“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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更新遅くなりました。いやはや模試に漢検と忙しくて、すいませんでした。それでは今話もどうぞ、温かい目で見守ってください。


戦王の使者XIII

「悪い、待たせたな。姫柊」

 

「お待たせ、雪菜」

 

「暁先輩……紗矢華さん……」

 

 無事とは言い難いが、元気そうな姿で戻ってきた古城と紗矢華に、雪菜が心底安心したとばかりに吐息を洩らす。那月は心配ないと言っていたが、それでもやはり不安は拭えなかったのだ。

 目尻を微かに濡らしながら二人の帰還を喜ぶ雪菜。しかし対照的に古城と紗矢華の表情は複雑だ。なにせ致し方ないとはいえ雪菜が必死に戦っている間に、自分たちは吸血行為に及んでいたのだから、合わせる顔がないのだ。

 そんな二人の内心を察したのか、雪菜は僅かに肩を落としながらも微苦笑を浮かべる。

 

「仕方がない人たちですね、本当に……」

 

 少し俯きながら雪菜は呟く。

 表情を曇らせる雪菜に紗矢華は途轍もなく胸が痛くなった。今すぐこの場で言い訳やら説明やらをしたい。だがそうはナラクヴェーラが許してくれない。

 古城に撥ね飛ばされたナラクヴェーラが機体の損傷を修復して猛スピードで向かってくる。ダンプカーもかくやの勢いで迫るナラクヴェーラに三人は即座に臨戦態勢を取った。

 

「色々話したいことはあるけど、今はこっちが先だ。姫柊と煌坂はあいつを頼む。二人で力を合わせればなんとかなるはずだ」

 

「任せて」

 

「分かりました」

 

 頼もしく頷き返す雪菜と紗矢華にその場を任せ、古城が向かうのは那月が相手している女王。この戦場において最も巨大で強大な古代兵器だ。

 女王ナラクヴェーラと那月は丁度島の中央あたりで戦っていた。女王が大量の火輪と爆弾を吐き出し、那月がそれを銀鎖と時折虚空から出現する黄金の巨腕を駆使して応戦している。那月は積極的に攻める気はないらしく、どちらかというと島を守るように立ち回っているようだ。

 那月は古城に気づくと皮肉げに頬を吊り上げる。

 

「随分とのんびりしていたようだな、暁古城。私たちが戦っている間に一体ナニをしていたのやら」

 

「分かってて言ってるでしょうが……」

 

 ナラクヴェーラを片手間に茶化してくる那月に、呆れやら感心やらを覚えながら古城は女王ナラクヴェーラと相対する。

 途切れることなく兵装をばら撒く女王ナラクヴェーラ周辺は常に激しい爆撃に見舞われている。吸血鬼の肉体であろうとさすがに爆発の嵐を突破し、あまつさえ女王ナラクヴェーラを破壊するというのは不可能だ。どうにかしてナラクヴェーラの動きを止めなければならないわけだが、生憎古城は火力特化。そう器用な真似はできない。

 なので適材適所、餅は餅屋ということで、

 

「那月先生、頼んだ!」

 

「教師を便利屋か何かと勘違いしてないか」

 

 片眉を吊り上げて文句を零しながらも、那月は愛用の扇子を横に一閃する。すると次の瞬間、虚空から大量の銀鎖が吐き出され女王ナラクヴェーラに巻きつき、雁字搦めにしてその動きの一切を封じた。

 完全に動きを止められた女王ナラクヴェーラ。銀鎖によって火輪を吐き出すハッチも縛められているため攻撃もできない。まさに手も足も出ない状況だ。それでも鎖を振り解こうとしているが、如何せん相手が悪かった。

 

「曲がりなりにも神々が鍛えた“戒めの鎖(レージング)”。如何な神々の兵器であるナラクヴェーラといえど、容易には断ち切れないだろう」

 

 そしてナラクヴェーラが動けない隙に、古城は己の右腕を高々と掲げた。

 

「“焰光の夜泊(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ──!」

 

 ほぼ意識がない状態、魔力供給のために行われた吸血行為。それは古城を回復するだけに留まらず、新たな眷獣を掌握する霊媒ともなった。

 

疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣、“双角の深緋(アルナスル・ミニウム)”──!」

 

 圧縮された魔力が一気に噴き出し、ゆらゆらと陽炎を生じさせる。やがて陽炎は緋色の双角馬を形作り、第四真祖の新たな眷獣を顕現させた。

 現れたのは緋色の鬣を靡かせる雄々しい双角馬。肉体が衝撃波で構成されており、常に周囲へと騒音を撒き散らす傍迷惑な眷獣だ。

 双角馬を顕現させたのも束の間、古城は更にもう一体の眷獣を呼び出す。

 

疾く在れ(きやがれ)、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 続いて飛び出したのは雷光の獅子。雷をあちこちへと落とす姿はまさに雷雲の如し。

 厄災の権化とも言われる第四真相の眷獣が二体は、一瞬互いの視線を交錯させるとまるで示し合わせたかのように上空へと駈け出す。その様子はじゃれ合いのようにも見えるが、第四真相の眷獣が本当にじゃれ合ったりなどしたら天変地異と同等の災害が起こりかねない。下手をすれば島が沈む。

 だがそこはこの古城、文字通り血の滲む対話の末、そこそこ眷獣たちは命令に従ってくれる。制御も受け入れてくれる。故に古城が下手を打たない限り、島が沈むなんて未来は訪れないだろう。

 

「これで終わらせてやる。喰らいやがれ!」

 

 高らかに宣言して古城が右腕を勢いよく振り下ろす。するとその動きに合わせて宙を駆け回っていた二体の眷獣が、女王ナラクヴェーラ目掛けて物凄い勢いで急降下する。

 衝撃波の塊と雷撃の塊二つがナラクヴェーラに衝突した。瞬間、周辺一帯が雷光に白く染められ、耳を劈く爆音が彼方まで響き渡る。

 散らされた稲妻が女王ナラクヴェーラの足下の大地を破壊し、超高周波振動が木端微塵に粉砕する。常軌を逸した負荷を加えられた増設人工島(サブフロート)のフレームが軋みを上げ、人口の大地は容易く陥没し、女王ナラクヴェーラは地下へと沈んでいく。

 だが、まだ足りない。手応えからしてナラクヴェーラの装甲を貫けていないのが古城には分かった。

 

「圧し潰せ!」

 

 元々耐性を付けられていた雷よりも衝撃波のほうが有効的と判断して、古城は全神経を“双角の深緋(アルナスル・ミニウム)”に集中させる。

 ありったけの魔力を注がれた緋色の双角馬が、その神髄を遺憾なく発揮する。

 甲高く双角馬が嘶き、その音叉のような双角から手加減なしの衝撃波を放つ。衝撃波の弾丸は狙い違わずナラクヴェーラの頭部に直撃し、その硬い装甲を盛大に凹ませた。

 ──いける!

 確かな手応えに古城は拳を握り込み、己の眷獣に追撃の命令を出す。

 宿主の意志を汲み取った緋色の双角馬は嬉々として女王ナラクヴェーラへ畳み掛ける。

 衝撃波が雨嵐と降り注ぐ。その尽くがナラクヴェーラに的中し、その巨体をへし折り引き裂き圧し潰す。上から落ちてくる凄まじい衝撃にナラクヴェーラは徐々に地下深くへと押し沈められる。それだけに留まらず、衝撃の余波が増設人工島(サブフロート)にもしっかりダメージを与えていく。

 ミシミシと人工島全体が悲鳴を上げる。その音でようやく事態の深刻さを悟った古城は頬を引き攣らせて即座に眷獣を制止させるが、時既に遅し。増設人工島(サブフロート)中央には特大のクレーターが形成されていた。

 まずい、やりすぎた……、と古城が内心で冷や汗を垂らしていると、その背後に音もなく険しい目つきの那月が立った。

 

「暁古城……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ那月先生。確かにやり過ぎた自覚はあるけど、こうでもしないとナラクヴェーラは──」

 

「違う、いいから前を見ろ」

 

 那月が扇子でクレーター中央を指す。古城は扇子の先を目で追い、そして絶句した。

 衝撃波の雨霰によって形成されたクレーターの中心点。装甲のあちこちが拉げ、骨格が折れ曲がっているのか姿形はボコボコの凹みだらけのまま、女王ナラクヴェーラが破損を修復せんと再稼働を始めていた。

 

「そんな馬鹿な……。加減なんかしてない本気の攻撃だったはずだぞ」

 

「恐らく蛇遣いのせいだろうな」

 

「ヴァトラー?」

 

 思わぬ人物の名が出てきたことに古城は眉を顰める。那月は忌々しげに顔を歪めながら己の見解を述べる。

 

「ヤツが必要以上にナラクヴェーラを痛めつけたせいで装甲が強化されていたのだろうな」

 

「あの傍迷惑貴族は、ほんっとに碌なことしないな……!」

 

 ギリィ!と歯軋りして古城はヴァトラーを睨みつける。当人ことヴァトラーは古城の視線に優雅な微笑みを返す。その足下にはバラバラの残骸と成り果てたナラクヴェーラがあった。ちゃっかり自分の獲物は片付け終えていたようだ。

 苦々しげな表情を浮かべながら古城は、雪菜と紗矢華の戦況を見やる。

 二人は長いこと一緒に暮らしていただけあって連携は完璧。ナラクヴェーラを着実に追い詰めていた。この分ならばあちらのナラクヴェーラが潰れるのも時間の問題だろう。

 そうなると残るのは……、

 

「あのデカブツだけか……」

 

 瓦礫の山を元素変換することで損壊した機体を修復している女王ナラクヴェーラを見下ろして、どうしたものかと古城は頭を悩ませる。

 新たな眷獣を掌握して現状発揮できる最大の火力をぶつけた。だがその結果は目の前のナラクヴェーラには一歩及ばず、そしてもう二度と通用することはないだろう。

 だが破壊する手段がないわけではない。古城の頭の中には三つ、女王ナラクヴェーラを確実に壊す方策が浮かんでいた。

 一つ目は、本当に遺憾ながらヴァトラーと力を合わせてナラクヴェーラの装甲強度を上回る火力で以ってして正面から叩き潰すこと。だがこれは実行すれば確実に増設人工島(サブフロート)が沈む。それどころか本島のほうにも被害が出かねないので却下だ。

 二つ目は、紗矢華の“煌華麟”。しかしこちらも正直確実性に欠ける。なにせ相手は学習する神々の兵器。斥力場の結界が使えないとなれば、今度は空間の連結に細工をして対策されかねない。もし対応されてしまったらその時点で詰んでしまう。

 となると三つ目、古城にとってはこれが一番確実性が高いと考えていた。ただし外せばその時点で詰み、成功しても雪菜あたりからの説教は免れないだろう。

 ここずっと怒られてばかりだなぁ、と思わず古城は苦笑する。ある意味それは古城のことをよく見てくれている裏返しでもあるのだが、古城がそこに気づくことはなかった。

 

「那月先生、あとのことは頼む」

 

「…………」

 

 古城の頼みに那月は僅かに渋面を作る。それなりに付き合いがあり古城の性格を把握しているからこそ、那月は古城が何をする気なのか容易に察しがついた。そしてそれがあまりにも無茶で愚かであることも。

 だが那月はそれを指摘しない。教師としては止めるべきなのだろうが、那月には目の前の少年を止められる気がしなかった。故に那月は被害を最小限に抑えるべく動く。

 

「仕掛ける時に合図しろ。せめてバラバラにならないようにはしてやろう」

 

「那月ちゃん……」

 

「教師をちゃん付けで呼ぶな!」

 

 キッ!と眦を吊り上げる那月。古城はそんな英語教師をしばしぼうっと見つめ、やがてふっと頬を緩める。

 

「行ってくるよ」

 

 一言残して古城は未だ身動きの取れない女王ナラクヴェーラに向かっていく。その後ろ姿には、死を覚悟した兵士のような雰囲気が漂っていた。

 

 

 ▼

 

 

 雪菜と紗矢華はナラクヴェーラの激しい攻撃を凌ぎつつ、攻め入る隙を虎視眈々と窺っていた。

 既に雪菜の戦い方を学習したナラクヴェーラに、二人は持ち前の霊視と幼い頃から付き合ってきた結果培われた阿吽の呼吸で立ち向かう。

 そうして熾烈な争いを繰り広げることしばし。突如として発生した特大の揺れに二人は足を止めざるを得なくなった。

 

「くっ……!」

 

「ちょっと、あの馬鹿……!」

 

 致命的な隙こそ曝さなかったが動きを止める二人。そしてこの場にいるもう一機、ナラクヴェーラもまた揺れの影響を盛大に受けていた。

 連続で叩きつけられる衝撃に増設人工島(サブフロート)全体が激しく揺れ、人工島を支えるメインフレームに尋常ではない負荷が掛かる。結果、雪菜たちには運の良いことにナラクヴェーラの足下の鋼の大地が音を立てて崩れ落ちた。

 完全に陥没したわけではない。ただ六脚のうち前二脚が穴に嵌り、ナラクヴェーラの体勢が大きく崩れた。その好機を雪菜と紗矢華が的確に突く。

 一瞬で間合いを詰めた紗矢華がわざとらしく煌華麟を高々と掲げる。まるでこれからこの剣で攻撃しますよ、と宣言しているかのようだ。

 既に煌華麟の危険性を理解しているナラクヴェーラは即座に斥力場の結界で対応する。

 ナラクヴェーラの機体表面に奇怪な魔術文様が浮かび上がり、淡い魔力の輝きに包まれた。この状態では紗矢華の剣は結界に跳ね返されて無効化されてしまう。しかし紗矢華は余裕の笑みを崩さない。

 紗矢華の脇を目にも留まらぬ速さで銀の閃きが駆け抜けた。

 

「“雪霞狼”!」

 

 あらゆる結界障壁を切り裂く破魔の銀槍が、斥力場の結界を完膚なきまでに引き裂く。雪菜の手腕によってナラクヴェーラは斥力場の結界を失い、丸裸も同然になってしまう。

 そこへすかさず紗矢華が剣を振り下ろす。

 煌華麟の能力によって生み出された擬似空間切断が、ナラクヴェーラの頭部を唐竹割りにする。完全に中枢を真っ二つにされたナラクヴェーラは前脚が穴に嵌った間抜けな体勢のまま沈黙した。

 本日二体目となるナラクヴェーラを破壊して、雪菜と紗矢華はほっと安堵の息を吐く。そして二人揃って顔を見合わせて微笑み合った。

 今倒したので小型のナラクヴェーラは最後だ。ヴァトラーが相手していた二機もとうの昔に破壊し尽くされている。つまり残っているのは古城が戦っている女王機のみ──

 そう考えた時、風に乗って微かな声が雪菜の耳に届いた。

 

「喰らい尽くせ、“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”」

 

 次の瞬間、増設人工島(サブフロート)中心部から異様な気配が立ち上った。それに続いて響き渡る龍の咆哮。

 ナラクヴェーラとは違う感じたことのない気配に、すわ新手の乱入かと雪菜と紗矢華が反射的に身構える。だがその気配は数秒と経たずして霧散して消えてしまう。

 

「今のは……」

 

「一体なんだったのかしら……」

 

 何が起きたのか状況が理解できない二人。だがややあって、雪菜が異様な気配の中から感じ取った慣れ親しんだ魔力の波動の正体に思い至り、慌てて駆け出す。その後を紗矢華も若干戸惑いながらついていく。

 異様な気配が生まれて消えた島の中央には巨大なクレーターが形成されていた。恐らく先の一際激しい揺れの時に生まれたのだろう。下手人は確実に古城だと、雪菜と紗矢華は確信した。

 クレーターの縁に立って雪菜は古城の姿を探す。が、古城よりも先に雪菜はクレーターの中心部に立つ何かに目を奪われた。

 

「あれは、ナラクヴェーラ……?」

 

 思わず首を捻りながら呟く雪菜。それも仕方ないだろう。

 クレーターの真ん中に鎮座する下半分だけ(、、、、、)となった女王ナラクヴェーラ。見るものを威圧する威容も、怖気が走る程の禍々しい気もない。ただの物言わぬガラクタと成り下がったそれをあのナラクヴェーラと判断するのは些か無理があった。

 

「なにをどうしたらあんな風にできるのよ……」

 

 紗矢華が唖然とした表情で眼下のナラクヴェーラを見下ろす。雪菜もまたナラクヴェーラだった物から目を離せない。いや、正確にはナラクヴェーラの周辺を隈なく探っているのだ。この惨状を作り上げたであろう人間の姿を。

 忙しなく目を走らせる雪菜。そんな彼女に声をかける人物がいた。

 

「そこに暁古城はいないぞ、転校生」

 

 例によっていつもの如く空間転移で現れる那月。高等魔術にカテゴライズされる空間転移を気軽に扱うその腕には毎度驚かされるが、今の雪菜にそれを気にする余裕はない。

 

「暁先輩はどこにいるんですか?」

 

 切羽詰まった表情で雪菜は那月に詰め寄る。

 那月は寄ってくる雪菜を一瞥すると、無言のまま扇子で近くの瓦礫の山を指し示す。

 激しい戦闘の末倒壊した建物の瓦礫を背凭れに、暁古城が座り込んでいた。全身血塗れの姿で。

 

「きゃあああっ!?」

 

 悲鳴を上げたのは紗矢華だった。顔色は白を通り越して土気色になっている。

 これまで任務として血塗れの人間の姿など何度も見てきているだろうに、しかし紗矢華はまるで普通の女子供のようにショックを受けて悲鳴を上げた。それ程までに今の古城の状態が酷かったのだ。

 まるで鋭利な爪か牙で抉られたかのような激しい損傷。腕や足は一部千切れかけ、胴も直視を憚れる程の大怪我を負っている。

 傷口からは止めどなく赤黒い血が流れ出し、背凭れの瓦礫と地面を赤黒く染めている。まず間違いなく、息の根は止まっているだろう。

 一体全体何がどうしてこうなったのか、紗矢華には皆目見当もつかなかった。だが雪菜は漠然とではあるがこの惨状の原因を悟っていた。

 まだ掌握していない眷獣の行使。それに伴う力の逆流、つまりは反動。古城がここまでズタボロになったのはそれが原因だ。

 少なくとも、雪菜はこれに類似する現象を二回見たことがあった。一度はオイスタッハ殲教師との戦闘の時。自らの雷に焼かれながら戦う姿を見ている。二度目はその場に居合わせたわけではないが、ヴァトラーに襲われ時の暴走だ。

 どちらも宿主である古城を眷獣たちが著しく傷つけていた。そしてこの惨状もまた、古城の眷獣が齎したものであるのは間違いないだろう。

 

「なによ、これ。普通の傷と全然違うんだけど……!?」

 

 震えながらも古城の容態を診た紗矢華が愕然として言う。

 古城の肉体に刻まれた傷は一見すると恐ろしく太い爪や牙に引き裂かれたかのように見える。だがその実態は全く異なる。これは斬られたものでも裂かれたものでもない。それは──

 

「──次元喰い(ディメンジョン・イーター)。古城は肉体を空間ごと喰われたのサ」

 

「アルデアル公!」

 

 金の御髪を揺らして現れたディミトリエ・ヴァトラーに雪菜と紗矢華は一瞬身を強張らせる。だがそれも彼から戦闘の意志がないことを悟るとすぐさま緩めた。

 ヴァトラーは血塗れの古城をさぞ愉快げに見下ろして、

 

「こうなることを知りながらも自ら死地へと踏み込むその鋼の精神。いやはや、実に愉しませてもらったよ、古城。キミの闘いぶりに、ボクも思わず見惚れてしまった」

 

 くふふっ、と口角を吊り上げて笑う。子供のように無邪気に残酷に。

 その笑みを見た雪菜と紗矢華は背筋に冷たいものを感じ、同時に無意識の内に古城を庇うように立ち位置を変える。その様子に更に笑みを深めるヴァトラー。

 両者とも敵意はないが友好的とは程遠い沈黙が続く。だがそれも、彼らの頭上を数機のヘリが通過していったことで霧散した。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)のヘリだ。じきにガルドシュも捕縛されるだろうな」

 

 そう言って那月はパシンと音を立てて扇子を閉じた。

 那月の言葉の意味するところを理解して、ヴァトラーはふむと小さく頷く。

 

「なる程、船を盗まれたボクも事情聴取を受けなければならないわけか」

 

「此の期に及んでまだ被害者気取りか。まあ、好きにしろ。どうせお前のことだ。のらりくらりと誤魔化すのだろう」

 

「さて、なんのことやら」

 

 笑って肩を竦めるヴァトラーに、那月は盛大に眉根を寄せながらもそれ以上は何も言わない。言っても無駄だと分かっているからだ。

 

「それじゃあ、ボクはもう行くよ。ああ、この島の被害や学園のほうはボクが責任を取るから心配しなくていいよ。そう古城に伝えてくれるかい」

 

「なんのおつもりですか?」

 

 険しい声音で雪菜が問う。ヴァトラーは人を魅了するような飛びっきりの笑顔を浮かべると、

 

「なァに、ボクの退屈を晴らしてくれた古城への細やかな報酬だよ」

 

 さも当然のように言ってその場から離れていった。

 その場に残された雪菜と紗矢華はしばし呆気を取られていたが、不意に古城の再生が始まったことで我に返る。

 流れ出た血が逆流し、抉れた傷口が塞がっていく。その様子はまるでビデオの逆再生のようで、初めてこの光景を目の当たりにした紗矢華は思わず口を手で覆った。

 古城の再生はほんの数分で終わった。服は元通りにはならなかったが、傷は一つとして見当たらない。肉体的には完全復活だ。

 だが、何故か意識が戻らない。不安を覚えた雪菜が古城の胸に手を当てる。

 掌越しに伝わってくる古城の体温と心臓の鼓動。確かに生命活動は維持されている。なら何故目が覚めないのか。

 雪菜と紗矢華は揃って首を傾げ、まさかと思いつつ古城の顔に耳を寄せる。すると聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。

 

「先輩……」

 

「呆れたわ、ほんと……」

 

 心配するだけ無駄だったと、二人はその場に脱力してへたり込む。ここまでずっと張っていた緊張の糸が切れたのだ。しばらくは動けないだろう。

 そんな少年少女たちを見下ろして、那月はふっと微かに笑みを浮かべた。慈愛に満ちた、成長していく子を見守るような温かな眼差しだ。だがそれに気づいたものは誰一人としていなかった。

 澄み切った晴空の下、増設人工島(サブフロート)を舞台にした戦いはこうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

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