“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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また間が空いてしまい申し訳ない……スタレの沼に引き摺り込まれて……うぅ


愚者の暴君 Ⅺ

 絃神市立大学、その一角に建つ古いビル。暁牙城の拠点兼研究室はそこにある。

 

 客員教授という待遇と共に大学より提供された一室であるが、その実態は用心棒としての働きを目当てにされたものだ。故に給料も低いが、大学の教授という肩書きは世界を飛び回る牙城にとっては都合がいいものであり、特に不満を言うこともなく甘んじて受け入れている。

 

 ワンルームマンションに似た一室には至る所に研究資料や文献が散らばっている。それら全ては凪沙を救う手立てを探るために牙城が駆けずり回って集めた代物だ。

 

「ふんふー……」

 

 ローテーブルに隙間なく積み上げられた論文の一つを無遠慮に取り、深森はソファに寝そべったまま内容に目を通す。著者はリアナ・カルアナ──ヴェルディアナの実の姉だ。

 

 論文の内容は“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”という儀式魔術について纏められたもの。深森は手慰みに論文の内容を読み進めていった。

 

 しばらく論文を読んでいると、研究室の扉が静かに開く。僅かに開いた隙間から室内を覗くのはやや警戒した様子の牙城。

 

 牙城は室内を覗いて我が物顔でソファに寝そべる深森を見つけると安堵したように警戒を解く。だがすぐに不思議そうに疑問符を頭上に浮かべる。そんな旦那こと牙城を深森は冷ややかな笑みで出迎えた。

 

「あらー、おかえりなさい牙城君。朝帰りだなんて、いったいどこの女の子と遊んできたのかしら?」

 

「遊んでねェよ!? ちょっくら兄弟とさけ──ごほん、兄弟の人生相談に乗ってやってただけだっての」

 

「ふーん?」

 

 あからさまに隠し事の気配を感じるものの、まあ突っ込んでやるのも可哀想かと控える深森。牙城が息子のために骨を折ったという事実にケチをつけるほど、深森は狭量ではないのだ。女が絡んでいた場合はその限りではないが。

 

 ソファから身を起こしてスペースを作り、深森は牙城に座るように促す。牙城は散乱する資料を踏まないように気を付けつつ、促されるまま深森の隣に腰を下ろした。

 

「ちゃーんと話してこれたの?」

 

「ああ……あいつは、覚悟を決めた。俺も、俺たちも腹を括る必要がある」

 

 “まがいもの”は茨の道に踏み込んだ。ならば親である自分たちも覚悟しなければならない。凪沙を救うため共に戦い続けてくれた“まがいもの”は、既に家族同然の存在になっているのだ。

 

 凪沙を救うためという目的のもと走り出した歪な協力関係。最初こそは疑う気持ちもあったが、この三年で“まがいもの”という人物の人柄に触れていくにつれて、牙城と深森も本物の信頼を預けるようになった。

 

 今では新たな家族の一人として見ている。“まがいもの”当人は気付いていないが。

 

「兄弟の知る未来が正しければ、明日が運命の一日になる。俺も、本格的に参戦することになるだろうな」

 

「まあ、牙城君に限って大丈夫だと思うけど、くれぐれも気をつけるのよー? ぽっくり逝っても助けてあげられないからね」

 

「縁起でもねェこと言うのやめてくれよ……」

 

 深森の手でも救えないとなれば、それは本当に手遅れな状態ということである。

 

 殺神兵器が争うような“宴”ともなれば、それは戦争そのものといっても過言ではない。どんな危険に巻き込まれるかは想像すらできない。そんな危険に身を投じるとなれば、五体満足で戻ってこられる保証はないだろう。

 

 だが、それでも牙城は“まがいもの”と共に戦場へ赴く。果たすべき責任を果たすために。

 

「ま、そういう訳で俺は明日のために一眠りさせてもらうぜ。一睡もしてねえんだわ」

 

「……えー、それだけ? わざわざ呼び出しておいて、妻をほっぽり出して惰眠を貪ろうっていうのね」

 

「は? 深森さんを呼び出した? 俺が?」

 

「違うの? 話があるって、あなたからメールが入ってたけど……」

 

 不満げに文句を言う深森だったが、夫の表情から嘘を吐いているわけではないと悟る。牙城も揶揄いの類ではないと察し、険しい顔付きで室内の様子を探り始めた。

 

「──深森さん、俺が来るまでに部屋の中の物を動かしたか?」

 

「テーブルの上の論文だけ。他は何も触ってないはず」

 

「…………」

 

 室内の物の動きを辿り、やがて牙城は壁際に置かれた身に覚えのないダンボール箱に目を留める。散らばる資料によって偽装されたそれはやけに真新しく、意図的に隠して置かれていた。

 

 身に覚えのない深森の呼び出しとダンボール箱。幾つもの戦場を渡り歩いてきた牙城の勘が、全て罠であることを訴えていた。

 

「悪い、深森さん。ドジ踏んだみてェだ」

 

 謝罪しつつ牙城は身に付けていたコートを頭から深森に被せ、抱え上げるように腰に腕を回す。深森も表情を緊張に強張らせながら、牙城に抱き付くように迷いなく身を預けた。

 

 大切な妻をしっかりと抱えて牙城は即座に動き出す。部屋の入口ではなく距離の近い窓へ駆け寄り、開ける時間も惜しいと蹴り破る。研究室は二階に位置しており、運がよければ骨折程度で済むだろう。

 

 牙城は迷いなく窓の縁に足を掛けて飛び出し──直後、背後からピーという無機質な電子音が響いた。

 

 瞬間──ダンボール箱に仕込まれていた爆弾が盛大に爆発した。

 

「ぐ──!?」

 

 悪態をつく暇もなく背中を凄まじい爆圧と爆風に蹴飛ばされ、牙城は深森諸共空中に身を投げ出される。肉体が木っ端微塵になってしまいそうな激痛に歯を食い縛り、錐揉みしながらも深森を下敷きにしまいと空中で身体を捻った。

 

 数秒と掛からず牙城と深森は地面に落下した。深森を庇って背中から落ちた牙城は落下の衝撃で肺の中の空気を全て吐き出し、呼吸困難に陥りながらも遠退きそうな意識を必死に繋ぎ止める。

 

「み、もりさん……大丈夫か?」

 

 息も絶え絶えに呼び掛けるが反応はない。最悪を想像して被せたコートを除けると、深森は完全に意識を失ってしまっていた。

 

 息はしており、擦り傷は目立つものの骨折の類や大きな出血は見受けられない。牙城が身を挺して庇ったおかげだ。

 

 一先ずは無事であると判断し、牙城はほっと安堵の息を吐く。血みどろになっている自分自身の状態からは目を逸らして。

 

「くそっ、人の研究室をぶっ飛ばしやがって……ザハリアスの野郎……」

 

 指一本動かすのも億劫な状況で、牙城は黒煙を吐く自身の研究室を見上げる。

 

 あと一瞬、窓から飛び降りるのが遅れていれば牙城も深森も粉々になっていた。“まがいもの”の情報に胡座をかいていたツケとも言えるが、わざわざ深森まで巻き込んだあたり悪辣だ。

 

 周辺が俄かに騒がしくなる。爆発を聞き付けて学内に居た大学関係者が騒ぎ始めたらしい。間も無く通報を受けた特区警備隊(アイランド・ガード)と救急隊が駆け付けるだろう。

 

 遠くで響く騒ぎの音に耳を傾けて、不意に懐で鳴動するスマホの存在に気付く。いつから鳴っていたのか分からないが、牙城は激痛を発する身体に鞭打ってスマホを取り出す。

 

 手に取ったスマホの画面に表示される名称は“息子”。共に肩を並べて戦うと決めたばかりの相手からの呼び出しだった。

 

「はぁ……かっこつかねぇな。腹括るって言ったばかりなのによ……」

 

 吐血混じりの溜め息を零しながら、牙城は現状を伝えるために通話に応じるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 新学期が始まったばかりの教室。ホームルームを終えて一限が始まるまでの短い時間に、浅葱は微かな苛立ちと不安を抱えたままスマホを睨んでいた。

 

「古城のやつ、なんで電話に出ないのよ……」

 

 浅葱を苛立たせている原因は“まがいもの”だ。ホームルームを過ぎてもなお教室に姿を現さず、このまま登校しなければ無断欠席となってしまう。

 

 基本的に真面目で素行も良い生徒として通っている古城が無断欠席。ホームルームで出席を取っていた担任も首を傾げており、クラスメイトたちも口々に心配の言葉を零している。

 

 そんな中、浅葱は漠然とした不安を覚えていた。

 

 メールを送っても無反応。何度コールしても繋がらない。そろそろ痺れが切れそうなタイミングで、教室の扉が開く。すわ“まがいもの”が登校したのかと顔を上げれば、入り口に立っていたのは幼馴染の矢瀬だった。

 

 あからさまに肩を落とされて流石の矢瀬も顔を引き攣らせる。

 

「悪かったな、古城じゃなくてよ」

 

「うっさい、紛らわしいのよ」

 

「これは結構きてんな。古城だって偶にはサボりたくなる時があるんじゃねーの?」

 

「サボりと音信不通を一緒にすんなっての……」

 

 浅葱とて“まがいもの”がいつでも何処でも完璧な人間だとは思っていない。時には疲れて休みたいと思うことがあってもおかしくないだろう。

 

 だが、電話もメールも一切返事をせずに無断で休むような人柄ではないはずだ。それはこの三年近い友人付き合いで確信しており、矢瀬も同意せざるを得ない。

 

「まあ、落ち着こうぜ。明日には古城だって登校するかもしれないし、ドンと構えて待てばいいだろ。それよりも、実は浅葱に頼みがあってだな……」

 

「はあ? それよりって、あんたね……!」

 

 “まがいもの”のことを蔑ろにするような矢瀬の発言に眉を吊り上げる浅葱。しかし矢瀬は強引なことを重々自覚しながらも両手を合わせ、浅葱に深々と頭を下げる。

 

「今日と明日、管理公社で臨時のバイトを受けてくれ。浅葱にしかできねーことがあるみたいでさ、マジ助けて欲しいんだわ」

 

「臨時のバイト? そんな話、聞いてないけど──」

 

 寝耳に水の話に文句を言おうとして、計ったかのようにスマホが震える。横目に見ればメールが一通届いており、何とはなしに開いてみれば、たった今矢瀬が頼み込んできた臨時のバイトについて詳細が記載されていた。

 

「メールも来たか? いや、結構切羽詰まってるみたいでよ。どうしても浅葱の力を借りたいからって、俺の方にも説得するように連絡があってな? 頼むぜ、浅葱!」

 

 よほどに逼迫した状況なのか、いつに無く大袈裟に頭を下げる矢瀬。矢瀬を経由して仕事が回ってくることは珍しくないが、それにしても妙な違和感があった。

 

 とはいえメールでも正式にバイトの依頼が届いている以上、騙りの類は考え難い。しばし悩んだのち、浅葱は溜め息を吐きながらも頷いた。

 

「あーもう、分かったから頭上げなさい。放課後にいつも通り管理公社に出向けばいいんでしょ?」

 

「おう! いやー、助かるぜ。お礼にまたなんか奢ってやるからよ」

 

「いいわよ、別に。バイトだし」

 

「……熱でもあんのか、浅葱?」

 

「失礼ね!? 鬱陶しいからさっさと席に戻んなさいよ!」

 

 怒鳴る浅葱に態とらしく怯えながら離れ、矢瀬は己の席に着く。そして疲れたとばかりに溜め息を吐いた。

 

「全く、俺の親友は世話が掛かるというか、なんというか……」

 

 スマホのメール一覧から最新のメールを呼び出す。表示されたのは浅葱の待ち人である“まがいもの”からのメール。文面は短く、『今日と明日、浅葱をキーストーンゲートで保護してほしい』という旨が書かれていた。

 

 “まがいもの”が欠席する理由も、どんな状況に身を置いているのかも不明。一方的過ぎる要求に矢瀬も連絡を取ろうとしたものの繋がらず、仕方なく管理公社に手を回して浅葱を合法的にキーストーンゲートに缶詰めにする段取りを整えたのだ。

 

「ったく、俺だって心配してるんだぞ。お前さんになんかあったら、浅葱が何するか分かったもんじゃないんだからよ……」

 

 ピリピリしている幼馴染の背中を遠目に眺めつつ、矢瀬はひっそりと溜め息を零した。

 

 

 ▼

 

 

 ザハリアスが“焔光の宴”の開催地として選んだのは“絃神島・旧南東地区(アイランド・オールドサウスイースト)”だった。

 

 元は絃神島本島を建設するために建造された小型の人工島(ギガフロート)であったが、人工島本体の耐用年数、人口の減少から数年以内に廃棄が決められた。老朽化の進む、遠からず終わりを迎える人工島だ。

 

 絃神島本島と旧南東地区を結ぶのは二つの連絡橋とフェリーのみ。ヴェルディアナはフェリーではなく徒歩での移動、連絡橋を利用して“宴”の開催地に向かっていた。

 

 連絡橋の半ばまで渡ったところでヴェルディアナは歩みを止める。行手を阻むように痩身の中年男性が立っていた。カイゼル髭を生やしたその男は、ヴェルディアナの怨敵たるザハリアスその人だった。

 

「おやおや、これはヴェルディアナ殿。“焔光の宴”の開催は明日の予定ですが、日付を読み間違えでもしましたかな? ああ、失敬。学のない貴女では天部の文字を読むことなどできませんでしたか」

 

 慇懃無礼を体現したザハリアスの態度にヴェルディアナは挑発と分かっていても気が逆立ってしまう。

 

「黙りなさい、下郎が! 今日こそ、この手でお前を殺してやるの……!」

 

「何かと思えば、物分かりの悪いお嬢様だ。大人しく十二番目(ドゥデカトス)を連れてくれば命くらいは見逃してもよかったというものを、姉君に似て愚かなことです」

 

「────!!」

 

 最愛の姉を侮辱され一気に頭に血が上るヴェルディアナ。憤怒のままに眷獣を召喚するかと思われたが、しかし驚くべきことに彼女はそこで踏み留まった。

 

 激情のままに襲い掛かってくると踏んでいたザハリアスは怪訝に眉を顰める。対してヴェルディアナは嘲るように、己の優位を疑わないように笑って見せた。

 

「ふふっ、余裕そうに振る舞ってるけど、知ってるのよ? 今のお前にはご自慢の匈鬼(へいたい)はいない。ネラプシで好き勝手にした結果、お前は議長の座を追われ手足を失った。そして、“滅びの王朝”にも目を付けられている。どう足掻いたとしても、お前に逃げ場はない」

 

「…………」

 

「お前は一刻も早く“焔光の宴”を、儀式を行う必要があった。それが明日、あらゆる条件が整う。この機を逃せばお前は確実に破滅するの」

 

「………………」

 

「だから、此処でお前を殺す。殺せなくとも、儀式の準備を台無しにしてやるの。そうすればお前は勝手に破滅する。強欲で愚かな兵器商に相応しい哀れな末路ね」

 

 ヴェルディアナが誰の協力も求めずに復讐に臨んだ理由。それは力の過信でも盛大な自殺でもなく、ヴェルディアナなりの勝算を持っていたからだ。

 

 手足のように操っていた匈鬼の兵士を失い、“滅びの王朝”からも指名手配を受け追われる身。一刻も早く儀式を完遂しなければと少なからず焦っているだろう今この時、この瞬間しかヴェルディアナには勝算がなかったのだ。

 

 ヴェルディアナの語る目論見に対してザハリアスは沈黙。図星を突かれた故の沈黙と見たヴェルディアナだったが、しかし不意にザハリアスがくつくつと笑い始めたことで表情を強張らせた。

 

「……何がおかしいの?」

 

「いえいえ、驚いたのですよ。ろくに戦場も知らない小娘が、ここまで知恵を回せたことにね。よく考えたものです」

 

 パチパチと拍手までしてザハリアスは称賛の言葉を送る。だがそれは明らかにヴェルディアナを愚弄したものであり、決して己の不利や劣勢を認めたものではなかった。

 

「ですが、やはり貴女では成し遂げられないのですよ。その理由を、貴女自身の目で確かめてみるといい」

 

「減らず口を! だったらその身に刻み込んであげる。カルアナが受けた屈辱の重みを!!」

 

 ザハリアスの挑発に乗せられるようにヴェルディアナは己の眷獣を喚び出す。現界するは三つ首と双頭の魔犬。突如として召喚された眷獣に連絡橋を通っていた通行人が、車が大騒ぎで逃げていく。

 

「“ガングレクト”、“ガングレティ”──お願い!」

 

 炎と氷の息吹を吐く二頭の魔犬は主人の命に従い、迅速かつ確実に獲物の素っ首を引き裂きに掛かる。

 

 迫る脅威に対してザハリアスは何もしない。悠然と佇み、一切抵抗することなく鋭利な凶爪にその身を晒した。

 

 魔犬の凶悪な爪に容赦なく引き裂かれたザハリアスの肉体が、血肉を撒き散らしながら冗談のように吹っ飛ぶ。硬いアスファルトの地面に何度も身体を打ち付けられ、やがて壊れた人形のようにその死骸を晒した。

 

「……は?」

 

 呆気なさすぎるザハリアスの幕引きに流石のヴェルディアナも理解が追いつかない。殺したいほど憎んでいたが、こんな終わり方になるとは思ってもみなかったのだ。

 

 こんな簡単に終わるはずがない。この男は“滅びの王朝”に喧嘩を売り、匈鬼を敵に回しながらも生き残ってきた油断ならない存在だ。己程度の攻撃程度で死ぬはずがない。

 

 気を引き締め直して警戒を強めたヴェルディアナは、倒れ伏すザハリアスの異変にいち早く気が付いた。

 

「ふ、ふふふ……ははは……!」

 

 普通の人間ならば死んで当然の致命傷を受けたはずのザハリアスが、不気味な哄笑を上げながら動き出す。その様は生ける屍、あるいは死の淵から蘇る吸血鬼のようで──

 

「そんな……まさか、お前は……!?」

 

 血みどろのまま立ち上がるザハリアスの様子から全てを察してしまう。何故、ヴェルディアナにはザハリアスを殺すことができないのか。その理由を理解してしまったのだ。

 

「ふふ、世間知らずの貴女でも理解したようですね」

 

 血みどろのまま立ち上がるザハリアス。常人ならば即死の裂傷が、まるで動画の巻き戻しのように再生していく。その再生力は下手な吸血鬼を遥かに上回る。

 

 つまりは、今のザハリアスはヴェルディアナ以上に強力な吸血鬼、あるいは血の従者ということで──純血の吸血鬼でない以上、考えられる可能性は一つしかない。

 

 ザハリアスは何れかの“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”と従者契約を交わした、“まがいもの”と同じ第四真祖の血の従者だった。

 

「いつから、お前は……!?」

 

「もう随分と昔のこと、あの頃は私も若かったものですよ。これこの通り」

 

 己の容姿を見せつけるようにザハリアスは両腕を広げる。つい先程まで痩身痩躯の中年だったザハリアスは、しかしいつの間にか十代半ばの少年の姿になっていた。眷獣の攻撃によって容姿を欺瞞していた整形(けしょう)が剥がれ落ちたのだ。

 

 数少ない勝算の一つが潰れてしまいヴェルディアナは動揺を隠せない。よもやザハリアスが“まがいもの”と同じように、血の従者になっているなどと想像もしてみなかったのだ。

 

 だが、ヴェルディアナに撤退の二文字は存在しない。

 

「血の従者が、なんなの! だったら、お前の心が折れるまで殺し続けてやればいい!」

 

 主人に忠実な二頭の魔犬がザハリアスを左右から挟撃する。

 

 迫る凶悪な魔犬たちに対してザハリアスは呆れたように嘆息を零した。学習しない子供を前にした老人のような態度だった。

 

「はぁ、だから貴女は愚かなのですよ──疾く在れ、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”」

 

 ザハリアスが指揮者のように腕を振るうと、虚空より透明な宝石の結晶が出現する。二頭の魔犬の突貫は宝石の防壁に阻まれ、衝撃の反射により跡形もなく消失した。

 

 ザハリアスの背後に巨大な大角羊の眷獣が顕現する。金剛石の肉体を持つその眷獣はあらゆる脅威から主人を守護し、外敵を滅ぼす壊滅的な守護者だ。

 

 いつの間にかザハリアスの左右に簡素な防護服を身に付けた金髪の少女が控えていた。“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”を召喚したのは“I”と番号が刻印された防護服を着用する“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”だ。

 

「それは、一番目(ブローテ)の眷獣!?」

 

一番目(ブローテ)だけではありませんよ。おいでなさい、九番目(エナトス)

 

「…………」

 

 ザハリアスの命令に従い、九番目(エナトス)が淡々と眷獣の権能を解き放つ。災害に匹敵する荒々しい衝撃波の嵐がヴェルディアナを容赦なく吹き飛ばした。

 

「うぐ、あ……!」

 

 襤褸雑巾のように吹き飛び地面を転がる。第四真祖の血の従者となり、“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”を従えるザハリアスに、ヴェルディアナが太刀打ちできるはずもなかった。

 

 激痛と己の無力さに呻くヴェルディアナ。そんな彼女に近づき、ザハリアスは大口径のリボルバーを突き付ける。

 

 護身用ではあるが対魔族用の特殊弾が装填されたリボルバーだ。吸血鬼であっても急所を穿たれれば死に至る代物である。

 

「最期に一つ、何故明日ではなく今日、私の元へ来たのです? 儀式の最中の方が、私を殺せる可能性は高かったでしょうに」

 

 完全なる第四真祖を復活させる“焔光の宴”、その儀式の途中であれば今よりもザハリアスは多くの隙を曝していたはずだ。にも関わらず、ヴェルディアナは前日である今日、襲撃を敢行した。その理由がザハリアスには見当もつかなかった。

 

 銃口を突き付けられながらヴェルディアナは小馬鹿にするように笑う。脳裏には走馬灯のようにこの島で過ごした日々の記憶が、家族のように大切な“まがいもの”(しょうねん)アヴローラ(しょうじょ)の姿が過っていた。

 

 儀式が始まってしまえば“まがいもの”とアヴローラはこの争いに身を投じる以外になくなってしまう。だから、その前に全てを終わらせたかった。そんな、叶うことのない願いのために命を捨てにきたのだ。

 

 だが、その本心をザハリアスに明かすつもりは毛頭なかった。

 

「……お前には、一生理解できない理由よ」

 

「そうですか。では、後悔しながら家族の元へ還るといい──」

 

 大して興味もなかったのか、ザハリアスは引き鉄に指を掛ける。そして躊躇いなく指に力を込めて──乾いた銃声が響いた。

 

「うぐっ……!?」

 

 鮮血が飛び散り、低くくぐもった声が漏れ出る。どういうことか、血を流しているのはヴェルディアナではなくザハリアスの方だった。

 

「え……?」

 

 よろめくザハリアスに最も困惑しているのは他でもないヴェルディアナだ。いったい誰がザハリアスを撃ち、ヴェルディアナの窮地を救ったのか。

 

 困惑と混乱の坩堝に陥るヴェルディアナ。そんな彼女を守るように後方から凄まじい凍気が吹き荒れる。連絡橋上の大気が急激に冷やされ、アスファルトが目に見えて凍り付き始めた。

 

「この、能力は──」

 

 愕然と振り返ったヴェルディアナは、吹き荒ぶ白い冷気の中に浮かぶ二つの人影に目を見開き、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「どうして、来ちゃったの……」

 

 一族の復讐に、故郷の救済にもう巻き込みたくない。温かく穏やかな日々をくれた二人に傷付いてほしくないと願って、何も告げずに終わらせようとしたのに、何もかもが上手くいかない。

 

 ヴェルディアナが涙と嗚咽を零す一方、肩口に銃撃を受けたザハリアスは笑みを深めた。

 

「これはこれは、よく来てくれましたね。カルアナの娘共々、歓迎しますよ──」

 

 立ち込める冷気が海風に攫われ、二つの人影が姿を現す。

 

 ザハリアスを撃ち抜いた拳銃を携えた少年──“まがいもの”。

 

 恐れと怯えを踏み越え権能を解放する少女──アヴローラ。

 

 たった一人で全てを終わらせ、終わろうとしたヴェルディアナを救うために、二人の少年少女がこの場に馳せ参じた。

 

 

 

 

 

 

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