“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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焔光の夜伯 Ⅻ

 大勢の利用客で溢れる空港の一角。荷物を纏めたボストンバッグを抱えた“まがいもの”は空港のロビーでヴェルディアナと向き合っていた。

 

「もう帰っちゃうのね、古城」

 

「これでも中学生だからな。次学期の準備もあるし、あんまりのんびりしていられないんだ」

 

 それに、凪沙をあまり長いこと一人にするわけにもいかない。去年の夏は殆どを一人切りで過ごさせてしまったため、今年はなるべく一人にはしたくないという思いがあった。

 

「まだ二十歳ですらないものね。忘れていたわ」

 

 密林でのやり取りや遺跡での言動のせいですっかり忘れてしまっていたのだろう。なまじヴェルディアナ自身が吸血鬼であるため、“まがいもの”が二十歳どころか十五にも満たないことを失念していた。

 

 前世を含めれば二十歳は優に超えているため“まがいもの”は若干微妙な顔をしていたが。

 

「ヴェルディアナは、これからどうするんだ?」

 

「私はしばらく牙城と行動するわ。柩を開くのにも色々と準備が必要だし、整理しておかないといけないこともあるから」

 

「そうか……気を付けてな」

 

「分かってるの。また命を、これを狙われないとも限らないから」

 

 胸元に仕舞った聖槍に手を当て、ヴェルディアナは神妙な顔付きで頷いた。

 

 ヴェルディアナが生きていて尚且つ聖槍を所持しているとなれば、ザハリアスが再び刺客を放つ可能性は十分あり得る。今回の一件で身を以てヴェルディアナは理解した。

 

 暫くは刺客を警戒しつつアヴローラの封印を解く準備に奔走することになるだろう。心配な面はあるが、牙城が共にいるのであれば大事に至ることはないはずだ。

 

 胸元から手を下ろしてヴェルディアナは少し寂しげな笑みを零す。

 

「次に古城と会えるのは先になりそうね」

 

「そうだなぁ。俺も夏休みだから出て来れたけど、絃神島は結構人の出入りが不便な場所だからな」

 

 太平洋のど真ん中に浮かぶ絃神島は島内ならまだしも、島外との交通の便は悪い。出入りする際には“魔族特区”故に別途手数料も掛かり、気軽に島外へと出ることはできないのだ。

 

「“魔族特区”絃神島……一体どんな場所なの?」

 

「年がら年中暑い島だよ。あと、普通に魔族も暮らしてる。ヴェルディアナも住んでみれば馴染めると思うぞ」

 

「ふぅん? なら、その時はちゃんと私が馴染めるように手伝いなさいよ」

 

「それくらいならお安い御用さ」

 

 任せろと頷く“まがいもの”にヴェルディアナは満足げに微笑んだ。

 

 搭乗手続きを促すアナウンスがロビー内に流れる。人の流れが変わったのを見て、“まがいもの”はボストンバッグを担ぎ直した。

 

「悪い、そろそろ行く。またな、ヴェルディアナ」

 

「ええ、また……」

 

 小さく手を振るヴェルディアナに背を向けて、“まがいもの”は搭乗手続きを行うべく歩き出す。人の流れに身を任せて歩いてると、ふと隣にくたびれたトレンチコートを羽織った男──暁牙城が肩を並べた。

 

「兄弟も隅に置けないな。随分とお嬢様に気に入られたんじゃないか?」

 

「そんなんじゃないさ」

 

 冷やかし混じりの牙城の言葉に首を振り、“まがいもの”は何処かやるせない面持ちで目を伏せた。

 

 これから先のことだが、“まがいもの”はヴェルディアナを利用することになる。予め覚悟していたことではあるが、それでも憂鬱な感情を隠せない。

 

「……ヴェルディアナを、諦めさせることはできないか?」

 

 無理だと分かっていても尋ねずにはいられなかった。

 

 独り言のような呟きに牙城は横目で少年の表情を窺いながら口を開く。

 

「難しいだろうな。“焔光の宴”の詳細を明かしたとしても、ザハリアスへの復讐にのめり込んじまう。そしたら余計に手が付けられなくなりかねない」

 

「それは……そうだろうな」

 

 “焔光の宴”という第四真祖を復活させる大規模儀式には膨大な数の生贄が必要になる。宴に選帝者として参加するにあたって一定以上の領地が必要とされる理由がここにあった。

 

 儀式の生贄にされた者たちは思い出を、取り分けその人物にとって大切な記憶を根こそぎ奪われてしまう。命こそ取られないが、それでも大切な思い出の喪失は人々の心に埋まることのない空白を生み出すことになる。

 

 旧カルアナ伯爵領の領民が儀式の生贄に捧げられると知れば、ヴェルディアナは躍起になって宴を止めるかザハリアスの殺害を目論むはずだ。そうなってしまえば、いよいよもってヴェルディアナを止めることはできないだろう。

 

 そうでなくとも、既にヴェルディアナは突き進む覚悟を決めてしまっている心境なのだ。牙城から説得する言葉を並べ立てたとしても、止まるかどうかは怪しい。

 

「それに、下手に立ち止まる方が辛いこともある。走り続けていた方が楽な時だってあるんだ」

 

 一族も敬愛する姉であるリアナも失い、ヴェルディアナに残されたのは領民を救い怨敵を討つという使命感のみ。それらを取り上げてしまえば、むしろ精神的に不安定になりかねない。

 

「……分かってる、分かってるんだ。こんなのはただの自己満足だってな」

 

 悔しげに歯噛みして“まがいもの”は己の無力さに拳を握り締める。

 

 利用しようとしている分際で、ヴェルディアナを救いたいだなんて口が裂けても言えない、言ってはならない。まして“まがいもの”には優先すべき、救わなければならない少女がいる。ヴェルディアナのことをとやかく言える立場ではないのだ。

 

「或いは、他に譲れない大切なものができたのなら、話は変わるのかもしれないがな」

 

 自己嫌悪に項垂れる隣の少年を見ながら牙城は言う。

 

 復讐よりも、領民の救済よりも大切なものができたのならば、ヴェルディアナを止めることができるかもしれない。その可能性を握っているのは、きっと──

 

 牙城の眼差しに“まがいもの”は気付かない。自己嫌悪に俯く“まがいもの”には自覚がなかった。牙城から指摘したところで意味はないだろう。

 

 難儀なもんだ、と牙城は胸中で呟いた。

 

「ま、ヴェルディアナのことは俺も気に掛けておくさ。後のことは任せとけ」

 

「あぁ……頼んだ」

 

 ひらひらと手を振りながら離れていく牙城の背中を見送る。今度こそ一人になった“まがいもの”は僅かな迷いを抱えつつ、絃神島へ帰るために歩みを進めるのだった。

 

 

 これが“まがいもの”とヴェルディアナ・カルアナの出会い。“まがいもの”の心に消えることのない傷を刻み込む悲劇の前奏曲だった。

 

 

 

 ▼

 

 

 第三真祖と第四真祖の幕引きの一撃が激突したMAR医療施設の中庭。そこはもはや原型を留めていないほどに破壊の限りを尽くされ、施設棟も辛うじて形を保っているような有様だった。

 

 立ち込める塵煙が内側から切り払われる。古城が漆黒の剣に衝撃波を纏って解き放ったのだ。

 

 現れた古城は至って無傷。舞い上がった砂埃に汚れてこそいるが負傷の類は見受けられない。やや離れた位置で余波を消し去った雪菜も同様に無傷だ。

 

 対するジャーダはどうなのか。古城が解き放った斬撃の痕跡を辿ると、そこには袈裟懸けの裂傷を受けたジャーダが泰然と佇んでいた。

 

「くふふふっ、(ワタシ)の眷獣が押し負けたか。やるではないか、“まがいもの”よ。見直したぞ?」

 

 賛辞の言葉を述べながらジャーダは己の傷口を指で撫でる。赤い鮮血が止めどなく流れ出していた傷口が、見る見るうちに塞がっていき完全に再生した。末恐ろしい回復力だ。

 

 よもや第二ラウンドが始まるのではないかと警戒する古城と雪菜に、ジャーダは今まで見せたこともない穏やかな微笑を浮かべた。

 

「そう構えるでない。此度の宴はこれにて閉幕だ。それに──」

 

 すっとジャーダがその場から身を翻す。一瞬遅れてジャーダの居た空間を虚空から吐き出された銀鎖が貫く。見慣れた魔術に古城と雪菜は揃って目を丸くした。

 

「過保護な魔女が出てきたのでな。これ以上は加減ができなくなってしまう」

 

「私の縄張りで散々暴れておいて、挨拶もなしに帰るつもりか。“混沌界域”の領主(トップ)は礼儀を知らないようだな」

 

 虚空に浮かんだ魔術式からゴシックドレスを纏った少女が現れる。世界最強の一角たる第三真祖を前にしても傲岸不遜な態度を貫く、古城の頼れる担任教師──南宮那月だ。

 

 那月は教え子たる古城を一瞥するとレースの扇子を無言で一閃。何の構えも取っていなかった古城の腹部に強烈な衝撃が走った。

 

「ちょ、なんで──ぐはぁ!?」

 

「先輩!?」

 

 情けなく頽れる古城に雪菜が慌てて駆け寄る。その様子を冷ややかに眺めて那月は刺々しい口調で言う。

 

「街のど真ん中で眷獣を解き放ち、民間企業に大損害を齎した愚か者への罰だ」

 

「いや、文句は向こうに言ってくれよ……」

 

 襲撃を仕掛けてきたのはジャーダであり、古城はあくまで応戦したに過ぎない。過剰ではあったかもしれないが、正当防衛だろうと訴えたいところであった。

 

 古城の訴えに那月は不機嫌そうに鼻を鳴らし、襲撃の下手人たるジャーダを睨み据える。

 

「それで、まだ暴れ足りないのなら私が相手してやるが?」

 

「遠慮しておこう。それに、消耗した状態では貴様も満足に戦えぬだろう?」

 

「…………」

 

 ジャーダの鋭い指摘に那月は美しい柳眉を顰めた。

 

 ジャーダの言葉通り、今の那月は本調子には程遠い。仙都木阿夜から受けた傷が完治していないのだ。第四真祖の猛毒に倒れたヴァトラー程ではないが、それでも無理を推しているのは間違いない。

 

「ではな、“まがいもの”よ。次は更に心躍る闘争を期待しているぞ」

 

「勘弁してくれ……ああ、そうだ」

 

 腹部を摩りながら立ち上がった古城が、ふと思い出したような素振りで口を開く。

 

アメリカ連合国(CSA)に気を付けとけ。油断すると、足元を掬われるぞ」

 

「先輩、それは……」

 

 先の異空間での会話から雪菜は古城の情報源を察した。

 

「ほう、面白い情報だ。やはり貴様は興味深い男だな……」

 

 古城からの忠告にジャーダは愉快そうに笑みを深める。忠告した当人としては、面倒事と争いの火種を絃神島に持ち込まないでほしいという願望ありきの警告であるが、果たして何処まで意味があるのか。

 

「CSAは念頭に置いておこう。忠告の礼代わりに、今度は(ワタシ)夜の帝国(ドミニオン)へ招待してやろう」

 

「楽しく観光させてくれるなら喜んで。厄介事に巻き込むつもりなら遠慮させてもらう」

 

「なに、心配するな。(ワタシ)の可愛い娘たちを紹介するだけだとも。ではな、“まがいもの”の第四真祖」

 

「おい待てェ!? 最後の最後に余計な火種を残していくなよ!?」

 

 古城の叫びも虚しく、ジャーダはからからと笑いながら霧に変じてこの場から姿を消した。

 

 揶揄い十割の台詞を残して消えたジャーダに怒りを覚える古城。その隣から無機質なほど冷たい声音が響いた。

 

「先輩……」

 

「古城……」

 

「待て、待ってくれ。あれはジャーダの悪ふざけって、浅葱!? いつの間に!?」

 

 戦闘が終結した気配を察して戦車から出てきたのだろう浅葱が、間の悪いことに古城の背後に立っていた。浅葱に肩を借りる形で紗矢華もいる。

 

 浅葱と紗矢華もジャーダの発言を聞いていたのだろう。ジトリとした眼差しが三対、古城に突き刺さっていた。

 

 慌てた様子で古城は弁解を始める。別段、古城は何一つとして悪いことはしていない。していないが、浅葱と雪菜に告白されて返事もしていない状況での娘を紹介発言は核爆弾にも匹敵する破壊力を秘めていた。下手な受け答えは自らの首を絞めることになるだろう。

 

 何故こんな爆弾解除のような緊張感を味合わなければならないのか。今度会ったら文句を言ってやると古城は心に誓う。雪菜たちがこっそりと視線を交わし、くすりと笑みを零していたことには気付いていなかった。

 

 そんな教え子たちのやり取りを見て、那月は呆れ混じりの溜め息を零した。

 

「おい、馬鹿ども。乳繰り合うなら他所でやれ。鬱陶しい」

 

「もう少し言葉を選んでくれませんかね、那月先生。生徒が今際の際になりかねないんですが?」

 

「刺されたところで死にはしないだろう。さっさと家に帰れ。それとも、このまま特区警備隊(アイランド・ガード)に突き出されたいか?」

 

「待った、待ってくれ。頼みたいことがあるんだよ」

 

 雪菜たちに一頻り謝り倒し、古城は恩師たる那月と正面から向かい合う。ジャーダに爆弾発言を落とされて慌てふためていた少年はもういない。覚悟を決めた表情で古城は頭を下げる。

 

「記憶を取り戻すことに、協力してほしい。お願いします」

 

「…………」

 

 那月は頭を下げる古城をじっと見つめ、次いで後ろに立つ少女たちを見やる。

 

 雪菜たちも古城の意思に否はないのか、真剣な眼差しで那月を見返している。古城にどんな過去があったとしても受け入れると、纏う雰囲気が物語っていた。

 

「……過去の追想はお前の想像以上に精神的負担が大きい。それでも、記憶を取り戻すことを望むか?」

 

「覚悟の上だ。俺はもう、逃げない」

 

 顔を上げた古城の瞳には確固たる意志が灯っている。雪菜たちに背中を押され覚悟を受け取った古城は、過去から目を背け続けることをやめた。揺るぎない覚悟を持って古城は己の過去()と向き合おうとしている。

 

 古城の覚悟を確認して那月は静かに瞑目する。ややあってから意思を固めたのか、目を開いた那月は常と変わらぬ傲岸な口調で答えた。

 

「いいだろう、力を貸してやる。約束でもあるからな」

 

「ありがとう、那月先生」

 

 心からの感謝を古城は伝えた。

 

 

 

 

 

 過去と向き合う覚悟はできた。

 

 “まがいもの”は目を背け続けていた“過去()”を直視することになる。伸ばし損ねたあの日の手が、誰を取り零し、何を掴み取ったのか。

 

 そして、あの日誓った約束を思い出すことになる──

 

 

 




焔光の夜伯はこれにて終了。
次は愚者の暴君編。
筆者が一番描きたかった、そして構想を考えている最後の章です。
次に関しては書き溜めて推敲しつつになると思うので、次回更新に時間が掛かると思います。
時間が開くことへの謝罪と、いつも感想と誤字修正をしてくださっている皆様への感謝をこの場でお伝えします。
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