“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ボスラッシュ三回戦


愚者の暴君 ⅩⅥ

 やっとの思いで古詠を退けた“まがいもの”は、旧南東地区を目指して進む。浅葱と古詠、二人との戦いで著しく体力を消耗してしまったがために全力疾走はできない。それでも駆け足で前へと突き進んでいた。

 

 日も暮れ始めている。体力だけではなく時間の余裕もなくなってきた以上、急がなければならない。休息を欲する身体に鞭を打ち、足を前へと繰り出して──背筋を特大の悪寒が貫いた。

 

 判断は一瞬、“まがいもの”は直感に従ってその場から全力で飛び退いた。直後、荒れ狂う火焔の奔流が直前までいた空間をアスファルトの地面ごと薙ぎ払った。

 

 突如として“まがいもの”を襲った火焔は大蛇の如く畝り、やがて幻の如く消え去る。しかし残された破壊痕は凄まじく、融解して異臭を放つアスファルトの大地が一連の現象を現実であると訴えかけていた。

 

「この、炎は……!?」

 

 眼前を薙ぎ払った凄まじい噴火の如き火焔に、一気に顔色が悪くなる“まがいもの”。

 

 間近で目視して、秘めた魔力と熱量を感じ取ったからこそ直感的に悟ってしまった。先の攻撃を仕掛けたのは吸血鬼の眷獣、それも今の“まがいもの”では天地が引っ繰り返っても歯が立たないような格上が従える怪物。いや、或いはそれ以上の化け物だ。

 

 下手人の正体を察して顔を引き攣らせる“まがいもの”。その正面、大通りの交差点のど真ん中に何処からともなく霧が集まり、小柄な人影が浮かび上がる。

 

 霧の中から姿を現したのは美しい緑の髪を靡かせた、翡翠の如き瞳を持つ少女だった。

 

 凄絶な鬼気を纏い、薄笑みを浮かべて佇むその身には背筋が凍えるほどの膨大な負の魔力が渦巻いている。“旧き世代”の吸血鬼でもこれほどまでに理不尽な魔力量はしていない。つまりは、眼前の少女は長い歳月を生きる吸血鬼の中でも上澄の存在ということだ。

 

 “まがいもの”は原作知識でその正体を知っていた。知っていたからこそ、絶望しかけていた。

 

「こうして直接相見えるのは初めてだな」

 

 何処か愉悦を含んだ、鈴を転がすような声音で少女は切り出す。容姿容貌だけならば可憐な少女だが、現実はそんな生易しいものではない。

 

 人外染みた鬼気と魔力。尋常ならざる破壊力を秘めた眷獣を従える吸血鬼。特徴的かつ魔的な魅力を醸し出すその容姿。“焔光の宴”が行われている今の絃神島において、これら全ての特徴を有する存在など、一人しか当てはまらない。

 

「知っているかもしれぬが、礼儀として名乗っておこう。ジャーダ・ククルカン。“混沌界域”を治める真祖と言えば、通るだろう?」

 

 中央アメリカに位置する夜の帝国(ドミニオン)“混沌界域”を治める吸血鬼の真祖。世界最強の一角たる第三真祖、それがジャーダ・ククルカンの肩書きだ。

 

「電子の女帝と“静寂破り(ペーパーノイズ)”。あの二人を退け此処まで辿り着いたこと、素直に賞賛しよう。久方振りに興が乗ったとも」

 

 口振からして一部始終を見ていた、或いは全て高みの見物をしていたのだろう。ジャーダは心から“まがいもの”の健闘を讃えていた。死に物狂いで潜り抜けた当人からすれば全くもって面白い話ではないが。

 

「……それで、興が乗ったあんたは何のつもりで俺の邪魔をするんだ?」

 

「無論、ちょっかいを掛けるためだが?」

 

「物見遊山気分で人の邪魔をするんじゃねぇよ……!」

 

 普段の口調をかなぐり捨てて“まがいもの”は怒りを露にした。ただでさえ余裕がない時に、遊び気分で妨害なんてされようものなら、然しもの“まがいもの”でも堪忍袋の緒が切れる。

 

「くふっ、冗談だ。半分ほどな」

 

 揶揄い混じりに笑って、直後にジャーダは牙を剥いて秘めたる魔力の一部を解放する。それだけで“まがいもの”はまともに立っていられず、その場に片膝を突いてしまう。

 

「貴様は“宴”の結末を引っ繰り返そうとしているようだが、それを()()が看過すると本気で思っていたか?」

 

「ぐ、ぁ……!?」

 

 頭から押さえつけられような凄まじい重圧。対抗して魔力を放出しても焼石に水で、膝立ちの体勢から立ち上がれない。

 

 跪く“まがいもの”を悠然と睥睨し、ジャーダは厳かに続ける。

 

「獅子王機関の小娘が健気にも頭を下げ頼み込んでくるものだから、我らは退屈を堪えて引き下がってやったのだ。その上で、目醒めた第四真祖をこの地に留めるための交渉準備も誂えてやった。それら全てをご破算にされるのは、(ワタシ)としても面白くない。これは他の真祖たちも同意するだろうよ」

 

 面白くないなどと宣いながら、ジャーダの顔に浮かぶのは愉悦一色。裏で取り決めていた密約が台無しにされたことなど、殆ど気にも留めていないのだ。

 

 だが、それはそれとして彼ら彼女らにも面子がある。“宴”に参加するために払った労力、第四真祖との交渉のために用意した取引材料、第一真祖と第二真祖の元から来訪した交渉役の使者たち。それら全ての立場を代表して、ジャーダは“まがいもの”の行手を阻んでいた。

 

 無論、それ以外にも理由があるにはあるのだが。

 

「理解できるか? つまり貴様は今、世界最強たる吸血鬼の真祖たちに喧嘩を売っているのだ」

 

「そんなことは、最初から、知ってるんだよ……!」

 

 “焔光の宴”が出来レースに近い代物であることなど、原作知識を有する“まがいもの”が理解していないはずがなかった。理解していたがために、ヴェルディアナを取り零してしまったのだから。

 

 ヴェルディアナが故郷の救済を成し遂げれらなかった最大の理由。それは、世界最強に君臨する吸血鬼の真祖たちが、第四真祖の覚醒を推し進めていたからだ。

 

 明確な描写があったわけではない。だが積極的にしろ消極的にしろ、真祖たちは第四真祖の覚醒を妨害するような真似はしなかった。むしろ覚醒した後に向けて、獅子王機関を主導にしつつ第四真祖との和平交渉やら何やらの準備を滞りなく進めていた。

 

 第四真祖の存在が不都合であるのならば、妨害するか滅ぼそうとするはずだ。真祖が三人集えば、覚醒直後の第四真祖など容易く抹殺できるはずである。

 

 だがそうはならなかった。何故ならば、第四真祖の存在が、その力が必要とされていたからだ。

 

 故に真祖たちは獅子王機関の要請に応じ、第四真祖を覚醒させるために“焔光の宴”を開催した。生贄には匈鬼(蛮族)に奪われた領地が都合よくある。活きの良いザハリアス(愚かな道化)が、勝手に儀式も進めてくれる。真祖たちはただゆるりと待つだけで良かった。

 

 旧カルアナ伯爵領が生贄に捧げられるのも、ザハリアスの手で儀式が推し進められるのも、第四真祖が覚醒するのも既定路線。故に、一介の吸血鬼に過ぎなかったヴェルディアナに、獅子王機関と真祖たちの思惑を覆して領民の救済をすることなど土台不可能な話だったのだ。

 

 不可能だと、諦めていた。その結果、“まがいもの”はヴェルディアナを失った。

 

 ──もうあんな思いは、諦観に身を委ねて大切なものを取り零すのは御免だ。

 

 故に“まがいもの”は抗う。

 

「獅子王機関が立ち塞がろうと……!」

 

 奥歯が砕けるほどに食い縛り、全身全霊を振り絞って“まがいもの”は魔力の重圧に抗う。無自覚に限界を超えて放出されたアヴローラの魔力が、周囲一帯を凍り付かせていく。

 

「吸血鬼の真祖が相手だろうと……!」

 

 “まがいもの”の激情に呼応して異界より二体の眷獣が姿を現す。双頭と三つ首の魔犬たちが、主人の呼び声に応じて眼前の敵手を見据え咆哮を轟かせた。

 

「俺は、もう、諦めないと決めたんだ──!」

 

 真祖が放つ魔力の重圧を完全に振り払い、“まがいもの”は己が両足で立ち上がってみせた。

 

 息も絶え絶えになりながらも対峙する“まがいもの”に、ジャーダは心の底から愉快そうに笑みを深める。

 

「くふっ、極東の島国で貴様のような傑物と遭遇できるとは、わざわざ足を運んだ甲斐があったな」

 

 威圧として解き放っていた魔力を収めるジャーダ。だがしかしその双眸は怪しく爛々と輝き、表情には愉しみを前にした童女のような笑みが浮かんでいた。

 

「故にこそ、口惜しいな。貴様の願いが叶うことはないのだからな──」

 

 ジャーダが徐に片腕を掲げる。何かしらの攻撃が飛んでくると身構えた“まがいもの”は、ジャーダを中心に展開する闇色の空間に血相を変えた。

 

「しまっ──!?」

 

「手遅れだよ」

 

 ジャーダが冷酷に告げる。事実、“まがいもの”の行動はどうしようもなく遅く、手遅れであった。

 

 瞬間的に広がった闇色の空間は大通りの交差点を一区画丸ごと呑み込み、現実空間から完全に隔離する。気が付いた時には、“まがいもの”はジャーダと二人きりで無限に拡がる闇色の世界に囚われてしまっていた。

 

「ようこそ、我が眷獣の腹の中へ。此処ならば誰の横槍も入らず、存分に語らうことができるぞ。まあ、出ることもできぬがな」

 

「くそ……!」

 

 やられた、と“まがいもの”は悪態を零す。ジャーダが保有する眷獣、無限に拡がる闇の世界そのものを実体とする規格外の怪物に呑まれてしまったのだ。

 

 万全の状態であったヴァトラーですら脱出に半日以上を要した異空間。災厄の化身たる十二の眷獣を従える第四真祖ですらない、ただの血の従者でしかない“まがいもの”に打ち破れるようなものではない。

 

 この空間を脱出する術はただ一つ──眷獣の主人たるジャーダを打ち倒す、それ以外に道はない。

 

「さあ、どうする? 言葉で説得するか? 実力で押し通るか? それとも、首を垂れて諦めるか?」

 

「決まってる──推し通るぞ」

 

 絶望が立ち塞がっても折れることはない、諦めることもない。“まがいもの”は無茶無謀を通り越して不可能へと挑む。

 

「よかろう。今の(ワタシ)は頗る気分が良い。貴様の無為な悪足掻きにも、全て応えてやろう──“宴”が終わるまで、な」

 

 それはつまり、“焔光の宴”が終わるまで“まがいもの”をこの空間から逃すつもりはないという宣言。一刻も早く儀式場へと向かわなければならない“まがいもの”にとっては死刑宣告に等しいものだ。

 

「──此処が貴様の願いの果てだ、暁古城。さあ、貴様の全てを(ワタシ)に魅せてくれ」

 

 世界にたった三人しか存在しない吸血鬼の真祖。魔族の王、夜を統べる世界最強の一角が、覆しようのない絶望が“まがいもの”の行く道に立ち塞がった。

 

 

 ▼

 

 

 それは新学期が始まり、“まがいもの”の学舎が中等部から高等部へ移ってすぐのことだった。

 

 高等部に上がったことで発生した進路指導や模擬試験などの雑事を済ませ、アヴローラが待つマリーンに向かう道中。浅葱から受け取ったプレゼントが仕舞われたスクールバッグを肩に担いで歩いていた“まがいもの”は、マリーン近くの海浜公園の入り口で歩みを止めた。

 

 公園内に設置された遊具の一つであるブランコ、そこに見慣れた金髪の少女がいた。

 

 少女はゆらゆらと手持ち無沙汰にブランコに腰掛け、ぼうっと何かを眺めている。視線の先を追えば、そこには下校途中らしき中学生の少女たちがいた。

 

 和気藹々と会話をしながら帰路につく少女らの姿をじっと見つめる。金髪の少女の横顔に浮かぶのは微かな羨望と諦観。呪われた運命に縛られた身では、願っても届くことのないごくありふれた日常を羨んでいるのだ。

 

 ブランコを漕ぐこともなく陽だまりの世界を眺める金髪の少女を、“まがいもの”は苦い表情で見つめる。しかしすぐにスクールバッグの中身の存在を思い出し、無理やりに微笑を浮かべて少女の元へと向かった。

 

「待たせたな、アヴローラ」

 

 金髪の少女──アヴローラは声を掛けられて初めて“まがいもの”に気付き、はっと顔を上げると安堵したように笑顔を浮かべた。

 

「わ、我に雌伏の時を強いるとは、従者の身で不敬なるぞ!」

 

「悪かったよ。お詫びと言っちゃなんだけど、これをやるから許してくれ」

 

 ブランコに腰掛けるアヴローラの前に膝を突き、“まがいもの”はスクールバッグからビニール袋に包まれた新品のセーラー服を取り出した。浅葱に頼んで注文した、彩海学園中等部の制服だ。

 

 差し出された制服に目をぱちくりとさせるアヴローラに“まがいもの”はボロが出ないように気を付けながら事の経緯を話す。

 

「前から浅葱の制服を羨ましそうに見てたろ? 一着くらいならあげるって、浅葱が用意してくれたんだ」

 

 事実は浅葱の制服姿を羨むアヴローラのために“まがいもの”が頼み込んだのだが、わざわざそれを明かすつもりはなかった。

 

 アヴローラはおずおずと手を伸ばし、ビニール袋に包まれた新品のセーラー服を見つめる。そして嬉しそうに表情を綻ばせると、ぎゅっと宝物のように抱き締めた。

 

「ありがとう、従者……」

 

「…………」

 

 普段の仰々しい口調ではない、心からの素直な感謝を口にするアヴローラ。高価な宝石でもない制服を大事そうに抱える少女に、“まがいもの”は下校途中の女生徒たちを眺める姿を思い出し、つい反射的に口を開いてしまう。

 

「もし……」

 

「……?」

 

「もしも、学校に通うことができるとしたら、通いたいか?」

 

「……え」

 

 口にしてから“まがいもの”は内心でしまったと頭を抱えた。アヴローラを利用して凪沙に取り憑いた“原初”を封印しようと画策しているのに、どの口で希望を持たせるようなことを宣っているのか。

 

 だが先の諦観と羨望の滲む横顔を見て、制服一つに一喜一憂する姿を前にしてはどうしようもなかった。

 

 自己嫌悪に歯噛みする“まがいもの”に対して、アヴローラは言葉の意味を理解できていないのかぽかんと硬直。ややあってから理解が追い付いたのか、目をまん丸に見開いて勢いよくブランコから立ち上がる。

 

「い、行きたい! 従者と同じ学校!」

 

「あ、ああ。同じ学校に通えるかは分からないけど……そうだな、那月先生に相談してみるよ」

 

 原作でもアヴローラを学校に通わせようという話は矢瀬が提案していた。だからこそ、反射的に“まがいもの”も口にしてしまったのだが。

 

 腕利きの攻魔師であり、特区警備隊(アイランド・ガード)や各方面に顔が利く那月ならばアヴローラを学校に通わせるよう根回しすることもできるだろう。その分、借りは高くつくだろうが。

 

 アヴローラは喜びのあまり今にも飛び付きかねない勢いでぴょんぴょん跳ねている。その姿は年相応の可愛らしい無邪気な女の子でしかなくて、“まがいもの”はひっそりと唇を噛み締めた。

 

 ──ごくありふれた幸せを喜ぶ目の前の少女を利用して、お前は暁凪沙を救えるのか? 

 

 アヴローラと過ごすこと半年近く。ヴェルディアナも交えた半共同生活は、“まがいもの”の心に幾度となく自問自答を強いてきた。その度に“まがいもの”は現実から目を逸らし続けてきた。

 

 だが、それも限界が近い。“宴”の終わりが、運命の日が近付いているからだ。

 

 このまま当初の計画通り、アヴローラに願って“原初”諸共に自らを封印させる。それが最も確実で、暁古城(主人公)ではない“まがいもの”が選び取れる唯一の未来だ。それしかない、はずなのだ。

 

 胸中を迷いの暗雲が覆う。お人好しな気質が、元来の善性が悲鳴を上げている。けれど、これしかないのだと“まがいもの”は目を逸らし、花のような笑顔で喜ぶアヴローラを優しく見守り続けた。

 

 そんな一幕があったことを、“まがいもの”はふと思い出したのだった。

 




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