“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ここからの展開が一番迷いました。めちゃ批判を受けるの覚悟ですが、決めてしまったのでこのままいきます。


観測者たちの宴 Ⅱ

 轟音と共に古めかしくも荘厳な聖堂が崩れていく。魔術を維持していた術者が無視できないダメージを受けたことで、幻影の(ヴェール)が剥がれ落ちたのだ。

 代わりに出現するのは要塞のように頑強で分厚い鋼の壁に囲われた監獄。幾多もの国際魔導犯罪者を閉じ込めていた禍々しい監獄が、絃神島北端の海上にその威容を曝す。

 何者も寄せ付けない威圧的な監獄の入り口である巨大な門の前。殆ど剥き出しの岩肌の地面に放り出されるように雪菜は空間転移させられた。近くには紗矢華や優麻の気配も感じられる。聖堂の崩壊から逃れるために優麻が魔術を行使したのだろう。

 即座に体勢を立て直した紗矢華が、見上げるほど高く息苦しさすら感じる監獄に息を呑んだ。

 

「これが、監獄結界の真の姿……?」

 

 聖堂の崩壊に巻き込まれかけたと思えば視界が突然切り替わり、目の前に要塞にも似た監獄が現れれば驚きも一入だろう。雪菜も混乱で頭が一杯であったが、それよりも気にすべき重要なことが二つあった。

 

「先輩と南宮先生は何処ですか!?」

 

 蒼の騎士に貫かれた古城と那月の姿が見当たらない。転移の際に逸れてしまったのか、周囲を見渡してみるも二人の姿はなかった。

 その代わりに、優麻の両腕に小さな人影が抱かれている。十歳前後の中学生にも満たないだろう子供だ。その顔立ちは雪菜たちがよく知る青年に似ていて──

 

「古城……?」

 

 半信半疑に優麻が名を呟く。顔立ちを見て反射的に呟いたものであったが、優麻にはこの子供が古城その人であるという確信があった。何せ優麻はこれくらいの年頃の古城と同じ時間を過ごしていたのだ。間違えるはずもない。

 

「暁、先輩? どうして若返って……」

 

 優麻の腕の中で無防備に眠る子供が古城であると理解し、あり得ない現象に直面したように雪菜は呆然と立ち尽くす。監獄結界の威容に呑まれていた紗矢華も事態の深刻さを察した。

 為す術もない事態を前に固まる少女たちを混乱から引き戻したのは、頭上から降り掛かる嘲るような女性の笑い声だった。

 

「無様な格好……だ。もはや脅威にもならぬな」

 

 弾かれたように少女たちは顔を上げる。監獄結界の入り口である巨大な門の上に、雪菜たちを見下ろすように一人の女性が立っていた。

 足元まで届く長い髪と薄闇に妖しく浮かぶ火眼が特徴的な女だ。衣装は平安時代の女貴族のような十二単だが、彩色が白と黒のみであり、華やかさなどは微塵も感じられない。醸し出す雰囲気は死神や悪魔と形容したほうが合っているだろう。

 

「あなたは──」

 

 女の顔立ちを見上げて雪菜は強烈な既視感に襲われた。その理由は同じく女性を見上げていた優麻の横顔にある。似ているのだ。

 髪の長さや瞳の色の違いなどはあれ、顔の造りが似通っている。誰が見ても一目で血縁だろうと分かるほどに優麻と女性の顔立ちは酷似していた。

 

「お母……様……?」

 

「そう……だ、我が娘よ。那月の無力化と監獄破り、加えて第四真祖も行動不能。(ワタシ)複製(コピー)とはいえ、よくやってくれた」

 

 優麻の母親──仙都木阿夜は己の(コピー)に対して大義であったとばかりに言葉をかける。しかしその声音は冷え切っており、優麻への気遣いなど微塵も感じられなかった。

 悠然と見下ろす阿夜に対して雪菜が槍を携えて声を上げた。

 

「南宮先生と暁先輩に何をしたんですか!?」

 

 先の口振りから那月が忽然と姿を消したのも、古城の肉体が若返ってしまったのも阿夜が原因だと推測したのだろう。鋭い目付きで雪菜が問いを投げる。

 

「何をした、か。見れば分かるだろう? 二人の積み重ねた時間そのものを奪ったのだ」

 

 阿夜が虚空に手を翳すと一冊の本が現れる。魔導に関わる知識や呪文を蓄積し、それ自体が強力な魔性を帯びるようになった本である魔導書だ。読み手に人智を超えた力を与え、その代償に大いなる災いを招くという魔導器ともされる。

 

固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作……と言っても理解できぬか。端的に言えば、我が魔導書の力で那月と第四真祖は積み重ねてきた歳月そのものを奪われたのだ。那月には逃げられたようだが、それも無駄な時間稼ぎにしかなるまい……」

 

「そんな……」

 

 雪菜は酷くショックを受けたように後退り、今もなお目を覚さない古城を見遣る。阿夜の言葉が真実であれば、古城と那月は積み重ねた時間そのものを奪われたことになるのだ。それはつまり、二人とも非力なただの子供になってしまっているということ。

 茫然自失状態の雪菜から視線を切り、阿夜は再び己の娘を見遣る。

 

(オマエ)のおかげ……だ、優麻」

 

「ボクの、おかげ……?」

 

「那月の無力化だけでなく、目障りな第四真祖の固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪えたのは(オマエ)の差配の結果……だ」

 

 右手に携えた魔導書を愛おしげに撫でながら阿夜は満足げに微笑む。

 

「本来であれば、吸血鬼の真祖にこの手の魔導書の効果は効き目が薄い。だが、極限まで疲弊して抵抗力を失っていれば、限定的ではあるが効力を発揮する。そこまで追い込んだのは(オマエ)の功績……だ」

 

「そんな……じゃあ、ボクのせいで、古城は……!」

 

 ヴァトラーに協力を要請し、古城と戦わせたのは優麻の差配によるものだ。古城が圧倒的な格上との激闘の末に激しく消耗し、魔導書の餌食になってしまったのは、一重に優麻が原因とも言えなくはない。

 

「あ、あぁ……ボクが古城を……!」

 

「落ち着いて下さい、優麻さん! あなたのせいなんかじゃないです!」

 

 今にも心が散り散りになってしまいそうな優麻を、ショックから立ち直った雪菜が宥めようと声をかける。

 しかし雪菜の声は届いておらず、昏い絶望に優麻の心が完全に覆われてしまいそうになって──か細い声が優麻の両腕から発せられた。

 

「“ユウマ”……?」

 

 ここまでの遣り取りで目を覚ましたらしい、若返ってしまった古城が混乱と困惑を綯い交ぜにした表情で優麻を見上げている。彼の主観からすれば、見覚えのない場所で知らない少女たちに囲まれ、妙に大人びた幼馴染に抱きしめられていたのだ。戸惑うのも無理はない。

 自身を取り巻く状況はさっぱり分からない。ただ一つだけ、大切な幼馴染が今にも泣き出しそうな顔をしていることだけは分かった。

 

「なんで、泣いてんだ……? 誰かに、泣かされたのか……?」

 

「古城……ボクは、ボクのせいで君を……!」

 

 溢れ出す激しい悔恨の念が詰まって言葉が出ず、代わりに嗚咽を零す優麻。全くもって状況が読めない古城は困惑顔だが、それでも幼馴染の涙を止めなければと言葉を紡ぐ。

 

「よく分からないけどさ、泣かないでくれよ。ユウマに泣かれると、困るんだよ……」

 

「古城……」

 

「ユウマを泣かせる奴がいるなら、俺が文句言ってやる。ユウマが悪いことしたなら、俺も一緒に謝ってやる。だからさ、泣かないでくれ……」

 

 少し気恥ずかしげに微笑しながら、相手が相手なら赤面しかねないような台詞を平然と言ってのけた。優麻は面食らったように目を丸くして、泣きながら器用に笑顔を零す。

 

「そういうところは、変わってないんだな……本当に、罪作りなやつだよ」

 

 零れ落ちる涙を拭い、もう心配は要らないといつもの凛々しい顔で笑って見せた。

 幼馴染の涙を止められて余裕ができたのか、古城は改めて周囲を見回す。やはり見覚えのない風景だ。近くにいる雪菜と紗矢華にも覚えはないし、頭上から見下ろしてくる優麻に似た女性も知らない。目を覚ます前後の記憶も曖昧で、今更ながら不安が押し寄せてくる。

 

「大丈夫だよ、古城。今度はボクが君を守るから」

 

 不安に襲われていた古城の身体を、優麻がしっかりと抱きしめた。優麻に他意はないはずだが、記憶にある幼馴染よりも色々と成長している今の優麻に抱きしめられると、色々と当たってしまって古城はあたふたと顔を赤くしてしまう。

 そんな慌てふためく古城に雪菜と紗矢華の微妙な目が突き刺さるが、流石に今の古城を責めるのは酷だ。彼女たちもそれを理解しているから、気を取り直して頭上の阿夜と対峙する。

 門の上から古城と優麻の遣り取りを眺めていた阿夜は、下らないと言わんばかりに目を眇めた。

 

「守る、か。(オマエ)の役目は既に果たされた。(ワタシ)が貸し与えた力も、もう必要ないはず……だ」

 

 無造作に阿夜が腕を差し伸ばす。何かしらの攻撃がくると身構えた雪菜と紗矢華だったが、その予測は外れた。古城を抱えた優麻が苦痛に満ちた悲鳴を上げたのだ。

 

「うぐ、ああああああっ──!?」

 

 血を吐くような絶叫を上げる優麻。その背後にゆらりと顔のない青銅の騎士が浮かび上がり、カタカタと耳障りな音を立てて震え始める。阿夜が莫大な魔力と血の繋がりという強靭な絆を利用して、優麻から魔女の“守護者”を無理矢理に奪い取ろうとしているのだ。

 魔女にとって“守護者”とは単なる使い魔や武器ではない。悪魔に差し出した魂の代価であり、肉体の一部といっても過言ではないのだ。そんなものを力づくで剥奪されればどうなるか、想像に難くない。

 

「ユウマ!? どうしたんだよ、ユウマ!?」

 

 突然苦しみ出した幼馴染に動転する古城。そばにいた雪菜と紗矢華も即座に対処しようとするが、無理に干渉を断ち切ろうものなら凄まじい反動(ノックバック)が優麻を襲ってしまう。

 ただ指を咥えて優麻が“守護者”を奪い取られる光景を見ていることしかできない。己の無力さに雪菜と紗矢華が唇を噛んだその時、

 

「……お前か」

 

 古城の瞳が頭上にいる阿夜を捕捉した。

 状況の変化も優麻が苦しんでいる理由も分からない。しかし頭上の女が優麻を苦しめている原因であることには間違いないと、分からないなりに古城は察してしまった。

 

「お前が、ユウマを苦しめてるのか!」

 

 空色の瞳が激しい怒りの感情に塗り潰されて真紅に輝く。口元からは吸血鬼特有の牙が覗き、制御の効かない負の魔力が噴き出す。宿主の怒気に呼応して眷獣が表に出てこようとしていた。

 

「駄目です、今眷獣なんて召喚したら優麻さんが!」

 

 雪菜の必死な叫びも古城には届かない。

 そもそも、今の古城には第四真祖であるという自覚がない。災害の化身ともいえる十二の眷獣が己の内に眠っていることも知らず、ただ幼馴染を傷つける輩に対する激情を吐き出そうとしているだけなのだ。

 これに驚いたのは雪菜だけではない。“守護者”を奪い取ろうとしていた阿夜も、古城の暴走に焦りを見せていた。

 

「くっ、正気か小僧……!」

 

 無理に干渉を断ち切られた際の反動は優麻だけではなく阿夜も襲う。その程度の反動で戦闘不能に陥ることはないが、それでも躊躇せざるを得ない。

 宿主の感情の発露に応じて眷獣が異界から現れようとして、

 

「落ち着いて、古城……ボクは、大丈夫、だから……」

 

 激痛に絶叫していた優麻が宥めるように古城を抱き竦めた。眷獣の召喚に対して阿夜が身構えたことで干渉を振り払うことができたのだ。

 荒れ狂う風のように噴き出していた禍々しい魔力が霧散する。魔導書の呪いすら弾けないほどに消耗した状態で、無理矢理に魔力を放出したことで気を失ったのだ。これでしばらくは暴走の危険性はなくなった。

 激痛の余韻に息を切らせながら、優麻は決然とした表情で母親を見上げた。

 

「ごめんなさい、お母様。あなたから賜ったこの力、返すわけにはいかなくなりました。もしも、無理矢理取り上げるのなら、今度は全力で抵抗します」

 

「道具風情が、大きく出たな……」

 

 忌々しげに表情を歪める阿夜。魔女として圧倒的に格上であったとしても、優麻に死ぬ気で抵抗されてしまえば要らぬリスクと労力を背負うことになる。業腹ではあるが、娘から“守護者”を奪うのは断念せざるを得ないだろう。

 

「だが、(オマエ)がいくら抗おうと無駄……だ。強制解除されたとはいえ堕魂(ロスト)の反動でまともに戦うことも儘ならぬ。挙句に第四真祖はただのお荷物だ。極め付けに──」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべて阿夜が己の背後を振り返る。

 物々しい監獄結界の上に六つの人影が立っていた。いつからそこに居たのか、彼らは阿夜と優麻たちの遣り取りを白けた目で眺めている。しかし纏う空気は突き刺すような殺気に満ちており、睨み下ろされているだけで身が震えそうだった。

 服装や年齢に統一性はなく、見た目だけならば一般人と見分けがつかない。唯一の共通項は左腕に嵌め込まれた鈍色の手枷くらいだろう。監獄結界に収監された囚人の証である手枷だ──

 

(オマエ)たちの相手は(ワタシ)だけではない。この状況でなお、抗うというのか?」

 

 悠然と眼下を見下ろし、阿夜は引っ繰り返ることのない劣勢を突き付けた。

 少女たちは旗色の悪さに一様に顔色を悪くする。

 相手は阿夜を含めて七人、それも尋常の監獄では無力化することができなかった凶悪な国際魔導犯罪者だ。

 対する少女たちは、戦闘が可能な者は雪菜と紗矢華だけ。優麻は堕魂の反動と先の空間転移で殆ど力を使い果たして戦うことはできない。何より最悪なのは、今の古城が戦力どころから足手纏いにしかならないということ。

 獅子王機関の剣巫と舞威媛といえど、動けない人間を二人も守りながらこの状況を切り抜けることはできない。

 覆しようのない劣勢に雪菜たちが絶望を覚えていると、脱獄した囚人の一人が不服げに声を上げた。

 

「おい、なに勝手に進めてくれてんだァ?」

 

 口を挟んだのは比較的若い男だった。

 短く編み込んだドレッドヘアと流行遅れのストリートファッションを着こなす男は、苛立たしげに阿夜を睨め付ける。チンピラそのものの態度であるが、視線には凄絶な殺気が込められている。

 

「いつから俺たちは仲良しこよしやることになってんだァ。こちとら、テメェのおままごとに付き合ってやるほど暇じゃねぇんだよ」

 

「ふむ、それもそうだな」

 

 あっさりと男の言を認める阿夜。元より彼ら彼女らに仲間意識などというものはない。ただ同じ監獄に収容されていただけの囚人。それ以上の繋がりや関係性があるはずもなく、間違っても手を取り合うことなんてないのだ。

 むしろ互いの目的の妨げとなるのならば容赦なく轢殺する。現にドレッドヘアの男は阿夜を叩き潰そうと殺気を練り上げていた。

 心胆を寒からしめる殺気を叩き付けられて、しかし阿夜は微風のように受け流して口を開く。

 

「そう逸るな、山猿。今ここで(ワタシ)を排斥すれば、(オマエ)たちの目的は遠ざかるだけだ」

 

「アァ? どういうことだ?」

 

 片目を眇めて問う男に阿夜は己の左腕を見せる。そこには他の囚人同様、鉛色の手枷が鈍く光っていた。

 

(オマエ)(ワタシ)も未だ監獄結界の呪縛からは解放されていない。完全な解放には術者である那月を殺す他ないであろうな」

 

 阿夜の手で手傷を負わされ呪いまでかけられた那月であるが、未だその命の灯火は消えていない。那月が生きている以上、監獄結界はまだ機能している。囚人たちは著しく体力や魔力を消耗すれば監獄内部へと強制的に収容されるようになっているのだ。

 故に此処にいる脱獄囚たちは本当の意味で解放されたわけではない。まだ、であるが。

 

「あれは抜け目のない女だが、我が魔導書の呪いによって無力な幼子になっている。ここまで言えば、理解できるな?」

 

「ハッハァ、そいつは良いことを聞いたぜ。“空隙の魔女”もガキになっちまえば楽に始末できるってわけだ」

 

 阿夜に向けていた殺気を霧散させ男は獰猛に歯を向いて笑った。

 那月の恐ろしさは重い契約の果てに手にした魔女としての力だけではない。彼女が今日まで“空隙の魔女”として蓄積してきた経験全てが脅威なのだ。

 しかし今の那月は己の強さの根源である時間そのものを失っている。非力な幼子と化した那月を始末するくらい、脱獄囚たちにとってはわけない。

 

「ふむ、では“空隙の魔女”を始末するまでは、互いに邪魔をしないということで宜しいかな?」

 

 今まで傍観に徹していたシルクハットを被った紳士が纏める。他の脱獄囚たちは紳士の提案に頷きこそしなかったが、那月の殺害が確認されるまでは争い合うことはないだろう。ドレッドヘアの男は不愉快そうに舌打ちしていたが。

 今にも那月を探しに飛び出しかねない囚人たちの顔を見回し、阿夜は改めて眼下の少女たちを見下ろす。

 

「さて、此方の話は纏まったようであるが(オマエ)たちはどうする? 那月を庇うというのであれば、此奴らが喜んで相手してくれるぞ。何せどいつもこいつも那月には痛い目を見せられているからな」

 

 阿夜の背後から殺意に満ちた視線が降り注ぐ。監獄結界に収監されて今の今まで囚人生活を送っていた囚人たちは、那月に対して並々ならぬ憎悪を抱いている。そんな彼らの前で那月を庇うような真似をすればどうなるかは分かり切っていた。

 

「くっ、どうすれば……」

 

 脱獄囚たちは危険極まりない存在で、彼らの行動をこのまま看過するわけにはいかない。しかし今ここで雪菜たちが彼らと正面から相対したところで屍が増えるだけだ。

 この場の最善手は態勢を整えるための速やかな撤退だ。雪菜と紗矢華が同じ結論に辿り着き、すぐさま撤退の構えを見せようとして、

 

「何処に行こうってんだァ!」

 

 弾かれたように飛び出したドレッドヘアの男が襲いかかってきた。

 男は高々と腕を掲げると勢いそのままに振り下ろす。殆ど魔力も込められておらず、大して脅威を感じられない挙動だ。しかし剣巫としての霊視で先読みした雪菜は即座に槍を閃かせた。

 

「“雪霞狼”!」

 

 あらゆる魔力を打ち消す破魔の槍が不可視の一撃を防ぎ止める。しかし男が放った不可視の一撃は凄まじい爆風と衝撃を齎らし、ただ一度防いだだけで雪菜は膝を突いてしまった。

 “雪霞狼”をもってしても完全に防ぐことができない。雪菜は眼前の男の脅威を改めて認識して表情を強張らせるが、男は男で己の一撃を防がれて酷く動揺していた。

 そんなドレッドヘアの男の真横を巨大な火球が過ぎ去り、隕石の如く雪菜を目掛けて落下する。シルクハットの紳士が放った魔術だが、その威力は優麻が操る初歩的な魔術とは比べ物にならない。

 迫り来る隕石の如き火球に体勢が崩れた雪菜は対応できない。代わりに飛び出したのは長大な剣を携えた紗矢華だった。

 

「私の雪菜になにやってんのよ、このエセ紳士──!」

 

 凄まじい剣幕で振るわれた剣が擬似的な空間断層を生み出し、火球の脅威から雪菜を完全に守る。擬似空間断層に阻まれた火球は凄まじい爆発と熱を放ち、紗矢華と雪菜の立つ岩肌を飴細工の如く溶かした。

 火球が秘めていた威力に紗矢華は顔を痙攣らせる。防ぐことができたからいいものの、生身で今のを受けていれば灰も残らず死んでいただろう。

 

「私の魔術を凌ぐとは驚いた。しかし、今ので底も知れたものだ」

 

 ドレッドヘアの男の隣に紳士が降り立つ。どうやら共闘の形を取るらしい。相方のドレッドヘアは凄まじく嫌そうな顔をしているが。

 並び立つ二人に対して雪菜と紗矢華の表情は険しい。今は二対二の様相となっているが、その実は後ろの四人がいつ動き出すか知れたものではなく、目の前の二人だけに集中することができない。何よりも彼らが挙って後方の優麻と古城を狙い始めたら守り切ることは不可能だった。

 雪菜と紗矢華が決断に至るのは早かった。

 

「優麻さん。暁先輩を連れて此処から逃げてください。彼らは此処で食い止めます」

 

「何を言って……」

 

 決然とした態度で無謀にもほどがあることを宣う雪菜に優麻は反論しようとするが、この場を切り抜ける方法が他に思い浮かばず尻すぼみになってしまう。

 

「大丈夫です。こんな所で無駄死にするつもりはありませんから」

 

「当たり前でしょ。私が居るんだから、雪菜に指一本でも触れさせたりしないんだから」

 

 強がりだ。雪菜と紗矢華が揃って並び立つ姿は頼もしいけれど、二人とも武器を握る手が微かに震えている。気丈に振る舞っていても二人はまだ年若い少女で、明確な死を意識すれば恐怖してしまうのも当然だ。

 それでも立ち向かおうとするのは二人に守りたいものがあるから。雪菜は大切な先輩と友人を守るため、紗矢華は妹同然の雪菜とついでに何時も一人で何でも抱え込もうとする阿呆を守るため。二人とも恐怖を飲み込んで立っている。

 無謀であるが勇敢な二人の姿に対して、優麻は己の不甲斐なさに項垂れる。足手纏いにしかならず、逃げることしかできない自分が情けなかった。

 こんな時、古城ならどうするだろうか。

 優麻の知る古城なら、雪菜と紗矢華を残して逃げるなんてことしないだろう。お人好しで無鉄砲だった古城は目の前に破滅が待ち構えていようと構わず、大切な人のためなら立ち向かってしまう人だった。

 

「君たちを犠牲になんてできないよ。そんなことしたら、古城に合わせる顔がないじゃないか……」

 

 動くのも億劫な身体に鞭打って優麻が立ち上がる。瞳に決死の覚悟を宿した彼女は、残された魔力の全てを振り絞ってこの場にいる雪菜たちを空間転移させようとする。

 

「優麻さん、いったい何を……!?」

 

「ボクの全てを賭して君たちを離脱させる。大丈夫、命を賭ければもう一回ぐらいは転移できるさ……!」

 

「駄目です! あなたが犠牲になったら、暁先輩や凪沙ちゃんが悲しむんですよ!?」

 

「それは君たちが犠牲になっても同じことだよ。だったら数が多いほうを取るべきだ。後のことを考えても、ボク一人が犠牲になったほうがいいに決まってる」

 

 お互いに譲れない論争で白熱してしまう。感情的な雪菜と冷静に後々のことまで考える優麻とでは後者に軍配が上がりそうなものだが、この場には二人の意見を擁護する者がいない。

 そんな言い争いを続けようとした雪菜たちに痺れを切らした囚人たちが攻勢に出た。

 

「下らねェ口喧嘩はあの世でやっとけや、ガキどもがよ!」

 

「油断大敵だ、お嬢さんがた」

 

 ドレッドヘアの男が腕を振り下ろし、魔術師の紳士が複数の魔術を行使する。

 一瞬とはいえ気を取られた雪菜たちは彼らの攻撃に反応が遅れた。即座に対処しようと各々の武器を構えるも、完全に防ぎ切るには間に合わない。

 絶望的な攻撃の嵐に雪菜たちが身構えた時──視界が分厚い氷壁に覆われた。

 

「これは……!?」

 

 一瞬で出現した半径数百メートルにも及ぶ巨大な氷壁を前にして、雪菜たちは一様に目を丸くする。脱獄囚たちの攻撃を受けても小揺るぎもしない強度を持つ氷の壁が突如として現れれば、呆気に取られてしまうのも無理はないだろう。

 

「いったい誰が……?」

 

 困惑しながら雪菜は可能性として高い古城を見やる。古城の中に眠る眷獣が宿主の危機に対して権能を行使したと考えたのだ。しかし当の古城は未だに気を失っているままで、眷獣が勝手に飛び出した様子もない。

 では誰が雪菜たちを守ったのか──

 

「──契約に従い、汝らに加勢しよう」

 

 静かな冷気を伴い、一人の少女が姿を現す。

 この場にはそぐわない黒猫風の仮装に身を包んだ黒髪の少女だ。顔立ちは年齢の割には幼く、相対する人に人懐こい印象を与えるだろう。しかし今は人懐こさとは真逆の雰囲気を纏っていた。

 つぶらな瞳は虹彩が開き切り、口元には酷薄な笑みが湛えられている。常日頃の爛漫な少女とはかけ離れた、どこか超然とした雰囲気だ。

 突如として現れた少女を見て、雪菜と優麻が信じられないものを見たように目を瞠る。

 

「凪沙ちゃん……!?」

 

 雪菜が呻くように少女の名を呼んだ。

 闖入者である少女──暁凪沙は口元の薄笑みをそのまま、分厚い氷壁越しに敵対者たちを静かに睨み据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




古城くん大暴れルート
古城くん弱体化ルート←

後々の展開を考えて、下を選びました。ちなみに吸血鬼は呪詛に対する抵抗が高いですが、作中でも限定的な状況なら影響を受けるので全く効かないことはないはずです。
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