“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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愚者の暴君 Ⅷ

 絃神島東地区(アイランド・イースト)にある移動販売車(キッチンカー)。唐揚げを専門にしたその販売車は量の割にリーズナブルな価格から食べ盛りな男子学生に人気を博していた。

 

 移動販売車の側に設置されたテラス席の一つを男女の二人組が陣取っていた。彩海学園中等部の制服を着た“まがいもの”と浅葱だ。

 

 列を成す男子学生たちを横目に見て、“まがいもの”は呆れと感心混じりの眼差しを正面に向ける。対面に座る浅葱の表情はご満悦。その手にはバケツサイズの容器に山盛りに盛られた唐揚げがあった。

 

「よくそんなに食べられるな……」

 

「これくらい余裕よ、余裕。なんならもう一杯いけるわ」

 

「一杯で勘弁してくれ」

 

 ふるふると首を横に振る“まがいもの”に、浅葱はからころと笑う。二百パーセント増量なる訳の分からないキャンペーンによって実質二杯分の唐揚げをもう一杯など正気の沙汰ではない。

 

「全く、誠意が足りないんじゃないの? 凪沙ちゃんとの仲を取り持って上げたんだから、しっかり感謝しなさいよね〜」

 

「その点に関しては、本当に感謝してるよ」

 

 深々と“まがいもの”は浅葱に頭を下げた。

 

 アヴローラとの接触以降、“まがいもの”と凪沙は微妙な距離感に陥っていた。

 

 仲違いとまではいかない。言葉も交わすし一緒に食事も取るが、それまでの兄妹としての空気感は消失してしまっていた。

 

 何とかしなければとは思っていた。しかし“まがいもの”からアプローチを掛けようとしても、どうしてか凪沙に避けられる。嫌われても仕方ないことをした自覚はあるが、それにしては凪沙の態度が妙だった。

 

 嫌悪というよりは怯え。怖がっているような凪沙の態度に“まがいもの”は二の足を踏み、見かねた浅葱が関係の修復に手を貸したのだ。

 

 浅葱が仲裁として凪沙に働きかけたことで、一応は二人の間に生まれてしまった気不味い空気は払拭された。浅葱が居なければ、二人はいつまで経っても蟠りを残したままになっていただろう。

 

 凪沙との関係修復に手を貸してくれたお礼がしたい、“まがいもの”が申し出たのも不思議なことではない。その結果が山盛りの唐揚げをご馳走するということなのだが、果たしてそれでいいのか。

 

 浅葱の幼馴染である矢瀬やクラスメイトたちは残念過ぎるお礼の使い道に顔を覆っていたことを、浅葱だけが気付いていなかった。

 

「それにしても、凪沙ちゃんと喧嘩なんて珍しいこと。何だってそんなことしたのよ?」

 

「いやぁ、俺もちょっと焦ってたんだろうな……」

 

 気不味そうに頭を掻く“まがいもの”を浅葱は訝しげに見つめる。本心を隠している、そんな気がしてならない。

 

 二人の関係を取り持つにあたって浅葱は凪沙から事の経緯をある程度聞いている。“まがいもの”が騙し打ちのような形で魔族であるアヴローラと引き合わせようとした。シスコンのきらいがある“まがいもの”がそんなことをしたと聞いて、浅葱も最初は驚いたものだ。

 

 らしくない。浅葱の知る“まがいもの”は学園内でも有名なくらいにお人好しで他者への思いやりに満ちた好青年だ。加えて去年の夏休み明けあたりから紳士的な振る舞いも増え、恋のライバルが多発しつつあるような少年である。

 

 それが実の妹に対して、どんな理由があったとしても嫌がるだろうことを敢行した。

 

 今まで“まがいもの”が築いてきた人物像とズレている。焦っていたから、凪沙を救うためだったから。そんな理由を並べ立てる想い人に浅葱はどうしようもなく違和感が拭えない。

 

「ついこの間、ザハリアスがイブリスベール王子を襲撃したみたいね」

 

 意識の隙を突くように放り込まれた話題に“まがいもの”が微かに反応する。遠い海外のニュースではあったが、やはりこの少年はきちんと把握していた。

 

「……よく知ってるな」

 

「自分のこと誘拐しようとした奴の動向くらい把握しとくに決まってるでしょ」

 

 類稀な電子戦能力を目当てに誘拐されかけたのだ。下手人たるザハリアスについて調べ、その動向を逐次把握しておこうとするのは当然だ。なんらおかしなことではない。

 

「あれって“焔光の宴”に関係してるんでしょ。違う?」

 

「直球だな」

 

「まどろっこしいのは嫌いなのよ」

 

 男らし過ぎる浅葱の態度に“まがいもの”は頬を引き攣らせた。

 

 唐揚げを頬張りながら向けられる真っ直ぐな視線。誤魔化すことを許さない眼光に“まがいもの”は観念したように肩を落とす。

 

「イブリスベール王子が所有する“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”を狙ったんだ。あいつの目的は完全な第四真祖の復活だからな」

 

「そのために、“滅びの王朝”にまで喧嘩売るって正気? ただでさえネラプシは“戦王領域”と緊張状態が続いてるのに」

 

 カルアナ元伯爵領を簒奪する形で成り立ったネラプシ自治領と“戦王領域”は常時緊張状態。気を抜けば瓦解しかねない危うい綱渡り状態で、ザハリアスは“滅びの王朝”にまで喧嘩を売ったのだ。

 

 しかもザハリアスは独断でなおかつ単独でイブリスベールを襲撃した。流石の浅葱も知らないことだが、ザハリアスは今ネラプシですらも孤立して命を狙われている。

 

 ネラプシ成立にザハリアスは大きく貢献したが、所詮は匈鬼ではない外様の存在。邪魔になれば消されるのは世の常だ。

 

 とはいえあのザハリアスだ。選りすぐりの匈鬼を何人並べ立てたとしても死にはしまい。何故ならザハリアスは──

 

 ザハリアスの思惑を知っている“まがいもの”とは対照的に、浅葱は理解できないと首を振る。しかし直ぐに意識を切り替えると真剣な面持ちで問い掛けた。

 

「そこまでして“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”を集めてるなら、アヴローラだって危ないんじゃない?」

 

「……そうだな。今は落ち着いてるけど、遠くないうちに狙ってくるはずだ」

 

 具体的には四月最後の満月の夜。“焔光の宴”が幕を閉じる運命の日にザハリアスは狙ってくるはずだ。

 

 その日に向けて“まがいもの”は試行錯誤しつつ牙城と備えている。凪沙を確実に救うため、どのように立ち回るかなどを考えていた。

 

 新たな争いの気配に浅葱は表情を固くする。脳裏を過ぎるのは血の海に沈む想い人の姿。蘇生したとはいえ、あの時は本当に心臓が止まるかと思った。

 

 アヴローラが狙われるとなれば“まがいもの”は自ら立ち向かうだろう。そこに様々な思惑はあれど、“まがいもの”がアヴローラを見捨てるような未来は想像できない。

 

 傷付くはずだ。また血を流すことだろう。そんな未来が容易く想像できて、浅葱はきゅっとテーブルの下で手を握り締める。

 

 本当はこの場で止めたい。危ないことには首を突っ込まないでと懇願したい。だがしかし、そんなことをしても目の前の少年は耳を傾けないだろう。

 

 三年にも満たない付き合いだが、想い人が一度決めてしまうと止められないことはよく知っていた。

 

 はぁ、と溜め息を零す。どうしてまがいものはこんな危険な非日常の世界に身を置こうとしているのか。八つ当たりに近いことを自覚しながら、浅葱は心中でヴェルディアナに文句を零す。

 

 ザハリアスについて調べるにあたってカルアナ伯爵家の末路についても知った。直接顔を合わせた時の様子からして、ヴェルディアナがザハリアスに並々ならない憎悪を募らせているのは間違いない。

 

 浅葱がほぼ初対面でヴェルディアナに喧嘩腰だった訳。それは想い人に近付く他の女だからというだけではない。“まがいもの”を自身の手が届かない世界へと誘ったと張本人だと考えたからだ。

 

 実態はもう少し複雑で“まがいもの”自身の思惑もあるが、一概に間違っているとも言えない。ヴェルディアナも浅葱の敵意の根源を正しく悟り、だからこそあの場で強く反論することはなかった。

 

 だがこの場でヴェルディアナへの不満や怒りを募らせたところで時間の無駄だ。そんな非生産的なことよりも、浅葱には考えなければならないことがある。

 

 カルアナ家の虐殺とネラプシの台頭。ザハリアスの暗躍。凪沙とアヴローラの因果関係。古城とヴェルディアナの関係性。そして──第四真祖と“焔光の宴”の正体。

 

 “宴”に巻き込まれた日からこのかた、浅葱は様々な手を尽くして電子の海から情報を掻き集めた。時には危ない橋を渡ることも厭わず、集めた情報を精査することで浅葱は既に“焔光の宴”の全貌を朧げながら掴みかけている。

 

 その上で浅葱が抱いた疑問。“まがいもの”が今後どうするつもりなのか。どんな手段で凪沙を救おうとしているのか。そこを確かめなければならない。

 

「ねえ、古城。前から気になってたんだけど……」

 

 唐揚げのバケツを横にずらし、浅葱は神妙な面持ちで“まがいもの”と向き合う。

 

「凪沙ちゃんをどうやって救うつもり?」

 

「────」

 

 “まがいもの”が息を呑む気配が伝わってくる。最も踏み込まれたくない領域へ踏み込まれた動揺が洩れたのだ。

 

 重苦しい沈黙が場を支配する。ついさっきまで唐揚げの量で笑い合っていた和やかな空気はない。両者一歩も譲らない視線の差し合いが繰り広げられていた。

 

 数分にも思える長い沈黙に耐えかねたのは“まがいもの”だった。ふっと目を逸らし、口端に自嘲めいた笑みを滲ませて答える。

 

「アヴローラの力を借りて、凪沙に取り憑いている第四真祖の人格を引き剥がす。そうすれば凪沙を救える」

 

「どうやって、は聞かないわ。それよりも、その後は? 第四真祖の人格を取り戻したらアヴローラはどうなるの?」

 

「…………」

 

「答えて、古城」

 

 テーブルから身を乗り出して浅葱は問い詰める。目を合わせようとしない“まがいもの”の襟口を掴み、無理やりに向き合う。

 

 常ならぬ強引な姿勢に目を丸くする“まがいもの”。眼前には何処か鬼気迫った様子で答えを待つ浅葱がいる。答えない、という選択肢は取れなかった。

 

「──在るべきものが在るべき場所に還るだけだ。心配するようなことは何もないさ」

 

「────」

 

 その言葉を聞いて、“まがいもの”の瞳に過った揺るぎない覚悟を見て、浅葱は直感的に全てを悟った。

 

 襟口を掴む浅葱の手をそっと解き、“まがいもの”は気怠げに背凭れへと身体を預ける。視線は逃げるように明後日の方向へと向けられていた。

 

 そんな“まがいもの”を前に、浅葱の脳裏を凪沙の言葉が過ぎる。

 

 ──古城君が、怖い。

 

 兄妹仲を取り持つために凪沙と話した時、そんな想いを明かされた。

 

 誰から見ても仲睦まじい暁兄妹の片割れである凪沙が、実の兄に対して零した恐怖の念。分け隔てなく優しい“まがいもの”の何処に恐怖を感じたのか、普通ならば首を傾げるところだろう。

 

 だが浅葱は何となく共感した。凪沙が抱いた恐怖の根源を、朧げながらに察したのだ。

 

 凪沙に対する害意ではない。溺愛とまではいかないまでも、凪沙を大切に想っている“まがいもの”が妹に対して害意や悪意など向けるはずがない。

 

 ならば恐怖の根源は何か。考えられることは一つ──ふと目を離してしまえば消えてしまうのではないかという恐怖。喪失に対する怯えが恐怖の正体だ。

 

 浅葱もふとした時に感じていたから分かる。凪沙はまだ恐怖の正体が理解できていなかったから困惑し、距離感が分からなくなってしまったのだろう。その辺りを踏まえて凪沙へのフォローは完遂している。

 

 今日まで“まがいもの”に感じていた恐怖は漠然としたものだった。しかし今この時、浅葱の懸念は明確なものとなった。

 

「冷める前に食べた方がいいんじゃないか?」

 

 話の矛先を逸らすように“まがいもの”が唐揚げを指し示す。

 

 言いたいことや思うところはあれど、これ以上は何を訊いても答えないだろう。“まがいもの”の態度からそれを察し、浅葱は口から飛び出そうな言葉を飲み込み、少し乱暴に唐揚げバケツを引き寄せた。

 

 パクパクと唐揚げを口に運びながら考えることは今後のこと。表裏問わず電子の女帝として知られる自身の能力を駆使してどう立ち回るか。どうすれば、想い人を守ることができるのか。

 

 “まがいもの”に悟られないように浅葱は思索を巡らせるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 夕暮れの薄闇が落ちる路地裏。表通りの喧騒から離れたそこに“まがいもの”は居た。

 

 暗がりに佇む“まがいもの”は突き刺すような空気を纏っている。普段の穏やかで柔和な雰囲気とは正反対の雰囲気だ。

 

 “まがいもの”の足元には呻き声を上げながら蹲る人影が三つ。女が一人と男が二人。痛みに苦しみ悶えていた。

 

 足元で蹲る三人を冷ややかに見下ろしながら、“まがいもの”は側に転がっていた拳銃を拾い上げる。

 

「魔族から人間を守るだなんて御大層なことを宣って、やってることはか弱い女の子の抹殺か……“楽園の護り手”が聞いて呆れるな」

 

「黙れ、第四真祖の従者風情が……!」

 

 侮辱同然の言葉に蹲った女が苛立ちを露わにする。“まがいもの”を見上げる瞳には隠し切れない憎悪が滲んでいた。

 

 “楽園の護り手”──魔族を激しく差別し、その根絶を標榜する主義者の集団。己こそが正しいと盲信し、時には暴力をもって自分たちの思想を押し通そうとする者たちだ。

 

 彼ら彼女らの目的は第四真祖復活の阻止──詰まりは凪沙の抹殺。第四真祖として顕現する前に、その依代たる少女を殺害せんと目論んでいた。

 

 しかしその企みは“まがいもの”の介入によって挫かれた。原作知識から“楽園の護り手”の動向を把握していた“まがいもの”が、凪沙に危害が及ぶ前に先手を打ったからだ。

 

 拳銃などで武装していたが所詮は生身の人間。第四真祖の従者となった“まがいもの”からすれば大した脅威ではない。

 

 手にした拳銃を片手で弄びながら“まがいもの”は倒れ伏す男女を冷ややかに睥睨する。

 

「命が惜しいのなら二度とあの子に近付くな。次は容赦しない」

 

 拳銃を手にしたまま“まがいもの”は路地裏を後にしようとする。

 

 背を向けて離れていく少年の背中を憎々しげに睨む女。痛みに震えるその手が、懐から小型の拳銃を抜き取ったのは直後のこと。

 

 背後から叩き付けられる殺意に溜め息を吐く。命だけは見逃そうと考えたが、甘い考えだったらしい。

 

 “まがいもの”は振り返りざまに拾い上げた拳銃を構える。撃たれてから撃ち返すつもりで引き鉄に指を掛けて──薄暗い路地裏が眩い閃光に染め上げられた。

 

 閃光の正体は極小規模の稲妻。されど生身の人間にとっては凄まじい脅威だ。現に発砲しようとした女は稲妻の衝撃に吹き飛び地面を転がっている。

 

「──手緩いことをする。あんなものに、温情を掛ける故などない」

 

 すぐ隣から聞こえた厳かな声音に視線を向ければ、いつかのショッピングモールで見繕った服を纏った五番目(ペンプトス)がいた。焔光の如き瞳は“楽園の護り手”なる集団を鋭く睨み据えている。

 

五番目(ペンプトス)、どうして……」

 

 疑問を投げ掛けようとしたところで、女の悲鳴が響き渡る。何事かと見やれば、三人いたはずの“楽園の護り手”が女を残して姿を消していた。倒れていたはずの男二人がいた地面は、何かに抉られたかのようにごっそりと削られていた。

 

「い、いやっ!? 私の身体が──!?」

 

 そして残された女も、“まがいもの”の目の前で身体の末端から霧化して消えていく。数秒と経たずして女は消失し、裏路地には“まがいもの”と五番目(ペンプトス)だけが残された。

 

三番目(トリトス)四番目(テタルトス)か……」

 

 “楽園の護り手”を始末した者の正体を察し、苦々しげに呟く。後始末を押し付けるような形になってしまい申し訳がなかった。

 

「ごめん、嫌な役回りをさせた」

 

「ただの露払いだ……だが、そうだな」

 

 気に病んだ様子の“まがいもの”を眺め、五番目(ペンプトス)は微かに口端を上げた。

 

「お前に凍てつく醍醐の雫を献上する栄誉をくれてやる」

 

「……あぁ、アイスのことか。それくらいなら、奢ってやるよ」

 

 あまりにも仰々しい物言いに理解が遅れたが、要はお礼の代わりにアイスを奢れということだ。アヴローラを監視している時からずっと気になっていたのだろう。

 

「奢るのは五番目(ペンプトス)だけか? 三番目(トリトス)四番目(テタルトス)も、食べたいなら呼んでいいぞ」

 

「……いや、不要だ。興が乗らぬらしい」

 

 僅かに意識を遠くへと向けて五番目(ペンプトス)が答える。“まがいもの”には分からないが、気配か何かで意思疎通をしているようだ。

 

「いいのか? 後で喧嘩しないか?」

 

「我らを何と心得る。分別もつかぬ幼子ではないぞ」

 

 子供同然の扱いに眉を顰める五番目(ペンプトス)。容姿だけなら幼さの抜けない少女であるが、中身は第四真祖の眷獣をその身に宿した人造吸血鬼だ。幼子のような扱いを受ければ少なからず不快感を覚えるのも無理ないだろう。

 

「いやでも、アヴローラなら文句言うだろうし」

 

「……あれと我らは違う」

 

 苦々しげな表情で五番目(ペンプトス)は首を振った。

 

 第四真祖の眷獣をその身に封じ込めた人造吸血鬼という境遇は同じ。しかしアヴローラは他の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”とは違う。彼女には他の姉妹にはない役目があるのだ。

 

 そのあたりの事情を原作知識で把握している“まがいもの”は、特にこれといって突っ込むこともしない。そうか、と相槌を打って近場のるる家へと足を向けた。

 

 絃神島のいたる所に展開しているアイスチェーン店である、るる家。アヴローラの好物になりつつあり、よく強請られることもあって近場の店舗の場所は把握していた。

 

 愛想のよい笑顔を浮かべる女性店員に微笑み返しつつ、“まがいもの”は五番目(ペンプトス)にショーケースを指し示す。

 

「どれがいい? 好みとかあるか?」

 

「む……いや、お前に任せよう」

 

「そうか? じゃあ……」

 

 “まがいもの”は無意識にアヴローラが好むフレーバーを選ぼうとして止める。つい先程、五番目(ペンプトス)自身がアヴローラとは違うと言ったことを思い出したのだ。

 

 とはいえ五番目(ペンプトス)が好む味など知る由もなく、仕方なく無難なバニラを注文する。ついでに自分はモカコーヒーを選んだ。

 

 笑顔の女性店員からアイスを受け取り、“まがいもの”と五番目(ペンプトス)は手近なベンチに腰を下ろした。

 

「……うむ、美味いな」

 

「それは良かったな」

 

 ちろちろとバニラアイスを舐めて、しみじみと呟きを洩らす。意を決したように一口齧ると、五番目(ペンプトス)はふわりと柔らかな微笑を零した。

 

 普段の浮世離れした様子とは違う、見た目相応の反応を見て“まがいもの”は相好を崩す。余計なお世話だと分かっていても、自らを兵器と定めて憚らない“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちの在り方に思うところがあったのだ。

 

 これがただの偽善や憐憫であることは重々承知している。それでも、“まがいもの”はこの想いを抹消することはできないだろう。

 

 ぺろりとバニラアイスを平らげてしまった五番目(ペンプトス)に苦笑しつつ、“まがいもの”は自身のアイスも勧める。

 

「よかったらこっちも食べるか?」

 

「うむ、貰うとしよう」

 

 遠慮なく差し出されたアイスに齧り付き、五番目(ペンプトス)は目を丸くする。どうやら口に合ったらしく、バニラを食べた時よりも明らかに反応が良かった。

 

 甘いフレーバーが好きなアヴローラとは違い、五番目(ペンプトス)は甘さ控えめの大人な味が好みらしい。

 

「気に入ったのなら、全部やるよ」

 

 元より甘めのバニラが口に合わなかった時のために選んだものである。アイス二つで先のお礼になるのならば安いものだった。

 

 笑顔でアイスを頬張る少女を横目に眺めつつ食べ終わるのを待つことしばし。二つ目も綺麗さっぱり平らげたのを確認してから“まがいもの”はベンチを立つ。

 

「じゃあ、俺は行くよ。さっきはありがとな」

 

 短く礼を告げて“まがいもの”はその場を後にしようとする。

 

 その背中に静かな声が投げ掛けられた。

 

「──いつまで飯事(ままごと)を続けるつもりだ?」

 

 ピタリと歩みが止まる。縫い付けられたように“まがいもの”はその場に立ち尽くす。

 

 振り返りもしない少年に構わず五番目(ペンプトス)は続ける。

 

「兵器商の袂には既に六体の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”が揃っている。“宴”を決行しようと思えばできるだろう」

 

「…………」

 

「お前が何を思ってカルアナの娘と十二番目(ドゥデカトス)を共に置いているかは知れないが、時間はもう殆ど残されていないぞ」

 

「……分かってる」

 

 背を向けたまま、ぽつりと蚊の鳴くような声が返ってくる。様々な感情が綯い交ぜになった、酷く弱々しい声音だった。

 

 やけに小さく見える“まがいもの”の背中をじっと眺め、ややあって五番目(ペンプトス)は小さく嘆息する。

 

「ならば、我から言うことはもうない。精々、後悔しないようにするのだな」

 

 ベンチを立って“まがいもの”の隣を歩き過ぎ去る。一瞥することもなく、五番目(ペンプトス)は“まがいもの”を残して姿を消した。

 

 残された“まがいもの”は項垂れたまま、アスファルトの地面をぼんやりと見つめる。

 

飯事(ままごと)、か……」

 

 五番目(ペンプトス)の揶揄するような言葉を思い返し、自嘲するように口端を歪めた。

 

「ほんと、その通りだよ……それでも、俺は──」

 

 小さな呟きは春風に攫われて消えた。

 

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