“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

71 / 99
紗矢華の次は浅葱のターン!


焔光の夜伯 Ⅷ

 “まがいもの”が今まで相対してきた中で明確に格上と言えたのはヴァトラーだけだ。“原初”は大人古城が相手をしたのでカウントしない。

 

 格上の吸血鬼を喰らい、真祖に最も近しいとまで謳われる戦闘狂ディミトリエ・ヴァトラー。原作においては自らの欲望を満たすため、世界を巻き込んだ真祖大戦を引き起こし、そこで暁古城と雪菜に敗れた。

 

 その後の顛末は割愛するとして、原作において暁古城はヴァトラーに勝利を納めている。眷獣の大半を制御した状態で、雪菜の助力があったとしても、暁古城はヴァトラーを下すことができたのだ。

 

 ならば“まがいもの”もできなければならない。“暁古城”ができたことを、“まがいもの”が諦めることなど許されないのだから。

 

 だが、第三真祖ジャーダ・ククルカン。彼女に関しては話が変わってくる。

 

 ヴァトラーと同じく圧倒的な格上。今の古城では天地が引っ繰り返ったとしても勝ち目のない相手。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勝てなかった、厳密には勝敗を決しなかったとも言うべきか。ジャーダが本気でなかったこと、異空間に囚われていたヴァトラーが脱出したこと、目的を半ば達したことでジャーダが退いたのだ。

 

 もしも、それらの条件がなかったとしたらどうなるか。それが今、古城が直面している状況であった。

 

 巨大な雷球が雨霰と降り注ぐ。マグマの噴火の如き灼熱がのたうつ。全てを引き裂く嵐が荒れ狂う。意思を持った自然災害の如き眷獣の猛攻に古城たちは防戦を強いられている。

 

「ぐっ、化け物か……!」

 

 押し寄せる眷獣の脅威に負けじと古城も眷獣の召喚で対抗しているが、純粋に押し負けかけている。同じ真祖の眷獣でありながら、そこには覆しようのない実力差が横たわっていた。

 

 格だけで言えば第四真祖と第三真祖の間に大きな実力の差は存在しないはずである。しかし積み重ねた経験、蓄えられた血の記憶の多寡、眷獣制御の熟練度が歴然とした差を生み出していた。

 

「どうした、その程度か?」

 

 古城の眷獣を蹴散らしながらジャーダが煽る。そこへ雪菜と紗矢華が斬り込んだ。

 

「“雪霞狼”!」

 

「“煌華麟”!」

 

 真祖すら滅ぼす破魔の銀槍による怒涛の連撃。如何なる盾をも両断する擬似空間切断剣の斬撃。片方だけでも凄まじい脅威であることは間違いないが、しかし対峙するジャーダに恐れや焦りは微塵もない。

 

「威勢は良いが、甘いな」

 

 迫る槍と剣に対して、ジャーダは流れるような体捌きで受け流す。突き出された槍の主刃を側面から殴り飛ばし、振り下ろされる剣の腹を撫でるように太刀筋をずらす。これをほぼ同時に行った挙句、反撃として眷獣を嗾けた。

 

「なっ……!」

 

「無茶苦茶なんだけど!?」

 

 眷獣の攻撃を防ぎつつ下がった雪菜と紗矢華は、ジャーダの出鱈目加減に戦慄を禁じ得ない。

 

 獅子王機関にて育て上げられた剣巫と舞威媛である雪菜と紗矢華は、下手な獣人であれば素手でも鎮圧できるほどの実力者だ。一瞬先を視る霊視能力も相まって、近接戦闘であれば遅れを取ることなどほぼほぼあり得ない。

 

 そんな二人を同時に相手取りながら涼しげに遇らうことができるジャーダの実力は一体どれほどのものなのか。

 

 余裕の笑みを零すジャーダが畳み掛けるように眷獣を召喚しようとして、出鼻を挫くように横合から銃弾の嵐が吹き荒れる。いつの間にか集まっていた無人警備ポッドが侵入者を鎮圧せんと大量の弾丸をばら撒いていた。

 

「よくもまあ、(ワタシ)に喧嘩を売れるものだな」

 

 押し寄せる弾丸の嵐を魔力の放出で吹き飛ばし、警備ポッドを雷球で跡形もなく消し炭にする。一瞬で脅威を無に帰したジャーダはやや呆れ混じりに浅葱を見やった。

 

 古城の背に庇われた浅葱はノートPCを片手にMARの警備システムをハックし、警備ポッドを利用して戦闘支援を行っていた。浅葱だからこそできる戦い方だが、命知らずな所業であることは間違いない。

 

「うっさいのよ。先に喧嘩売ってきたのはそっちでしょうが!」

 

 半ギレになりながら言葉を返す浅葱。ジャーダの目的を知らない浅葱からすれば、いきなり他所の夜の帝国(ドミニオン)の領主が乗り込んできて戦争をおっ始めようとしているという認識なのだ。生まれ故郷を守るために躍起になるのも当然である。

 

「ふむ、それもそうか……」

 

 浅葱の言葉に一理あるとばかりにジャーダは一つ頷き、相対する少年少女を鷹揚に眺める。そして愉快そうに笑みを零した。

 

「それにしても、数奇なものだ。獅子王機関とカインの巫女、そして“まがいもの”と(ワタシ)。顔触れに違いはあれど、あの日の役者がかくも集うことになろうとはな」

 

「カインの巫女?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 聞き慣れない呼称に浅葱が首を傾げる横で、呼吸を整えつつ古城が怪訝そうに問う。ジャーダの発言の意味が古城には今一つとして掴めていなかった。

 

「そのままの意味だとも。あの日、あの“宴”において我らは一堂に会した。一重に貴様の凶行を止めるためにな、“まがいもの”よ」

 

「なにを、言ってるんだ……?」

 

 名指しされて古城は激しく動揺する。凶行などと言われても今の古城に“宴”やアヴローラに纏わる記憶はない。“焔光の宴”に伴う記憶搾取によってごっそりと当時の記憶を奪われてしまっているからだ。

 

 これ以上は拙い。古城にとって何か致命的な事実が飛び出してしまう。分かっていても止められない。ジャーダが放つ圧倒的な強者の威圧が、過去の自分が犯しただろう過ちが古城の身を縛り付けていた。

 

 くふ、と当時のことを思い返して艶然とした笑みを零しながらジャーダは言葉を紡いだ。

 

「あの日、貴様は世界を敵に回した。己を悪と定義し、我らと敵対した。あの時の貴様の啖呵は中々に小気味が良かったぞ」

 

「────」

 

 愕然と、言葉すら失って古城は立ち尽くす。雪菜と紗矢華、浅葱もジャーダの発言に衝撃を受けていた。

 

 世界を敵に回した。己を悪と定義した。その結果、浅葱と獅子王機関、果ては真祖であるジャーダと衝突したという。当時、第四真祖どころかその血の従者でしかなかった“まがいもの”がだ。

 

 信じられない、到底信じることができない。いったい何をどうしたら、そんな錚々たる面々を敵に回すというのか。過去の己は一体全体何をしようとしたのだ。

 

 自身ですら把握していなかった新たな罪の浮上に古城は完全に硬直してしまっていた。雪菜と紗矢華も、自分たちが所属する獅子王機関と古城が敵対したと聞いては心中穏やかではいられない。

 

 精神的な動揺に動きを止めた古城たちを見下ろし、ジャーダはやや詰まらなさそうに嘆息する。あの日の“まがいもの”を知っているが故に、目の前の少年の情けない体たらくに興が削がれてしまう。

 

 見切りを付けてさっさと目的を遂行してしまおうか、とジャーダが雷雲に手を翳したところで──

 

「──適当言ってんじゃないわよ」

 

 怒り心頭といった様子で浅葱が一歩前に出た。

 

「さっきから聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって、ばっかじゃないの? 獅子王機関とかいうところの事情とか、あんたのことなんて何も知らないけどね、あたしが古城と敵対した理由まで一緒くたにしないでくれる?」

 

 ジャーダの物言いでは、浅葱も世界の敵となった古城を止めようとしたように聞こえる。浅葱にはそれが到底受け入れられなかった。

 

「世界の敵だとか悪だとか、そんなことで古城と敵対するはずがない」

 

 真実がどうなのかは古城と同じく記憶を失っている浅葱にはさっぱり分からない。詳しい経緯も、何を指して古城が自らを悪と定義したのかも知れない。

 

 だがしかし、浅葱は古城を──“まがいもの”という人間を知っている。心配になるくらいお人好しで、学園で孤立しかけていた浅葱を自覚なく救ってくれた想い人。

 

 そんな古城と自分が敵対するのならば、理由は一つしか考えられない。

 

「あたしが古城と敵対する理由なんて一つしかないわ」

 

 誰もが次の言葉に耳を傾ける中、浅葱は一度呼吸を整えてから口を開く。

 

「──あたしが古城のことを好きだからに決まってるでしょ!!」

 

 微塵の躊躇いも臆面もなく、今までずっと胸の内に秘してきた想いをこの場で宣言した。

 

 浅葱の度肝を抜く告白にその場に居合わせた面々全員が唖然とする。敵対するジャーダですらぽかんとやや間抜けな表情で固まっていた。告白対象の古城に至っては愕然と目を見開いて立ち尽くしている。

 

 えも言われぬ空気が流れる中、しかし浅葱は勢いのままに言葉を続けた。

 

「古城のことをずっと見てきた。想ってきた。だから断言できる。あたしが古城と敵対するなら、それは古城が自分を犠牲にしようとしたからだって。何もかも投げ打って、何かを成し遂げようとしたから、止めようとしたんだ」

 

 我が事だからこそ分かる。想い人たる古城の味方ではなく敵となるならば、その理由はそれしか考えられない。即答できるくらいには、浅葱という人間は古城に──“まがいもの”に惹かれてしまっているのだ。

 

「浅葱……」

 

 唐突な告白に面食らっていた古城は、溢れる浅葱の想いに言葉が詰まってしまう。少なからず好意を向けられている自覚はあったものの、明白に想いをぶつけられたのは初めてだったからだ。

 

 同じく古城を憎からず想う雪菜と紗矢華は、浅葱の勇気を振り絞った告白に衝撃と微かな羨望を抱いていた。

 

 自らの所属する獅子王機関の柵に囚われて何もできなかった自分たちと違い、浅葱は自分自身を信じて想いを告げてみせた。それが羨ましい、ずるいと思ってしまう。

 

 そしてジャーダは──

 

「くふっ、はははは──!」

 

 古城たちの目も憚らず腹を抱えて笑い出した。

 

「よもや、戦場で愛の告白をするとは思わなかった。愉快が過ぎるぞ、カインの巫女よ」

 

「うっさいわね! あたしだってこんなムードもへったくれもない場所でしたくなかったわよ! もっとこう、夜景が綺麗な場所とか、夕暮れ時の校舎とかが良かったっての!」

 

「その容貌で生娘なのか、貴様……」

 

 ふぅ、と一頻り笑い終えるとジャーダは改めて浅葱を見据える。

 

「記憶を失っても己を見失わず、真祖である(ワタシ)を前に吠えるだけの胆力。悪くない、気に入った」

 

「嬉しくもなんともないわ」

 

 嫌そうな顔をするを浅葱。同じ真祖であってもジャーダに気に入られるのはお断りである。

 

 対してジャーダは顎に手をやり悩ましげに唸る。ややあってから面白いことを思い付いたとばかりに口端を上げた。

 

「うむ、当初の予定にはなかったが、これも一興。ついでに貴様も貰っていくとしようか、カインの巫女」

 

「は? こんな何処にでもいる女子高生を攫って何するつもりよ? ……まさか、そういう趣味なわけ?」

 

 突拍子もないジャーダの発言に困惑しつつ、浅葱は視線から身を隠すように両腕で身体を抱き締めた。

 

 浅葱の的外れな反応にジャーダは呆れ混じりの溜め息を零す。

 

「己の価値を正しく理解できていないのは減点だぞ、カインの巫女。まあ、貴様の気風を気に入ったのも事実だがな。それに──」

 

 ジャーダの視線が浅葱からその隣に立つ古城へと向けられる。そこには未だかつて見たことのないくらい空恐ろしい無表情でジャーダを睨む古城がいた。

 

「──なんだ、そういった顔もできるのか。ならば最初からこうすれば良かったな」

 

「真正面から売られた喧嘩を買わないほど、紳士的じゃないんだ」

 

 ジャーダの圧を押し返すほどの魔力を滲ませて古城が前に出る。精神的に打ちのめされていた“まがいもの”はもういない。浅葱の心強い告白が古城の背中を押したのだ。

 

「選手交代だ、煌坂。俺が前に出る。浅葱を頼んだ」

 

「分かったけど……勝てるの?」

 

「……分からない。でも、負けられない理由が増えた」

 

 浅葱を貰う、攫うといったのであればジャーダは確実に実行するだろう。古城への嫌がらせではない、浅葱には攫うだけの価値があるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。

 

 瞳に憤怒の炎を宿す古城に、紗矢華は微かな迷いを感じるものの指摘しない。恐らく指摘したところでどうしようもないと悟ってしまったからだ。

 

 今の古城を救えるのは、ただ一人──

 

「そう、負けたら骨くらいは拾ってあげるわ」

 

「そこは嘘でも応援してくれないか……」

 

 苦笑いを残して古城は更に歩みを進める。紗矢華はその背中を見送り、最後に最愛の妹たる雪菜を一瞥してから浅葱を守るべく後方に下がった。

 

 ジャーダの真正面に立ち相対する古城。両雄の放つ魔力が激しく鬩ぎ合い、凄まじい重圧が絃神島全土を襲う。ただ魔力をぶつけ合うだけで天変地異の前触れが如き異常が発生していた。

 

 もはや生半可な実力では割り入ることもできない空間。そこへ真祖殺しの聖槍を携えて、雪菜が古城の隣に肩を並べる。

 

 言葉なく視線を交わして頷き合い、立ちはだかるジャーダと対峙する。対するジャーダも言葉は不要と獰猛に笑うのみ。

 

 次の瞬間、第四真祖と第三真祖が再び激突した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。