“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

93 / 99
暁牙城CV(加◯康之)


愚者の暴君 ⅩⅧ

 絃神島・旧南東地区(アイランド・オールドサウスイースト)へと繋がる数少ない経路である連絡橋。前日に“まがいもの”たちとザハリアスが激突したその橋は、擬似吸血鬼感染症を封じ込めるために特区警備隊(アイランド・ガード)によって封鎖されていた──つい先ほどまでは。

 

 装甲車両と即席のバリケードで塞がれていた橋は、旧南東地区側からの襲撃によって吹き飛ばされ、見るも無惨な瓦礫の山へと変えられていた。下手人は一番目(ブローテ)九番目(エナトス)を引き連れたザハリアスだ。

 

 老獪な中年の姿を捨て去り、若かりし青年時代の姿をしたザハリアス。余計な横槍を嫌って特区警備隊(アイランド・ガード)を追い払い、間も無く訪れるだろう邪魔者(イレギュラー)を待っている。

 

 第四真祖を覚醒させる儀式たる“焔光の宴”の準備は滞りなく進んでいる。既に日は没し、立ち替わるように満月が昇り始めていた。空も雲一つなく、儀式を執り行うのにこれ以上のコンディションはない。

 

 ただ一つの不確定要素を除いて。

 

 夜闇が支配する連絡橋に人影が一つ現れる。瓦礫と化したバリケードの残骸を踏み越え、確かな足取りで真っ直ぐと歩むのは少年だ。

 

 幾つもの死線を潜り抜けてここまで辿り着いた少年。その顔付きは昨日とは全くの別物。揺るぎない覚悟と燃え上がる激情を宿した瞳で、立ち塞がるザハリアスを睨み据えている。

 

 十二番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”、アヴローラ・フロレスティーナが唯一の血族──“まがいもの”がこの地に足を踏み込んだ。

 

「電子の女帝、獅子王機関の三聖、そして第三真祖ジャーダ・ククルカン。これほどの錚々たる顔触れと対峙しながらここまで辿り着くとは、あなたには本当に驚かされましたよ、ご同輩」

 

 ザハリアスの賞賛の言葉に“まがいもの”はあからさまに顔を顰める。この男に褒められたところで微塵も嬉しくないと顔が語っていた。

 

「わざわざここまで俺を出迎えにきたのか……いや、違うな。これ以上、俺を儀式場に近づけたくなかったんだな。長年の野望が成就する目前なのに、随分と臆病じゃないか」

 

 普段の“まがいもの”らしからぬ、他者を蔑み嘲るような笑みで痛烈に罵倒する。大して人柄を知らないザハリアスはその違和感に気付かないだろうが、浅葱あたりが目にしたら体調不良を疑うような振る舞いだった。

 

「虚勢を張らなければこの場に立ってすらいられない、あなたほどではありませんよ。ああ、そういえば、あの愚かなカルアナの娘はどうしました? 無様に何処ぞで野垂れ死にましたか?」

 

 “まがいもの”の罵倒に対して、倍以上の罵倒と煽りで返すザハリアス。助かる見込みがなかったヴェルディアナのことまで引き合いに出すあたり、容赦の欠片もない。

 

「ヴェルディアナなら居るさ、此処にな──“ガングレクト”、“ガングレティ”」

 

 主人の喚び声に応えて三つ首の番犬と双頭の魔犬が姿を現す。二体の眷獣は元主人の仇であるザハリアスを睨み付け、牙を剥いて低く唸り声を上げた。

 

「躾のなっていない犬を受け継ぎましたか。ですが、それが何だというのです。所詮は木端吸血鬼の眷獣。一番目(ブローテ)九番目(エナトス)には遠く及ばない」

 

 威嚇してくる二頭の魔犬を見下し、ザハリアスは嘲笑混じりに続ける。

 

「加えてあなたはたった一人。カルアナの娘も、アヴローラもいない。武器すらも失ったあなたに、私を倒せるとでも?」

 

 三人掛かり、銃火器も持ち合わせた上で既に一度敗北している。それらの大半を失った“まがいもの”が、一番目(ブローテ)九番目(エナトス)を引き連れたザハリアスに勝てるのか。

 

「……一人じゃないさ」

 

 “まがいもの”は拳を胸に当て、高らかに答える。

 

「ヴェルディアナは此処にいる。アヴローラも俺に力を貸してくれている。兵器で身を固めていい気になってる兵器商一人くらい、第三真祖と比べれば可愛いもんだ」

 

「……いいでしょう。ならばその兵器の力、あなたにお見せしましょう」

 

 低い声音で呟いてザハリアスは己が右腕に埋め込んだ魔刃を突き出す。匈鬼たちに提供していた兵器の一つであるが、その本質はザハリアスが扱うために誂えた兵器だ。匈鬼たちのためにわざわざ用意したものではない。

 

 左手首からも銃口が顔を覗かせる。魔力を弾丸として放つ魔銃。その威力は込める魔力量と特質によって変わる。ザハリアスが本気で魔力を注ぎ込めば、装甲戦車に穴を開けるくらいの威力を引き出すことが可能だ。

 

 他にも小回りの利く各種銃火器を身体中の至る所に身につけ、纒う衣服も高い防刃防弾性能を秘めている。ザハリアスが用立てできる兵装、その全てを身に付けた完全武装状態だ。

 

 ここに“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”が二人、一番目(ブローテ)九番目(エナトス)まで付いてくるのだ。真っ当な感性を持つものであれば、戦力差を考慮して引くところだろう。

 

 だが“まがいもの”は引かない。数少ない武装を失い、頼りになるのは二体の眷獣たちしかいない状況でも、“まがいもの”は突き進む。必ず救うと決めたからだ。

 

 それに、この男からだけは逃げてはならない。これ以上、ザハリアスの手で悲劇を拡げさせてはならないと、“まがいもの”は固い決意を抱いていた。

 

「いくぞ、ザハリアス──兵器の貯蔵は十分か?」

 

 バリッ、と青白い火花を散らし、“まがいもの”は因縁の戦いに身を投じた。

 

 

 ▼

 

 

 それは“まがいもの”が暁古城となって初めての夏休み、牙城と共に第四真祖に纏わる遺跡を巡っていた頃の話だ。

 

 当時の“まがいもの”と牙城は今ほど気安い関係ではなく、ピリピリと張り詰めた空気を隠せない間柄だった。それもそのはずで、外身は血の繋がった親子でも中身は赤の他人。牙城は“まがいもの”の人柄を見極めようとしており、“まがいもの”もまた距離感を掴みかねていたのだ。

 

 そんな折に、二人は遺跡内部の遺産を狙う武装勢力の襲撃に遭い、命の危険に見舞われた。

 

 狭い遺跡内部での銃撃戦。二人に対して踏み込んできた部隊は複数。牙城と“まがいもの”は否が応でも協力し合い、互いに背中を預けてこの窮地を乗り切った。

 

 武装勢力を追っ払い、人心地ついたところで牙城と“まがいもの”は遺跡の壁に背を預けて休む。二人とも煤やら砂埃やらに塗れてはいるが大した怪我もない。ただ、まだ命懸けの戦いに慣れていない“まがいもの”は荒い息を吐いて地べたに座り込んでいた。

 

「まあ、及第点だな。初の実戦にしては頑張った方じゃねえか?」

 

「それは……よかった、よ……」

 

 息を切らしながら“まがいもの”は撃ち尽くした短機関銃を落とす。牙城の言葉で戦闘の終わりを理解し、張り詰めていた緊張を完全に解いた。

 

 銃火器の扱いや鉄火場での心得を教わって一、二週間。ろくに心構えもできていない心境での命のやり取りは、“まがいもの”の心身に凄まじい負担を掛けた。それでも、背を向けて逃げるような真似はしなかったが。

 

 少しずつ息を整える“まがいもの”の隣に牙城もどさっと腰を下ろす。

 

「なあ、こじょ──いや、“まがいもの”さんよ……なあ、この呼び方どうにかなんねえか?」

 

「呼びにくいなら、おい、とかお前、とかでいいよ」

 

「絶妙に闇深そうなこと言うんじゃねえよ」

 

 調子が狂うな、と牙城は髪を掻き上げた。

 

「今の戦闘、結構危ない場面があったろ」

 

「ああ、そうだな。牙城が引っ張ってくれなかったら、今頃蜂の巣になってたかもな」

 

 武装勢力との交戦の最中、命の危険を感じた回数は両手の指でも数え足りない。未だ血の従者として覚醒していない“まがいもの”は、致命傷を負えば当たり前に命を失う。

 

 もしもこの場に牙城がいなければ、“まがいもの”は為す術もなく銃弾の餌食になって野垂れ死んでいたことだろう。

 

「なんだってそこまで付き合える? 途中で逃げ出しちまえばよかったろ。お前さんにとっては俺も、凪沙も他人でしかないんだからな」

 

 “まがいもの”と牙城は凪沙を救うために協力関係を結んだが、そもそもそこが可笑しな話だ。“まがいもの”は暁家とは縁もゆかりもない、極端に言えば他人である。凪沙のために命を懸ける理由も、牙城と共に戦う義理もないのだ。

 

 牙城の眼差しに真剣なものを感じ取り、“まがいもの”は考えるように視線を床に遺跡の通路に落とす。

 

「凪沙ちゃんさ、病室で泣いてたんだよ。助けられなかった、ダメだった、ごめんなさい──古城君ってさ」

 

「そいつは……」

 

 牙城が痛みを堪えるように奥歯を噛んだ。まだ幼いといっても過言ではない愛娘に、実の兄を救えなかったなどという十字架を背負わせてしまった。親としての不甲斐なさに自分自身への怒りが込み上げる。

 

「それなのにさ、翌朝には朗らかに笑って俺を『古城君!』だなんて呼んでくれたんだ。まがいものであることを知った上で、俺の拙い演技に付き合ってくれているんだ」

 

 暁凪沙は暁古城の中身が“まがいもの”であることを知っている。にも関わらず、“まがいもの”を暁古城として呼び、以前と変わらない兄妹関係を維持している。

 

 それは現実逃避──では、ない。

 

 凪沙が“まがいもの”の演技に付き合っているのは、他ならない“まがいもの”のためだ。

 

 第四真祖の血の記憶に呑まれて消えてしまった兄の代わりに、暁古城であろうとしてくれている“まがいもの”を肯定するために、“まがいもの”が居場所を失ってしまわないように。

 

 暁凪沙は“まがいもの”を受け入れたのだ。

 

「本当は誰よりも辛いはずなのに、赤の他人に過ぎない俺を気にかけて笑ってくれている。あんなにも健気で優しい女の子が救われないなんて、あんまりじゃないか」

 

 拳を握り締めて“まがいもの”は真正面から牙城を見返す。その瞳に渦巻くのは罪悪感と責任感、そして生来のお人好し故の優しさ。

 

「暁古城として涙を拭ってあげることはできないけど、せめて凪沙ちゃんの未来だけでも守ってみせる。それが、暁古城の居場所を奪った“まがいもの”(おれ)にできる、唯一の罪滅ぼしだ」

 

 前向きとは言い難い、罪悪感や責任感を由来とする理由。しかしそこに込められた覚悟は並大抵のものではなく、嘘偽りの一切ない心からの本音であることが窺えた。

 

 “まがいもの”の決意表明に対して、牙城はしばし難しい顔で黙り込んだ。しかし不意に眉間に刻んでいた皺を緩めると、にっと笑いながら“まがいもの”の肩を叩いた。

 

「なんだ、つまりお前さんは凪沙の可愛さに惚れ込んだってことだな? そういうことならそう言えよ!」

 

「え、お、おう……? まあ、凪沙ちゃんは可愛いと思うよ?」

 

 唐突に重苦しい空気が吹き飛び、“まがいもの”は目を白黒させる。とりあえず牙城の言葉を否定せずに肯定だけしておいた。

 

「そりゃ当然だろ。俺と深森さんの娘だぜ? 何処に出しても恥ずかしくない、可愛い愛娘だ。あ、お前さんにもくれてはやれないぞ?」

 

「いや、中身は違うけど血が繋がってるからな? ちょっと落ち着いてくれ?」

 

 親バカを発揮してとんでもないことを宣いだした牙城に、“まがいもの”は呆れを隠すことができない。もはやつい先程までの空気感は完全に消え去り、二人の間にあるのは何処か気の抜けてしまいそうな緩い空気だった。

 

 緩い空気に肩の力が抜けてしまう“まがいもの”。そこへ牙城はすっと差し込むように告げる。

 

「まあ、そういうことなら今後もよろしく頼むぜ──“戦友”(きょうだい)

 

 少なくない信頼を込めて、牙城は新たな呼び方で“まがいもの”を呼んだ。それはつまり、“まがいもの”を信頼に足る人間だと認めたということだ。

 

 不意打ち気味の言葉に“まがいもの”は目を丸くする。こんなにも早く牙城に認めてもらえるとは思ってもいなかったのだ。

 

 だが信頼してもらえたと理解すると、“まがいもの”は噛み締めるように瞑目し、少しばかり肩の力を抜いて微笑んだ。

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ──“戦友(きょうだい)”」

 

 そうして牙城と“まがいもの”は信頼を預け合い、命を預ける戦友として、気心知れた友人として、そして歪ではあるが親子として、関係性を深めていったのだった。

 

 

 ▼

 

 

 戦場を青白い雷光が縦横無尽に駆け抜ける。地上を走る稲妻のように、或いは獲物を狙う獅子のように、目にも止まらぬ疾さで疾走している。雷光を纏った“まがいもの”が、著しく向上した身体能力を発揮して高速移動しているのだ。

 

 相対するは無数の兵器で身を固めたザハリアス。一番目(ブローテ)が展開する絶対防壁の内側で、迂闊に攻め込んでくる“まがいもの”へ手痛い反撃(カウンター)を喰らわせようと画策していた。

 

 だがその目論見は一度として成功していなかった。

 

「どうした? ご自慢の兵器の性能を見せてくれるんじゃなかったのか?」

 

 青白い閃光が瞬き、金剛石の障壁に衝撃が迸る。ザハリアスは反射的に砲撃を放つが、魔力の弾丸は虚空を穿つのみ。そこには誰もいない。攻撃と同時に“まがいもの”は既に安全圏にまで距離を取っており、ザハリアスの反応速度では反撃が間に合わないのだ。

 

一番目(ブローテ)!」

 

「…………!」

 

 ザハリアスの命令に従い、一番目(ブローテ)が攻撃の反射を行う。無数の眩い宝石が“まがいもの”を襲う。しかし降り注ぐ宝石群が稲妻の如く疾走する“まがいもの”を捉えることはない。瓦礫や横倒しとなった装甲車の物陰に飛び込み、盾代わりにしてやり過ごしたのだ。

 

「早い、疾すぎる……! 一番目(ブローテ)でさえ捉えられないと……!?」

 

「……五番目(ペンプトス)

 

 焦燥に顔を歪めるザハリアスの隣で、一番目(ブローテ)は“まがいもの”の高速移動の絡繰を看破していた。

 

 “まがいもの”が一番目(ブローテ)ですら捕捉し切れない高速機動を実現できている理由、それは五番目(ペンプトス)から受けた魔力補給のおかげだ。

 

 ”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”をその身に封じ込め、限定的とはいえ権能として雷光を操る能力。五番目(ペンプトス)の血を飲んだことで、限定的かつ時間制限ありきではあるが、その能力を引き出すことができるようになった。

 

 周囲一帯を薙ぎ払うような破壊を行使することはできないが、節約に節約を重ねて雷光を纏うことで身体能力の底上げくらいはできる。今の“まがいもの”は吸血鬼でありながら、獣人に匹敵する身体能力を有していた。

 

「くっ、九番目(エナトス)の方は……」

 

 一番目(ブローテ)と二人掛かりで攻め落とせないならば九番目(エナトス)も加勢させればいい。しかしそれは別の要因によって難しい相談となっていた。

 

 ザハリアスたちと“まがいもの”からやや離れた位置にて、九番目(エナトス)は荒れ狂う衝撃波を操り戦っている。相手は二体の眷獣──ではない。二体の魔犬が融合して現れた神殺しの狼だ。

 

 現世に顕現した“神狼の凍炎(フェンリル)”は、主人の邪魔はさせまいと九番目(エナトス)に襲い掛かった。第四真祖の眷獣の権能を限定的に行使できるとはいえ、第三真祖の眷獣を真っ向から打ち破るほどの怪物の相手は九番目(エナトス)であっても荷が重かった。

 

 倒すどころかむしろ倒されないように持ち堪えるので精一杯の九番目(エナトス)を見て、加勢させるのは不可能だとザハリアスは舌打ちを零した。

 

 “まがいもの”とジャーダは現実世界から隔離された異空間で戦っていた。故にザハリアスは“まがいもの”が伏せ隠していた合成眷獣という切り札を知らず、九番目(エナトス)を釘付けにされたのは最大の誤算だった。

 

「よもや、あのような奥の手を隠し持っていたとは……ですが、それでもあなたに私を倒すことはできない」

 

 多少の焦りはあるものの、ザハリアスの優位が揺らいだわけではない。何故ならば、“まがいもの”には決定打が欠如しているからだ。

 

「小賢しく走り回ったところで、一番目(ブローテ)の絶対防壁を破らない限り、あなたに勝ち目はない。ああ、虎の子の真祖殺しの槍でも使いますか? 今度は躊躇わないよう、しっかり狙うことですね」

 

「────」

 

 大気が裂けるような爆音と同時、宝石の障壁に“まがいもの”の蹴りが叩き込まれる。有らん限りの雷光を纏わせた一撃だ。

 

 生身で受ければ無事では済まない、雷による強化の後押しと雷光の上乗せを受けた蹴撃。今の“まがいもの”に放つことができる最大の攻撃であったが、それも届かなければ意味がない。

 

 迂闊に大味な攻撃を仕掛けてきた“まがいもの”にザハリアスはほくそ笑み、右腕の魔刃を振り上げる。あからさまな挑発に乗せられてしまった“まがいもの”は隙だらけで、迫る魔刃を避けることもできない。

 

 ざしゅ、と生々しい音と共に“まがいもの”の脇腹に魔刃が深々と突き刺さる。刀身に刻まれた術式が駆動して火を噴き出し、傷口ごとその肉体を燃やした。

 

「はははっ、やはり若い。この程度の挑発で我を忘れるとは──」

 

 調子良く嘲笑うザハリアス。その顔面に燃え盛る火炎を纏った渾身の拳が叩き込まれた。

 

 心構えもなしに全力の拳を受けたザハリアスが吹き飛ぶ。すぐ側で障壁の操作をしていた一番目(ブローテ)は目を見開き、炎に包まれながら拳を振り抜いた“まがいもの”を唖然と眺めていた。

 

「見え透いた隙に喰い付いて殴り飛ばされて、どっちが若いんだろうな? 大人しく障壁の内側に引き篭もってたほうがいいんじゃないか、ご同輩?」

 

 身体を包む炎を魔力の放出で消し飛ばし、“まがいもの”は悶絶するザハリアスを無理に作った嘲笑で見下ろす。全身の至る所を火傷に苛まれ、脇腹に創傷を受けながらも“まがいもの”は痛みなど感じていないように笑っていた。

 

 あからさまな煽りにザハリアスは青筋を立て、口角泡を飛ばしながら叫ぶ。

 

一番目(ブローテ)! その男を今すぐに始末しなさい!」

 

「…………!」

 

 蹴撃の衝撃を蓄えた眩い宝石が“まがいもの”を四方八方から襲う。五番目(ペンプトス)から受け取った魔力を先の一撃で使い果たした“まがいもの”に回避する術はなかった。

 

 弾丸のように降り注ぐ宝石に呑まれる直前、一番目(ブローテ)は“まがいもの”と目が合った。絶望的な状況の中にありながら、“まがいもの”は一番目(ブローテ)に優しく微笑んでいた。気にするな、と言わんばかりに。

 

 雷光を帯びた宝石の雨霰が“まがいもの”と橋の路面に叩き付けられる。もはやそれは機関砲の斉射に等しい威力であり、激しく塵煙が巻き上げられ視界が不明瞭になった。

 

 宝石の雨は数秒で止んだ。巻き上がった塵煙の中に人が動く気配はない。九番目(エナトス)と鎬を削っていた“神狼の凍炎(フェンリル)”の召喚が解除されたことから、無視できないほどのダメージを負ったことは間違いないだろう。

 

 僅かに蹌踉めきながら立ち上がり、ザハリアスは塵煙の中心を見据える。一番目(ブローテ)の反射攻撃をもろに受けて無事なはずがない。意識を失っているか、立ち上がることすらも困難な状態に陥っているはずだ。

 

 だが塵煙の中に浮かび上がった人影に、ザハリアスははっきりと顔を引き攣らせた。

 

 舞い上がった塵煙を突き破り、血塗れの“まがいもの”がザハリアス目掛けて突貫する。全身を宝石の雨に打たれたダメージなど構わず、一直線に突き進み続けた。

 

「──一番目(ブローテ)!」

 

 止まることのない進撃にザハリアスは声を上擦らせ、焦燥混じりに命令を下す。一番目(ブローテ)がザハリアスを護るように宝石を展開するのと、“まがいもの”の拳が障壁に激突するのは同時だった。

 

 渾身の一撃を宝石の壁に阻まれた“まがいもの”はその場で硬直。ややあってから力尽きたように膝から崩れ落ちた。

 

 “まがいもの”が倒れ伏してからしばし。時間の流れが止まったかのようにザハリアスたちは立ち尽くしていた。何かの拍子にまた立ち上がるのではないか、という可能性を警戒していたからだ。

 

 しかし幾ら経っても“まがいもの”が起き上がることはなく、今度こそ終わったのだとザハリアスは安堵の息を吐く。“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”を二人も引き連れながら追い込まれかけたのは誤算だったが、これで“宴”における最大の不確定要素は無力化できた。

 

 いや、無力化だけでは足りない。第三真祖と対峙してもなお生き延びるような存在は、此処で確実に葬る必要がある。

 

 ザハリアスはうつ伏せに倒れる“まがいもの”を足で仰向けにする。“まがいもの”は瞬きをすることもなく、虚ろに薄目を開いたまま意識を失っていた。

 

 ザハリアスと同じく“まがいもの”は第四真祖の血の従者だ。時間を置けば肉体の損傷は回復し、何れは意識も取り戻すだろう。その前に、確実に滅ぼさなければならない。

 

 今この場における、真祖の血の従者を滅ぼす手段は二つ。“まがいもの”が腰に吊っている、真祖殺しの槍が装填されたクロスボウを利用して滅ぼす。もう一つは、従者を従者たらしめる真祖から下賜された肋骨を抜き取ることだ。

 

 真祖殺しの槍は貴重な代物だ。死に損ないの始末に浪費するのは勿体無い。多少の抵抗はあるかもしれないが、ザハリアスは後者の手段を選び取った。

 

 懐から抜き放った大振りのナイフを振り上げる。脇腹を切り裂き、その下にある肋骨を奪えば“まがいもの”は確実に死に絶える。魚を捌くよりも楽な作業だった。

 

「彼方でカルアナの娘と仲良くするといい、ご同輩──」

 

 ナイフの切先が無慈悲に振り下ろされる。趨勢を見守っていた一番目(ブローテ)は目を伏せ、九番目(エナトス)は呆気ない幕切れに嘆息を零し──“まがいもの”は狡猾に口端を上げた。

 

 ──鮮血が激しく飛び散った。

 

 

 ▼

 

 

 “まがいもの”とザハリアスが戦う連絡橋を見下ろすビルの屋上。そこに二つの人影があった。全身至る所に包帯を巻いた牙城と深森だ。

 

 ザハリアスの卑劣な策略によって負傷し、脱落を余儀なくされた牙城と深森。だが協力者たる“まがいもの”が一人で奮闘しているというのに呑気に病院のベッドで休んでなどいられるはずもなく、二人はどうにか病院を抜け出してこの場に駆け付けた。

 

「兄弟は上手くやってるみたいだな」

 

 照準器(スコープ)越しに奮闘する“まがいもの”の活躍を見守りながら呟く。

 

 “まがいもの”は少ない手札を上手く切り、柄にもない煽りと挑発を駆使してザハリアスの注意を己にだけに集めていた。全ては牙城の援護を確実に通すためである。

 

 牙城は今、長大な対物狙撃銃を構えて屋上の一角に寝そべっていた。標的が決定的な隙を晒す瞬間を、虎視眈々と待っているのだ。

 

 その隣に腰掛けている深森は黒塗りの双眼鏡で牙城と同じように行く末を見守っている。同時に観測手(スポッター)の役目も担っていた。

 

 深森は狙撃に必要な距離を測り、過適合者(ハイパーアダプター)としての能力を応用して風向と風速、湿度などの情報を事細かに伝えていた。その環境情報に合わせて牙城は狙いを調整していく。

 

「牙城君、本当に上手くいくの?」

 

「なんだよ深森さん。俺と兄弟の作戦が信用ならないってか?」

 

「だって作戦も何もねぇ?」

 

 胡乱な目付きで深森は牙城を見下ろす。作戦などと言ったが、牙城と“まがいもの”はろくな打ち合わせもしていない。連絡橋に辿り着く直前、顔を合わせて一言ずつ言葉を交わしただけなのだ。

 

 その内容も、「援護は頼んだ」と「止めは任せた」だけ。具体的にどうやって援護するのかも何も話し合わず、“まがいもの”と牙城は慣れた仕草で拳を突き合わせて別れてしまったのだ。深森からすれば理解に苦しむ光景である。

 

 どう説明したものかと牙城は少し悩み、ややあって口を開く。

 

「短い期間とはいえ、俺と兄弟は背中を預け合って幾つもの死線を潜り抜けてきた。だからまあ、ある程度考え方とかを共有できてるのさ。目標さえ明確なら、目線一つ、合図一つでなんとかなるもんだ」

 

「ふーん? なんだか、私が思ってるより随分と仲良くなってたみたいね」

 

「お? もしかして焼いてくれてんのかい?」

 

「はいはい、冗談はそこまで。ほら、ふざけてないで集中して」

 

「あいよ」

 

 軽薄な口調で答えて牙城は引鉄に指を掛ける。照準器の先では“まがいもの”が倒れ、ザハリアスが止めを刺そうとナイフを振り上げている光景が繰り広げられていた。

 

 ザハリアスを打倒するにあたって、“まがいもの”と牙城はとある共通見解を持っていた。それは一番目(ブローテ)の障壁を如何に攻略するかというものだ。

 

 一番目(ブローテ)の展開する“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の障壁は物理的な攻撃に対してほぼ無敵の性能を誇っている。真祖殺しの槍か次元ごと喰らうような攻撃手段でもない限り、真っ向から打ち破ることは不可能といっても過言ではない。

 

 “まがいもの”と牙城に障壁を真正面から破る手段はない。破ることができないのなら、障壁を展開させなければいい。二人は同じ結論に至った。

 

 幸いなことに“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の障壁は攻撃に対して自動的に展開するような代物ではなく、一番目(ブローテ)自身が命令を受けて制御している。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一番目(ブローテ)が兵器としての在り方を強いられ、受け入れているからこその歪んだ主従関係。それこそが“まがいもの”と牙城の突破口。ザハリアスが抱える致命的な弱点だ。

 

 勝利を確信したザハリアスがナイフを勢いよく振り下ろす。一番目(ブローテ)は目を伏せ、完全に気を抜いている。あの様子であれば、反射的であっても障壁を張ることはないだろう。

 

 つまり、今この瞬間こそが待ち望んだ最大の好機。牙城は躊躇うことなく引鉄に掛けた指に力を込めて──

 

 

 ──外しはしない。

 

 

 一発の弾丸が夜闇を切り裂いて飛翔した。

 

 

 ▼

 

 

 鮮血が飛び散る。ナイフを振り下ろそうとしたザハリアスの頭部の半分近くが柘榴のように弾け飛び、血や脳漿が盛大に撒き散らされた。

 

 戦いの決着、ザハリアスの勝利を確信していた一番目(ブローテ)九番目(エナトス)は目を見開き、予想だにしない遠距離狙撃に動きが止まった。狙撃を受けた当人たるザハリアスは頭部を半分以上も吹き飛ばされ、思考する能力すら喪失している。仮に思考能力が残っていたとしても、完全に油断していたザハリアスに即応できたとは思えないが。

 

 ザハリアスたちが完全に動きを止めてしまった一方、この瞬間を信じて待ち侘びていた“まがいもの”は誰よりも早く動き出していた。

 

「だから言ったろ。俺は一人じゃないってな──」

 

 意識を失った振りから即座に跳ね起き、懐に隠し持っていた真祖殺しの槍──カルアナの槍を握り締めてザハリアスへ突貫する。術式が励起していない槍はただの鋭利な槍でしかないが、それで十分。狙いは最初から一点、ザハリアスを血の従者たらしめる一番目(ブローテ)の肋骨だ。

 

 狙撃の衝撃によって倒れていくザハリアスの左胸へと躊躇いなくカルアナの槍を突き入れる。刺し込まれた異物にザハリアスの両腕が反射的に動くが、その手は虚空を泳ぐだけ。頭を失った肉体にろくな抵抗などできず、まして一番目(ブローテ)九番目(エナトス)へ命令を下すことなどできるはずもない。

 

 兵器として従ってきただけの一番目(ブローテ)九番目(エナトス)は動かない。目の前で自分たちを従え、利用してきた存在が窮地に陥っていてもなお、命令がないからと静観を貫いていた。

 

「おおらあッ──!!」

 

 裂帛の気合いと共に“まがいもの”は槍を力尽くで水平に薙ぎ、ザハリアスの胸部を引き裂く。血飛沫が激しく飛び、その下で水晶の如く透明な肋骨が存在を主張するように光った。

 

 迷いなく“まがいもの”はザハリアスの胸部に空いている手を突っ込み、一番目(ブローテ)から簒奪された肋骨を掴む。そのまま力任せに引き抜こうとして、ザハリアスの両手が“まがいもの”の腕に縋りついた。反射で動く肉体が、偶然にも“まがいもの”の手を掴んだのだ。

 

 ザハリアスが血の従者として生きてきた歳月は十年、二十年では足りない。百年以上もの時を血の従者として、一番目(ブローテ)の魔力供給によって生き永らえてきた。

 

 そんなザハリアスが己を血の従者たらしめる一番目(ブローテ)の肋骨を失えばどうなるか。今までに積み重ねてきた固有堆積時間(パーソナルヒストリー)の逆流によって滅びる。

 

「あ……お、ぁ……!」

 

 こんなところで滅びたくはない。まだ、死にたくない。妄執、執念、野望がザハリアスの肉体を動かしていた。

 

 だが、頭部を失った状態での抵抗など高が知れている。“まがいもの”は縋り付いてくる両腕など意にも介さず、肋骨を握る手に力を込めた。

 

「──終わりだ、ザハリアス」

 

 無慈悲な宣告と同時に“まがいもの”は掴んだ肋骨ごと腕を引き抜いた。

 

 一番目(ブローテ)の肋骨を失ったザハリアスの肉体が見る見るうちに崩れていく。何が起きたかもろくに理解できないまま、遺言の一つも残せないままに兵器商は物言わぬ灰に成り果てた。

 

「もしもお前が、彼女たちを兵器ではなく一人の人間として見ていたなら、こうはいかなかっただろうよ」

 

 ザハリアスが一番目(ブローテ)たちを一個の人間として見ていたのなら、関係性は大きく変わっていたはずだ。最期の瞬間、ろくに抵抗もできないザハリアスを助けようと動いていた可能性もあっただろう。

 

 だが一番目(ブローテ)九番目(エナトス)も動くことはなく、自分たちを従え利用していた主人だった灰の山を何の感慨もない瞳で見下ろしている。そこには憐憫も何もなく、無関心だけが残っていた。

 

 海風が灰の山を攫っていく。夜の海原に消えていく灰を目で追い、やがて“まがいもの”は自らが握る槍に視線を落とした。

 

「これで、少しは気が晴れたかな──ヴェルディアナ」

 

 遠くの何処かで、魔犬の物悲しげな遠吠えが響いた

 

 

 ▼

 

 

「ちょっと、牙城君。何処に行くつもり?」

 

 ザハリアスの最期を見届けるや狙撃銃をライフルケースに仕舞い、さて次だとばかりに立ち上がった牙城。その行手を深森が塞いだ。

 

「何処って、そりゃあ兄弟のフォローにだな……」

 

「はいだーめ、ドクターストップよ牙城君。本当は立ってるのもやっとなんだから」

 

「いやでもな──」

 

「──えいっ」

 

「◎△$♪ ×¥●&%#?!」

 

 可愛らしい声と共に深森が牙城の服の内側に手を突っ込むと同時、牙城が声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちる。余りにも愉快な崩れように深森が愉快そうに目を細めるが、それ以上の追撃はしなかった。

 

「ほらね、ちょっとの刺激でこんな有様なんだもの。さっきの狙撃だって、発砲の衝撃でだいぶ狙いが逸れていたわ。反動を抑え切れてなかったわよ」

 

「うぐぐ……」

 

 病室を抜け出してきた牙城と深森であるが、比較的軽傷で済んだ深森と違って牙城は間違いなく重傷である。本来であれば今も病床で休んでいなければならない身の上なのだ。

 

「あなたは人より特殊な体質を持っているかもしれないけど、あの子みたいに怪我が再生したりはしないの。これ以上の無理は私としても認められない。分かったかしら?」

 

「…………」

 

「んー? 返事がないなら、このまま私の黄金の右足が煌めいちゃうけど?」

 

「勘弁してくれ、そんなことされたら死んじまうよ……分かった、大人しくしておくさ」

 

「よろしい」

 

 深森の脅しに屈した牙城は降参とばかりに仰向けに寝転がった。その隣に深森は鼻歌混じりに腰を下ろす。

 

「情けねェな。後は兄弟頼りになっちまうとはな……」

 

「仕方ないわ。何方にしても、私たちがこれ以上関わったら、根刮ぎ記憶を持ってかれてしまうもの。むしろ、既にアウト気味よ」

 

 “焔光の宴”による記憶搾取は第四真祖に深く関わるほど、事の中心に近いほど強く影響される。牙城と深森は絶対に凪沙の記憶を奪われるわけにはいかなかった。そのために凪沙との接触を可能な限り避けてきたのだ。

 

「あの子……最後まで、名前の一つも教えてくれなかったわね」

 

 少し寂しそうに深森が呟く。最初の頃は牙城と同じく警戒心を抱いていたが、凪沙に向き合う真摯な態度から早々に見方を改めた。今では二人目の息子、或いは家族として受け入れている。

 

「そうだな。でもまぁ、名前を知らなくても、なんとかなるもんだぜ」

 

 脳裏に心配になるくらいのお人好しの姿を思い浮かべ、牙城は笑みを零した。

 

「悪いな、後は任せたぞ、兄弟(せんゆう)

 

 

 ▼

 

 

「……何の、つもりだ?」

 

 目の前に差し出された水晶の肋骨を見下ろし、一番目(ブローテ)は困惑混じりに呟く。差し出した“まがいもの”は微苦笑を浮かべている。

 

「何のつもりも何も、これはお前のものだろう?」

 

「そうだが……」

 

 持ち主に返す、道理ではあるだろう。だが、これはそういう問題ではないのだ。

 

「汝はこれから“原初”に挑むのだろう? 我が力をその掌中に収めたいとは考えないのか?」

 

 一番目(ブローテ)の肋骨をその身に取り込めば、“まがいもの”は更なる力を手に入れられる。この後に控えている“原初”との戦いにおいて、一番目(ブローテ)の──“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の絶対障壁は喉から手が出るほど欲しい能力だ。

 

 図星を突かれた“まがいもの”は気恥ずかしげに頭を掻く。

 

「いやまあ、本音を言えば欲しいよ。でも、このまま奪った力を利用したら、それこそザハリアスと何も変わらないだろ。同じ姉妹から奪い取った力で助けられて、アヴローラが素直に喜べるとは思えないし……」

 

「…………」

 

「あぁ、でもできれば“原初”に取り込まれるのはやめてほしいな。いよいよもって勝ち目がなくなるから」

 

 九番目(エナトス)にも目を向け、“まがいもの”は軽く頭を下げた。

 

 “原初”の戦力は覚醒時に取り込んだ“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の人数で大きく変動する。現時点で絶望的な実力差があるというのに、そこへ一番目(ブローテ)九番目(エナトス)まで加わってしまえ手の施しようがなくなってしまう。

 

 一番目(ブローテ)は微かに迷いながらも頷く。九番目(エナトス)は詰まらなさそうに鼻を鳴らしながら、明後日の方向を向く。否定も肯定もないが、進んで“原初”に取り込まれる気配はなさそうだ。

 

「ありがとう。これも受け取ってくれるか?」

 

「……いいだろう」

 

 差し出された肋骨を受け取り、一番目(ブローテ)はそれを自らの胸元に当てる。防護服で隠されているが、そこには肋骨を奪われた時の痛々しい傷跡が残っていた。

 

 水晶の肋骨が光の粒子となり、元あるべき場所へと還る。失われていた力を取り戻し、一番目(ブローテ)は微かにだが安堵したように息を吐いた。

 

「じゃあ、俺はこれで……」

 

「待て」

 

 先を急ごうとする“まがいもの”を一番目(ブローテ)が呼び止めた。

 

「汝は、我らに何も望まぬのか?」

 

 助力を望まないのか、殺神兵器たるこの身を欲さないのか、十二番目(ドゥデカトス)を救うための素体として求めないのか。様々な意図を込めて一番目(ブローテ)は問い掛けた。

 

 問われた“まがいもの”はしばし悩み込み、ややあってから答える。

 

「なら、一つだけ。あくまでこれは俺の個人的な願いで、嫌なら嫌で構わない」

 

 念押しするように前置いて、“まがいもの”は願いを告げる。

 

「──生きてほしい。兵器としてではななく、一人の人間として、幸せになってほしい」

 

「────」

 

 “まがいもの”の願いに一番目(ブローテ)は目を丸くして面食らった。今まで生きてきて、そんな言葉を受けたのは初めてだったからだ。

 

 固まってしまった一番目(ブローテ)。一方の九番目(エナトス)は下らないと言わんばかりに口端を歪めた。

 

「兵器としての在り方しか知らぬ我らに、随分と身勝手で無責任なことを宣うな」

 

「俺が幸せにしてやる、くらい言えたら良かったんだけど、流石にできないことは言えないしな……」

 

「貴様は……いや、何でもない」

 

 はぁ、とあからさまな溜め息を吐いて九番目(エナトス)は口を閉ざす。これ以上、何を口にしても疲れるだけだと判断したらしい。

 

「難しいことを言ってるのは分かってる。無責任な願いだってことも、理解してる。それでも、俺はお前たちに人として生きてほしいと思った。一人の女の子として、幸せになってほしいと思ったんだ」

 

「……この身は呪われた運命に縛られた人形なれば、人間として生きることなど」

 

「できるさ。アヴローラができたし、五番目(ペンプトス)だって……もう少し、時間があれば、きっと生きることができたはずだ」

 

 “まがいもの”の窮地を救い、その身を捧げてまで背を押した五番目(ペンプトス)。彼女は“まがいもの”も知らないうちに人間らしさを獲得していて、時間があればアヴローラのよき姉になっていたことだろう。

 

 一番目(ブローテ)たちが人間らしく生きる未来を微塵も疑ってない“まがいもの”。その自信に一番目(ブローテ)は少しばかり気圧されたように目を伏せる。

 

「わ、我らは人間としての生き方など知らぬ。何を為せば人間に成れるかも、分からぬ……」

 

「そうだな……例えば、自分の好きな服を着てみるとか、好みのアイスを探してみるとか。そんな些細なことからでいい、始めてみればきっと変わるはずだ。それと──」

 

 俯いていた一番目(ブローテ)の頭に“まがいもの”が優しく掌を載せる。思わず視線を上げると、そこには手の掛かる妹をみるような優しい眼差しの“まがいもの”がいた。

 

「お前たちは最初から人間だよ。人間に成るんじゃなくて、ありのままの自分を見つけるんだ」

 

 優しすぎるその言葉はじくりと一番目(ブローテ)の胸に染み込んだ。

 

 反論する言葉もなく、俯いたまま動かなくなってしまう一番目(ブローテ)。反応の一つもないために“まがいもの”が困惑していると、九番目(エナトス)が処置なしとばかりに頭を振った。

 

「もうよい、貴様の願いは理解できた。これ以上一番目(ブローテ)が使い物にならなくなる前にさっさと往け」

 

「え?」

 

「往けと言った。それとも、我が力で儀式場まで飛ばしてやろうか?」

 

「そんなことしたら死ぬわ!?」

 

 掌に衝撃波の嵐を溜め始めた九番目(エナトス)に驚愕し、慌てて“まがいもの”は一番目(ブローテ)から離れる。そして若干の名残惜しさを感じつつも、儀式場へと走り出した。

 

「それで、どうするつもりだ?」

 

 遠ざかっていく少年の背を見送り、九番目(エナトス)は隣で棒立ちとなった一番目(ブローテ)に話しかけた。

 

 問われた一番目(ブローテ)は沈黙。ただ両手を己の頭、丁度“まがいもの”の手が載せられていた箇所に重ね、温もりを噛み締めるようにじっとしていた。

 

「……どう取り繕っても、我らが殺神兵器として創り出されたことに変わりはない。今更、人間として生きることなど、不可能だ」

 

「同意だ。我らは余りにも、兵器として永く生き過ぎた」

 

 “まがいもの”の願いを叶えることはできない。もしも叶えるならば、責任もって“まがいもの”が幸せにする以外に道はなかったのだ。

 

「でも」

 

 一番目(ブローテ)が顔を上げる。ずっと伏せられていた瞳には微かな寂寥と、強い決意の色が浮かんでいた。

 

「仕える主人くらいは、自分で選びたい」

 

「ふっ、違いない」

 

 今までの主人はろくな自由意志も認めず、服のセンスも悪かった。だがしかし、今度の主人はどうだろうか。

 

 二人揃って同じ少年の姿を脳裏に思い浮かべ、揃って笑みを零した。その身体が、金色の粒子を放って崩れていく。眷獣の封印を解いたことで器たる肉体が崩壊しているのだ。

 

 やがて一番目(ブローテ)九番目(エナトス)がこの世界から消える。後に残ったのは彼女たちの意思を受け継いだ大羊と双角馬。二体の眷獣は示し合わせたように咆哮を轟かせ、終焉の地へと飛び立った。

 

 

 




RPGあるある、中ボスのほうが強かった現象。
いや、“静寂破り(ペーパーノイズ)”とジャーダがレギュレーション違反なだけなんですがね……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。