“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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愚者の暴君 Ⅳ

 地下共同溝である程度の休息を取ったのち、“まがいもの”一行は地下トンネルを通って絃神島東地区(アイランド・イースト)の港付近まで移動した。

 

 点検用の梯子を登り、マンホールの蓋をこじ開けて地上へと脱出する。脱出地点は目的地である小さな港に面する道路だった。

 

「ああ〜、やっと窮屈な地下トンネルから出られたわ」

 

 マンホールから這い出た浅葱が呑気に身体を伸ばす。逃避行からの地下トンネル突入で浅葱も相応にストレスを感じていたのだろう。

 

 アヴローラも目醒めて右も左も分からない状態で始まった逃走劇に疲れたのだろう。“まがいもの”の手を借りてマンホールから出るや疲弊した様子でその場に座り込んでしまいそうな有様だ。

 

 疲れ果てている浅葱とアヴローラを見て仕方ないと思いつつ、“まがいもの”は港に停泊するヨットやボートを見渡す。場所に間違いがなければ、この港に合流場所であるクルーザー“りあな号”があるはずだ。

 

 目を凝らして探すことしばし。船体に“りあな号”と刻まれた小型クルーザーを見つけ、“まがいもの”は浅葱とアヴローラの元へと戻る。

 

「おーい、二人とも。目当ての船が見つかったから移動しよ──」

 

 浅葱とアヴローラに呼び掛けた“まがいもの”は、視界の端で瞬いた微かな光に目を奪われる。そして──

 

 

 ──銃声と同時に“まがいもの”の身体に大きな風穴が開いた。

 

 

 大量の血を撒き散らし吹き飛ぶ“まがいもの”の肉体。大口径のライフルによる狙撃を受けたのだ。人間ならば即死、吸血鬼であっても致命傷を免れない銃創である。

 

「……え、古城?」

 

 想い人が壊れた人形のように倒れ込む光景を、浅葱は何処か遠い世界の出来事のように見ていた。しかし次第に認識が現実に追い付き、顔色を真っ青にして“まがいもの”の元へと駆け出す。

 

「古城! 何やってんの、しっかりしてよ!?」

 

 目尻に涙を浮かべながら必死に呼び掛けるが反応はない。アスファルトの地面を赤く染める“まがいもの”の瞳はガラス玉のように虚だった。

 

「うそ、うそ……なんで、こんな……!」

 

 完全に生命活動を停止してしまった想い人だったものを前に、浅葱は絶望のあまり言葉が出ない。

 

 “魔族特区”育ちで魔族についてそれなり以上に詳しい浅葱には、“まがいもの”が負った傷が吸血鬼であっても再生できないレベルの代物だと判断できてしまった。この惨状から復活できるのはそれこそ真祖か、それに準ずる高位の吸血鬼──

 

 はっと浅葱は顔を上げてアヴローラを見る。“まがいもの”はアヴローラを第四真祖だと言っていた。そして自分はその血の従者だと。ならば、助かる可能性は十二分にあるのではないか。

 

「アヴローラ、お願い! 古城を──」

 

 助けて、と続けようとした言葉は甲高いタイヤのスキール音によって掻き消された。

 

 道路のど真ん中で立ち往生していた浅葱たちを取り囲むように、複数の黒塗りのワゴン車が荒々しく停車する。そして中から獣の頭骨を模した仮面を被った男たち──匈鬼が複数現れ、有無を言わせぬ勢いで浅葱とアヴローラに襲い掛かった。

 

「ちょっと、何すんのよ!?」

 

「ぅあ……!?」

 

 抵抗する間もなく浅葱とアヴローラは取り押さえられ、そのまま車へと押し込まれそうになる。

 

「このっ、離しなさいよ変態仮面……!」

 

 誘拐されまいと全力で抵抗する浅葱。このまま車に乗せられてしまえば何処へ連れて行かれるかも分からない。何より、主人であるアヴローラが離れてしまえば、いよいよもって“まがいもの”の蘇生は絶望的になる。

 

 意地でも誘拐されまいと抗う浅葱に、抵抗を鬱陶しく思ったのか匈鬼が拳を振り上げる。匈鬼の図抜けた膂力で殴られようものなら、肉体的にはか弱い浅葱は一溜まりもない。

 

 振り上げられた拳に身を強張らせ浅葱は反射的に目を瞑る。しかし匈鬼の暴力が浅葱を襲うことはなかった。

 

「──お止めなさい。電子の女帝も十二番目(ドゥデカトス)も無傷でお連れするように伝えたはずですよ」

 

 低い男の声が匈鬼の動きを制した。

 

 浅葱たちを取り囲む匈鬼が言葉もなく道を開ける。現れたのはカイゼル髭を生やした痩身の中年男性だった。

 

 土気色の肌と狐の如く細められた狡猾な眼。声音こそ紳士的ではあったが、纏う空気は獲物を狙う爬虫類のような温度のないものだ。

 

 男は匈鬼たちの動きを視線で制すると、芝居掛かった仕草で浅葱とアヴローラに一礼した。

 

「同志が失礼を働き申し訳ない、Ms.藍羽。そして我らが王よ」

 

「誰よ、あんた」

 

「これはこれは、度重なる非礼をお詫びします。私はバルタザール・ザハリアス。しがない兵器商でございます」

 

「しがない兵器商がなんでこんな島でか弱い女の子を誘拐しようとしてんのよ」

 

 敵意剥き出しで浅葱が問えば、ザハリアスは穏やかな物腰で首を横に振った。

 

「誘拐など滅相もございません。我々は電子の女帝と名高い貴女の腕前を買いたいと思いましてな。同志の追跡を振り切るその電子戦能力は流石の一言です」

 

「その割に随分と荒っぽい勧誘ね」

 

 むすっと顔を顰めて浅葱は皮肉を返す。手荒な勧誘に腹が立っているのもあるが、大仰であまり好きではない電子の女帝呼びにムカついているのもあった。

 

「それに、アヴローラまで連れて行こうとしてるじゃない。なに? そう言う趣味なわけ?」

 

「はははっ、中々に辛辣な物言いですな。能力だけでなく度胸もあるようだ」

 

 鋭い眼光が強気な態度を維持する浅葱を睨み据える。爬虫類の如き冷たい眼差しに浅葱は思わず身を竦めた。

 

「誤解を招かぬよう説明しますと、彼女は十二番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”。新たなる真祖を生み出すために必要な素体(プロトタイプ)の一つです。端的に言えば、“天部”の技術によって造り出された至高の殺神兵器です」

 

「はぁ? 殺神兵器? この子が?」

 

 何の脈絡もないザハリアスの言葉に浅葱は胡乱な目を向ける。第四真祖という話ですら半信半疑であったのに、“天部”やら殺神兵器やらと突拍子もない単語が飛び出しては理解に苦しむ。

 

 話の当事者であるアヴローラはと言えば、ザハリアスから向けられる物を見るような目に怯えてすっかり怖気付いてしまっている。側から見ると何処にでもいるか弱い少女にしか見えなかった。

 

「未だ完全覚醒を迎えていないのでしょう。本来であれば己が使命を思い出すはずなのですが、あの娘が手筈を違えでもしましたか。全く、間抜けな元貴族の末娘が、封印の解除すら儘ならぬとは……」

 

 嘲るような物言いでザハリアスはせせら笑う。自分に向けられているわけでもないのに、浅葱はザハリアスの態度に少なからず苛立ちを覚えた。

 

「ともあれ、未覚醒の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”をこのまま放置するわけにもいかないと思い、お迎えに参った次第です。ご理解頂けましたかな?」

 

 浅葱とアヴローラに向けて確認するように問い掛ける。物腰こそ穏やかであるが、ザハリアスの言葉には有無を言わせぬ圧力が伴っていた。

 

 匈鬼に拘束され身動きできない状況での脅迫染みた物言い。普通の少女ならば怯えて頷く他ないだろう。しかし浅葱は臆することなく強気に微笑んだ。

 

「あっそ、ご丁寧に説明どうも──今よ、古城!」

 

「──ナイス時間稼ぎだ、浅葱」

 

 浅葱の合図に機会を伺っていた“まがいもの”が奇襲を仕掛けた。

 

 完全に死んだものと思われていた“まがいもの”は、匈鬼に拘束され怯えながらも魔力を供給していたアヴローラのおかげで息を吹き返していた。それに気付いていた浅葱はわざと強気な態度で挑発し、自分自身に注目を集めるように仕向けていたのだ。

 

 立ち上がった“まがいもの”は浅葱とアヴローラを抑える匈鬼たちへと襲い掛かる。

 

 アヴローラを取り押さえる匈鬼へと猛然と蹴りを叩き込み、続け様に浅葱を捕える匈鬼に向けて放水銃を撃つ。位置関係的に浅葱も水を被ってしまうが、背に腹は代えられない。

 

「ちょっと、冷たいんだけど!?」

 

「悪い、ちょっと余裕がなくてな」

 

 怯んだ匈鬼に置き土産とばかりに蹴りを叩き込み、浅葱は腹を立てながらも“まがいもの”の側へと駆け戻った。

 

 浅葱とアヴローラを庇うように一歩踏み出し、“まがいもの”は真正面からザハリアスを睨み据える。真紅に輝く瞳には隠し切れない怒りが滲み出ていた。

 

「これはこれは、まさか生きていらっしゃったとは。流石はあの暁牙城博士のご子息。ただでは転ばぬというやつですかな」

 

 心から驚いたと言わんばかりの態度でザハリアスは手を鳴らす。称賛するような態度だが、狡猾な眼差しは“まがいもの”が蘇った絡繰を正しく見抜いていた。

 

十二番目(ドゥデカトス)と従者の契りを交わしていたようですね。三年前の事故を調べた時にもしやとは思っていましたが、中々に悪運が強いようで」

 

「そういうあんたも、随分と化粧が上手いらしいな、ご同輩」

 

「……ほぅ」

 

 ザハリアスがすっと眼を細める。ここまで圧倒的に優位な立場で振る舞っていたザハリアスが、初めて態度に変化を見せた。“まがいもの”の指摘がザハリアスの地雷を的確に貫いたのだ。

 

 微笑を浮かべて睨み合う“まがいもの”とザハリアス。常夏の島でありながら心胆を凍えさせるほどの冷たい殺意と敵意の応酬。一瞬でも気を抜けば意識が遠のいてしまいかねないほどの空気だ。

 

「なるほど、どうやら貴方は油断ならない敵のようだ。ここで確実に始末させて頂きましょう」

 

 ザハリアスが片手を挙げると周囲を囲む匈鬼たちが銃器や魔具を構える。浅葱とアヴローラを害するつもりはないだろうが、“まがいもの”は確実に始末するという意思が感じ取れた。

 

「これ、結構やばいんじゃない、古城?」

 

「そうだな。正直言うと、立ってるのもやっとなんだ……」

 

 アヴローラの魔力供給のおかげで復活は叶ったものの、ついさっきまで身体のど真ん中に風穴が開いていたのだ。傷穴こそ塞がっているものの、失った血と体力まで即座に回復はしない。

 

 気合いで踏ん張る“まがいもの”の裾を小さな手が掴む。視線を落とせば不安げな眼差しのアヴローラと目が合った。

 

「従者、汝の血の泉は枯渇して……」

 

「大丈夫さ、心配するな」

 

 安心させるように精一杯の笑顔を浮かべて、“まがいもの”はアヴローラの頭をくしゃりと撫でた。

 

「お話は終わりましたかな?」

 

「悪いな、待たせたか?」

 

「いえいえ。今生の別れの時間程度、待って差し上げますとも」

 

「今生の別れ、ね……」

 

 ふっと笑みを零して静かに俯く。側から見れば絶望的な状況に折れて首を垂れているようにも見えるがそうではない。この程度の困難で折れるのならば、“まがいもの”は当の昔に何もかも投げ出している。

 

 不敵に笑う“まがいもの”は余裕の態度を崩さないザハリアスを見据えた。

 

「随分と余裕な態度だが、いいのか? 俺ばかり見ていると足元を掬われるぞ」

 

「なに──?」

 

 意味深な呟きにザハリアスが怪訝に眉を顰めた。周囲を取り囲む匈鬼たちが銃撃によって倒れ、戦車大の魔犬二頭がワゴン車を吹き飛ばしたのはその直後だった。

 

「──よう、兄弟。まだ生きてるか?」

 

 ライフルとショットガンを携え軽薄な態度で現れたのはトレンチコートの男。何処となく“まがいもの”と似た雰囲気を持つその男の名は暁牙城。古城と凪沙の実の父親だ。

 

 頼もしい援軍の登場に“まがいもの”はほっと安堵に胸を撫で下ろす。

 

「あぁ、助かったよ。それより、あっちは……」

 

「あー、あれな……うん、止められんわ流石に」

 

 “まがいもの”と牙城の視線が匈鬼たちを蹂躙する二頭の魔犬、吸血鬼の眷獣へと固定される。勢いのまま暴れ散らす眷獣が誰のものか、二人はよく知っていた。

 

「──ザハリアス。よくも私の前におめおめと姿を見せられたな、下郎……!」

 

 凄まじい鬼気を纏ったヴェルディアナが戦場へと踏み込んだ。

 

 一族を亡き者にし、領地と領民を奪った張本人。復讐の対象である男を前にして冷静さを保てるほどヴェルディアナは理性的ではいられなかった。

 

 何も知らない浅葱とアヴローラが思わず身を引いてしまうほどの激情を発して現れたヴェルディアナは、周囲を取り囲む匈鬼を眷獣の力で蹴散らす。冷気と火炎の吐息(ブレス)が匈鬼を薙ぎ倒していく。

 

 鬼神の如きヴェルディアナの進撃にザハリアスは詰まらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「元貴族の恥知らずとはいえ、吸血鬼の眷獣は厄介ですな。それに……」

 

 ザハリアスの鋭い視線が牙城を捉える。ヴェルディアナがかくも一方的に匈鬼の部隊を蹂躙できているのは、牙城の的確な火力支援があるからだ。

 

 眷獣を持たぬ下等な吸血鬼とはいえ匈鬼の身体能力は獣人に匹敵し、保有魔力は吸血鬼と大差ない。加えてザハリアスから与えられる銃器や魔刃、魔具によって著しく強化されており、複数人であればヴェルディアナの眷獣であろうと対処は可能である。

 

 しかしそうはさせじと牙城がフォローする。連携を取って眷獣を抑えようとすれば、ライフルを撃ち込んで陣形を崩す。牙城本人を潰そうとすれば、ショットガンによる制圧射撃が待っている。

 

 絶妙な連携に匈鬼の部隊は徐々にその数を削り落とされていった。

 

「中々に厄介な連携ですね……」

 

 これがヴェルディアナだけ、あるいは牙城だけなら数の暴力で磨り潰せただろう。だが状況は徐々にザハリアスの不利へと傾いていた。

 

「致し方ありませんか。顔合わせ程度のつもりでしたが、良い機会です。少しばかり性能を試してみましょうか──」

 

 自身が乗車していたワゴン車へと視線を向けるザハリアス。“まがいもの”たちを包囲する陣からやや離れた位置に停車していたワゴンより、一人の少女が降りてくる。

 

 ライダースーツのような強化繊維製の防護服に身を包んだ幼い金髪の少女。身に付けているスーツにはナンバリングの如く“Ⅸ”と印字されている。

 

 何処となく無機質な兵器染みた印象を与える金髪の少女。その容貌に浅葱とアヴローラだけが目を見開いて驚いた。

 

「え、ちょっとあの子、アヴローラとそっくり……姉妹?」

 

「わ、我が記憶に斯様な鏡像の刻印はあらず……」

 

 記憶の混濁と喪失に見舞われているアヴローラは、自身の鏡写しのような少女の出現に偽りなく驚いている。

 

 一方で少女の正体を知っている“まがいもの”と牙城、ヴェルディアナの反応は芳しくない。

 

「拙いな……」

 

「おっと、こいつはちょっとやばいか」

 

九番目(エナトス)……!」

 

 警戒心を露わに身構える“まがいもの”たち。目の前の少女が軽く力を振るうだけで形勢が一気に逆転しかねない。下手を打てばこの場で全滅する危険性もあった。

 

 “まがいもの”一行の反応に気を良くしたザハリアスが、自慢の兵器を紹介するかのような気軽さで九番目(エナトス)を指し示す。

 

「ご紹介しましょう。彼女こそが九番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”。私の保有する殺神兵器でございます。折角ですので、少しばかりその性能をお見せしましょう」

 

 ザハリアスが目線で九番目(エナトス)を促す。

 

 無感動な瞳で戦場を睥睨していた九番目(エナトス)が魔力を解き放つ。それだけで伸し掛かるような重圧に襲われる。

 

 魔力による重圧だけではない。いつのまにか九番目(エナトス)は荒々しい嵐の如き衝撃波を身に纏っていた。触れるだけでも粉砕されかねない衝撃波。攻撃の意図をもって解き放たれようものなら、周辺一帯が更地になってもおかしくない破壊の権化だ。

 

 衝撃波を嗾けられるだけで瓦解しかねない戦況に“まがいもの”が歯噛みしていると、ふと小さな背中が矢面に立つように前に出る。少なくない恐怖を抱えながらもアヴローラが“まがいもの”たちを守るように立ち塞がった。

 

「アヴローラ! なにして──」

 

 慌てて引き戻そうとして、急激に下がり始めた温度に目を見開く。アヴローラが己の意思で権能を行使しようとしていた。

 

「ほう、九番目(エナトス)に当てられて覚醒しつつありますか。いいでしょう、軽く性能比べでもしてみなさい。完全覚醒には至らぬその身で、何処まで九番目(エナトス)に追い縋れるか。見ものですね」

 

「ぅ、あああ……!」

 

 双眸に真紅の輝きを宿し、己の内で荒れ狂う第四真祖の眷獣の権能を解き放つ。

 

 アヴローラがその身に宿しているのは十二番目の眷獣“妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”。その能力は尋常ならざる凍気の放出。海だろうが湖だろうが容易く凍結させるほどに強力な凍気を操ることができる。

 

 魔力の昂ぶりに伴ってアヴローラの周辺が見る見るうちに凍りついていく。空気中の水分すら一瞬で凍結し、常夏の島に極寒の世界が顕現していた。

 

 これが第四真祖、“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の一角を担う者たち。記憶を失っていようとも、秘めたる暴虐に翳りはない。

 

 だがしかし、側から見ていた“まがいもの”はアヴローラの表情に滲む恐怖と焦燥に気付く。

 

 アヴローラは封印から覚醒したばかりで記憶も覚束ない。吸血鬼にとって記憶、経験というのは重要な代物だ。それがごっそり抜けている状態で、果たしてその身に宿した第四真祖の眷獣を使い熟せるものか。

 

 不可能だ。原作で暁古城ですら最初の頃はろくに制御出来ていなかったのだ。今のアヴローラに“妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”をまともに扱えるはずがない。最悪の場合、眷獣を完全解放して肉体が消滅してもおかしくないだろう。

 

 それは、ダメだ。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「止めろ、アヴローラ──!」

 

 自らの肉体が凍り付くのにも構わず“まがいもの”は駆け出す。だが、間に合わない。もはや九番目(エナトス)とアヴローラの衝突を止めることは不可能。

 

 もしも止められるとしたら、それは──

 

「──そこまでだ。双方、矛を納めよ」

 

 九番目(エナトス)とアヴローラと同格の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”だけだ。

 

 

 ▼

 

 

 視界が眩い雷光に染め上げられる。人工の大地に一条の落雷が降り注いだ。

 

 今まさに九番目(エナトス)とアヴローラが衝突するかという瀬戸際、二人の少女の中間地点にその落雷は降り立った。

 

 雷光に眩んだ視界が回復すると、そこには金の縁取りを施した白銀の鎧を着込んだ少女が立っていた。

 

 美しい金髪を少年のように短く刈り込んだ年若い少女。全身に青白い稲妻を纏い、身が竦むほどの莫大な魔力を放つ佇まいは正しく戦士。剣でも携えれば勇猛な騎士と見紛えかねない立ち姿だ。

 

 鎧姿の少女が威圧混じりに九番目(エナトス)とアヴローラを睥睨する。それだけで戦い慣れていないアヴローラは情けない声を上げて尻餅を突いてしまう。反対に九番目(エナトス)は興醒めと言わんばかりに放出していた鬼気と衝撃波を収めた。

 

 一触即発の空気が霧散し誰もが心中で安堵しているとザハリアスが慇懃に一礼して切り込んだ。

 

「これはこれは、五番目(ペンプトス)殿。このような鉄火場へ踏み入られるとは、何か御用ですかな?」

 

五番目(ペンプトス)……って、ことはあの子も」

 

 ザハリアスの言葉から鎧の少女──五番目(ペンプトス)の正体を察する浅葱。髪が短く出立ちも大きく異なっていたがため認識が遅れたが、その顔立ちは九番目(エナトス)とアヴローラと酷似していた。

 

 そう、彼女もまた“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の一人。第四真祖の五番目の眷獣をその身に宿した殺神兵器だ。

 

 五番目(ペンプトス)は慇懃に振る舞うザハリアスを見下ろし、ふっと興味を失ったように視線を切る。次いでその鋭い瞳が向けられたのは、“まがいもの”に支えられて立ち上がろうとしていたアヴローラだ。

 

「お前に用はない、兵器商。我らの目的は柩の監視だ」

 

 獅子の如き鋭い眼差しを向けられてアヴローラはひぅ、と小さな悲鳴を上げ“まがいもの”の背に隠れる。

 

 アヴローラの盾になった“まがいもの”は、目の前に立つ五番目(ペンプトス)の存在に困惑した表情を浮かべていた。

 

 何故ここに五番目(ペンプトス)が介入するのか。棺の監視とはどういうことなのか。元より原作の筋書きを外れてはいたが、此処にきての急展開の連続は中々に衝撃的だった。

 

 そんな心情の“まがいもの”を五番目(ペンプトス)はじっと見据えていた。

 

「柩の監視ですか。既に開かれた柩を監視する意味があるのかは疑問ですが、納得しましょう。ところでその役目は保有者(オーナー)の意向ですかな?」

 

「お前が知る必要はない。理解したならば疾く我が視界から失せろ、兵器商。それとも、この場で死ぬのが望みか──?」

 

 青白い雷光がバリバリと耳障りな音を響かせる。生身で直撃すれば塵になりかねない莫大な量の雷だ。

 

「いえいえ、滅相もございません。私も“戦王領域”とまで事を構えるつもりはありませんとも。九番目(エナトス)、戻りなさい」

 

 ザハリアスの指示に従い九番目(エナトス)が元の車へと戻る。去り際に一瞬、“まがいもの”とアヴローラへ威圧混じりの一瞥を残して──

 

「それではお先に失礼致します。“宴”はまだ始まったばかり。ゆるりと楽しみましょう」

 

 意味深な呟きと態度だけは恭しい一礼を残し、ザハリアスは同志を引き連れ退散していく。あっという間の出来事であった。

 

 後に残されたのは“まがいもの”一行と五番目(ペンプトス)九番目(エナトス)とアヴローラの戦闘に介入した少女は身に纏う雷光を収めると、何の躊躇いもなく“まがいもの”たちの元へと歩みを進める。

 

 ひぇ、と情けない声を上げたのはアヴローラではなくヴェルディアナ。つい先日、五番目(ペンプトス)に所持していた聖槍を狙われて襲撃されたばかりなのだ。怨敵たるザハリアスも居なくなった今、泣く子が更に泣くレベルの復讐者モードはすっかり引っ込んでしまっていた。

 

 五番目(ペンプトス)が“まがいもの”の目前に立ち止まる。雷光も敵意もないが滲み出る圧力は健在。我知らず“まがいもの”は息を呑んだ。

 

「……助けて、くれたのか?」

 

「思い違うな、我は与えられた使命を果たしているに過ぎない」

 

「監視だったな、そう言えば……」

 

 何故だろう。まだ先の話であるはずなのに、監視という単語にある人物の姿が脳裏を過ってしまう。別に似ているわけでもないのに、まだ出会ったこともない黒髪の少女と目の前の少女が重なる。

 

「我らの使命は柩の監視役。そして、その従者たるお前の監視も含まれる」

 

「俺もか?」

 

 思わぬ展開であった。アヴローラだけならまだしも、自分まで監視されるとは予想だにしていなかった。

 

 何故、と幾つもの疑問が浮かぶ。しかし黙っていては話が進まない。

 

 返す言葉に迷った挙句、“まがいもの”は何処か達観したように一言。

 

「ああ、そう。じゃあ、よろしく? でいいのか」

 

「…………」

 

 何とも微妙な返しに五番目(ペンプトス)は気の抜けたような顔になる。後ろでやり取りを見守っていた面々も、ずっこけはしないが呑気な返答に突っ込みを入れたい思いだった。

 

 ただ一人、アヴローラだけは警戒するように五番目(ペンプトス)を見つつ“まがいもの”の腰にしがみついている。その様は自分のものを取られまいとする子供のようだった。

 

 そんなアヴローラを見下ろして五番目(ペンプトス)は微かに口端を上げたのだった。

 

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