“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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またもや長い間を開けてしまいました。受験生って忙しい……。
そして訪れる定期テスト……。嫌だなぁ……、本読みたい笑。


天使炎上Ⅵ

 月が沈み、只人にとっては一日の始まりを告げる朝陽が、吸血鬼にとっては鬱陶しいことこの上ない太陽が水平線から顔を見せる早朝。

 父親は別居で母親は研究室篭り、兄が朝に激弱の暁家では基本的に部活の朝練がある凪沙が一番の早起きだ。朝食の用意も専ら彼女の仕事である。

 だからその日、いつものように目覚まし時計を止めて起床した凪沙は驚いた。遅刻をするほど酷くはないものの普段から時間が許す限りベッドを出ない古城が、リビングのソファでその身に朝陽を浴びながらコーヒーを啜っていたのだから。

 

「あれ、珍しいね古城くん。凪沙よりも早起きだなんて。何かあったの?」

 

 不思議に首を傾げる凪沙。何かあったのだとしたらそれは間違いなく昨夜の一件に纏わることだろう。

 しかし古城の返答は弱々しい否であった。

 

「ちょっと体調が悪くてな。昨日もよく寝付けなかったんだ」

 

「え、そうなの? でも言われてみればちょっと顔色が悪いかも。もしかして風邪でも引いちゃった? 身体とか大丈夫? 病院行った方がいいんじゃないかな?」

 

「ああ、心配しなくていい。怠いし身体は重いけど熱はないから」

 

 朝陽に照らされる古城の横顔は確かに優れない。振る舞いこそ常と変わらなく見えるが、全体的に気怠げな空気が漂っている。体調不良という言に嘘はないだろう。

 

「ただ念の為に今日は一日休もうと思う」

 

「そっか、それがいいよ。ここずっと色々思い詰めてたみたいだし、きっと疲れが出ちゃったんだよ。ゆっくり休んで体調を万全にしてよね、古城くん」

 

「分かってるさ……ごめん」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いや、なんでもない。それより早く支度したほうがいいんじゃないか?」

 

「そうだった!」

 

 古城に言われて時計を見やり、慌てて朝練の支度を始める凪沙。朝っぱらから騒がしく賑やかしいことこの上ないが、凪沙らしいといえば凪沙らしい。

 忙しなくリビングや部屋を行き来する凪沙の姿を優しく見守りつつ、古城は一瞬罪悪感に表情を歪めた。

 また騙した。暁古城を慕う唯一無二の妹である凪沙に嘘を吐いてしまった。

 体調が悪いのは事実だ。何せ紗矢華との電話以降一睡もしてない上、吸血鬼にとっては害悪と変わらない朝陽を目一杯浴びてるのだから。体調を崩すのも必然、顔色だって悪くなろう。

 そうすることで古城は凪沙に妙な疑いを持たれることなく、公然と学校を休むことができる。あとは学校に連絡を入れるだけだ。

 大切な妹である凪沙を巻き込まないため。そう己に言い訳して今日に至るまで幾度となく嘘を重ねてきた。そこにまた一つ嘘が積み重なっただけ。その度に気を病んでいては切りがない。

 分かってる。そんなこと、古城は当の昔に理解している。それでも、自分を暁古城と信じて疑わない凪沙から純粋な気持ちを向けられる度に、どうしようもなく胸が痛んだ。

 

「じゃあ行ってくるね。ちゃんと休まなきゃダメだよ?」

 

「分かってる。気をつけてな」

 

 快活な笑顔で家を出る凪沙の背を、古城は見送る。心が訴える痛みから目を逸らし、来るべき日が一日でも早く訪れることを願って。

 

「……さて、あとは学校への連絡か」

 

 コーヒーを飲み干して古城は電話の子機を手に取り、慣れた手つきで学校へと電話を掛ける。

 

「はいもしもし、こちら彩海学園高等部ですが」

 

「すいません、一年の暁ですが──」

 

 数回のコールの後に電話は繋がった。電話の相手は都合のいいことに古城の学年主任であり、休みの連絡は恙無く進む。元より素行良好で通っている古城がまさか仮病などしまいと相手が思い込んでいるのも幸いしただろう。

 このままいけば堂々と学校を休める。そのあと一歩というところで古城は電話口から聞こえてきた覚えのある声に思わず歯噛みした。

 

「ああ、丁度いいところに南宮先生がいらしたから代わるよ」

 

「……はい、お願いします」

 

 苦虫を噛み潰したような表情になる古城。それなり以上に付き合いのある那月のことだ。古城の仮病など容易く看破してしまうはず。故に出来る限り那月との接触は避けたかった。

 だがその淡い希望も電話口から聞こえてくる傲岸不遜な声音に儚く砕け散った。

 

「どこぞの阿呆が体調不良だと聞いたが、まさかおまえだとはな。暁古城」

 

「あーうん、まあはい。俺です」

 

 開口一番から不機嫌さを隠そうともしない那月に然しもの古城も歯切れが悪くなる。そんな態度に受話器越しでも分かるほどに那月の機嫌が下降した。

 

「それで、何を企んでる。まさか世界最強の第四真祖が風邪を引いたなんて言わないだろうな」

 

 威圧混じりに問うてくる那月。その圧力に実際に相対しているわけでもないのに古城は額から冷や汗を流す。流石は“空隙の魔女”。欧州で恐れられるだけあってその気迫は空間の隔たりすら歯牙にも掛けないというわけか。

 だが古城もその空気ともう長いこと付き合っている。一瞬呑まれはしたもののすぐに持ち直し、毅然とした態度で言い返す。

 

「別に何を企んでるってわけじゃないよ。どっかの誰かさんが情報規制をするもんだからまともに動けないし。無茶しようにもできないさ」

 

「…………」

 

 突き刺さるような無言。恐らく那月は古城の言葉を額面通りには受け取っていない。話半分どころか八割がた嘘だと断じていてもおかしくないだろう。それだけの前科があるのだ。

 ここにきて急激に旗色が悪くなってきた古城。ただでさえ那月は今回の一件に古城が首を突っ込むのを良しとしていないのだ。ここで咎められてしまえば古城の目論見は水泡に帰してしまう。

 如何にしてこの場を凌ぐかない知恵を振り絞って古城が言い訳を考えていると、不意に電話口から盛大な溜め息が洩れ出た。

 

「もういい、おまえのことだ。何を言っても聞かんのだろう」

 

「……悪い、那月先生」

 

「悪いと思うなら私を煩わせるな、馬鹿者」

 

「すんません」

 

 散々迷惑を掛け、煩わせてきた自覚がある古城は平謝りする他ない。申し訳なさに頭が下がってしまう。

 那月はいつもの調子で鼻を鳴らすと、

 

「せいぜい気をつけるんだな。今回の相手は下手をすれば真祖すらも屠り得るやもしれん」

 

「分かった。本当にありがとう」

 

 そう言って古城は通話を切った。

 うんともすんとも言わなくなった子機を下ろして古城は頭を掻く。その脳裏を先の那月の言葉がリフレインしている。

 

「真祖を屠り得るね……そんなの、これから先バカスカ出てくるだろうに」

 

 全く笑えてない笑みで古城は遠い目をするのだった。

 

 

 ▼

 

 

 学校に休みの連絡を入れて身支度を整えた古城の姿はすぐお隣の雪菜宅の前にあった。

 時刻にして九時を少し回った頃合い。もうそろそろ起きて身形を整え終えているだろうと考えて古城はインターホンを鳴らす。

 ピンポンと軽快なチャイム音が響く。暁宅と変わらぬ耳に馴染み深い音だ。

 ややあって鍵が解錠されて扉が開く。防犯対策に掛けられたドアチェーンで狭められたドアの隙間から覗くのは煌めく銀髪と透き通る碧眼。古城と雪菜の手によって修道院から連れ出された叶瀬夏音その人だった。

 夏音は訪問者が古城だと認めると僅かに驚くも、すぐに柔らかな微笑みを浮かべる。

 

「おはようございます、お兄さん」

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

「はい。昨日はその……ご迷惑をおかけしました」

 

「迷惑なんかじゃないさ。後輩が困ってたら助けるのは当然のことだろ」

 

 ハッキリと言い切る古城に、夏音は心底嬉しそうに笑った。その顔に昨夜の悲愴的な色は見受けられない。

 

「それで、姫柊はどうしてる?」

 

「あ、それは……」

 

 姫柊の話になった途端に夏音は口籠る。何か言いにくいことでもあるのか、少し困ったように眉を下げた。

 夏音の態度に古城が首を傾げると、ドアの隙間から姫柊とそしてもう一つ非常に覚えのある声が洩れ聞こえてきた。その声音が誰のものか悟り、古城は苦笑を零す。

 

「とりあえず、上がっていいか?」

 

「はい、どうぞです」

 

 ガチャリとドアチェーンが外され、部屋に招き入れられる。そうして上がった雪菜宅のリビングで、古城は予想通りの光景を目の当たりにした。

 

「あぁん、もう。どうして雪菜の部屋はこんなに殺風景なの? 遠慮なんかしないで家具とかインテリアとか買っていいのよ? ちゃんと支度金も出てるんだから」

 

「で、ですがわたしには先輩を監視する任務が」

 

「それとこれとは話が別。仕事は仕事、プライベートはプライベート。何もかも全部あいつの監視につぎ込む必要なんてないんだから、もっとお洒落とかしていいの!」

 

「で、ですがぁ……」

 

 以前にお邪魔した時と一切変わらない、女の子の部屋にしては殺風景すぎるリビングの真ん中で言い争う女子二人。いや、片方が相手の勢いに飲まれてる時点で言い争いではないのかもしれないが。

 この家の家主である雪菜を物凄い剣幕でたじたじにする少女。その正体は昨夜の古城の電話相手であり、雪菜の姉のような存在である煌坂紗矢華であった。

 紗矢華は周囲が軽く引くほどに雪菜を溺愛している。それはもう現在の様子からしても察せられるだろう。きっと脳内は雪菜が一人暮らしする家を訪問できた喜びで染め上げられているに違いない。

 原作でもなんだかんだ雪菜の家に中々訪れることが叶わなかった紗矢華のフライング訪問。それには古城の思惑が多分に含まれているのだが、今はとりあえず夏音の問題が先だ。

 

「そこまでにしとけよお二人さん。叶瀬が困ってるだろ」

 

「先輩、助けてください!」

 

「暁古城、あなたからも言ってよ!」

 

「だから落ち着けって……」

 

 助けを求める雪菜と賛同を求める紗矢華に詰め寄られてさすがの古城もたじろぐ。予想はしていたがまさかここまで紗矢華が暴走するとは思ってもみなかった。

 内容自体は妹の一人暮らしを憂慮する姉の一幕でしかないのでどうにも止め辛い。それに古城的にも雪菜の部屋の有り様には物申したい思いがあり、助太刀をするのなら紗矢華側であった。ただそれは雪菜から向けられる懇願の視線に憚れる。

 板挟みにされた古城の出した結論は、

 

「とりあえずその話は後にしよう。今は優先すべきことがあるだろ?」

 

「そ、そうです。今はわたしのことより叶瀬さんのお話ですよ」

 

 問題の先送りであった。

 これに飛びついたのは勿論、雪菜である。夏音を身代わりにするようで気は引けたが、これ以上部屋や普段の暮らしぶりを紗矢華に突っ込まれては敵わない。ただでさえ最近は監視の度合いがストーカー一歩手前まで踏み込んでいるのだから。

 雪菜ラブの紗矢華も仕事に関連する話となれば引かざるを得ない。表情はこれ以上になく不服げだが、獅子王機関の舞威媛として一旦私情を飲み込んだ。

 

「仕方ないわね。この話はまた後にするわ」

 

 それでも話をなかったことにしないあたり、雪菜をどれだけ大切に思っているかが窺い知れる。当の本人はがっくりと肩を落としているが。

 そんな血の繋がりはなくとも立派な姉妹をやっている二人を、古城は和やかな微笑みを以って見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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