“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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愚者の暴君 Ⅻ

 

「どうして、来ちゃったの……」

 

 嗚咽を零すヴェルディアナが問い掛ける。“まがいもの”とアヴローラを巻き込まないため、遠避けるために何も残さずに此処まで来た。それがどうして、二人揃ってこの場に駆け付けてしまっているのか。

 

「力を貸して欲しいって、言っただろ?」

 

「え? あれは……」

 

 アヴローラの身の回りの面倒を見ることであって、こんな血生臭い殺し合いの場にまで道連れにするような意図などない。そんなことは言葉にせずとも分かりきっているはずだ。

 

 “まがいもの”とて理解している。屁理屈でしかないと重々承知した上で、“まがいもの”は無茶苦茶な理屈を押し通す。

 

「俺は協力するって答えたんだ。途中で放り投げるつもりは毛頭ない」

 

「だからって、どうしてアヴローラまで……」

 

「アヴローラに関しては……俺だって連れてきたくはなかったさ。でも命令(お願い)されたら、血の従者である俺には逆らいようがないんだよ」

 

 不本意であると“まがいもの”は苦い顔を浮かべた。

 

 “まがいもの”も最初はアヴローラを連れてくるつもりはなかった。“焔光の宴”をより完璧な状況で完遂したいと考えているザハリアスの元へわざわざアヴローラを伴っていくなど、鴨がネギを背負っていくようなものだ。

 

 だが“まがいもの”の考えはアヴローラに見抜かれ、いつになく頑固にアヴローラは自分も同行するといって聞かなかった。挙句には血の従者の繋がりを利用して命令までされてしまい、渋々従う他なかったのである。

 

 “まがいもの”とヴェルディアナから物言いたげな眼差しを向けられ、アヴローラは僅かにたじろぎながらも決然と視線を返す。

 

「ヴェルディアナは我を永久の眠りから呼び醒ました魂の盟友。盟友の窮地に、黙して座すことなどできない……ヴェルディアナがいなくなるなんて、絶対にいや」

 

「アヴローラ……」

 

 ぼそっと漏れ聞こえたアヴローラの本音にヴェルディアナは何も言えない。

 

 ヴェルディアナにとってアヴローラが大切であったように、アヴローラにとってもヴェルディアナはなくてはならない存在になっていた。ただそれだけのことだった。

 

「そういうわけだ。こんな“焔光の宴(ばかさわぎ)”にさっさと幕を下ろして、みんなで帰るぞ」

 

 気負いなく言って“まがいもの”はザハリアスと対峙する。怯えを振り払いながらアヴローラもその隣に並び立った。

 

 肩を並べる二つの背中を見上げ、ヴェルディアナは湧き上がる感情を飲み込む。文句を言っても二人が踵を返すことはない。既に賽は投げられ、運命に抗うための戦いが始まろうとしている。

 

 自分はどうするのか。自問自答するまでもない。乱暴に涙を拭ってヴェルディアナも“まがいもの”の隣に立った。

 

「私も、戦うの……!」

 

 故郷を救うため、一族の無念を晴らすため、そして──ありふれた日常に帰るため。ヴェルディアナは再び立ち上がった。

 

 戦意を漲らせる“まがいもの”たちを眺め、ザハリアスはわざとらしく拍手を送る。

 

「いやはや、ようやく役者が揃ったようで何よりです。しかし、よかったのですかな? 私はてっきり、ご両親に付き添ってこちらへは来ていただけないと思っていたのですが」

 

 それは“まがいもの”へ向けたあからさまな挑発だった。“まがいもの”は僅かに顔を顰め、何も知らないヴェルディアナが首を傾げる。

 

「両親って……まさか!?」

 

 ザハリアスの視線と“まがいもの”の反応から牙城と深森の身に何かがあったと察するヴェルディアナ。ザハリアスの魔の手が知らぬうちに伸びていたことに愕然とし、次いで怒りを爆発させようとする。

 

 今にも飛び掛かりかねないヴェルディアナを止めたのは“まがいもの”だった。ヴェルディアナの肩に手を置き、問題ないとばかりに笑ってみせる。

 

「おかげさまで、二人とも病院でピンピンしてるよ。今頃は隣同士のベッドで仲良くいちゃついてるんじゃないかな」

 

 嘘だ。冗談めかして語っているが、ザハリアスの奸計によって牙城と深森は少なくない傷を負っている。特に牙城に関しては命に別状こそないが、一人ではまともに行動もできないほどの深手だ。

 

 それでも“まがいもの”は笑ってみせる。お前の企みは痛手にすらなっていないと態度で示した。

 

「だから、まあ──二人の分まで俺が礼をしてやる」

 

 笑みを潜め宣した言葉には底冷えのする怒気が滲んでいた。

 

 本当の親子ではなく、凪沙を救うために手を組んだ協力者でしかなかったが、それでも牙城と深森を傷付けられて何も思わないほど薄情な性質(タチ)ではない。むしろ優しく甘いが故に己を酷く責め苛む“まがいもの”が、仲間といっても過言ではない二人を傷付けられて平静でいるはずかなかった。

 

 冷静さを失うことなく静かに憤る“まがいもの”に、目論見が外れたザハリアスは詰まらなさそうに片眉を上げる。

 

「いいでしょう。できるものならやってみなさい。貴方がたに我が兵器を捻じ伏せ、私を滅ぼす手立てがあればの話ですがね」

 

 ザハリアスの両脇に無言で侍る一番目(ブローテ)九番目(エナトス)。その身に第四真祖の眷獣を封じ込めた“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”が二人も立ち塞がる。

 

「古城、本当に大丈夫なの?」

 

 絶望的な戦力差を前に不安を零すヴェルディアナ。対する“まがいもの”は不安を跳ね除けるように笑みを浮かべ、気負いなく答える。

 

「──勝つさ、絶対に」

 

 勝利宣言と共に、“焔光の宴”の幕が切って落とされた。

 

 

 ▼

 

 

 戦いの仕切り直し、その先手はザハリアスが取った。

 

九番目(エナトス)、軽く撫でておやりなさい」

 

 冷淡なザハリアスの命令に応じて九番目(エナトス)が荒々しい衝撃波の嵐を解き放つ。コンクリートの地面を軽々と抉るほどの破壊力。生身で受ければ木っ端微塵になること請け合いの攻撃だ。

 

 しかし衝撃波が“まがいもの”たちを粉砕することはない。微かな怯えを纏いながらも前に出たアヴローラが巨大な氷壁を差し込み、衝撃波を防いだのだ。

 

「ありがとう、アヴローラ」

 

「う、うい」

 

 怯えと照れ混じりに頷くアヴローラ。記憶の大半を失っていたとしても、秘めたる眷獣の力は劣らない。この場において一番目(ブローテ)九番目(エナトス)に真っ向から立ち向かえるのはアヴローラだけだろう。

 

 アヴローラを連れてくるつもりはなかった。だが戦いが始まり、絶望的な戦力差が立ち塞がっている以上、“まがいもの”も手段を選ぶことはできない。無理を承知でアヴローラに頼み込む。

 

「そのまま九番目(エナトス)の相手を頼めるか? 倒す必要はない。俺とヴェルディアナでザハリアスを倒すまでの時間稼ぎでいいんだ」

 

「う、うむ。九番目の鏡像は、我が請け負った。従者も……気を付けて」

 

「任されたよ、我が主人様」

 

 不安げなアヴローラの眼差しに“まがいもの”は戯けながら答えた。

 

 “まがいもの”の返答にアヴローラは僅かに逡巡しながら、やがて迷いを振り切って九番目(エナトス)と対峙する。

 

 九番目(エナトス)と対峙するアヴローラを見届け、“まがいもの”はヴェルディアナの隣に立つ。そしてザハリアスたちに聞こえない程度の声量で呟く。

 

「ヴェルディアナ、一番目(ブローテ)の眷獣の能力は攻撃の反射と操る結晶宝石での攻撃だ。攻防一体の能力だが、隙がないわけじゃない」

 

「古城……」

 

 唐突に放り込まれた一番目(ブローテ)の情報に目を丸くするヴェルディアナ。自分ですらその身で一度受けただけの権能を、会ったことすらないはずの“まがいもの”が何故知っているのか。

 

 疑問は尽きない。だが今は問い質している余裕もない。何よりも、疑念を抱かれることを理解した上で情報を提供した“まがいもの”を信じることにした。

 

 質問もなく神妙に頷くヴェルディアナに“まがいもの”は感謝の念を覚えながら、手にしていたバッグから短機関銃を二丁取り出す。そしてバッグはそのままヴェルディアナの足下に置いた。

 

「前衛は俺が張る。援護は頼んだ、ヴェルディアナ」

 

「分かったの……気を付けて」

 

 ヴェルディアナの声に背を押され、“まがいもの”は前へと踏み出す。視線の先には一番目(ブローテ)を従えるザハリアスの姿。己の有利を信じて疑わないザハリアスを睨み据えながら一歩、二歩と歩みを進め──全速力で走り始めた。

 

 第四真祖の血の従者となったことで大幅に引き上げられた身体能力は下手な獣人を凌駕する。常人ならば姿を捉えることすら困難な速度だ。

 

 しかし、相手もまた“まがいもの”と同じ血の従者。一番目(ブローテ)に至っては真祖の眷獣をその身に宿す吸血鬼。見失うことなどなく、ザハリアスは粛々と指示を出す。

 

一番目(ブローテ)、少年の足を──」

 

 奪え、そう命じようとしたザハリアスを弾幕が襲う。走りながら“まがいもの”が乱射した銃弾だ。

 

 押し寄せる銃弾に対してザハリアスは宝石の障壁を展開させる。眩い宝石の障壁に阻まれた銃弾が弾け、受けた衝撃を返すべく宝石が震えた。しかし“まがいもの”を宝石の嵐が襲うことはない。

 

 絶え間なく撃ち込まれる銃弾からザハリアスを守るために一番目(ブローテ)は障壁を展開し続けなければならない。“まがいもの”が弾幕を張り続ける限り、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”は反射攻撃に移行できないのだ。

 

「なるほど、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の特性をよくご存知のようだ。ですが、一番目(ブローテ)を封じられた程度で私に手がないとでも?」

 

 ザハリアスがその手に携えるリボルバーの銃口を“まがいもの”に向ける。兵器商人であるザハリアスは銃火器の扱いにも長けている。多少素早く動く程度の的を射抜けないなんてことはないのだ。

 

 愚直なまでに直走る“まがいもの”を無慈悲な銃口が捉えて──燃え盛る火炎が眼前を遮った。

 

「これは……」

 

 “まがいもの”と自身を隔てる炎の壁、その出所に目を向けてザハリアスは忌々しげに眉を顰める。

 

 炎の壁を生み出したのはヴェルディアナの眷獣の片割れ、“ガングレクト”だ。凶悪な顎から轟々と燃え盛る火炎が絶えず吐き出されている。

 

「小賢しい真似を。では貴女から引導を渡して差し上げましょうか」

 

 ザハリアスが一瞬の狂いもなくヴェルディアナに向けて発砲する。“まがいもの”と違ってその場に立ち止まって眷獣を操っているだけの的だ。回避する暇すら与えない早撃ちだった。

 

 対魔族用の特殊弾。当たりどころが悪ければ吸血鬼であっても死に絶える凶弾が、ヴェルディアナの心臓目掛けて突き進む。だが、弾丸がヴェルディアナを穿つことはなかった。

 

「──“ガングレティ”!」

 

 冷気を纏う双頭犬(オルトロス)がその身を挺して主人を守る。大口径の特殊弾が秘める威力は直撃していたら吸血鬼ですら命を落としていただろう。

 

 当のザハリアスは目論見が上手くいかないことに少なくない苛立ちを覚えつつ、最も脆弱であるヴェルディアナを落とすべく引鉄を引こうとして──炎の壁を突き破って飛び出した影に目を剥いた。

 

 “ガングレクト”が吐き出す火炎を突っ切ったのは“まがいもの”だ。その身が炎に焼かれることも厭わず、火傷を負いながら飛び込んだ。偏にザハリアスの意表を突くために。

 

 第四真祖の血の従者になったとはいえ、所詮は学生。多少なりと度胸があろうと子供と甘く見ていたザハリアスは、死兵にも等しい突貫に対応が遅れる。

 

 火傷の痛みに歯を食い縛りながら突っ込んだ“まがいもの”は片手に握るコンバットナイフを振り翳す。狙うは一点、一番目(ブローテ)との繋がりを担う肋骨だ。

 

 “まがいもの”の狙いを悟ったザハリアスの表情に焦燥が滲む。血の従者となって不死身に近い肉体を手に入れた己の弱点、それを守るために恥も外聞もなく叫ぶ。

 

一番目(ブローテ)!!」

 

 一直線に突き進んでいたナイフが宝石の障壁に阻まれる。惜しくも刃は標的に届かず、“まがいもの”は小さく舌打ちを零しながら隠し持っていたフラッシュバンを真下に叩き付けた。

 

「ぐっ……!?」

 

「っ……!?」

 

 一番目(ブローテ)の障壁は宝石という性質上、光までは遮ることができない。衝撃と音は届かずとも、ザハリアスと一番目(ブローテ)の視覚を奪うことはできる。

 

 牙城仕込みの状況判断と手腕。加えて自覚なき戦士、あるいは兵士としての才覚。為すべきことを定め、一切合切の迷いを捨てた“まがいもの”を相手に、無数の兵器を取り揃え扱えたとしても商人でしかないザハリアスでは後手に回らざるを得ない。

 

 視界を奪われ怯むザハリアス。しかしその周囲には堅牢な障壁が展開されている。今の“まがいもの”ではその防壁を破ることは叶わない。

 

 しかし一つだけ、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の障壁を打ち砕く奥の手があった。それはあらゆる結界障壁を切り裂き、吸血鬼の真祖すらも滅ぼす聖槍。

 

 それは血の従者であろうと例外ではなく、その不死性を貫き確実に滅ぼす。

 

 そして今、その引鉄は吸血令嬢の手に──

 

 

 ▼

 

 

 “まがいもの”が決死の思いで捥ぎ取ったザハリアスの決定的な隙。ヴェルディアナは逸る内心を抑えつつ、聖槍と弾薬(カートリッジ)を装填したクロスボウを構えた。

 

 “まがいもの”が足下に置いたバッグには引鉄を引くだけで発射できる状態のクロスボウが収められていた。何処で真祖殺しの槍と弾薬を調達したのか、聞きたいことは山ほどあったが意図は理解できた。

 

 

 ──一族の復讐、故郷の救済、その最後の一手はヴェルディアナが撃て。

 

 ──言われなくても、私が引導を渡してやるの。

 

 

 言葉なくアイコンタクト一つで互いの意思を交わし、ヴェルディアナと“まがいもの”はこの戦いに臨んだ。

 

 閃光に怯むザハリアスにヴェルディアナは狙いを定める。アヴローラを“妖精の柩”から解放する際にもこのクロスボウは使っている。取り回しや扱いに戸惑うことはない。

 

 あとは引鉄を引くだけ。それだけで、今日まで抱え続けた因縁の全てに幕を引くことができる。迷う必要はない。

 

「これで、終わりよ──」

 

 銀色のクロスボウから真祖殺しの槍が射出される、まさにその時──ザハリアスの口元が醜く歪んだ。

 

「────!?」

 

 引鉄に掛けた指に力を込めた瞬間、ヴェルディアナは目を見開き硬直してしまう。小柄な一番目(ブローテ)の身体がザハリアスを庇うように射線を塞いだのだ。

 

 否、庇ったのではない。ザハリアスが一番目(ブローテ)の肩を掴んで無理やりに引き寄せたのだ、自らの身を守るために。

 

 フラッシュバンで視界を眩まされた状態にも関わらず、ヴェルディアナの位置を把握して的確に一番目(ブローテ)を盾にしている。十中八九、“まがいもの”とヴェルディアナの狙いを読んでいたのだろう。でなければ、ここまで当意即妙に対応できるはずがない。

 

 ザハリアスにとって警戒すべきは二つ。先の“まがいもの”が狙った血の従者の力の根源たる肋骨の簒奪、そして間違いなく用意しているだろう真祖殺しの槍。その二点にだけ気を配れば敗れることはないと確信していた。

 

 戦士ではなくとも兵器商人であり、戦争と兵器の扱いに関しては年季が違う。局所的な戦闘では遅れを取っても、大局的な視点で学生と箱入りお嬢様に負けることなどあり得ない。

 

「ザハリアス……!」

 

 あと一歩だとういうのに、引鉄を引くだけで全ての因縁に決着をつけることができるのに、指に力が入らない。一番目(ブローテ)を盾にするという一手は、それほどまでにヴェルディアナの精神を掻き乱した。

 

 気にしなければいい。一番目(ブローテ)一人が盾になったところで、距離関係を考えれば諸共に滅ぼすことができる。第四真祖の眷獣をその身に宿す器の一つが滅んだところでどうということはないだろう。

 

 そうだ、撃ってしまえばいい。躊躇う必要など何処にあるのか。一族の復讐、故郷の救済、そしてありふれた日常(“まがいもの”とアヴローラ)。何を優先するべきかなんて分かり切っていたはずだ。

 

 しかし──引鉄に掛かった指は微動たりとしなかった。

 

 一番目(ブローテ)はアヴローラとは違う。ザハリアスの兵器として感情を見せず命令に従っているだけの人形。だがそれは、あり得たかもしれないアヴローラの姿で──アヴローラを救いたいと願うヴェルディアナが、見殺しにできるはずもなかったのだ。

 

 彫像のように硬直してしまったヴェルディアナ。痛いほどの静寂が流れる中、閃光から視界が回復したザハリアスが醜悪に笑った。

 

「兵器に情などかけるから、足を掬われるのですよ」

 

「ぐっ……!?」

 

「────あ」

 

 乾いた銃声が響き、ヴェルディアナの胸元に血の薔薇が咲く。射線に一番目(ブローテ)が重なろうと構わずザハリアスが発砲したのだ。

 

 背後から肩口を弾丸に抉られて一番目(ブローテ)が膝から崩れ落ち、ヴェルディアナの身体がゆっくりと傾く。家族同然の仲間が凶弾を受けてアヴローラと“まがいもの”は思わず忘我してしまった。

 

 そして戦闘の最中において、その隙はあまりに致命的だった。

 

「我を相手に余所見か、十二番目(ドゥデカトス)

 

「うぁ……!?」

 

 九番目(エナトス)の衝撃波にアヴローラが吹き飛ばされる。寸前で氷の防壁を張ってはいたものの、受けた衝撃は相当なもの。アスファルトの地面を転がり、やがて気を失い動かなくなった。

 

 ヴェルディアナとアヴローラ。三人中二人を無力化し、ザハリアスは満足げに笑みを浮かべる。後は愚かな少年を仕留めてしまえば終わりだ。

 

 ザハリアスは小賢しく逃げ回っていた少年の姿を探そうとして──凄まじい悪寒が背筋を貫いた。

 

 腕に仕込んでいた魔刃を突き出し、反射的に振り上げる。直後、鋭利なナイフが魔刃と激突、火花を散らした。

 

 ザハリアスを襲ったのは“まがいもの”だ。尋常ならざる憎悪と殺意を宿した双眸、悪鬼も逃げ出す凄絶な形相。ヴェルディアナを傷付けられて怒り狂った少年が、絶殺の意思をもってザハリアスを仕留めに掛かった。

 

 ナイフを止められた“まがいもの”は即座に片手でホルスターから拳銃を抜き撃つ。絶対防御たる一番目(ブローテ)が負傷で動けない今しか、ザハリアスを殺す機会はない。己の何を犠牲にしてもここで仕留めなければならなかった。

 

「ぐぅ──甘い、な!」

 

「がっ……!?」

 

 僅かに遅れてザハリアスも発砲、両者の胸元から鮮血が飛び散る。

 

 体勢が崩れる“まがいもの”とザハリアス。銃弾を心臓に受けようが血の従者である二人にとっては致命傷には程遠い。故に、勝負の行方は先に体勢を立て直したほうが握る。

 

 勝負の命運を分けたのは弾丸の違い、口径の違いだった。

 

 大口径のリボルバー、それも対魔族に特化した特殊弾頭。防弾ベストの存在も焼石に水であり、むしろ無駄に衝撃が広がり行動の立て直しが遅れた。

 

 衝撃と激痛に大きく蹌踉めく“まがいもの”に、追い討ちとばかりにリボルバーの残弾が全て叩き込まれる。容赦の欠片もなく滅多撃ちにされ、“まがいもの”は声を上げる間も無くアスファルトに倒れ──両足で無理やりに踏み止まった。

 

「なんと……」

 

 ザハリアスは愕然と目を剥く。如何な不死身の吸血鬼であっても無敵ではない。心臓に穴を開けられた挙句に追い討ちを喰らいながら、倒れることなく踏み止まるなど怪物にも程がある。

 

 “まがいもの”が血濡れの顔を上げる。容赦ない銃撃によって齎される激痛と流血によって肉体はショック状態に陥り、意識は混濁し瞳は虚に揺れている。

 

 にも関わらず、“まがいもの”は一歩、また一歩とザハリアスへと歩みを進める。その背を押すのは絶対の覚悟、決意、そして執念。殆ど意識のない状態でありながらも、“まがいもの”はザハリアスを滅ぼすために前進していた。

 

「────っ」

 

 “まがいもの”の狂気的な有様にザハリアスは気圧され、思わずリボルバーの引鉄を引く。しかし弾丸は既に撃ち尽くしており、虚しくシリンダーが回転するだけだ。

 

一番目(ブローテ)九番目(エナトス)。今すぐにあれを始末なさい」

 

 努めて平静を装いながら命令を下す。この少年は今この場で確実に始末しなければ己の障害になりかねない。確実にかつ安全に処理するためにも、最早立ち上がることすら不可能な損傷、損壊を与える必要がある。そこまでしなければ安心できなかったのだ。

 

 死に体もいいところの“まがいもの”に対しての攻撃命令。過剰攻撃(オーバーキル)にもほどがあり、一番目(ブローテ)九番目(エナトス)は互いに顔を見合わせる。

 

 しかし苛立ちと焦燥混じりにザハリアスから視線を向けられ、二人は仕方ないと命令を遂行しようとして──炎の壁が“まがいもの”を隠した。三首の魔犬が“まがいもの”を守るべく力の限り火炎を吐いていた。

 

「死に損ないの小娘が、余計なことを……!?」

 

 二度も出鼻を挫かれてザハリアスは怒りに眉を顰める。すぐにでもヴェルディアナを滅ぼしてやろうかとその姿を探すが、銃弾に倒れた場所には血痕が残っているだけ。本人の姿は何処にもない。

 

 何処へ行方を晦ましたのかと周囲を見渡して、炎の壁の向こう側から巨大な生物の足音が聞こえてきた。

 

 足音は止まることなく続き、ザハリアスたちから離れていく。向かう先にあるのは落下防止の柵と、何処まで広がる海原。直感的にヴェルディアナの狙いを悟ったザハリアスが声を荒げて命じる。

 

九番目(エナトス)! 吹き飛ばしなさい!」

 

 今度は迷うことなく命令を受け入れ、九番目(エナトス)はザハリアスの指し示す方向へと衝撃波を解き放った。

 

 荒れ狂う衝撃波の嵐が橋を抉り砕き、炎の壁ごと向こう側を消し飛ばす。後に残ったのは無惨な有様となった橋のみ。“まがいもの”とヴェルディアナの姿は何処にも見当たらなかった。

 

「逃げられましたか……」

 

 忌々しげに呟くザハリアス。炎の壁で視界を遮り、その隙にヴェルディアナが“ガングレティ”に乗って“まがいもの”を拾い上げ、そのまま真っ直ぐ海へと飛び込んだのだ。

 

「まあ、いいでしょう。十二番目(ドゥデカトス)を確保できただけよしとしましょう」

 

 九番目(エナトス)に引き摺られているアヴローラを見やり、ザハリアスは静かに怒りを収めた。

 

 取り逃がしたのは“まがいもの”とヴェルディアナの二人だけ。九番目(エナトス)が側にいたことでアヴローラはこの場に残されていた。儀式に必要な素体を確保できたことを思えば、溜飲も下がるというものだ。

 

「それに、あの傷では長くは保たないでしょう」

 

 ヴェルディアナは“まがいもの”と同じく銃弾を急所に受けてしまっていた。そんな状態で海へ飛び込み流されようものなら確実に生き絶える。第四真祖の血の従者である“まがいもの”はその限りではないだろうが。

 

「此処に用事はありません。行きますよ」

 

 アヴローラを抱えて踵を返すザハリアス。一番目(ブローテ)九番目(エナトス)は波打つ海原を一瞥し、その背に付き従って続いた。

 

 

 

 

 

 




此処から“まがいもの”の地獄が始まります。
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