“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ただ一言、ごめんなさいm(._.)m
大変お待たせいたしました。


蒼き魔女の迷宮 Ⅵ

 ──こ……ょ……くん。

 

 微睡む意識の中、耳に馴染んだ声が耳朶を叩く。声は次第に明瞭となり、身体を揺すられ始めたところで古城の意識は覚醒した。

 目を覚まして最初に飛び込んできたのは心配そうに覗き込む凪沙の顔だった。

 

「あ、やっと起きた。いくら声かけても起きないし、こんな所で寝てたらまた風邪引いちゃうよ、古城くん?」

 

「凪沙……?」

 

 半ば寝ぼけた頭で古城は自分が玄関先に座り込んでいることを認識し、今一度目の前の妹の顔を見上げて理解した。

 

「そうか、凪沙のおかげで……」

 

「古城くん? 大丈夫? さっきからぶつぶつ喋ってるけど、まだ寝ぼけてるのかな。コーヒーでも淹れよっか?」

 

「いや、いい。それよりも……」

 

 冷たい床から腰を上げて古城は携帯電話で時刻を確認する。ディスプレイに表示される数字は五時過ぎを示しており、優麻が出ていった時刻からして四時間近くを玄関で寝過ごしたことを表していた。

 のんびりし過ぎたと古城が苦い顔で頭を掻いていると、凪沙が困惑の相を浮かべて見上げてきた。

 

「ねね、古城くん。朝起きて気付いたんだけどね、ユウちゃんが何処にも居ないんだ。古城くん、何か知ってたりする?」

 

「……ああ、昨夜のうちに出かけたよ。何でも絃神島(ここ)に知り合いが来てたらしくてな。そっちに挨拶してくるんだそうだ」

 

 優麻の言葉をそのまま借りて古城は伝えた。不在の理由が判明したからか凪沙は安心したとばかりに表情を緩めた。

 

「そっか、よかった。何だか昨日の古城くん、ユウちゃんに余所余所しい感じがしてたから気になってたんだ。てっきり二人が喧嘩でもしたんじゃないかって心配してたんだよ?」

 

「そうか……まったく、情けないにも程があるな」

 

 古城なりに隠し通していたつもりだったのだが妹の凪沙からしてもバレバレだったらしい。優麻が失望して離れていったのも無理からぬことだ。

 自嘲げに口端を歪めかけて古城はぐっと口元を引き結ぶ。ここでうだうだと自責の念に駆られているわけにはいかない。己の間違いによって無駄にした時間を取り戻さなければならないのだ。

 頭を振って気持ちを切り替え、要らぬ心配をかけてしまった凪沙の頭に手を置く。

 

「悪かったな、色々と心配かけて。優麻のことは俺が探しておくから大丈夫だ。ちゃんと合流できるようにするからな」

 

「……うん!」

 

 快活な笑顔で凪沙は頷いた。

 その後、母親に着替えを持ってきてくれと頼まれていた凪沙は支度のために部屋に戻っていった。妹の変わりない背中を見送り、古城は凪沙とは別に心配をかけた少女に向き合うべく玄関扉を開いた。

 案の定、そこには年下の監視役が不安げな表情で立ち尽くしていた。

 

「あ、暁先輩。昨夜はその……」

 

 気遣うように恐る恐るといった様子の雪菜。昨夜の古城の焦燥具合を心配してのことだろう。よく見れば目元に薄らと隈もできている。古城が目を覚まして然程間を置かず玄関先に立っていたことから、ずっと古城が起きるのを待っていたのかもしれない。よもや古城と同じく玄関先で寝ていたなどということはないだろうが。

 

 精神年齢的に圧倒的年下の少女にここまでの心労をかけてしまった。古城は申し訳ない気持ちで一杯になりながら精一杯の微笑を浮かべる。

 

「姫柊、昨夜は酷い態度をとって悪かった。余計な心配をかけたな」

 

「いえ、わたしのほうこそ。先輩の気持ちを察せず、無遠慮な物言いでした。すみません」

 

 丁寧に雪菜が頭を下げる。

 

「いや、気にしてないから。頭を上げてくれ。むしろ頭を下げるのは俺のほうだ」

 

 誠心誠意込めて頭を下げる古城に、自分のほうこそと謝る雪菜。二人の自分が悪い合戦は暫く続いて、どちらからともなく破顔した。

 

「では、お互い様ということにしましょう」

 

「姫柊は悪くないけどな」

 

「先輩……」

 

 じとーっとした目で雪菜が古城を見る。しかしそれはすぐに古城を憐れむようなものに変わった。

 

「ところで暁先輩。紗矢華さんたちに連絡はしましたか?」

 

「……あ」

 

 指摘されて今気付いたと言わんばかりに間抜けな声が洩れる。慌てて携帯電話のロックを解除すれば十件近い不在着信と大量のメール着信。古城の顔色が面白いくらいに青ざめていく。

 

「一応、わたしのほうにも電話がきたので事情は説明しておきましたけど、紗矢華さん怒ってました」

 

 模造天使の一件を機に自身の携帯電話を持つに至った雪菜が言う。古城はと言えば、大量に溜まっているメールを一つずつ読み進め、更に顔色を紙のようにしていた。

 

「大丈夫ですか、先輩? 呪詛でも浴びたみたいな顔色になってますけど」

 

「あ、あぁ……大丈夫だ、問題ない」

 

「何故でしょう。全然安心できないんですが……」

 

「と、とりあえず連絡したほうがいいな。こっちの状況も伝えないと話が進まな──」

 

 空元気に振舞っていた古城の手の中で、計ったかのようなタイミングで携帯電話が着信を告げる音を鳴らし始めた。

 石化したかのように硬直する古城。雪菜の気の毒そうな眼差しが痛い。

 

「暁先輩、お覚悟を」

 

「……そうだな、うん。悪いのは俺だ、ちゃんと謝らないとな」

 

 雪菜に促され、意を決して古城は着信に応じた。

 

「もしもし、こちら暁古城の電話でございます。はい……はい、その節は私の身勝手な言動で多大なご迷惑をおかけしてしまい、心からお詫び申し上げます。はい……はい、このようなことが二度と起きないように心がけますので、あのようなメールを送りつけるのは控えて頂きたいなと……」

 

 同年代の紗矢華相手にしては頭が低すぎる古城の態度に目が点になる雪菜。というか、古城の謝罪が本気過ぎて一体どんなメールが送られてきたのかが気になった。

 しばらく電話越しに謝り倒していた古城だが、不意に言葉を途切らせた。

 今までの流れるような謝罪が嘘のように黙り込んで、側から見ても分かる程に顔を苦い色に染める。口調も馬鹿丁寧なものから普段通り戻るも、声色は非常に渋いものであった。

 

「あぁ、分かった。こっちも応援が到着次第、合流する。そっちも人工島管理公社との交渉を急いでくれ」

 

「先輩……?」

 

 苦々しい顔で通話を終えた古城に、雪菜が目で問いかける。

 

「ついさっき、聖環騎士団から報告があったそうだ」

 

 険しい顔つきで古城は答える。

 

「──ヴァトラーが行方を眩ました」

 

 その一言で雪菜も状況の深刻さを理解した。

 この絃神島において“第四真祖”である古城に勝るとも劣らない強大な吸血鬼であり、自他共に認める無類の戦闘狂。古城に並んで絃神島の現状を悪化させかねない可能性を持つ存在である。

 優麻率いるLCOの狙いは監獄結界。そこに収監されている“書記(ノタリア)の魔女”仙都木阿夜の解放だ。

 しかし監獄結界は絃神島付近の異空間に隠されており、尋常な手立てでは姿を見ることすら叶わない。監獄結界の解放に必要な手順は二つ。高等な空間制御魔術による空間探査と監獄結界と現実空間を隔てる結界の破壊だ。

 二つの手順において必要となるのは莫大な魔力と結界を破壊するに足る力。その条件を両方とも満たしているのは“第四真祖”である古城と、“真祖に最も近い存在”とすら謳われるディミトリエ・ヴァトラーくらいである。

 予めLCOの狙いを把握していた古城達はヴァトラーに対して監視をつけていた。古城とヴァトラーを抑えてさえいれば、余程のイレギュラーがない限り監獄結界は破られない。

 だがヴァトラーは聖環騎士団の監視を掻い潜り行方を眩ました。命がけの殺し合いのためならばテロリストすら懐に招き入れるヴァトラーが、もしもLCOの目的を知ったならば間違いなく厄介なことになる。

 

「騎士団の監視を逃れてそう時間は経ってないけど悠長にしている暇はない。早いところ煌坂達と合流したほうがいいんだが……」

 

「夏音ちゃんを放ってはおけません」

 

 古城と雪菜が紗矢華達と合流できないわけはここにあった。

 模造天使の一件で那月が保護者となった夏音は、現状身柄を預けられる相手がいない。一応、姿こそ見せないがラ・フォリアの手の者が身辺警護をしているとはいえ、一人で放り出すわけにはいかない。アスタルテも途中で“特区警備隊(アイランド・ガード)”の応援に呼ばれてしまうため任せ切ることはできない。

 必然的に、訳ありの夏音を預けられる信頼できる人物が必要不可欠だった。

 夏音を任せる人物に心当たりはある。既に昨日の段階で連絡を取り、了承の返事もあった。今はその応援を待っているのだが……。

 募る焦燥に携帯電話を握り締めた時、エレベーターが開く音が聞こえてきた。古城と雪菜が二人して目を向けると、丁度女性が一人降りてくるところだった。

 赤い髪をお団子と三つ編みで纏め、チャイナドレス風のシャツとミニスカート、更にスパッツを着用という格好。立ち居姿はしっかりとしており、見る者が見れば相当な遣い手であると察せられるだろう。

 古城と雪菜は女性の素性を知っていた。何故なら彼女は彩海学園中等部の体育教師であり、凪沙や雪菜の担任教師である。そして何より、国家資格を持つ暦とした攻魔官だ。

 女性は廊下に立つ古城と雪菜を見つけると、一切姿勢を崩すことなく赤い髪を揺らして歩いてくる。そしてテンションの高い声で話しかけてきた。

 

「おはよう、二人とも。もしかして私待ちだったりした?」

 

 古城が応援として呼んだ女性──笹崎岬は生徒二人に溌剌とした笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっといつもより短い出来になってしまいました。リア友にせっつかれ、一年更新のない拙作に感想を下さった人のおかげでようやく書く気になるほどに不精でした……。再度ごめんなさい……。

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