“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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更新遅れてすいません。リアルで模試が近くて忙しくて……。多分連日投稿は難しくなると思います。申し訳ありません。


戦王の使者Ⅸ

 雪菜の膝枕という世の男どもが聞けば血涙を流すであろう体勢でキッカリ二十分。吸血鬼の再生能力によって古城は完全復活を果たした。

 ガルドシュと戦う前よりも気力に満ち溢れる肉体。焦燥に支配されていた精神は平時と変わらぬ穏やかさを保っている。今ならばナラクヴェーラが相手でも負ける気がしない。

 

「よし、行くか」

 

「はい。でも、どうやってガルドシュの元へ向かうんですか?」

 

 やる気に満ち溢れる古城に雪菜が訊く。

 ガルドシュの居場所は十中八九ヴァトラーから奪われた“オシアナス・グレイヴ”だろう。元々連中は浅葱を誘拐して船で作業をさせるつもりだったのだから、船までの逃走経路を確保していてもおかしくない。一度態勢を整えるためにも指揮官であるガルドシュが帰還するのは当然と言えよう。

 そうなると困るのは古城たち。彼らには洋上に浮かぶ“オシアナス・グレイヴ”に乗り込む手立てがない。つまり手出しができないのだ。

 まあ、やろうと思えば港から眷獣をぶっ放して沈めることも不可能ではないのだが、さすがの古城もそれは自重する。本心では制御コマンド解析用のスーパーコンピュータやナラクヴェーラの女王機が積まれている船など、後顧の憂いを断つためにも沈めたいところであった。もしも許しがあったならば、古城はヴァトラーへの意趣返しを含めて清々しい笑顔で船を轟沈させただろう。

 都合良くヘリもなく、吸血鬼お得意の霧化もできない古城に海上の船に乗り込む手段はない。ならば選ぶことのできる選択肢は自ずと限られてくる。

 

「こっちから行くことができない以上、あっちから上陸してくるのを待つしかないだろうさ」

 

「それはそうですけど。来るんでしょうか?藍羽先輩の誘拐に失敗したんですから、一度態勢を整えるためにも退くのでは……」

 

「連中は必ず打って出てくる」

 

 迷いなく古城が断言する。

 

「俺たちに“オシアナス・グレイヴ”を乗っ取ったことがバレた時点でガルドシュに逃げる選択肢はないんだよ。それに、背を向けようものならあいつが容赦なく沈めるさ」

 

「あいつ……?」

 

 古城の言うあいつという人物が誰か分からず雪菜と紗矢華が揃えて首を傾げる。

 あいつとは、ヴァトラーのことである。黒死皇派を船員として招き込んだり、古城を襲ったりと、まるで意図の読めない行動をする青年貴族。彼の目的はただ一つ、永遠の無聊の慰め。端的に言えば退屈凌ぎがしたいだけである。

 吸血鬼というのはその永遠とも言える寿命から酷く退屈を嫌う。ただ己の無聊を満たすがために好き勝手振る舞う吸血鬼の存在はそう珍しい話ではない。ヴァトラーはその最たるだろう。

 彼は自他共に認める戦闘狂(バトルマニア)で心の底から強者との死闘を望んでいる。戦いのためならば己を殺せしめんとするテロリストでさえも懐に招き入れ、活動の手助けをする。狂気としか言いようがない。

 黒死皇派に船を明け渡し、古城とガルドシュの戦いに横槍を入れたのも。全ては真祖を殺し得ると言われる神々の兵器、ナラクヴェーラとの死闘を欲するがためだ。

 恐ろしく単純でとんでもなく厄介な性質(タチ)の吸血鬼。それがアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーだ。

 ヴァトラーは、黒死皇派が期待外れな行動に出たら証拠隠滅のためにも容赦なく潰すはずだ。ガルドシュもそれをよく理解している。故にガルドシュに撤退の選択肢はなく、たとえ制御ができなくともナラクヴェーラを起動させて戦わなければならない。

 そしてその決戦の地は──

 ズドォン!と彼方で何かの爆発音が響く。古城たちは反射的に音のした方角へ目を向けた。

 学園より遠く離れた上空、ヘリらしき飛行物体が爆炎に包まれて落下しようとしていた。墜落すると予測される場所は恐らく現在拡張工事中の増設人工島(サブフロート)のあたりだろう。

 黒煙を噴いて落下していくヘリを雪菜と紗矢華が唖然とした表情で見つめ、古城は僅かに顔を顰める。

 

「多分、黒死皇派のヘリだろうな。撃ち落としたのは特区警備隊(アイランド・ガード)か。どうやら休んでる間に大分事態は進んでるみたいだな」

 

 懐から徐に携帯を取り出して古城は警察へと通報する。増設人工島(サブフロート)へ向かうにしてもこの場と無力化したガルドシュの部下二人を放置していくわけにはいかない。幸か不幸かガルドシュの部下二人はヴァトラーの眷獣による一撃の余波でしばらくはまともに動ける状態ではなかったので、後の処理は警察の手でも十二分に負えよう。

 匿名で学園に怪しい獣人が二人倒れている旨を伝えて一方的に通話を切り、古城は後ろに控える雪菜と紗矢華に目配せをする。視線を合わせた二人は分かっていると言わんばかりに頷く。その様子に古城はこれ以上にない頼もしさを感じた。

 

「さて、それじゃあ盛大に殴り込みかけようか」

 

 獰猛に牙を剥いて古城はそう宣言した。

 

 

 ▼

 

 

 絃神島は四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)によって構成された人口の島である。だがその四基の浮島以外にも、島の周囲には細々とした後付け拡張ユニットが多数存在する。

 黒死皇派の残党と特区警備隊(アイランド・ガード)が銃撃戦を繰り広げる増設人工島(サブフロート)もまたその一つ。絃神島十三号増設人工島(サブフロート)、建設中のゴミ埋め立て施設だった。

 

「悪いけどお客さん。これ以上は道が封鎖されてて近づけないよ」

 

 タクシーの運転手が進行方向を指差して言う。車の十数メートル先、メインフロートとサブフロートを繋ぐ橋が黄色と黒のバリケードによって封鎖されていた。周辺には赤色灯を光らせるパトカーと警官の姿もある。

 助手席に座っていた古城と、後部座でそれぞれの武器が収納された楽器ケースを抱える雪菜と紗矢華は車内からでも聞こえてくる銃撃の音に表情を険しくさせる。予想していたとはいえ、実際に戦場の気配を身近に感じて三人ともが気を引き締め直した。

 

「分かりました。ここで降ります」

 

「あいよ。八百九十円ね」

 

 運賃の請求に古城は千円札を出す。そして釣り銭を受けっとている時間すらもどかしくて古城はそのまま車を降りる。運転手が少し困ったように呼び止めてくるが、古城は結構ですといつもの笑みを返した。

 雪菜と紗矢華も続いて降りてくる。それを確認した運転手は厄介ごとに巻き込まれまいとさっさと引き返していった。

 古城は目の前に広がる光景を改めて見やる。

 橋を封鎖しているバリケードの奥では銃撃戦によって白煙が立ち込め、絶えることなく銃声が鳴り響いている。少し目を凝らせば先ほど撃墜されたらしいヘリの残骸が炎上している姿も見えた。

 どうやら黒死皇派は建設途中の増設人工島(サブフロート)に建っていた監視塔に立て篭り、特区警備隊(アイランド・ガード)と交戦しているしい。五階建てのビル程もある円筒形の建物を中心に銃のマズルフラッシュがひっきりなしに炸裂しているのが分かる。

 遠目からではイマイチ分からないが、戦況は膠着しているように見える。双方怪我人は多数出ているし、このまま交戦が続けば泥沼の消耗戦に陥るのは素人の古城でも理解できた。

 

「ナラクヴェーラが現れた気配はありませんね」

 

「みたいだな。でもそれも時間の問題だ。早いとこ那月先生あたりに特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退を頼まないと不味い」

 

 那月の性格からして雑魚相手に自ら出張るような真似はしないだろう。特区警備隊(アイランド・ガード)にも花を持たせてやらねばな、とか考えて高みの見物をしている姿が容易に想像できる。

 何にせよ、急ぎ増設人工島(サブフロート)に乗り込まなければ話にならない。悠長にしている間にナラクヴェーラが起動されて特区警備隊(アイランド・ガード)が一網打尽になんてなったら笑えない。

 だが唯一の連絡橋はバリケードにより封鎖されてしまっていて正攻法で増設人工島(サブフロート)に乗り込むのは無理。力づくで押し通るのも憚れる。

 仕方ない、と古城は後ろで強行突破しますかなどと物騒なことを宣う二人を手招きした。

 

「今からあっち側に飛び移ろうと思うわけだが」

 

「飛ぶんですか、でも……」

 

「いくら私たちでもこの距離はちょっと無理があるわよ」

 

 古城たちのいる絃神島本体と増設人工島(サブフロート)との間を隔てる距離は目測でも八メートル以上ある。オリンピックの走り幅跳びの選手ならば飛び移れなくもないだろうが、雪菜と紗矢華には少し厳しい。だが古城は違う。

 

「俺が一人ずつ抱えて飛べばいけるだろ」

 

 第四真祖の肉体を持つ古城にとって八メートル程度の距離など一足飛びに越えることができる。人一人抱えたとしても増設人工島(サブフロート)に飛び移ることは十二分に可能だろう。

 

「わたしは構いませんが……」

 

 そう言って雪菜は気遣うように隣の紗矢華を見上げる。

 紗矢華は大の男嫌いであり同時に男に対して強い恐怖心を抱いている。いくら古城が相手とはいえ男に抱えられるというのは紗矢華にとって抵抗があるはずだ。雪菜はそれを心配しているのだ。

 雪菜の視線を受けて紗矢華は気丈に振る舞う。

 

「大丈夫よ、雪菜。あいつがなにか変なことしてきたら即抹殺するから」

 

「しないから、恐ろしいことを言うのはやめてくれ」

 

 物騒な宣言をする紗矢華から古城が数歩距離を取る。まあどちらも本気に受け取っている様子ではなく、あくまで場の空気を和ませる冗談のつもりらしい。だが雪菜は紗矢華の手が微かに震えていたのを見逃さなかった。

 

「心配しないで。ほら、先に行って」

 

 ボロが出るのを避けるため紗矢華がやや強引に雪菜の背を押す。

 

「いいこと、暁古城。私の雪菜に変な真似したらその時は私が呪い殺してやるんだからね」

 

「だからしないって……」

 

 疲れたように薄く溜め息を吐きながら古城は雪菜に歩み寄る。

 

「あの、先輩。抱えるってどうやって」

 

「さすがに女の子を荷物みたいには抱えられないからな。ちょっと失礼するぞ」

 

 一言断って古城は雪菜の膝裏と背中に手を回してそのまま抱え上げた。

 

「せ、先輩!?この格好は──」

 

「悪いけど、文句はなしだ。お姫さま」

 

 抗議しようとする雪菜を無視し、背後から聞こえる嫉妬の声も右から左へ流して、古城は自らの唇を浅く噛み切った。

 口腔内に血の味が広がり、吸血鬼の肉体が活性化する。そのまま強化された脚力で数歩の助走、そして力の限り硬いコンクリートの地面を踏み切った。

 人間を辞めた古城の身体能力にかかれば八メートル程度の跳躍、雪菜を抱えていようと造作もない。危なげなく対岸に着地して古城は雪菜を丁重に下ろした。

 

「いきなりなにをするんですか!?」

 

 己の両足で地に立った雪菜が顔を赤くして詰め寄ってくる。古城は落ち着くように手で制しつつ、

 

「でも肩に担がれたりとか嫌だろ?」

 

「それは嫌ですけど……不意打ちなんて卑怯です」

 

 膝カックンして有無を言わせず膝枕させた人の言葉とは思えないが、古城はあえて突っ込むことはしない。時間も勿体無いし、無闇に藪を突く趣味もないのだ。

 

「じゃあ煌坂もこっちに連れてくるわ」

 

「あ、待ってください先輩。紗矢華さんは……」

 

「大丈夫だよ、姫柊。分かってるから」

 

 呼び止めてくる雪菜に古城は心配ないと笑ってみせ、今度は一人で楽々と絃神島本体へと飛び移った。

 

「よっと。お待たせしました、お嬢さま」

 

「馬鹿言ってないでさっさと運びなさいよ」

 

 微妙に機嫌を悪くしながら紗矢華が言う。運ぶ前からご機嫌斜めなお嬢さまに古城も苦笑を隠せない。

 

「はいはい。ところで煌坂はどういう抱え方がいい?」

 

「なんでもいいんだから、早くしなさいよね」

 

 早くしろと急かす紗矢華に古城は仕方ないと一歩近づく。すると一瞬、紗矢華の体が緊張したかのように強張った。それを見て古城は歩みを止める。

 

「な、なによ。いいから早く運んでよ」

 

「…………」

 

 言われて古城は再び一歩踏み出す。だがそこで紗矢華が無意識の内か古城から離れるように後退りしてしまい距離が生まれてしまう。

 

「あ、ちがっ、どうして……」

 

 自身の行動に戸惑い目を白黒させる紗矢華。ここまで過剰反応してしまう自分に、紗矢華自身も混乱しているようだ。

 今日に至るまで、別に紗矢華は一切男と話したり近づいたりしたことがなかったわけではない。それは任務のため仕方なかったり、上司との付き合いだったりと避けられない道だった。紗矢華はその全ての男に対して基本的に拒絶的な対応を取ることで必要以上に懐に踏み込まれないようにしてきた。

 だが前にも感じたように、目の前の少年は今まで出会ってきた男とは違う。だから強く拒絶することができなかった。

 そして今、かつてない程に自身の内側に踏み込まれて紗矢華は反射的に恐怖してしまっている。それは幼少時代に父親から受けた虐待が原因だ。幼少期に刻み込まれた男に対する恐怖が紗矢華を苛んでいるのだ。

 暗闇に怯える子供のように震える紗矢華を古城は真剣な眼差しで見守っている。決して強引に踏み込もうとはしない。トラウマというのは厄介なものであり、下手に刺激すれば紗矢華が精神的に不安定になりかねないからだ。

 だから古城は踏み出さず、ただ己の手を差し出した。

 

「暁、古城……」

 

「大丈夫だ、俺はおまえを傷つけたりしない。絶対にな。だから、怖がらなくていい」

 

「怖がってなんかないわよ!私は……」

 

 否定の言葉を重ねようとして、しかし今の自分の態度を思い出して紗矢華は口を噤む。誰がどう見ても怯えているのは一目瞭然なのだ。当人が気づいていないはずかない。

 竦然と立ち尽くす紗矢華に、古城は優しく諭すように言う。

 

「怖いなら怖いでいいんだ、煌坂。誰にだって怖いものの一つや二つあるんだから。恐れることは悪いことじゃないさ」

 

 でも、と古城は続ける。

 

「その恐怖を否定して逃げるのはダメだ。それじゃあいつまで経っても、前に進めない。怖くていいから、今はありのままの自分を認めるんだ」

 

「ありのままの自分……」

 

 今までは男への恐怖を嫌悪で覆い隠してきた。だがそれは、ある意味逃げと変わらない。自分自身から目を背けているにすぎなかった。

 紗矢華は自分の震える手を見つめる。そして次に差し出される古城の手に視線を落とした。

 古城は待っている。急かすこともなく、紗矢華が恐れながらも一歩踏み出すことを。

 そんな古城の手の指先を、紗矢華は震えながらも恐る恐る掴む。いや、掴むというより摘むという感じだが。それでも紗矢華は自らの意思で男の手に触れた。小さいながらも彼女は確かな一歩を踏み出したのだ。

 怯えながらも一歩踏み出した紗矢華に古城が優しく微笑みかける。

 

「いけそうか?」

 

「……ええ、もう大丈夫」

 

 今度こそ紗矢華は古城の手をしっかりと掴み、彼の空色の瞳を真っ直ぐ見返した。

 古城は一つ満足げに頷くとそっと歩み寄り、雪菜と同様に紗矢華をお姫さま抱っこで抱え上げる。

 僅かに体を強張らせはしたものの紗矢華はパニックになることもなく、落ちないように古城の首にしっかりと腕を回す。古城も落とさないようにしっかりと抱き抱える。

 

「行くぞ……!」

 

 軽く助走をつけて古城は雪菜と同じ要領で増設人口島(サブフロート)へと跳躍した。だがここで一つの誤算が生じる。雪菜と紗矢華の体格差、詰まる所体重差を忘れていた。

 小柄な雪菜に対して背も高い紗矢華では体格差も大きい。つまり紗矢華を雪菜の時と同じ勢いで抱えて飛べばどうなるかと言えば、

 

「あ、まずっ!」

 

「ちょっと暁古城!?」

 

 崖っぷちギリギリに着地する古城。だがそこへ間の悪いことに海風が吹き込み、煽られた古城の体がゆっくりと傾いでいく。

 不味いと思った時には、古城は既に煌坂を突き飛ばすように下ろしていた。代わりに自分自身は反動で海へ真っ逆さま、になることはなかった。

 間一髪、先に渡っていた雪菜と紗矢華が落下していく古城の手を片方ずつ掴んでくれたおかげで、古城は海への落下を免れた。

 

「本当に危なっかしいんですから」

 

 呆れたように雪菜が手を掴みながら言う。その隣では紗矢華も呆れを多分に混えた表情で見下ろしている。

 

「いや、すまん。ちょっと加減をミスってさ」

 

 あははっ、と古城は乾いた笑みを浮かべる。発案者のくせに海に落ちかけたというのが地味に恥ずかしくて非常にバツが悪かった。

 情けないながらも雪菜と紗矢華に引き上げられる。紆余曲折ありながらも、ようやく無事三人は増設人口島(サブフロート)に渡ることができたのだった。

 

 

 

 

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