“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ちなみに作者の知識は原作16巻で止まってます。吸血王とかさっぱりです……


蒼の魔女の迷宮 Ⅹ

 黒死皇派のテロによって打ち棄てられていた増設人工島(サブフロート)が、眷獣たちの衝突により完全に崩壊し、昏い海の底へと沈み始めていた。

 刻一刻と沈みゆく人工島の上、瓦礫の山の上に古城は立っていた。視線の先には満身創痍のヴァトラーが倒れている。

 

「これで、お前の企みも終わりだ。諦めろ、ヴァトラー」

 

「加減していたとはいえ、ボクが敗けるとはネ。流石だよ、古城」

 

 大きな血塊を吐き出しながらもヴァトラーは満足げに微笑む。そんな青年貴族を古城は油断なく見据える。

 

「言っとくが、手下の吸血鬼を当てにしてるなら無駄だぞ。今頃はアルディギアの聖環騎士団があんたの船を監視してるからな」

 

 原作においてヴァトラーはオシアナス・グレイヴⅡの船内に複数の吸血鬼を乗せていた。中には監獄結界の封印をぶち破るくらいわけない実力者もいる。

 今日まで散々、原作との乖離で痛い目を見てきたからこそ、古城は考え得る可能性を潰すために働きかけた。その結果、ラ・フォリアに更なる借りを作ることになってしまったが致し方ない。

 古城の言葉にヴァトラーは虚を突かれたように目を丸くすると、堰を切ったように笑い始めた。

 

「なるほど、今回は君が一枚上手だったということカ。完敗だよ」

 

 敗北を認めながら、しかしヴァトラーに気落ちしたような素振りは微塵もない。むしろ喜んでいるようにすらみえる。

 そんなヴァトラーに溜め息と呆れを禁じ得なかった古城であるが、いつまでも油を売っているわけにもいかない。早々に踵を返そうとして──

 

 ──凄まじい魔力の爆発が絃神島を揺るがした。

 

「なんだ!?」

 

 突然の魔力爆発に狼狽える古城。

 何が起きたのか、古城は即座に把握することができなかった。だが足元に転がるヴァトラーは、直感的に状況を理解した。

 

「ククッ、そういうことか。中々に面白い娘だと思っていたけど、やってくれたじゃないか……」

 

 堪え切れないと笑みを噛み締め、ヴァトラーは獰猛に口角を吊り上げる。

 

「娘? まさか、優麻が……!?」

 

「そうだろうね。今の爆発は仙都木阿夜の娘が起こした。監獄結界の封印を破る、魔女の執念の一撃といったところカナ」

 

「馬鹿な、優麻に封印を破るほどの力があるなんて……!?」

 

 あり得ない、と首を振りかけて硬直する。

 原作の優麻は第四真祖の力を利用するため、自分自身と古城の肉体神経を空間制御魔術で繋げるという荒技をやってのけた。

 しかし人間が有する無数の神経一つ一つを繋ぎ合わせ、剰え維持し続けるのは至難の業である。空間接続だけで魔力の大半を消費せざるを得ず、雪菜との戦闘でも優麻は十全な戦闘能力を発揮することなく、“七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)”に貫かれて終わった。

 だが今の優麻は空間接続に魔力の大半を割かれることなく、万全の状態である。原作では語られることのなかった真の実力を発揮でき、古城が知らない強力な力を振るえたとしてもおかしくない。

 

「また、俺は間違えたのか……!」

 

 血が滲むほどに古城は拳を握り締めた。

 次から次へと後悔や自責の念が湧いてくるが、今は立ち止まっている時間も惜しい。急がなければ優麻は監獄結界の最後の鍵である那月に辿り着き、母親である仙都木阿夜を含め多数の国際魔導犯罪者たちを解放してしまうだろう。

 動揺も露わに古城は踵を返し、監獄結界へ向かおうとして──

 

 ──血塗れの腕が古城の胸を突き破った。

 

「──かっは……!?」

 

 迫り上がる大量の血塊に悲鳴を上げることすら儘ならず、意識が吹き飛びそうなほどの激痛に苛まれながら、古城は己の背後に目を向ける。

 そこには血塗れの姿で凄絶に笑うヴァトラーが、己の腕で古城を串刺しにしていた。

 

「つれないじゃないか、古城。ボクを置いていこうだなんてサ……!」

 

「お、まえ……!?」

 

 この期に及んでなおも行手を阻み続けるヴァトラーに、古城は激痛と湧き上がる憤怒で視界が真っ赤に染まる。

 鬼も裸足で逃げ出しかねない形相の睨みも何のその、ヴァトラーは涼しげに流して不敵に笑みを零す。

 

「ようやく君の素顔の一端を見れた気がするよ。怒った顔も素敵じゃないカ」

 

 まるで恋人の新たな一面を知ったかのように、ヴァトラーは心底嬉しそうに笑う。古城を貫く腕はそのままに、絞り出せる魔力の全てを持ってして眷獣を召喚した。

 ヴァトラーの背後、古城を見下ろす位置に巨大な燃え盛る蛇の眷獣が姿を現す。たった一体であるが、限界間近の古城を沈みかけの増設人工島ごと潰す程度は容易いだろう。

 

「ぐっ、ああぁぁぁ……!」

 

 有らん限りの力を振り絞り、古城はヴァトラーの腕から逃れようともがく。しかし胸を貫かれた体勢では碌な抵抗など出来ず、ならば腕を圧し折ってやろうと手に力を込める。

 ミシミシと嫌な音が鳴り、僅かな間もなく骨の折れる鈍い音が身体を通して伝わる。確実に腕は折れた。だがヴァトラーは表情を苦痛に歪めることすらなく、変わらぬ笑みのまま眷獣を操った。

 大蛇が鎌首を擡げて眼下でもがき苦しむ獲物を見据えると、触れるだけで全てを灼き尽くす巨躯を畝らせる。

 

「──暁古城。ボクは、君を、何処へも行かせやしない……!」

 

「────!」

 

 普段の軽薄なものとは違う、空恐ろしいほどに感情の込められた言葉を叩きつけられる。

 驚きに目を瞠る古城。生まれた意識の間隙を突いて、古城をヴァトラー諸共に炎蛇の突進が襲う。

 炎蛇の一撃が決定打となり、増設人工島があっという間に沈む。古城とヴァトラーの二人も、瓦礫の崩壊に巻き込まれて海中へと消えていった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 ──時は少し遡る。

 

 監獄結界の目と鼻の先、破魔の銀槍を操る少女と蒼い騎士を従えた魔女が戦闘を繰り広げていた。

 銀槍遣い──雪菜は四方八方から叩きつけられる火球を切り抜け、槍の切っ先を届かせんと奮闘している。しかしあと一歩のところまで迫ったとしても、空間転移(テレポート)によって仕切り直されてしまう。

 一向に決着をつけられない戦況に歯噛みし、雪菜は頭上の敵手を見上げた。

 見下ろす魔女──優麻は悠然と虚空に立ち、己の“守護者”である蒼い騎士を牽制のように控えさせている。その顔色は雪菜と違って余裕が感じられた。

 

「無駄だよ。君がどれほどに槍の扱いに長けていて、強力な槍を手にしていたとしても、届かなければ意味がない」

 

 優麻の言葉に雪菜は苦々しげに表情を歪めた。

 獅子王機関の剣巫である雪菜の戦闘能力は非常に高い。並の魔族なら素手でも鎮圧でき、あらゆる魔力を無効化する“七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツァー)”を手にすれば吸血鬼の真祖すら殺すことすら不可能ではない。

 しかし研鑽した技術も秘奥兵器も相手に届かなければ無用の長物と化す。

 対して優麻は直接戦闘能力は然程でもないが、彼女には高度な魔術と空間制御、そして魔女の“守護者”がいる。

 “守護者”は悪魔の眷属であり、悪魔と契約を交わした女性たちに強力な力を授ける。人間の身でありながら高位魔族に匹敵する魔力を操れるようになり、魔術の技量は最高位の魔術師すらも凌駕するだろう。

 雪菜を相手に負けない立ち回りをするくらい、今の優麻にとっては容易いことだ。逆に雪菜は優麻の無力化が目的であり、そのためにも積極的な攻勢を見せなければならない。

 微かに息を弾ませながらも槍を構える雪菜に、優麻は呆れを滲ませた吐息を零した。

 

「君も存外しつこいね、姫柊さん。此処で時間を無駄にするくらいなら、古城の加勢をして上げたほうが賢明だと思うよ」

 

「そうかも知れません。ですが、優麻さんを一人にするわけにもいきませんから」

 

 剣巫の直感で優麻が監獄結界を破る手段を持っていると判断した以上、彼女を自由にさせるわけにはいかない。たとえ優麻の思惑通りに時間を稼がれてしまっているとしても、雪菜の戦いには確かな意味がある。

 それに、何も雪菜は優麻の掌でただ踊っていたわけでもない。

 宙空の優麻に向けて雪菜が式神を放つ。鳥の姿をした式が三羽、力強く羽ばたいて一直線に優麻を襲う。

 優麻は巨大な火球を生み出し、鳥の式を無造作に撃ち落とす。火球の爆炎に呑まれて二羽が焼失するが、難を逃れた一羽が優麻に肉薄する。

 しかしその一羽も“守護者”である蒼い騎士に一刀のもとに斬り捨てられた。

 

「何度繰り返したって同じだよ」

 

「──いいえ、違います」

 

 火球の爆発によって生じた黒煙を斬り裂き、銀槍を携えた雪菜が躍り出た。黒煙に紛れさせて放った式神を足場にして跳躍したのだ。

 大気を斬り裂きながら繰り出される槍の切っ先が、優麻を貫かんと迫る。

 

「“(ル・ブルー)”!」

 

 驚愕に襲われながらも咄嗟に“守護者”へ防御を命じる。蒼い騎士が長剣で槍の切っ先を防ごうとするが、雪菜はその防御ごと騎士を貫いた。

 魔女の“守護者”は魔力で実体を保っている。優麻に悪魔の力を授ける“守護者”は強力である反面、雪菜が持つ破魔の銀槍とは致命的なまでに相性が悪かった。それもあって接近戦にならないように間合いを取っていたのだ。

 

「くっ……!」

 

 蒼騎士の頑強な鎧が紙細工の如く斬り裂かれ、輝く銀槍の切っ先が迫る最中、優麻は間一髪のタイミングで空間転移を成功させた。

 大袈裟なほどに距離を開けた位置に転移し、優麻は荒くなった息を落ち着けるように胸を抑えた。気を抜いていたわけではなかった。それでも判断が一瞬遅れれば手痛い一撃を貰うことになっていただろう。

 空高くから猫のような身のこなしで雪菜が地上に舞い降りる。鋭い眼光は離れた位置の優麻を射抜き、油断なく構えられた槍の切っ先が真っ直ぐ向けられた。

 

「感覚は掴めました。次は届かせます」

 

 淡々と告げられ、優麻の背筋を冷たい汗が伝った。

 雪菜は何も優麻に翻弄され続けていたわけではない。優麻の挙動を具に観察し、癖や魔術のタイムラグを測り、如何にして槍を届かせるか試行錯誤を繰り返していたのだ。

 末恐ろしい才覚だ、と優麻は雪菜に戦慄にも似た感情を抱いた。吸血鬼の真祖とも渡り合えるとまで謳われる剣巫、その真髄を見せつけられた心境だ。

 届かせると宣言した以上、雪菜は次の攻防で確実に有言実行するだろう。優麻が取れる手段は幾つかあるが、何れも対応されてしまう可能性がある。確実に安全なのは古城とヴァトラーの決着がつくまで雲隠れしてしまうことだが、どうしてか嫌な予感が拭えない。

 雪菜の頑なに古城を信じる姿勢がそう思わせるのか、優麻の中でヴァトラーの絶対的勝利が揺らいでいた。第四真祖と雖も不完全な状態の古城が、歴戦のヴァトラーに敵う道理はない。ないはずなのに、雪菜の真っ直ぐな眼差しを見ていると、どうしようもなく心が掻き乱される。

 

「どうして、姫柊さんはそこまで信じられるんだい?」

 

 弱々しく喘ぐように、優麻は疑問を投げかけた。声音は不安に揺れていた。

 問われた雪菜は直と優麻の目を見据え、記憶を掘り返すように答える。

 

「暁先輩は、やると決めたら必ずやり遂げる人です。絃神島を守るために、大切な後輩の涙を拭うために。ズタボロになって、何度死ぬことになったとしても、戦い続けてきました」

 

 語る雪菜の声音に熱が篭る。槍を握る手にはいつの間にか力が入り、表情には少なくない悔しさが滲んでいた。

 

「いつだってそうです。先輩は誰かが傷つくくらいなら、自分が傷つけばいいとばかりにボロボロになって。いつも一人で抱えようとして、潰れそうなほど苦しいはずなのに……」

 

 古城が傷つく姿を、死の淵から立ち上がる様を何度も見てきた。その度に己の不甲斐なさに歯噛みして、彼の負担を軽くできないかと考えてきた。

 しかし当人は周りの人間の気持ちなど露知らず、たった一人で茨の道を突き進もうとする。止めようとしても構わず、隣にすら並ばせてくれない。最近では多少の改善が見られ始めたものの、それでも根っこの部分では何も変わっていない。

 まるで罰を求める罪人のように、自分自身を傷つけながら困難に向かっていくのだ。

 

「本当はもっとわたしを……他人を頼って欲しい。でも、それはきっと先輩にとって難しいことなんだと思います。だから、せめて信じさせてほしいんです」

 

 言葉を区切り、雪菜は改めて目の前の優麻に対峙する。その目に迷いや逡巡の類はなく、確かな覚悟が宿っていた。

 

「今のわたしにできることは、先輩を信じることです。不安も心配も沢山ありますが、それら全てを引っ括めた上で信じ抜きます。勿論、無茶をしたら怒りますが」

 

「……強いな、姫柊さんは」

 

 お世辞ではない、心からの正直な感想だった。自分と大して年齢に差のない少女が、一人の少年のことをここまで想っている。普段なら茶化して可愛らしい反応を楽しんでいたかもしれないが、今の優麻は雪菜の強さに羨望を抱いていた。

 

「優麻さんは違うんですか? あなたにとって、暁先輩は大切な幼馴染だったんじゃないですか?」

 

 今度は此方の番だと雪菜が訊く。

 

「幼馴染か……そうだね、古城はボクが唯一、自分の意思で手にした関係だったと思うよ」

 

「今は違うんですか?」

 

「……どうだろう、分からないや」

 

 昨夜までの古城なら、優麻は躊躇いなく違うと断言していただろう。だが、キーストーンゲートで垣間見た古城は、あの頃の彼と同じように自分を真っ直ぐに見ていた。故に優麻の中に僅かな迷いが生じていた。

 

「でもね、ボクにとって仙都木阿夜の娘であることは揺るがない事実なんだ。今更、不確かなものに足を止めるわけにはいかない……!」

 

 試験管の中で生まれ、監獄結界に収監された仙都木阿夜を脱獄させるためだけに設計されて、悪魔との契約で運命までもを決定付けられた。優麻の手にあるのはただそれだけ、与えられた目的の達成だけが彼女の存在意義だから。

 お互いに言葉では止まらないと再認し、雪菜は槍を構え、優麻が本格的な一時撤退も視野に入れ始めた時──遙か空の彼方に神獣が降臨した。

 

「な……!?」

 

「これは、いったい……!?」

 

 尋常ならざる魔力の波動を感じ、二人は反射的に空を見上げる。

 ついさっきまでは晴れ渡っていた空があっという間に雷雲に覆われ、黒雲の中心に神々しさすら感じる怪物が坐していた。

 遠目からでも分かる吸血鬼の眷獣にしても規格外な魔力の波動に、雪菜は知らず知らずのうちに槍を握る手を震わせていた。優麻もまた、イレギュラーにもほどがある化け物の登場に混乱していた。

 

「なんて魔力だ。アルデアル公の眷獣? いや、まさか……」

 

 動揺を露わに優麻が雪菜を見やる。天に坐す怪物が第四真祖の眷獣であれば、監視役である雪菜なら知っている筈だ。

 しかし雪菜は向けられる視線にも気付かず、厳しい顔付きで雷獣を見据えていた。

 見たことのない眷獣だ。ヴァトラーの従える眷獣の一体かと考えたが、それにしては妙だった。見覚えがないのに、感じる魔力の波動に覚えがある。間近で何度も感じてきた代物だ、間違えようがない。

 しかし、あの雷獣から感じ取れる魔力の波動は二種類あった。一体の眷獣から二種類の魔力の波動。考えられる可能性は一つしかない。

 

「まさか、合成眷獣……!?」

 

 ヴァトラーの十八番である眷獣同士の合成という掟破りを古城が成し遂げた。あの雷獣はその果てに生まれたものだと理解し、雪菜は驚愕を禁じ得ない。

 ただそこに在るだけで天変地異を齎す怪物が地上へ向けて攻撃を放つ。同時に地上からも迎撃の一撃が放たれ、二つの災害が激突する。

 

 ──瞬間、世界から音が消えた。

 

「きゃあ……!?」

 

「くぅ……!?」

 

 増設人工島(サブフロート)から離れた場所にいる雪菜たちだったが、衝突の余波は衰えることなく二人を襲う。吹き飛ばされるほどではないが、台風並みの暴風と衝撃が絃神島を揺らした。

 凄まじい天災の衝突はそう長くは続かなかった。上空の雷獣が更なる圧力を掛けたことで地上側が押し潰されたのだ。その際にもとんでもない地震が絃神島を襲い、雪菜は後々のことを考えて少し憂鬱になった。

 

「お二人の戦闘は終わりました。暁先輩の勝ちです。もう終わりにしましょう、優麻さん」

 

 待機させていた監視用の式神で古城の勝利を確認し、淡々と雪菜が終わりを告げる。一方の優麻は古城の勝利を信じられず、呆然と立ち尽くしていた。

 やがて現実を理解した優麻は俯き、空虚な笑いを響かせる。

 

「やってくれたね、古城。おかげで計画も何もかも滅茶苦茶だよ……」

 

 でもね、と優麻は顔を上げる。死を目前にする兵士のような覚悟を滲ませた、鬼気迫る表情だった。

 

「──ボクには、この運命(プログラム)しかないんだよ……!」

 

 雪菜が止める間も無く、優麻の身体から禍々しい魔力が噴き出した。

 怖気すら発する闇色の業火が優麻の身体を包み込み、あっという間に姿が見えなくなる。微かに視認できるのは赤く輝く双眸と表情だけ。それ以外の肢体は闇の衣にも似た焔によって覆い隠されてしまった。

 

「その力は、堕魂(ロスト)!? 自分の魂を悪魔に喰わせたんですか!?」

 

 契約した悪魔に己の魂を売り渡す。魔女の最終形態であり、肉体を本物の悪魔に昇華させる禁忌の業だ。完全に肉体が悪魔化してしまえば最後、もう二度と元に戻ることはない。

 

「その通りだよ。でも、心配は要らない。契約が完遂されるまで、ボクの自我が塗り潰されることはないからね」

 

「それはっ……!」

 

 契約の内容である刑務所破りが達成されてしまえば、優麻の自我は問答無用で食い潰されてしまう。魔女にとって堕魂の恐ろしさは周知の事実であるはずなのに、優麻は然も当然のように言ってのけた。

 雪菜の想像以上に優麻は追い詰められていた。当初の計画が破綻してしまったのもあるが、古城の存在が優麻の不安定さに拍車を掛けてしまったのだ。

 

「そして、今のボクにかかれば多少の無茶も無理も押し通せる……!」

 

 一瞬で雪菜の手が届かない上空に、丁度監獄結界の真上に空間転移して高々と手を掲げる。優麻の手を中心に空間が大きく歪み始め、亀裂が入り始めた。

 拙い、と剣巫としての直感が最大の警報を鳴らしていた。雪菜は己の直感に従い、即座に優麻の行動を止めようと式神の足場を飛ばすが──

 

「──邪魔はさせないよ。今この瞬間だけは、誰にも邪魔なんてさせやしない!」

 

 優麻の叫びに呼応するように空間の亀裂から無数の衝撃波と雷が迸る。無差別に溢れ出す衝撃波はあらゆる障害を寄せ付けず、幾条にも走る稲妻は足場用に放たれた式神を全て叩き落としてしまった。

 式神の全てを撃墜された雪菜は、亀裂から溢れ出す力に驚愕する。見覚えがあるどころではない、その衝雷はついさっき古城が見せた合成眷獣の力そのものだ。

 

「古城とアルデアル公が戦っていた空間。その過去と今を繋げたのさ。殆ど制御なんてできないけれど、監獄結界の封印を破るには十分すぎる力だよ」

 

 天変地異すら齎す眷獣の力が空間から溢れ出す。言葉通り制御できていない眷獣の力に襲われながらも、優麻は眼下の監獄結界に手を振り下ろした。

 ヴァトラーの合成眷獣すらも容易く捻じ伏せた暴力の一端が、容赦なく洋上の監獄に叩きつけられる。空を飛ぶ術を持たない雪菜は手も足も出ず、一連の始終を見届けることしかできなかった。

 一部とはいえ第四真祖の眷獣、それも合成眷獣の一撃は監獄結界を覆う蜃気楼のような封印を悠々と貫き、異界に隠されていた監獄を現実へ引き摺り出す。それだけに飽き足らず、有り余った破壊力は監獄である聖堂に多大なダメージを与えた。

 浮かび上がるのは巨大な人工島(ギガフロート)。凄まじい破壊に晒された聖堂は彼方此方から火の手が上がり、至る所が崩壊して内部空間を覗かしている。

 内部に広がるのはただの空洞だ。聖堂の中身は完全に空であり、そこに在るのはただの“空隙”だけだった──

 

 

 

 

 

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