“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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大変長らくお待たせしました……


蒼の魔女の迷宮 Ⅸ

 暁古城は第四真祖である。

 不死にして不滅、一切の血族同胞を持たず、支配を望まず、ただ災厄の化身たる十二の眷獣を従え、人の血を啜り、殺戮し、破壊する。世界の理から外れた冷酷非情な吸血鬼と噂されている。

 確かに、第四真祖は世界最強と称されるに足る力を持つだろう。しかし今代の第四真祖が噂と同等の力を振るえるかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。

 暁古城が先代アヴローラから第四真祖の力を譲り受けたのは今年の半ば頃。言わば古城は成り立ての吸血鬼なのだ。

 眷獣たちは大半が古城を宿主と認めておらず、中には欠落して手元に居ない眷獣もいる。暁古城は第四真祖として不完全な状態なのだ。

 そんな状態で真祖に最も近いとまで謳われるヴァトラーに勝てるのか。“暁古城”ですら数多くの眷獣と雪菜の助力があって辛くも勝利をもぎ取ったというのに、“まがいもの”が一人で打ち倒すことなどできるものなのか。

 無理だ、不可能だと誰もが首を振るだろう。雪菜と紗矢華にも無茶だと猛反対されたのだ。何より、古城自身が理解している。

 吹き荒れる禍々しい魔力の嵐。叩きつけられる災害級の眷獣たち。手加減された上でなお、自身の牙は届かず、致命傷を凌ぐだけでやっとの状態。まるで勝てる気がしない。

 それでも、ここでヴァトラーを退けなければ優麻の前に立つことすら叶わない。仮にヴァトラーから逃げたところで、監獄結界を破られてしまったのでは意味がないのだ。

 仙都木優麻を救うには、彼女に与えられた運命(プログラム)を阻止しなければならない。故に逃亡は認められず、どれほど絶望的な実力差が立ちはだかろうと“まがいもの”は挑み続ける。

 眷獣が繰り出す暴力の数々。荒れ狂う火炎が、凄絶な波濤が、無数の剣刃が襲い来る。

 押し寄せる災害の嵐に古城は身一つで立ち向かう。同等の力をぶつけるのではなく、次元喰い(ディメンジョン・イーター)の能力を限定的に行使し、空間ごと抉り裂いて身を守る。紗矢華が扱う“煌華麟”の能力、擬似空間切断から着想を得た戦法だ。

 

「器用な戦い方をするじゃないか、古城」

 

 死に物狂いで抗っている古城とは対照的に、ヴァトラーは楽しくてたまらないと言わんばかりに哄笑を上げる。

 

「イイネ……趣向を凝らし、ボクを打ち倒そうとする気概。ゾクゾクするよ……!」

 

「──っ、言ってろ!」

 

 ともすれば人工の大地ごと吹き飛ばされかねない嵐を切り裂き、隙を見て電撃と衝撃波を撃ち込む。そのどれもが容易くいなされ、何倍にもなって返ってくる。

 幾度となく大地に叩きつけられ、気力を振り絞って立ち上がる。膝を屈しそうになっても、鋼の意思で奮い立つ。何度打ち倒されようとも果敢に挑み続ける古城の姿は、まさしく偉業に臨む英雄のようであった。

 そんな古城にヴァトラーは喜色満面の笑顔をもって応じていたが、不意に名残惜しげな表情になると攻撃の手を止めた。

 

「素晴らしいよ、古城。今までにもボクを打ち倒そうと立ち上がった者は数多くいたけれど、此処まで絶望的な差がありながらも折れず、立ち向かい続けてくれたのは君が初めてだ」

 

「お前に、褒められても、これっぽっちも、嬉しくないんだよ……」

 

 嫌味かと思えるほどの称賛に息も絶え絶えに返す。攻撃の手が止んだこの僅かな時間で何処まで息を整えられるか、古城の頭の中にはそれしかなかった。

 

 ──だからヴァトラーの変節に気づくのが遅れた。

 

「アァ、だからこそ残念でならないよ。本当なら時間が許す限り、心ゆくまで君の相手をしてあげたかった。でもね、ボクも予定が詰まっているンだ。悪いね、古城──」

 

 次瞬、ヴァトラーを禍々しい魔力が取り巻き始めた。

 遊び目的の単発的な眷獣の召喚ではない、この戦いに決着をつけるだろう一撃が放たれる。何を召喚するつもりかは知れないが、まともに受ければ敗北は必至。故に古城は下手に迎え撃つのではなく回避の一手を打とうとして──

 

「──避けていいのカナ?」

 

 楽しげに放たれた言葉に、古城はハッとして振り返った。

 古城の背後には絃神島の街並みが広がっていた。古城が回避すれば、波朧院フェスタで賑わう本島を眷獣の容赦ない暴力が襲うことになる。そんな事態になろうものならば、罪のない市民や観光客にどれほどの被害が齎されるか分かったものではない。

 

「止めろ、ヴァトラァァァア!!」

 

 血相を変えて古城が怒号を挙げた。しかしヴァトラーは笑みを深めるだけだ。

 

「ハハッ、大丈夫さ。君が持てる全力で迎え撃てば、ギリギリ止められるはずだよ──多分ネ」

 

「──ッ!」

 

 ヴァトラーは本気だ。たとえ古城があらゆる手を尽くして妨害しようとしても、眷獣の召喚を止めることはないだろう。

 古城に残された道はただ一つ、全霊を持ってして迎え撃つだけだ。

 

「クソっ! 疾く在れ(きやがれ)、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”──! “双角の深緋(アルナスル・ミニウム)”──!」

 

 古城の切れる手札のうち真っ向勝負が可能だろう二体の眷獣。一体でも都市一つを余裕で滅ぼすことができるだろう怪物を二体も呼び出したが、しかし古城にはこれでは足りないという漠然とした予感があった。

 古城の予感は的中していた。ヴァトラーが呼び出した眷獣は三体。その三体の眷獣は螺旋を描きながら複雑に絡み合い、瞬く間に一体の眷獣へと姿を変える。

 凶悪な三つの顎を携え、漆黒の翼と巨大な体躯を有する神話の怪物。悪龍(ドラゴン)が古城の眼前に立ちはだかった。

 ヴァトラーの合成眷獣を見たのはこれが初めてではない。黒死黒皇派のテロ事件の際にも実際に見ており、何なら原作知識として予め知っていた。

 だが、所詮は知識だけで知っていたつもりでいたのだと、古城は眼前の悪龍を前にして理解させられた。

 

 ──勝てない。

 

 第四真祖の眷獣は強力無比であり、神話生物や天災にも比肩する力を有している。しかし、古城にはどう足掻いても目の前の悪龍を倒せるビジョンが想像できなかった。

 雷光の獅子と緋色の双角獣が束になったところで、悪龍の息吹を止められはしない。背に守る絃神島を守り切れるかどうかすら分からない。だからといって、正面衝突させる以外の策も思い浮かばない。

 万策尽き果て、万事休す。古城に出来ることは、ヴァトラーが絃神島に被害が出ないように手加減することを祈り、己の眷獣をぶつけることだけだ。

 

「諦めるの、か。俺は……」

 

 ぽつりと古城が呟く。桁違いの悪龍(絶望)を前にして折れかけた心に、弱々しくも問いかけた。

 古城の脳裏を過ぎるのは無数の記憶だ。それらは全て、“暁古城”が積み重ねてきたものであり、記憶の中には優麻が笑顔でいる。諦観に彩られた笑みではない、心からの笑顔を振りまく幼い優麻がいる。

 優麻から笑顔を奪ってしまったのは“まがいもの”である己の過ちだ。ならば、“まがいもの”に諦めることなど許されるはずがないだろう。

 

「まだだ……! まだ、諦めるわけにはいかないんだ……!」

 

 屈しかけていた精神に火が灯る。まだ諦めるわけにはいかないのだと、絶叫する。

 折れかけた心は完全に持ち直した。だがしかし、根性論で打開できる状況ではない。雷光の獅子と緋色の双角獣では悪龍に太刀打ちできない事実は変わらない。

 故に古城は助力を求めた。

 

「頼む、お前たちの力を貸してくれ……!」

 

 血の滲むような思いで教えを請うた相手は他でもない、古城に呼び出された眷獣たちだ。

 吸血鬼の真祖が恐れられているのは何故か。莫大な負の魔力を有し、不死の呪いをその身に宿し、強力な眷獣を使役することが可能だから。

 なるほど、確かにその通りだ。しかし、それだけではない。

 真に吸血鬼の真祖が畏怖される所以は彼らが保有する桁外れの“血の記憶”だ。それはあらゆる経験の記憶であり、その中には純粋な戦闘経験も含まれる。

 経験において古城は逆立ちしてもヴァトラーには敵わない。しかし、第四真祖の眷獣である彼女たちは違う。彼女たちは悠久の時を生きる意思を持つ眷獣であり、保有する経験量はヴァトラーですら太刀打ちできるものではない。

 宿主の求めに、獅子と双角獣が待ちくたびれたと言わんばかりに咆哮を上げた。

 眷獣たちが保有する莫大な血の記憶が、絶望的な状況を打開する方策を教えてくれる。古城一人では到底掴み取ることができなかっただろう可能性を示してくれる。

 

「ありがとう、二人とも──」

 

 心からの感謝を込めて眷獣たちを見返し、古城は彼女たちに命じた。

 雷光の獅子が吼える。緋色の双角獣が嘶く。主人の命に従って二体の眷獣は力強く大地を蹴ると、互いの体躯を(じゃ)れ合わせながら(ソラ)を目指して駆け出した。

 

「あれは……まさか──」

 

 ヴァトラーが驚愕に目を剥く。古城が眷獣に何を命じたのか、ヴァトラーには理解できてしまった。

 見上げるほど遙か高く、一際大きな咆哮が響き渡る。それはまるで怪物の産声のようであった。

 耳を劈く雷鳴が轟く。先ほどまでは雲一つなかった空が漆黒の雷雲に覆われ、急激な気圧の変動に周囲一帯を荒れ狂う暴風が支配する。

 天変地異の如き異常な気候変動に絃神島本島の人々が天を仰ぐ。雷鳴轟く黒雲の中、稲光が閃く度に何かの姿が浮かび上がった。

 獅子の胴体と馬の四肢を有し、全身に夥しい雷を纏い、頭部に聳え立つ双角からは眩い雷光が溢れている。

 その偉容を言葉に表すのならば、伝説の世界に生きる幻の獣──麒麟。

 天候すら変化させてしまうほどの力を秘めた幻獣が、絃神島上空に姿を現した。

 神々しさすら感じさせる幻獣の正体は、獅子の黄金と双角の深緋が融合した合成眷獣だ。眷獣たちが古城に示した打開策はヴァトラーのお株を奪うものだったのである。

 できるかどうかは分からなかった。だが、古城は己に力を貸してくれた眷獣たちの声を信じた。その信頼に眷獣たちは応え、掟破りの融合を果たしたのだ。

 

「は、はは、ハハハハッ──!」

 

 己を睥睨する幻獣を仰ぎ見ていたヴァトラーが、狂ったように甲高い哄笑を上げ始めた。その瞳に宿るのは狂気に染まった歓喜だ。

 

「最高だよ、古城。君ならいずれはと思っていたけれど、尽くボクの予測を上回ってくれる。それでこそ、ボクが見込んだ吸血鬼(ヒト)だ──!!」

 

 溢れ出る喜びの全てを叩きつけるように、ヴァトラーが己の眷獣に命ずる。対する古城は落ち着き払った声音で、己が眷獣に命じた。

 主人の命令を受けた二体の眷獣が秘めたる魔力を解き放つ。

 悪龍が無制限に周囲の大気を吸い込み、その巨躯を更に巨大なものへと膨らませていく。

 麒麟が空を覆う黒雲から雷を取り込み、その双角に常軌を逸した破壊を溜め込んでいく。

 解放は一瞬。二人の吸血鬼が見届ける中、二つの天災が激突した。

 

 ──瞬間、世界から音が消えた。

 

 限界まで圧縮された台風が、破壊を齎す衝雷が、正面から鬩ぎ合う。それだけで凄まじい余波が増設人工島を粉砕し、離れた絃神島本島にも少なからず影響を及ぼす。

 大気は悲鳴を超えて絶叫し、大海は滅びの前触れに荒れ狂う。もはやこの衝突は神話の一幕そのもの。何人たりとも邪魔立てすること能わず、二体の怪物が生き絶えるその時まで終わることはない。

 しかしその拮抗も長くは続かない。徐々にではあるが、麒麟が悪龍を押し始めた。己に牙を剥いた不遜な輩を滅ぼし尽くさんと更なる圧力をかける。

 空そのものが落ちてくるような圧力を留め切れず、辛うじて保たれていた拮抗が儚く崩壊する。絶大な破壊の奔流が悪龍と主人であるヴァトラーを襲う。

 

「────」

 

 声を発する間もなく、天罰の如く降り注いだ稲妻と衝撃がヴァトラーを飲み込んだ。

 

 

 

 

 




ちなみにこの古城君の原作知識は真祖大戦で止まっています。後々に暁古城が合成眷獣を使うことは知りませんでした。
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