“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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愚者の暴君 Ⅲ

 路地裏の壁に背を預け“まがいもの”は途切れる息をどうにか落ち着かせる。すぐそばには汗を垂らして座り込むアヴローラの姿もある。二人とも全力疾走を終えた後のような有様だった。

 

「くそっ……予定が狂ったな」

 

 小さく悪態を吐く“まがいもの”の表情は険しい。当初の想定とは違う現実に少なくない焦りがあった。

 

 アヴローラと共に裏口を利用してMARを脱出した“まがいもの”は、ヴェルディアナと落ち合う予定であった絃神島東地区(アイランド・イースト)の港へ向かおうとした。

 

 しかしそこで匈鬼の部隊の襲撃を受け、ひたすらに逃走することになった。

 

 元より匈鬼による襲撃は想定していた。原作でも古城は匈鬼の部隊に襲われ、危うくアヴローラを誘拐されかけていたからだ。

 

 だが暁古城は匈鬼三人の襲撃であったのに対し、“まがいもの”に差し向けられているのはその倍以上。全員が獣の頭骨を模した仮面で顔を隠しているため断言はできないが、恐らくは十人近い匈鬼に追いかけ回されている。

 

 今なお“まがいもの”とアヴローラが捕らわれずにいるのは、絃神島の地理を知っているか否かの差だ。それも数に物を言わせた包囲網によって徐々に追い詰められつつあった。

 

「どうする? このままじゃ……」

 

 息も絶え絶えのアヴローラを見やり、“まがいもの”は状況を打破する方法を思案する。

 

 このまま逃走を続けたとしても港まで辿り着くことはできない。その前に匈鬼どもに捕捉されるだろう。

 

 かといって立ち向かおうにも匈鬼の戦闘能力は高く、何より数が多い。血の従者として覚醒した“まがいもの”であっても、立ち塞がる匈鬼を一人残らず打破することは不可能だ。

 

「牙城をヴェルディアナの方に送ったのは失敗だったかもな……」

 

 氷の柩を開いて用済みとなったヴェルディアナは、ザハリアスに命を狙われた。偶然にも居合わせた那月によってその場は救われたものの、今回もそう上手くいくとは限らない。故に牙城にはヴェルディアナのフォローに向かってもらったのだ。

 

 その差配が仇となり、“まがいもの”は十人近い匈鬼たちと逃走劇を繰り広げることになっている。

 

 詰みに近い状況。突破口があるとすれば、それは──

 

 蹲るアヴローラと、逃走途中に回収したボストンバッグを見る。アヴローラがその身に宿す眷獣の権能を振るうことができたならば、匈鬼の十や二十ものの数ではない。

 

 だが今のアヴローラは目覚めたばかりで記憶が混濁している。とてもではないがその能力を存分に振るうことはできないだろう。

 

 ならば回収したボストンバッグの中身で応戦するかと言えば、やはり数の差が大きすぎる。悪足掻きが関の山だ。

 

「……やるしかない、か」

 

 いつまでも足を止めて悩んでいるわけにもいかない。完全に包囲されてしまう前に動かなければ、いよいよもって手も足も出なくなりかねないからだ。

 

 覚悟を決めて“まがいもの”はボストンバッグを開き、中身を取り出そうとして──

 

「──古城? 何してるのよ、こんなとこで」

 

 背後から響いた聞き馴染みのある声に反射的に振り返った。

 

 華やかな金髪の垢抜けた少女だ。彩海学園中等部の制服をお洒落に着こなし、派手すぎず地味すぎないメイクで素材の良さを引き立てている。少女の綺麗になりたいという努力が見て取れた。

 

 “まがいもの”の学友でありクラスメイトこと藍羽浅葱が怪訝な表情でそこにいた。

 

 予想だにしない人物との邂逅に“まがいもの”は愕然と目を見開く。

 

「なんで此処に、浅葱がいるんだ……?」

 

「なんでもなにも、バイト帰りに通りかかっただけよ」

 

「バイト帰り……」

 

 浅葱はその類稀な電子戦能力を見込まれ、人工島管理公社にプログラマーの一人として雇われている。今日もそのアルバイトを終え、自宅に帰る途中だったようだ。

 

 匈鬼の追跡から逃げ回っているうちに浅葱の帰宅ルートに重なってしまったらしい。原作では起こり得なかった展開に“まがいもの”は頭を抱えたくなった。

 

「それより、古城はこんなとこでなにしてんのよ。その子はだれ?」

 

 露骨にやらかしたと言わんばかりの顔になった“まがいもの”から、浅葱は見覚えのない金髪の少女へと目を向ける。

 

 唐突に浅葱から目を向けられ、人見知りが発動したアヴローラは怯えたように“まがいもの”の背中に隠れる。別に睨んだつもりはないが、その小動物めいた仕草に浅葱は罪悪感やら庇護欲やらを刺激された。

 

 で、誰よ? と浅葱に見据えられ、“まがいもの”はなんと答えたものか迷う。説明するのはいいが、今は悠長に話している暇がない。話をするにしても場所を変えるか、日を改めなければならないだろう。

 

 後日説明する、そう決めた“まがいもの”はその旨を伝えようとして──浅葱の背後で銃口を構える匈鬼の姿に、考えるよりも先に身体を動かした。

 

「──伏せろ、浅葱!!」

 

「──え?」

 

 “まがいもの”は反射的にボストンバッグから引き抜いた高圧放水銃を匈鬼に向け、一瞬の躊躇いもなく引き鉄を引く。

 

 一抱えほどのサイズに小型化された放水銃は牙城から渡された対魔族特化の暴徒鎮圧兵装だ。要は超強力な水鉄砲である。ただし、中身の水が西欧教会特製の聖水に置き換えられており、吸血鬼の端くれである匈鬼には絶大な効果を発揮するが。

 

 銃口から高圧の水弾が放出される。突然水鉄砲を差し向けられた浅葱は驚愕するも、即座に弾かれたようにその場へ身を屈めた。

 

 浅葱が伏せたことで射線が開く。元より浅葱(民間人)が居ようと構わず撃つつもりだった匈鬼は、“まがいもの”の挙動とほぼ同時に弾丸を放っていた。

 

 水と鉄の弾丸が擦れ違い、一瞬遅れて両者に着弾する。“まがいもの”は咄嗟に身を引いたことで右肩を掠め、匈鬼は避け切れず高圧の聖水弾を諸に受けて仰け反り、衣服越しに染み込む聖水の効力に蹲った。

 

「ぐっ……!」

 

「銃声!? え、撃たれたの、古城!?」

 

 街中で容赦なく発砲した男に愕然としつつ、浅葱は肩を抑えて膝を突く“まがいもの”に駆け寄る。良くも悪くも魔族絡みの荒事が多い“魔族特区”育ちの浅葱は、こういう時に足が竦んで動けなくなるようなことがなかった。

 

「どうしよう、血が出て……早く病院に行って治療しないと!」

 

「大丈夫、ただの擦り傷だよ」

 

「でも!」

 

 荒事に慣れているとはいえ、目の前で想い人が血を流している状況に冷静でいられるほど浅葱も強くはない。まだ中学生の子供なのだ。慌ててしまうのも無理ないだろう。

 

「それより、ごめん。浅葱を巻き込んだ」

 

 忸怩たる思いに“まがいもの”は歯噛みする。

 

 浅葱を巻き込むつもりなどなかった。だが今の遭遇戦で浅葱を巻き込んでしまった。恐らくは敵方にも浅葱の存在を知られてしまっただろう。

 

 ただ巻き込まれただけの一般人であると、匈鬼どもが無視してくれるのならばいい。だがそれはあまりにも希望的観測が過ぎるだろう。今の遭遇戦ですら、匈鬼は問答無用で浅葱ごと“まがいもの”を撃ち殺そうとしていた。

 

 このまま浅葱を一人此処に残して無事に済むとは限らない。凄まじい罪悪感と自己嫌悪に苛まれながら、“まがいもの”は浅葱に頭を下げる。

 

「なにが起きてるとか、事情とかは後で説明する。今は一緒に逃げてくれないか?」

 

「……分かった。その代わり、後でその子との関係とか、その物騒な水鉄砲のこととか、あのヤバめな奴のことも全部聞かせてもらうから」

 

 殆ど迷いなく浅葱は頷いた。

 

 “まがいもの”からの頼みというのもあるが、自身が何かしらの厄介事に巻き込まれてしまったことを正しく把握したのだろう。このあたりの順応性は流石、“魔族特区”育ちというところか。あるいは浅葱の気質なのか。

 

 何にせよ方針は決まった。ある程度の休息も取れた以上、この場に留まる理由もない。

 

 放水銃を抱えて立ち上がり、“まがいもの”は一連の修羅場に怯えるアヴローラに手を差し伸べた。

 

「行こう、アヴローラ。もう少しの辛抱だ」

 

「う、うむ……」

 

 “まがいもの”の手を取ってアヴローラは安心したように表情を和らげた。

 

 

 ▼

 

 

「逃げるのはいいけど、目的地は何処なのよ?」

 

 アヴローラの手を引いて走る浅葱が、放水銃を抱えて走る“まがいもの”に尋ねた。

 

 匈鬼部隊との逃走劇に浅葱を加えてしばらく。“まがいもの”以上に絃神島の地理を熟知している浅葱のおかげで、今もなお捕らわれることなく逃げ続けることができている。

 

 しかしそれも時間の問題。既に何度か鉢合わせ、その度に“まがいもの”が放水銃で蹴散らして突破しているものの、いずれは数の暴力で捩じ伏せられてしまうだろう。

 

 何よりアヴローラの体力的な問題もある。

 

 “まがいもの”が匈鬼の対処に集中するために浅葱がアヴローラの手を引いて走っているが、吸血鬼でありながら彼女の体力は浅葱よりも乏しかった。封印から解除されたばかりというのもあるだろうが、単純に魔力が不足しているのだろう。

 

 いつまでも走って逃げ続けることはできない。何かしら状況を打開する術が必要だった。

 

「目的地は絃神島東地区(アイランド・イースト)の港なんだが……」

 

「あのヤバげな連中を振り切ってそこまで行くのは無理じゃない?」

 

「だよなぁ……」

 

 現実的に考えて匈鬼の部隊を振り切ることは不可能。ならば考えられる手立ては限られる。

 

「どこかに身を隠す……隠れる?」

 

 呟いて“まがいもの”は隣を走る浅葱を見る。唐突に見つめられた浅葱は息を弾ませながら首を傾げた。

 

「……そうだ、身を隠すのに打ってつけの場所があった」

 

「何処にあるのよ、それは?」

 

「此処だよ」

 

 にやりと笑みを浮かべて“まがいもの”は足元を指差す。

 

 “まがいもの”の意図が読めず眉を顰める浅葱だが、ふと目を見開くと得心がいったとばかりに声を上げた。

 

「下って、地下共同溝のこと? 確かにあそこなら隠れられるし、隔壁を下ろしちゃえば追跡も振り切れる……でも、よく知ってたわね」

 

「まあ、ちょっとな」

 

「ふぅん?」

 

 疑わしげなジト目を向けられ“まがいもの”は誤魔化すように目を逸らす。

 

 “まがいもの”が地下共同溝の存在を知っていたのは原作知識。監獄結界の囚人から弱体化した那月を守るために浅葱が利用したためだ。そうでもなければ、水道管や地下送電線のメンテナンストンネルの存在など知る由もない。

 

 まあいいけど、と浅葱は疑問を流して自らのスマートフォンを取り出す。

 

「聞こえてた、モグワイ? 手近な入口までのナビゲートとセキュリティの解除、あと隔壁のコントロールも取っておいて」

 

『おいおい、AI遣いが荒いな嬢ちゃん。ま、やっておくけどよ』

 

 浅葱のスマートフォン上で不細工ながらも何処か愛嬌のあるヌイグルミが、ケケッと不気味な笑い声を上げて了承した。

 

 数秒後、今いる場所から最も近くに存在する地下共同溝のハッチまでのルートが表示される。それを見て浅葱は得意げに鼻を鳴らす。

 

「ありがと、モグワイ。さぁてと、おっかない連中なんてさっさと撒いちゃいましょ」

 

「おう、そうだな──」

 

 言って“まがいもの”は路地の曲がり角から飛び出してきた匈鬼に聖水弾を浴びせた。諸にルルド聖水の弾丸を受けた匈鬼は、その身を蝕む強酸の如き聖水の効力に倒れ込んだ。

 

 容赦も躊躇いもなく、加えて奇襲を驚くこともなく対処する冷静さ。学園で見てきた学友の見たこともない一面に浅葱は目を丸くする。

 

「なんか、すごいわね……」

 

「そうでもないさ」

 

 牙城によって連れ回された遺跡巡りで度胸と戦闘に対する心構えは身に付けた。奇襲に即応できたのは、血の従者として覚醒したことで研ぎ澄まされた感覚のおかげだ。

 

 とはいえこの程度のこと、牙城ならば鼻歌まじりにやってのける。そもそも牙城ならば、浅葱を巻き込むこともなくもっとスマートにこの状況を切り抜けることができるだろう。

 

 自らの不甲斐なさに唇を噛む“まがいもの”を、浅葱は何処か複雑な心境で見ていた。

 

「それより、先を急ごう。案内頼めるか?」

 

「任せて。あなたもまだ走れる?」

 

「む、無論だ」

 

 息を切らしながらも答えるアヴローラに、浅葱はよしと一つ頷いた。

 

 浅葱の案内に従い、“まがいもの”を先頭に目当てのハッチへ直走る。時間も体力にも余裕がないため、立ち塞がる匈鬼は“まがいもの”が放水銃で蹴散らし、最短ルートで駆け抜けた。

 

 目当てのハッチは地下街への入り口に続く階段の踊り場にあった。モグワイの手によって鍵は解除されており、一行は転がり込むように地下共同溝へと飛び込んだ。

 

「モグワイ、施錠!」

 

『おうよ』

 

 浅葱の叫びに応えてモグワイがハッチの鍵を閉める。続けて地下共同溝への侵入を試みた匈鬼たちは、分厚いハッチの壁に阻まれ立ち尽くした。

 

 壁越しに耳障りな金属音と打撃音が響く。匈鬼たちがハッチの壁を破壊せんと銃火器で攻撃を加えているのだ。

 

 激しい衝撃音にビクビクと肩を震わせるアヴローラ。そんな少女を安心させるように浅葱が得意げに笑った。

 

「大丈夫よ。RPGでも持ち出さない限り、ハッチは破れないわ。それに、破られたって問題ないしね」

 

 アヴローラの手を引いて浅葱は小走りで共同溝の奥へと進む。“まがいもの”も放水銃を構えつつ後を追う。

 

 五十メートルほど進んだところで浅葱が立ち止まる。その手に持つスマートフォンを耳に当てがい、相棒たる高性能AIモグワイへと指令を下す。

 

「隔壁降下よろしく」

 

『了解』

 

 共同溝の天井から分厚いシャッターが降りてくる。火災や洪水、魔族の襲撃から人工島を守るための非常用隔壁だ。

 

 魔力付与された高強度鋼の隔壁は下手な吸血鬼の眷獣では破る事能わず、個人携行できる銃火器では傷を付けるのがやっと。たとえ匈鬼たちがハッチを破ったとしても、この隔壁を破壊することは不可能である。

 

「これでもう大丈夫。あとは熱りが冷めるまで休んで、港まで向かっちゃいましょ」

 

「あぁ、助かったよ浅葱。お前が居なかったら、今頃どうなってたことやら……」

 

 ほっと一息吐いて“まがいもの”はトンネルの壁に背を預け、ずるずると力なく座り込む。体力に乏しいアヴローラも力尽きるようにその場へと座り込んだ。

 

 地下共同溝内に居る間は追手の心配をする必要はない。港へもこのトンネルを利用すれば安全に移動できる。当面の危機は去ったと言ってもいいだろう。

 

 しばらくは落ち着けると緊張を解く“まがいもの”。その前に浅葱が膝を突き、血の滲む右肩へと手を伸ばす。

 

「浅葱? なにを……」

 

「さっき撃たれてたでしょ。傷の具合の確認とか、必要なら手当しないと不味いじゃない……って──え?」

 

 傷口を確認しようと身を寄せた浅葱は、破れた服から覗く傷一つない素肌に目を丸くする。服の破れ口に付着する血の跡はあるものの、出血箇所であるはずの傷が何処にも見当たらなかった。

 

 しまった、と頭を抱え“まがいもの”は天井を仰ぐ。浅葱を巻き込んだ挙句、自身の体質についてまで露呈してしまった。気を抜き過ぎにも程があるだろう。

 

「古城、あんたまさか……」

 

 信じられない、しかし心当たりのある現象に浅葱は愕然と“まがいもの”を見つめる。

 

 此処まで巻き込み、知られてしまっては誤魔化すこともできないだろう。何処か投げやりな笑みを浮かべ、“まがいもの”は浅葱の疑問に答える。

 

「お察しの通り、俺は吸血鬼だ。厳密には血の従者だけどな」

 

「血の従者……擬似吸血鬼ってこと?」

 

 非日常的な出来事から畳み掛けるように衝撃的な事実を明かされ、浅葱はしばらく呆然としてしまう。しかし早い段階で事実を飲み込むと畳み掛けるように“まがいもの”へと詰め寄った。

 

「いつ? いつから血の従者になんてなってたわけ? あと、主人は何処のどいつよ?」

 

「お、落ち着け浅葱。答えるから」

 

 凄まじい剣幕で詰められ“まがいもの”はたじろぐ。魔族に対して偏見の類がほぼない浅葱が、ここまで過剰反応するとは思ってもみなかったのだ。原因は魔族云々ではなく、“まがいもの”だからなのだがそこまで考えは回らなかった。

 

「血の従者になったのは絃神島に来る前。ある遺跡でテロに巻き込まれて、瀕死のところを血の従者にしてもらうことで助けられたんだ。それで、その時俺を助けたのがアヴローラだよ」

 

「あの子が……?」

 

 唐突に注目を浴びてアヴローラは居心地悪そうに身を竦める。とてもではないが魔族の王とまで謳われる吸血鬼には見えない態度だ。

 

 アヴローラから視線を外し浅葱は再び“まがいもの”を見据える。

 

「それにしても、今までよく吸血鬼だってバレなかったわね」

 

「ついさっきまでは血の従者として覚醒してなかったからな」

 

「……どういうこと?」

 

「今日まで、アヴローラが眠り続けていたからさ。でもその眠りが破られたことで、従者である俺への魔力供給が再開された。おかげで今や立派な血の従者だ」

 

 戯けるような物言いに浅葱はむすっと顔を顰めた。

 

「眠り続けていたって?」

 

「文字通り、封印されていたといってもいいかな。ある組織の手で封印処理をされていたところを、手を回して起こしてもらった」

 

「封印? ある組織?」

 

 疑問符を浮かべる浅葱に対して、しかし“まがいもの”は口を噤む。封印の経緯やMARの関与まで明かすつもりはなかった。明かしたところでどうにかなる話でもない。

 

 ジト目で睨んでも口を割る気配のない“まがいもの”に、やがて浅葱は根負けして大きな溜め息を零した。不満たらたらの顔で“まがいもの”の隣にとすんと腰を落とす。

 

「あのアヴローラって子は何者なのよ?」

 

「あーそれは……」

 

「なに? それも言えないって?」

 

「言えないというより、信じてもらえないかもなって……」

 

 なんとも言えない顔でアヴローラを見やる“まがいもの”。疲れ果てて座り込んでいるアヴローラの姿を見て、果たして第四真祖といったところで信じてもらえるかどうか。

 

 悩ましげに眉間を揉んで、しかしあれもこれも誤魔化すのはあまりにも不義理だと考える。仕方ないと“まがいもの”は腹を括った。

 

「第四真祖って知ってるか?」

 

「都市伝説の? 不死破滅だとか血族同胞を持たないとか……まさか、あの子がそうだっての?」

 

 厳密には第四真祖の眷獣をその身に封じ込めた素体であり第四真祖そのものとは違うのだが、そのあたりの事情は説明したところで混乱するだけだろうと省いた。

 

 胡乱げな顔の浅葱だったが神妙な顔付きで頷く“まがいもの”の反応で徐々に表情が引き攣っていく。ちらと横目でアヴローラを見やり、浅葱は頭を抱える。

 

「なにそれ、信じらんないだけど……」

 

「だから言ったろ?」

 

 したり顔で言う“まがいもの”にイラッときて、浅葱は痛烈な肘打ちをかました。

 

 ぐふっ、と脇腹の衝撃に咽せる“まがいもの”から目を逸らし、浅葱は現実逃避するように瞑目する。浅葱の脳内では与えられた断片的な情報から状況整理が始められていた。

 

 三年前、第四真祖、血の従者、匈鬼の追手──

 

 情報が少ない中でも浅葱の明晰な頭脳は真実の糸口を掴み取る。

 

「ねぇ、もしかして凪沙ちゃんも関係してるの?」

 

「────」

 

 愕然と目を見開き“まがいもの”が硬直する。幾らか情報を得たとはいえ凪沙に纏わる情報はなかったはずだ。にも関わらず、浅葱は一足も二足も飛んで凪沙に辿り着いた。

 

 末恐ろしい情報処理能力だ。流石は電子の女帝、あるいは──カインの巫女。

 

 戦慄する“まがいもの”の反応で察したのだろう。そう、と浅葱は静かに頷いた。

 

「……手は引かせられない、か

 

「何か言ったか?」

 

「別に、なにも」

 

 いつになく素っ気ない声音で浅葱は答えた。

 

「これからどうするのよ?」

 

「凪沙を救うためにはアヴローラの協力が必須だ。でも、今のアヴローラは記憶が混乱しているみたいでな。まずは記憶を取り戻すところからになると思う」

 

「記憶の混乱ねぇ……」

 

 新たな情報に浅葱は僅かに目を細める。

 

 とはいえ記憶の混乱、喪失という情報だけでは流石に新たな真実を手繰り寄せることはできない。三年前の遺跡で起きた出来事の情報があれば、あるいは導き出せるかもしれないが──

 

 小さく頭を振って浅葱は“まがいもの”を真っ直ぐ見据える。

 

「あたしに何かできることってある?」

 

「それは……」

 

「危ないからとか、巻き込めないとか言ったら怒るから。こちとらもう十分首突っ込んでるんだから、今更除け者になんてしないでよね」

 

 梃子でも動かないと言わんばかりの浅葱に、“まがいもの”は困ったように頭を掻く。

 

 浅葱の協力はこれ以上になく頼もしい。頼もしいが、“焔光の宴”に関わる一連の事件は女子中学生が首を突っ込むには危険すぎる代物だ。出来ることならば此処で突き放したい。

 

 だがしかし、浅葱の意思は揺るぎない。“まがいもの”が幾ら言葉を並べ立てようと引くことはないだろう。

 

 しばらく頭を抱えたのち、“まがいもの”は観念したように息を吐いた。

 

「分かった。ちょうど頼みたいこともあったし、力を貸してくれるか?」

 

「頼みたいことって?」

 

 前のめり気味に尋ねてくる浅葱に、“まがいもの”は少し意地の悪い笑みを零してアヴローラを見やる。

 

「アヴローラの下着選びとか、付き合ってやってくれ。俺には無理だからな」

 

「……は? 下着って、履いてないの?」

 

「服は用意できても、サイズも分からない女物の下着までは準備できないからなー」

 

 はははー、と乾いた笑いを零す“まがいもの”。浅葱は信じられないとばかりにアヴローラを見つめる。当人たるアヴローラは居心地悪そうに縮こまっていた。

 

 想い人が血の従者になっていたと思えば、その主人は都市伝説にも謳われる第四真祖でノーパンだった。聡明な浅葱の頭脳をもってしても色々と思考を放棄したくなるような状況である。

 

「もう、訳分かんないわよ……」

 

 心の底から疲れ切った浅葱の声が地下共同溝に虚しく響いた。

 

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