“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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短いエピローグみたいなものです。


蒼の魔女の迷宮 Ⅻ

 かつては絃神島本島と増設人工島(サブフロート)を行き来するための手段であった連絡橋。黒死皇派によるテロ事件の際にヴァトラーの手で破壊され、今回の古城とヴァトラーの決闘の余波で完全に崩壊してしまっている。

 元より人が寄り付く要素もなく、天災にも匹敵する眷獣の衝突によって人影一つないそこに、一塊の影が海から這い出てきた。

 影の正体は二人の少女と少年だった。

 ぐったりと身動ぎ一つしない少年を、小柄な少女が殆ど引き摺るような形で海から引き上げようとしている。

 少女は珍妙な格好をしていた。黒一色のワンピースとニーソックスはやや大胆なものであるが珍しくはない。しかし頭頂部で存在感を主張する獣耳カチューシャと肉球付きブーツが、果てしない違和感を醸し出している。

 恐らくは仮装用の衣装なのだろう。波朧院フェスタでお祭り騒ぎの絃神島において、その格好は別段おかしなものではない。

 ある程度波打ち際から離れた場所まで辿り着くと、少女は引き摺り上げた少年を丁重に下ろした。

 ここまで運ばれた少年は仰向けのまま動かない。胸が上下しているので息はあるはずだが、目覚める気配は感じられなかった。

 手加減されていたとはいえ、現時点で届くはずのない格上との激闘。不意打ちで胸に風穴を開けられた上での自爆。極め付けに海への落下で限界まで体力を奪われたとなれば、しばらくは起き上がれなくとも不思議ではない。

 このまま何も処置を施さなければ少年は自然に体力が回復するまで目覚めないだろう。まず間違いなく、今日中には立ち上がることすら儘ならないはずだ。そうなれば、少年は誓いを果たせず後悔することになる──

 眠り続ける少年を見下ろしていた少女が、少年の傍らに膝を突く。横たわる少年の身体を抱え起こし、少女は自身の唇を浅く噛んだ。

 ある程度の血が咥内に溜まったところで、少女は僅かな逡巡の後にそっと唇を重ねた。

 口移しでの吸血行為。体力を限界まで失った状態であっても、吸血鬼は吸血を行うことによって多少なりとも体力や魔力を回復することができる。不死不滅と謳われる第四真祖であれば尚のことだ。

 血を摂取したことで心なしか少年の表情が和らいだ。少女は安堵したように吐息を零し、役目は終えたとばかりに立ち上がる。そのまま踵を返そうとしたところで、少年の手が引き留めるように少女の足首を掴んだ。

 

「待って、くれ……」

 

 驚いて振り返る少女に、うつ伏せになった少年がずるずると這い寄ろうとする。まだ体力が戻っておらず、立ち上がることすらできない状態で、それでも少年は縋るようにもう一方の手を伸ばした。

 

「そこに、いるんだろ……暁、古城……!」

 

 蚊の鳴くような声でありながら、溢れ出る想いを押し込めた絶叫が響いた。

 

「お前を……待っている人が、いるんだ……」

 

 倒れ伏したままの少年の言葉に、少女は何も返さない。構わず少年は吐き出すように続ける。

 

「“まがいもの(おれ)”には、救えないんだ。本当の意味で、ユウマを救えるのは、“暁古城(おまえ)”だけなんだよ……!」

 

 だから、と続けようとする少年。しかしそこで言葉は途切れる。ほんの僅かに回復した体力を使い果たしたのだ。少女の足首を掴んでいた手も力なく剥がれ落ちている。

 力尽きて完全に意識を失った少年を、少女は真紅に輝く瞳で見つめる。

 ふと瞳の色が揺らぐ。妖しげな紅い輝きが水面のように揺れ、滲み出るように透き通った空色が浮かび上がった。

 少女が慈しむような手つきで少年の頭に手を置く。見下ろす眼差しは物言いたげで、しかし想いを口にすることはない。記憶を失っている少年に対して、“約束”を持ち出すのは余計な負担が掛かるだけだからだ。

 できることは切っ掛けを与えることだけ。少年には本来あるはずのない思い出の欠片を譲り渡すことで、少年の覚悟を後押しすることだけだ。

 しばらく無言で少年の頭に手を置いていた少女だったが、妙な気配と音が近づきつつあることに気付いて手を離す。音の鳴る方を見遣れば灰色を基調とした有脚戦車(ロボットタンク)が猛スピードで接近しつつあった。

 有脚戦車は薄闇が広がりつつある海面を照明で照らしつつ、何かを必死で探すように凄まじい速度で走行していた。少女の見立てが間違いでなければ、探し物は足元に横たわる少年だろう。

 少女は有脚戦車と鉢合わせする前に、名残惜しむように少年を一瞥してからその場を立ち去った。

 少女が立ち去って間もなく、有脚戦車が地面に横たわる少年を発見した。少年の傍らにドリフトしながら停車すると、ハッチが開いて中から華やかな雰囲気の少女が真っ青な顔で飛び出す。

 戦車から転げ落ちるように降りて、少女は涙を零しながら少年の名を叫ぶ。耳元で幾度となく名を呼ばれ、身体を激しく揺さぶられたことで少年は意識を取り戻した。

 少女は感極まったように力の限り少年を抱きしめた。生きていて良かった、と嗚咽を洩らしながら涙する。

 突然抱きしめられたり、号泣されたりと理解が追いつかない少年はしばし目を白黒させていたが、やがて悟ったような諦観の表情を浮かべると、少女を泣き止ませようと優しく抱きしめ返した。

 そんな様子を黒猫の仮装をした少女は遠目から見届け、安堵したように胸を撫で下ろすと、視線を絃神島北部の海上へ向けた。そこには魔女が齎らした執念の一撃によって通常空間に引き摺り出された監獄結界がある。

 剥き出しの岩山の上に建てられた聖堂を険しい眼差しで見据え、少女は薄闇の中へと姿を消した。

 

 




今後の展開をちょっと迷い中で、次の更新が遅れるかもしれません。またお待たせすることになったら、ごめんなさい……
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