“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ボスラッシュ第二戦


愚者の暴君 ⅩⅤ

 浅葱に道を譲られて突き進む“まがいもの”。予定外のタイムロスと消耗に少なくない焦燥を抱きながら、儀式場に向けて直走る。

 

 陽が沈むまでまだ時間はある。体力は怪しいが、魔力は潤沢にアヴローラから供給されている。このまま何事もなければ、儀式開始前には辿り着くことができるだろう。

 

 だが、事はそう簡単に進まない。“まがいもの”ですら予想していなかった障害が立ち塞がる。

 

 一目散に走り続けていた“まがいもの”は、不意に薄膜のようなものを突き破った感覚に襲われた。咄嗟に立ち止まって周囲を見回すが、人気がない以外におかしな点はない。

 

 奇妙な感覚に警戒を強める“まがいもの”。そんな彼に、何処からか響いた声が語りかける。

 

「そう警戒しなくとも心配ありません。今のはただの人払いの結界ですから」

 

「あんた、は……」

 

 いつの間にか正面に立ち塞がっていた少女の存在を認め、“まがいもの”は愕然と目を見開く。

 

 眼鏡をかけて髪を三つ編みにした、何処か委員長然とした少女だ。図書室が似合いそうな風貌の少女は、しかし学生服ではなく厳かかつ豪奢な巫女装束を纏っている。

 

 そして何より“まがいもの”を驚愕させたのは、その手に携えられた銀の槍。実際に目にするのは初めてだが、間違いない。その槍の銘は──

 

「──“雪霞狼”、だと!?」

 

 獅子王機関が保有する秘奥兵器、“七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)”。銘を“雪霞狼”というその槍は、遠くない未来に第四真祖となった暁古城の監視役となる姫柊雪菜が適合する兵装だ。

 

「ご存知でしたか。これでも獅子王機関の秘奥兵器なのですが……」

 

 怪訝そうに眉を顰める少女。本来であれば目の前の少年が知る由もないことなのだが、“まがいもの”の特異性を少なからず察しているが故に深くは問わない。むしろ手間が省けたとばかりに続ける。

 

「では、私のことも少なからず知っているのでしょう」

 

「……獅子王機関が三聖の長、“静寂破り(ペーパーノイズ)”」

 

 “静寂破り(ペーパーノイズ)”、本名を緋稲古詠。世襲で閑古詠の役職を受け継いだ、真祖ですら警戒する獅子王機関が三聖の長だ。

 

「ご名答です。付け加えるなら、今は“宴”の進行を取り仕切る采配者(ブックメーカー)でもあります。この意味が分からないとは言いませんね?」

 

「…………」

 

 念押すような物言いに“まがいもの”は苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。古詠がこの場に現れた理由、その全てを察してしまったからだ。

 

 沈黙する“まがいもの”に代わって、或いは物分かりの悪い子供に言い聞かせるように古詠は語る。

 

「貴方の行いは目に余るものと判断されました。これ以上、資格もなく、“宴”を荒そうというのであれば、采配者として貴方を処断します」

 

 槍の切先を突き付けて古詠は静かに宣告した。

 

 ヴェルディアナもそうだったが、“まがいもの”には選帝者として“宴”に参加する資格はない。資格なき者が“宴”に乱入、或いは妨害をしようとするのならば采配者(ブックメーカー)として止める。その論理に間違いはない。

 

 だが、それだけの理由ではないと“まがいもの”は悟っていた。

 

「“宴”の進行を取り仕切る采配者(ブックメーカー)としての立場だけじゃない。世界の均衡を保つ獅子王機関の長としても、俺の行動を看過できないんだろ」

 

「……そこまで理解していながら、貴方は尚も進むつもりですか?」

 

「俺はもう諦めないって決めたんだ。たとえどんな障害が立ち塞がろうとも、俺は突き進む」

 

「それが、世界の均衡を崩しかねない、危険極まりない行いだとしても?」

 

「それでも、だ」

 

「そうですか……」

 

 頑なな態度の“まがいもの”に古詠は嘆息を零した。

 

 言葉だけで説得できたのならそれでよかったが、それは藍羽浅葱を振り切った時点で期待していなかった。故に古詠は普段の学生としての身分ではなく、巫女装束を纏って獅子王機関の三聖としてこの場に現れたのだ。秘奥兵器たる“雪霞狼”まで持ち出して。

 

「では、致し方ありません。実力行使に訴えましょう──」

 

「──がはっ!?」

 

 瞬間、“まがいもの”の肉体が何の前触れもなくアスファルトの大地に叩き付けられた。

 

 見えない鉄槌に上から殴りつけられたかのような衝撃。予備動作はなく、瞬間移動なんて代物ですらない。現実という連続した時間軸に、本来存在し得ない時間を割り込ませたかのような現象だ。

 

「──暁古城。貴方は藍羽浅葱のもとで歩みを止めるべきだった」

 

 最初の立ち位置から一歩も動かず、古詠は地面に伏せる“まがいもの”を睥睨する。

 

「私は彼女のように優しくも甘くもありません。必要とあらば、貴方を滅ぼすことに何の躊躇いもない」

 

 無慈悲な宣告と共に銀の槍が眩い輝きを放つ。注ぎ込まれた霊力を糧に神格振動波を駆動──真祖すら滅ぼす聖槍の真価を発揮しているのだ。血の従者でしかない“まがいもの”程度、槍の一突きで容易く滅ぼすことができるだろう。

 

 相対するだけで全身が痺れそうな眩い閃光に身が震える。魔族となった肉体が、眼前の脅威に対して正しく防衛反応を訴えているのだ。あの槍を受ければ、真祖ですらない“まがいもの”は塵も残らず滅びてしまう。

 

 争うべき相手ではない。“雪霞狼”という相性最悪の兵装と、理屈も詳細も不明な“静寂破り(ペーパーノイズ)”固有の異能。勝ち目のある相手ではなかった。

 

 諦めて首を垂れるのが当然の状況。だが、“まがいもの”は立ち上がった。両足で立って、眼前の古詠を真正面から見据えた。

 

「物分かりの悪い方ですね。勝ち目がないことは今の遣り取り一つで理解できたはずでしょう?」

 

「あんたがどれだけ俺より強かったとしても……それが、俺が諦める理由にはならないんだよ……!」

 

 文字通り血反吐を吐きながらの宣言に、古詠は処置なしとばかりに頭を振る。歴然とした実力差を見せつけてもなお止まらないのならば、もう手段は一つしかない。

 

「なら、理解できるまで骨身に刻み込むことにしましょう」

 

 世界から不自然に音が掻き消え、不気味な沈黙が支配する。“静寂破り(ペーパーノイズ)”の代名詞たる異能、その本領が披露されようとしていた。

 

「構えなさい、暁古城。その心、覚悟、全て私が折って差し上げます」

 

 世界最強の真祖すら一目置き、警戒する獅子王機関が三聖の長。絶対先制の“静寂破り(ペーパーノイズ)”が“まがいもの”の行く道に立ち塞がった。

 

 

 ▼

 

 

 獅子王機関が三聖の長、緋稲古詠は十八歳の少女だ。殉職した先代閑古詠──藤阪冬佳から引き継ぐ形で今の肩書を得ることになった。

 

 実の姉のように慕っていた冬佳が任務の最中に命を落とし、傷心も癒えぬままに重責を背負い、世界の均衡を保つ調停者として心を砕いてきた。時には非情な選択も取り、より多くを守るために少数を切り捨ててきた。

 

 今回の“宴”もそうだ。何か一つでも誤れば世界の均衡が、軍事バランスが著しく崩れて世界規模の戦争が起きかねない事態。避けられない第四真祖の覚醒とそれに伴う混乱を、最小限の被害に留めるために獅子王機関は、古詠は奔走している。

 

 世界最強たる真祖、その四番目の覚醒は辛うじて保たれている世界の軍事バランスを崩壊させかねない。もしも、第四真祖が下手な勢力の手に渡りでもしたら、冗談でもなく大戦が勃発しかねないのだ。

 

 第四真祖の覚醒は避けられない。世界の調停者たる獅子王機関が下した判断は、覚醒の阻止ではなく被害の最小化。制御可能なレベルにまで被害を抑え、最小限の犠牲で第四真祖を覚醒させること。

 

 その上で、専守防衛を標榜する日本の、それも陸から孤立した人工島たる絃神島で第四真祖を確保する。太平洋に浮かぶ人工島という性質上、第四真祖という強大な軍事力を手にしたとしても、絃神島ならば制御も封じ込めも容易い。

 

 そういった思惑の上で獅子王機関は暗躍し、各勢力との交渉と調停を行ってきた。ザハリアスは愚かにも真祖という兵器を己がものにせんと息巻いていたが、その実、彼以外の選帝者は裏で取引を交わして一つの目的のために動いていたのだ。

 

 退屈凌ぎに遊びがてら戦争を仕掛けかねない真祖たちをどうにか抑え、ここまで事を運んだ。後は最小限の犠牲をもってして事態の終息を抑えるのみ。

 

 切り捨てられるのは“原初”の依代となってしまった暁凪沙とアヴローラを始めとした“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たち。そして、既に故人となってしまったヴェルディアナ・カルアナ。

 

 他にも儀式の生贄に旧カルアナ伯爵領の民と絃神島旧南東地区に住まう人々。ただ、彼らの大半は記憶を失うだけで済むだろう。

 

 あと少し、もう少しで“宴”は既定路線に乗って終わりを迎える。だが、それを良しとしない少年が、運命など知ったことかとばかりに抗っていた。

 

「まだ、諦めないのですか?」

 

「…………」

 

 血の海に沈む少年を見下ろし、古詠は努めて平静に問う。問われた少年は答える気力もないのか無言のままで、しかしその腕は震えながらも満身創痍の身体を起こそうとしている。

 

 開戦から十分足らず。たったそれだけの短い時間で少年は何度も打ちのめされ、捩じ伏せられ、四肢を幾度も斬り飛ばされた。流石に駆動した“雪霞狼”で串刺しにまではしていないが、それでも彼我の実力差を思い知らせるには十分過ぎる蹂躙だ。

 

 にも関わらず、少年は血みどろになりながら、身体が再生するや否や即座に立ち上がる。浅葱の時と同じ尋常ならざるタフネス──ではない。

 

 吸血鬼の不死性は祝福ではなく呪い。苦痛が消えることはなく、感覚を失うこともない。度重なる痛苦は確実にその精神を蝕み、何れはその心を圧し折る。

 

 だが、少年は折れない。タフネスなどという話ではない、その身を支えているのは人間離れした精神性。決して折れ得ない、折れることのできない鋼の心。それこそが少年を立ち上がらせる原動力であり、計らずしても古詠を追い詰めているものの正体だ。

 

 加えて、精神性以外にも少年を古詠にとって脅威たらしめている特異性がある。

 

 古詠は纏う巫女装束の裾をそっと見やる。短い戦闘を経た装束の裾は一部が焼け焦げ、ほんの一部が凍り付いていた。少年が蹂躙されながらも決死の思いで放った反撃が掠ったのだ。

 

 有り得ることではない。古詠が有する異能の性質上、反撃や自爆に弱いのだが、それをこの短期間で見破って反撃を掠らせるなど素人にできる芸当ではない。

 

 洞察力、あるいは知っていたのか。出所不明の知識と、それを元に行動する実行力。何れを取っても、血の従者如きと侮っていい存在ではなかった。

 

 先ほどは脅しで言ったものの、最悪の場合は目の前の少年を滅ぼすことも考慮しなければならない。世界の均衡を保つため、その犠牲に含めなければならない。

 

 固い表情でぐっと槍を握り込み、古詠は相対する少年を見据える。立つのもやっとの状態でありながら、少年は瞳に消えない光を宿して真っ向から睨み返してきた。

 

「そこまでして、貴方は暁凪沙とアヴローラを救いたいのですか? その行いが、より多くの人々の平穏を壊して、世界を巻き込んだ大戦を引き起こしかねないと理解していてもなお、諦めないのですか?」

 

 無意識のうちに口を衝いて出たのは、降伏勧告ではなく心からの疑問だった。

 

 唐突な問い掛けに少年は微かに眉を顰める。

 

 少年が突き進むのはただ大切な家族を救うため、ただそれだけのこと。その結果次第で古詠の懸念するような未来が起こり得ることは理解できているが、それを理由に足を止められる段階はとうの昔に過ぎてしまっているのだ。

 

 だが対峙する少女の表情に滲む微かな迷いを読み取って、少年は僅かな思考を挟んで答える。

 

「あんたの言う通り、大義とか正義とか、そういう視点で言えば俺は間違っていて、悪なんだろうな。たった二人の命と、世界の均衡を天秤に掛けようとしてるんだからな」

 

 原作では何もかもが上手くいって、“原初”の第四真祖は滅びて結果的に被害は最小限に留まった。しかしこの現実において、少年は原作とは違う結末を掴み取ろうとしている。その結果、獅子王機関が危惧する最悪の展開が訪れる可能性は十二分にある。

 

「認めるよ、獅子王機関(あんたら)は正しい。間違っちゃいないさ」

 

 多数を守るために少数を切り捨てるやり方は、後々に破綻しかねないとしても、それでも彼ら彼女らが世界の均衡を守るために日夜命懸けで駆けずり回っていることを知っている。だからこそ、少年は否定しない。

 

「それでも、俺は凪沙とアヴローラを選ぶ。それが世界中の人たちの幸せを足蹴にしかねないことだとしてもな」

 

「……それは、なぜ?」

 

 微かに声音を震わせながら古詠は問う。そこにいるのは世界の均衡を守るためにと少数を切り捨て続けてきた“静寂破り(ペーパーノイズ)”ではない、背負った重責に押し潰されまいと必死に抗う十八歳の少女だった。

 

 少年は激痛に苛まれながらも朗らかに笑って答える。

 

「単純なことだよ。大切な家族を救うのに、理由なんて要らないだろ?」

 

「それは……」

 

 それは、世界の危機や他人の不幸が天秤に乗っていなければの理屈だ。そう返そうとして、少年の決然とした表情に沈黙してしまう。

 

「ああ、そうだ。当たり前のことだけど、今この場においては当たり前じゃない。二人を救おうとすることで、大勢の無関係な人が危険に曝されるかもしれないんだ。だから、俺の行いは間違ってるんだろうさ」

 

 改めて理解した。理解した上で、少年は静かに己の覚悟を宣告する。

 

「間違っていたとしても構わない」

 

 徐に少年は懐から銀の短槍を取り出し、右手で逆手に握り締める。

 

「家族を救うことが、そんな当たり前が悪だというのなら──」

 

 更に懐に忍ばせていた薬莢(カートリッジ)を左手で握る。少年の発言に気を取られていた古詠は、その意図を察するのが僅かに遅れた。

 

「──俺は悪でいい」

 

「待ちなさい! それは──」

 

 古詠が制止の声を上げるも、もう遅い。少年は一瞬の躊躇いもなく、莫大な霊力が封入された薬莢を短槍の石突に叩き付けた。

 

 瞬間、封じ込められていた霊力が爆発的な奔流として解放され、触発された短槍に刻印された術式が目醒める。

 

「──聖槍、抜錨」

 

 少年──“まがいもの”の手によって、原典たる真祖殺しの槍がその輝きを解き放った。

 

 

 ▼

 

 

「が、あああああああああ──!!」

 

 耳を劈く絶叫が迸る。至近で霊力の爆発と神格振動波を受けて、肉体ごと消し飛びかねない衝撃に“まがいもの”が絶叫しているのだ。

 

 アヴローラの肋骨を賜って血の従者となった暁古城の肉体は、紛うことなく魔族のそれである。あらゆる結界障壁を切り裂き、魔力を無効化する真祖殺しの槍が放つ神格振動波は言うまでもなく相性最悪の代物だ。

 

 短槍を運用するにあたって牙城がクロスボウを用意したのはこれが理由だ。魔族が手元で保護もなく聖槍を起動なんてさせたら、遣い手が滅びてしまう。ヴェルディアナが同じことをしようものなら、数秒と耐えられず消し飛んでいたことだろう。

 

 それを、“まがいもの”は想像を絶する苦痛に苛まれながらもやってのけた。実行してしまったのだ。

 

「なんて、こと!? 今すぐに槍を手放しなさい、暁古城!」

 

 “まがいもの”の凶行を止められなかった古詠が叫ぶ。すぐにでも槍を手放せば、肉体が滅びずに済む。

 

 だが古詠の忠告は届かない。激痛なんて生易しいものではない、存在ごと揺さぶられる神気の奔流に曝されながら、“まがいもの”は決して短槍を手放そうとしなかった。

 

 一瞬でも気を抜けば飛びかねない意識を必死に繋ぎ止め、“まがいもの”は眩い銀光を引き連れて疾駆する。さながら地上を翔ける鏃の如く、古詠目掛けて真っ直ぐ。

 

 “まがいもの”は何も一方的に蹂躙されていたわけではない。圧倒的な実力差を理解しながら、それでもたった一つの勝ち筋を掴む為に足掻いていた。

 

 原作で得た知識と古詠の能力に差異はないか。ほんの少しでもいい、古詠の隙を突く手段はないか。そして何よりも重要なのが、この肉体が何処まで神格振動波に耐えられるか。

 

 それらの情報を探るため、確かめるために“まがいもの”は筆舌に尽くし難い痛苦を受け続けたのだ。

 

 その結果、“まがいもの”は針穴ほどの勝ち筋を見つけた。

 

 古詠の異能、静寂破りは原作の描写と差異はない。理屈や詳細は不明だが、現実の時間に存在しない時間を割り込ませる無茶苦茶な異能は、()()()()()()()()()()()()()()()。“雪霞狼”を起動している間、異能の行使をしなかったことがその証左だ。

 

 古詠の隙を突く方法は、願ってもないことに向こうから降って湧いた。“静寂破り(ペーパーノイズ)”としてではない、緋稲古詠として問答を投げ掛けたことで、古詠は“まがいもの”の凶行に一手遅れを取った。おかげで隠し持っていた切り札を最善のタイミングで切ることができた。

 

 暁古城の肉体が何処まで神格振動波に耐えられるかは、“雪霞狼”に幾度となく斬り裂かれ、四肢を斬り飛ばされながら確認した。その結果、心臓や頭、己を血の従者たらしめる肋骨に直接攻撃を受けない限りは問題ないと判断した。無論、現在進行形で身を蝕む神気と神格振動波による侵食を防ぐことはできないが。

 

 三つの確信を得た“まがいもの”は、古詠を攻略するたった一つのやり方を強行した。それが、真祖殺しの槍を起動して古詠の異能を封じ、その上で速攻を仕掛ける。これ以外に、真祖に匹敵する実力者たる古詠を打ち破る手立てはなかった。

 

「オオオォォォォ──!!」

 

「くっ……!」

 

 絶叫から咆哮へ、短槍を携え猛る獣の如く突っ込んでくる“まがいもの”に古詠は焦燥を隠せない。古詠が持ち得る手札の中に、起動した真祖殺しの槍を封じ込められるような代物はない。唯一対抗できるのは、その手に握る“雪霞狼”のみ。

 

 逡巡は一瞬。古詠は意識を切り替え、“まがいもの”を滅ぼす覚悟を決めて槍を構える。刻まれた“神格振動波駆動術式”が唸りを上げ、古詠の霊力を際限なく増幅した。後々に遣い手として抜擢される姫柊雪菜に匹敵する、凄まじい霊力と神気の放出だ。

 

 “雪霞狼”を構える古詠を見据え、“まがいもの”はもう一手、殆ど悪足掻きに等しい一手を打ち込む。

 

「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

「その、祝詞は……!?」

 

 知る由もないはずの祝詞を口遊む少年に、はっきりと古詠は動揺を露にした。

 

 “まがいもの”が唱えようとしているのは“雪霞狼”を担う剣巫が、槍の真価を引き出すために詠唱する祝詞だ。獅子王機関に所属しているわけでも、剣巫ですらない人間が知っているはずもない。まして形だけ真似たところで意味などあるはずもない。

 

 “まがいもの”の狙いは古詠の動揺を引き出すこと。少しでも古詠の精神を揺さぶり、勝率を上げるために弄した小細工だった。

 

 だがその小細工は古詠にとって、そして“まがいもの”にとっても予想だにしない結果を招いた。

 

 

 唐突であるが、ここで暁家の血筋について振り返ろう。

 

 古城と凪沙の母親は過適合者(ハイパーアダプター)、それも取り分け希少で強力な能力を保有している。

 

 父親である牙城は母親が、古城と凪沙から見て祖母が過去に幾つもの魔導災害を鎮めた経験を有するほどに強力な巫女である。

 

 過適合者と巫女の血脈。二つの才能を余すことなく受け継いだ凪沙は、“原初”の魂を受け入れてなお生き存えることができるほどの突出した才覚を有している。今は“原初”の影響で巫女としての能力を発揮する余裕はないのだが。

 

 ──ならば、暁古城は? 

 

 過適合者と強力な巫女の血を継いだ暁古城には、何の才能も素養もなかったのだろうか。

 

 否、そうではない。暁古城の肉体にも、凪沙に負けず劣らずの才能と素養が宿っていた。ただ、それらの蕾が花開く前に、肉体は死を迎え真祖の血の従者として蘇ってしまったのだ。

 

 巫女が扱う霊力や呪力は、魔族の肉体とは頗る相性が悪い。適切な教導と訓練を熟せば開花していたはずの才能は、吸血鬼化による上書きによって覆い隠されて日の目を浴びることがなくなった。

 

 その才能が、万全な状態であれば真祖殺しの槍を起動させることもできるとされた凪沙に匹敵する才覚が、何の因果かこの土壇場で覚醒してしまった。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼──」

 

 “まがいもの”の祝詞に呼応して銀の短槍の輝きがより一層強くなる。溢れ出る神気の量も、放出される神格振動波の勢いも格段に跳ね上がった。

 

 同時に魔族の肉体を神気と神格振動波がより激烈に侵食し、魔力を無効化していく。すると浮上するのは人間としての肉体、本来有していた素養が浮き彫りになる。

 

 暁古城の肉体が血の従者になって、覚醒してからの日が浅かったからこそ起きた事故。都合が良すぎるほどに条件が噛み合ってしまったが故に巻き起こった奇跡が、古詠に牙を剥いた。

 

「鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え──!」

 

「────っ!!」

 

 動揺しながらも突き出した古詠の“雪霞狼”と、“まがいもの”が振り翳した真祖殺しの槍が真正面から衝突した。

 

 

 ──瞬間、絃神島全土を震わすほどの神気の波動が迸った。

 

 

 共に神格振動波を放つ術式を刻んだ槍。原典と偽典という違いはあれどほぼ同質の品。担い手の素質は奇しくも同等に近く、激突は拮抗する。

 

「オオオオオアアアアアアア────!!!」

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 大気が、世界が震えるほどの衝撃と震動。同質同等の波動は重なり合い、凄絶な共鳴現象を引き起こす。高位空間から流入する過剰な神気と槍を中心に発生する凄まじい神格振動波によって、“まがいもの”と古詠はその身を蝕まれていく。

 

 元より神気や神格振動波は人間の手には余りあるものだ。高い素養を持ち合わせた巫女が扱ったとしても、相応のリスクが生じる。過剰に行使すれば、その肉体は神気の侵食によって人よりも上位の存在──天使へと昇華してしまうのだ。

 

 そんな危険極まりない神気が、際限なく流れ込んでくる。獅子王機関が三聖の長たる“静寂破り(ペーパーノイズ)”であってしても身の危険を感じるほどの状況だ。塗り潰されていた才覚を無自覚に引き出している“まがいもの”に至っては、いつ消し飛んでもおかしくないような有様である。

 

「引き、なさい……暁、古城! これ以上は……!」

 

 神気の侵食を受けながら古詠は必死に訴えかける。だが“まがいもの”は答えない。否、答えられない。神気と神格振動波の影響を古詠よりも至近で受けているせいで殆ど意識が飛んでしまっているのだ。

 

 微かに残っているのは、前に進むという意思だけ。荒れ狂う神気と神格振動波の嵐の真っ只中へと一歩、更に一歩と踏み込む。

 

 もはや狂気の沙汰としか思えない前進に、古詠は微かな恐怖を覚える。そこへ畳み掛けるように、事態は古詠にとってより最悪な方へと転がっていく。

 

 暁古城の肉体には凪沙に負けず劣らずの素養──剣巫としての才能が秘められている。それは獅子王機関が集める“メトセラの末裔”という、稀少な霊能力者にも匹敵する。

 

 或いは、こう言い換えよう。後に“雪霞狼”の正当な担い手となる姫柊雪菜にも匹敵していると。

 

 つまりは、古詠にとって最悪のトラウマがこの場に顕現しようとしていた。

 

 過剰に流入する神気と神格振動波の影響を受け続ける“まがいもの”の背中から、突如として眩い輝きが溢れ、虚空に複雑な紋様を描き始める。その現象の正体を知っていた古詠が、ここに来て恐怖と焦燥に表情を歪めた。

 

「あ、だめ…………」

 

 古詠の脳裏に蘇る、姉のように慕っていた女性の姿。任務の最中に呪術師の集団とたった一人で交戦し、殉職した──とされている藤阪冬佳。

 

 しかしその実情は違う。冬佳はある邪教団で生贄とされていた幼い少女──姫柊雪菜を救出するため、“雪霞狼”の力を限界まで引き出した結果、天使化してしまった。“雪霞狼”の行使に伴うリスクが現実となって犠牲になってしまったのだ。

 

 姉のように慕っていた大切な存在を手の届かない所へと連れ去ってしまった天使化──模造天使(エンジェル・フォウ)。それが今、“まがいもの”の肉体を襲っていた。

 

 獅子王機関の三聖の座に就いていてもまだ十八歳と年若い少女。大切な姉のような存在の末路にショックを受け、それを飲み込んだ上で今日まで振る舞ってきたが、ここに来て余りにもピンポイントに心の傷を抉る展開が畳み掛けてくる。

 

 天使化と“雪霞狼”。誰かのために自らを犠牲にしようとする“まがいもの”の在り方。古詠の心の傷を的確に抉る要素が三つも揃ってしまった。

 

「いや……やめてえええええええぇぇぇ!!」

 

 老成しているわけでもない古詠の心は、駄目押しの天使化を切っ掛けに折れた。

 

 古詠が反射的に槍ごと身を引く。ここまで保たれていた拮抗が崩れ、槍同士の共鳴がぱったりと途切れる。それに伴って“まがいもの”の背中から放出していた輝きも、虚空に浮かぶ紋様も綺麗さっぱり消失した。

 

「ぐ、おおおおおおおお!」

 

 拮抗が崩れたことで体勢を崩した“まがいもの”が、前のめりになりながら短槍を振り上げる。そのまま倒れ込むような勢いで古詠に畳み掛け──

 

 

 ▼

 

 

 壮絶な神気と神格振動波の激突、その爆心地となった場所に折り重なるように倒れ込む人影が二つ。古詠と“まがいもの”だ。

 

 下敷きとなっている古詠の顔の横の地面には銀の短槍が突き立てられている。“まがいもの”が勢いのままに振り下ろしたのだ。

 

 短槍を地面に突き立てた“まがいもの”は古詠を下敷きに倒れ込んでからぴくりともしない。死んでしまったのかと勘違いするほどに微動たりとしないが、衣服越しに伝わってくる鼓動が生存を証明していた。

 

「……いつまで私を下敷きにしているつもりですか?」

 

「……身体の感覚が、戻らないんだよ」

 

 過剰に流れ込んだ神気と神格振動波、それに伴う天使化の影響だ。加えて元の肉体が魔族であったことも影響しているだろう。真祖殺しの槍が輝きを失ってもなお、“まがいもの”は身動ぎ一つすることができなくなっていた。

 

 故に歳の近しい少女とほぼ密着状態であっても何も感じず、むしろ身動き一つ取れない不自由さを嘆いていた。

 

「はぁ……邪魔です」

 

「ぐへっ」

 

 動けない事情など知らんとばかりに古詠は“まがいもの”を横に蹴飛ばす。抵抗もできない“まがいもの”はされるがままに地面を転がり、四肢を投げ出した体勢で止まった。

 

 一方の古詠も態度ほど余裕はないのか、“まがいもの”を蹴飛ばしても身を起こすことはない。何処かぼんやりと虚空を見つめ、無気力に溜め息を零した。

 

「我々が正しいとか、貴方が悪だという話は抜きにしましょう。その上で、一つ訊きます」

 

 疲れ切った声音で、しかし真剣な口調で古詠は続ける。

 

「貴方のやり方で暁凪沙とアヴローラを救ったとして、彼女たちが喜ぶと本気で思っているのですか?」

 

「…………」

 

「救われた二人を待ち受けるのは、貴方が犠牲になったという現実です。心優しい彼女たちがその事実に直面して、その上で笑顔でいられると本気で思っていますか?」

 

「……難しいかもな」

 

 凪沙もアヴローラも優しい女の子だ。兄が、家族同然の血の従者が、その身を捧げてまで救ってくれたと知ったならば、きっと酷く心を傷めることになるだろうし、あの天真爛漫な笑顔は著しく陰ることになる。

 

「でも、心の傷は時間が癒してくれる。生きてさえいれば、きっと笑えるようになるさ」

 

「無責任な物言いですね」

 

「仰る通りで……けど、全てが終わった後に俺の存在を覚えているとも限らないからな。案外、大して悲しむこともなく、日常に戻れたりするかもしれないよ」

 

 “焔光の宴”という儀式において、関係者や儀式に巻き込まれたものは多かれ少なかれ記憶搾取の影響を受ける。その影響の大きさは、第四真祖にどれだけ深く関わっていたかで変動し、“原初”諸共に滅びようものなら大半の人々の記憶から消え去ってもおかしくはない。

 

 現に原作では生き延びたヴェルディアナも、名前以外の大半の記憶を喪失してしまい、古城たちから忘れ去られてしまっていたのだ。“まがいもの”が同じような道を辿らない保証は何処にもない。

 

「……貴方は残される側の気持ちを何も分かっていない。記憶を失った程度で、胸に空いた穴までは塞げない」

 

 胸元に手を当てて、古詠はきゅっと唇を噛んだ。忘れようとしても忘れられないこの胸の痛みが、記憶を奪われた程度でどうにかなるのなら、こんな醜態を晒してなどいない。

 

 黙り込んでしまった古詠を横目で伺って、ややあって“まがいもの”は口を開いた。

 

「あんたの言う通りだよ。それでも、大丈夫だって俺は信じてる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……? それは、いったい」

 

 言葉の意味を問い質そうとするも、“まがいもの”は答えない。ただ目元を細め、何処となく歪な微笑みを浮かべるだけだった。

 

 暫くして、感覚が戻った“まがいもの”は立ち上がる。同じくもう起き上がれるだろう古詠は、しかし投げやりな態度で“まがいもの”に背を向けて寝転がったままだ。

 

 意図せずして古詠の心を深く傷付けてしまったことに思うところはあれど、何時迄も此処で油を売っているわけにもいかない。僅かに後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、“まがいもの”はその場を去った。

 

 

 遠ざかっていく足音を背中越しに聞きながら、古詠は憂鬱に溜め息を吐く。

 

 藍羽浅葱の説得も、獅子王機関の三聖たる“静寂破り(ペーパーノイズ)”の実力行使すらも跳ね除けられてしまった。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 決まっている、抗いようのない絶望、世界最強が立ち塞がる。“まがいもの”にとっては最悪なことに、今この島には暇を持て余した真祖が一人いる。

 

 つまりは──

 

「──此処が貴様の願いの果てだ、暁古城。さあ、貴様の全てを(ワタシ)に魅せてくれ」

 

 世界最強の一角、翡翠の姫君が“まがいもの”の行手に立ち塞がった。

 

 

 




暁古城の才能については独自解釈ありです。でも、後々に式神とか呪符を使えなくもなかったから、十分あり得ると思います。
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