“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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焔光の夜伯 Ⅸ

 暗い、何も見えない闇の中で“まがいもの”は意識を取り戻した。

 

 全身を襲う激痛に顔を顰めながら思い返すのは意識を失う直前の記憶。眷獣の破壊に耐え切れず崩壊する遺跡、押し寄せる瓦礫の雨、そして自身を守るように覆い被さってきたヴェルディアナの姿──

 

「──ヴェルディアナさん!?」

 

 慌てて懐からフラッシュライトを取り出して周囲を確認する。

 

 ライトに照らし出されたのは剥き出しの岩壁。恐らくは遺跡の地下に広がる天然の洞窟か何かだろう。そこへ遺跡の崩落と共に落ちたようだ。

 

 更にライトを周囲に走らせると土砂と岩石、瓦礫の山が見える。その中腹あたりでヴェルディアナは下半身を呑まれるような形で倒れていた。

 

「ヴェルディアナさん! しっかりしろ、ヴェルディアナさん!?」

 

 すぐさま駆け寄って声をかけつつ瓦礫と岩石を可能な限り退かしてヴェルディアナの身体を引っ張り出す。幸いなことに遺跡の瓦礫が上手い具合に空間を作っていたようで、救出自体は難儀しなかった。

 

 しかし、遺跡崩落時に受けたダメージは相当なものだった。

 

「────」

 

 瓦礫の隙間から引っ張り上げたヴェルディアナの身体はズタボロ。特に瓦礫に埋まっていた下半身は目も当てられないような惨状で、今もなお夥しい出血が地面を濡らしている。

 

 息はある。だが浅くか細い。一瞬でも目を離してしまえば消えてしまいかねない、まさしく風前の灯だ。

 

 意識も戻らない。“まがいもの”が必死に呼び掛けて揺すっても、軽く頬を叩いても目を覚ます素振りすらなかった。

 

「時間を置けば回復するか……?」

 

 吸血鬼であるヴェルディアナはよほど重要な器官を失わない限り、持ち前の再生能力で復活することができる。だが、その再生能力にも限度がある。

 

「……待て、待て待て待て!?」

 

 身体の末端から崩れるように霧と化し始めたヴェルディアナに、“まがいもの”は血相を変えて手を伸ばす。しかしその手は虚空を掴むだけで舞い散る銀の霧を留めることはできない。

 

 吸血鬼は尋常ならざる生命力と再生能力を有している。だがしかし、下半身丸ごと潰されても平然と復活するような芸当は、それこそ永き時を生きる“旧き世代”や真祖でもなければ不可能だ。

 

 ヴェルディアナは強力な“貴族(ノーブル)”の血筋であるが、未だ百歳にも満たない若い吸血鬼。致命傷を負ってそこから復活できるほどの能力は持っていなかった。

 

 肉体の形を維持することすらできず徐々に霧となって崩れていくヴェルディアナ。完全に霧となって散ってしまえば最後、“まがいもの”にヴェルディアナを救う手立てはない。此処には気流使い(矢瀬基樹)もいなければ、魔族専用の医療設備もないのだから。

 

 故に“まがいもの”が取れる手はたった一つ──

 

「──死なせない、絶対に……!」

 

 一瞬の迷いもなく“まがいもの”は自らの親指の腹を噛み千切り、溢れる血を口腔内に溜める。十分な血を溜めたところで、“まがいもの”は未だに意識の戻らないヴェルディアナを抱き起こした。

 

 今まさに消滅の危機に瀕しているヴェルディアナの顔色は紙のように白い。唇も血の気が失せて真っ青になっている。まさしく瀕死の有様だ。

 

「ごめん、文句は後で聞く」

 

 一言断って“まがいもの”は青白いヴェルディアナの唇に己のそれを重ねる。次いで人工呼吸の容量で口内に溜め込んでいた血を流し込んだ。

 

 瀕死のヴェルディアナを救う方法。それは吸血を介した魔力の補給だ。潤沢な魔力さえあれば、この状態からでも復活する見込みはある。絶対とは言い切れないが。

 

 しかし吸血するにはヴェルディアナの意識を取り戻さなければならない。意識を失っているヴェルディアナに、自発的な吸血行為は不可能。故に“まがいもの”は無理やりにでも吸血鬼の吸血衝動を引き起こすべく若干荒っぽい真似をしたのだ。

 

 

 ──頼む、起きてくれ。最悪、消滅だけでも回避してくれ……! 

 

 

 祈るような思いで口移しで血を飲ませたが、しかしヴェルディアナに動く気配はない。霧化による肉体の崩壊も治っていない。

 

「くそっ、血が足りないのか? だったら……」

 

 もう一度同じように血を飲ませようとして、不意にヴェルディアナの肢体が身動ぎする。ほぼ同時に微かな震えと共に瞼が開いていき──妖しげに紅く光る瞳が“まがいもの”の瞳を捉えた。

 

「ヴェルディアナ──ぐぁ!?」

 

 死に体とは思えない力で突き飛ばされ、“まがいもの”は剥き出しの岩肌に身体を打ち付ける。不意打ち気味の衝撃に崩落時のダメージも相まって“まがいもの”は激痛に悶絶した。

 

 一方の意識を取り戻したヴェルディアナは、こちらはこちらで苦悶の表情を浮かべている。今にも消えてしまいかねない瀕死の状態というのもあるが、それ以上に身体の奥底から溢れ出す吸血衝動に抗っているのだ。

 

「待ってくれ、ヴェルディアナさん! 無理やり血を飲ませたのは謝るから、今は──」

 

「──だめ、ダメなの。来ないで、古城……!」

 

 勘違いしている“まがいもの”にヴェルディアナはずるずると身体を引き摺りながら距離を取ろうとする。その言動から己の勘違いを察して冷静さを取り戻す“まがいもの”。

 

 無理やりに叩き起こされた吸血鬼としての本能、荒れ狂う吸血衝動に震えながらヴェルディアナは息も絶え絶えに口を開く。

 

「今、血を吸ったら歯止めが効かなくなるの。古城を、吸い殺してしまうかもしれない……」

 

 吸血鬼の吸血行為は時に対象を死に至らしめる。際限なく血を、生命力を吸われてしまえばどんな生物であっても死に絶えるだろう。

 

 ヴェルディアナは致命傷を負ったことで死に瀕している。限界を通り越した肉体は生命維持のため、ヴェルディアナの意思を無視して大量の血を欲していた。

 

 現時点で只の人間でしかない“まがいもの”が、飢饉に瀕した吸血鬼の吸血に耐えられるか。正直に言えば分からない。最悪、血を吸い尽くされて干からびてしまう可能性も否定できない。

 

 だがしかし、“まがいもの”は恐れることなくヴェルディアナに歩み寄った。

 

「さっきは俺が助けられた、命懸けでな。だから、次は俺の番だ」

 

「古城……」

 

 自らの身を顧みない“まがいもの”の献身に、ヴェルディアナは呆然と名を呟いた。

 

 “まがいもの”が服の襟口を力尽くで引き裂く。露わになった鎖骨と首筋から、ヴェルディアナは目を離すことができない。湧き上がる衝動のまま、“まがいもの”の首に両腕を回す。

 

 正面から抱き合うような体勢で二人はピタリと動きを止める。

 

 “まがいもの”は動くこともままならないヴェルディアナの身体を支え、生じるだろう痛みに身構えている。

 

 ヴェルディアナは“まがいもの”の首筋に牙を当てたまま硬直している。衝動の赴くままに吸血をして、果たして“まがいもの”を吸い殺してしまわないか。そんな不安がヴェルディアナの身体を縛っていた。

 

 恐怖に身を強張らせるヴェルディアナ。そんな彼女の肢体を“まがいもの”は優しく抱き竦める。

 

「──生きろ、ヴェルディアナ。やることがあるんだろ?」

 

 その言葉に背中を押され、ヴェルディアナは“まがいもの”の首筋に牙を突き立てた。

 

 肌を突き破る牙の感触と血を吸われる感覚。痛みと虚脱感に“まがいもの”は歯を食い縛って耐えながら、胸中では激しい自己嫌悪に襲われていた。

 

 ヴェルディアナの背を押すためとは言え、どの口であんな台詞を吐いたというのか。領民の救済も、怨敵への復讐も叶わないことを知りながら、それを利用して吸血行為を強いたのだ。

 

 恨まれ、憎まれても文句は言えない。それでも、この場で死なせるわけにはいかなかった。ヴェルディアナがいなければ、何も始まらないからだ。

 

 それに、死なせたくないとも思ってしまった。

 

 醜い同情か、あるいは憐憫か。胸中で燻る感情の正体は“まがいもの”にも分からない。その答えが分かるのは、きっとまだ先の話だ。

 

 自己嫌悪に顔を歪めながら、ヴェルディアナの霧化による肉体の崩壊が治っていることを横目で確認しつつ、“まがいもの”は襲い来る虚脱感に意識を手放すのだった。

 

 

 ▼

 

 

 第三真祖と第四真祖の戦闘は熾烈を極めた。

 

 互いに吸血鬼の真祖、従える眷獣は一体一体が都市を一つを容易く滅ぼす怪物。両者共に加減はしているが、ただ眷獣同士が衝突する余波だけで人工島が悲鳴を上げる。戦闘の長期化はやがて絃神島そのものの崩壊を招くだろう。

 

「オオオオオオ──!!」

 

 押し寄せる眷獣の猛威、災害規模の暴力を次元喰らいの能力で切り抜けながら、古城は虎視眈々と隙を伺い続ける。

 

 地力で負けている以上、古城が取れる選択はヴァトラー戦と同じもののみ。ただしヴァトラーとの死闘とは条件が違う。

 

 あの時は古城一人でヴァトラーに挑むことになった。今だからこそ思うが、命知らず無謀にも程がある。ヴァトラーが遊んでいなければ、古城はあの場で喰い殺されていただろう。

 

 しかし今は一人ではない。頼もしい監視役と、後方から紗矢華と浅葱も援護してくれている。数的な有利は古城たちにあった。

 

 だが、同時にヴァトラー戦の時にはあった原作知識のアドバンテージがほぼない。ヴァトラーと違ってジャーダの眷獣(手札)は殆どが伏せられたまま。明かされたのは二十七体のうち数体のみだ。

 

 故に古城は飛び出してくる未知の眷獣や能力に対して、初見で確実に対処しなければならない。それが普通のことと言われてしまえばその通りなのだが、圧倒的な格上相手に知識のアドバンテージすらないのは相当な精神的負担になっていた。

 

 現に今も、知識にない大地を操る眷獣と濁流を生み出す眷獣に翻弄されている。

 

「──ッ! 馳せ参ぜよ(ぶちかませ)、”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”! “緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”!」

 

 呼び出された黄金の獅子と緋色の双角馬が、主人の命に従い突撃する。

 

 金獅子は頭上から降り注ぐ濁流へ、双角馬は隆起して押し寄せる大地の壁へと突っ込む。並大抵の障害であれば容易く蹴散らす二体の眷獣は、しかし迫る脅威を押し返すことができなかった。それどころか、抑えきれずに押し返されている。

 

「あまり(ワタシ)を退屈させてくれるなよ、“まがいもの”?」

 

 眷獣越しに伝わる圧が強まる。間もなく押し負けるかという瞬間、横合いから雪菜がジャーダの眷獣を斬り裂く。如何に強力な眷獣も、あらゆる魔力を無効化する破魔の聖槍の前では無力だ。

 

 ジャーダの眷獣が掻き消えたと同時に古城が勝負を仕掛けた。

 

 衝撃波を利用して一気に間合いを詰める。眷獣をぶつけ合う中距離(ミドルレンジ)での戦闘から徒手格闘の近接距離(クロスレンジ)へと踏み込む。

 

(ワタシ)を相手に格闘戦を挑むか。いいだろう、乗ってやろう」

 

 距離を詰められてもジャーダに焦りはなく、淡々と古城の猛攻に応じる。

 

 古城は腕に次元喰らいの権能を纏って振り翳す。次元ごと抉る攻撃は防御不可。当たれば必殺と言っても過言ではない一撃だ。

 

 だがしかし、当たらなければ意味がない。

 

 ひらひらと舞い踊るように腕を躱され、逆に隙を突かれて打撃を受けてしまう。獅子王機関で鍛え上げられた雪菜と紗矢華を遇らう程の実力者に、殆ど喧嘩殺法の古城が敵う道理はなかった。

 

 その程度のことは古城とて理解している。その上で懐に踏み込んだのは確固たる狙いがあるからだ。

 

 少女の細腕から繰り出されたとは思えない威力の掌打に、古城は血反吐を吐きながらも果敢に攻め続けた。

 

「根性だけは認めてやらんでもないが、いつまでも付き合ってやる義理はないぞ?」

 

 これといった反撃もできない古城に飽きたのか、ジャーダは己の右腕を凶悪な鉤爪を供えた獣のそれへと変化させた。鋼すらも容易く引き裂けそうな凶爪が古城に振り下ろされる。

 

 受ければ致命傷は免れないだろう凶爪に対して、古城はこの時を待っていたとばかりに動き出した。

 

「散らせ、“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”!」

 

 霧化を司る巨大な甲殻獣が、主人の命に従って権能を行使する。対象は敵対するジャーダではなく、彼女の足元の地面だ。

 

 一瞬で足場を失い体勢を崩すジャーダ。またとない千載一遇の好機に、今度は古城が腕を振り翳す。当たれば必殺となる次元喰らいの一撃──

 

 迫り来る己の危機に対してジャーダは、

 

「狙いは悪くない。だが、甘いな」

 

 有り余る魔力を用いて“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”の霧化を強引に解除させてその場に留まり、古城の攻撃を悠々と回避してみせた。そして流れるように隙だらけの腹部へと貫手を突き込んだ。

 

「ご、ふっ……!?」

 

 容赦なく腹を貫かれて古城は血塊を吐いた。

 

 獣の如き腕に刺し貫かれてその場に縫い止められながら、しかし古城は血塗れの顔に不敵な笑みを浮かべた。

 

()()()()……!!」

 

「────」

 

 逃げられないように古城は腹部を貫く右腕を両手で掴む。事ここに至って古城の真意を悟ったジャーダは、ここまで崩さなかった笑みを微かに強張らせた。

 

 吸血鬼の霧化は同格以上になると互いに干渉することができてしまう。そんなことは原作知識で知っている。だからこそ、敢えて目論見が失敗したように見せかけて、ジャーダの身動きを封じたのだ。

 

 古城の狙いは最初から決まっていた。ジャーダの動きを死ぬ気で止める。ただそれだけに心血を注いでいたのだ。

 

 ジャーダの背後から“雪霞狼”を構えた雪菜が襲い掛かる。ジャーダが無防備になるこの瞬間を辛抱強く待っていたのだ。

 

「“雪霞狼”!」

 

 鋭い呼気と共に雪菜が槍を突き出す。真祖すら滅ぼす槍をその身に受ければジャーダとてただでは済まない。ジャーダを滅ぼすつもりはない故、狙いは致命傷から外している。

 

 回避は不可能。古城が身体を張って身動きを封じており、霧化も“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”越しに干渉されている。今のジャーダに“雪霞狼”を躱す手立てはなかった。

 

「──くふっ、悪くない連携だ。少しばかり、肝を冷やしたぞ」

 

「うそ……!?」

 

 絶対必中の好機に放たれた銀槍は、しかしジャーダの身に届く前に止まった。獣人化したジャーダの左手が“雪霞狼”の刃と柄の接合部を素手で掴んで止めたからだ。

 

 格闘戦、近接戦闘においてもジャーダが圧倒的な実力を保有していることは理解していた。だがしかし、身動きを封じられた状態で迫る槍の柄を掴み取って止められるほどとは思っていなかった。

 

 あまりにも衝撃的な離れ業に古城と雪菜が硬直していると、ジャーダが槍を掴む左手に力を込める。

 

 雪菜は槍を引き寄せようと両腕に力を入れるがびくともしない。それどころか、ジャーダが木の枝でも振り回すかのように雪菜ごと槍を持ち上げた。

 

 このままでは槍ごと振り回されると判断して雪菜は槍から手を離し、古城に倣えとばかりに徒手空拳で挑みかかる。

 

「退かずに前に出る判断は悪くない。退がっていればその時点で消し飛ばしていたからな」

 

「うぐっ……!」

 

 雪菜の判断を賞賛しつつジャーダは蹴りを浴びせる。雪菜は咄嗟に防御はしたものの、凄まじい威力の蹴撃に距離を開けざるを得なかった。

 

 距離が開けば眷獣による蹂躙が待っている。得物を失った雪菜に真祖の眷獣から身を守る手立てはない。

 

「さ、せるかァ──!」

 

「無駄な足掻きだ。そこで大人しくしているがいい」

 

「がっ……!」

 

「先輩!?」

 

 勢いよく右腕を引き抜かれ、続け様に振り下ろされた銀の刃に斬り裂かれる。神格振動波こそ纏っていないものの、鋭い銀閃は古城の身体に袈裟懸けの大刀傷を刻み込んだ。

 

 腹部に風穴を開けられ、駄目押しに槍による斬撃。然しもの古城も膝を突いてしまう。

 

「幕引きといこうか──征け、“シウテクトリ”」

 

 荒れ狂う灼熱の火柱が大蛇の如く鎌首を擡げる。狙う先に居るのは無手となった無防備な雪菜の姿。

 

「逃げて、雪菜!」

 

 紗矢華が援護しようと剣を構えるが、そうさせじと上空から無数の稲妻が降り注ぐ。浅葱を守るのに手一杯の紗矢華に、雪菜を守ることはできなかった。

 

「──っ!?」

 

 大気を焼き焦がしながら押し寄せる灼熱の激流に雪菜は霊力を練り上げ、出来うる限りの防御呪術を張り巡らす。並大抵の攻撃ならば防ぐことができるだろう防御は、しかし真祖の眷獣の前には障子紙も同然だった。

 

 視界を埋め尽くす灼熱の奔流。逃れようのない明確な死に抗うこと叶わず、爆発的な火焔柱に雪菜は声もなく呑み込まれた。

 

 

 ▼

 

 

 MAR医療施設の中庭。真祖同士が争う戦場となったそこは、もはや元の面影が残っていないほどの惨状になっていた。

 

 複数の眷獣が激突し、駄目押しに噴火の如き灼熱に蹂躙されたことで一帯は焼け野原。酷いところでは人工島の基底部が露出している箇所もある。

 

 黒煙と塵煙が舞う中、下手人たるジャーダは嘆息混じりの吐息を零した。

 

「同じ真祖の(ワタシ)が言うのも妙な話ではあるが、貴様のソレは常軌を逸しているぞ」

 

 独り言のように語るジャーダの視線は舞い上がる塵煙の中を捉えている。丁度、雪菜が居た位置である。

 

「取り零すまいと躍起になり、自らを蔑ろにする。復活も再生もするとはいえ、我らは苦痛を忘れたわけではない」

 

 舞い上がる塵煙が風に攫われ晴れていく。塵煙に隠されていた光景が白日の元に晒される。

 

 現れたのはその場にへたり込んだ()()()()()。呑み込まれたら最期、骨すら残らないだろう灼熱に焼かれたはずなのに、雪菜は無傷でその場に居た。

 

 そして、そんな雪菜を庇うように立つ人の形をした何か。全身余すところなく焼き尽くされたそれは、間一髪で雪菜を霧化させて庇った古城の成れの果てだ。

 

 雪菜が焔に呑まれる直前、雪菜を霧化させることはできた。しかしそこが限界。自らの身を守ることも、対抗して眷獣を召喚することもできなかった。結果として古城は無防備なまま灼熱の奔流にその身を晒すことになった。

 

「せん、ぱい……」

 

 黒く焼け焦げた古城の背中を見上げ、雪菜は呆然と名を呟く。その声に反応したのか、辛うじて原型を保っていた古城の身体が微かに動いた。その拍子に炭化していた左腕がボロボロと崩れ落ちる。

 

 思わず目を背けたくなってしまう古城の惨状に雪菜は口元を手で覆う。離れた位置で状況を確認した紗矢華と浅葱も顔を青褪めさせた。

 

「“まがいもの”よ、貴様のソレは明白な弱点だ。失うことを恐れ、取り零さずにいるばかり。貴様の守った者たちが、どんな顔をしているのか見たことがあるのか?」

 

「…………それでも」

 

 ジャーダの言葉に緩慢な動作で古城が顔を上げる。殆ど何も見えていないだろう瞳で相対する同族を見据え──

 

「──もう二度と、取り零さないと決めたんだ」

 

 弱々しくも確かな宣誓を立てて、そこが限界だった。受け身も何も取れないままに背中から倒れていく。

 

「──先輩!」

 

 慌てて雪菜が古城の身体を抱き止めて、その身体が末端から燃え滓のように崩れていく様に目を見開く。真祖の吸血鬼だから生きているだけ、原型を留めることができただけ。古城の肉体は完膚なきまでに燃え尽きていた。

 

「そんな……」

 

「今の貴様では、此処までだな」

 

 雪菜と古城を見下ろして、ジャーダが手を翳す。その手を中心に闇が広がり、あっという間に少年と少女の姿を呑み込んだ。

 

「己の過去()と向き合う覚悟ができたのならば、また相手をしてやろう」

 

 微かな期待を込めてジャーダは虚空に呟いた。




(今のままじゃ)無理です。
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