“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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“原初”は反則チートを持っている。


観測者たちの宴 Ⅺ

 

 “暁古城”──否、“原初(ルート)”と名乗った吸血鬼の発言に、古城少年たちは一様に表情を硬くする。

 

 名乗りこそしたが“原初”の正体は未だ不明。その上、“原初”は明確に敵対する意志を表明した。警戒を強め、いつ戦端が開かれてもいいように身構えるのは当然だった。

 

「なんでだよ。お前は、俺の記憶を元に創られたんだろ? だったら、敵対する必要なんかないだろ!?」

 

 敵意を隠そうともしない“原初”に古城少年が吼える。奪われた記憶を元に創り出された存在であるならば、雪菜たちに敵対意識を持つことなど有り得ない。まして創造主たる阿夜に叛逆し、その制御下から外れたのであれば尚更だ。

 

 しかし暁古城の姿をした“原初”は、下らないとばかりに嘆息を零し、冷厳な眼差しで半端者を睥睨した。

 

「思い違うなよ、半端者。姿形こそ汝らの知る男と変わらぬが、此処に在るのは我だ。汝らと手を組むことなどありはせぬ」

 

「では、あなたの目的はなんですか? なぜ、わたしたちと敵対するのですか?」

 

 古城少年に代わって雪菜が問いかける。古城の記憶の何処にこんな怪物が潜んでいたのかは気になるが、今は“原初”の目的を明らかにするべきだろうと考えた。

 

「目的か……我は既に撃ち破られた記憶の残滓に過ぎぬ。此度の現界も、“闇誓書”なる児戯を利用した泡沫の夢でしかない。あぁ、だからこそ──」

 

 “原初”は溢れ出る歓喜を堪えるように己が身体を両腕で抱き竦める。

 

「──“まがいもの(この男)”の絶望を見たい。この手で貴様らを引き裂き、全てを破壊し尽くし、何もかもが終わった後に絶望する彼奴の顔が見たい。守りたかったものを、己が手で終わらせてしまった絶望に咽び泣く汝の姿を我に見せてくれ……!」

 

 吐き気を催すほどの悪意、狂気的なまでの執着心に古城少年たちの背筋を怖気が走った。

 

 一体全体どんな因縁があれば此処までの執着をされるのか。“まがいもの”と“原初”の間に何があったのか。古城少年たちには想像することもできない。

 

 確かなのは、“原初”が“まがいもの”に尋常ならざる激情を抱いていること。“まがいもの”を絶望させんがため、古城少年たちを亡き者にし、この絃神島に終焉を齎せようとしていることだけだ。

 

 さて、と“原初”が狂気を宿した真紅の双眸を古城少年たちに向ける。これ以上、話すことはないといった様子だ。

 

「残された時間は少ない。“闇誓書”は龍脈と星辰の力を合わせて初めて成り立つ欠陥品ゆえ、夜明けを迎えれば力を喪失する」

 

 それは古城少年たちにとって思いがけない有益な情報だった。

 

 夜明けを迎えることができれば、“闇誓書”は効力を失い結界も解除される。“闇誓書”の力によって現界を維持しているであろう“原初”も、現世に留まることができなくなるということだ。

 

 問題は、夜明けまで目の前の“原初”を抑え切ることができるのかだが──

 

「まずは戯れといこうか──そら、受けてみろ」

 

 軽い口振りで“原初”が両腕を広げると、凄まじい魔力の嵐が吹き荒れる。暴力的なまでに荒々しい漆黒の魔力が幾重にも重なり、“原初”の背中から翼の如く生え揃う。

 

 鋭い鉤爪を備えた節くれ立った吸血鬼の翼。それが五対十枚。それぞれが意思を持っているかの如く蠢き、一斉に古城少年たちに襲いかかった。

 

 ”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”を容易く消し飛ばすほどの力を内包した翼の攻撃。古城少年たちは即座に迎撃の一手を打つ。

 

「八つ裂け、“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”!」

 

「──“雪霞狼”!」

 

 双頭の水銀龍が空間ごと翼を喰らい、眩い銀光を放つ破魔の槍が黒翼を引き裂く。挨拶代わりの初撃は思ったよりもあっさりと凌ぎ切ることができた。

 

三番目(トリトス)か。其奴の弱点は知っているゆえ、どうとでもなる。それより……」

 

 じろりと“原初”の瞳が銀の槍を構える雪菜を捉えた。

 

「真祖殺しの聖槍か。獅子王機関め、忌々しいものを我の視界に入れてくれるなよ」

 

 微かな苛立ちを露わにし、“原初”は真紅の瞳を輝かせた。

 

 背中から生やした黒翼が不気味な輝きを放ち、尋常ならざる魔力が放出される。放出された魔力は宙空で実体を結び、三体の巨大な眷獣が現世へと顕現した。

 

 現れたるは巨大な戦斧を携えた琥珀色の牛頭神、そして──緋色の双角馬と金色の獅子だ。

 

 召喚された三体の眷獣に古城少年は愕然と目を見開く。魔力をそのままぶつけるだけではなく眷獣の召喚までもが可能であることもだが、それ以上に“緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”と“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”が喚び出されたことが衝撃的であった。

 

「我は原初の第四真祖ぞ。この身は幻の創り物であろうと、眷獣共を従え行使するは当然のこと」

 

 古城少年の驚愕をつまらないことと言わんばかりに切り捨て、“原初”は喚び出した幻影の眷獣たちに命ずる。

 

 十メートルを悠に超える琥珀色の牛頭神が、その身の丈以上の巨大な戦斧を振り下ろす。まともに受ければ木っ端微塵になること請け合いの一撃だ。

 

「させないわよ! “煌華麟”!」

 

 勇ましく躍り出た紗矢華が“煌華麟”を振り上げ、空間切断の異能によって空間断層の盾を拵える。如何に強力な眷獣の攻撃であっても、空間の断層を貫通することは出来得ない。

 

 続け様に双角馬と雷光の獅子が挟み込むように襲い掛かってくるが、それぞれ雪菜と古城少年が対処する。魔力を帯びた衝撃波は破魔の槍に切り裂かれ、雷撃は同じく雷撃をもってして押し返された。

 

 眷獣三体による攻撃を防がれた“原初”であるが、しかしその口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「串刺しの刻限だ、“牛頭王の琥珀(コルタウリ・スキヌム)”」

 

 空間断層によって戦斧の一撃を防がれた牛頭神が、大気を揺るがすほどの雄叫びを上げる。

 

 純粋な物理攻撃を齎す琥珀の牛頭神の肉体は超高温の溶岩によって形成されている。溶岩とは即ち大地より出ずるもの。つまり──

 

「──っ、下からきます!」

 

 類稀な霊視能力をもってして足元からの奇襲を察知した雪菜が叫ぶ。雪菜と紗矢華、古城少年は既に手が埋まっているため対処は不可能。唯一手隙であった優麻が、空間制御を駆使してその場から全員を退避させた。

 

 直後、無数の溶岩杭がコンクリートを突き破って現れた。一瞬でも優麻の空間転移が遅れていたのならば、全員揃って串刺しの憂き目に遭っていただろう。

 

「よく凌ぐものだ。だが、其処な魔女は既に限界が近かろう。何時迄も堪えられはせぬぞ」

 

「うぐ……」

 

「ユウマ!?」

 

 苦悶に表情を歪めて優麻が膝を突く。堕魂の影響で激しく消耗した状態でありながら、無理を推して魔術を行使した負担がのし掛かっていた。間接的なフォローのみで立ち回っていたが、それもあと数回が限度だろう。

 

 優麻の的確なフォローを失えば古城少年たちは一気に形勢不利に陥るだろう。そうなれば“原初”を打ち倒すことも、夜明けまで耐えることもできない。

 

 絶望的な状況に古城少年が歯噛みしていると、かつかつと弾むような靴音が響く。自他共に認める戦闘狂ことヴァトラーが、負傷して意識のない阿夜を抱えて歩み出ていた。

 

「お困りのようだね、古城。微力ながら、力を貸そうじゃないカ」

 

「ヴァトラー!? おまえ、なんで……」

 

 阿夜との戦闘では傍観者を気取って高みの見物を決め込んでいたヴァトラーが、どんな風の吹き回しで加勢しようというのか。

 

 古城少年の疑念に、ヴァトラーは歓喜の笑みを浮かべて答える。

 

「幻影とはいえ、ほぼ完全体に近い第四真祖と殺し合える機会。こんなにも心踊る闘争を前にして、我慢なんてできるわけないよネ!」

 

「あぁ、うん。そうか、あんたはそうだよな……」

 

 納得の参戦理由に古城少年は突っ込むことを諦めた。どんな理由にせよ、戦力が増えることに文句を言える状況ではないというのも大きい。

 

 優麻に阿夜を預けたヴァトラーを加え、古城少年たちは改めて“原初”と対峙する。あまり信用がならないという一点を除けば、戦力としては強大極まりないヴァトラーの参戦であるが、しかして“原初”の表情に焦燥の類はない。

 

「戦王の系譜の蛇遣いか」

 

「おや、ボクのことをご存知で?」

 

()()()()()()()()。だが、知っているゆえ、貴様の存在は脅威足り得ぬよ」

 

()()であるヴァトラーよりも、()()である優麻のほうがまだ脅威足り得る。“まがいもの”と神話レベルの死闘を演じたヴァトラーが参戦しようとも、“原初”の態度は一貫して変わらない。

 

「だが、厄介であることには変わらぬ。肩慣らしも十分だろう。戯れは、此処までだ」

 

 “原初”が天高く掲げた右腕から、身の毛も弥立つほどの莫大な魔力が立ち昇る。如何なる眷獣が召喚されようと対処してみせると身構えた古城少年たちは、頭上遥か高くに出現した眷獣の姿に愕然と目を剥いた。

 

 絃神島上空に出現した眷獣は巨大な──刃渡数百メートルにも及ぶ超巨大な黒剣の姿をしていた。

 

 高度数千メートルの位置で顕現しながらも肉眼ではっきりと視認できることから、その馬鹿でかさが推し量ることができる。もはや眷獣などという括りに収まる代物ではない。

 

 刃渡数百メートルレベルの超巨大な剣が、絃神島を真っ二つにせんと降下を始めた。巨大過ぎるが故にゆっくりと見えるが、重力制御による後押しを受けた落下速度は超音速に達している。

 

 受ける、受けない。防ぐ、防がないの問題ではない。あんな代物が突き立てられようものなら、絃神島は真っ二つどころか粉微塵になってしまうだろう。

 

四番目(テタルトス)の制御を手放すなよ? 一瞬でも誤れば、島諸共汝らは木っ端微塵になるゆえな」

 

「────ッ!?」

 

 愉快そうに嗤う“原初”に、古城少年は顔色を真っ青にした。

 

 古城少年は“闇誓書”の魔力喪失現象から絃神島を守るために“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”を常時展開している。おかげで絃神島は物理法則の枷から解放され、海の底へ沈むことを免れているのだ。

 

 しかしこの眷獣、制御を誤ればそのまま絃神島を消滅させかねない危険な存在なのだ。故に他の眷獣を召喚しながらも、古城少年は必死に“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”が暴走しないように気を払っていた。

 

 “原初”はそれを理解していた。その上で巨大剣の召喚、挑発するような発言をしたということは──

 

「──何処まで凌ぎ切れるか、我に見せてみろ」

 

 琥珀の牛頭神、緋色の双角馬、黄金の獅子に加えてもう一体──蠍の尾と翼を携え、燃え盛る紫炎を纏った人喰い虎が顕現した。

 

「眷獣を、五体も同時に……!?」

 

 信じられない光景を前に然しもの雪菜も戦慄を禁じ得ない。

 

 上空に召喚された巨大剣も含めれば、都合五体の同時召喚。常識的に考えれば制御など不可能なレベルの多重召喚であり、召喚主へ掛かる負担は計り知れないものになるはずだ。

 

 しかし召喚主たる“原初”は涼しげな表情で眷獣たちを操っている。“闇誓書”が生み出した幻故に罷り通る無茶苦茶なのか、原初の第四真祖であるからこそ為せる芸当なのか。

 

 どちらにせよ、明らかなことは一つ。

 

「蹂躙せよ、我が従僕共──」

 

 抗いようのない理不尽による蹂躙が始まった。

 

 

 ▼

 

 

 そこからの展開は一方的なものだった。

 

 巨大剣降下による絃神島の木っ端微塵は古城少年が死に物狂いで“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”を制御したことで凌ぐことができた。しかし巨大剣の対処にばかり躍起になったことで、残る四体への対応が疎かになってしまった。

 

 雪菜と紗矢華、ヴァトラーが奮闘して第一波は凌いだ。それどころか好戦的なヴァトラーは嬉々として反撃を仕掛け、ある程度の勝負が成り立つかとも思われたのだ。

 

 だがそうはならなかった。ヴァトラーの猛攻を微風が如く捌き、“原初”が息つく暇もない眷獣の連続召喚で畳み掛けてきたからである。

 

 一体で都市一つを容易く滅ぼす眷獣が休む暇もなく押し寄せる地獄。物量と質、両方を兼ね備えた“原初”の攻勢は到底受け切れるものではない。

 

 それだけではない。どんな絡繰か、何をするにしても“原初”に手の内が読まれ、先読みされた挙句に潰されてしまう。まるで手の内を全てを知っているかのように。

 

 その結果、まずヴァトラーが最初に落とされた。

 

 真祖に最も近しいとまで謳われる実力者であるヴァトラー。その実力は折り紙付きであり、真正面から争えば真祖であろうと苦戦しかねないほどの吸血鬼。

 

 そのヴァトラーが、悉く手を読まれ策を潰され、あっという間に地に伏せた。これには肩を並べて戦っていた古城少年たちも、ヴァトラー本人も驚愕していた。

 

 次に潰されたのは雪菜だ。

 

 ヴァトラーに次いで“雪霞狼”の能力が目障りだったのだろう。対処し切れないほどの眷獣を嗾け、疲弊したところを重力制御によって地面に抑え付けられてしまった。

 

 槍どころか指先一つすら動かせない重圧に雪菜が脱落。その後は流れ作業である。“原初”を古城少年と紗矢華の二人で相手取ることなど不可能だった。

 

「こんな、ことが……」

 

 意識のない阿夜を抱えて下がっていた優麻は、あまりにも一方的な蹂躙に言葉を失っていた。

 

 弱体化しているとはいえ第四真祖の古城少年。獅子王機関の剣巫と舞威媛。同族喰らいを経て真祖に近づいた吸血鬼。下手な軍隊であれば余裕で壊滅させることができる面子が、手も足も出ないままに封殺されてしまった。その身を支配する絶望は語るまでもないだろう。

 

「ハハハッ、これはいったい、どういうことカナ……?」

 

 純白のスリーピースを自らの鮮血で真っ赤に染め上げ、今まさに血塊を吐きながらヴァトラーは“原初”を見遣る。

 

「記憶が確かなら、ボクと君は戦ったことがない。にも関わらず、君はボクの手の内を、眷獣を知り尽くしていた。未来視の権能を持つ眷獣でもいるのかい?」

 

「否、我が従僕に未来視の権能を保持する者はおらぬよ。我はただ、()()()()()()()()

 

 ことさらひけらかすような物言いではなく、純然たる事実を語るように“原初”は淡々と口にした。

 

 現状において最大戦力といって過言ではないヴァトラーが完封された理由。古城にも雪菜たちにも披露したことのない伏せ札を完璧に対処された訳。答えは単純明快だ。

 

 “原初”は“まがいもの”の記憶を──“原作知識”を閲覧しているのだ。厳密には、まがいもの”の記憶に巣食っているがため、自由に覗き見ることが可能なのだ。

 

 “原作知識”には本物の暁古城の道行が記されている。そこには、暁古城が戦うことになる者たちの情報も収められていた。つまり“原初”は、反則レベルのカンニングを行っているのだ。

 

 ただでさえ並ぶ者のいない世界最強の吸血鬼に手の内も切り札も見透かされてしまえば、闘争自体が成立しないのも当然だ。ヴァトラーは珍しく悔しげに口端を歪め、肉体を蝕む猛毒によって意識を喪失した。

 

「蛇遣いは終わりか。呆気ない」

 

 倒れ伏したヴァトラーから視線を切り、“原初”は悠然と歩みを進める。進む先には重力の縛鎖に囚われ、身動き一つ取れない雪菜がいた。

 

 すぐ側に立った“原初”の気配に顔を上げようとした雪菜。不意にその肢体が宙に吊り上げられて固定された。

 

「まずは汝から八つ裂きにしようか、剣巫よ」

 

「ぅ、あ……!」

 

「姫柊さん!?」

 

「やめて! 雪菜に手を出さないで!?」

 

 倒れ伏していた古城少年と紗矢華が、“原初”の凶行を止めんと立ち上がろうとする。だが“原初”が軽く一瞥することで発動した重力制御が、二人を地面へと縫い止めた。

 

「大人しく見ているがよい、半端者。貴様は観測者だ。全ての幕が降りた時、奴が戻る器を壊したくはない」

 

 舞威媛の娘は次だ、と告げて“原初”はその手に鋭い氷槍を生み出す。人一人貫く程度は容易いだろう氷の槍を、“原初”は雪菜の心臓に穂先を合わせて構えた。

 

「安ずるな、我に汝を痛ぶる嗜好はない。心の臓を串刺しにし、息絶えた後に総身を八つ裂きにしてやろう。無惨な姿となった汝を見た時、彼奴がどんな顔をするのか、楽しみで仕方ないな……!」

 

「や、めろ。てめぇ……!!」

 

 有らん限りの魔力を放出し、凄まじい重力によって自身の肉体が崩壊するのも構わず古城少年は立ち上がろうとする。だが、振り切ることができない。

 

 もはや誰にも“原初”の凶行を止めることはできない。

 

 雪菜は目前に迫る鋭く尖った氷槍の穂先を見下ろし、次いで冷酷無慈悲な薄笑いを浮かべる“原初”──大切な先輩の顔を見て涙を溢す。

 

「さらばだ、安らかに眠るがよい」

 

 引き絞られた氷槍の切先が雪菜の心臓目掛けて放たれる。迫る凶刃に抗う術のない雪菜は力なく瞼を瞑り──凄まじい爆発音と共に古城少年がその身を雪菜と槍の間に滑り込ませた。

 

 第四真祖の馬鹿魔力に物を言わせて重力の鎖を引き千切り、“緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”の衝撃波で自らを吹き飛ばして割り込んだのだ。無茶苦茶な芸当であるが、その無茶のおかげで雪菜の命が首の皮一枚繋がった。

 

「ごはっ……これ以上、おまえの好きに、させるかよ……!」

 

「先輩!?」

 

 雪菜の眼前で心臓を串刺しにされながら、古城少年は死に物狂いで氷の槍を抑え込む。

 

「往生際の悪い小僧だ。よい、ならば諸共刺し貫いてやろう」

 

「お、ごぁ……!」

 

 ずっ、と胸を貫く氷槍を押し込まれて古城少年は激しく吐血するが、それでも穂先を雪菜には届かせまいと歯を食い縛る。だが、どれほど力を込めて踏ん張ろうと子供の古城少年と高校生の姿をした“原初”では後者に軍配が上がってしまう。

 

 間もなく槍の穂先が雪菜の胸に届く。為すすべのない状況に古城少年は絶望と激痛から意識が遠退きかけ、ふと視界の端に古びた魔導書を捉える。

 

 那月と古城の固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪い取り、格納している魔道書。目の前の怪物を生み出している元凶である本から、古城少年はどうしてか目を離せなかった。

 

 ──呼んでいる? 誰かが、訴えかけてる……? 

 

 言語化の難しい感覚だが、魔道書から何か訴えかけられている。誰なのか、順当に想像すれば奪われた自分の記憶なのだが、何故か違うような気がした。

 

 誰が呼んでいるのかは不明。だが、今この状況を覆すことができるならばと、古城少年は精一杯に手を伸ばして叫んだ。

 

「──来い!!」

 

 瞬間、閉じられていた魔道書から負の魔力が溢れ出した。

 

「なに……?」

 

 古城少年の叫びに呼応して一人でに開いた魔導書に困惑する“原初”の眼前で、溢れ出した魔力が実体を結ぶ。現れたのは強力無比な第四真祖の眷獣──ではない。

 

 現れたのは二体の眷獣。全長三メートルにも及ぶ三つ首の魔犬と、双頭の魔犬だ。

 

 第四真祖の眷獣と比べれば圧倒的に格が落ちる吸血鬼の眷獣。いったい何処の吸血鬼の眷獣なのかと、その場に居合わせた面々が疑問符を浮かべる。その中で唯一、“原初”だけが驚愕を露わに目を見開いていた。

 

「貴様、何故この場に──!?」

 

 驚愕に“原初”が動きを鈍らせた直後、畳み掛けるように魔道書からオーロラの如き眩い光が溢れ出す。光は粒子となり、氷槍に串刺しにされた古城少年を包み込む。

 

「これは、まさか……! させるものか……!?」

 

 眩い極光を放つ魔道書を抑えようとする“原初”だが、そうはさせじと二頭の魔犬が喰らい掛かる。三つ首の魔犬が炎を吐き散らし、双頭の魔犬が凍てつく冷気を吹く。

 

「木端吸血鬼の眷獣の分際で、我の道を阻むか……!」

 

 迫る二頭の魔犬を腕の一振り、荒れ狂う魔力の嵐で蹴散らす“原初”。二頭の魔犬は原初の第四真祖に挑むにはあまりにも力不足であり、傷一つどころか触れることすら叶わなかった。

 

 だが一瞬、“原初”から僅かな時間を捥ぎ取ることができた。それだけで、十分だ。

 

 眩いオーロラに包まれた古城少年を中心に魔力が吹き荒れる。魔力の嵐はすぐ側で宙吊りにされていた雪菜も巻き込み、物理的な圧力をもってして外敵たる“原初”を押し退けた。

 

 目が眩むほどの極光の嵐。虹の如く光り輝く粒子の乱舞は、やがて終わりを迎える。

 

 激しく渦巻いていた魔力が音もなく、弾けるように霧散する。嵐が消失した跡地には、小柄な雪菜の身体を抱える男の姿があった。

 

 眩しい極光の嵐に巻き込まれ、気が付いたら誰かに抱えられていた雪菜。微かな困惑を胸に抱きながら、雪菜は自身を抱き抱える男を見上げて、その顔立ちに息を呑んだ。

 

 狼の毛並みのように色素の薄い髪と、気怠るげながらも優しい光を宿した空色の瞳。顔立ちは雪菜のよく知る彼よりも大人びているが、見間違えるはずもない。

 

「先……輩……?」

 

 雪菜の監視対象であり思い慕う相手──“暁古城”その人が、何故か大人の姿になってこの場に現れた。

 




十年バズーカじゃないよ?
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