“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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蒼き魔女の迷宮 Ⅱ

 古城の予想した通り、想い人関連には恐ろしく目敏い藍羽浅葱と冷やかし大好き矢瀬基樹、そして知的好奇心を理由に築島倫が夏音の退院祝いパーティーに参加を表明した。

 と言うのも、律儀で純粋の究極系と言っても過言ではない夏音がわざわざ高等部にまで出向いて古城に確認を取りにきたからだ。おかげで古城は“中等部の聖女”との関係を根掘り葉掘り問い質される羽目になった。まあそこはこの古城、その展開を予期していたこともあって詰問してくるクラスメイトたちを恙なくやり過ごしたのだが。

 それでも気になってしまうのが恋する乙女の(さが)。雪菜に及ばずともストーカー予備軍と化している浅葱は普段の無駄な奥手は何処へやら、茶化そうとしていた幼馴染の首根っこを掴んでパーティーに乗り込んできた。ちなみに言っておくと夏音と浅葱との間に交流関係は全くもってない。

 無論、パーティーの趣旨を理解している三人はそれぞれ食材を持ち寄り、退院祝いパーティーの盛り上がりにもきちんと貢献した。古城もメンバーが年下の女子ばかりだったのが、気心知れたクラスメイトたちの加入で多少気が楽になったのも事実である。結果的に見れば浅葱たちの参加は悪くないものだった。

 浅葱が持ち前の健啖ぶりを発揮して凪沙を喜ばせ、トランプや人生ゲームの類に興じ、楽しくも賑やかな時間が過ぎていく。

 宴もたけなわといった具合の頃合いで、みんなの興味がゲームから別のものへと移った。切っ掛けは凪沙が持ち出した古城の中学時代のアルバムだ。

 といっても中学時代なんて少し前のこと。興味を示したのは主に雪菜と夏音くらいなもの。それ以外のクラスメイトたちは特別気にも留めていなかった。

 だが中等部のアルバムを畳んだ凪沙の何気ない発言に古城は凍りつく。

 

「そう言えば古城くん、小学校のアルバムはどうしたの? いつも置いてある場所になかったから気になったんだけど、もしかしてしまっちゃった?」

 

 悪気のない純粋な疑問。普段あるべき場所にあるべき物がなかったから気になり、凪沙は尋ねた。それが古城にとって訊かれたくないことだとは露知らず。

 

「ああ、あれか。汚れると嫌だから仕舞ったんだよ。失くしたりはしてないから心配しなくていい」

 

 内心の動揺を押し殺して答える。

 古城の小学生時代という興味を駆り立てられるワード。ここに集う殆どの人間がその魔性のアイテムに食いつき、じぃっと無数の視線が古城に集中する。言葉にせずとも期待がひしひしと伝わってきた。

 この流れは拙い。しかし断ろうにも既に無言の包囲網が形成されつつある。矢瀬や築島なんてこっそり古城の部屋へと足を向けている始末だ。

 アルバムの公開は避けられないと悟り、古城は深々と溜め息を吐く。こうならないために前もってアルバムを隠したのだが致し方ない。凪沙には後でデコピンをするとして、腹を括ってアルバムを取りに席を立った。

 本棚に仕舞っておいては築島に漁られると危惧し、クローゼットの奥に隠したアルバムを持ち出す。

 リビングに戻ると全員がまだかまだかと待ち構えており、古城は若干気圧されながらもお待ちかねの品を差し出した。

 

「これが小学生の暁先輩……」

 

「なんだか思ってたより生意気そうというか、結構雰囲気違わない?」

 

「まだ小学生だからな。そんなもんだろ……」

 

 写真の中で笑う活発で腕白そうな印象の小学生古城。今の穏やかな紳士気質とはあまり結びつかない、ある意味子供らしい子供だ。

 雪菜や浅葱が食い入るようにアルバムを眺め、少し離れた位置から控えめに夏音が見る。他の面々も今の古城とは雰囲気の違う幼い古城に釘付けだ。

 パラパラとアルバムが捲られていく様子を古城は固唾を飲んで見守る。叶うことならばあまり話題を振られたくない。だが残念ながら世の中そうそう思い通りにはならないもので。

 

「お、この肩組んでる子誰だ? 随分と仲よさそうじゃね」

 

 何気なく矢瀬が指差した小学生の姿に古城は内心の動揺を隠して答える。

 

「ああ、その子は一緒にバスケやってた部活メイトだよ。まあ幼馴染だな」

 

 原作での会話を脳裏に浮かべながら当たり障りない言葉を選ぶ。下手に喋ってボロを出すわけにはいかない。

 代わりとばかりにお喋り好きの凪沙が身を乗り出した。

 

「ユウちゃんはこの頃から女の子にとっても人気でね、それはもうみんなからモテモテだったんだよ」

 

「まるで今の古城みたいだな」

 

 ニヤニヤと笑みを貼り付けながら矢瀬が揶揄う。本人にあまり自覚はないが、“彩海学園の紳士”などという二つ名を付けられている古城はやはり相応にモテている。現にこの場には憎からず古城を思う少女たちが集っている。

 しかし、古城の小学生時代をよく知る凪沙は、はてと小首を傾げた。

 

「うーん、どうだったかな。その頃の古城くんはもっと落ち着きがなくて、何ていうか腕白小僧って感じだったから……むしろ女の子からの人気度ならユウちゃんの方が上だった気がする」

 

「先輩が腕白小僧……なんだかちょっと想像がつかないですね」

 

「あはははっ……そんなことないと思うけどな」

 

 雪菜の素直な感想に、古城は乾いた笑いを上げた。

 小学生時代の古城と今の古城の性格が結び付かないのも当然だ。何せ文字通り中身が別人である。雪菜が違和感を覚えるのも無理はないだろう。

 銘々に古城のアルバムを囲んでいると、凪沙がふと思い出したとばかりに顔を上げた。

 

「そう言えば古城くん、さっきユウちゃんから連絡あったよ。明日、九時くらいに空港に着くんだって」

 

「は?」

 

 矢瀬が驚いたように古城を見る。他の面々も似たような表情で蚊帳の外で見守る少年を見やった。

 

「絃神島に来るのか、こいつ?」

 

「え、何それ初耳なんだけど」

 

「この方が先輩が案内する幼馴染……」

 

 雪菜以外の面々は寝耳に水であるが、ややあって浅葱たちクラスメイトは納得の表情。古城が方々からの誘いを断っていた理由だと察したのだ。

 小麦色に焼けた健康的な肌と小学生にしては凛々しい顔立ち。凪沙の言が正しければ性格は今の古城と似て紳士的とあらば、女の子からの人気はさぞや高かったのだろう。

 そして何より凪沙に次いで古城の小学生時代をよく知る人物。浅葱たちが食指を動かさないはずがない。

 周囲から突き刺さる熱烈な眼差し。もはや言葉にするまでもなく分かる訴え。もう幼馴染の存在を知られてしまった以上、古城は原作の流れを踏襲してもいいかと半ば諦めていた。変に隠し立てて怪しまれるよりはマシだろう。

 仕方ないと苦笑しながら古城は頭を掻いた。

 

「凪沙、優麻に出迎えの数が増えること伝えておいてくれ」

 

「お、いいのか?」

 

「どうせ勝手についてくるだろ」

 

 言ったところでついてくるのは原作が証明している。ならば変装とも言えない仮装をした友人二人を引き連れるより普通に出迎えたほうが良いに決まっていた。

 案の定、矢瀬は悪びれた様子もなく肯定した。

 

「まあな。古城の親友ポジを脅かすほどの相手を確認せずにはいられないって」

 

「何言ってんだか」

 

 矢瀬の心配は全くの杞憂であるのだが、古城は敢えて指摘しなかった。どうせ明日の朝になれば嫌でも知ることになる。せいぜい盛大に驚いてくれと内心でほくそ笑んだ。

 

 

 ▼

 

 

 夏音の退院祝いパーティーは滞りなく終了し、明日の朝に空港に集合の段取りをつけたのちにお開きとなった。

 浅葱たちは帰宅し、雪菜と夏音はお泊まり会。現状、暁宅においてただ一人の男となった古城は、みんなが寝静まった頃になってもリビングで寛いでいた。

 コーヒーを片手にソファに腰掛け、台所の電気と月明かりが照らす薄暗いリビングで時計を確認する。時刻は深夜を少し過ぎた頃合い。吸血鬼の活動時間真っ只中だ。

 古城の意思に関係なく発揮される夜目が動く影を捉えるのと、リビングの扉が遠慮がちに開かれるのは同時だった。

 暗がりの中でなお映える銀の御髪と涼しげな氷河の瞳。可愛らしいパジャマ姿の夏音がおずおずとリビングの様子を覗く。きょろきょろ彷徨う視線がソファに座る古城で留まった。

 コーヒーカップを軽く掲げて古城が笑いかける。

 

「こんな夜更けにどうしたんだ叶瀬。もうみんな寝てるだろ?」

 

 さも偶然であるかのように装う。本当は夏音が部屋に訪ねてくるのを知っていたから場所を変えていたのだ。妹の同級生相手に欲情するなどという愚を犯さないために。

 

「実はお兄さんにお話しがありました」

 

「俺に話? とりあえず座りなよ。何か飲み物はいるか?」

 

 夏音にソファを勧め、カップをテーブルに置いて台所へ立とうとする古城。その腕をほっそりとした手が控えめに掴んだ。

 

「叶瀬……?」

 

 夏音の行動に首を傾げるも、見つめる真摯な眼差しに押され浮かしかけた腰を下ろす。すぐ隣に夏音は楚々と腰を落とした。

 真夜中に薄暗い部屋で寄り添うような距離でソファに並ぶ。ベッドに引き込むような展開を避けるためにリビングで待ち構えていたのに、肩が触れ合いそうなほどに近い距離感に古城は胸中で混乱している。むしろシチュエーション的には原作よりも妙に雰囲気が出ている気さえした。

 微妙に居心地の悪い沈黙がしばらく流れ、夏音が静かに切り出した。

 

「この前はありがとうございました。お兄さんのおかげで、私は助かりました」

 

 ぺこりと頭を下げる夏音。気にするなと古城は肩に手を載せ、ゆっくりと顔を上げさせる。お礼を言われるのは素直に嬉しいが頭を下げられるのはどうにも具合が悪い。

 

「俺はただ、困っていた後輩を助けただけだよ」

 

「それでも、とても嬉しかったです。修道院にお兄さんが来てくれた時は、とてもかっこよくて、本当にヒーローみたいでした」

 

「ヒーローだなんて大袈裟な……」

 

 面映ゆい思いを誤魔化すように頭を掻く古城。

 ヒーロー扱いされるほどに大層なことをした覚えなどないし、古城の行動原理はもっと異質な代物だ。誰もが憧れる漫画や小説の主人公とは違う。己を“まがいもの”と卑下し、使命感と義務感から護りたかったものを護らんとする在り方は歪だ。

 鬱々とした心を微笑みで覆い隠す古城の手に小さな掌が重ねられる。女の子らしい繊細な手から仄かな温かみが伝わってきた。

 

「大袈裟ではありませんでした。苦しい時、辛い時に、手を差し伸べてくれたお兄さんは私のヒーローです。だから──今度は私の番です」

 

「叶瀬……?」

 

 今までにない真摯な眼差しの夏音に古城は戸惑う。構わず夏音は言葉を重ねる。

 

「お兄さんが苦しい時、辛い時に、今度は私が力になります。非力な私でも、できることがきっとあると思いました。だから、その時は遠慮せずに頼ってほしいです」

 

 頼ってほしい、それに似た言葉はここ最近よく聞いてきた。雪菜然り、紗矢華然り。しかし、その言葉がこの段階で夏音から出てくるとは思っていなかった古城はただただ驚きに硬直する。

 夏音の態度からして古城が抱える事情なんて何一つ分かっていない。第四真祖であることも、まして“まがいもの”であることだって知るはずがない。だから彼女の発言を無責任な戯言と切って捨てるのは簡単だ。

 だが、できない。目の前にいる少女の揺るぎない覚悟を見てしまったから。事情を知らない上で、荒事に向かないと重々理解した上で、夏音は力になると言い切ったのだ。そこには古城への多大な恩と思慕の念がある。

 

「……強いな、夏音は」

 

「え?」

 

 思わず零れた声に夏音が反応するも、何でもないと古城は首を横に振った。

 強い、叶瀬夏音は強い少女だ。それは古城の周囲にいる人達の大半に言えるが、非力でありながらもその言葉を口にすることができる夏音の心の強さは凄まじいものだろう。伊達に“中等部の聖女”とは呼ばれていない。

 自分にもそんな心の強さがあったのなら、こんな不器用な生き方をすることなんてなかったかもしれない。そんな意味のない無い物強請りに内心で自嘲を零し、古城は改めて夏音と向き合う。

 

「ありがとう、叶瀬。もしもその時が来たら、頼らせてもらうよ」

 

 その時が来ない方が一番ではある。夏音に頼らざるを得ないほどに追い詰められた状況になんてしてはならない。それを為すだけの知識はあるはずなのだ。

 胸中でまた一人で抱えてしまう悪い癖を発露してしまう古城。夏音におやすみと一言告げ、コーヒーカップを流し台に置いて部屋へと戻っていく。その大きくも痛ましい背中を夏音は苦しげに胸を押さえながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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