェーラのデータだったわよね」
「ああ、そうだ。できそうか?」
「当然」
部屋の一番奥に位置するパソコンを起動させると、浅葱は手早く作業に入る。目にも留まらぬ速さでタイピングし、画面上を流れていく無数の数字を読み取っていく。古城にも雪菜にも、浅葱が何をしているのかはさっぱり分からなかった。
数十秒程が経った頃合いで画面上に幾つかの画像ファイルが表示される。
「これがナラクヴェーラよ」
「こいつが……」
「ナラクヴェーラ、ですか……」
ディスプレイ上に映し出されたのは、ずんぐりとした卵型の石の塊だった。例えるなら身体を丸めた昆虫の姿に似ている。見方によっては分厚い装甲を曲線状にした戦車にも見えなくはない。
「二十世紀末に休眠状態で発掘された出土品……データによると、一種の無機生命体。生物兵器ね」
「生物兵器?」
雪菜が疑問の声を上げた。浅葱はデータに残された解析データを探して読み上げる。
「現代風に言うところの無人戦闘機って感じかしらね。多数の武装と飛行能力を持っていたとか推定されてるらしいわ」
「武装に飛行能力まで……」
雪菜が暗い面持ちで呟く。神々の兵器とまで言われるナラクヴェーラの武装。そこいらの近代兵器などとは比べものにならない代物であるのは間違いないだろう。果たしてそんな古代兵器を止められるのか。
雪菜に当てられてか、浅葱も先程までの勢いを少し萎ませていく。どことなく重苦しい空気が漂い始める中、
「浅葱、少しどいてくれるか」
パソコンの前を陣取っていた浅葱を軽く押し退けて、古城は表示される画像とデータを食い入るように見ていく。
無機生命体だとか無人機だとか浅葱は色々言っていたが、要するに兵器であることに変わりない。攻撃を学習して対策を取ってきたり、元素変換で破損を修復したりと尋常の兵器の領域を超えてはいるが、それでもナラクヴェーラは兵器なのだ。
兵器である以上、壊れたら不味い部位というのは確実にある。人間で言うところの脳や心臓のように、破壊されたら即死に至る部分が。
それさえ見つけられればあとは簡単だ。攻撃を学習される前に一撃で壊す。恐ろしく単純で上手くいくかどうかも分かりやしないが、可能性があるのなら試す価値はある。まあ、試すにしてもまずはその弱点を見つけなければ始まらないが。
目を皿のようにしてデータに目を通していく古城。やはり実際に稼働させることができていないため、データの内容は推察や考察が多い。だがその中に有益な情報がないかと言えばそうではない。例えば──
「嘘だろ……」
覚えのない兵装の存在に古城は愕然と目を剥く。原作でのナラクヴェーラの武装は“火を噴く槍”と爆発する戦輪。あとはその高度な学習能力とそれに伴う進化。これだけでも十二分に厄介な事この上ないというのに、今古城が見つけたデータにはそれ以外の武装の存在が仄めかされていた。
元々ナラクヴェーラというのはインド神話の“
だからこそ、原作で登場した以外の武装の存在も考えられて当然。火輪が出てきたのだから他の斬妖剣・砍妖刀・縛妖索・降妖杵・綉毬の元となった武装があっても、それは何らおかしな話ではないのだ。
ぎりっ、と古城が苦々しげに歯噛みする。ここにあるデータはあくまで推察や考察であるが、それでも研究者たちは実物を見た上で判断しているのだ。原作通りの武装しかないと古城に断じることはできない。
弱点を探そうとしてその逆を見つけてしまうなんて、運が悪いのか良いのか。いや、知らぬままに戦闘になっていたより遥かにマシだろう。心理的負担は倍増したが。
憂鬱に古城が溜め息を吐く。すると今まで蚊帳の外から見守っていた雪菜と浅葱が、古城の左右に立つ。
「なにか分かりましたか?」
「すっごく嫌なものを見たって顔してるけど……」
不安げに訊いてくる二人に、さてどうしたものかと古城は頭を悩ませる。ある実験データのファイルを見つけたのはその時だ。
「微弱な電磁波反応……?」
そのデータファイルは休眠状態のナラクヴェーラを制御コマンド以外の方法で稼働させることができないか試みた実験の結果だった。手段は多岐に渡る。純粋な外からの衝撃、外部からの電子的ハッキング、そして超音波によるアクセスなど。
どれもナラクヴェーラを起動させるには至らなかったが、その中の一つの試行で微かな反応が返ってきた。その反応が発された部位というのが、丁度卵型の中心部。恐らくここがナラクヴェーラにとっての脳神経にあたる部分なのだろう。
つまり、ナラクヴェーラを一撃で壊すならばここを再起不能なレベルで破壊すればいいのだ。
「やっと見つけたぞ……!」
口角を吊り上げて古城は笑う。不確定要素は増えたがそれに見合うだけの成果は上がった。これ以上この場で得られる情報もないだろう。
用が済んだのならば早いとこ生徒会室を出よう。そう両隣の雪菜と浅葱に言おうとした瞬間、生徒会室のドアからガチャリという音が響いた。
「やべっ──」
瞬間、古城はパソコンの電源を落として雪菜と浅葱の肩を掴むと、
「隠れろ……!」
「えっ、ちょっと──」
「待ってくだ──」
なにやら抗議しようとする二人を机の下のスペースに押し込み、自身は隣の机の下に飛び込んだ。
その直後、生徒会室に何者かの気配が侵入してきた。気配の主は恐らく教師。紙を捲る音が聞こえてくるので書類の整理にでも来たのだろう。
何度か紙が擦れる音がすると、やがて作業が終わったのか気配が遠ざかっていく。
ドアが閉まる音が聞こえてきて、そこでようやく古城は緊張を解いて机の下から出た。
「危なかった……」
本来なら授業を受けているこの時間帯に生徒会室に忍び込んでいたなんて知れたらただでは済まない。心の底から見つからなくて良かったと古城は安堵に息を吐く。
ふう、と古城が冷や汗を拭うと、
「こ〜じょう〜……!」
「せんぱい……!」
地獄の底から響く怨嗟のような声が聞こえてきた。次いで逃がさんとばかりに両肩に手が置かれる。右が浅葱で左が雪菜の手だった。
古城は言い知れぬ恐怖を覚えて恐る恐る首を後ろに回す。背後にいたのは揃って顔を真っ赤にした少女たちだった。二人ともどうしてか物凄く怒っているらしい。
「え、あの、どうかいたしましたか、お嬢さん方?」
思わず下手に出る古城。今の二人には逆らってはいけないと、本能的に察したからだ。
問われた二人は互いの顔を見合わせると茹だったかのように耳まで赤くし、何故か口元を手で隠した。
「何があったかなんて!」
「言えるわけないでしょ!」
「あ、うん分かった。なにがあったかは分からないけど、俺が悪いのはよく分かった」
即座に古城は頭を下げる。理由はさっぱり分からないが、先の一瞬でなにか古城には言いたくないようなことが起きたことだけは理解できた。そしてそのなにかが引き起こされた原因が自分にあることも。
非があるのならば謝罪するのは当然。古城は心から二人に謝った。しかし二人の怒りは謝罪だけでは収まらない。というか、二人とも酷くパニックになっているらしく、古城の謝罪も届いていないように見える。
「ああ、もうほんと……!」
「う〜……!」
どうして怒っているのか話せないため、二人は己の内から湧き上がる感情を持て余す。ぶつけようにもぶつけられないのだ。
「もういい。行きましょ、姫柊さん」
やがてこの場にいることに耐えられなくなった浅葱が、未だうーうー唸っていた雪菜の手を掴んで駆け出す。そのまま脱兎の如く生徒会室を飛び出してしまった。
「一体なにがあったんだ……?」
一人ぽつねんと生徒会室に残されて古城は呆然と呟いた。
▼
一人置いてけぼりを食らった古城は得た情報を那月に流そうと彼女の執務室を訪れたのだが。間の悪いことに那月は不在、どうやら黒死皇派の潜伏先が判明したらしく、制圧に出てしまったそうだ。と残っていたアスタルテが教えてくれた。
「間に合わなかったか……」
「教官からの指示で、有事の際は最優先で藍羽浅葱を守るようにと受けています」
「そうか、じゃあ俺からも追加注文だ。もし浅葱に獣人が近づくようなら構わず眷獣を使え」
「
機械的な口調でアスタルテが応える。これでいざという時アスタルテも浅葱の護衛に回ってくれるだろう。
古城に折り目正しく一礼して廊下の先に消えていくアスタルテ。恐らく浅葱の元へ向かったのだろう。今現在どこにいるかは分からないが。
「それじゃあ行きますか」
浅葱が雪菜を連れて行ってしまったため図らずとも一人になれた古城。おかげで単独行動し放題である。
恐らく雪菜は冷静になっても古城を探しには来ない。むしろ黒死皇派から浅葱を守るために動くはずだ。そして今、アスタルテも浅葱を守るために動いている。浅葱の護衛は二人で十分。残りの古城がすべきは敵の迎撃だろう。
階段を上がって学園校舎の屋上に出る。勿論授業中の今、屋上に古城以外の人影はない。
誰もいない屋上の一角に備え付けられたベンチに座り、背凭れに体重を預ける。やはりというか真夏並みの日差しが降り注ぎ、古城は顔を顰めながら黒いフードを頭に被った。
のんびりとベンチでだらけていると、
「──随分と暇そうね、サボり真祖」
背後から顔の右横に銀色の剣が突きつけられた。
顔の真横で鈍い光を放つ剣に古城は一瞬顔を引きつらせるも、声から相手が誰であるか悟って肩の力を抜く。
「もう少し普通に話しかけることはできないのか、煌坂」
「振り下ろさなかっただけありがたく思いなさい。雪菜にあんなことさせておいて……」
「見てたのかよ。だったら、あの時なにがあったか教えて──」
「教えられるわけないでしょ!?」
「おまえもかよ……」
背後で怒鳴り散らして銀の剣身を震わせる煌坂紗矢華に古城は軽くビビる。さすがに顔の真横に凶器がある状況というのは心臓に悪い。
「とりあえず、一旦落ち着け」
「あとで雪菜にちゃんと謝りなさいよね」
そう言うと紗矢華は銀色の剣を背負っていた楽器ケースに収納した。
紗矢華は古城から距離を取ってベンチに座る。服装は昨日と違ってプリーツスカートにサマーベストと、如何にもな学生らしい格好だ。
微妙に開けた距離に古城は苦笑しつつも詰めるようなことはしない。紗矢華が男を苦手としているのを知っているからだ。
「それで、煌坂がここにいるってことは……」
「ええ、あなたの言った通り、一時間程前に動き出したわ」
「やっぱりか……」
紗矢華からの情報に古城は眉根を寄せる。ここまで順調に事が運ぶとなにか盛大な失敗が起きそうで、古城は逆に不安になってしまう。
叶うならば、このまま思惑通りに事が終わることを祈って、古城はベンチから重い腰を上げた。
「さて、これから招かれざるお客さんを出迎えようと思うんだが、手伝ってくれないか?」
古城の呼びかけに、紗矢華は得意げに頷いた。
その数分後、彩海学園内に火事を報せる警報が鳴り響いた。
▼
突然の火災報知器の起動に彩海学園内は一時騒然となる。実際に火事が発生しているかの確認は取れていないが、授業を受けていた生徒たちは教師たちの手によって体育館へと避難しようとしていた。
常とは違い浮き足立った状態の学園。そこに付け込んで校内に侵入を試みようとする者たちがいた。
学園の裏門付近に車を停め、彼らは常人から掛け離れた身体能力で校内に踏み込む。全員獣人であり、ある程度鍛えられている故にその動きに乱れはない。目標がいるであろう教室へと真っ直ぐ向かう。
しかしそんな彼らの行く手を阻む影があった。
裏門から高等部校舎へと続く道を塞ぐように佇んでいたのは制服の上から黒いパーカーを羽織った学生だった。
学生は目深に被ったフードを親指で上げると、薄く笑みを作る。
「獣人を二人も引き連れて、学生の通う園に一体何の用だ?執事さん、いや、クリストフ・ガルドシュ」
両脇に獣人化形態の男を二人侍らせる、頬に大きな傷を負った強面の老人紳士に暁古城は挑発的に言った。
軍服姿の老人は知的さ漂う顔を笑みに歪める。獣人の秀でた感覚から古城が待ち構えていたのは察知していた。しかし老人は迂回することも退くこともせず、真っ向から古城の前に姿を現した。それは余裕の表れか、それとも……。
「よくぞ私の正体を見破ったな、第四真祖。普通の学生とは思えない聡明さだ」
ガルドシュは己の正体を誤魔化すことはなく、それどころか賞賛するように拍手を鳴らす。
「しかし如何にして我々が黒死皇派であると見破ったのかね?」
「最初から妙だとは思ってたんだよ。“オシアナス・グレイヴ”の乗組員たち、どいつもこいつも堅気らしからぬ雰囲気を纏っているし。特に給仕が酷かった。働かせるならもっと仕込んでから表に出せ」
“オシアナス・グレイヴ”の乗組員たち。その大半は黒死皇派の生き残りだ。彼らは杜撰な乗組員のチェックに目を付けて船のクルーとして乗り込んで来たのだ。
乗組員たちは船内においてはクルーとして振る舞っていた。勿論、パーティーの時には給仕として働く者も数多くいた。その姿を見て、古城は違和感を感じとったのだ。
仮にも貴族が主催するパーティーの給仕が、あろうことか素人であるなんてことはあり得ない。しかも動きの端々から軍人の雰囲気を滲ませているなんて論外だ。
故に古城は彼らが堅気の人間ではないと判断し、その中でも一際纏う雰囲気が異常な老人執事に目を付けた。その目というのが紗矢華のことである。
昨晩、古城は紗矢華に一つの頼み事をした。その内容は乗組員と執事の動向に注意し、船から降りるようなことがあればこっちに伝えてくれというものだ。紗矢華も何とは無しに違和感を覚えていたのか、古城の頼みを断ることはなかった。
結果、執事たちは古城の予想通りに行動を起こし始め、紗矢華がそれを伝えに学園へ訪れたのだ。
あとは単純だ。黒死皇派の狙いが浅葱であると分かっている以上、古城はわざと彼らが侵入しやすいように火災報知器を鳴らし、誘い込んだのだ。
「なるほど、その時点で疑われていたのか。我々は君を侮っていたようだな」
感心したようにガルドシュは頷く。古城に見破られていことにはあまり驚いた様子がない。むしろ愉快げに笑っている。
「だが、どれほどに頭が切れても所詮は素人の子供だ。現に──」
ガルドシュは何気ない仕草で胸元に手を伸ばすと、次の瞬間、目にも留まらぬ速度で拳銃を抜き撃った。
放たれた弾丸は六発。大口径の弾丸は無防備な古城の心臓を的確に撃ち抜く。古城の身体は銃撃の衝撃に吹き飛び、大量の鮮血を撒き散らしながら地面へと倒れ込んだ。
「あまりにも立ち居姿が無防備すぎる。それでは撃ってくれと言っているようなものだ」
そう言ってガルドシュは銃を下ろす。獣人の優れた感覚で倒れる少年の息の根が完全に止まったのを確認したからだ。
「急ぐぞ。グリゴーレは下駄箱からアイバ・アサギの靴を取ってこい。確認のために必要になる。それから……」
もう一人の獣人に指示出そうとして、唐突に噴き上がった魔力の波動にガルドシュは表情を凍りつかせた。
眩い雷光が迸ったのはその直後だった。
「
仰向けに倒れたままの体勢から右腕を天に向けて掲げた古城から、まるで地を這うように稲妻が放たれる。出来る限り威力を絞られた雷撃は細い鞭のようにしなりながらガルドシュ一行に襲いかかった。
「──不味い!?」
咄嗟に反応できたガルドシュはその場から大きく飛び退る。しかし完全に油断していた二人の獣人は雷撃の餌食になり、その場に痙攣しながら倒れ伏した。
一瞬の内に獣人を二人も無力化した古城は少しふらつきながらも立ち上がる。その胸元では現在進行形で六発の銃創が再生されている真っ只中だった。
ガルドシュはその様子に目を見開く。
「馬鹿な。いくら真祖と言えど、ここまでの短時間で再生するなどできるはずがない」
ガルドシュも古城が銃撃程度で死ぬとは考えていなかった。ただ浅葱を誘拐するまでの時間くらいは稼げると見込んでいた。だが現実はどうだ。復活に掛かった時間は一分もない。最早吸血鬼の常識すら超えている。
驚愕するガルドシュに、古城は得意げな笑みを浮かべる。
「確かに、本当に無防備な状況での不意打ちだったなら復活にもっと時間が掛かっただろうな。でも、死ぬことが分かっていてすぐに復活できるように身構えていたなら話は別だ」
吸血鬼は怪我を負った時、その部位に魔力を集中させれば再生を早まらせることができる。つまり死に至るような傷も、その部位に魔力を集中させておけば復活を早くすることが可能なのだ。
古城は別になんの考えもなしにガルドシュ達の前に立ちはだかったわけではない。最初から一度殺される覚悟で彼らの行く手を阻んだのだ。
「あんたの言う通り、俺はちょっと頭の回る程度の賢しいガキだ。戦争を知っているわけでもないど素人さ。だから俺は、不意打ちだろうと何だろうと使う。大切なものを護るためならな」
静かに戦意を滾らせる古城。その瞳には死すら怖れぬ強い覚悟の光が灯っている。ある意味死兵と同じような精神状態なのだろう。ただし古城の場合は復活するが。
学生とは思えぬ気迫を放つ古城に、今まで余裕の体を保っていたガルドシュの顔つきが変わる。油断の一切ない老獪な軍人の表情だ。
「どうやら、我々はきみの評価を更に一段階、いやそれ以上に引き上げなければならないようだ。これからはきみを学生などとは思わない、一人の敵として見ることを約束しよう」
「そんな約束、嬉しくもなんともないな」
「そう言わないでくれたまえ、第四真祖。私は久しくきみとの戦争に滾っているのだ」
くはははっ!と哄笑を上げる老将校。その声音には隠しきれない喜悦が滲み出ている。
「さて、きみがどんな手を使ってでも私を止めにくる以上、こちらも出し惜しみはできない。民間人を巻き込むのであまり使いたくはなかったが、致し方あるまいな」
「なに……?」
ガルドシュの物言いに不穏なものを感じ取り古城が身構える。
ガルドシュは手に持っていた拳銃を懐にしまうと代わりに何かのスイッチのような物を取り出す。黒い筒状の持ち手の先に赤いボタンが付いた、如何にも爆弾の起爆装置ですと言わんばかりの代物だ。
「実はだね、第四真祖。我々は昨夜の内にこの学園の一部に爆弾を仕掛けて置いたのだよ」
「なんだと……!?」
予想だにしない展開に古城が驚きの声を上げる。原作では学園に爆弾なんて仕掛けられていなかったはず。しかしガルドシュはその手に爆弾の起爆装置を握っている。真実かハッタリか、現状の古城には判断ができなかった。
「関係ない人間を巻き込む気か!?」
「忌まわしい魔族特区に住む人間が何十何百死のうと、我々の罪にはなるまい。そもそも我々はテロリストだということを忘れてはいないかな、第四真祖よ」
「くっ……」
悔しげに古城は歯噛みする。ナラクヴェーラの件で全てが原作通りではないと分かっていたはずなのにこの体たらくだ。己の見通しの甘さに古城はどうしようもなく腹が立った。
それと同時に、古城は心の底から安堵していた。
一人でなんでもかんでもやろうとしていたら、この時点で古城は詰んでいた。だが今の古城は一人ではない。心強い仲間がいる。
故に古城は不敵に笑って見せた。
「何がおかしいのかね、第四真祖?」
「いや、持つべきものは友人だと思ってな」
「なに……?」
訝しげに眉を顰めるガルドシュ。この期に及んで古城が世迷い事を宣う意味が理解できなかったのだ。
だが次の瞬間、彼の持つ爆弾の起爆装置が飛来した銀の矢によって無残にも砕け散った。
「なっ、狙撃だと!?一体どこから……!?」
即座に矢の射手をガルドシュは探す。掌に収まる程度の起爆装置を正確無比に撃ち抜いた狙撃手は、案外すぐに見つかった。
学園校舎の屋上。転落防止用の金網を背に屋上の一角に佇む少女がいた。その手には銀色の金属製の洋弓が握られている。
狙撃手の正体にガルドシュは覚えがあった。ヴァトラーの監視役として付いていた獅子王機関の舞威媛だ。しかし何故あの娘があそこにいるのか。
ガルドシュの疑問に答えたのは古城だった。
「あんたらが動きだしたことを伝えてくれたのが、他ならぬ煌坂だよ」
「道理で我々の侵入を予期できたわけだ」
冷静にガルドシュが呟く。さすがの彼も古城を賞賛する余裕はなくなってきたらしい。まるで詰将棋のように徐々に追い詰められていくこの状況に、危機感を抱いているのだ。
だがそれと同時に、久しく忘れていた軍人としての疼きも覚えていた。この状況がガルドシュは愉しくて堪らない。
「さあ、どうするよ、テロリスト。ここらで大人しくお縄につく気はないか?」
「馬鹿を言ってくれるな、第四真祖。これ程までに心躍る戦争の気配を前にして、今更退けるわけがない。きっちり最期まで付き合ってもらうぞ!」
背中に差していた大振りのナイフを引き抜くと、ガルドシュは自らも獣人化をする。
老人の骨格が軋みを上げ、筋骨隆々の獣人の姿へと変貌する。身体能力だけならば、今のガルドシュは第四真祖である古城を上回るだろう。近接戦に持ち込まれれば古城と言えど勝ち目はない。
古城とガルドシュの彼我の間合いはおよそ十メートル。獣人の脚力ならば一足飛びで詰められる距離だ。一瞬でも気を抜けば、次の瞬間には間合いがゼロになっているだろう。
古城は全神経を尖らせて身構える。最悪相討ちでも構わない以上、古城が取るべき選択肢は“
だが、古城の目論見は思わぬ邪魔者の乱入によって木っ端微塵に打ち砕かれた。
古城とガルドシュが動き出そうとしたその時、横合いから怖気が走る程の魔力が爆発した。
「──暁古城!?」
屋上から状況を俯瞰していた紗矢華はいち早くそれに気づき、古城の名前を叫ぶ。
だが時既に遅し。紗矢華の声が届いた時には、視界はホワイトアウトしたように白く染まり、凄まじい熱量と爆発に古城の体はトラックに撥ねられたかのような勢いで吹き飛んでいた。
まさかのナラクヴェーラ強化フラグ……(白眼。