“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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日間ランキングに入っていて吃驚な今日この頃。


聖者の右腕Ⅳ

 絃神島南地区、通称アイランド・サウスは住宅が多く集まる地区だ。暁古城が住むマンションもまた、アイランド・サウスに建つ比較的背の高い住宅の一つであった。

 本日は夏休み最後の一日。英語以外に追試も補習もない古城は一日フリーだ。そのため昼過ぎくらいまで惰眠を貪ってもよかったのだが、今日は隣の七〇五号室に雪菜が越してくる日であった。それを昨日のうちにさりげなく聞き出しておいた古城は引越しの荷物運びを手伝うため、平日と変わらぬ時間帯に起床していた。

 いつもの如く鈍い頭痛に襲われながらリビングに出ると、なにやら凪沙が慌ただしい様子で支度をしていた。

 

「あ、古城くん、起きたんだ。いつもなら休みの日は昼まで寝てるのに、珍しいね」

 

「ああ、姫柊が隣に越してくるそうだから、荷物運びを手伝う約束しててな」

 

「あれ、古城くんも知ってたんだ。なあんだ、内緒にしておこうと思ってたのに。つまんないの」

 

 凪沙がぶーと唇を尖らせる。そんな妹に、はしたないぞ、と古城は欠伸混じりに言う。

 しかし凪沙は古城の小言を華麗にスルーして、

 

「そっか、じゃあお夕飯のお買い物頼んでいいかな。今日は雪菜ちゃんの歓迎会するから。お品書きは寄せ鍋で、具材は古城くんに任せるね。じゃあ、凪沙は部活だから行くね。あ、あと朝ご飯、時間がないから自分で用意してね」

 

 口を挟む余裕もない程のマシンガントークをかまして、凪沙は突風の如く出かけていった。

 嵐のように去っていった凪沙に圧倒されていた古城だが、すぐに再起動して自分も支度をする。テキパキと身支度を済ませ、古城は財布だけ持って家を出た。

 エレベーターで一階に降りて正面玄関から外に出ると、古城を迎えてくれたのは朝日と熱気であった。

 

「ぐっ、朝なのにこの暑さって。昼間はどうなるんだか……」

 

 お陰で眠気は吹き飛んだが、やはり辛いものは辛い。

 古城は憂鬱にパーカーのフードを被り、首を巡らせる。そして正面玄関の柱の一つに寄りかかる、彩海学園中等部の制服を着たギターケースを背負う少女の姿を発見した。

 

「おはようさん、姫柊」

 

「おはようございます、暁先輩」

 

「荷物はまだ届いてないみたいだな」

 

「はい。もうそろそろだと思いますけど」

 

 言って雪菜が敷地の外に目を向けると丁度一台の小型トラックが入ってきた。

 トラックは古城たちのいる玄関前に停車した。そして中から降りてきたのは運送会社の制服を着た配達員が二人。元気よく挨拶をする配達員に古城は荷物を運ぶ旨を伝え、荷物受け取りのサインをする雪菜に一声かけてから七階へと戻る。

 たった三つだけの段ボール箱を七〇五号室の玄関横に置いて雪菜が上がってくるのを待つ。少しして、エレベーターから雪菜が出てきた。

 

「お待たせしました」

 

「いや、ぜんぜん。とりあえず鍵開けてくれるか」

 

「はい」

 

 玄関の施錠を解いて部屋に入っていく雪菜のあとに続いて、段ボール箱を一つ抱えて古城も入っていく。

 雪菜が住む七〇五号室は隣の暁家と造りは同じ、3LDKの部屋だった。引っ越したてで家具の一つもないのが酷く殺風景に感じられる。

 カーテンを開く雪菜に、古城は段ボール箱を置きながら尋ねる。

 

「なにもないけど、荷物はあれだけか?」

 

「はい、そうですよ。高神の杜では学生寮に入っていたので、あまり私物がないんです」

 

「ベッドもなにもないけど、日用品とか大丈夫か?」

 

「問題ありません。わたしならどこにでも寝られますし、段ボールもありますから」

 

 平然と言う雪菜に古城は頭痛を堪えるように頭を抱える。

 隣に住む女の子が家を持ちながらまさか段ボールで寝ると言い出すとは、正直信じられなかった。これは由々しき事態であると古城は少しばかり真剣な表情を取り繕う。

 

「姫柊、支度金とかは出てるのか」

 

「出てますよ、一千万ほど」

 

「……まあ、核爆弾の監視みたいなもんだしな。それくらい出してくれてもおかしくないか」

 

 古城は自虐的に言って支度金の金額に納得して続ける。

 

「じゃあ今から家具とか日用品を買いに行くか。俺も今日は暇だから手伝ってやれるし」

 

「いいんですか?」

 

「構わないよ。そのかわり、夕飯の買い出しにも付き合ってくれよ。凪沙が姫柊の歓迎会をするんだー、って張り切ってたからさ」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「遠慮するなって。引越ししたばっかで色々忙しいだろうし、凪沙も言い出したら止まらないからさ」

 

「……分かりました。お邪魔させていただきます」

 

「おう」

 

 古城が残りの段ボール箱を運び込み終えてから、二人は家具と日用品を揃えるために街へと繰り出すのだった。

 

 

 ▼

 

 

 午前の丸々を家具を見繕うのに費やし、昼休憩を挟んで午後からはホームセンターで日用品を買い揃えた古城と雪菜。二人は夕飯の買い出しのためにスーパーへと訪れていた。

 

「まさか姫柊があそこまで世間知らずだとは……」

 

 カートを押しながら呟く古城の表情は憔悴している。原因は物珍しさに雪菜が彼を意図せずして引きずり回したからだ。

 古城の隣に並ぶ雪菜が恥ずかしげに目を伏せる。

 

「す、すいません。つい気になってしまって……」

 

「いや、気にしなくていいよ。予想はしてたから」

 

 気にするなと優しく笑う古城。そんな彼の横顔を見つめて、前々から気になっていたことを雪菜は少し表情を固くしながら訊いた。

 

「あの、先輩は凪沙ちゃんに第四真祖であることを隠してますよね」

 

「そうだな。凪沙には、いや、一人を除いて俺は(、、)誰にも言ってないよ」

 

 古城の妙なアクセントの入りに雪菜は細首を傾げるも話を続けた。

 

「前にもお聞きしましたが、先輩はなんの目的があってこの魔族特区に居るんですか?以前、先輩が仰っていた理由は、別にこの島に住まなくとも為せると思うんです」

 

 真剣な顔で雪菜が問うてくる。

 雪菜の疑問は至極真っ当である。護りたかった云々は置いておくとして、護りたいものがあるならば魔族特区に移り住む必要性はない。むしろ本土よりも魔族特区のほうが危険は多いだろう。護りたいものがここにあったのならば話は別だが。

 古城はとりあえず、自分と雪菜の間にある認識の齟齬を指摘することにした。

 

「そうだな、まず凪沙に関してだけど。あいつ、実は重度の魔族恐怖症なんだ。だから、凪沙には俺の正体を話してない。話して危険に巻き込みたくもないしな」

 

「そうなんですか……」

 

 雪菜が驚いたように目を丸くする。魔族特区の住人が魔族に恐怖を抱いているというのは、少々おかしな話である。だが実際、凪沙は魔族を前にすると酷く怯えてパニックに陥ってしまう。原因は過去に起きた事件なのだが、その時の記憶を失っている古城がそれを言うわけにはいかない。

 

「それと、姫柊は勘違いしてる。俺は第四真祖であったから絃神島に来たんじゃない。ここに移り住んでから第四真祖になったんだ」

 

「え……そんな、ばかな……」

 

 驚愕に歩みを止めて雪菜は呆然と古城を見つめる。その顔には、信じられないと書いてあった。

 

「冗談ですよね、暁先輩?」

 

「残念ながら、事実だよ」

 

「そんな、ありえません。人間が後天的に真祖になるだなんて、それこそ今は亡き神々の秘呪で不死の呪いを受けない限り不可能です!」

 

「いや、神様に知り合いはいないよ……多分」

 

 自信なさげに呟いたのは確証がなかったから。第四真祖になった理由こそ神様なんて関係ないが、彼が暁古城に成り代わったのにはもしかしたら何処ぞの神様が関連しているかもしれない。そんな思いがあったから、古城は弱々しく付け足したのだ。

 しかし古城の呟きは興奮している雪菜には届いていない。

 

「だったら、他にどうやって──」

 

 そこまで言って雪菜ははたと気づく。失われた秘呪を受ける以外の真祖に至る手段に。

 顔を青ざめさせて雪菜が恐る恐る訊く。

 

「まさか、真祖を喰らったんですか、先輩?」

 

 同族喰らい。新しい真祖として誕生するのではなく、既に存在する真祖を喰らうことでその能力と命を奪い、真祖として成り代わる方法である。古城はその同族喰いを先代の第四真祖相手にやってのけたのだ。

 しかし、魔力の劣るただの人間が、神々から呪われた真祖の力を喰らうだなんて常識的に考えて不可能だし、まず試みようとも思わない。けれど目の前の少年はその常識を覆し、第四真祖に至ったという。

 途端に雪菜の古城を見る目に畏怖と強い警戒が浮かぶ。そのことに古城は一抹の寂しさを抱いた。

 

「まあ、俺が喰らったというよりは、譲り受けた感じだったんだと思う」

 

「思う?」

 

「実を言うと、俺はその時のことを憶えてないんだ。記憶が根こそぎ奪われてるというか、思い出そうとすると頭が痛くなる。だから正直、俺も気がついたら吸血鬼になっていた、って感じなんだ」

 

「それは……」

 

 記憶喪失という古城にどんな反応を返せばいいか分からず、雪菜は困惑の相を浮かべる。ただ、古城の記憶喪失に関して疑いの念は抱いていないようにみえる。

 

「疑わないのか?」

 

「いえ、嘘をついてるようには見えませんし、無理に思い出そうとして倒れられても困りますから」

 

 雪菜なりに気を遣ったのだろう。古城は彼女の気遣いに感謝して、再びカートを押して歩き出した。

 

「でも、いったいどうして……」

 

 それでも気掛かりなのか、雪菜は買い物中ずっと心ここに在らずといった様子で頭を悩ませていた。

 そんな雪菜に古城はチクリと罪悪感を感じつつ、寄せ鍋の材料をカゴに放り込んでいった。

 

 

 ▼

 

 

 買い物を終えた古城と雪菜は一杯の荷物を抱えて夕暮れに染まる家路を急いでいた。

 

「ちょっと長居しすぎたな……凪沙のやつ、怒ってないよなぁ……」

 

 憂鬱に言う古城の両手には雪菜の日用品と大量の食材。普通に考えて一人で持つには大きすぎる荷物を、しかし古城は吸血鬼の腕力で抱えて小走りしている。そんな古城の隣を比較的軽い荷物を持って雪菜が並走していた。

 駆け足でモノレール乗り場に辿り着き、今まさに出発しようとしていたモノレールに二人して駆け込む。

 

「ギリギリセーフだな」

 

「そうですね」

 

 若干息を切らしながら雪菜が頷いた。

 古城もまた、切れ切れの息を整えようとして、

 

「あれ?古城?」

 

 背後から聞こえた声に振り返った。

 そこにいたのは古城のクラスメイトであり、今日も今日とて華やかに決めている浅葱だった。

 浅葱は古城の持つとんでもない量の荷物に目を丸くし、次いで隣にいた雪菜を視界に収めると表情を固くした。

 

「えっと、これはどういう状況?それに、その子、誰?」

 

「ああ、ちょっと買い物帰りでな。こいつは姫柊。家の隣に引っ越してきた子で、夏休み明けから凪沙のクラスメイトになるんだ」

 

「姫柊雪菜です。藍羽浅葱先輩ですよね。どうぞよろしくお願いします」

 

「あ、うん。あたしのこと、知ってるの?」

 

「はい、暁先輩の調査しりょ──あいたっ!?」

 

「俺が話したんだよ。仲の良い友達がいるって」

 

 盛大に墓穴を掘ろうとした雪菜を小突いて、古城が前に出た。

 二人の奇妙なやりとりに浅葱は僅かに顔を顰めるもそれ以上は突いてこなかった。一応古城の転校生という話には筋が通っていると判断したのだろう。だが、理性で理解できても感情はなかなか納得ができないらしい。浅葱は雪菜に対してどことなく警戒心を抱いているようだ。

 ふむ、と古城は顎に手をやって、

 

「そうだ、これから姫柊の歓迎会を家でやるんだけど、浅葱も参加しないか?」

 

「え、あたしも?でも、いいの?邪魔じゃない?」

 

 古城のお誘いに浅葱は雪菜のほうを見やる。浅葱の視線を受けて雪菜は小さく頷いた。

 

「わたしは構いません」

 

「だってさ。それに人は多いほうが盛り上がるだろうし、浅葱なら凪沙も喜ぶさ。食材も足り……買い足せば問題ないだろ」

 

「ちょっと古城、今どうして言い換えたのかしら」

 

「一昨日のファミレスでの一件を俺は忘れていない」

 

「あれは、ちょっと食べすぎたというか、その……」

 

「ま、別にいいさ。沢山食べることはなにも悪いことじゃないし」

 

 口ごもる浅葱に気にするなと古城は笑う。

 

「で、どうする?」

 

「えっと、じゃあお邪魔させてもらおうかしら」

 

 幾分か機嫌を良くして浅葱は歓迎会への参加を決めた。

 一行に浅葱を加えて、三人は歓迎会会場である暁家へと向かった。

 

 

 ▼

 

 

 姫柊雪菜歓迎会は恙無く終了した。

 浅葱の参加が決定したあと改めて食材を買い足した結果、寄せ鍋は軽く十人前を超えた。しかしそこは古城含める四人、特に浅葱が旺盛な食欲を発揮してしっかり完食した。初めて浅葱の食べる姿を見た雪菜は若干引いていたが。

 雪菜と浅葱の関係は古城の目論見通り、仲の良い学校の先輩後輩といった具合に落ち着いた。緩衝材として凪沙も一役買ってくれたし、面倒見の悪くない浅葱と素直な性格である雪菜の相性は悪くなかった。同じ鍋を囲んだというのも大きいだろう。

 友人と隣人の関係が険悪なものにならなくて良かった、と古城はほっと安堵に息を吐いた。

 既に浅葱も雪菜も家に帰っている。浅葱には送っていこうかと古城が提案したのだが、本人に断られてしまったためあえなく片付けに従事することに。凪沙と共同して片付けためそこまで労力はかからなかったが、凪沙のほうは満腹で動けなさそうだ。

 薄っぺらいキャミソールという格好でソファに寝転がる凪沙。よほど雪菜と浅葱との鍋パーティーが楽しかったのか、その表情は緩みまくっている。

 

「食べてすぐ寝ると体に悪いぞ」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。凪沙は強いから」

 

「どの口が言うか」

 

 凪沙は何度か体調不良で入退院を繰り返していた時期がある。そんな凪沙の言葉に説得力など欠片もなかった。

 ぐうたらな凪沙を呆れ混じりの眼差しで見つつ、古城は愛用の黒いパーカーを羽織る。

 

「あれ、出かけるの?」

 

「少し経ったらな」

 

「じゃあ、アイス買ってきてよ、アイス。バニラがいいなあ。あ、でも、面白そうなのがあったらそれでもいいよ」

 

「兄を顎で使うとは……」

 

「お願い!古城くん」

 

「はいはい」

 

 ぞんざいに了承して、それから十分程経ってから古城は家を出た。

 うだるような熱帯夜の熱風を浴びて古城が嘆息を漏らすと、隣の部屋の扉ががちゃりと音を立てて開く。

 中から出てきたのは制服にギターケースを背負った雪菜だった。古城の外出する気配に気づいて出てきたのだろう。微妙に髪が濡れていたり頬が上気しているのを見る限り、恐らく風呂上がりからそう時間は経っていない。

 

「こんな時間に、どちらへお出かけですか」

 

 どこか警戒混じりに尋ねる雪菜に、古城は苦笑いで答えた。

 

「凪沙に使いを頼まれてな。コンビニまでアイスを買いに行くんだよ。姫柊こそ、風呂上がりに外へ出たら湯冷めするぞ」

 

「な、なんで風呂上がりだって分かったんですか?」

 

「そんな分かりやすく風呂上がりな顔してたら誰でも分かるわ」

 

 髪と頬を指差して古城が言う。

 雪菜は指摘されて恥ずかしくなったのか更に頬を赤く染め、くしくしと髪の毛を弄り始めた。

 

「わ、わたしは監視役ですから。先輩が出かける以上、わたしもついていきます」

 

 動揺しながらもそう言う雪菜。雪菜が言うのだからまだいいが、これが見知らぬ他人からであったら古城は即座に回れ右をして逃げているだろう。

 仕方ないと古城は一度家に戻る。自分の部屋に入り、クローゼットから軽く羽織る物がないか探す。そして少し奥のあたりにあった新品同様の白いパーカーを見つけて、古城は少し躊躇いながらもそれを手に取った。

 白いパーカーを片手に古城が家を出ると、そこにはやはり生真面目な表情で見張っている雪菜の姿があった。

 

「ほら、これでも着とけ。いくら外が暑くてもよくないだろ」

 

「……ありがとうございます」

 

 おずおずと古城からパーカーを受け取り着込む雪菜。

 古城の羽織る黒いパーカーと雪菜が着る白いパーカー。どちらもメーカーは同じだが色だけ違う。白と黒で対照的な印象を感じられる。

 

「行くか」

 

「はい」

 

 雪菜を連れ立って古城は夜の絃神島へと繰り出した。

 古城と雪菜宅があるアイランド・サウスは住宅密集地区である。そのため夜間帯は人通りが少なくなるのだが、駅前まで行くとその限りではない。

 深夜営業のファミレスやファーストフード店。漫画喫茶にゲームセンターと──

 

「あ……」

 

 ゲームセンターを通り過ぎようとした所で雪菜が声を上げた。その視線はゲームセンター前に置かれた四角の筐体、クレーンゲームの景品へと固定されている。

 古城は雪菜の視線の先にある物を見て、あぁあれか、と微苦笑を浮かべた。

 

「ネコマたん……」

 

 雪菜が凝視しているのは二頭身の猫のマスコット。尻尾の先が二股になっていて、招き猫をふかふかにしたような姿はどことなく愛嬌がある。

 

「そういえば、猫が好きだったよな」

 

 古城の脳裏に浮かぶのは修道院での光景。子猫たちと無邪気にじゃれ合う雪菜の姿を思い出して、古城は優しげな眼差しになる。

 

「やってみるか」

 

「え、でも。どうやって……」

 

「ま、見てろって」

 

 クレーンゲームをイマイチ理解してない雪菜を置いて、古城は百円玉を取り出して筐体に投入した。

 コミカルな電子音が流れ出して、古城はボタンを操作してクレーンを動かしていく。取り出しやすい位置にあったネコマたんの上でボタンを離し、あとは神頼み。

 ゆっくりと降りていったクレーンは狙い違わず人形を掴み、そのまま上昇し取り出し口へと向かっていく。そしてあと少しというところで──

 

「──そこの彩海学園生徒ども。こんな時間に何をしている?」

 

 背後から投げかられた若干舌足らずな声に雪菜が彫像のように硬直した。

 古城は筐体のガラスに映る黒いワンピース姿の英語教師を見て苦笑いを浮かべる。ついでにその教師がさぞ愉しげに笑っているのもよく見えていた。

 恐らく生徒指導の見回りの最中だったのだろう。古城と雪菜は運悪く那月に見つかってしまったらしい。

 

「そこの男。如何にも英語の追試を食らってそうなおまえだ。フードを脱いでこっちに顔を見せてもらおうか」

 

 ふふっと笑み混じりに言う那月。どうやら古城をじわじわと甚振って弄ぼうという魂胆のようだ。

 まったくこの人は……、と古城が呆れる一方、真面目な優等生として育ってきた雪菜はこの状況に顔を青ざめさせていた。

 仕方ないな、と古城は落ち着かせるように雪菜の肩を叩きつつ振り返ろうとして──

 

 ──ズシン……!

 

 鈍い衝撃が絃神島を襲い、続いて耳を劈く爆発音が響き渡った。

 

「──那月先生(、、)!」

 

「言われなくとも分かっている」

 

 フードを脱ぎ捨てて古城が叫び、那月が爆発音の発生源へと目を向ける。雪菜もまた、異常事態の発生に気を引き締め直す。

 爆発音は未だに止むことなく続いている。その正体が何かを悟り、那月と雪菜が表情を固くする。古城は原作知識で知っていたため驚きこそ少ないが、その瞳は真剣そのものだ。

 直後、人工島(ギガフロート)上空に巨大な火球が出現し、地上へ落下する。遅れて再び爆音が鳴り響き、熱風が人工の大地を吹き抜けていく。

 

「眷獣か……」

 

 夜の空に浮かび上がった燃え盛る炎の眷獣。姿は鳥に似ているそれは、魔力の塊が意志と形を持った存在だ。

 魔力の質と規模からして眷獣を操っている吸血鬼はかなりの大物。長老(ワイズマン)貴族(ノーブルズ)レベルとはいかないが、間違いなく“旧き世代”の使い魔だろう。

 そんな輩と戦闘をしている者がいる。島を揺るがす程の力を持つ吸血鬼と、未だに交戦を続けているのだ。相手もまた只者ではないだろう。

 

「ちっ、暁古城、おまえたちは──」

 

「近辺に市民がいないかの確認と避難誘導でいいな?」

 

 帰らせようとする那月を遮って、古城は隣にいた雪菜の手を掴んで既に動きだしていた。

 

「待て、暁古城!余計なマネは──」

 

 那月が何事か叫んでいるが、それも断続的に響く爆音に掻き消された。

 古城は雪菜の手を引いて現場へと急行した。

 

 

 

 

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