“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

49 / 99
蒼の魔女の迷宮 Ⅺ

 一瞬の浮遊感の後、雪菜は崩壊しかけの聖堂内部に転移させられていた。

 埃塗れの硬い床の上に放り出されながら、雪菜は素早く体勢を整えて状況把握に集中する。不意打ち気味に空間転移させられたものの、未だに戦闘中であったことを忘れてはいない。

 聖堂内部は非常に古めかしく、薄暗い空間が広がっている。篝火などもなく、何処か陰鬱とした空気が漂っていた。

 そんな中、変わらず瘴気にも似た闇色の業火を纏った優麻が立っていた。一足では詰められない間合いを保っているあたり、雪菜に対する強い警戒が窺える。

 

「驚いたかい? 此処は監獄結界の内部。厳密には表層部分で、未だに監獄が解放されたわけじゃないんだけどね」

 

 雪菜に背を向けて優麻は聖堂の奥へと歩みを進める。足取りが若干覚束なく見えるのは無茶な魔術行使の影響だろうか。

 油断なく槍を構えたまま、雪菜は優麻の背を追いかける。無防備な背中こそ見せられているが、仕掛けるには遠い絶妙な距離感が保たれていた。

 

「姫柊さんは監獄結界について、どの程度まで理解しているのかな?」

 

「多数の国際魔導犯罪者を収監する監獄であり、南宮先生がその管理をされているとは伺いました」

 

「へえ、“空隙の魔女”はそこまで明かしたのか」

 

「厳密には、暁先輩からの又聞きですが……」

 

 複雑な表情で雪菜が答えると、優麻の動きが一瞬だけ止まった。

 

「彼は随分と彼女から信頼されていたみたいだね。道理で上手くいかないわけだよ」

 

 LCOが当初立てていた計画では、優麻が幼馴染であり第四真祖である暁古城に接触、その肉体の支配権を奪って莫大な魔力と強力な眷獣を利用する手筈であった。しかし古城が強い警戒心を持っていたことで計画は一歩目から頓挫してしまい、仕方なくヴァトラーの力を借りることになった。

 その時点で計画も何も滅茶苦茶であったが、ヴァトラーが古城に敗れたことでいよいよもってどうしようもなくなった。進退窮まった末に優麻がリスクを承知で奥の手を使うことで此処まで辿り着いたのだ。

 

「流石は“空隙の魔女”と言うべきかな。先手を取られていたわけだからね」

 

 ふと優麻が足を止め、忌々しげな目を向ける。視線の先には豪奢な肘掛け椅子が一脚だけ置かれており、一人の女性が眠るように座っていた。

 常夏の島には似つかわしくない、レースアップされたフリルまみれのドレス。人形のように整った顔立ちと指先一つ動かす様子がないこともあり、本当に人形なのではないかと疑いたくなる。

 しかし雪菜はその女性が人形ではなく、生ある女性であることを知っていた。

 

「南宮先生……!」

 

 古城の担任教師であり、行方不明になっていた南宮那月がそこにいた。

 優麻が齎らした眷獣の一撃の影響か、椅子に座る那月の身体には点々と赤い染みができている。

 

「南宮那月は監獄結界の看守であり、門番であり、扉であり、そして鍵だ。そもそも監獄結界という名称自体が、凶悪な魔導犯罪者を封印するための魔術の名前──その唯一の遣い手が彼女だ」

 

 “空隙の魔女”と恐れられる那月は、優麻と同じく悪魔と契約した魔女だ。悪魔との契約には代償の支払いが必要で、優麻の場合は監獄結界の解放という絶対命令(プログラム)刷り込み(インストール)。那月の場合は、監獄結界を死ぬまで此処で死守し続けること。

 普段、古城たちが見る那月の姿は彼女自身が作り出した幻影だ。那月ほどの魔女ともなれば、実体を持つ幻影を生み出すくらいわけない。

 本体である彼女自身はこの聖堂で眠り続けていた。十年前からずっと──

 

「監獄結界の囚人は彼女の夢の中に囚われている。彼女を破壊(ころ)せば、囚人たちは解放される。お母様も解放されるんだ」

 

 そして、優麻も己の運命から解放される──

 

「させると思いますか?」

 

 優麻の言葉に耳を傾けていた雪菜が槍を構える。彼女の狙いが眠り続ける那月だと判明した以上、雪菜は何がなんでも優麻から彼女を守り抜く。

 

「君一人で止められるのかな?」

 

 燃え盛る闇の焔を纏う優麻は微かに笑みを零し、無数の魔術式を展開させる。堕魂(ロスト)前とは比べ物にならないほどの規模と量に、然しもの雪菜も目を見開いた。

 構築された魔術式から火球、稲妻、氷槍が放たれる。何れも魔術としては初歩的な代物だが、秘めたる威力は強靭な肉体を持つ魔族ですら容易く屠るだろう。

 迫りくる魔術の脅威に対して、雪菜は回避ではなく突撃の一手を選択した。常ならば避けたであろうが、優麻の魔術の矛先は眠る那月にも向けられている。彼女を守るためにも雪菜は魔術の嵐に突っ込む他なかった。

 

「“雪霞狼”!」

 

 槍に霊力を流し込み、神格振動波の力で魔術を無効化する。無数の魔術が那月を襲う寸前で、雪菜は全ての魔術を叩き落とすことに成功した。

 

「獅子王機関の秘奥兵器。あらゆる魔力を打ち消す恐ろしい槍だけど、これはどうかな」

 

 見当違いな方向に巨大な火球が撃ち出される。火球の向かう先は那月ではなく聖堂の天井。優麻の狙いを悟った雪菜は表情を凍り付かせた。

 聖堂を震わせる火球の爆発が天井部分を破壊する。壊された天井は瓦礫となって那月に降り注ぐ。魔術や魔力に起因するものであれば絶対的有利を誇る“雪霞狼”も、何の力もないただの瓦礫には無力だ。

 人間など容易く潰して余りある質量の石塊が轟音と共に落下し、真下にあった椅子を飲み込んだ。

 瓦礫の落下で巻き上げられた粉塵が聖堂内部を覆う。視界を著しく閉ざされながらも優麻は真っ直ぐと塵煙の向こう側を見据えている。

 

「間一髪で間に合ったみたいだね。獅子王機関の剣巫は未来視ができるという話だけど、その恩恵かな」

 

 舞い上がった砂埃が落ち着くと、堆く積み重なった瓦礫の側に雪菜と那月の姿があった。寸前で優麻の狙いを察知した雪菜が、死に物狂いで那月を椅子から抱えて離脱したのだ。

 優麻が那月の殺害(はかい)に固執していると事前に把握できていたからこそ間に合った。しかし状況は未だに雪菜が不利であることに変わりない。むしろ悪化したとも言える。

 如何な雪菜であっても、全く動く気配のない人一人を抱えて優麻と渡り合えるとは思わない。堕魂の影響で魔力量も格段に跳ね上がり、第四真祖に勝るとも劣らない代物だ。

 絶望的な状況に立たされてなお雪菜は気丈に立ち向かう。古城に頼まれたから。絃神島を守るため。何より、優麻のためにも退くことはできない。

 擦り傷塗れのまま力強く見返す雪菜。言葉にせずともその顔が雄弁に不退転の意思を物語っている。

 

「諦めが悪いね。お荷物を抱えた状況でボクを止められると思っているのかい?」

 

 意思は折れなくとも限界はある。雪菜がどれほど足掻こうとも、優麻から那月を守りながら戦うのには無理がある。

 

「それでも、諦める理由にはなりません」

 

 毅然とした態度で雪菜は返した。

 頑な姿勢を崩さない雪菜に、優麻は焦れたように語調を僅かに荒げる。

 

「無駄な足掻きだよ。いくら君が強くたって、一人では──」

 

「──誰が一人だなんて言ったのかしら?」

 

 凛とした声が聖堂内に響いた。

 雪菜と優麻が反射的に声の発生源に目を向ける。そこには“雪霞狼”に似た銀の長剣を携えた少女──紗矢華が立っていた。

 

「──紗矢華さん!」

 

 頼もしい助っ人の登場に雪菜はぱっと表情を明るくした。

 

「遅くなってごめんね、雪菜。もう大丈夫、私が来たわ」

 

 大好きな雪菜の期待の眼差しを受けて紗矢華は得意げに胸を張る。若干息が上がっているように見えるのは、メイヤー姉妹との戦闘からそのまま駆け付けたからだろう。それでも今の雪菜にとってはこれ以上にない援軍だった。

 一方の優麻は新手の登場に苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「時間を掛け過ぎたか……」

 

 古城とヴァトラーの戦闘の決着を待っていたために時間を食ってしまったのは事実だ。だが紗矢華がこの場に間に合ったのは他にも要因がある。

 メイヤー姉妹が殆ど相手にならなかったのだ。

 かつて北海帝国領アッシュダウンにて危険な魔術儀式を敢行し、州都一つを丸ごと消失させた国際魔道犯罪者。LCOの尖兵としてこの絃神島に乗り込んだメイヤー姉妹であったが、古城がそれとなく彼女たちの悪魔の正体を紗矢華とラ・フォリアに伝えていたがために、その実力の真価を発揮することなく打破されてしまったのである。

 おかげで紗矢華はアルティギアの使者にラ・フォリアを預けた上で、今この場に間に合うことができた。ある意味で古城のファインプレーだ。

 雪菜と紗矢華は無言で視線を交わして互いの意思を伝え合う。長くルームメイトとして生活してきた二人にはそれだけで十分だった。

 未だなお目覚めない那月を守るように紗矢華が立ち、雪菜は迷いない足取りで優麻に対峙する。

 

「もう終わりにしましょう、優麻さん」

 

「終わらないよ。監獄結界を破ってお母様を解放するまで、ボクは終われないんだ……!」

 

 立場が逆転してしまったとしても優麻に諦める意思はない。今にも肉体ごと精神を喰らい尽くしかねない業火を昂らせ、限界まで魔術式を展開する。

 聖堂を埋め尽くしかねない規模の魔術式を前にしても雪菜に焦りはない。変わらず泰然とした態度のまま言葉を紡ぐ。

 

「いいえ、終わりです。こんな茶番は此処で終わらせます」

 

「茶番だって?」

 

 見え透いた挑発だと、理解していたが優麻は表情をささくれ立たせた。自分の存在意義そのものを茶番呼ばわりされれば誰だって怒るだろう。

 しかし雪菜は優麻の視線を受け流し、躊躇なく言葉の刃を差し込む。

 

「はい、茶番です。だって優麻さんは、監獄結界を破るつもりなんてないんですから」

 

「なにを、言って……」

 

 雪菜の発言に優麻は動揺を隠せない。声を大にして反論しなければならないのに続く言葉は出てこない。

 そんな優麻に雪菜は容赦なく切り込み続ける。

 

「優麻さんが本気で監獄結界を破るつもりだったのなら、もうとっくに監獄は破られています。それだけの力をあなたは持っているはずですから」

 

 雪菜の指摘は何も間違っていない。堕魂というリスクを背負うことに変わりはないが、古城とヴァトラーの決着を待たずに監獄結界を通常空間に引き摺り出すことはできたはずだ。

 舞台を聖堂内部に移してからも同じだ。優麻は雪菜も一緒に聖堂へと空間転移させたが、そんな必要は微塵もなかった。一人で転移して無防備な那月を葬ればそれで良かったはずなのだ。

 それをしなかったのは一重に優麻の中で監獄破りの優先順位が一番でなかったからとしか考えられない。

 鋭い指摘に優麻は二の句を継げなかった。自分自身ですら目を逸らそうとしていた本心。しかし雪菜は目を逸らすことを許さない。彼女が心の底に押し込めようとしている本音を引き出すために言葉を繋ぐ。

 

「あなたは待っていたんです。止められるのを期待していたんです」

 

「違う……」

 

「はい、違います」

 

 間髪入れない返しに優麻はポカンと口を開く。よもやこのタイミングで否定されるとは思っていなかったのだ。

 だからだろう。生まれた意識の間隙に致命の一撃が叩き込まれた。

 

「──優麻さんが待っていたのは、暁先輩です」

 

 反論を差し込む余地もないほどの力強い断言に、優麻は露骨に顔色を悪くさせた。雪菜の言葉を否定しなければならないのに、唇が震えて声が出ない。

 悪魔との契約で優麻は監獄破りを意識の深層レベルで刷り込まれている。常に監獄結界を破らなければならないという強迫観念に襲われ続け、焦燥は今この時も高まり続けていた。

 優麻が契約の呪縛から解放されるには監獄結界を破る他ない。余計な感傷に浸っている余裕などありはしないのだ。それでも──

 

『待っててくれ──ユウマ』

 

 大切な幼馴染の面影がどうしても脳裏を過ぎってしまうのだ。

 人生の全てを生まれた時から決定付けされていた。その中で唯一、自分の意思で選んで手にした何よりも大切な繋がりが、優麻の行動にブレーキをかけている。

 

「違う。ボクは、お母様を解放するためだけに、設計(つく)られた……道具なんだ!」

 

 自分に言い聞かせるように優麻が絶叫した。呼応するように闇色の業火が爆発するように広がり、聖堂内部が火の海と化す。

 聖堂そのものを燃やし尽くさんと燃え盛る焔。その激しく揺らめく様は優麻の心をそのまま表しているようだった。

 

「優麻さんは道具なんかじゃないです。監獄結界を破るための道具になんてさせません──!」

 

 火の海の只中に立たされながらも雪菜に焦りはない。行手を塞ぐ業火も飛来する無数の魔術も全て斬り裂き、一条の銀閃となって疾走する。

 

「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 粛々と雪菜の唇が祝詞を紡ぐ。勝利を祈願する巫女のように、あるいは祈りを捧げる聖女のように。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 有らん限りの霊力を注ぎ込まれた銀槍が眩いばかりの閃光を放つ。あらゆる魔を祓う槍の一閃は、容赦なく優麻を覆う業火を斬り裂いた。

 茫然と立ち尽くす優麻。その足元からじりじりと焔が噴き出そうしている。契約した悪魔が優麻の魂を逃さまいと、地獄から手を伸ばそうとしていた。

 

「──優麻さん!」

 

 槍を手放して雪菜は手を伸ばす。忘我していた優麻は雪菜の必死な様子に思わず差し伸べられた手を取っていた。

 あとは手を引くだけ。雪菜は力を振り絞って、再燃しようとしていた業火から優麻を引き摺り出した。

 勢い余った雪菜と優麻の二人が縺れ合うように床に転がる。同時に聖堂内部を覆っていた闇色の業火が名残惜しげに消えた。後に残ったのは耳に痛いほどの静寂だけだ。

 

「無茶をするね。下手をすれば君も飲まれていたかもしれないのに」

 

 硬く冷たい床に仰向けで転がりながら優麻が呟いた。

 

「それでも、見捨てる選択肢はありませんから」

 

「どうして……?」

 

 知り合ってたった一日の人間のために、どうしてそこまでできるのか。古城の幼馴染で、彼に頼まれたからなのか。それとも──

 軽くスカートの汚れを払いながら立ち上がった雪菜は、はにかむように微笑を零しながら答える。

 

「優麻さんがいなくなったら、寂しいと思ったからです。知り合ってからの時間は短いものですが、昨日一日だけでも優麻さんとみんなで過ごす時間はとても楽しいものでした。だから──」

 

 仰向けのままの優麻に手を伸ばして、

 

「──自分を道具だなんて卑下するのは辞めてください」

 

 心からの悲しみを滲ませて雪菜はそう言った。

 かつてオイスタッハ殲教師に道具と卑下され、古城の言葉で立ち直ったことのある雪菜は、自分を道具に貶めることの悲しみを知っていた。だからこそ雪菜の言葉には確かな重みがあって、優麻の心にストンと落ちた。

 再び差し出された少女の手を見つめ、ややあって優麻はその手をもう一度取り直す。

 

「完敗だ。姫柊さんの諦めの悪さと天然ジゴロには敵いそうにないや」

 

「なっ、それはどういうことですか!?」

 

 聞き捨てならないと顔を赤くする雪菜と、そんな反応を見て楽しげに笑みを溢す優麻。ついさっきまで凄まじい焦燥に駆られていたとは思えないくらい、その表情は憑物が落ちたように晴れやかだった。

 

「万事解決ってことでいいのかしら?」

 

 全て丸く収まったと見て、紗矢華が雪菜と優麻の元へ歩み寄ってくる。その隣にはいつの間に目を覚したのか、自分の両足で立つ那月の姿もあった。

 

「南宮先生! あの、ご無事ですか……?」

 

「今の私が無事に見えるのなら、医者に掛かることを勧めるな」

 

 いつもの舌足らずながらカリスマに溢れた口調で言う那月だが、その声音には隠しきれない疲労とダメージが滲んでいた。封印を破る際の一撃で多大なダメージを受けていたのだ。今の今まで眠っていたのもそれが原因だろう。

 

「全く、派手に暴れてくれたものだな」

 

 聖堂内の酷い惨状に嘆息しながら、那月は下手人である優麻に目を向けた。

 

「それで、仙都木阿夜の娘。まだ続けるか?」

 

「……いいや、やめておくよ。どうやらボクには、監獄結界をどうこうできない理由ができてしまったみたいだからね」

 

 そう言って優麻はちらと雪菜を見やった。唐突に目を向けられた雪菜は首を傾げるだけだが、側にいた紗矢華には視線の意味が理解できたらしい。この子は私の妹よ! とばかりに雪菜を目一杯に抱きしめる。

 そんな少女たちのやり取りに那月は呆れたように溜め息を零す。

 

「それで、あの不良真祖は何処へ行った? 恩師に手を上げておいて顔も見せないとは、いい度胸だな」

 

「あ、いえ、違うんです。説明するとややこしいんですが……」

 

 那月の怒りの矛先が古城に向きそうになるのを修正しようと雪菜は口を開いて、ふと優麻の様子が可笑しいことに気付く。

 ついさっきまで見せていた笑顔が鳴りを潜め、足元から這い上がる冷気に震えるように身を抱きしめている。ここまでの戦闘の無理が祟ったのかと思ったが、違う。これは──

 

「どうして、これは……」

 

「優麻さん?」

 

 ふらふらと一歩二歩、雪菜たちの輪から離れるように優麻は後退していく。同時に彼女の背後の風景が陽炎のように揺らめき、蒼い騎士が滲み出すように姿を現す。魔女の守護者だった。

 既に決着はついた。今この場で守護者を呼び出す必要性はない。しかし優麻の背後に現れた蒼い騎士はカタカタと耳障りな音を立てながら、腰に帯びた剣に手を伸ばそうとしている。

 

「止めるんだ、“(ル・ブルー)”!」

 

 自分の意思に反して動き出そうとする守護者を抑えようとする優麻。しかし騎士は主人の命令には耳を傾けず、すらりと抜き放った剣身を引き絞るように構えた。切っ先は優麻を真っ直ぐに据えている。

 呆然と優麻は己の胸に向けられた剣を見ることしかできない。雪菜たちは予想だにしない騎士の反逆に対応が遅れて間に合わないだろう。

 

「お母様。そこまでして、あなたは……」

 

 絶望に暮れながら優麻は迫り来る長剣の切っ先に対して目を閉ざした。

 ざしゅ、と肉を貫く生々しい音が聞こえ、聖堂の床に赤黒い血が飛び散る。しかしいつまで経っても優麻の身体を剣が貫いた痛みが襲うことはなかった。

 何が起きたのか、確認しようと恐る恐る目を開くと──自分を庇うように立つ少年の背中がそこにあった。

 

「……え?」

 

 間の抜けた声が優麻の唇から零れ落ちる。理解が追いつかない状況にただ呆けていることしかできない。騎士に対処しようと動き出していた雪菜と紗矢華も、凄まじい勢いで飛び込んできた少年に言葉を失っていた。

 少年──暁古城がゆっくりと首を巡らし、呆然と立ち尽くす優麻にぎこちなく笑いかける。

 

「──ごめん……遅く、なった……」

 

 途切れ途切れに話す古城。その口元から少なくない量の血が吐き出される。優麻を庇って騎士の剣をその身に受けたのだ。

 

「先輩!?」

 

「暁古城!?」

 

 慌てて雪菜と紗矢華が駆け寄ろうとして、後ろにいた那月の息遣いが苦しげなものに変わっていることに気付く。振り返れば、何処からか転移させられた剣の切っ先に那月が貫かれていた。

 

「やってくれたな、阿夜……!」

 

「南宮先生、そんな……!?」

 

 古城を貫いた騎士の剣は空間転移によって那月をも串刺しにした。常ならばこの程度の目眩しに騙される那月ではないが、眷獣によるダメージと僅かな気の緩み、そして眼前で古城が貫かれたことで生じた動揺を突かれてしまったのだ。

 カタカタと笑うように鎧を鳴らしていた騎士が剣を引き抜く。その場に縫い止められていた古城と那月の身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。床への落下はそれぞれ優麻と雪菜が受け止めることで阻止された。

 

「どうして、ボクを庇って……」

 

 ──君はボクの知る古城じゃないのに。

 

 頭上から降り掛かる呟きに、最後の力を振り絞って古城は答える。

 

「“ユウマ”が……助けを求める顔を、してたから、な……」

 

 血に濡れた手が優麻の頬に触れ、そのまま力なく床に落ちる。心臓を一突きされ、完全に息の根が止まったのだ。

 

「──ぁ」

 

 優麻の喉から堪え切れない嗚咽が洩れ出る。我慢の限界だった。何より、文字通り命を賭して駆け付けた目の前の少年に、大切な幼馴染の面影をはっきりと認めてしまったのだ。

 

「ああ、あああああああ──っ!」

 

 魔女の慟哭が薄暗い聖堂に響き渡った。

 

 

 

 

 

 




メイヤー姉妹は犠牲となったのだ、作者のモチベ維持の犠牲にな……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。