“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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天使炎上Ⅲ

 ヴァトラーに促されて乗り込んだリムジンの内装は豪華絢爛と形容するに相応しいものだった。

 白を基調としたデザインと様々な意匠が凝らされた空間。座席は全て高級感漂う革張り。庶民には一生かかってもお目にかかれない世界が広がっていた。

 古城は前世含めて初のリムジンに内心で緊張しつつ、適当な位置に腰を下ろす。その対面に優雅な所作でヴァトラーが座った。

 

「出してくれ」

 

「畏まりました」

 

 ヴァトラーの命令に従い、運転手が車を走らせる。窓を流れていく見慣れた学園の風景に古城は憂鬱に溜め息を吐いた。

 

「それで、なんの用だ?」

 

 余人がいない状況となり、古城の口調から遠慮がなくなる。ヴァトラーは愉快気に笑いながら、傍らのドリンクボックスからワインボトルを取り出す。

 

「まあまあ、そう急く必要もないだろ。ゆっくりドライブを楽しみながら話そうじゃないか」

 

「真昼間から飲む気か……」

 

 グラスにワインを注ぐ青年貴族に、古城は呆れる。

 

「古城もどうだい?」

 

「悪いが遠慮しておく。うちの可愛い監視役が怒るからな」

 

 ふふっと意地悪気に笑う古城。式神越しに監視している雪菜はこの場に直接の手出しができない。つまり古城が何を言おうと雪菜は見ていることしかできないのだ。四六時中監視されることへの細やかな意趣返しである。

 ヴァトラーもまた、古城の意図を正しく理解して笑みを深める。

 

「随分と尻に敷かれてるようだね。成る程、これが日本で言うところのかかあ天下というヤツカナ」

 

「尻に敷かれてるのは否定できないが、それはちょっと違うだろ。姫柊の場合、一途な年下妻ってところか」

 

「おや、今の発言はつまり、あの娘を第一夫人として認めるということかい?」

 

「ただのたとえだよ。なんでもかんでも邪推をするな」

 

「いやいや、すまないね。同じ吸血鬼(ヒト)を愛する者同士。恋敵の近況を把握しておきたかったのサ」

 

()かせ。俺に男色の気はない」

 

「フフッ……」「ハハッ……」

 

 リムジン内に吸血鬼二人の妖しげな笑い声が響いた。

 奇妙な団結力を発揮した二人を乗せるリムジンは、絃神島市街地へと進んでいく。

 

「さて、戯れはこのあたりで終わりにしようか」

 

 血のように紅いワインを一口呷り、ヴァトラーは向かいに座る古城を見据える。古城も豹変した雰囲気に居住いを正した。

 

「ここ最近、小煩い蝿が飛び回っているみたいだね」

 

「……蝿じゃないだろ。ニュースでは未登録魔族と報道されてたろ」

 

「おや? 気を悪くしたかい?」

 

「……いや、続けてくれ」

 

 ふぅ、と湧き上がりかけた激情を吐き出し、古城は続きを促す。ヴァトラーは気にとめた様子もなく続ける。

 

「昨夜を含めてこの二週間で五件。未登録魔族による激しい戦闘によって市街地に被害が出ている。報道されている内容はこんなところカナ」

 

「概ねその通りだ」

 

 朝の情報番組の内容を思い返しながら古城が頷く。二週間に五回ものペースで謎の魔族が暴れ、被害まで出れば、民間の情報番組にも取り上げられる。ニュースのチェックを怠らなかった古城がそれを見逃すはずもない。

 ヴァトラーは含み笑いを浮かべ、流れ過ぎていく絃神島の街並みに視点を移す。

 

「だがしかし、何事にも公表できない事実というものがあるンだよ。古城のことだから、幾らか察しがついてるんじゃないかい?」

 

「暴れたのは魔族じゃない、ってことか」

 

 古城が答えると、期待通りだとばかりにヴァトラーが拍手を打つ。その表情は心底愉し気だ。

 

「さすがだよ古城。ちなみに、どうして魔族じゃないと分かったんだい?」

 

「魔族だったなら、魔力の波動やらで気づけるはずだ。だが気付けなかった。つまり相手さんは少なくとも魔族ではないんだろうな、と思っただけさ」

 

 加えて、古城は昨夜の戦闘を遠巻きながらに見ていた。その際に天使たちが魔力ではない、別次元の力を以ってして戦っているのをその目で確認している。

 古城の回答に、ヴァトラーは更に笑みを深める。

 

「満点だヨ、古城。君の推測通り、ここ数日暴れてる連中は魔族ではない。だったらなんなのかと言われると、そうだね、ここは便宜上“仮面憑き”とでも呼ぼうか」

 

 ワインで喉を潤し、ヴァトラーは饒舌に拍車を掛けて話す。

 

「少し前に公社に出向いてね。その時に撃ち落とされた“仮面憑き”の様子を見たんだけど、中々興味深いものだったよ」

 

 不謹慎なことを平然と宣いながらヴァトラーは前もって用意していたのだろう、簡素な茶封筒を差し出す。古城は訝しみつつもそれを受け取り中身を確認した。

 封入されていたのは資料が数枚と写真が一枚。内容は昨夜を含めた市街地戦闘の捜査資料。そして写真には手足を枷で拘束されて眠る少女の姿が写っていた。

 

「これは……」

 

 資料と写真を交互に見て古城が目を瞠る。

 資料も写真も一般人には公開されていない、してはいけない持ち出し禁止の類の代物だ。特に写真のほうは不味いだろう。

 写真に写る少女は全身包帯まみれ。その包帯も一部が赤く染まっていて痛々しいことこの上ない。誰が見ても重傷者だと判断するだろう。

 一見すると事故にでも巻き込まれた幼気な少女にしか見えない。だがその正体は市街地で激しい戦闘を繰り広げた“仮面憑き”の片割れだ。

 こんなにも弱々しい少女が、深夜の市街地上空で激しく暴れ、剰えビルやら何やらを破壊した。しかも資料を見る限り多少の魔術的改造の痕跡があるだけで、肉体自体はただの人間と変わりないというのだ。俄かには信じ難い話である。

 そして何より気になるのがこれまで負傷して公社に確保された少女たち全員に共通すること。

 

「全員、著しく内臓を欠損してるな。しかも同じ箇所を」

 

 欠損箇所は横隔膜と腎臓の周辺、いわゆる腹腔神経叢(マニプーラ・チャクラ)と呼ばれる部位。その部位を少女たちは一様に食い千切られている。

 物理的な欠損という意味では重傷に変わりはない。だが別の視点、霊的な損傷から見るとまた変わる。少女たちは人体における霊的中枢、霊体そのものを喰われていた。それが意味するのは何か?

 

「吸血鬼の“同族喰らい”みたいなものか」

 

「当たらずとも遠からず、と言ったところカナ。相手を喰らって力を増すという点に関しては概ね正しい」

 

 満足げにヴァトラーが頷く。古城は手元の資料を読み進めつつ、胸に湧き上がる疑惑をぶつける。

 

「どうしてこんな物を俺に見せる? 明らかに犯罪一歩手前、いや踏み込んでるぞ。ただの一般人に人工島管理公社のデータを見せるだなんて」

 

 至極当然の疑問。これらの情報は古城にとって望外の代物であったわけだが、情報源があまりにも疑わしすぎる。この男が自発的に動く時は大抵碌でもない企みがあるのは、既に証明されているのだ。

 問われたヴァトラーは芝居掛かった仕草で顎を撫で、今一度窓の外に目を向ける。彼の視線の先に、半壊したビルがあった。恐らく五回の戦闘の何れかの際に破壊された建物だろう。

 

「本当はね、古城。ボクは今回の一件に君を関わらせるかどうか迷っていたンだ。今回の相手は、世界最強と謳われる第四真祖にも荷が重い。だからわざわざ“空隙の魔女”に釘も刺しておいた」

 

 “空隙の魔女”というのは、ご存知南宮那月のことだ。どうやらヴァトラーはご丁寧にも那月に手を回し、今回の一件から古城を遠ざけようと画策していたらしい。それで那月は古城への情報提供の一切を止めたのだろう。

 ヴァトラーの言葉を真に受けた那月に驚きを禁じえないが、それよりも珍しいヴァトラーの控えめな発言に、古城は目を見開く。まさかあの戦闘狂が、あろうことか古城の心配をするなど。だが原作でも、この話に関してはヴァトラーは古城を巻き込むなと言っていた。故にヴァトラーの態度は間違っていないのかもしれない。

 しかしそれも原作。ここにいる古城は“まがいもの”で、原作も何もあったものではない。そしてそんな彼に触発された戦闘狂も、原作通りに動くと思ったら大間違いだ。

 

「でもボクは思ったンだ。古城程の吸血鬼(ヒト)なら、これくらいの逆境跳ね除けてくれる。またボクを楽しませてくれるとね」

 

「嬉しくない評価だ……」

 

 げんなりと古城は肩を落とす。そんな古城を愉しげに見下ろしてヴァトラーは車を停めさせる。

 ヴァトラーの指示に従い、リムジンが微塵の振動も感じさせない手際で停車させられた。走行中の揺れが極端なまでに少なかったことからも、この運転手は相当なドライブテクの持ち主らしい。

 

「少し外に出ようか、古城」

 

 薄ら笑いで下車を提案するヴァトラーに、古城は眉根を寄せながらも頷いた。

 

 

 ▼

 

 

「酷いな……」

 

 リムジンから下りた古城の目に映ったのは、まるで地震にでも見舞われたかのような惨状を曝す絃神島市街地だった。

 路上には崩れたビルの瓦礫が堆く積み上げられ、路面には小型のクレーターが無数に穿たれている。

 周囲に林立するビルの幾つかはミサイルの爆撃に曝されたかのように損壊しており、深夜の戦闘の苛烈さが窺い知れた。

 ぐるりと被害状況を見回して、古城は嘆息を洩らした。

 

「どうだい古城。この惨状を見て、君はどう思う?」

 

 悠然と歩み寄る青年貴族は、この惨状を前にしてもその飄々とした態度を崩さない。ニヤニヤと古城の反応を愉しんでいるようだ。

 その態度にどうしようもなく腹が立つ。だが古城は改めて周囲の惨憺たる有様を確認して、苛立ち紛れに頭を掻きむしりつつ客観的な意見を述べる。

 

「見た限り魔力の痕跡はない。だからこの惨状を作り出した存在は魔力の一切を使わず、兵器並みの被害を齎したことになる」

 

「そう、その通り。彼女たちは魔力とは別次元の力を使う。その力は強大にして絶大。如何な第四真祖と言えど、一筋縄にはいかない相手サ」

 

 顔を喜悦に染め、舞台役者が如く腕を広げる。その姿に、彼の放つ異様な空気に、古城は一瞬呑まれかけた。

 

「だがそれでも、君は自ら立ち向かうのだろう?」

 

「…………」

 

 無言で顔を背ける古城。ヴァトラーの指摘通り、相手が己の天敵であろうと古城は背を向ける気などなかった。

 舞い散る火の粉が暁古城の“護りたかったもの”に害を為すのならば、この男はまた死地へと踏み込む。それが“まがいもの”である己に課された宿命なのだから。

 

「フフッ、いいね、実にいい。それでこそ我が愛しの第四真祖だ。君ならきっと戦うと、信じていたよ」

 

「随分と愉しそうだな」

 

 非難めいた目を向ける古城。

 ヴァトラーはそんな視線も柳に風とばかりに受け流し、手近な瓦礫の山に足をかける。そしてあたかも舞台に立つ役者が如く大仰に腕を広げてみせた。

 

「ああ、愉しいとも。唯一にして至上の悦びだ。戦いだけがボクの無聊を慰めてくれる。ナラクヴェーラのように、今回も君の活躍に期待してるよ、古城」

 

 極上の獲物を前にした肉食獣のようにヴァトラーは唇を舐めた。古城は悪寒と嫌悪を抱きつつ、目の前の戦闘狂を冷ややかに睨めつける。

 古城を出汁にして自分は高みから悠々と戦いの様子を愉しむ。なんと歪んだ精神性なのか。いくら吸血鬼の永遠に近い寿命に退屈したとはいえ、その飽くなき戦闘欲は常軌を逸している。

 恐らく、ディミトリエ・ヴァトラーという存在は根源的に戦闘を求める人間だったのだろう。でなければここまで飛び抜けていかれるはずがない。

 故に、彼はこの先も命を懸けた戦いを求め続けるだろう。

 

「一体おまえは、どこまでいけば満足するんだろうな……」

 

 ふと、ぽつりと古城が呟いた。

 風に乗って届いた微かな囁き。吸血鬼の五感で確かに聞き取ったヴァトラーは、その美しい(かんばせ)をほんの僅かに歪め、

 

「世界が真っ二つに割れる戦争が起きた時、カナ」

 

 そう口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 





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