暁古城こと“まがいもの”、中学二年の夏休み──
原作古城よろしく夏休みの半分をバスケ部の練習に打ち込んだ“まがいもの”。夏休みの課題を早々に終わらせた彼の姿は今、“戦王領域”旧カルアナ伯爵領にほど近い街にあった。
異国情緒漂う街並みの一角に位置するオープンカフェテラスにて、“まがいもの”は呆れ混じりの表情で向かいに座る男を見ていた。
「くうううっ──! やっぱ昼間から飲む酒は美味ェ!」
典型的なダメ人間のお手本のような台詞を口にしたのは長身の体格のよい男だ。
無造作に切り揃えられた髪と無精髭。色褪せた革製のトレンチコートに中折れ帽を纏う出立ちは、何処ぞのマフィアか売れない私立探偵のような風貌である。実体は“聖殲”を研究テーマにしている考古学者だが。
昼間から酒を飲むダメ人間の正体は暁古城の父親──暁牙城だ。対面に座る少年と見比べれば、血の繋がりがあることにも納得できる顔立ちをしている。
「どうした、兄弟? シケたつらして、おまえさんも飲むか?」
「中学生に酒を勧めるなよ、まったく……」
頭痛を堪えるように“まがいもの”はこめかみを抑えた。第四真祖関連で進展があったからと呼び出されて絃神島から遠路遥々足を運んでみれば、出迎えたのが酔っ払いとあってはちょっと物申したい気分であった。
それ以外にも、“まがいもの”は目の前の男の態度に困惑していた。あまりにも馴れ馴れしいというか、親しみを感じさせる振る舞いに戸惑っているのだ。
「なんだ、腹でも減ってんのか? 飯くらいなら奢ってやるぞ」
「いや……去年とは随分と態度が違うと思ってな。前はもっと俺を警戒していなかったか?」
去年の夏休み、丁度一年前にも“まがいもの”は牙城に呼び出されて世界各地の遺跡調査に付き合わされた。恐らくは“まがいもの”が信用に足る人物かを測るため、“まがいもの”が抱える情報をより多く引き出すために、色々と試していたのだろう。
“まがいもの”もそれを理解した上で牙城の提案に乗った。一月弱という短い期間ではあるが、二人は背中を預け様々な危機や困難を乗り越えたのである。ある種、戦場における絆めいた関係性は築かれたのだろう。
だが、それにしても久方ぶりに顔を合わせた牙城の態度は親しげ過ぎる。戦場の友が、何故か鬱陶しい絡み酒をする親戚の叔父さんのような距離感になっていたのだ。混乱するのも無理はない。
“まがいもの”の疑問に、そんなことかと牙城は笑って答える。
「んなもん、おまえさんの人柄が信用に足ると判断したからに決まってんだろ」
「信用できるほどの積み重ねがあったとは思えないんだが……?」
直接顔を合わせて行動を共にした期間だけで考えれば一月弱。トラブルだらけの濃密な時間を過ごしたとはいえ、果たしてここまで信用を置けるものだろうか。
今一つ納得できていない“まがいもの”に対して、牙城は補足するように付け加える。
「あれから一年半、おまえさんは古城として凪沙に接してくれた。側に居てやれない俺と深森の代わりにな。おかげで凪沙は笑顔で過ごせてる」
「それは……」
“まがいもの”から齎された情報により、“焔光の宴”によって凪沙に関する記憶を奪われるわけにはいかない牙城と深森。記憶搾取の影響を最小限に抑えるために凪沙との接触を控えている二人は、凪沙の側に寄り添ってやることができなかった。
代わりに凪沙の寂しさを埋めたのが“まがいもの”だ。
暁古城に成り代わった“まがいもの”は凪沙に要らぬ心配を掛けないよう、兄の消失を気取られないように暁古城として、兄として振る舞った。その甲斐あって凪沙は体調を崩して入退院を繰り返しながらも、元気に学校へ通って笑顔で日々を送ることができている。
一年と半年。“まがいもの”は凪沙を悲しませないように振る舞い続けた。そのあり方を見て牙城と深森は“まがいもの”を信用できると判断した。
「感謝してるんだよ、これでもな」
「打算ありきだとは思わなかったのか?」
「そういう台詞はもちっとポーカーフェイスを磨いてから言うんだな、兄弟」
罪悪感入り混じる表情の“まがいもの”を指差して牙城は言った。
“まがいもの”は反射的に自身の顔を手で覆うも、その反応自体が自白と変わらないと悟って諦めた。投げやり気味に背凭れに背中を預けて深々と嘆息を零す。
「あんなに健気な子を一人ぼっちになんてできるわけがないだろ……」
「心配になるくらいお人好しな性分だな。ま、だからこそ信用できたわけなんだが」
「余計なお世話だよ、まったく……」
お人好しなのは自覚があった。前世から変わらない性分なのだ。特に一度でも身内として認めてしまうと、自分自身を疎かにしてでも優先しようとしてしまう。
「それで、今回はなんで俺を呼び付けたんだ? 第四真祖絡みで進展があったって聞いたけど」
「言ってなかったか? ようやっとお嬢様が“柩”の鍵の在処を教えてくれるってんで、取りに行くんだよ」
「────」
予想だにしていなかった展開に“まがいもの”は目を見開いて硬直した。
早期に牙城と深森の二人と協力関係を結び、情報提供したことで“まがいもの”の知る
「あー、言ってなかったかもな。うん、悪ィ」
気不味そうに頬を掻いた牙城の視線が“まがいもの”の後方に向けられる。目を逸らしたというよりは、視線の先に誰かを認めたような仕草だった。
「──牙城!」
硬直する“まがいもの”の隣を通り過ぎ、昼間から酒を飲むダメ人間を少女が見下ろす。その表情は分かりやすく不機嫌に歪んでいた。
黒革のコートを着込んだ見た目十七、八前後の少女だ。艶やかなブルネットの髪を背中に流し、牙城を見下ろす眼差しや仕草には微かな気品が滲み出ている。
一見すればちょっといいところのお嬢さんといった風貌であるが、“まがいもの”は目の前の女性が吸血鬼で自分よりも倍以上に歳上の存在であることを知っていた。
「おう、遅かったな。先に一杯やらせてもらってたぞ」
「遅かったな、じゃないわよ! なに昼間から呑気にお酒なんて呑んでるのよ!? 今日は鍵を取りに行くって話だったじゃない、忘れたの!?」
眦を吊り上げて少女は細腕には見合わない筋力で牙城の胸倉を掴み上げる。ガクガクと揺さぶられながら牙城は落ち着けと宥めにかかる。
「待て待て、忘れちゃいないさ。ただ、俺はちょっと野暮用があってな。ついていけねーんだわ」
「え……? まさか、私一人で取りにいけって言うの?」
途端に心細そげな声を上げる少女。一人で鍵を取りに行くことへの不安というよりは、牙城と別行動になることが不満といった様子だ。原作暁古城に負けず劣らず、牙城もまた女たらしの気があるので強ち間違いではないだろう。
嵐の中に置いてけぼりを喰らったような顔の少女を安心させるように牙城は笑う。
「そんな顔すんなよ。代わりといっちゃなんだが、頼りになる相棒を呼んでおいた。なあ、兄弟?」
「は? 俺……?」
唐突に話を振られて目を剥く“まがいもの”。目の前の少女とこの時点で顔を合わせるだけでも特大の
畳み掛けられる衝撃的な展開に石像となる“まがいもの”。そんな少年を女吸血鬼は胡乱な目で見下ろした。
「頼りになるって子供じゃない。どう見ても足手纏いにしかならないでしょ」
「そう言うなって。これでも
他人事みたいに言う牙城に女吸血鬼は深い溜め息を零した。
「っと、悪かったな、兄弟。知ってるかもしれんが、紹介しとくぜ」
いつまでも呆けたままで話の流れに乗ってこない“まがいもの”に、牙城は傍らの少女を親指で指し示した。
「──ヴェルディアナ・カルアナ。俺の古い知り合いの妹だ」
牙城の紹介で“まがいもの”はようやく目の前の現実を受け入れ、不満げな表情をしたヴェルディアナと真正面から向き合った。
──これが“まがいもの”とヴェルディアナ・カルアナのファースト・コンタクトであった。
▼
倒れた凪沙が搬送されたのはMAR──マグナ・アタラクシア・リサーチ社の医療研究所、昼間に古城が襲撃を警戒していた施設だ。
予め古城が一報入れたことで受け入れはスムーズに進み、あとは主治医である深森がなんとかしてくれるだろう。
待合室のベンチに腰掛け祈るように手を組んで背中を丸める古城。隣には隣人であり搬送の補助をするという名目で付き添った雪菜の姿があった。
「悪いな、姫柊。こんな時間に病院まで付き合わせて」
「いいえ、同行したのはわたしの勝手ですから気にしないでください。それに、わたしも凪沙ちゃんが心配でしたから……」
気にするなと微笑み混じりに雪菜は首を横に振った。
波朧院フェスタ初日の夜にも凪沙は雪菜たちの前で倒れている。搬送される前の凪沙の様子を見た雪菜は、一目で倒れた原因が前回と同じであると見抜いた。その上で無理を言って付き添いを願い出たのだ。
凪沙が倒れたことで憔悴しているところに申し訳ないと思いつつ、雪菜は躊躇いがちに口を開く。
「凪沙ちゃん、一昨日の夜にも倒れているんです」
「は……?」
「先輩が子供になって気絶していた時のことでしたので。お伝えするのが遅くなってすみません」
寝耳に水な話に古城は戸惑いを隠せない。古城の記憶では、波朧院フェスタで凪沙が倒れるようなことはなかったのだ。凪沙が今日倒れたのも、原作の筋書きにはない
凪沙が倒れるのはもう少し先の話だった。それがどうして早まったのか。答えは雪菜の口から語られる。
「監獄結界で脱獄囚に襲われたわたしたちを、凪沙ちゃんが助けてくれたんです。厳密には、凪沙ちゃんに取り憑いた何者かですが」
「……そういうことか」
凪沙が倒れた原因を察して古城は力なく項垂れた。要は自分自身の失敗が招いた事態だったのだ。
本来であれば消耗する必要のなかった凪沙が、古城の尻拭いをするために無理をした。その結果、凪沙は本来の筋書きよりも早くに倒れることになってしまったのである。
自分自身の不手際が凪沙に負担を強いてしまった。不甲斐なさと自責の念から肩を落としていると、廊下の先からパタパタと慌ただしい足音が響いてきた。
近付いてくる足音に古城は顔を上げて、見覚えのある二人の人影に目を丸くする。
「古城! 凪沙ちゃんの容態は!?」
「色々と大変なことになってるみたいね、暁古城」
「浅葱? それに、煌坂まで。どうしてここに?」
二人に凪沙が倒れた旨を伝えた覚えはない。夜も遅い時間にうら若い少女たちを出歩かせるのは危険であり、余計な心配をかけるのも悪いと思ったからだ。
「わたしがお二人に伝えました。お二人も凪沙ちゃんが倒れた時にその場に居合わせたので」
それに雪菜を含めたこの三人は大人古城から“まがいもの”を託された関係だ。古城に纏わることで隠し立てするのはちょっと卑怯だろうと、雪菜は浅葱と紗矢華にも情報の共有を行ったのである。それを伝えるつもりはないが。
「一昨日に続いて今日でしょ? 流石に心配するわよ」
浅葱にとっては古城の妹であると同時に凪沙は可愛い後輩なのだ。身体が弱いことは知っていたが、こうも短期間で倒れるとあっては心配も一入だろう。
純粋に凪沙のことを心配する浅葱は納得できた。しかし紗矢華までこの場に駆け付けたのはどういう風の吹き回しだろうか。
「煌坂は? 凪沙を心配してきたのなら嬉しいけど、色々と忙しいんじゃないか?」
「まあ、ね。報告書に始末書とやることが山積みで、正直うんざりしてたところなんだけど……」
げんなりとした表情で溜め息を零す紗矢華。今回の一件で古城たちを手助けしてくれた紗矢華であるが、ラ・フォリア護衛以後は任務外となっていたため、“煌華麟”の無断使用などの理由で処分を受けることになっていた。
とはいえ獅子王機関も絃神島の状況は把握しており、あくまで形だけの処分に留まっている。具体的には始末書の提出と短いながらも獅子王機関本部での謹慎だ。報告書と始末書の作成が終了次第、紗矢華は本部へ帰還予定になっていた。
しかしその予定が急遽変更され、紗矢華は古城の元へと向かうことになった。
「上からの新しい指令よ。雪菜と一緒にあなたの監視と
「護衛……?」
獅子王機関が第四真祖の身を守るために護衛を出すという奇妙な展開に古城は首を傾げる。監視と抹殺のために雪菜を送り込んでおいて紗矢華を護衛に回すというのは、それこそどういう風の吹き回しだろうか。
疑問符を浮かべる古城に対して、雪菜と浅葱は表情を強張らせた。
「護衛ということは、先輩が何者かに狙われているということですか?」
「LCOの残党とか監獄結界の脱獄囚だったりしないでしょうね……」
警戒を露わにする雪菜とうんざりとした表情を隠さない浅葱。一昨日に絃神島の命運が掛かったレベルの大激闘を潜り抜けたばかりなのだ。次から次へと舞い込むトラブルに辟易するのも無理ないだろう。
「そのどちらでもないみたいよ。上が言うには、第四真祖に並ぶ魔力を保有する何者かが絃神島に侵入した可能性があるから、トラブルの渦中になり得る暁古城の護衛を立案したらしいわ」
「なるほどな……」
紗矢華からの情報に古城は一先ず納得した。そして同時に、昼間に見た少女の正体も確信してしまった。
間違いない、彼女の正体は──
頭が痛くなる状況に古城は思わず天井を仰ぐ。
巻き起こった原作乖離への対処、亀裂の入った凪沙との関係性、向き合わなければならない罪と記憶。一気に畳み掛けてきた問題の山に然しもの古城も頭を抱えたい思いだった。
「古城、大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だよ」
心配と気遣いが多分に含まれた浅葱の声に、古城は弱々しく答えながらも少女たちを見やる。雪菜と紗矢華、浅葱が大なり小なり表情に心配の色を滲ませて古城の顔色を伺っていた。
奇しくも古城を憎からず思う少女たちがこの場に集っていた。
「潮時、か……」
原作乖離、兄妹関係の亀裂、向き合わなければならない罪と過去。雪菜は焦らず少しずつでいいと言ってくれたが、彼女が絃神島に来訪してしまった以上悠長なことは言えない。あの少女は間違いなく“まがいもの”が目を逸らしている記憶の扉を抉じ開けようとするからだ。
向き合う覚悟もないままに突き付けられるくらいなら、自ら覚悟を持って向き合った方が何倍もマシだ。
意図せずしてこの場に集った少女たちを見渡し、“まがいもの”は罪を告解する罪人のような面持ちで口を開く。
「ずっと隠してきたことがあるんだ」
「先輩、それは……」
重々しい切り出しと声音から古城が己の罪と向き合おうとしていることを察する雪菜。苦しげな古城の様子に焦る必要はないと伝えようとして、しかし当人が首を横に振って制した。
「みんなに謝らないといけない。俺はずっと、みんなを騙してきたんだ」
真剣な面持ちで言葉を待つ少女たちを見やり、一拍置いて古城──“まがいもの”は己の罪を告白する。
「──俺は暁古城を騙る偽物、“まがいもの”なんだ」
“まがいもの”の罪が白日の元に晒された。