“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

62 / 99
観測者たちの宴 Ⅻ

 

 極光の嵐から姿を現した“暁古城”らしき人物──大人古城。雪菜の知る暁古城よりも大人びた、背格好からして二十半ばといった男の登場に、キーストーンゲート屋上には困惑と懐疑的な空気が漂っていた。

 

 妙に警戒されている状況に大人古城は疑問符を浮かべる。懐疑的な目を向けられる理由に全くもって心当たりがなさそうな反応だ。

 

「あの、暁先輩……ですよね?」

 

「うん? なんで疑問系……あぁ、見た目のせいか」

 

 腕の中から聞こえてきた雪菜の問い掛けに大人古城は首を傾げかけ、はたと疑惑の原因を察する。自身の歳格好が高校生ではないことに今やっと思い至ったのだ。

 

「記憶に幻影(カタチ)が引っ張られたんだろうな。心配しなくても、俺は姫柊の知ってる俺だよ」

 

 敵ではないと安心させるように微笑む大人古城に、雪菜は大切な先輩の面影を読み取った。

 

 ああ、間違いない。この人は、この人こそが今日まで共に歩んできた暁古城なのだ──

 

 確信が持てたからか、あるいは安堵したからか。雪菜の眦からぽろぽろと涙が溢れ始めた。

 

「心配、したんですよ……! 記憶を奪われて、子供になってしまって、知らない他人みたいに避けられて……わたしが、どれだけ心配したと思ってるんですか……!」

 

「……ごめん。たくさん、心配かけたな」

 

 ポカポカと小さな拳で胸を叩かれながら、大人古城は甘んじて雪菜の想いを受け入れる。雪菜が胸に溜め込んでいた不安を全部吐き出し切るまで、胸を叩く柔らかな衝撃を受け止め続けた。

 

 不安を吐き出す雪菜を安心させるように抱き寄せながら、大人古城は両側から擦り寄ってきた二頭の魔犬を見遣る。

 

 ぐるぅ、と低く唸る魔犬たちを何処となく寂しげに見て、口パクで「ありがとう」と伝える。感謝の念を受け取った魔犬たちは静かに頷き、徐にその肉体を魔力の靄へと還す。霧散していく魔力を大人古城は目を逸らすことなく見送った。

 

 やがて胸中に詰まっていた想いを吐き出し切ったのだろう。雪菜は涙を拭うと、改めて自身の置かれている状況を把握して慌て始める。全く意識していなかったが、雪菜は大人古城に俗に言うお姫様抱っこされている体勢だったのだ。

 

「お、下ろしてください、先輩。まだ、戦闘は終わってないんですよ……!」

 

「待った待った、慌てるな──っと」

 

 腕の中で暴れる雪菜を宥めようとした大人古城は、正面から迫る鉤爪の如き黒翼に対して回避行動を取る。一歩、二歩と飛び退って躱すが、襲い来る黒翼は十枚。雪菜を抱えたまま回避し切れるものではない。

 

「先輩! 早くわたしを下ろして──」

 

「──大丈夫さ、これくらい」

 

 焦る雪菜の目の前で大人古城の瞳が真紅に染まる。次の瞬間、背中から極光の輝きを纏った刃の如き翼が生え揃った。

 

 眩いオーロラの如き光を纏う翼が二対四枚。“原初(ルート)”の五対十枚と比べれば圧倒的に数が少ないが、しかして秘めたる魔力は決して劣っていない。荒々しい漆黒の翼を、眩い極光の翼が斬り裂いた。

 

 ほんの一瞬で漆黒と極光が激しく交錯する。翼は第四真祖の眷獣が秘める魔力と同等、或いはそれ以上の莫大な魔力が込められている。そんな代物が激しく衝突し合えばどうなるか。尋常ならざる魔力の波動がキーストーンゲートの屋上を蹂躙することとなった。

 

 短くも濃密な漆黒と極光の削り合いがぱたりと止む。眼前で繰り広げられる光景に呆然としていた雪菜は、対峙する“原初”の異変を察して怪訝な声を上げる。

 

「“原初”の姿が、ブレている……?」

 

 大人古城と翼による激しい戦闘を繰り広げていた“原初”の姿形──高校生の“暁古城”の輪郭が、ノイズが走ったように揺らいでいた。

 

 しばらく観察を続ければ、ノイズの中から少女の姿が浮かんでくる。逆巻く炎のような金髪と、青白く輝く焔光の瞳。妖精めいた小柄な体躯が、“暁古城”の幻影と重複していた。

 

「俺と同じさ。記憶に幻影(カタチ)が引きずられているんだよ。あれが、あの姿が本来の“原初”の姿だ」

 

 古城少年が勢い余って大人の姿になってしまったのも、目の前で“原初”の姿が変容したのも記憶が原因。元来の魂の記憶が、現世に映し出す幻影(鏡像)に影響を及ぼしたのだ。

 

 輪郭の揺らぎが治まり完全に少女の姿に落ち着いた“原初”。漆黒の翼を大きく広げながら、“原初”は甲高い哄笑を上げた。

 

「今一度、汝と相見えることが叶うとは夢にも思わなかった。忌まわしき(愛しき)我が仇敵よ、汝をこの手で鏖殺してくれよう……!」

 

 歓喜と憎悪に“原初”は双眸を激しく燃やす。叩き付けられる激情に雪菜は思わず身を固くし、大人古城は困ったように眉尻を下げた。

 

「恨まれる心当たりはあるが、大人しく殺されてやるわけにはいかないしなぁ。どうしたもんか……」

 

「なにを呑気に言っているんですか!?」

 

 普段の古城とは掛け離れた、何処となく緊張感のない態度に雪菜は思わず声を荒げてしまう。目の前には全てを破壊し、古城を殺害すると宣告する怪物がいるのだ。悠長に構えている暇などあるはずもない。

 

 にも関わらず、大人古城に焦燥の類はない。絶望的な強さを誇る“原初”を前にしても泰然自若、微かに笑みを浮かべる余裕さえ見せていた。

 

 その態度に、雪菜は一縷の望みを垣間見た。大人古城には“原初”を打倒する手立てがあって、故にこそ焦ることも動じることもなく余裕の態度を保っているのではないかと考えたのだ。

 

「もしかして、先輩には彼女を倒す手段があるんですか?」

 

 期待を込めて雪菜が問えば、大人古城は困り顔で苦笑を浮かべる。雪菜を抱えていなければ頭を掻いていそうな雰囲気だった。

 

「いや、ないな」

 

「ないんですか!? じゃあ、なんでそんな余裕そうなんですか!?」

 

 あっけらかんと悪びれた様子もなく期待を裏切られ、雪菜は揶揄われているような気分になった。別段、大人古城に雪菜を揶揄ったりおちょくるような意図は微塵もない。何処か緊張感が欠けているように感じられる態度が原因だろう。

 

 ころころと感情を全面に出す雪菜にくすりと微笑を零したのち、大人古城は改めて対峙する“原初”を真正面から見据えた。

 

()()()()()、“原初”を倒すことはできない。今のあいつは、“闇誓書”の力を利用して眷獣を完全に従えた自分を再現しているからな。あの時みたいに、眷獣たちの離反を期待することはできない」

 

「先輩……?」

 

 つらつらと語る大人古城の物言いは、まるでかつて“原初”と戦ったことがあるかのような口振りだった。

 

 気になる発言を問い質すべきか僅かに悩む雪菜だったが、続け様に放たれた大人古城の言葉によって思考が真っ白になった。

 

「だから──助けてくれないか、姫柊?」

 

「────」

 

 その言葉は、雪菜がずっと待っていたものだった。

 

 誰かが傷付くくらいならば自分がと一人で抱え込み、他人を頼ることなく傷だらけになっても歩み続けた古城。保健室で雪菜から叱責を受けて以降は、本当に少しであるが他人を頼る姿勢も見受けられた。メイヤー姉妹の対処を紗矢華とラ・フォリアに、優麻の足止めを雪菜に任せたのが証左とも言えなくない。

 

 しかし根本的には何も変わっていない。状況的に仕方なかったとはいえ、最も危険な相手であるヴァトラーを一人で受け持ったのは、雪菜たちを危険から遠避けるためという魂胆があったのだろう。

 

 古城は──“まがいもの”は雪菜たちを守らなければならない庇護対象として見ている。有する実力を確かに認めながら、信頼もしていながら、それでもこの身を挺してでも守らなければならないと心に誓っていたのだ。

 

 それが己にできる唯一の贖罪であるかのように──

 

 しかし目の前の大人古城は、躊躇うことなく雪菜に助けを求めた。自分一人では無理だからと、素直に助けてくれと雪菜に伝えたのだ。

 

 今更ながら、大人古城がかくも緊張感に欠けた、よく言えば余裕の態度を貫いていたのかを理解した。全てを一人で背負って抱え込もうとする悪癖が改善され、他人を頼る強さを知っているが故に強大な敵を前にしても焦ることなく在れたのだ。

 

 途方もなく嬉しかった。一番に自分を頼ってくれた喜び、古城がちゃんと他人を頼ることができた安堵。様々な感情が綯い交ぜになって溢れ出しそうになりながら、雪菜は涙声で応える。

 

「──はい。任せてください。わたしは、先輩の監視役ですから」

 

「ありがとう、姫柊」

 

 頼もしい返答に心からの感謝を返し、雪菜を腕の中から解放する大人古城。心強い相棒と肩を並べ、開戦の瞬間に向けて魔力を昂らせ始めたところで、後ろで硬質な物音が響いた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ。なに勝手に、私の雪菜と二人で無茶しようとしてるわけ……!」

 

「煌坂……」

 

 “煌華麟”を杖代わりに立ち上がった紗矢華が、並々ならぬ戦意を瞳に宿して戦線に戻ろうとしていた。

 

「私だって、まだやれるわよ……!」

 

「紗矢華さん……!」

 

 全身を襲う激痛を振り払って気丈に振る舞う紗矢華に、雪菜は頼もしい仲間の復帰を素直に喜んだ。対して大人古城は紗矢華の様子を具に観察し、戦線復帰が本当に可能か検討しているようだった。

 

「やれるのか?」

 

「当っ然! 雪菜が頑張ってるのに、お姉ちゃんが黙って見てるわけにはいかないもの……!」

 

 虚勢を張っているのは見え透いていたが、溢れる闘志には微塵の翳りもない。度重なる激闘によって積み重なった疲労とダメージは抜けていないだろうが、足手纏いになるようなことはないだろう。

 

 僅かな逡巡を挟み、大人古城は仕方ないとばかりに苦笑を零した。

 

「分かった。力を貸してくれ、煌坂」

 

「べ、別にあなたのためじゃないんだけど! 雪菜のため、あくまで雪菜のためだから!」

 

「はいはい、頼りにしてるよ」

 

「このっ、急に見た目が大人になったからかなんかむかつくぅ……!」

 

 子供扱いされているような感覚を抱き、紗矢華はぎりぎりと歯軋りする。やたらと格好付けて雪菜をお姫様抱っこしていたのも、紗矢華のやっかみ精神に火を付けてしまっていたのだろう。

 

 いつも通りな紗矢華の反応に苦笑いする大人古城の背後で陽炎が揺らめく。極光の翼として操っていた魔力を呼び水に、異界より眷獣を喚び出そうとしているのだ。

 

 相対する“原初”も凄絶な笑みを浮かべて眷獣を喚び起こす。陽炎が複数揺らめき、第四真祖の眷獣たちが激突の瞬間を今か今かと待ち侘びていた。

 

「宴の時間はそろそろ終わりにしようか、“原初”」

 

「あの日の雪辱を晴らそうぞ、“まがいもの”……!」

 

 “まがいもの”と“原初”。二人の世界最強の吸血鬼が雌雄を決する最終決戦。その幕が切って落とされた。

 

 

 ▼

 

 

 戦端が開かれるや否や複数の眷獣を召喚、凄まじい衝撃を撒き散らしながら激突した。

 

 眷獣の性能自体は互角である以上、単純な正面衝突においては一度に召喚できる容量(キャパシティ)が大きい“原初”に軍配が上がる。眷獣を制御する能力、戦闘経験値においても“原初”が圧倒的に上だ。

 

 単純な一対一の勝負であれば、大人古城に勝ち目はない。だが、大人古城には確かな勝算があった。

 

「姫柊、煌坂。十秒だけ時間を稼いでくれ」

 

「分かりました!」

 

「第四真祖の眷獣相手に時間稼ぎって、無茶にもほどがあるんだけど!?」

 

 大人古城の頼みに雪菜が即応、文句を零しながら紗矢華も前衛に出る。

 

 練り上げた呪力を増幅し、神格振動波を発する銀槍を手に迫り来る眷獣の暴力を斬り裂く雪菜。剣に刻印された“擬似空間切断”の術式をもってして空間を断ち切り、空間断層の盾で眷獣の猛威を防ぐ紗矢華。

 

 世界最強と謳われる第四真祖の眷獣を前にしても怯まず、雪菜と紗矢華は果敢に立ち向かった。彼女たちならば要望通りに十秒、それ以上に時間を稼いでくれるだろう。

 

 頼もしい少女たちに前衛を任せ、大人古城は一度眷獣の召喚を解除する。そして奥の手を解放するための準備に入った。

 

 大人古城の両翼にて尋常ならざる魔力が渦巻く。右翼では耳を劈かんばかりの雷鳴が轟き、左翼では荒れ狂う衝撃波の嵐が唸っている。黄金の獅子と緋色の双角馬が、己の出番を今か今かと待ち侘びていた。

 

「お前は強いよ、“原初”。眷獣を制御する技術も、一度に召喚できる限界もお前には及ばない」

 

 第四真祖に至ってからようやく半年になるかという古城と、原初の第四真祖である“原初”では経験値に差が大きすぎる。“原初”にとって眷獣は己が手足同然、五体だろうが六体だろうが召喚に難儀することはない。

 

 古城にできることは、“原初”にとって当たり前のことでしかない。逆に“原初”にとって呼吸の如くできることが、古城にとってはそうではないのだ。

 

 しかしそんな中に、“原初”にはできず古城にだけ為せることが一つあった。

 

「……っ! 来たれ、裁きの剣よ!」

 

 大人古城の目論見を見透かした“原初”が天に向けて腕を振り翳す。莫大な魔力に物を言わせて召喚されたのは、本日二度目となる巨大剣。意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)が再び絃神島に牙を剥いた。

 

「まだだ。来るがいい、“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”……!」

 

 “原初”の呼び声に応えて銀の霧を纏った甲殻獣が姿を現した。

 

 あらゆるものを霧へ変じさせ、原初の混沌へと還す強大無比な眷獣。銀霧の甲殻獣は大人古城が維持する霧化に干渉し、実在と非在の境を彷徨う絃神島を無理やり現実へと戻そうとする。

 

「良いのか、“まがいもの”? それを維持すれば、今度こそ“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”が足元の島を穿ち貫くぞ」

 

 挑発的な“原初”の言葉に、大人古城は微かに顔を顰める。

 

 大人古城が切ろうとした奥の手──合成眷獣は恐ろしく制御に気を違う。何も手を加えなくとも天災同然の能力を有する第四真祖の眷獣を合成するのだ。暴発すれば比喩抜きで絃神島が吹っ飛ぶ。

 

 しかしこのまま合成眷獣の制御に集中してしまえば、天空より降下する巨大剣の対処ができない。“原初”がダメ押しに“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”を召喚したことで、絃神島は半ば現実へと戻りかけている。“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の直撃を受ければ絃神島は夜明けを待つことなく海の藻屑となるだろう。

 

 眷獣の合成を維持しつつ巨大剣の対処は不可能だ。絃神島を守るならば、合成を諦めて“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”の制御に全神経を注ぐ他ない。

 

 だが大人古城が眷獣の合成を止める気配はない。絃神島を見捨てるつもりなのかといえば、そんなことはない。

 

 眷獣の合成を継続しつつ、大人古城は祈るような面持ちで瞑目する。瞼の裏に逆巻く炎の如き金髪の少女たちの姿を描き、大人古城は切に希った。

 

「頼む、力を貸してくれ──“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”」

 

 助けを求める主人の言葉に、仕方ないとばかりに眷獣(少女)が応えた。

 

 大気を引き裂きながら降下していた巨大剣が、まるでブレーキでも掛けられているかのように速度を落としていく。数秒もすると巨大剣は完全に静止し、虚空に縫い止められたか如く微動たりともしなくなった。

 

 巨大剣を止めたのは大人古城側の“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”だ。“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”はその尋常ならざる質量と規模もさることながら、重力制御の権能を持ち合わせている。重力を操ることで降下速度を加速させ、より破壊力を高めているのだ。

 

 その権能を利用して“原初”が解き放った巨大剣を上空で縫い止めたのである。

 

「──馬鹿な、あり得ぬ」

 

 此処まで余裕の態度を崩すことのなかった“原初”が、初めて表情に動揺を見せた。大きく見開いた双眸は、上空遥か高くで完全に停止した裁きの剣を見つめている。

 

「汝は未だ、七番目(ヘブドモス)を掌握しておらぬ。贄も献上せず、何故眷獣を制御できる……!?」

 

 第四真祖の眷獣は贄となる霊媒からの吸血がなければ、古城を主人として認めはしない。“まがいもの”が血の滲む対話の末に多少の便宜は計ってくれているが、それでも権能の一部を貸すだけが限度だ。

 

 掌握していない眷獣を扱うことは出来得ない。しかし大人古城は“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の権能を行使している。それも眷獣の合成で既に手一杯な状況で、だ。

 

 不可能を可能にした当人は、激しい戦闘の最中とは思えないほどに穏やかな微笑を零して疑問に答える。

 

「単純な話だ。俺は“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”を制御していない。彼女が自主的に権能(ちから)を行使してくれているんだよ」

 

「あり得ぬ、斯様な真似をすれば眷獣共が暴走するは必定。自ら手綱を手放すなど、正気の沙汰ではない……!」

 

「お前にとっては、そうだろうな」

 

 第四真祖の眷獣は誰も彼も加減を知らないじゃじゃ馬ばかり。制御を放棄して解き放とうものならば、嬉々として破壊を撒き散らして遊び回る。自ら手綱を手放すなど、周囲を盛大に巻き込んだ自爆にしかならない。

 

 しかし現実には暴走など起こらず、“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”は自らの意思で絃神島を守るべくその権能を行使している。大人古城に制御の負担はなく、ただ権能行使に必要な魔力だけを提供していた。

 

「これが“まがいもの(おれ)”と“原初(お前)”の違い、眷獣(彼女)たちに対する考え方(スタンス)の差だよ」

 

 “原初”は眷獣たちを兵器以上にも、それ以下にも見ていない。信用も信頼もありはしない。

 

 対して大人古城は、眷獣たちを──彼女たちを心ある存在だと、頼りになる隣人として見ている。故に眷獣たちは古城の信頼に応え、掟破りの眷獣合成や吸血なしでも力を貸してくれているのだ。

 

 これが記憶を失っている“まがいもの”であれば、話は違っただろう。“まがいもの”が忘却してしまったあの日々の記憶を、忘れることなく憶えている大人古城だからこそ眷獣たちは助けを求める声に応じた。

 

 己が犯した罪と罰、救えなかった者と救えた者、必ず守り抜くと誓った“約束”も──大人古城は総て、憶えている。忘れず正しく背負った上で、大人古城は未来(まえ)を見据えて立ち向かっているのだ。

 

「あとは、そうだな……」

 

 眷獣の合成に集中していた大人古城が、少し茶目っ気混じりな笑みを浮かべた。

 

「お前が思っている以上に、彼女たちはアヴローラ(末っ子)のことが大切だった。それだけの話だよ」

 

十二番目(ドゥデカトス)……!」

 

 もはや憎悪すらも滲ませて“原初”は大人古城を睨んだ。

 

 ”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”と“緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”。主人の命に従い二体の眷獣が一体の幻獣へと至る。

 

 神々しくもあり、禍々しくもある。幻想に語り継がれる麒麟が、雷鳴の如き嘶きを上げて現世へと顕現した。

 

「今度はこっちの手番だ。止めてみせろよ、“原初”──」

 

 莫大な雷と嵐の如き衝撃波の融合体である麒麟が主人の意に従い突貫する。眩い雷光と衝撃波を纏った疾走は世界を悉く蹂躙し、立ち塞がる障害の一切を破壊し尽くす。もはや何人たりとも幻獣の疾駆を止めることはできない。

 

 迫り来る幻獣に対して“原初”は召喚済みの眷獣で対抗しようと試みる。しかし、止まらない。黄金の獅子と緋色の双角馬が拮抗すら敵わず蹴散らされ、琥珀の牛頭神による突撃も勝負にならなかった。

 

 元は同じ第四真祖の眷獣でありながら、秘めたる破壊の力は雲泥の差。真っ向から幻獣たる麒麟を止めるならば、“原初”もまた眷獣を合成しなければ太刀打ちできない。

 

 だがそれは不可能だ。眷獣との間に確かな信頼関係がなければ成し得ない合成は、眷獣たちを兵器としてしか見ていない“原初”には真似することもできない。故に手持ちの眷獣を多重召喚することで対処する他なかった。

 

 四体目に喚び出した水銀の龍蛇が辛うじて麒麟の肉体を喰い千切り、五体目の蠍虎の紫が猛毒を付与したことでようやく麒麟の動きが鈍る。されど完全な停止には至らず、手負いの獣が如く猛り狂い“原初”へと襲い掛かった。

 

「──ッ、我が身を守護する盾となれ、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”!」

 

 “原初”の喚び声に応えたのは金剛石の肉体を有する大白羊。途方もない巨体を誇る大白羊は、召喚主を守護するように煌めく宝石の防護壁を展開した。

 

 満身創痍の麒麟が宝石の壁を砕かんと破滅的な衝雷を叩き付ける。大気が悲鳴を上げ軋むほどの一撃は、しかし宝石の壁に余すことなくエネルギーを吸収されてしまった。

 

 直後、攻撃を吸収した宝石の壁が砕け散り、無数の結晶となって麒麟を襲う。莫大なエネルギーを取り込んだ宝石の反撃は、一瞬の抵抗すら許さず麒麟を蹂躙した。

 

 肉体を喰われ、猛毒を浴び、とどめに痛烈な反撃(カウンター)を受けて然しもの麒麟も力尽きる。力なく崩れ落ちる麒麟──”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”と“緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”に惜しみない感謝の念を大人古城は送った。

 

 最強の切り札は一歩及ばず届かなかった。しかし、麒麟の暴威によって蹴散らされた“原初”の眷獣は、反動(ノックバック)によってしばらく召喚に応じることができないはずだ。

 

 つまり、今この瞬間こそが最大の好機──

 

 大人古城が指示を飛ばすまでもなく、雪菜は麒麟が駆け抜けた道を疾走する。“闇誓書”によって形作られた泡沫の幻影であるならば、“雪霞狼”の一撃で幕引くことが可能。その判断から誰よりも早く“原初”への追撃を敢行した。

 

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 呪力を高める祝詞を唱え、破魔の銀槍に並々ならぬ呪力を注ぎ込む。刻印された神格振動波の術式が唸りを上げて駆動し、あらゆる結界障壁を切り裂き真祖すらも貫く眩い輝きが銀槍を包んだ。

 

 “雪霞狼”の脅威を“原初”も正しく理解している。真祖殺しの聖槍の一撃を受けようものならば、この身は跡形もなく消滅する。何が何でも雪菜の突貫を止めなければならなかった。

 

 微かな焦燥を滲ませながら“原初”が手を翳す。彼我の間合いを一足で詰めようと踏み込んだ雪菜の一歩が、地面を踏むことなく虚空を掻いた。

 

「こ、れは……!?」

 

 身体を空中に放り投げられたかのような浮遊感に目を見開く雪菜。“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の権能によって重力の向きを反対、空へと向けられてしまったのだ。

 

 重力を反転させられた雪菜の肢体が空へと引かれる。地面を踏むことができない雪菜に、空中で移動する手段はない。式神を展開して足場にする手もあるが、隙を晒した雪菜を“原初”が見逃すはずもない。

 

 禍々しく節くれ立った漆黒の翼が宙空で藻掻く雪菜を襲う。まともに踏ん張ることもできない雪菜に、迫り来る翼を防ぐ手立てはなかった。

 

 訪れるだろう痛みに雪菜は身を強張らせて──後方から伸びた極光の翼が漆黒の翼を斬り裂き、空に落下を始めていた雪菜の肢体を大人古城が力強く抱え込んだ。

 

 大人古城は雪菜のほっそりとした腰を片腕で抱き寄せ、もう一方の腕を背後に突き出した。

 

「このまま一気に行くぞ!」

 

「はい!」

 

 大人古城の意図を読み、雪菜は抱えられるがまま祝詞の続きを紡ぐ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼──」

 

 後方に突き出した腕から嵐の如き衝撃波を噴出し、反動を利用して一気に間合いを詰める。重力を捻じ曲げられようと関係ない。重力を操ろうと二人の進撃を止めることは不可能だ。

 

「ならば……!」

 

 悪足掻きの如く“原初”が召喚したのは、美しい女性の上半身と巨大な蛇の下半身を持つ眷獣。青白き水の精霊──水妖だ。

 

 水妖が滝の如き大瀑布を展開する。押し寄せる鉄砲水は触れるだけで物質を原始レベルにまで分解する、全ての文明を無に還す権能を保有した怪物だった。

 

 大瀑布の脅威に大人古城は怯むことなく、後方に突き出していた腕を引き戻す。そして唯一残っていた手札、双頭の水銀龍を喚び出す。

 

疾く在れ(きやがれ)、“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”!」

 

 次元ごと世界を喰らう双頭龍が召喚に応じ、迫る大瀑布を別次元へと呑み込む。激流の全てを呑み干すことは不可能だが、“原初”へ繋がる道を切り拓くことはできた。

 

「飛ばすぞ、姫柊!」

 

 衝撃波の加速と吸血鬼としての膂力を全て上乗せし、大人古城は“原初”に向けて雪菜を全力で放り投げた。

 

 凄まじい勢いで放り投げられた雪菜は、猫のようにしなやかな身のこなしで体勢を整え、破魔の銀槍を突き出して“原初”に堕ちていく。その様は、さながら夜闇を斬り裂く一条の流星のようであった。

 

「否、まだだ……──!?」

 

 水妖と漆黒の翼を操って雪菜を迎撃しようとした“原初”。その肩口に、鋭い呪矢の一撃が突き立った。“煌華麟”を洋弓に変形させた紗矢華が後方から援護射撃をしたのである。

 

 突き立った呪矢には凄まじい呪詛が込められていた。傷口から一気に全身を覆った呪詛は、苦痛を与えるよりも魔力の制御や平衡感覚を狂わせることを目的としたものだ。

 

 蝕む呪詛の影響で魔力の制御ができなくなり、眷獣の召喚が無効化される。それどころか純粋な魔力の制御も利かなくなり、背中から生えていた漆黒の翼も霧散した。

 

 身を守る術を全て失った“原初”は、迫る聖槍を呆然と見つめる他なかった。

 

「鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え──!」

 

 輝く神威を纏った銀槍が、“原初”の肉体を狙い過たず撃ち貫いた。

 

 耳が痛いほどの静寂が訪れる。槍で胸を刺し貫かれた“原初”は顔を俯かせ、微動たりともせず沈黙している。

 

 本当に決着がついたのか雪菜が固唾を飲んで見守っていると、俯いていた“原初”が微かに口端を笑みに歪めた。

 

「またも、我の敗北か……」

 

 呟く“原初”の輪郭が黄金の粒子となって崩れていく。“闇誓書”によって創り上げられた幻影の肉体が崩壊しているのだ。

 

「だが、努努(ゆめゆめ)忘れるな。我は不死不滅の第四真祖の影。再宴の時が(きた)れば、我は何度でも蘇るだろう」

 

「その時は、また俺が相手してやるよ」

 

 いつの間にか雪菜の隣に肩を並べた大人古城が、気負うことなく返した。

 

 余裕すらも感じさせる大人古城の態度に、“原初”は詰まらなさそうに眉を顰め、やがて忌々しげに溜め息を零す。

 

「“まがいもの”の分際で、全くもって不遜極まりない男だ……」

 

 呟きを一つ残して“原初”は黄金の粒子となって消える。後に残されたのは、古びた魔導書だけだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。