“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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日間ランキング七位……(震え)


聖者の右腕Ⅴ

「待ってください、先輩!」

 

 手を引かれていた雪菜が声を上げ、古城の手を半ば叩くように自分の手を引き抜く。

 

「ああ、悪い。いきなり手を掴んだりして。痛かったか?」

 

「違います、そうじゃありません」

 

 即座に否定する雪菜の頬は僅かに朱色が差している。息が上がっているわけではないので紅潮の原因は手を握られていたこと自体だろう。

 しかし今の古城にそれを察する余裕はない。一刻も早く現場へ急行しなければと焦っているからだ。でなければ人死にが出かねない。

 

「先輩は現場へ向かうつもりですか?」

 

「そうだけど、別に戦うつもりはない。那月先生にも言ったように、一般市民の逃げ遅れがないかの確認と避難誘導をするだけだ」

 

「なら、先輩も避難してください。表向きはあなたも一般市民なんですから」

 

 生真面目な口調で言って、雪菜は背負っていたギターケースから銀色のなにかを抜き放つ。

 雪菜が取り出したのは銀色の槍。ギターケースに収まっていた銀色の槍の持ち手が伸び、格納されていた主刃と副刃が一瞬で開かれる。その穂先はまるで戦闘機のように流麗なシルエットであった。

 “雪霞狼”。真祖をも打倒し得る対魔族特化の兵器だ。

 銀の槍を手にした雪菜はそのまま現場に向かおうとするが、その手を古城が掴んで止める。

 

「待てよ、姫柊。どこに行くつもりだ」

 

「わたしは安全を確認しに行きます。すぐに戻ってきますから、先輩は先に帰っていてください」

 

「姫柊一人行かせて俺は帰れってか。冗談じゃない、俺も行くぞ」

 

「ダメです。あそこで戦っているのは吸血鬼なんですよ。第四真祖である先輩が下手に手出ししたら、それこそ外交問題に発展しかねないんです」

 

 理路整然と古城を説き伏せようとする雪菜。

 しかし古城は、

 

「それがどうした。隣人が危険に飛び込もうとしてるのを見過ごせる程、俺は薄情な人間じゃないんだよ。外交問題なんて知ったことか」

 

 吐き捨てるように言って雪菜の手を強く掴む。一人では行かせないと、雪菜の目を真正面から見据えて。

 古城の強引な態度に狼狽えたのは雪菜だ。古城は時々意地悪をしてきたりするが、それでも理性的な人だと思っていた。しかし今の古城は雪菜の説得にも聞く耳を持たない。

 強行突破するべきか、と雪菜が槍を握る手に力を込めたところで、

 

「それにさ、俺はなにも戦闘に介入しようなんてつもりはないんだよ。ただ逃げ遅れた人がいないか確認するだけだ。絶対に戦ったりしない」

 

 いつもと変わらぬ笑みで古城がそう言った。

 そんな古城に雪菜は気勢を削がれ、これ以上時間を食われるわけにもいかないと考えて渋々古城の同行を認めた。

 

「いいですか、先輩。絶対に手を出してはいけませんよ」

 

「分かってる。姫柊も、無茶するなよ」

 

「勿論です」

 

 即答する雪菜に古城は一抹の不安を抱く。しかし雪菜は目の前の戦闘しか目にないのか、古城の向ける不安げな視線に気づいていない。

 

「頼むから、余計なことはしないでくれよ……」

 

 口の中だけで呟いて、古城は赤く照らされる空を仰いだ。

 

 

 ▼

 

 

 戦闘が繰り広げられているのは絃神島東地区、アイランド・イーストだった。

 アイランド・イーストは元々人口の少ない地区であり、加えて戦闘が起きているのは住宅地ではなく倉庫街であった。そのため巻き込まれた市民や近くにいた倉庫街管理の人間の数も少なく、古城と雪菜による避難誘導はそう難儀せず終わった。

 

「こんなところか……」

 

 人気のなくなった周囲一帯を見回して古城は頷く。

 

「しかし、まだ戦闘が終わっていません」

 

 雪菜が深刻な表情で戦闘音の響いてくるほうを見る。

 上空では闇色の妖鳥が優に十メートルは超える翼を広げ、地上へ容赦のない爆撃を繰り返している。その度に鈍い振動が島全体を揺らしていた。

 今もまた、直径十数メートルを超える馬鹿でかい火球が地面に向けて放たれようとしている。

 

「おいおい、あれはいくらなんでもやばいぞ……!」

 

 額に冷や汗を流して古城が言う。正直、余裕で島一つ沈められる眷獣を持つ古城が言えることではないのだが、それを突っ込んでくれそうな人間はいなかった。

 古城が焦燥を募らせる中、火球が放たれようとした瞬間、地上から物凄い速さで虹色の巨腕が伸びた。

 虹色の腕は夜の闇を裂く勢いで妖鳥のもとまで伸びると、今まさに放たれようとしていた火球を握り潰した。いや、正確には抉り取ったというべきか。

 まるで獣の顎の如く掌を開き、妖鳥に襲いかかる腕。その手に掴まれた途端、妖鳥はその形を保てなくなって魔力の塊へと戻り、その魔力も全て虹色の手によって喰らい尽くされてしまった。

 

「先輩、やっぱりわたし様子を見てきます。いくらなんでもこれは異常です」

 

「あ、ちょっと待て姫柊!」

 

 吸血鬼の眷獣が喰われるという非常識な光景にさすがの雪菜もじっとしていられず、制止する古城を振り切って現場へと駆け出してしまう。

 

「無茶はするなって言っただろうに……!」

 

 舌打ちして古城もすぐに雪菜のあとを追って走り出す。幸い時間帯は夜であり吸血鬼の肉体はベストコンディション。鍛えている雪菜相手でもすぐに追いつけるだろう。

 しかし、事態は古城が追いつくまでの間に大分進んでしまっていた。

 古城が追いついた時、雪菜は背に瀕死の吸血鬼を庇いながら法衣姿の男と交戦していた。

 戦斧を構える、背丈が二メートルに届きそうな大男だ。装甲強化服の上に法衣を纏い、左目に金属製の片眼鏡を嵌めている。

 男が振るう戦斧は大気を抉り抜き、アスファルトの地面を余裕で割る程の威力を秘めている。しかし雪菜は、自分より二回りも大きな巨漢相手でも怯まず、持ち前の霊視と槍捌きで立ち向かう。

 雪菜が男の相手をしている間に、古城は瀕死の吸血鬼に駆け寄った。

 倒れていた男は背広姿の三十歳前後といったところであったが、先の眷獣の強力さからして見た目の数倍は生きているだろう。その吸血鬼が瀕死に追いやられる程の強敵。

 

「くそっ、とりあえず安全な場所に……!」

 

 激しく火花を散らす雪菜たちを一瞥してから、古城は吸血鬼を抱えてその場から離脱した。

 古城はおよそ三百メートル程離れた所まで来て、比較的安全と思われるコンテナの陰に吸血鬼を寝かせる。かなり顔色が悪いが、吸血鬼は早々死ぬことのない種族だ。少しの間なら放置しておいても問題ないだろう。

 吸血鬼の安全を確保したところで、古城はすぐさま踵を返して雪菜のもとへと駆ける。そして再び古城が現場に辿り着いた時、雪菜は大男ではなく後ろに控えていた藍色の髪の少女と戦っていた。

 薄手のケープコートだけを羽織った、左右対称の顔を持つ人間味の薄い藍色の髪の少女。その正体は人工的に作り出された生命、人工生命体(ホムンクルス)だ。

 眷獣というものは非常に強力であると同時に、恐ろしく燃費の激しい存在だ。そのため眷獣を扱えるのは無限の“負の生命力”を有する吸血鬼だけ。故に吸血鬼は魔族の王とも呼ばれている。

 しかし藍色の少女は人工生命体(ホムンクルス)の身でありながら、虹色の眷獣を宿している。薬の試験や医療の臨床試験に利用される人工生命体(ホムンクルス)は酷く薄命であるはずなのにだ。

 雪菜と少女の趨勢は、雪菜が劣勢だった。雪菜は藍色の髪の少女が操る虹色の眷獣の攻撃を防ぐので手一杯のようだ。

 

「──くっ、雪霞狼!」

 

 銀の槍を突き出す雪菜。

 

「やりなさい、アスタルテ!」

 

命令受諾(アクセプト)執行する(エクスキュート)、“薔薇の指先(ロドダクテュロス)”」

 

 法衣の男の指示に従い、虹色に輝く眷獣の腕を伸ばす少女。

 二人の少女の攻撃は、凄まじい衝撃を伴って激突した。

 激しい魔力と呪力の鬩ぎ合いに大気が軋む。のたうち回るような力の奔流に古城は迂闊に近づけず、二人の戦いの行く末を見守ることしかできない。それが悔しくて、古城はぎりっと奥歯を噛み締めた。

 やがて雪菜と少女の激突に決着がつく。軍配が上がったのは雪菜だった。

 雪菜の呪力を増幅させ、あらゆる結界障壁を貫く銀の槍が、少女の眷獣の腕を引き裂いていく。

 

「あ、ぐ……!」

 

 少女が苦痛に呻き、自らの体を抱きしめる。眷獣に与えられたダメージが宿主にフィードバックしているのだ。

 少女が苦悶する様子を見て、このままでは拙いと古城が叫ぶ。

 

「下がれ、姫柊!?」

 

「──え?」

 

 古城の叫びに雪菜は困惑する。どうみても押しているのは自分であり、このまま眷獣を無効化すれば勝負が決する状況で何故引かなければならないのか。雪菜にはそれが理解できなかった。

 藍色の髪の少女が絶叫したのは、その直後だった。

 

「ああああああ──っ!」

 

 悲鳴にも似た叫び声と同時、少女の背を食い破るように二本目の腕が出現した。

 少女の背中から生える左右一対のまるで翼のような半透明の腕。その腕が容赦なく雪菜に襲いかかる。

 人間でいうところの右腕を止めている雪菜に、もう一本の左腕を防ぐ術はない。スローモーションのようにゆっくり迫る巨大な拳を、雪菜はただ呆然と見つめることしかできなかった。

 

「させるかァ──!?」

 

 必死な古城の雄叫びが雪菜の耳に届く。

 濃密な魔力を拳に纏い、怒号を上げながら雪菜の前に飛び込む古城。彼は目前まで迫る眷獣の左腕を、我武者羅に振り抜いた拳で迎撃した。

 ズドン!と重い音が響いて弾き飛ばされたのは虹色の眷獣だった。

 第四真祖の桁外れな魔力を込められた拳は、それこそ猛スピードで突っ込むダンプカー並みの威力を秘めている。如何に相手のほうが大きさで勝ろうと、世界最強の吸血鬼が力負けするなんてことはそうそうあり得ない。

 とてつもない衝撃に晒されて少女は眷獣に引きずられるように大きく後退する。そのショックで雪菜が相手していた右腕はふっと消失した。

 

「下がるぞ、姫柊!」

 

「はい!」

 

 今度ばかりは雪菜も素直に従い、少女から距離を取る。

 虹色の眷獣の腕が届かない位置に立ち、古城と雪菜は奇妙な二人組を見据える。

 

「色々と言いたいことはあるけど、とりあえず無事か?」

 

「わたしは大丈夫です。それよりも、先輩は下がってください。彼らは危険です。今ここで止めないと」

 

「おまえこそなに言ってんだ。無茶するなって言ったのに、思いっきり無茶してるじゃないか」

 

「それは……」

 

 咎めるような古城の視線に雪菜が口ごもる。瀕死の吸血鬼を守っていたのは理解できたが、それ以降の戦闘続行は必要性のないものだ。雪菜は古城が吸血鬼を避難させた時点で離脱するべきだったのだ。

 しかし雪菜にも言い分はある。彼らは危険なのだ。今ここで止めなければ必ず災厄を招く。剣巫の直感がそう訴えかけていた。だが一から説明している余裕はない。

 

「この魔力、貴族(ノーブルズ)と同等かそれ以上。なるほど、第四真祖の噂は真実でしたか」

 

 鎧の一部が砕け、戦斧も失った法衣の男が前に出た。古城は応じるように身構えて男を睨む。

 

「そう言うあんたはどこぞの僧侶ってところか」

 

「ロタリンギアの殲教師だそうです」

 

 雪菜が律儀に補足する。

 

「それはまた、ヨーロッパから遠路遥々よく来たな。で、その殲教師がこんな島国に女の子連れ回して何の用だ」

 

「我に答える義務なし。目撃された以上、貴方がたにはここで消えてもらいましょう──と、言いたいところですが、今はまだ(、、、、)、真祖と戦う時期ではありません」

 

 意味深に言って殲教師は藍色の髪の少女を下がらせる。しかしそれに待ったをかける人間が一人。

 

「待ちなさ──」

 

「はいはい姫柊は静かになー」

 

「な、なにをするんですか!?」

 

 今にも飛び出さんとする雪菜を古城が後ろから羽交い締めにする。雪菜はバタバタと暴れて振り解こうとするが、さすがに第四真祖の腕力には敵わない。

 

「なんのつもりです」

 

 殲教師が怪訝に眉を顰める。古城は雪菜を抑えたまま見据え、

 

「これ以上ここで暴れられるのは困るからな。それにこっちは怪我人もいるんだ。あんたらには早いとこお暇してもらったほうが都合がいい。ついでにこの島からも出て行ってくれたらなお嬉しいな」

 

 どこか戯けた調子で言った。

 張り詰めた戦場の空気に水を差す古城の態度に、殲教師も毒気を抜かれたような表情になる。

 

「まあいいでしょう。行きますよ、アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

 抑揚のない声音で少女が応えて二人組は闇の中へと消えていった。

 古城は彼らが去る姿をじっと見届けていたが、やがて完全に気配が消えたのを確認してほっと安堵の息を吐いた。

 

 

 ▼

 

 

 瀕死の吸血鬼を病院に運び込み、その他警察機関への通報を終えた古城と雪菜がアイランド・サウスに戻ってきたのは午前三時を回った頃合いだった。

 二人とも突然の戦闘にかなり疲弊していた。夏休みも終わりで明日、いや今日から学校も再開する。この疲労を持ち越して授業に臨むことになるのを思うと、古城は柄にもなく出席を拒否したくなった。それでもきちんと登校するのだが。

 気怠げな表情で歩く古城に対して、隣を歩く雪菜は見るからに不機嫌な様子だった。理由は明快、古城がロタリンギア殲教師たちを見逃すようなマネをしたからだ。

 

「どうして彼らを見逃したんですか」

 

 雪菜が不満も露わに訊く。怒ってますと顔に書いてある雪菜に古城は頭を掻く。

 

「あれ以上の戦闘続行は危険だった。それに吸血鬼を病院に運ぶのも急がないといけなかっただろ」

 

「それは先輩一人でもできました。あの場はわたしに任せてくださればよかったんです」

 

 聞き分けのない子供のようなことを言う雪菜に、古城は呆れたようにこめかみを抑える。

 

「それじゃあ本末転倒だろ。姫柊の任務は何だったんだ?」

 

「勿論、先輩の監視です」

 

「その監視対象を単独行動させてどうする。しかも戦闘区域の近くで」

 

「うっ、ですが……」

 

「結局姫柊は無茶して、俺も手を出さざるを得なくなった。その時点でこっちの負けだったんだよ」

 

「うー……」

 

 古城の至極真っ当な指摘に返す言葉が見つからず、結果雪菜は駄々を捏ねる子供のように唸った。

 そんな反応が妙に子供っぽくて、古城は改めて目の前の少女がまだまだ若い女の子であることを実感した。

 

「なんにせよ。姫柊が無事でよかったよ」

 

 心底安心したとばかりに古城が表情を緩める。雪菜も無茶をした自覚があったため、それ以上言い募ることはない。

 

「……助けてくれて、ありがとうございます」

 

 少しそっぽを向いて言う雪菜。そんな雪菜の頭に軽く掌を載せて古城は優しげに目を細めたのだった。

 

 

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